NHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」シルクロードより古い「文明の道」が姿を現した…



出典:『NHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」』の番組情報(EPGから引用)


NHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」[字]


シルクロードより古い「文明の道」が姿を現した。人類に「鉄」を伝えたこの道をたどると、「未知の世界史」が見えてくる。江口洋介さんをナビゲーターに、壮大な物語を描く


詳細情報

番組内容

あのシルクロードより古い「文明の道」が、姿を現している。西アジアから日本列島まで、各地に「鉄」を伝えたこの道は、研究者によって「アイアンロード」と名づけられた。舞台となるのは、ユーラシア大陸の大草原や山岳地帯など、人影もまばらな、辺境の地。発掘調査から、エジプトやギリシャなどメインストリームの古代文明とは異なる、「未知の世界史」が浮かび上がっている。江口洋介さんをナビゲーターに、壮大な物語を描く。

出演者

【司会】江口洋介,【語り】守本奈実



『NHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

NHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」
  1. ヒッタイト
  2. スキタイ
  3. 匈奴
  4. アイアンロード
  5. 紀元前
  6. 世紀
  7. 武器
  8. 時代
  9. 人類
  10. 遺跡
  11. アルタイ地域
  12. 大地
  13. 大量
  14. 利用
  15. ギリシャ
  16. ユーラシア
  17. 一方
  18. 場所
  19. 世界
  20. 鉄器


『NHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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ユーラシア大陸の奥深く。

シルクロードより古い「文明の道」が
姿を現し始めている。

容易に人を寄せつけない 険しい山岳地帯。

人影もない辺境の地。

今 こうした場所で 古代史の常識を覆す
大発見が相次いでいる。

山奥から見つかった
紀元前5世紀のミイラ。

緻密な細工が施された
黄金製品。

膨大な数の 王の墓。

ユーラシアの僻地に
独自の古代文明が花開いていたことが

明らかになったのだ。

新たな発見を可能にした
「宇宙考古学」と呼ばれる最新の解析技術。

人工衛星が撮影した写真を使い
地中に眠っていた遺跡を探り当てた。

遺跡からは 独自の文明を生み出した
ある金属が 次々と見つかっている。

それは 「鉄」だ。

この鉄が 辺境の地に 人類史を変える
数々の革命を起こしていたのだ。

そして 見つかった遺跡を結んでいくと

ユーラシアを貫く 道らしきものが
浮かび上がってきた。

私たちは この道を
アイアンロードと名付けました。

地球に眠っていた古代の道
「アイアンロード」。

そこに秘められた
壮大な人類の物語をたどる。

皆さんは 「古代文明」というと
どんな国々をイメージしますか?

ナイル川流域の肥沃な大地に栄えた
「エジプト」でしょうか。

地中海に広大な海洋国家を築いた
「ギリシャ」でしょうか。

確かに
こうした古代史の主役とされる国々は

豊かな文明を築きました。

ところが今 意外な場所で繁栄していた

謎の国々の実態が
明らかになってきました。

その繁栄をもたらした秘密は こちら。

「鉄」です。

古代 金よりも
貴重な時代があったという 鉄。

この鉄がたどった道こそ

今日の舞台 「アイアンロード」です。

果たして この道に どんな物語が

秘められているのでしょうか?

(祈りの声)

