先人たちの底力 知恵泉スペシャル「日本人と動物 秘められたケモノとの交友録」犬とたわむれネコに癒やされ…



出典:『先人たちの底力 知恵泉スペシャル「日本人と動物 秘められたケモノとの交友録」』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉スペシャル「日本人と動物 秘められたケモノとの交友録」[解][字]


犬とたわむれネコに癒やされ…空前のペットブームの中「日本人と動物」との深い縁をひもとく特別版。将軍綱吉や信長など歴史上の人物が愛した動物とのエピソードが続々。


詳細情報

番組内容

犬とたわむれ、ネコに癒やされ…空前のペットブームの中、「日本人と動物」との深い縁をひもとく特別版。「生類憐れみの令」で名高い?犬公方徳川綱吉、ネコを愛するあまり弟子を追放した浮世絵師・歌川国芳の知られざる秘話などから、とっておきの「知恵」をご紹介。信長や、かの聖徳太子が愛した動物のエピソードも。新年早々、目からウロコで、心ほっこり。ねずみ年の2020年、縁起物をそろえて正月3日から今年も営業です!

出演者

【出演】神田松之丞,福田彩乃,瀬名秀明,清水克行,【アナウンサー】井上二郎,【司会】新井秀和



『先人たちの底力 知恵泉スペシャル「日本人と動物 秘められたケモノとの交友録」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

先人たちの底力 知恵泉スペシャル「日本人と動物 秘められたケモノ
  1. 動物
  2. 綱吉
  3. 信玄
  4. 知恵
  5. 井上
  6. 人間
  7. 国芳
  8. 説明
  9. 福田
  10. 自分
  11. 今日
  12. 幕府
  13. 言葉
  14. 浮世絵
  15. ダメ
  16. リーダー
  17. ロボット
  18. 規制
  19. 江戸時代
  20. 時代


『先人たちの底力 知恵泉スペシャル「日本人と動物 秘められたケモノとの交友録」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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明日から役立つ知恵を

歴史から見つけて味わう居酒屋「知恵泉」。

今年も 早速 いいネタが入りました。

それは「動物」。

日本人にとって
動物は 家畜として

愛しい存在として…。

はたまた 神の使いとして

長い歴史を一緒に歩んできた

かけがえのないパートナーでした。

例えば ご存じ 聖徳太子は

雪のような白い犬をペットにして
激務の疲れを癒やしていたとか。

戦国大名 上杉謙信は

ライバルの織田信長に
立派な鷹をプレゼント。

政治の道具にしました。

もちろん 権力者だけではなく
一般の人々にとっても 動物は身近な存在。

重い荷物を運んだり 田畑を耕したり。

労働力として重宝する一方で

商売繁盛や幸福への願いを
動物をかたどった置物に込め

縁起担ぎをしてきました。

こちらは 東京の水天宮。

犬の銅像を すりすりする人が。

さて どんな御利益があるんですか?

多産でありながら
お産の軽い犬にあやかれば

安産につながるとされてきました。

12日に一度やって来る戌の日になると

多くの夫婦が お祈りにやって来ます。

などなど

日本人が 昔から さまざまな形で
おつきあいをしてきた動物たち。

史実をひもとけば 日々の暮らしや
明日につながる人間関係の知恵が

隠されているはず。

(犬のものまね)

(笑い声)

「笑う門には福来る」。

今夜のお客様も
動物には一家言ある達人ばかり。

年初めの「知恵泉スペシャル」。

かわいい動物たちの姿を

とくと ご堪能頂きながら

日本人と動物たちの
明るい未来を

探っていこうではありませんか。

あの~ 早速なんですけれども

今日は 「動物」が
テーマということなんですけれどもね。

福田さんは 動物のものまねも
されると思うんですけれども。

めちゃめちゃ大好きです。

それが ものまねにつながって

そこから 最後 共鳴につながるという。

いや よかったです。 ちょっと 今日
どんなお話が聞けるのか

ますます楽しみになりました。 そして
瀬名さんはね 作家でいらっしゃって

SFの作品もありますので
どっちかというと

ロボットみたいなイメージも
あったんですけど。

そういうのを愛読してます。

僕はね 祖父がね
犬を ずっと飼ってて…。

うちの祖父は 本当 無口なんですけど

何か ボソッと
「犬は裏切らない」って言ってましたね。

家族には すごい裏切られたんでしょうね。
(笑い声)

何があったんでしょうね。
何があった…。 闇が深い…。

ちょっと あとね もう一つ 私 ずっと
気になってることがあるんですけど

このね わざとらしく後ろにある
これは?

気付いちゃいますよね~。          はい。
もう入った時から気になってました。

何か ちょっと
改装中みたいな感じですもんね。  はい。

いや これね あの…。

(井上)おめでとうございます。
おめでとうございます。

おめでとうございます。
(福田)おめでとうございます。

というかね 皆さん
ちょっと 盛り上がり過ぎ。   (笑い声)

いつ入ってこようかと思って…

私 初代「知恵泉」店主の
井上二郎と申します。

よろしくお願いします。
この「知恵泉」を立ち上げてですね…

控えめに言って…

野球部とかにもね。

まあ でもね 手ぶらで来ちゃいけない
っていうことで

お年賀を届けたんだけど…。

お年賀?
どう…。

これですよ。

隠しちゃダメですよ これね。

令和最初のお正月。 皆さんへの
プレゼントは こちらでございま~す。

(福田)うわ~ すごい!

