英雄たちの選択「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」現代にも通じる「都市政策」の視点で、「天保の改革」を検証…


出典:『英雄たちの選択「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」』の番組情報(EPGから引用)


英雄たちの選択「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」[字]


「遠山の金さん」こと町奉行・遠山金四郎は、実在の人物だった。彼は、天保の改革をめぐって、老中・水野忠邦と衝突する。金さんの活躍を通じて、天保の改革の真相に迫る。


詳細情報

番組内容

江戸時代の三大改革である「天保の改革」は、幕府財政の再建を目的にぜいたくを極端に禁じ、庶民の生活は深刻な不景気に見舞われた。この政策を推し進めた老中・水野忠邦に対立したのが、「遠山の金さん」こと、時の町奉行・遠山金四郎である。江戸庶民の暮らしを守る立場から、天保の改革に異を唱えた。現代にも通じる「都市政策」の視点で、「天保の改革」を検証し、「遠山の金さん」こと遠山金四郎の実像に迫る。

出演者

【司会】磯田道史,杉浦友紀,【出演】山本博文,萱野稔人,中野信子,【語り】松重豊


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英雄たちの選択「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」現代にも
  1. 遠山
  2. 水野
  3. 江戸
  4. 改革
  5. 天保
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  9. 株仲間
  10. 生活
  11. 町奉行
  12. 武士
  13. 幕府
  14. 矢部
  15. 遠山金四郎
  16. 農村
  17. 解散
  18. 経済
  19. 人返
  20. 水野忠邦


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明治26年
ある新作歌舞伎が お披露目された。

ご存じ「遠山の金さん」である。

実は
この「金さん」のモデルとなったのは

実在の人物であることをご存じだろうか。

遠山は
町奉行として裁きを行っただけでなく

江戸幕府の 一大改革でも
大きな役割を果たした。

欧米列強が開国を迫り

国内では 長引く飢饉で
30万人もの餓死者を出した

内憂外患の時代。

老中首座・水野忠邦は

次々と
苛烈な改革を断行した。

あらゆる贅沢の禁止。

寿司や天ぷらを扱う屋台も禁止。

庶民の娯楽の寄席を撤廃。

さらには
120年続いた商人の組合「株仲間」を

解散に追い込む。

これは 天保の改革を風刺した
当時の浮世絵。

老中首座・水野忠邦の上に

恨めしげにいるのは 妖怪と化した
改革に苦しむ江戸の町人たち。

このとき
水野の苛烈な政策に待ったをかけたのが

北町奉行・遠山金四郎である。

遠山は 水野に
こう進言する。

「天下太平を
維持する政治には

町人の気持ちに
配慮することが

大事である」。

近年 研究が進み 遠山と水野は
天保の改革をめぐって

幾度となく
対立したことが明らかになってきた。

スタジオには

さまざまな分野の専門家が
集結。

遠山の金さんの実像に
迫る!

その地域の人間が
幸せになるかというのを

結構 考えてるわけですね。

絶対に うまくいかないんですよ。

「おうおう おうおう!」とか言って
出てくるわけですけど。

改革断行の水野忠邦と

それに異議を唱える遠山金四郎。

2人の対立を通して 天保の改革を
新たな視点から徹底検証する。

♬~

皆さん こんばんは。
こんばんは。

歴史のターニングポイントで
英雄たちに迫られた選択。

今回のテーマは

江戸後期に行われた「天保の改革」です。

改革を行った老中首座・水野忠邦と

このとき 北町奉行だった遠山金四郎の
2人を通じて

天保の改革を徹底検証していきます。

磯田さん。
私 お恥ずかしながらですね

遠山の金さん
実在する人物だって知りませんでした。

いや 実在ですよ~!
ただドラマなんかでは

御白洲 出てきてね こう 片肌脱いで

「この桜吹雪に…」
あんまり やらないほうがいいね。

「見覚えがねえとは…」とかいうのは

あれ たんかを切るのは フィクション。
なるほど。

実は 遠山は あの老中・水野と
真っ向から対立してたんですね。

これ あんまり 実像は
分かってなかったんですけど

僕 学生のころに 藤田 覚先生という
あの東京大学の先生が

いろいろ ご研究してくださって
新しい遠山の一面 見えてくるわけですよ。

その中で なぜ 今回 この天保の改革を

遠山金四郎で取り上げるんでしょうか?

