武田鉄矢の昭和は輝いていた【にっぽんの正月三が日をひも解く】雑煮や重箱の秘密や、お屠蘇、事始めの行事まで…



出典:『武田鉄矢の昭和は輝いていた【にっぽんの正月三が日をひも解く】』の番組情報(EPGから引用)


武田鉄矢の昭和は輝いていた【にっぽんの正月三が日をひも解く】[字]


今や行事も薄れてきた感の正月三が日。大晦日から1月3日にかけての風習や行事を改めてひも解く。雑煮や重箱の秘密や、お屠蘇、事始めの行事まで。懐かし映像とともに紹介。


詳細情報

番組内容1

昭和から平成、令和と時代が移り変わっても日本のお正月には、厳かな趣がある。

そんな日本人にとって大切な伝統と風習に彩られた、古き良き日本の「正月三が日」を

昭和という時代とともに、今一度振り返る。

「年越しそば」はいつ食べるのか?「除夜の鐘」はいつからいつまでつくのか?「元旦」というのはいつまで?など、知っていそうで、意外と知らない年越しと新年の常識を徹底解説。

番組内容2

また毎年大晦日の風物詩番組「ゆく年くる年」。民放各局がもち回りで制作していた当時、テレビ東京制作の番組では、有名な歌舞伎俳優がある場所からカウントダウン!!

その貴重映像を紹介!

さらに、日本全国のお雑煮やおせち料理の重箱に隠された真実、そして、初夢の「一富士・二鷹・三茄子」…に続く夢は?など、新たな年を迎える前に是非とも見ておきたい1時間!

出演者

【司会】武田鉄矢、須黒清華(テレビ東京アナウンサー)

【ゲスト】近藤珠實(新・作法学院学院長)

モーリー・ロバートソン(国際ジャーナリスト)

番組概要

「激動の時代」と言われた「昭和」は、日本人が振り返りたくなる魅力にあふれています。

この番組では、昭和を象徴する「人」「モノ」「できごと」から、毎回ひとつのテーマをピックアップ。当時の映像・写真を盛り込み、「昭和」の魅力を再発掘していきます!

関連情報

【番組ホームページ】

www.bs-tvtokyo.co.jp/showa/



『武田鉄矢の昭和は輝いていた【にっぽんの正月三が日をひも解く】』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

武田鉄矢の昭和は輝いていた【にっぽんの正月三が日をひも解く】
  1. ホント
  2. モーリー
  3. 日本
  4. 日本人
  5. お正月
  6. 昭和
  7. 大晦日
  8. 除夜
  9. 元旦
  10. 神様
  11. 正月
  12. 先生
  13. 最後
  14. アメリカ
  15. お屠蘇
  16. 初日
  17. 意味
  18. 一緒
  19. 元日
  20. 年越


『武田鉄矢の昭和は輝いていた【にっぽんの正月三が日をひも解く】』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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< まもなく

<時代が移り変わっても
日本のお正月には

厳かな趣があります。

年が明けると行われる
さまざまな伝統行事。

地域や家庭によって
内容は異なるものの

昔から働き者だった
日本人にとって

正月くらいは 家族で
ゆっくり過ごすというのが

三が日のあるべき姿でした。

しかし…。

特別な日々に行われる
伝統や慣習は

時代とともに薄れつつあります。

そこで 今回は…。

古きよき日本の正月三が日を
特集します>

皆様 新年
あけましておめでとうございます。

武田さん。
旧年中は… えっ?