すごい。
(福田)わあ~ お正月っぽい。

(井上)動物にまつわる縁起物を
ずらっと並べてみました~。

日本全国から取り寄せたんですよ。

いくつかね ちょっと
ご紹介していきましょうか。

例えば 犬にまつわるものですと

こういった 犬の張子。

犬は すくすく育ちますからね

小さいお子さんがいる
赤ちゃんがいる家庭などに贈ると

非常に喜ばれると。

例えば 皆さん 気になるようなものって
ありません? 福田さん 何か…。

私 もう 一番最初に目に付いた
あの鶏ですね。

(井上)おっと。
鶏は 「明けの鳥」といわれまして

一年の中で 一番に元気よく鳴く
ということで縁起物。

(笑い声)

ありがとうございます。
いや~ すばらしい。

これ 打ち合わせがあったようなね…。
丁寧に振って頂きましたので…。

瀬名さんは どうでしょう?
あそこにある… 赤い金魚ですか?

これですか?
はい。    これ 実はね

黄鮒といいまして フナなんですよ。

江戸時代に 疫病がはやった時に
こういった黄鮒を食べて

疫病が
すっかり治ったなんていうことでね。

タヌキも すてきですね。
(井上)笠は 災いを避けてくれる笠。

そして この笑顔というのは
みんなに福を呼ぶ。

立派なおなかというのは大胆さ。

そして この徳利というのは人徳。

そして 金運がつくと。

八畳敷といわれてますもんね。
(井上)そうなんですよ。

それぞれに意味合いがある
ということなんですよね。

清水先生 何で ここまで動物にまつわる
縁起物というのが多いんですか?

日本の在来の神様って
姿を現さないんですよね。

お釈迦様とか 阿弥陀様
観音様みたいな姿がないんで

じゃあ 神様を
我々が どう見るかっていうと

神様って 動物の形で現れてくるんですよ。
だから 神様の化身だったり

神様の使いが動物って
日本の社会では けっこうあるんですよね。

それでなんじゃないですかね。
なるほどね~。

さまざまにある
動物の縁起物ですけれども…

こちらでございます。

ネズミといえば猫。 そういうことで

今日 最初の知恵が こちら!

「猫をかぶる」というのは
本来の性格を隠してですね

自分を こう… よりよく見せよう
ということなんですけれども

さあ どんな知恵なんでしょうか?
ご賞味下さい。

くりくりの目。

もふもふの毛並み。

あらあら こんなあらわなお姿も…。

愛らしいのに自由奔放
人に こびないところも

また 猫のいいところなんですよね。

でも かわいいとか 気ままとか
ひとくくりにされちゃうのも

私的には 不本意なのよね~。

私のご先祖様は
全然 自由じゃなかったのよ。

歴史居酒屋なんだから
その辺り ちゃんと触れてくれないと。

あ~ はいはい かしこまりました。

日本人と猫との歴史。

その始まりは 奈良時代。

大切な仏教の経典を
ネズミから守るために中国から輸入され

やがて 各地の寺で
飼われるようになったといわれています。

その後 平安時代に入ると
新たな役割が…。

それが ペット。

貴族の間で 猫をペットとして飼うことが
大流行したのです。

清少納言の随筆「枕草子」には

飼い猫を まさに猫かわいがりする
一条天皇の驚くべき様子が

つづられています。

あの「源氏物語」にも
猫が登場していますよ。

猫をつないでいたひもが絡まり

御簾がめくれ上がる場面があるんです。

当時 猫は 数の少ない貴重な動物で

逃げないように
ひもをつけて飼うのが当たり前。

猫に首輪。
決して自由ではなかったのです。

そんな捕らわれの身の猫の境遇を
がらりと変えた 歴史上の人物がいます。

関ケ原の戦いを制し
天下統一を果たした 徳川家康です。

江戸に幕府を開く前の年。

家康は 猫をつなぐことを
禁じるお触れを

出しています。

背景には 戦国時代が終わり
平和な町に人々が定着。

急激に人口が増える
都市化の問題がありました。

大量の食料を狙う
ネズミの食害が深刻化し

家康は その対策として

ひもでつながれていた猫を
解き放ったのです。

ようやく自由を手に入れた猫は

ネズミ退治という本来の任務を果たしつつ
爆発的に繁殖していきました。

数が増えたことで 庶民の間にも
猫を飼う習慣が広がっていったのです。

京丹後市の金刀比羅神社には

江戸時代の人々と猫との深いつながりを
指し示すものが残っています。

こちらでございますけども。

ん? これは… 狛犬ではなく

狛猫?

