クローズアップ現代+ 被災地を支える歌…“桜づつみ”と高校生・災害列島2020・若者のまっすぐな思い…



出典:『クローズアップ現代+▽被災地を支える歌…“桜づつみ”と高校生▽災害列島2020』の番組情報(EPGから引用)


クローズアップ現代+▽被災地を支える歌…“桜づつみ”と高校生▽災害列島2020[字]


台風19号の被災地・長野で5年間、歌い継がれてきた歌・「桜づつみ」▽歌詞に背中を押され…歌詞とのギャップに悩み…いつもと違う年始を迎えて▽若者のまっすぐな思い


詳細情報

番組内容

【キャスター】武田真一,【ゲスト】諏訪中央病院名誉院長…鎌田實

出演者

【キャスター】武田真一,【ゲスト】諏訪中央病院名誉院長…鎌田實



『クローズアップ現代+▽被災地を支える歌…“桜づつみ”と高校生▽災害列島2020』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

クローズアップ現代+ 被災地を支える歌…“桜づつみ”と高校生
  1. 同級生
  2. 徳永
  3. 武田
  4. 水害
  5. 鎌田
  6. 地域
  7. 歌碑
  8. 高校生
  9. 災害
  10. 組織
  11. 大事
  12. 大切
  13. 歌詞
  14. 時代
  15. 自宅
  16. 目標
  17. 一歩
  18. 自分
  19. 堤防
  20. 被害