響き渡る 祈りの声。

ロシア モンゴル 中国 カザフスタン。

4つの国の国境が交わる
ユーラシア中央部の「アルタイ地域」。

この地に暮らす
アジアの少数民族 トゥバ人。

遊牧生活を送っている。

「オボー」と呼ばれる石積みの前に集まり

大地への感謝と暮らしの無事を願う。

♬~

彼らが「聖地」として崇めるのが…

6年前 この山で大きな発見があった。

紀元前5世紀に造られた
巨大な墓から

男性の「ミイラ」が
見つかったのだ。

更に 驚くべきことがあった。

現在 この地に多く暮らすのは
アジア系の黒髪の人々。

しかし ミイラの髪は 「金髪」だったのだ。

聖なる山に
丁重に埋葬されていたことから

男性は 王族の一人と結論づけられた。

近くの谷からは 巨大な古墳が
50以上見つかった。

最大 直径103m。

王族のものと考えられている。

研究者たちは
ここを「王家の谷」と名付けた。

ミイラの男性が生きていた頃。

それは 古代ギリシャとペルシャが
繁栄をおう歌した時代だった。

そこから遠く離れたアルタイ地域は

文明から取り残された未開の地と
考えられてきた。

しかし それを覆す痕跡が
見つかり始めている。

金で作られた 工芸品の数々。

この髪飾りの先には
繊細なヘラジカの彫刻が施されていた。

ネックレスには 僅か3mmの猪が
134個も飾られていた。

同時代の世界に類を見ない
緻密な細工だった。

アルタイ地域に暮らした 謎の人々。
一体 何者なのか?

それを読み解く手がかりが見つかった。

王の墓から出土した 鉄の短剣。

中央部に ハート形のような
独創的なデザインがあった。

実は これと同じものが
別の場所からも見つかっていた。

アルタイ地域から 西に4, 000km。

ウクライナの大平原にある古代遺跡
「ビルスクヒルフォート」。

ここで発見された 鉄の短剣。

アルタイ地域のものと同じ
30cmほどの長さ。

そして 中央部に あのハート形の
デザインが施されていたのだ。

ビルスクヒルフォートから
4, 000km離れた

アルタイ地域に暮らしていた謎の人々は
スキタイ人だと判明した。

しかし 彼らは文字を持たず
記録を残していないため

これまで詳しいことは分からなかった。

同時代のギリシャ人が
こう 書き記している。

スキタイは
「野蛮な人々」だと見られていた。

ところが去年
驚くべき事実が明らかにされた。

ビルスクヒルフォートの周囲には

35kmに及ぶ城壁があったことが分かった。

街の面積は ギリシャ・アテネの4倍以上。

ここは当時
ヨーロッパ最大の都市だったのだ。

スキタイの繁栄を支えたもの。

(探知音)

