インタビューここから「ビジョン&ワークハード 山中伸弥」今もモットーにしている言葉について聞く…



出典:『インタビューここから「ビジョン&ワークハード 山中伸弥」』の番組情報(EPGから引用)


インタビューここから「ビジョン&ワークハード 山中伸弥」[字]


iPS細胞の作成に成功してノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥氏。研究人生の大きな転機となった米サンフランシスコで、今もモットーにしている言葉について聞く


詳細情報

番組内容

iPS細胞を作成してノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥氏。臨床医から研究者としての道に進んだ30代の時、研究テーマをより追求するために留学したアメリカ・サンフランシスコの研究所で今も人生のモットーとなっている言葉「ビジョン&ワークハード」に出会う。当時の所長が若手研究者を集めて成功の秘けつを教えた。山中さんにとって人生の大きな転機となったアメリカでの経験と今もモットーにしている言葉について聞く

出演者

【ゲスト】ノーベル生理学・医学賞受賞・京都大学…山中伸弥,【きき手】出山知樹



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インタビューここから「ビジョン&ワークハード 山中伸弥」
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  18. 成功
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アメリカのサンフランシスコに
やって来ました。

今 ちょうど ケーブルカーが
この坂を下りようとしているところです。

ハロー!
ハロー!

「インタビュー ここから」
今日は iPS細胞の作製に成功して

ノーベル医学・生理学賞を受賞した
山中伸弥さんです。

山中さんの人生の大きな転機となった場所
というのが 実は ここなんですね。

今日は このサンフランシスコで
山中さんが出会ったビジョンに迫ります。

♬~

2012年にノーベル医学・生理学賞を
受賞した山中伸弥さん。

人間の ほぼどんな組織や臓器の
細胞にもなれる

iPS細胞を作ることに
成功しました。

京都大学iPS細胞研究所の所長として
再生医療や薬の開発に携わる一方

毎月 アメリカに通って 今も研究者として
遺伝子の基礎研究を続けています。

その山中さんの人生を支え続ける
ある言葉があります。

20年以上前に留学したアメリカで
恩師から聞いた言葉です。

ビジョンとワークハードという
しっかりした目標を持って

それに向かって
ぶれずに努力するというのは

もう本当 いまだに
心の支えになっています。

アメリカで出会った言葉を支えに

患者を救うため 前に進み続ける山中さん。

研究人生の「ここから」に迫ります。

今日は お忙しいところ…。
こんにちは。

わざわざ サンフランシスコまで
お疲れさまです。

まさか
このアメリカのサンフランシスコで

山中さんにお会いできるとは
本当に うれしいです。

はい。 サンフランシスコは
ふだん 涼しいんですけど

まさか こんなに暑くなるとは
ちょっと 僕も予想外で。

でも 何て言うんでしょう 日本だったら
汗で じとじとになってしまうところが

もう からっとして
あまり汗が出ないなという印象が。

それは すごく爽やかですから。
この景色ですけれどもね。

もう最高ですね ここは。

この景色っていうのは
やっぱり 山中さんの中で

特別なものっていうのは ありますか?
やっぱり 僕だけじゃなくて

家族全員 第二の故郷みたいな
そんなふうに。

みんな できる限り機会を作って
こっちに来たがってますので。

街も人も。
そうですね。  景色も自然も。

なんですが 同時に科学とか

いろんなイノベーションの
世界の中心でもありますから。

単に こう きれいなだけじゃなくて
すごい こう 発明 科学という点でも

最先端ですから。
ええ。

橋の向こうには
バークレーという街があって

ノーベル賞が もう何十人
すごい数出てる大学がありますので。

この地域は本当に いろんな意味で
科学 芸術 そういう 文学を含めて

すごい人が集まってます。

山中さんは 1962年 昭和37年

大阪で生まれました。

ミシンの部品を作る町工場を
経営していた父が肝臓の病気にかかり

父を治したいという思いから
医学に興味を持ちました。

父 章三郎さんも 山中さんに
医者になるよう勧めてくれたといいます。

高校卒業後 山中さんは
神戸大学の医学部に入学。

一旦 整形外科医を目指しましたが
難病に苦しむ多くの人に出会い

研究者として患者を救いたいと
考えるようになりました。

アメリカ・サンフランシスコにある
グラッドストーン研究所。

心臓病や神経科学
免疫学などの研究で知られています。

30代だった山中さんは
自らの研究分野を より追究するため

アメリカに留学する決意をします。

3年半の留学中
アメリカでトレーニングを受け

新たな遺伝子を発見するなど

研究者として
ここで大きく飛躍しました。

山中さんの これまでの人生の中で
アメリカで出会ったことで

一番大きな影響を与えたことっていうのは
何だったんでしょう?