武田さん まだです。
まだね。

まさに
お正月の雰囲気ですけれども

まだ 今年最後ということで。
最後ということで。

年内最後の放送となる今回に
お正月を迎えるにあたって

「正月三が日」をテーマに
お届けしよう。

令和2年ですよ。

で 令和になって迎える
初めての お正月ですからね。

そうだよね。 そういう意味合いで
これから迎える お正月を

もう一度 勉強し直そうという
今回でございます。

いろいろ伺っていきたいと
思いますが 1人目のお客様は

清紫会 新・作法学院 学院長で

マナーのエキスパートでいらっしゃいます
近藤珠實さんです。

(一同)よろしくお願いいたします。

<和の振る舞いや
マナーに関する著書を多数執筆。

現代生活に合う作法の普及に
努めています>

やっぱりね 年の終わりと初め

同じ色に染まるっていうことが
実は日本人の文化ではないかと。

日本人らしく ゆとりがあって。

もう一方 日本のお正月を
よくご存じな この方を。

国際ジャーナリスト DJと
多方面で ご活躍されています

モーリー・ロバートソンさんです。
よろしくお願いします。

<アメリカ人の父と
日本人の母を持つ

モーリー・ロバートソンさん。

5歳のときにアメリカから広島へ移住。

日本で迎える お正月は
30回近くになるそうです>

モーリーさんは
ゆっくり お話聞きますけど

いろいろ やっぱり
ファミリーヒストリーが すごいんですね。

父がアメリカ人の医師で

母が日本人のジャーナリスト
だったんですけども

それで国際結婚をして
僕が5歳のときに

日本の広島県に移って

8年 住んでいた
時期があったので。

当時 昭和40年代だったので。

モーリーさんの広島で大きくなった
アメリカハーフっていうのがね

ハイブリッドっていうのが。

父もですね 当時

原爆傷害調査委員会と
呼ばれていた

比治山という所にあった
研究所に

勤めている研究員で
アメリカの政府に志願して

派遣という形で来ていたので。

日本人の母親を持ってますし。

大人になってくるにつれて
非常に複雑な…。

複雑ですね それは。
そうなんです。

この辺り ちょっとね
味わい深いゲストなんで お二人とも。

日本のお正月の新旧

いろいろ皆さん
考えていただければと思います。

正月三が日を語るには こちらも
欠かせないということで

前日の大晦日から。
晦日から いきます。

大晦日から
三が日までというのは

こういうことがありますよね。

大晦日の語源っていうのも
あるんですよね。

毎月の…。
30日のことを晦日。

だから うちの父なんかは
明治生まれだったんですけれど

必ずね 「晦日には あそこ行くよ」
とかって言うんですよ。

つまり 月の終わりのことを
晦日っていうんですが

例の12月31日に関しては
不思議に

大晦日っていうところが
なんか おもしろいな。

それは やっぱり 年の一番最後の
晦日だから 大晦日。

モーリーさんは
大晦日は どうやって…。

日本に引っ越してからも

アメリカンスクールに
かなり長く行ってたので

一年のカレンダーは
完全にアメリカ人として

子どものころは
過ごしていたんですが。

そのころはね やはりね

お正月という年の変わりは
やっぱり

アメリカのカレンダーで
あまり大きくないんですよ。

なぜかと申しますと 先に
渋谷でも最近すごくなったハロウィーン。

あれは親子で
すごい お祭りですよね。

そして そのあと 日本では
あまりやらないんですけど

勤労感謝のサンクスギビング。

これも結構
アメリカでは大きいんですよ。

学校も全部休みになって 家族で。

そして
とうとう クリスマス きますよね。

そうすると… う~ん
クリスマス・イブからクリスマスにかけて25日。

そこからは基本 余韻なんです。

へ~。

いや もう なんか…。
ぼんやりと なんとなく

年が変わったねっていうか。
クリスマスから ずっと同じ色合いでね。

あとは もう 残り香というか。

日本人というのはですね
大晦日っていうのは

迎える お正月のために
いろんな支度をする

大掃除をするだとか。
いろいろ忙しいんですよね。

その忙しい中でも
食べられるようにということで

おそばなんですか?
そうです。

< お正月の準備に忙しい
大晦日に

縁起を担いで食べる 年越しそば>

年越しそばっていうのは
すぐ簡単に。 忙しいから。

主婦が いろいろ… 作って

いろんなおかずを作って
っていうんじゃなくて

簡単に それこそ ゆでて

おつゆさえあれば
食べられるっていう。

何時ぐらいに食べるのが
正解なんだろうって

いつも思うんですけど。
だいたい おそばはですね