一体 なぜ狛猫なんてものが
つくられたのか。

それは
この土地ならではの事情がありました。

京丹後は 「ちりめん」と呼ばれる絹織物が
江戸時代からの特産品。

その原料となる生糸は
ネズミの大好物です。

少しでも かじられたら
売り物になりません。

非常に まあ ご苦労があったと
聞いておりました。

生活の糧を守ってくれる猫に
感謝の気持ちを示そうと

地元の ちりめん業者などが
お金を出し合い

狛猫が奉納されたのです。

戦国時代が終わって
誰でも私を飼えるようになったわけ。

つまり 猫は平和のシンボルでもあるのよ。

本当 いろんな方に愛して頂きましたわ。
でも 一番は あの人かしら。

私の飼い主の…。

あっ うわさをすれば…。
ちょっと や… やめて! あ~ あ~。

猫に ちょっかいを出すこの男

江戸きっての猫好きにして

浮世絵の大家 歌川国芳。

猫を題材に
数々の作品を発表し

江戸後期の日本に
猫ブームを巻き起こしました。

しかし
国芳が猫の絵を盛んに描き始めたのは

意外にも
キャリアの後半 40歳を過ぎてから。

きっかけは 浮世絵界を襲った
ある危機でした。

ここで
今日1つ目の知恵。

(猫の鳴き声)

浮世絵とは 庶民の風俗文化を描く
日本独自の絵画ジャンル。

国芳は 大胆な構図を持ち味に
迫力ある作品を次々と発表。

江戸後期の浮世絵界で
絶大な人気を誇りました。

ところが 国芳が45歳を迎えた天保12年。

幕府の老中首座 水野忠邦が

ひっ迫した幕府財政を改革するために

倹約令を実施します。

「ぜいたくは禁止」と
次々と規制を始めました。

芝居小屋は郊外に移転。

寄席は閉鎖。

歌舞伎役者は
江戸を追放されてしまいます。

もちろん 規制の矛先は
浮世絵にも向けられました。

歌舞伎役者や遊女の絵を描くことが
風紀の乱れにつながると

禁止されてしまったのです。

役者と遊女は 浮世絵にとって
最も売れ筋の題材でした。

版元の廃業が相次ぎ
町のにぎわいも失われてしまいます。

あ~あ あれはダメ これはダメ。

全く 描くものがなくなっちまったよ。
困った 困った。

国芳は 幕府の押しつけに対して

犬のように しっぽを振るのは
絶対に嫌でした。

(猫の鳴き声)

お前を描けってか。 ハハッ。

そうよ。

国芳は 猫をかぶり

浮世絵の中に
幕府への遠回しな皮肉を

込めようとします。

これは 天保の改革のさなか

国芳作の浮世絵「猫の百めんそう」。

ふ~ん。 いろんな表情の私たちが
描かれているわね。

まるで 見得を切る時の
歌舞伎役者みたいじゃない?

そうなんです!
実在の役者をモデルにしているんですよ。

当時の歌舞伎ファンには
一目瞭然だったそうです。

でも 幕府の規制は受けません。
だって彼らは 猫ですからね。

こちらは 吉原の風景。

顔見せする遊女と
群がる客を描いています。

(猫の鳴き声)
あれ?

遊女も描いちゃダメなんじゃなかった?

いやだな~
彼女たちは遊女じゃありませんよ。

猫ですよ。

国芳は 幕府のやり方に反発しながらも

真正面から あらがうことは
選びませんでした。

人間を猫に置き換え

一方的に規制する幕府を
どこか あざ笑うかのように

浮世絵を描き続けたのです。

国芳の猫絵は 政治に不満を持つ人々の
支持を受けました。

そして 停滞を続ける浮世絵界を救う
大ヒットとなっていったのです。

その後 天保の改革は

旗振り役の水野が失脚したことで
天保14年に中止。

娯楽に対する規制も
解かれていきましたが

国芳は 以後も
猫の絵を数多く残しました。

その作品は 今もなお
猫好きを魅了し続けています。

お上の目をかいくぐり
お客の心をつかむ その知恵

歴史居酒屋の店主 勉強になります。

でしょ? あれやこれや
何かとルールが厳しくなる世の中で

やんわりと自分の表現方法で もの申す。

私のご主人様って 粋よね~。
(猫の鳴き声)