アメリカはですね 今も
こちらで名誉所長をされていますが

ロバート・マーレー先生
当時は所長をされていて

その先生から教わった「VW」っていう
モットーなんですけども。

ビジョンとワークハードという
しっかりした目標を持って

それに向かって
ぶれずに努力するというのは

本当 いまだに 心の支えになっています。

アメリカに留学した当時
山中さんは 研究に没頭していました。

研究手法も進んでいたアメリカで
よりよい論文を書こうと

人の3倍は研究をしていたと話します。

そんな時に 山中さんに声をかけたのが

当時の所長
ロバート・マーレーさんでした。

ひたむきに研究に打ち込む
若い山中さんの姿を見て

マーレーさんは 「君のビジョンは何か」と
問いかけたといいます。

この時 マーレーさんが伝えた言葉が…

この言葉を聞いたことが
研究人生の転機となり

今なお
山中さんの道しるべになっています。

どんなふうに その時のやり取り
っていうのは あったんですか?

それはですね あの~
私たち 若い研究者 ポスドクの前で

マーレー先生が
教えてくれたんですけれども。

やはり 研究者として成功するためには
VWが非常に大切であると。

そのVWというのは しっかりした
ビジョンを持つというVと

しっかり努力をするという
ワークハードだと

両方が必要だと。

ビジョンだけでも駄目だし
ワークハードだけでも駄目だと。

日本人は 結構 ワークハードは
得意だと思うんですけれども

やっぱり あまり忙しくて
一生懸命 実験とかしてると

ついつい 本当のビジョン…

何のために そんなに 一生懸命
働いてるのかっていうのを

忘れてしまうことが
いまだに多いですから

しっかりしたビジョンを
持つというのは

非常に大切だと思います。

その話を聞いた時の山中さんは

ビジョンというのを
お持ちだったんでしょうか?

マーレー先生がおっしゃった…。

もちろんですね。 僕は やっぱり将来は
研究をやることによって

今は治せない病気とかを
治したいと思って研究者になって

それがビジョンだったんですが
でも やっぱり留学してきて

毎日 研究に追われていると

何か その根本的なことを
忘れてしまってですね

いい論文が書きたいとか
研究費をいっぱい取りたいとか

何か それが
目標みたいになっていて。

でも マーレー先生と
そういう話をする中で

やっぱり そういう
論文書くことが目標ではなくて

時間がかかっても 新しい治療法に
貢献したいっていう

そういう自分のビジョンを
思い出すことができて。

今も でも そう言いながら やっぱり
忘れてしまうことがありますから

いまだに このVWっていうのは
本当に大切な言葉です。

山中さんに

ビジョン&ワークハードを伝えた
ロバート・マーレーさんは

今 グラッドストーン研究所の
名誉所長になっています。

マーレーさんが もともと
山中さんにお話をされた

ビジョン&ワークハードという言葉は

どういう意味を持つ言葉なんでしょうか?

アメリカから日本に戻った山中さんは

1999年 奈良先端科学技術大学院大学の
助教授になります。

たった3人の学生と共に
初めて自分の研究室を持ちました。

山中さんは その時 人生を決定づける
大胆なビジョンを掲げる決意をします。

人間の…

当時 実現は不可能とも
考えられていましたが

僅か6年で 体のほとんどの
組織や臓器の細胞になることができる

iPS細胞の作製に成功。

再生医療や薬の開発に応用して

難病に苦しむ患者の治療に役立つと
期待されています。

アメリカの恩師の言葉を受け止め
患者を救うために考え出したビジョン。

それが ノーベル賞へとつながりました。

人生の大きな指針となった

ビジョン&ワークハードという言葉。

山中さんは 日々 研究を続ける一方で
この言葉を多くの若い世代に伝えようと

講演活動を続けています。

この日は 福島県郡山市で行われた
中高生たちを中心にした講演会。

入り口では
iPS細胞を直接見てもらうなど

研究への興味を持ってもらう展示も
行いました。

講演で山中さんは 何のツテもなかった
アメリカに留学した時のいきさつを

話し始めました。

アメリカの いろんな研究所にですね
片っ端から

「僕を雇って下さい」と手紙を書きました。
20通以上 書きました。

ただ 待てど暮らせど
どっからも返事ありませんでした。

あんまり 大学院で そんなに大した成果も
出していなかったので。

しかも もともとは 整形外科医で

研究者としてのキャリアも
非常に短いことが

履歴書見たら すぐ分かりますから

そういう人をですね 雇ってあげよう
という研究者は

なかなか いなかったんですが

こんな僕に 救いの手を差し伸べてくれた
アメリカの研究者がおられました。

アメリカの
サンフランシスコにございます

グラッドストーン研究所という所の
研究者でございましたが

非常に かけがえのない期間となりました。
いろいろなことを学びました。

もちろん いろんな こう

当時 日本では
あまり まだなかったような

研究の手法 実験の手法等も
学びましたが

一番 この期間に学んで
私が 今も大切にしていることは

実験そのものではなくて

生きていく上での
何と言いますか モットーです。

そのモットーが 何かといいますと
非常に簡単なモットーでありますが

「VW」でありまして。
このVWを教えて頂いたのが

当時の研究所の所長であった
ロバート・マーレー博士であります。

ビジョン&ワークハードだと

VとWだというふうに
おっしゃいました。

…というふうに言われました。

(拍手)

このあと トークセッションで
若い人たちからの質問に答え

自らの思いを伝えました。

今日は よろしくお願いします。

私自身 1つの目標を達成したあと
モチベーションが維持できず

次の目標を見つけることが
できていません。

モチベーションが下がった際
山中先生は どのように過ごし

モチベーションを高められましたか?