それはね
今につながる話題があるからですよ。

まず…

…といったような
あらゆる問題が詰まって

今 これを見ると 僕らに
考えさせるところが多いわけですね。

遠山家っていうのは
もともと旗本ですよね。
はい。

金さんは 若いころ 家を出て

町のほうで暮らしていたことが
あるらしくて

町民の生活をよく知ってる。
当時の言葉で言うと…

それが 水野の天保改革で
生かされたんじゃないかと。

だから 遠山の金さんとして

なぜ 彼が 今も
愛され 伝わってるのかっていうことも

考えていきたいと思いますよね。
はい。

では まず 天保の改革の時代背景から
見ていくことにしましょう。

高層ビルがそびえ立つ この場所に
かつて北町奉行所はあった。

現在は 平成12年に発掘された
下水溝の遺構が

僅かに往時の面影を
とどめるのみである。

天保11年 遠山金四郎は
48歳で北町奉行に就任する。

江戸の町奉行所は 北と南に2つあり

この2か所で
広大な江戸全体を管轄していた。

町奉行の仕事は 裁判だけではなく

行政や警察 消防などにも及び

江戸町方全般を取りしきる

重要な役職であった。

北町奉行・遠山の優秀さがうかがえる
エピソードが残されている。

ある日 12代将軍・家慶が

遠山の裁判を見学し
こう語った。

「吟味の儀 際立ち

奉行たるべき者

左も これあるべきことに候」。

家慶の あつい信任を受けて
遠山金四郎は この後

名奉行ぶりを発揮していく。

遠山が町奉行を務めた天保の時代

江戸幕府は 未曽有の危機に直面していた。

天保8年 浦賀の沖合に

アメリカ船「モリソン号」が姿を現した。

目的は「通商」。 開国を迫ったのだ。

ペリー来航の僅か16年前のことである。

(砲声)

幕府の砲撃により
モリソン号は退去したが

その後も日本は
欧米列強の脅威にさらされることとなる。

国内では 天保の大飢饉に見舞われ

長引く大雨や冷害で
餓死者は 30万人にも上った。

これにより
幕府領の年貢収納量は年々減少。

天保2年には
およそ142万9, 000石だったのが

5年後の天保7年には
3割も減収となる。

さらに 飢饉のため
米をはじめ諸物価が高騰。

幕府は
慢性的な財政赤字に陥ったのである。

この内憂外患に取り組んだのが…

水野は 大坂城代 京都所司代など
幕府の要職を歴任。

その手腕を将軍・家慶に評価され…

かくして 水野は

天保の改革に
乗り出す。

このとき…

「評定所」は
老中首座を筆頭に

老中 町奉行
勘定奉行 寺社奉行らが

重要な政策を
議論 決定する

幕政の審議機関。

すなわち 遠山は

水野忠邦をトップとする

天保の改革の政策メンバーだった。

水野は
新しい改革を次々と打ち出していく。

その第一弾は…。

江戸市中に お触れが出る。

水野は 贅沢の禁止を命じたのだ。

禁制の対象は

華美な着物

贅沢な料理や菓子

装飾を施した 櫛や かんざし

さらには 初がつおまで。

水野は贅沢を禁じ

江戸の町人たちに
質素倹約の生活を強いた。

奢侈の取締りは
日に日に厳しさを増していく。

この時代 流行した 芥子びなという

小さなひな人形を扱った店での出来事。

ちょいと ごめんよ。

いらっしゃいませ。

この店では
芥子びなを売っていると聞いたんだが。

とんでもありません。
あれは お上の御禁制品です。

金は いくらでも出すよ。

お上にばれなければ いいじゃないか。

弱りましたねえ~。
しかたありません。 絶対に秘密ですよ。

店主が 芥子びなを差し出すと…。

不埒者!

やはり 御禁制品を売っていたのか!

も… 申し訳ありません…!