昔は ペットっていうと犬でしたよね。
(井上)そうでしたよね。

完全に 今 猫ですよね。

やっぱり こう 自由であると。 猫は。

そこが 一番 魅力だ
っていうふうに言う方 多いですよね。

自由が魅力なんですか。
国芳も ちょっと こう 何でしょう

厳しく規制されてると
「ふざけやがって」っていう

ちょっと お上への
こう 何でしょうかね

今で言うと コンプライアンスが
きつすぎて

「冗談じゃないよ」って言って
それを まあ 突破しようっていう

そういう精神も
あったのかなっていうのは…。

だから 国芳の批判っていうのは
ユーモア精神が そこにあるから

うまく そういうのもかわしながら
自分の主張を通したっていうところが

非常に賢いなあという気はしますね。

(井上)それこそ 今 思ったんですけど

夏目漱石の「吾輩は猫である」
っていうのも

まさに猫を通して ちょっと
風刺をしてるわけですよね。

そうですね。 猫の口から
社会を見てるわけですよね。

ますむらひろしさんっていう
漫画家の人が

宮沢賢治の小説を漫画にする時

人のキャラクターも 全部 猫の絵にして
漫画にしたんですよね。

「銀河鉄道の夜」っていうの
アニメ映画にもなりましたが…。

ありましたね 確かに。
(瀬名)ジョバンニとカムパネルラは

猫の形をして出てくるんですよ。

あれは 当時 僕も見て
衝撃だったんですけど…

宮沢賢治の世界がね。

猫じゃないとダメなんですかね。
ほかの動物だと…。

その辺の
表現と風刺のバランスというかね

何か うまいこと…

なんでしょうね。
なんですかね。

福田さん 猫のものまねするんですか?
猫もやります。

ちょっと まあ
けんかしてる感じですかね。

…っていうのを5分ぐらいやるっていう。
あるある。 夜 目が覚めちゃうやつですね。

(井上)名字を…

確かにね。

今回の知恵は「しっぽを振らずに
猫をかぶれ」ですけど…

でも 何か やっぱり こう
何でしょう 今の時代…。

昔から そうなのかなあ。
何か ウソがあると

何か やっぱり 人に伝わんないなあ
っていう気が ちょっとしてて

今 本音というか
そういうのを支持してくれる人が

多いような気はしてますね。

(井上)でも コンプライアンスとか
何か 炎上とかですね

なかなか ちょっと 表現しづらい時代には
なってるのかなと。

だから 最近は ちょっと…

大変なんですけど ラジオで
本音を言ってるとですね…

大変です それは。

あんまり本音も大変で。 でも
言わなきゃいけない時もあったりとか。

そのバランスですよね。
だから 僕は 本当に怖いので…。

炎上が怖いので 常に…

編集すると 僕が編集してなくて
ラジオ局が編集するので

僕のせいじゃなくて
ラジオ局のせいになるという。

最終的には 逃げ道も作ってたりとか。
福田さんとかって…。

ご本人の方に こう ちょっと
言われてしまったりとかも…。

無許可でね。  そう。
綾瀬はるかさんの許可は得てるんですか?

(綾瀬はるかのものまねで)
私の許可は大丈夫です。   (笑い声)

(井上)吉高由里子さんの許可は
得てるんですか?

(吉高由里子のものまねで)
ああ そうですね。 あの 私も一緒に

ハイボール飲んで うい~。
(笑い声)

大丈夫。

もし編集が必要であれば
あとで言って頂ければ…。

そうですね。 事務所と相談して下さい。
NHKのせいにできる…。       (笑い声)

でも 今 言葉の…
僕 講談やってるんですけど

古い言葉で 今だと
放送禁止用語とかもあるわけですよね。

でも…

けっこう もどかしいっていう気持ちは
放送で言葉をのせる時は

あったりは しますけどね。

言い換えると
変なふうになっちゃうんですよね。

そこだけ浮いちゃうんですよね。
そうなんですよね。

ちょっと これは 今後ね
コンプライアンスが厳しくなると

言葉だけじゃなくて
例えば 博打打ちの侠客の噺とか。

昔は はやったんですけど
ちょっと それは

まあ 反社会的なあれじゃないかとか…
それも できにくくなってくるっていう。

時代に合わせて やっぱり 我々も

変わっていかなきゃいけないなあとかって
思いましたね。

それぞれ
どういうふうに変わっていくのか

ちょっと 楽しみなところでも
あるんですけれども。

年が明けましたのでね 皆さん

初詣なんか行かれたかなと
思うんですけれども

初詣につきものの物といえば…。

ちょっと 二郎先輩
小上がりにあるんですけれども…

私を使う?
ええ。                        私を?

私 カウンターの中にいるんで。
伝説の店主を使うと。

けんかは やめて下さいよ。    (笑い声)
バチバチして…。

そうですか。 ちょっと
お尻 向けさせて頂きますけれども。

そう言われると ちょっと
気になっちゃうじゃないですか。

はい。
ありがとうございます。

皆さん 願い事を書いて神社に奉納する
絵馬ですけれども

これ そもそも 何で

「絵馬」と
呼ばれているかって…。

え~? 何ででしょう?
何でだろう?

もとは 本当に馬を奉納してたんですよね
神社に。

神様に乗ってもらうための馬を
差し上げてたんですけど

そうそう誰もが やっぱり
馬って持ってないじゃないですか。

そうすると お金のない庶民なんかは
絵に描いた馬を代わりに納める。

そこから始まったのが この絵馬なんです。
はあ~ 知らなかった。

ということでですね
続いては 馬にまつわる知恵。

こちらでございます。

千葉県香取市の乗馬クラブ。

こちらには 馬と出会って
人生が変わったという人がいます。

(取材者)こんにちは。
こんにちは。

競馬番組への出演をきっかけに
乗馬を始め

そのインストラクターと
2007年に結婚。

以来 千葉に移り住み
馬との暮らしを続けています。

「あったか~い」。

そんな佐藤さんが

馬の不思議な力を実感した
出来事があります。

去年9月 台風15号の被害によって
千葉県一帯に起こった停電。

厩舎の給水ポンプが
3日間にわたって止まったため

佐藤さんは 近くの湧き水を運ぶなど
必死の世話を続けました。

電気も水も止まった不安な被災生活の中

動じることなく いつもと同じ
優しいまなざしの愛馬に

佐藤さんは
かえって励まされたといいます。

人に対して…。

大きく 力強く そして優しい動物 馬。

古くから 日本人は
馬を家畜以上の存在として

大切に扱ってきました。

こちらは 岩手県に残る 曲り家。

同じ建物の中に
人間と馬が一緒に暮らします。

厳しい冬の寒さから馬を守るため
暖かい屋内に置く。

人間も 馬の体温で寒さをしのぐ。

馬は まさに 大切な家族の一員でした。

それはそれは たくさん仕事をしてきたわ。

畑を耕したり 荷物を運んだり。

でも 私を ほかの家畜と一緒に
考えてほしくないの。

私は ちょっと特別なのよ。 お分かり?