年の内に食べるものなんです。
年の内で。

だから 12時ぐらいまでには
食べておくっていうほうが

いいんじゃないかなと
思いますけれどもね。

<大晦日に食べる 年越しそば。

その歴史は古く
鎌倉時代に遡ります。

博多のお寺で 貧しい人々に
そば餅を振る舞ったところ

その人たちの運気が上昇。

以降 毎年食べられるようになり

現在の年越しそばに
なったそうです。

そばのように
「細く長く」過ごせるように。

また そばは切れやすいので

「厄を断ち切る」などといった
意味もあり

年をまたいで食べるのは
縁起が悪いといわれていますが

地域や各家庭によって
さまざまな慣習があるようです>

上野は夕方にやってます。

今まで何回か 上野のアメ横近辺で

年越しそばを夕方ぐらいに
いただいたことあるんですけど

特別に その日だけ
貼り出してありますね。

「年越しそば あります」って。

お店は
8時とか9時に閉めちゃうので。

< そして 大晦日の風物詩の一つ。

夜空に鳴り響く 除夜の鐘>

モーリーさん 除夜の鐘ですけれども

やっぱり あれ聞くとね
あっ 年明けたんだなっていう…。

これはね 日本に来て
すぐ経験しましたけど

最初から
すんなり入ってきましたね。

やっぱり余韻が。
あと鐘の なんていうのかな

「ゴーン」って ちょっと低いですよね。
近くに行くと本当は

実は低音も聞こえたり。
直径に応じて。

あの響きは…
やっぱり子どもであっても

感じ入るものがありましたね。

除夜の鐘といえば
108回 打つわけですが。

人間の煩悩の数と
いわれておりますけど。

あとは 古代中国の暦の12か月

24節気 プラス 72候。

これを足すと108に…。

とも いわれてる。
すごい。

<除夜とは 除日の夜のことで

除日とは一年の最後の日
つまり大晦日のこと。

「除」には 古いものを捨て

新しいものに移るという
意味があり

大晦日に107回

年が明けてから1回
鐘がつかれます>

だいたい午後10時ぐらいから
つき始めて 年が明けてっていう。

最後に 新年になって打つでしょ。
1個だけ。

日本独特だと思います。
独特ですね。

その間 モーリーさん
日本人って静まり返るでしょ。

あれ いいと思いません?
なんか…。

だから最近 なんか
ちょっとニュースで見たんですけど

除夜の鐘がうるさいから
やめてくれっていう話が…。

あれは お願いだから説得して…。

お寺さんだけじゃなくて
近所の人も

除夜の鐘は いいもんだって
説得したいですね。

モーリーさんから言っていただくと
一番うれしい それが。

あれは続けてほしい。
続けてほしいですね これはね。

いやいや 除夜の鐘だけは
もう つき続けましょう。

つき続けましょう。
お餅と除夜の鐘はつき続けよう。

そうでないと ホント 日本に
お正月こなくなっちゃいますから。

そうですよね。

さぁ そして
その除夜の鐘を中継するのが

『ゆく年くる年』なんですね。

現在は NHKでしか
放送されていないんですが

昭和31年の年末から
昭和63年の年末までは

民放 各テレビ局で生放送されていた。

私も知らない…。
知らないんですか。 あっ そうか。

各局で同じ除夜の鐘を。
だから どこを回しても 全部

同じ番組なのよ。
いいもんだよ それはそれで。

なんか不思議な…
不思議な なんか あれでね。

それぐらい やっぱり
一体感 持ちましょうっていう

昭和のお正月の過ごし方が。
いいわ。

なんか ありましたよね。
なんとなく。

競争やめてね。

みんなで。
みんなで同じ番組っていう。

< こちらは
昭和54年に放送された

『ゆく年くる年』>

< この年のテーマは 「その愛」>

<番組の冒頭は 毎年恒例

全国各地の除夜の鐘をリレー中継>

日本全国の民間放送93局を結んで
お送りいたします

『ゆく年くる年 その愛』。

司会の関口宏です。
浅茅陽子です。

1979年も もう あと

11分少々を残して
終わろうとしております。


(拍手)

全国の皆さん
あけましておめでとうございます。

やっぱり 『ゆく年くる年』
これは やっぱり日本らしい

テレビ番組の作り方。 で しかも

映すもの
だいたい決まってんのよ。

除夜の鐘から始まってというね。

<昭和59年の
『ゆく年くる年』は

スーパー歌舞伎を作った
三代目 市川猿之助が

企画 構成
演出から司会まで務め

ひと味
違ったものとなりました>

1984年 大晦日。
過ぎゆく年に思いを巡らし…。

市川猿之助さんの
企画 構成 演出によります

『ゆく年くる年』。

どうか 最後まで
ごゆっくりと ご覧ください。

(時計の鐘の音)