それは 「鉄」であったことが
分かってきた。

ハロー ドクター。

スキタイの遺跡調査を行う
日本人考古学者の村上恭通さん。

人類と鉄の歴史を
30年以上にわたって研究している。

この遺跡からは さまざまな鉄器が
大量に出土している。

おお…。

すごい。

古代の鉄は 金や青銅と比べて
さびて朽ちやすいため

発見するのは非常に難しい。

当時 ギリシャなど 世界で使われていた
武器や道具の多くは 青銅製。

鉄は 青銅に比べて 圧倒的な強さを持つ
最先端の金属だった。

それまで…

出土した鉄器は
この遺跡だけで2, 000点以上。

同時代 これほど多くの鉄器が
普及していた国は

世界に例がないという。

そして ビルスクヒルフォートから
東に4, 000km離れた アルタイ地域。

そこで見つかった あの黄金の品々。

それらも 鉄の工具で作られていた。

鉄のノミを使って 美しく切り出された
金の帽子飾り。

この布地には
直径1mmの金の玉が編み込まれていた。

ギリシャ人から 「野蛮な人々」と
見られていたスキタイ人は

高度な黄金芸術の担い手だった。

新たな研究によって スキタイの人々は

西のビルスクヒルフォートから
東のアルタイ地域に及ぶ

広大な国を築いていたことが分かった。

その中で
次々と見つかっているものがある。

鉄が 確かに伝わっていったことを示す
痕跡だ。

これまでに見つかった 「鉄の遺跡」。
それらを並べていくと

ユーラシアの西から東へと延びる長い道が
浮かび上がる。

これこそ
人類に鉄をもたらした文明の道

「アイアンロード」だという。

このアイアンロードが通っている場所は
むき出しの岩山が連なる乾いた大地だ。

そこを切り開いていった スキタイの人々。

その困難な挑戦を支えたものがあった。

それは 馬を自在に操る道具。

実は 人類は長い間
馬を乗りこなすことができず

長距離の移動は不可能だった。

これを実現したのが
スキタイが生み出した 鉄のはみ。

はみは
馬の前歯と奥歯の間にある空間に入れる。

それを手綱とつなぐことで

人は馬に 自分の意志を
こまやかに伝えることができた。

これによって 人類は初めて
馬を思いどおりに操り

長時間 長い距離を行き来することが
できるようになった。

いわば 「移動革命」が起きたのだ。

スキタイに「移動革命」をもたらした
鉄のはみ。

それは
前代未聞の軍事組織も生み出していた。

人類初の「騎馬軍団」だ。

歩兵が中心の時代に
戦いの在り方を一変させていった。

その威力は
大国ギリシャやペルシャとの戦いで

発揮されることとなる。

ギリシャは 青銅の武器とよろいを
装備した 歩兵部隊の大軍。

対するスキタイは 馬に乗り
鉄の武器を大量に携えていた。

スキタイは 兵士の数や物量で
はるかに勝るギリシャを

何度も打ち破った。

更に ペルシャも退けた。

ギリシャ人は 次のように書き残している。

♬~

ユーラシアの僻地に暮らしながら
人類の歴史を大きく変えた スキタイ。

何も語ることのないミイラの肩には
馬の入れ墨が刻まれていた。

スキタイが繁栄した時代

人類が使っていた金属の中心は
「青銅」でした。

古くからの大国だった
ギリシャも

武器をはじめ さまざまな青銅器に
あふれていました。

しかし 多くの物が青銅で作られ
人々が満足していたがゆえに

かえって 鉄器の普及が遅れたとも
考えられています。

一方 新興国だったスキタイは

新たな素材である「鉄」を
あらゆる物に利用していきます。

その結果 鉄の武器をそろえて

大国のギリシャやペルシャを
撃退することができたのです。

しかし そもそも 人類は 長い間
鉄を作り出すことができませんでした。

人類が最初に出会った鉄は
空から降ってきた鉄の石…

この数少ない 貴重な隕鉄は

権力者たちが 権威を示す宝飾品として
利用していました。

しかし その後
自ら鉄を作り出す人々が現れます。

最新の調査によって
人が作ったと考えられる

世界最古の鉄が発見されました。

それは
スキタイの時代より はるかに古い

紀元前24世紀から23世紀のもの。

見つかったのは
スキタイがいた地域より西

現在のトルコです。

トルコ・中央アナトリア地方。

最古の人工鉄が見つかった この地は

アイアンロードの出発点だと
考えられている。

荒涼とした高原地帯にある小さな村。

名は デミリ。 トルコ語で鉄の村という。

およそ800人の村人のうち
なんと 半数以上が 鉄にちなんだ名字だ。

デミリ村から程近い…

35年にわたり 発掘調査が続いている。

調査隊を率いるのは
日本人考古学者の大村幸弘さん。

大村さんらが掘り進めている
最も深いところは

紀元前24世紀まで遡る。

この地層から世界最古と考えられる
人工鉄が見つかった。

直径3cmほどの小さな鉄の塊。

分析の結果
隕鉄とは 成分が明らかに異なり

人工的に作り出された可能性が高いことが
分かった。

この地で 鉄の量産に成功し
人類史を変えた人々がいたという。