はあ… そうなんですか。

ほら~ 私って きれいでしょ?

だから みんな
私を手元に置きたがったの。

いろんな有名人とも 大抵 知り合いよ。
例えば…。

平安時代
天皇の外戚として権勢を振るい

太政大臣まで務めた藤原道長は
100頭にも及ぶ馬を持っていました。

自慢の愛馬を披露するため

道長は 競馬イベントまで開催しています。

織田信長は 京の都に上洛を果たした時

自慢の馬をそろえたパレードを
行いました。

世に言う 京都御馬揃えです。

立派な馬を見せびらかし
権力をアピールする者がいる一方で

馬を使うことで 組織内の秩序を
うまく保った武将もいます。

それが 天下無双の騎馬軍団を擁した
戦国大名 武田信玄です。

ここで
2つ目の知恵。

(いななき)

信玄は 大永元年 甲斐国

現在の山梨県一帯を支配する

武田家の嫡男として生まれます。

ゆくゆくは家督を継ぐことになる
若き日の信玄には

大きな悩みがありました。

それは 独立意識の高い
家臣たちの存在。

表面上は 武田家に従ってはいるものの

心底 服従しているわけではありません。

隙あらば謀反を起こし

主君の座を乗っ取ろうとする可能性を
はらんでいたのです。

しかし そこは 権謀術数にたけた信玄。

幼い頃から 馬を使って うま~く
問題解決の布石を打っていたことが

武田家の歴史をまとめた
「甲陽軍鑑」に記されています。

武田家には 一頭の名馬がいました。

名前は 鬼鹿毛。

体高が150センチほどの
当時としては 大変 大きな馬でした。

ある日 信玄は 父・信虎が
とても大事にしていた この馬を

譲ってほしいと言います。

信虎は 断ります。

「若い お前には この馬を
乗りこなすことなど無理だ。

譲ることはできない」。

息子のたっての願いを
父が拒んだ理由には

日本の在来馬の持つ
やっかいな気性にあったようです。

長野県にある 木曽馬の里で

在来馬を育ててきた中川 剛さんです。

この子みたいに 雄の子だと
やっぱり こう…

(いななき)

信虎は 気性の荒い暴れ馬を

まだ子どもの信玄に預けるのは危険だと
考えたのでしょうか?

しかし 信玄は 食い下がりました。

戦国時代は
全国で殺し合いばかり。

きっと家臣たちも
怖かったに違いないわ。

生き延びるために
強いリーダーのもとに

いたいっていうのが普通よね。

信玄は 暴れ馬だって
乗りこなせるのを見せつけることで

家臣の不安を取り除いて

更に信頼を得ようと
考えたんじゃないの?

結局 信玄は この時 鬼鹿毛を
譲ってはもらえませんでしたが

やがて 別の馬を手に入れると

今度は戦場で
自分の実力を見せつけようとします。

それは 天文9年

村上義清に
攻められた時のこと…。

(いななき)

先陣を切った信玄は 巧みな馬術で
敵陣を縦横無尽に駆け回り

敵の首 913をとる大活躍を見せています。

大将の威信を 行動で示していく。

そんな信玄に 家臣たちの尊敬は集まり

結束が生まれます。

馬を使って 人心をコントロールした信玄。

こうして
天下無双の家臣団が生まれました。

そんなクレバーな信玄ですが
馬を利用するだけでなく

とても かわいがっていたことも
うかがえます。

これは 武田氏の館の跡から発掘された
馬の骨。

戦国時代に
信玄が乗っていた可能性があると

考えられています。

うまい食事だけでなく
その埋葬方法も特別でした。

こちらは 骨が発掘された時の写真です。

一見すると 単に 土に
埋められていただけに見えますが。

その埋葬されていた
埋葬のしかたが まあ…

頭を北 顔を西に向けるのは

人間の埋葬のしかたと同じ。

自分のため働いてくれた馬に

人間の家臣同様の敬意を持って

手厚く葬っていたのです。

馬を慈しんだ信玄が
馬を詠んだ歌が残っています。

暴れ馬の中でも

最も気性の激しい馬に乗ってこそ

本物の大将であるという意味です。

馬を見せびらかすだけではなく

自ら率先してまたがり
背中で家臣を導いた信玄。

そんな姿勢があったからこそ
組織は固い結束で結ばれ

信玄は 戦国最強といわれる大名にまで
上り詰めたのです。

…かあ。 いつの時代にも通じる
リーダーの知恵ねえ。

あの~ 道長と信長が けっこう
多くの馬を集めていたっていうのに

何か 成功してる人とかって
馬主さんのイメージがすごいっていう。

(笑い声)