日本全国の皆さん
あけましておめでとうございます。

1985年 昭和60年が
今 スタートいたしました。

猿之助さんが 企画も出演も。
なさったんだね。

モーリーさん いかがですか?
今の映像。

ちょうど そのころ アメリカに
暮らしていた10年間だったので

今 初めて見ました。
今 初めて

昭和60年のお正月を
体験できて うれしいです。

< このあとは
新しい年の始まりを告げる

初日の出>

正月三が日の初日
一年の始まりは

一月一日 元日ですね。
元日です。

さぁ こちらなんですけれども。
若い方 覚えといてください。

こちら 元旦というのは

一月一日の朝のことですね。

これ 旦の字がね。
意味があるんですよ。

上の 「日」は 「太陽の日」ですね。

それで 下の 「一」が これがね

地平線なんですよね。

地平線に太陽が昇ってきた

一年の最初の
その太陽が地平線から上がった

それを元旦といいます。

もう 元旦しか
この 「旦」の字なんか

使わないですよ 皆さん。 ホント。

で 元日っていうのが
一月一日のこと。

アナウンサーになっても
これは最初に習います。

あの… 元旦っていうのは
その一月一日の朝のことだから

昼とか夜に使っちゃだめだよって
言われてます。

まぁ しかし 一日の呼び方を

時間で変えるっていうのは
すごいよな。 ホントに。

そして まずは初日の出。

昭和32年 元旦。

新しい年の朝が明けました。

静かに明けた北海道の元旦。

札幌郊外の藻岩山では
よき年を迎えました。

昭和50年 日本の夜明け。

朝日の輝きが
穏やかな海原に映えます。

初日の出 見に行かれたこと
皆さん ありますか?