まあ 僕たちの今の仕事は
繰り返しですが

iPSを
患者さんに届けたいということで

もう12年 人間のiPS出来てから
今年で12年ですから

12年間 ずっとやっていますが
まだ本当に届き始めたところで

まだまだ 多分 これから
10年とか20年かかると思います。

メディアにも取り上げて頂くことが
多いですけれども

取り上げて頂くのは
何か進歩があった時

もしくは 何か おっきな問題が
あった時のみなんですが

進歩があった時の方が多いんですが
その陰にはですね…

だから 日々 もう 頭を抱えてるというか
「また失敗か」と。

その失敗が
自分たちが原因の失敗もあるし

自分たちでない失敗 自分たちでは
どうしてもない失敗もあるので。

でも やっぱ その時に
これが成功したら

あのiPS細胞作らせてもらった
難病の患者さんに

薬が出来るかもしれないと思って

その姿を やっぱり
モチベーションにしています。

何か 自分自身を
ある意味 追い込んじゃうというか

そういうことも…。
僕は だから よく口に出してしまいます。

研究にしても こんなふうにiPSで
絶対 患者さんに届けますということを

こう わざと公言してるんですね。

ノーベル賞を取ったりっていう
すごい堅物な人なのかと思っていたら

とってもフランクに話して下さって
自分自身も本当に聞きたいことが聞けて

自分が これから活動していく上で

何を必要としているのかを
再確認することもできましたし

自分が 何をもって生きたいかっていう
考え方を知ることもできたので

とても 何か 今後 自分の活動が

より活発になるんじゃないのかなっていう
発見が とてもいっぱいありました。

私は
自分で失敗したら嫌だからみたいな

そういう感じで
諦めちゃうことが多いんですけど

先生が言ってた
その1個の成功っていうのは

その100倍の失敗をしたから
それがあるっていうことで

私も頑張って失敗を恐れないように
頑張ろうと思いました。

講演でも よく
ビジョンを持つことが大事

ビジョン&ワークハードというのは
必ずおっしゃってますよね。

やっぱり 人がビジョンを持つ
っていうことは 大事なんでしょうか?

そうですね あの… うん。

一回の人生ですから やっぱり こう
時間だけは取り戻せないですから

ある目標に向かって努力できるのが
一番幸せじゃないかなと思いますので。

ただ 自分がやりたい目標じゃないと
やる気が出ないと思いますから

自分が本当に何をしたいのか
夢中になれることを探すっていうのが

10代 20代 30代ぐらいまでは
すごく大切で

どこで自分のビジョンが見つかるかは
人によって違うと思うんですけれども

僕の場合は 30くらいになって
そういうビジョンになりましたので。

若い人には 失敗してもいいんだ
というお話をされてましたね。

1つの目標を見つけるまでに

いくつもの失敗があるんだってお話を
されてましたが。

そうですね やっぱり
いろんな失敗を経験して

やっと それで 自分のビジョンが
だんだん煮詰まっていくと思いますから。

最初から
もし 自分のビジョンに行き着いたら

それは非常にラッキーだと
思うんですけれども

途中で変わることもあるかも
しれないですし そのためにも

たくさんのいろんなことをトライする
というのは 非常に大切だと思います。

今 山中さんが描いていらっしゃる
ビジョンというのは

どんなビジョンなんでしょう?

それは いまだに変わらずですね。

研究で新しい治療に結び付けたいと
思っています。

今は 更に具体化していて

iPS細胞というツールを
手に入れることができましたので

iPS細胞を 一日も早く
患者さんに届けるというのが

僕のビジョンであり また

iPS細胞研究所全員の
ビジョンでもあります。

では 一研究者として

この本当にすばらしい
アメリカのサンフランシスコのですね

グラッドストーン研究所 あるいは ここで
山中さんが実現したいこととは

どんなことですか?
いや やはり研究者という仕事を

天職だと思っていますから

是非ですね あと10年なのか20年なのか
何年 研究できるか分かりませんが

なんとか 1つでも2つでも
治療法に結び付けたいと思っています。

では 最後になるんですけども
今の若い人たちに

どんなビジョンを持ってほしい
というふうに

山中さん 思っていらっしゃいますか?

あの~ どんなビジョンでもいいと
思うんですが

やっぱり 自分の好きなことが
自分の仕事になるというのが

一番幸せだと思いますから やっぱり
若い間に いろんなことに挑戦して

いっぱい失敗もして
その中で 何が自分が一番大好きかと

夢中になれるかというものを探せたら
それを ずっとやっていくのが

一番幸せだと思いますから。

そのためにも やっぱり いっぱい
いろんなことをやってみないと

分からないと思います。

今日は どうも
ありがとうございました。

こちらこそ ありがとうございます。

♬~


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