どんぐり眼に大きな鼻。
そして 分厚い唇。

これまでの研究で 謎に包まれていた
彼らの姿が明らかになってきた。

ヒッタイトの人々が アナトリアの荒野に
国を築いたのは

紀元前17世紀のこと。

このころ ナイル川の流域では

古代エジプトが肥沃な大地の恵みを受け
繁栄を遂げていた。

一方 荒涼とした大地に国を築いた
ヒッタイトは

鉄を巧みに利用し

エジプトに匹敵するほどの
一大国家を作り上げたという。

遺跡から出土した ヒッタイトの鉄器。

X線画像で見てみると…。

ヒッタイトの人々は 世界に先駆けて

さまざまな鉄器の量産に成功していたと
大村さんは考えている。

とすれば 彼らは どのようにして
それを成し遂げたのか。

トルコの考古学者らが
古代の鉄づくりを再現した。

材料となるのは…

細かく砕いて 復元した製鉄炉に入れる。

鉄づくりで重要なのは

鉄鉱石を溶かすために
高い温度を保つこと。

青銅よりも500度ほど高い
1, 200度前後が必要だ。

そこで欠かせないのが 風の力。

「ふいご」と呼ばれる送風機を使って
強い風を送り込む。

長時間 ひとときも休むことはできない。

この日は5時間 風を送り続け

ようやく
鉄の塊を取り出すことに成功した。

しかし たたいて
不純物を取り除いていくと

塊は みるみる小さくなっていった。

果たして ヒッタイトの人々は

どのようにして
鉄の量産を実現したのだろうか。

考古学者の大村さんは
その謎に 生涯をかけて挑み続けてきた。

向かったのは 遮るもののない険しい岩山。

ヒッタイトの遺跡の一つだ。

大村さんは ヒッタイトの
鉄づくりのカギになったのは

厳しい自然環境だと考えている。

おっとっと。 あっ いいです いいです。

(風の音)

この激しい風を ヒッタイトの人々が
巧みに利用していたというのだ。

山の斜面にある洞窟に 製鉄の痕跡が
残されているという。

あっ これなんか すごいじゃん。 ほら。
ガラガラ出てる。

大村さんは こうした
強い風の力を利用して

製鉄炉を高温に保っていたと見ている。

ヒッタイトは 荒野の厳しい
自然環境を逆手にとり

他国は成しえなかった鉄の量産に
成功したのだという。

鉄を手にしたヒッタイトの人々。

これまでは 主に
武器に使っていたと語られてきた。

ところが今 意外な方法で

鉄を利用していたことが
明らかになってきた。

ヒッタイトが使っていた くさび形文字が
刻まれた粘土板に

それを知る手がかりがある。

これまでに 3万枚以上が見つかり
解読が進められてきた。

去年 この粘土板から
新たな発見があった。

紀元前18世紀。

この地の王族がつづった
一通の書簡。

そこには 貴重な鉄を贈ることで

ほかの国と結び付こうとする様子が
記録されていた。

鉄は当時 銀の40倍

金の8倍もの価値があったという。

この貴重な鉄をヒッタイトは

「外交」の切り札に利用していたことが
分かってきた。

当時 ヒッタイトの周囲では
超大国エジプトに加え

アッシリアという新興国が
大きな脅威となっていた。

この時のヒッタイトの外交戦略が
記録に残されている。

アッシリア王から 鉄を要求された
ヒッタイトの王は こう切り返した。

ヒッタイトは 鉄を欲しがる
アッシリアからの要求を

巧みにかわしながら
鉄を持っていることをほのめかし

外交を優位に進めたと考えられている。

鉄を使った外交によって

アッシリアとの戦いを回避した
ヒッタイト。

アナトリアの荒涼とした大地に

一大国家を作り上げていった。

しかし 繁栄を極めていたヒッタイトに
最大の危機が訪れる。

領土拡大をもくろむ
超大国エジプトが攻め込んできたのだ。

エジプト史上最強とうたわれた

ラムセス2世が率いていたのは
2万の大軍だった。

これに対してヒッタイトは
同盟国から援軍を得ることに成功。

エジプトに劣らない勢力を確保した。

更に 当時 画期的だった
3人乗りの軽戦車を駆使して応戦。

♬~

ヒッタイトは エジプトを撃退。

領土を守り抜いた。

その後 ヒッタイトは
エジプトと平和条約を締結。

武力で争わず 対等な関係を築く
取り決めを交わした。

この条約は 世界最古の平和条約として
大切に残されている。

荒野に生まれた小国だった ヒッタイト。

鉄を武器だけではなく
外交の道具に使うことで

大国エジプトに対抗できるほど
発展していきました。

しかし 紀元前12世紀

ヒッタイトは こつ然と姿を消します。

ここから 鉄の生産技術は
周囲に広がっていきます。

今 いち早く伝わったと
考えられているのが

スキタイへと続く 東のルートです。

ヒッタイトの滅亡が紀元前12世紀。

コーカサス山脈を越えるのが
紀元前10世紀。

その後 スキタイが
鉄を本格的に利用するのは

紀元前8世紀です。

スキタイは 瞬く間に 製鉄技術を
勢力圏の東側へと伝えました。

「アイアンロード」は
シルクロードの北側を通っています。

なぜ このルートだったのか?