ありますね。
ありますね。

私は 太宰府天満宮。
裏山を登って

宝満山っていう山があって

そこの中腹まで行って
拝むというような。

先生はいかがですか?
私はね 鎌倉に

父と母がいたうちが
あったもんですから。

時々 鎌倉に行って。
うわ いいな~。

鎌倉の海まで行って。

あれは もう忘れませんね。
あっ 来てよかったって

すごい神聖な気持ちになりました。
初日の出って すごいもんですよ。

モーリーさんは…。

たしか
高校2年だったんですけど

友達と夜通し
自転車で グルグル 市内を回り。

みんな静まり返ってるから。
だから 大人がいない

車も通ってないとこで
ただ なんとなく

解放区で 2~3人で
自転車 回って。

とっても寒かったですけど
気がついたら日が昇ってた。

なので そこで
自然発生的な初日の出でした。

不思議なもんでしょ。
その つまり

365日ある中で
元旦の その時間の太陽だけを

神聖だと思って
日本人が拝むっていうのは。

でも それ
すぐ終わっちゃうんですよ。

だから その はかなさをね。

桜が散るのと
似てるかもしれないけど

とにかく日本の方たちは
はかなくて瞬間で過ぎるものを

大変に めでるという。

< それでは番組が厳選した
初日の出の映像をご覧ください>

< このあとは

バラエティー豊かな全国のお雑煮と
人気の初詣スポット>

そして お正月に
欠かせないものといえば

正月飾り。

お正月飾りにはね
松竹梅っていうのがあるんですね。

松 竹 梅というものを 一つに。

めでたいものとして

それを一つに くるんで

門松というふうにして

門松ですから 自分のうちの門
つまり 門の所に

両側に
立てましょうっていうのが

門松を立てて
っていうことなんですね。

こちらに鏡餅 あります。

これは お餅を2つ重ねた上に
これは おめでたいものの象徴。

餅の丸いっていうのは やっぱり
鏡餅っていうだけあって

あれですか? 三種の神器の。
三種の神器の鏡からきてます。

それで 鏡餅なんですか。

鏡から
きてるということですよね。

八咫鏡から きてるそうです。
なるほどと思いますね。

<年神様のよりどころと
されています。

飾り方は
地域や家庭によって違いますが

三方に和紙を敷き その上に

大小の丸い餅を重ねるのが
一般的>

<飾りにも
一つ一つ意味があり…>

<西日本では 鏡餅の飾りつけに

シダの一種 裏白がよく使われます。

裏白は 表が緑で 裏が白。

裏を返しても心は白い
ということから

潔白を表しています>

一つ一つ ダジャレが…。
ダジャレ。

引っ掛けてあって
日本って大変だね。

そういうの考えると
やっぱり おもしろいですもんね。

何年か前に娘から言われて
ハッとしたんだけど

俺 何十年もね
裏白 ひっくり返してたわ。

緑のほうを上にしてた。
あれ 白よ。

ひっくり返さなきゃ だめだ。
そうなんですね。

裏白っていうから 裏が白だから。

でも表は こっちでしょって
よく言うんですね。

そうじゃないんですよ。
白いほうが上にくる。

変わってるのよね それもね。

さぁ そして
お正月に欠かせないもの。

こちらもですね
お屠蘇なんですけれども。

今の方 お屠蘇 飲んだことがない
っていう子が多いんですよ。

お屠蘇のね
器がないっていうんですね。

そういう お屠蘇をやるような…。

これが屠蘇膳と
いわれているものなんですね。

お膳のところに
盃台っていって

盃が大中小となっている盃台。

そして 屠蘇器ね。
この中にお屠蘇を入れて。

お屠蘇は これはですね
この屠蘇散というのを

薬局だとか売ってるんです。

薬局だとか スーパーでも
お正月間近になると売ります。

<市販されている屠蘇散には

漢方で使われる 5から6種類の
生薬が配合されています>

<邪気を払い 無病長寿を祈り

心身ともに改まろうという
願いを込め

元旦にいただく縁起物のお酒。

お屠蘇を飲む習慣は
中国で始まったといわれています。

平安時代に日本へ伝わり

宮中の正月行事として
執り行われていたものが

江戸時代になって
一般庶民にも広まりました>

これを このお屠蘇を注ぐ
これの中に入れて

ここに お酒
もしくは みりんなんですね。

子どもが飲めるように。
みりんって甘いんですよ。

だから 子どもでも
ちょっとは飲めるようにって。

これを浸しときます。
だいたい一晩浸せば

しみ出るわけですよね この薬が。

本当は ずっと並んでるんです。
何人かね 何人か並ぶ。

モーリーさんには 大きい お盃で
飲んでもらおうなと思ったら

これを まず
こっちに全部 下ろして

そして これを置いて。
そして これを持ってきて。

このまんま モーリーさんに
どうぞってなります。

そしたら モーリーさんは
これを持ってください。

できるだけ
下のほうに重ねるように。

ここを こうやると
指が入りますから

できるだけ下に下げるように…。

そうしましたら つぐ方が右側から
モーリーさんの右側からですね

「失礼いたします」と言って 3回。

1 2 3回。

3度目に入れて。

そして どうぞ ということで。
それをですね 必ずですね

1 2… まねです。

1 2…。
3回目にちょっと飲んでください。

ホントに飲んじゃっていい?
どうぞ どうぞ。

飲みます。
あっ なんか おいしいお酒。

おいしいですよ。

そしたら これをちょっと
自分の口をつけたところを

指先で ちょっと拭いて
そして 返す。

自分のとこへ返してもいいし
この盃台の上に返しても…。

「ありがとうございます」
と言って

次の方に渡すときもある。

ほとんど これを使って
ここにいる人たちが飲むんですね。

だから とてもおもしろい風習と
いいましょうか

飲み方なんですけども。

これが 日本では
お屠蘇という習慣があって…。

武田さんも
ご家庭では やりますか?

俺んちでは 正月の この朝
元旦の朝だけは わりと

あの… 亭主 立てるっていう
地方色 豊かに…。

でもね それはね
すっごい大切なことなのね。

家庭の 家族が一つの輪になって
そして 新しい年を迎えて

元気でね 一生懸命に
頑張りましょうっていうことで。

みんなで同じものを
ちゃんと回して飲むっていうね。

すごい 私は
大切なことだと思うんですよ。

今は いろいろ多様化してるのは
それはそれで いいんですけど

ずっと続いてる
文化っていうのも

やっぱり残してってほしいなと
思いますよね。

やっぱ
人と人のつながりが やっぱり…。

あったほうが
お正月はしんみり いいですよね。

みんな 自分で楽しいこと
バラバラにやって

お互いに話をしないっていうのは
やっぱり寂しいな。

寂しいですよね。

さぁ お屠蘇の次は
やはり お節料理。

お節料理ですよね。

ここに五重。
五重ですね。

五重箱があるんですよ。
大概 三重ぐらいの…。

一般家庭だと
三重ぐらいですけれども

これ 立派な五重のお節。

< お節を詰める
五段重箱は

上から
一の重 二の重 三の重

与の重 そして 五の重。

その中身は
現代のお節でも変わらない

豪華な食材の数々が詰め込まれ

一の重は 黒豆や 数の子

伊達巻に 紅白かまぼこが。

二の重は 海老や帆立など
主に海の幸の焼き物。

三の重は 栗きんとんや ごぼう
竹の子といった

主に山の幸の煮物。

与の重は 和え物や なますなど
日もちのする酢の物。

そして 最後の五の重は…>

五の重っていうのが…。

これはね
空にしとくもんなんですね。

へ~!