やっぱり 馬って 持ってること自体が
ステータスっていうのは

この時代あるんですよね。 で あの

戦国時代から江戸時代にかけての
絵のモチーフで

図っていうのがあるんですよ。

誰々さんちのだ。

こんな馬と こんな馬と
こんな馬が並んでるっていうのを

絵にしてるんです。

つまり 何でしょう 今で言うと…

(一同)はあ~。

そういうのが
絵のモチーフになるんですよね。

ちょっとお金が入ると
いっぱい車買っちゃう人いますよね。

ええ。 そうそう そういう感じです。

講釈でも だから あの山内一豊の妻。

いわゆる その その時 山内一豊が

あんまり こう
裕福じゃなかったんですね。

でも いい馬があったんですよ。

買いたいなと思って
でも お金がないっつったら

女房が へそくりで
これで買ってきなって言って

そういう 何か
「内助の功」みたいなんで。

(笑い声)
でも いい話ですよね。

多分 そこで 持ってないとですね

仲間内で ちょっと下に見られちゃう
侮られちゃうっていうのが

あるんじゃないですか?
そこで 出世させるために

スポーツカーぐらい持ってないと
ちょっと無理をして。

確かに そうなんでしょうね。

でも こう 信玄のように…

という姿を見せるって これ…

そうですよね。 乗れるところを見せる
っていうのは何でしょう。

今で言うと…

俺も営業ぐらいやったことあるよ
っていうのを

社長さんが言えるか言えないかって
けっこう 大きいんじゃないですかね。

どうですか 皆さん こう
手本を示すようなリーダーが

お好きですか?
僕 あの…

人によって。
びっくりしたのが 例えば…

…と言うんです。
そしたら 目の前

3メートルぐらいに
聞いててくれるんですね 先生が。

「寛永十一年 正月の…」。
「あっ 違う」。

「寛永十一年…」。
「違う」っつって…。

「先生 何が違うんですか?」
って言ったら…

…って言われたんですよ。
え~。

(笑い声)
そうですね。

教え方って だから いろいろあって
っていうのは 何かね

思ったりはしますけどね。

(笑い声)
いやいや 恐縮です やっぱり。

急に「江戸家」 名乗りだしたみたいな。

ものまねなんて でも 何かね
教わるとかじゃないですもんね。

そうですね。 ものまねは 本当にもう
個人商店みたいなものなので

教わるってことはないんですけど

先輩たちのネタの作り方
構成の作り方とかを見て

ああやって オチを考えたらいいんだとか
そういうのは こう 何か やりますね。

でも いろんな先輩とか師匠とか
いると思うんですけれども…

ついていきたくなくなっちゃいます。
私 どっちかっていうと。

何か もう 突っ走ってる人って
どんどんどんどん遠ざかって

近くないような感じになっちゃうから…。
それは コロッケさんのこと…。

違います 違います。 やめて下さい。
変なこと言わないで…。

絶対違います。
コロッケさん どちらかというと

同じ土俵に立って…。
あ~ そうですか。

いい人なんですね。 失礼しました。
めちゃめちゃ… そうです。

(井上)江戸家さん 
顔 真っ赤じゃないですか。

江戸家じゃないです。
(井上)あ~ そうですか。

ちょっと お酒も回ってきたかも…。
そうですね。

そうすると 結局 こう
理想のリーダーっていうのは

どういう…。
先ほど その

「将にならんと欲すれば
まずは馬に乗れ」ですよね。

で よく「人馬一体」っていう言葉が
いわれますけれども

人馬一体っていうのは つまり 人が

やりたいようにやるだけでもダメで

馬が やりたいように
走るだけでもなくて

両方の気持ちが一体になって
初めて いい走りができるし

そういうことができるっていうのが

リーダーの 何か 象徴みたいなものに
なってるんだと思うんですよ。

それは だから
人と馬の 何て言うんですか その…

だから…

ついてこないし。

やっぱり こう 人馬一体っていうのが
まさに その…。

動物の馬を乗りこなすっていうのは

人間とも一緒になって
うまくやれるんだっていう

まあ そういうことなんでしょうね。

僕もね
2月の11日から真打になるんですよ。

すると
お弟子をとれる身分になれるんですね。

そうすると 例えば…

まあ 分かんないですよね。

上の人が言ってたのが
なるほどなと思ったのは

何か気になることが 例えば
弟子に10個あったとしたら 全部…

萎縮するだけだから…

だから 上の人が 小言で指摘するのも

すごく能力が要るし
上の人って大変なんだなっていうのを

何か 思ったりもしますよね。

ちゃんと こう 相手と向き合って

しっかり
相手を理解した上で言わないと…。

ってことなんでしょうね。
これは2月以降 松之丞さんが

どういうふうに こう…。

人馬一体感を出して。

でも 大体ね
初めて弟子をとる師匠ってのは

大体 厳しくして 上の弟子
3人ぐらいはツブれてくんですよ。

で 4人目 5人目以降から

少し その 育て方というのが分かってきて
だから 僕も多分…

(笑い声)