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≫2020年。
新しい年を、みずからの生き方を

まっすぐ見つめて
迎えた人たちがいます。

去年10月の
台風19号で被災した

長野の高校生たちです。

この3か月。
小学生のときに作った歌の意味を

みずからに問いかけながら
過ごしてきました。

♪~

≫地域を襲った
過去の水害を教訓に

自分たちで作った歌「桜づつみ」。

それから5年後。
歌は現実のものとなりました。

≫歌詞に書かれた「立ち上がり
一歩ずつ歩んできた」

ということば。

今、それが簡単なことではないと

思い知らされるように
なっています。

≫多感な時期に災害に見舞われた
高校生たちの姿は

何を支えに逆境を
乗り越えていくのか

私たちに問いかけています。

武田≫新年を迎えた

長野市千曲川の堤防決壊現場の
すぐ近くの地域に来ています。

浸水した場所はかなり片づけが
進んだということなんですが

それでも傾いた壊れた住宅が
そのままになっているなど

復興どころか復旧への道のりさえ

まだまだ遠い
という印象を持ちます。

今年は東京オリンピック・
パラリンピックが開かれる年です。

その2020年の始まりを
祝おうと元日の渋谷は

熱狂に包まれました。

そうした中でも
忘れてはならないのが

私たちが災害列島に
暮らしているということです。

相次ぐ豪雨災害や地震で

日常を取り戻せない人たちが
各地で暮らしています。

今年最初のクローズアップ現代+。

改めていま、何を
大切にするべきなのか考えます。

≫自宅の1階が水没した
徳永栞名さんです。

親せきの家に避難しながら

片づけに追われる日々を
過ごしていました。

≫思い出の写真は
水につかってしまいました。

≫大好きなピアノも音が出ません。

≫そうした中で
流されずにいたあるものが

心の支えになっていました。

堤防の決壊か所の
すぐそばにたっている歌碑。

徳永さんが地元
長沼小学校6年生の時

同級生たちと作った

桜づつみの歌を記念して
建てたものでした。

≫歌は、過去何度も
地域を襲った水害をテーマにした

創作劇の主題歌として
作られました。

≫水害から立ち直っていく人々の
姿を描いた物語の締めくくりが

桜づつみの歌でした。

♪~

≫それから5年
地域を再び水害が襲いました。

長沼小学校の学区は、全域で浸水。

当時、歌を作った同級生
21人全員の自宅が

床上や床下浸水の被害に
遭いました。

決壊直後、徳永さんはスマホで
同級生たちと安否を確認しあう中

こんなやりとりを
交わしていました。

≫水が引き始めてすぐ

徳永さんは父親とともに
堤防に向かいました。

途中のりんご畑はすべて水没。

その中で、奇跡的に
歌碑は残っていたのです。

徳永さんが
メッセージを送ったところ

返事が次々に返ってきました。

なぜ、徳永さんたちにとって

桜づつみの歌碑は
それほど大切なのか。

同級生の寺田由希音さんです。

自宅は床上60cmまで浸水。
大規模半壊となりました。

≫小学校の卒業文集も水没。

幼いころから遊んでいた公園も

災害廃棄物の
置き場となっていました。

♪「桜づつみ桃色の花が…」

≫長沼小学校の同級生21人は
クラス替えもなく6年間一緒。

親同士が幼なじみという人も多く
家族ぐるみで付き合っていました。

歌、そして歌碑が

今は別々の高校に通う同級生を
つなぐものになっているのです。

≫被災直後は
支えとなっていた桜づつみの歌。

時がたつなか
その思いが変化していきました。

決壊直後、歌碑を見に行き

同級生に報告していた
徳永さんです。

幼いころから祖母のりんご畑を
手伝ってきました。

今回の水害で

収穫直前のりんごはすべて
出荷できなくなってしまいました。

≫せめて食べられるものは
自分たちで食べようと

1個1個確かめます。

≫徳永さんは、祖母から

りんご栽培をやめるかもしれない
と聞かされました。

≫学校で
災害の話をできないことにも

つらさを感じていました。

徳永さんが通う
県立高校の同じクラスには

ほかに被災した生徒はいません。

≫心の支えにしてきた
桜づつみの歌。

「立ち上がり
一歩ずつ歩んできた」

という歌詞を
受け止められなくなっていました。

≫おはよう、きのうぶり。
≫おはよう。

≫どうしたら
一歩を踏み出せるのか。

12月、徳永さんたちは

地域住民の話し合いに
参加しました。

≫議論の中心となったのは
堤防の強化など行政への要望。

徳永さんたちにとっては

自分たちの手に負えない
話ばかりでした。

≫年も押しつまった12月末。

地域を離れたままの人も多く
人けはまばらでした。

≫歌碑によって同級生との
つながりを感じていた寺田さん。

いつもとは違う年の瀬です。

≫ただいま。

≫床上まで泥をかぶった自宅は

居間などの床の張り替えが
まだ終わっていません。

被害が少なかった台所で
生活しています。

≫これまでは家族みんなで
過ごしてきた年末年始。

しかしこの冬
離れて暮らす2人の姉は

寝る場所がないと
帰ってくることを諦めました。

この火鉢を使って
正月を祝う年取り魚

ブリを焼くのが恒例行事でした。

≫大みそか。
近くの神社に出かけました。

年をまたいでお参りする
二年参りだけは

せめていつも通りにしようと
同級生と約束していたのです。

年が変わる瞬間は
いつも通りジャンプ。

≫桜づつみの歌詞とのギャップに
悩んでいた徳永さん。

決壊現場のすぐそばにある
寺を訪ねました。

≫住職の妻・笹井妙音さん。

桜づつみの歌を作るときに

話を聞いた1人です。

案内されたのは過去270年の
水害を記録した水位標。

≫水害からまもなく3か月。

笹井さんは歌にある「立ち上がり
一歩ずつ歩んできた」

ということばを実感できるのは
これからだと伝えました。

武田≫今回の取材で出会った
桜づつみの歌。

災害報道を続けてきた
私にとっても何が大切か

教えられる場面がありました。

水害のあと、初めて
集まることになった同級生たち。

向かったのは
あの歌碑のある堤防でした。

迎えてくれたのは
当時の担任、竹内優美先生。

≫さくら久しぶり。
だいちゃーん。丈くーん。

武田≫次々とやってくる
同級生たち。

≫先生ー。

≫ちょっと今
取材を受けている最中だから。

武田≫そして…。

♪~

武田≫高校生たちの姿を
見ていますと

友達や地域の人たちと
つながり合いながら

災害と向き合い
そこで生きていくという

覚悟を固めつつあるように
感じました。

それは災害列島に住む
私たちにとっても

忘れてはならない
大切なことだと思います。

ここは高校生たちの自宅に近い
災害ボランティアの拠点です。

全国から届けられた
暖かい服、衣類。

そして、暖房器具などが
置かれています。

各地の被災地で
支援活動を行ってきた

医師の鎌田さん。県内に
お住まいということもあって

今回も炊き出しなどの支援活動を
行っていらっしゃる

ということですけども
どうでしょう

令和最初の年明けを
こんな現実の中で

迎えている若者の姿
どうご覧になりましたか?