「え~っ!」と思うんですけど
なんでか。

これは 神様から授かった福を

そこに詰めるっていう
意味なんだそうです。

はは~ ここに。
一応 そこに福が入るんです。

神様からいただいた福を入れる
というために 五の重は

空けてるっていうふうに
いわれてますね。

おもしろいな~。

日本人って おかしいでしょ?
おかしいっていうか

おもしろいでしょ。
知らないで見たら

えっ? ちょっと
手抜きしたのかなって…。

入ってないじゃないの! って
言いたくなるんですけれども

ここには 神様からいただいた
福が入ってますよ ということで。

ただの食べ物じゃないんだね。

そうです。
そして 神様と一緒に食べる。

神様と一緒にいただく。

神様と一緒に お酒いただく。
そして お屠蘇をいただいて

それから そのあと
お食事をいただくときにも

神様と一緒に
食べられますよっていうのが。

公。
もう なんとでも言ってください。

さぁ 続いては 子どもたちも
大好きな お雑煮ですね。

地方で これくらい さまざま
バラエティーに富んでるってのも…。

ホント ない。 ホントにない。

モーリーさん すごいよ。

日本人の この
お雑煮のこだわりっていうのはね。

ご覧いただきましょう。

これね
ホントに まだ生きてるからね。

地方によって全然
具材も味付けも違うんです。

北海道と沖縄には
お雑煮文化って ないんですね。

< お雑煮には 地元の名産や
特産物が多く使われますが

同じ県内でも
地域や各家庭によって違いが。

岩手は くるみ雑煮。

くるみだれの甘みを
汁の塩気が引き立てます。

福島は

名産品 凍り豆腐と根菜が入った
具だくさんの雑煮。

新潟は

さけとイクラに 野菜も たっぷりの
ぜいたくな逸品。

千葉の はばのりには

一年 幅を利かせられますように
との意味が。

東京は

かつお 昆布のだし汁に
小松菜と焼いた角餅が。

西日本の京都は丸餅。

白みそが香る上品な味わいです。

福井は

かつお節とカブの甘みが絶妙にマッチ。

島根は小豆。

お汁粉ではありません
お雑煮なんです。

岡山は

出世魚の代表 ぶりが入った
縁起物。

香川は 白みそ。

お餅の中には なんと あんこが…。

鹿児島の薩摩雑煮には

焼いたエビが丸ごと入っています>

モーリーさんは
お雑煮 食べたことは?

食べてました。
子ども心には実は

まだ アメリカ食だったので
あんまりっていう感じで。

大人になると
ホントに改めて ありがたいですね。

モーリーさん 奥様は どちらの?
東京 下北育ちです。

じゃあ これですね。
私も一緒なんですけど。

角餅。
四角い餅でしょ。

四角だったと思います。
武田さんは福岡だから

丸いお餅。

ここで分かれているというふうに
いわれてるんですけど

こっちが角餅
こっちが丸餅っていう。

僕は もう丸餅文化圏。
丸餅のお雑煮食べたことないです。

ホントに? もう絶対 丸餅。

なんで先生 角餅と丸餅と こんな
くっきり分かれてるんですか?

あのね 江戸っ子は
面倒くさがり屋なのよ。

だから お餅をついて

それをペタペタって のばして

のし餅にしちゃったら
切れば早いじゃない。

丸めるのが手間。

一つずつ丸めて…
楽しみじゃない? それも。

だけど 江戸っ子は そんな
やってらんないよっていうんで

もう… それがあれだ
っていうふうには私は聞いてます。

でも ホント
考えれば 面倒くさいよね。

いや~ でも母ちゃん
やってましたよ。 黙って。

やってくれる人が
ちゃんといるから…。

さぁ そして 元日のイベントといえば
初詣ですよね。

迎えた昭和35年。
明治神宮では

元旦を雨にたたられたせいか
3日間で182万。

去年より
20万人ほど減っていました。

今年は日本髪など 復古調スタイルは
ことのほか少なかったようです。

< お正月のニュースでも
取り上げられる

初詣の参拝者数。

交通網の発達で
その数は年々増え

全国で およそ9, 000万人が
参拝するまでに。

昭和49年以降は

警察庁が参拝者数を調査し
毎年 統計を発表していましたが

集計方法の統一が難しいため
平成21年を最後に取りやめ>

<警察庁がまとめた最後の年
平成21年は

景気回復への願いもあってか

過去最多の参拝者数を
記録しました。

初詣は元日 または三が日のうちに
という人が多いですが

小正月の1月15日までに

お参りすればいいと
されています>

武田さん どうですか?

私はね
学生のころ よく行ったのは

やっぱ
大きな大きな太宰府天満宮。

大宰府 行って。
それで 父母が若いときは

宮地嶽神社って行ったな。
実は ここに入ってるんですけど

全国人気初詣スポット あるんですが
やはり入ってますね。

太宰府天満宮も宮地嶽も。

明治神宮は およそ300万人以上。

いいですね すごいと思いません?