理由は ユーラシアの
「自然条件」によるものだと

考えられています。

鉄を作るには 燃料となる木材が必要です。

それが手に入るのが 北側の森林地帯。

しかし 標高が高く 寒いため
人が住むことはできません。

一方 南側は砂漠で 木材が採れない。

そこで 人々は
森林地帯の麓の草原に暮らしながら

鉄の技術を伝えていったと

考えられているのです。

その結果 アイアンロードは
ほぼ同じ緯度で

ユーラシア大陸を
横切るような姿になりました。

スキタイまで伝わったアイアンロード。

この後 東アジアで
2つのルートに分かれます。

そして 東アジアと世界の歴史を
大きく変えていくことになります。

世界最大の建造物 万里の長城。

この壁を隔てた2つの国が
世界史上まれに見る長い期間

壮絶な戦いを繰り広げた。

北の匈奴と 南の漢。

紀元前3世紀から続いた
この争いの中で

鉄は スキタイの時代とは
次元の異なる進化を遂げていく。

見渡す限りの大草原。

ここが
匈奴の治めた大地だ。

今 ここに暮らすのは
遊牧生活を送る人々。

馬を乗りこなして 初めて一人前。

彼らは 匈奴の末えいといわれている。

今 この大草原にある 匈奴の遺跡から

進化を重ねた鉄の武器が見つかっている。

その一つが「鉄の矢じり」だ。

その威力は どれほどか?