そんなこと言わないで下さいよ。

これ見てたら 何か みんなね…。
(福田)ひやひやしますよ。

「4人目でいいんで」って…。
そうそうそう。

予約をしてね。
うんうん。

やっぱ そうですか。
学者でも…

これ 私も運がよくてね
うちの師匠が 今

77で 喜寿なんですけどね。

入門したのが12年前なんで

64~65とか 半ばなんですよ。

で うちの師匠も 今 すごい
人格者っていうふうに

業界では知られてるんですけど
昔はね ちょっと怖かったと。

その…

だから 時期にもよるんだなと。

さあ 続いてなんですけれども
福田さん お待たせいたしました。

はい。
お待ちかね あの動物の知恵を…。

犬?
そうなんです。

犬で 日本史といいますと
よく引き合いに出される人がいますよね。

綱吉ですかね 将軍の。
ええ そうなんです。

今日のメニュー こちら 3本目。

犬に論語を説いても
無駄だといわれるんですけれども

綱吉に欠けていたのは
そんな姿勢だったと。

一体 どういうことなのか。 ご覧下さい。

犬といえば けなげで従順。

人間の忠実なパートナー
なんていうイメージ ありますよね。

南極で 1年間
寒さと飢えをしのいだ タロとジロ。

今日も 行儀よくして待ってたか ハチ。

飼い主を駅で待ち続けた 忠犬ハチ公。

でも 聞いて下さいよ。 僕たち犬は
人間さんたちの身勝手な都合で

けっこう
ひどい目に遭わされてきたんですよ。

武士の政権が確立した鎌倉時代には

逃げ惑う犬を弓矢で狙う
犬追物が大流行。

鎌倉幕府の14代執権 北条高時は

寝食を忘れて
闘犬に夢中になっていました。

闘犬といったら
1対1の戦いを想像していませんか?

なんと 高時は

100頭から200頭にも及ぶ犬を放して
戦わせていました。

その光景は まさに

本物の合戦さながらの地獄絵図だったと
伝えられています。

近代に入っても 犬の受難は続きます。

太平洋戦争で 犬は
軍需用品として供出されていました。

理由は 毛皮をとるためですって。

そんな不遇続きの犬に

歴史上 最初ともいえる
救いの手を差し伸べたのが…

保護を命じる一方

決まりを守らないと
死罪に処するなど

世に言う
「生類憐みの令」を定めた

悪名高い権力者として
知られています。

しかし 実は綱吉は この法令に
大いなる志を込めていたのです。

今日3つ目の知恵。

(犬の鳴き声)

将軍 綱吉の心中を
かいま見ることができる史料が

奈良・大和郡山の柳沢文庫に
保管されています。

これは 側近の柳沢吉保に与えた
綱吉直筆の書。

書かれているのは
儒教の経典である論語の一節

「あやまちては すなわち
あらたむるに はばかることなかれ」。

やはり…

江戸時代が始まって 80年。

そのころは まだ…

この状況に心を痛めた綱吉は

命を粗末にする人々の意識を変えようと

捨て子や老人の保護
牢獄の環境改善など

今で言う さまざまな
福祉政策を実行していきました。

いわゆる 「生類憐みの令」も

そんな社会に
命を大切にする価値観を行き渡らせる

改革の一環だったといわれています。

しかし 綱吉の願いとは裏腹に
庶民たちは戸惑います。

それまで好き放題に扱ってきた犬を
突然 大切にしろと言われても

その意味合いを理解することが
できなかったのです。

綱吉は 細かな規則を定めるだけで

その目的を
きちんと人々に説明していませんでした。

学のない庶民に
高まいな精神を説いても無駄。

すなわち 「犬に論語」だと
綱吉は考えていたのでしょうか。

やがて 人々は「面倒ごとは ごめんだ」と

かえって
犬などの動物を避けるようになります。

何か かえって
状況が悪化しちゃいましたね。

僕たち犬を大事にしてくれるのは
ありがたいけれど

もうちょっと
その真意を説明すべきですよね。

僕たちは 人間と
仲よくしたいだけなのにな…。 はあ。

お気の毒さまです。

綱吉は お触れを出しても 出しても

人々が動物を大事にしない状況に
いらだちを感じます。

なんとか 自身の理想を実現しようと
今度は 取締りを強化していきました。

当初夢みた
「命を尊ぶ」社会とは真逆の状況を

綱吉は つくり上げてしまったのです。

宝永6年 綱吉は64歳で亡くなりました。

跡を継いだ6代将軍 家宣は

すぐさま 「生類憐みの令」を
撤回しています。

綱吉の理想は 幕府の内部でも
理解されていなかったのです。

高い志を持ちつつも

その理念を説明することなく
強引に推し進めてしまった綱吉。

はあ 「犬に論語」なんて言わずに
丁寧に説明して

みんなに理解を得ようとする姿勢が

いつの時代にも リーダーには
求められるんでしょうね。 ワンワン!