ホントに すごい。
もう なんか ホントに。

モーリーさんは どうですか?
行きます。

だけど どっちかというと
どうしてもね 平成の時代で

変わっちゃったのかも
しれないですけど

マスになっちゃってるんですよね。

例えば お正月に浅草寺に行くとか
いろいろ うわ~っと。

それがちょっと あれで…。

スピリットが ちょっと 心と
違うんじゃないかというので

なるべく小さな所。
神社とかね。 神様に会って。

そういう少し外した所で。

小さな日常の近くにある所に
お参りしたり。

それはいいですね。

あんまり ガヤガヤしてるとね

神様が入ってきにくい気が
するんですよ。

ところが静かな所であれば
ホントに そこにある なんか

灯籠だったり いわゆる
いろんなものとか草木にも

入ってきそうな気がしますよね。

だから なるべく
神様に会いたいときは

静かな所がいいかな 個人的には。

実家とか今 住んでる所の近くに
行くっていう説もあります?

そうそうそう ほとんどそうです。
氏神様だからね。

その一族を守ってくれる

「氏」というね
「氏」って書くでしょ。

その氏神様っていうのは
必ず各地にあったんですね。

だから その氏神様が
その土地を

守ってくれてるんだ
っていうことで

氏神様に行くっていうのが
あれだったんですけど。

< このあとは 一月二日 事始め。

懐かしの正月の遊びも>

<年が明け 初めて書を書く
書初めが行われます。

子どもたちは
寒さをものともせず

女の子たちは羽根つき。

男の子たちは大空に向かって
凧揚げをするのが

お正月には
欠かせない風景でした>

あ~ いいね。

典型的な
日本の遊びでございますが。

最近は見なくなりましたかね
ああいう光景。

正直言うと なかなかね
凧 揚がらないんだ。

揚げられる場所もない。
ホントに… 場所もないし。

広い… じゃないと
揚がんないでしょ。

走ってって 揚げて。
昔 空き地すごかった。

僕が子どものころは
ホントに高度経済成長で

空き地だらけだったんですよ。

土管が山のようにあって。
『ドラえもん』みたいな。

そこに だだっ広くあったので
凧 揚げてましたね。

モーリーさんから 凧揚げしてました
って言われると ハッとするんだよ。

書初めは今も結構やってますよね。

書初めは やっぱりね。

< かつては
元日の早朝にくんだ神聖な水

若水で すった墨で
恵方に向かい

祝賀や詩歌を書いていた 書初め。

これも宮中行事から一般庶民に
広がったといわれています>

書道なんて
わりと廃れ気味だったけど

結構また これも
盛り返してきてますね。

なんか やる人多いですね。
多いです 多いです。

いいことですよね。 いいことです。

やっぱり 書道っていうのは
日本人としては やっぱり

日本の字を ちゃんと
筆で書くなんていうのは

ある程度 身につけておくべき
問題じゃないかなと

思いますけどね。
モーリーさん 書かれますか?

私は実は中学を… 小学受験を
日本人と一緒にやって

広島の男子校 受験校に
いたんですが

そこで 書道の先生がおられまして
当時 お年でですね

実は被爆者だったんです。
あ~。

一番最初の授業で
私をじっと見て

みたいなこと言って
大変な関係だったんですよ。

左利きだから苦手だったのね。

だけど
日本人のおばあちゃんが

お正月にかけて うちに来て
いつも和装だったんですけども

右側から手を持ってくれて。
それで 書かせてくれたんだ。

ちゃんと
おばあちゃんのアドバイスで

日本人の子がやってるのと
同じように

身を委ねてやりましょう。
そしたら 皆さん

喜んでくれますよって
おばあちゃんが言ったので

ホントは僕は左利きなのにって
かたくなだったんだけど

おばあちゃんに譲って
おばあちゃんのために

先生のためにやろうと思って
右でやったら

なんとか書けたのね。
それで書初めの宿題があって

「赤い太陽」っていうのを
書いたんですけど

それを
中2のお正月に持っていくと

その先生は みんなの
こうやって見てて…。

じっと手を止めて
「みんな モーリーのようになれ」って

言ったんですよ。
(一同)うわ~!