鎌田≫いろんな
いやなこともあったりして

そんな中で、桜づつみの歌
すごくいいなというのと

高校生たちの笑顔が
すごいすてきだなというのと

この21人のつながりは
とても僕たちが

これから生きていくうえで
大切なヒントになってるんじゃ

ないかなと感じました。

令和2年を僕たちが生きだして
これからだんだんと

令和の時代を生き抜いていく。

そのときに、AIとかSNSとか
人間をもしかしたら

つなげるようにしながら
実際は

阻害をしていく可能性もある。

そういう時代の中で
僕たちはどうやって

人間らしく
生きていったらいいのか。

災害が起きると
復興格差というのも

起きてきますよね。

でも、災害がないところにも
格差はどんどん

これから広がっていく。

そういう令和の時代に
災害があってもなくても

ここには、たくさんの
桜づつみの歌にはヒントが

隠されているように思いました。

武田≫そのヒントの
一番大きなものが

つながりじゃないかと。
そして、もう1つ

こうした時期を乗り越えるために
大切なことを鎌田さんに

キーワードとして
挙げていただいているんですが

逆境力。どういうことですか?

鎌田≫レジリエンスとも
いいますよね。

震災が起きて3か月ぐらい
ものすごいストレスが加わって

ここを、うまく乗り越えていく
必要があるんですけれども

逆境を越えていく力

すごく大事で。

だけども被災地だけではなくて
現在、日本人は

いつ壁にぶつかるか
分からない時代を

生きてるわけですから
そういう意味では逆境力は

すべての人にとって
大事なんじゃないか。

例えば、被災をしていると
夢や希望を持ちなさいといっても

そんなに簡単ではないですよね。

でも、僕は
被災地ずっと支援をしながら

希望は持てなくても
目標は持てるよねって。

小さな目標でいい。

例えば今日、高校生たちが
普通の生活とか

いつもどおりの生活とかっていう
言葉が出てきましたよね。

来月、家族でみんなで
ファミリーレストラン行くかとか。

あるいは、お年寄りは
来月は日帰り温泉に

行ってみるかとか
そういう目標を持って

生きるときに逆境力というのが
出てくるんじゃないかなと

思っています。

武田≫強いバネでなくても

ほんの小さな目標や
ステップでもいいから

逆境を力に変える…。

鎌田≫それが、1つ実現すると
結構、自信になって

また次々に大きな目標が
達成できていくときに

希望とか夢っていうのを
見ることができるように

なるんじゃないかなと思います。

武田≫こちらを
ご覧いただきたいんですが

これは、去年までの5年間に
激甚災害に指定された

地震や台風などの
主な被災地です。

ここに挙げただけでも
34の都道府県が

被害に遭っています。

鎌田≫しかも毎年、毎年ですよね。

武田≫一方で、全国から支援に
ここに訪れた方々がいるんです。

こうした数々のメッセージを
残しています。

これは地震に見舞われた
熊本からの人たち。

そして、水害に見舞われた
倉敷市真備町の方の

メッセージもあります。

悲しくつらい経験の中から
それを乗り越えていく力や知恵

それも共有されるようになると
いいなと思うんですが

いかがですか。

鎌田≫一人一人が
つながるだけじゃなくて

組織と組織が
つながっていくことも

大事ですよね。
この地域の隣にも地域があって

そこに民間の病院があって
そこも大変な被害を受けて

長く続けば病院が
つぶれるんじゃないかという

心配をしたときに
岡山県の真備町にある病院の

院長先生がやってきて
自分たちも

潰れるかもしれないという心配が
あった時期を

どうやって乗り越えて
病院を再建できたかを

教えるというか
指導に来たりすることもできるし。

あるいは姉妹都市なんていうのが
結ばれていて

市役所から
応援に1年来てくれたり

あるいはボランティアが
行きやすくなる。

組織と組織が
これからはつながっていくことが

災害列島を
乗り越えていくうえでは

とても大事なんじゃないかなって。

武田≫まさに
歌の歌詞にもあるように

「手を取り合う」。
平易な言葉ですけれども

それが大事ですよね。

鎌田≫令和の時代、ますます

人と人と、組織と組織が
つながっていくことが

大事かなと思います。

武田≫「手を取り合って
ともに生きていく」という

歌詞でしたが
そのことの重みですね。


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