犬好きの福田さんには ちょっと
つらいシーンもあったんじゃないですか。

そうですね。 ちょっと知りたくない部分も
ありましたけど

綱吉は なぜ説明をしなかったのかって

ただただ そこに疑問をずっと感じながら
見てましたね。

忠臣蔵の赤穂義士の事件も
ちょうど綱吉の時ですよね。

そうすると
殿中松の廊下で刀を抜くっていうのは

綱吉にとっては もう平和主義ですから

ありえないことだったってこと
なんですね?

とんでもない。
あれこそ まさに 中世の戦国ですよね。

やられたらやり返すっていう論理なので…

何で そこで 犬とかね言ってしまって
説明を うまくしなかった…?

当時 犬って食べてたんですよね。

戦国時代以前は。

戦国時代のちょっと野蛮な風習で。

江戸時代になると
さすがに 犬は口にするのはどうか

っていうふうになっていったんですけど

かぶき者っていわれる人たちは

わざと それを食べるんですよ。

一時代前の文化を
みんなで鍋で食べて

俺たち グレてるぜっていう
そういうポーズを見せるんですよね。

だから…

なので 多分…

ちょっと そこは だから
説明が必要なんですよね。

綱吉は 死ぬ間際に「自分の法は
悪法といわれてるかもしれないけど

今後も続けるように」っていうふうに
遺言を残したらしいですね?

だから
絶対の自信を持ってたんでしょうね。

自分の言ってることに。
うまく説明はできないわけですよね。

今は無理だけど 100年後 200年後には

ひょっとしたら 自分の理想世界は
実現するかもしれないって気持ちが

あったんでしょうか?
あったんじゃないですかね。

ちょっと そのためのやり方が
エキセントリックなんで

そこは ちょっと問題ではあるんですけど。

難しい…。
難しいですね。

でも よく 僕 前座の頃に
師匠方 しくじってましたから

「お前のためを思って俺は言ってるんだ」
って言う人

大体 信用してなかったです。
(笑い声)

全部 説明するんですよ。

「お前のためを思って」
「言われてるうちが華だ」とかね。

早く言うの やめてくんないかなと
思ってたんですけど。

確かに 説明しすぎっていうのも
ありましたね 逆にね。

何かっていうと やっぱり
説明責任っていうような言葉が

出てくるじゃないですか。
事実をね こうだよって言って…

それが人間の心理的な特徴なんだって
いうことを言ってる人がいるんですよね。

かえって いこじになっちゃう。
じゃあ どうすればいいかっていうと

お互い共感し合ってるんだよね
っていうことを言う。

例えば 綱吉も
動物って かわいいよねとか

飼ってると癒やされるよねとかって
いうところから

もしかしたら 入れば…。

納得してくれたかもしれない。

そうか。
よくねえ 政治家とかが地方へ行くとね

その地方の言葉 わざと使って
共感させてから しゃべりますよね?

なるほど なるほど。
あれも テクニックの一つなんでしょうね。

その共感
まあ あるいは 共鳴とかですね

やっぱり それが キーワードに
なるのかななんていうふうに

思いましたけれどもね。
そうか 共感しないと

人は従わないんですね。
反発しちゃうかもしれないですね。

いや~ 何か 改めて
私も 犬 飼ってるんですけど

何か やっぱ…

すごく感じましたね。

だから もっと 私も
自分の飼ってる犬と

たくさんコミュニケーションを
取っていきたいです。

瀬名さんは いかがですか?
あの~ よく 西洋っていうのは

基本 キリスト教の世界なので

キリスト教だと 動物っていうのは

実は 魂がないっていうふうに

思われてるんですね。

でも 日本だと 知性を持った

別のものとして 身の回りにいて

それと コミュニケーションを
いつも取ることで

人間も
少しずつ社会がつくられてきたんだな

っていうことが分かって。

僕は ロボットとか AIを
小説で よく書くことがあるんですけど

ロボットと人間の間にも

こんなつきあい方があるんじゃないか

日本では こんな歴史をもとに

こういう考え方もあるんだよ

っていうことが 世界にも言えて

何か それが
スタンダードになっていくと

楽しいかなというふうに
ちょっと思います。

何か それ ドラえもんっぽいですね
猫とロボットで。

我々は ドラえもんとかで
身近に ロボットが優しかったりとか…。

だから 非常に
ロボットとかに愛着を持って

我々と 仲よしみたいなのは

そういう文化から 意外に愛着って
根づいてるんだなっていうのをね

今 先生のお話とか聞いて
ちょっと思ったりしましたね。

今日はね 本当に いろんな動物にまつわる
知恵を味わってきたので

何か 私も ちょっと
動物飼ってみようかななんて

思っちゃったりしたんですけど。
最近 おすすめなのは

ヤギと羊なんですけど…。
こんな感じです。

(ヤギと羊のものまね)

っていう これを ずっと置いといて…。

確かに にぎやかな感じで…。
ちょっと でも 大きいかな。

ちょっと大きいですか?
ちょっと大きいですね。

入り… き… る… かな?

本日は ご来店ありがとうございました。

令和2年も 甘口から辛口まで
さまざまな歴史の知恵を

ご用意して お待ちしております。

今年も 変わらぬ ご愛顧を

どうぞどうぞ
よろしくお願いいたしま~す。


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