そしたら それ以来 ホントに
その先生とは仲よくなって

ずっと つながっていましたね。
うわ~ いい話だな~。 ホントに。

先生の複雑さっていうのも
なんとなくわかる。

わかる。
子どもは知らないから 歴史を。

だけど
その子の顔 見るたんびに

アメリカのことや…
被爆した日のことを

思うわけじゃないですか。
ところが

僕はアメリカに帰るときに

先生に挨拶しに行ったんですけど
先生 じっと顔見て…。

涙 出そうになっちゃった。
ホントだよね ホント ホント。

広島に住んでる人は
深い人が多いね。

そこを体験されてらっしゃる…。
受け継いだ感じもありますし

だから ホントに ご覧になってる
若い人たちには

やっぱり 手で日本語の文字を
書くっていうのは

とっても ためになります。
心が豊かになるので

ぜひ 続けてほしいですね。

こんなこと言うのはなんですが

今のモーリーさんの言葉
皆さん 忘れないように。

それでは 正月三が日 最終日
一月三日です。

< このあとは
いい初夢を見るための丸秘アイテム

夢屋さんの絵>

さぁ ということで最後は
一月三日なんですけれども

初夢を見るのが一月二日の夜
といわれてるんですね。

だから三日の朝になると

こういう夢見たわ
ってなるわけですね。

私 曖昧だったんです。
いつの夜見るのが初夢なのか。

二日の朝だと思っちゃうわよね。

一日の晩見て。
じゃなくて…。

二日の夜っていわれてますね。

そして ここもまた
日本流っていうのがありましてね。

何が縁起がいいか。

これもう皆さんも よく
ご存じだろうと思いますけども。

一富士 二鷹 三茄子
となってますね。

いい夢が 一番いいのが

富士山の夢を見ること。
日本一。

二鷹って
鷹の夢 鷹狩りの夢を見る。

賢く強い。

三は 茄子の夢を見る。

物事をなす。
それに引っ掛かってるんですか?

引っ掛かってる
っていうことなんですけれども。

これはですね 徳川家康が言った

というような話も
残ってるんですよね。

彼の好きなものが
並んでるわけですね。

はい。 で これ実は続きがあると。

扇?

末広がり。
あ~。

五煙草っていうのは 煙草の夢。

煙が上に上がる。
上に上がるから。 あ~。

今 ものすごいね
悪役になってますけど。

昔はよかったんですね 縁起が。

で こちら。

その六座頭っていうのは
座頭っていうのは

お坊さんの頭してるんですよね。

だから 僧侶の頭なので これは

毛が無い。
この毛が無いっていうのと

ケガが無いっていうのと。
語呂合わせ。

これはテレビでやったら
座布団 取られそうだね。

取られそうですね。
そういうのが夢だ…。

日本人って お正月の勢いで

無意識の夢にまで縁起ごとを
持ち込もうとするところが

すごいですよね。
そうですね。

神秘とともに
暮らしているんですね。

日本の社会は 実はね。
本当にファンタジーですよね。

初夢を見るのに
昔は 江戸時代は

夢屋さんっていうのがいたんです。

へ~ 夢屋さん?

夢屋さんがいて… お宝だよ 宝船。

これをお宝って言って
宝船の絵を描いて

これを持って
これを枕の下に敷いて寝ると

いい夢が見られるよって…。

これ よく見るとね
七福神が描いてある。

これ 七福神が
ちゃんと描いてある。

あ~ ホントですね。
鶴がいて。

そう おめでたいのが描いてある。

それを売る商売があったってこと。

それこそ 江戸時代から明治
その辺りまで

ちゃんと売っていたそうです。
大正辺りまで。

「夢屋でございます」
ってのはいいですよね。

始めますか? 商売。
やってみようかな。

これはですね
これはまた もう一つ。

これのほうが
ずっと新しいんですが

昭和59年の元旦に
売ってたものです。

宝船。
これも?

ちょうど 私 手に入れたので

大切にしてるんですけども

それを枕の下に敷いて寝ると

いい夢が見られる。
へ~ おもしろいな。

おもしろいでしょ?
なんともおもしろい話なんです。

これ いろんな見たい夢のあれが
絵になればいいわけでしょ?

いろんなパターンの絵を枕の下に。
敷いて。

モーリーさん どうですか?
いや~ そうですね。

何かやっぱりイメージを見て

見たものが
どこか意識の奥に入って

寝てる間に何かね
表現されるというのはいいですね。

どうもありがとうございました。

来年も 番組…。

来年のご挨拶を。
そうなんですよ。

2020年 令和2年になりますが
ねずみ年でございます。

来年 ますます
皆さんにとりまして

繁盛 大活躍の年になりますよう

引き続き この番組のほう

ご支援のほど
よろしくお願いいたします。

それでは よいお年を!


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