匈奴の「鉄の矢じり」を復元した。

当時のよろいと同じ厚さの銅板を
たやすく貫き…。

羊の肉を えぐり取った。

その破壊力の源は
矢じりの先に秘められていた。

一方 建国 間もない漢の矢じりは

その多くが 小さな青銅製だった。

匈奴が開発した鉄の矢じりは
遠く離れた敵を一撃でしとめられる

恐るべき最新兵器だった。

匈奴と漢は 土地や農作物を巡って
激しい衝突を繰り返していた。

時は 紀元前200年。

両国の間に
大規模な戦争が勃発する。

漢を率いるのは 初代皇帝 劉邦。

対するは 国王の「冒頓」に率いられた匈奴。

最新兵器の鉄の矢じりで襲いかかる。

♬~

匈奴は 漢に圧勝。

毎年 漢の皇帝から
大量の貢ぎ物を贈らせるという

屈辱的な約束をさせた。

匈奴は その後も 圧倒的な軍事力で
漢を脅かし続けた。

匈奴の強さを支えた鉄。

それは アイアンロードによって
もたらされていたことが

最新の調査で分かってきた。

見つかったのは ある特徴を持つ製鉄炉。

地下に穴を掘って製鉄を行う

「地下式炉」と呼ばれるもの。

この発見によって アイアンロードが

スキタイから 匈奴へと
伝わっていたことが

初めて明らかになったのだ。

更に去年 驚くべき事実が明らかになった。

草原の中から見つかった
巨大な「王の宮殿」。

♬~

その近くから 鉄の武器を作り出す

大規模な「軍需工場」が姿を現したのだ。

この場所から12基もの製鉄炉が
まとまって出土した。

大量の最新兵器が
王の直轄工場で作られ

常に臨戦態勢をとり続ける。

匈奴は 世界に類のない
「鉄の軍事国家」だったのだ。

一方 匈奴に圧倒され続けてきた漢。

最先端の武器を生み出すため

鉄のイノベーションに挑んでいた。

その痕跡が
見つかった場所がある。

「鉄牛」と名付けられた村。

この村の人々が
祈りを欠かさないものがある。

この塊の正体は「鉄」。

重さ2t。

漢の時代に作り出されたものだという。

実は 漢には 匈奴より早く
西から製鉄技術が伝わっていた。

そして 独自の鉄づくりが行われていた。

「アイアンロード」を研究する
村上恭通さん。

鉄牛村のそばで 漢の時代に使われていた
巨大な製鉄炉を見つけた。

復元すると
高さ4mにも達する高炉だと分かった。

この炉では
大量の鉄を一度に作ることができる。

しかし
そこには 大きな弱点があった。

高炉でできる鉄は もろいため
武器には適していなかったのだ。

漢の人々は 「強い鉄」を手に入れるため
この弱点を克服していく。

これが 漢に
鉄のイノベーションをもたらした。

地面に直径80cmほどの穴を掘り

フタをかぶせるだけの単純なもの。

当時の鉄づくりを再現し
炒鋼炉の秘密を探った。

高炉で作られる鉄が
もろいのは

不純物である炭素を
多く含んでいるためだ。

このもろい鉄を炒鋼炉に投入し
1, 200度前後の高温で加熱し続ける。

この時 炒鋼炉には
大量の空気が送り込まれる。

すると 炉の中で
もろい鉄に含まれていた炭素が

空気中の酸素と結び付き 抜けていくのだ。

高炉で生産した鉄から炭素を抜く技術は

現代にも受け継がれる
驚くべき発明だった。

初代皇帝 劉邦が敗れてから
およそ70年後。

7代皇帝 武帝は 匈奴へ大軍を送り込む。

この時 漢の兵士が携えていたのは

強い鉄で大量に作られた
「大型の武器」だった。

その一つ
薄くて大きな刃が特徴の「戟」。

相手を突いたり 引っ掛けたりできる
漢の最新兵器だ。

この「戟」は
馬を巧みに操る匈奴の兵に対して

大きな力を発揮した。

徐々に 形勢を逆転させていった漢。

しかし 匈奴は激しい抵抗を続け
戦いは果てしなく続いていった。

戦争を激化させた鉄のイノベーション。

その一方で
かつてない豊かさを生み出していた。

中国の山あいの村。

漢の時代に広まった
伝説の鉄の道具が

今でも使われているという。

「犂」と呼ばれる
土を耕すための農具。

強じんな鉄が作れるようになったことで

犂の性能は 飛躍的に高まった。

大量に作られた鉄の犂は

農地に恵まれなかった人々の生活を
一変させた。

鉄の犂は 堅い土地を 素早く
深く掘り起こすことができたのだ。

漢の時代
農作物の生産量は2倍に急増。

実り多き豊かな大地が広がっていった。

鉄は 「農業革命」を導いたのだ。

東アジアで2本に分かれた
アイアンロードは

未曽有の戦争を引き起こす一方
人類に新たな歴史をもたらしていった。

アイアンロードをたどる中で感じたのは
古代の人々の「挑戦」の歴史です。

荒野の地で 鉄づくりに成功した…

鉄の馬具で 未開の地を切り開いた…

そして 鉄のイノベーションを成し遂げた
匈奴と漢。

こうした人々による 飽くなき挑戦の物語。

それが この道を
切り開いてきたのかもしれません。

そして ついに ユーラシアを横断した
アイアンロードは

日本列島に到達します。

この時 日本は弥生時代。

鉄は 日本人の暮らしや社会も
一変させていきます。

最新の研究から 特に力を発揮したのが

おのやノミといった「鉄の工具」だったと
分かってきました。

それまでの石器が 鉄器に替わると

大きな建物が 次々と作られ
集落が飛躍的に拡大しました。

大型船によって
長距離の航海が可能になり

日本各地が結ばれていきます。

更に 日本人は海を渡り
朝鮮半島や中国の人々と交易を始めます。

鉄の力が
日本と世界をつなげていったのです。

♬~

アイアンロードをつないだ
ユーラシアの人々。

独自の文明を花開かせ
歴史の波の中に消えていった。

険しい山岳地帯 大草原 そして荒野。

人の通わぬ その場所に
刻まれていたのは

挑戦を続けた彼らの 確かな足跡だった。

♬~

今 私たちは 彼らが切り開いた道の上を
歩み続けている。

♬~


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