なんと 同心によるおとり調査まで
行われていたのだ。

奢侈禁止のお触れが出てから2か月後

町奉行・遠山は
江戸の現状を調査した報告書に目を疑う。

贅沢禁止令により 江戸は
深刻な不景気に見舞われていたのだ。

江戸を代表する呉服屋が

買い控えにより
軒並み前年同月比で大きく落ち込み

越後屋本店は40%

白木屋に至っては
73%もの売り上げ減であった。

また ある幕臣は
こんな意見書を記している。

「米や薬などの
必需品を扱う商売以外は

すべて
不景気となり

両国や浅草などの
盛り場は寂れている。

2~3年もたてば
貧民は生活できなくなる」。

老中首座・水野の政策を
このまま続行すべきか

それとも 江戸の町人の生活を守るべく
町奉行として進言すべきか。

かくして 遠山は決意する。

遠山は 南町奉行・矢部定謙と共に

伺書を水野に提出した。

「身分不相応の奢侈は
いけないが

江戸の繁栄を
維持するための配慮は

大事であり

江戸が寂れることは

幕府の御仁政の趣旨に
齟齬する」。

「極端に贅沢を禁止するのではなく

暮らしに合った程度であれば
良しとすること。

そして 何よりも
江戸は繁栄していなければならない」。

遠山たちは
水野の政策に待ったをかけたのだ。

これに水野は激怒する。

「たとえ 江戸市中が
衰退を極めて

商人 職人が離散しても

頓着しないくらいの
激しい姿勢で

改革を
行わなければいけない」。

「改革を行うためには
江戸が衰退しても構わない」。

ここに 水野の
天保の改革に関する

基本的な考え方が
集約されていた。

基本的に
社会というのは…

むしろ 商工業者というのは

最小化されなければいけない。

つまり…

改革を断行する老中・水野忠邦と

江戸の繁栄を第一と考える
北町奉行・遠山金四郎。

両者の対立は
この後 さらに激化していく。

天保の改革 始まるわけですが
最初に行われた奢侈禁止をめぐり

遠山と水野は対立します。

萱野さん この違いは
どうご覧になりますか?

今日の このテーマですけど 私 これ…

というのも
両者の違いというのは

それこそ
封建制を守って

その中で
改革を実行しようとする水野と

それから
そこから新しい資本主義の経済が

ちょっとずつ
成長してきて

それを しっかり
動きを捉えていた

遠山との
その対立なんですよね。

そもそも 封建制って

その領地をもらった
武士たち 大名たちが

自分の その土地に責任を持って
農民に生産させて

その土地に責任を持つっていう
そういう制度ですから

それこそ…

その中で 一番 やっぱり…

それこそ 農民と武士の間の生産関係とは
全然関係ないような

そんな商品も どんどん
生み出してくるわけじゃないですか。

それが 武士からすると我慢できない。
もう贅沢だっていうことで。

どんどん どんどん 取締りが
エスカレートしてしまうっていう。

これ 実際 中野さん

人は贅沢を禁じられると
どうなるんでしょうか?

実は 贅沢というのは
どういう定義できるかというと

生活上の必要を
満たすもの以外の

消費ですよね。

でも
生活上必要なもの以外の消費って

我々にとって
何かっていうと 表現なんですよね。

例えば 男性が車を買うと。

これは生活必需品以外の要素も
非常に大きいですよね。

自分が こんな車に乗ってます
っていうふうに認められたいとか

こんな時計をしてます。
こういう時計を買う人間だと思われたい。

そうなると…

民衆は どうなるかというと

まあ これは
フラストレーションがたまるというか…

経済としては 非常に良くない状態が
まあ 衰退を起こすということが

容易に考えられますよね。

中野さんがおっしゃるようにですね
自分がどういう車を持っているかとかね

どういう時計を
持っているかというのは

当時は
時計や車はないですけど

どういう格好をするかによって
自己主張をしてるわけですね。

ただ 町人が自己主張をするとか
許されないわけです。

士農工商の身分が
あるわけだから。

「武士はいいけど 町人が
そんなものをしちゃいかん」。

要するに
「絹の着物を着ちゃいかん」とかね。

そういうことで…

(山本)だから だんだん
エスカレートしていくわけですけど

ある問屋の若奥さんがですね

御禁制の綸子のね 帯を締めて

大丸で買った正絹のね 紅の着物を着て
歩いてたら

これは けしからんというので
廻り同心からね

その帯と着物を引っぺがされたとかですね
そういう話があったり。

すごい監視社会のようなものが
出来上がってたということなんですかね。

江戸幕府とか まあ
武士の世界全般にそうなんですけど

得意な分野あって
監視が得意なんですよ 軍事集団なので。

お得意な分野で経済にいこうとするのは
ちょっと無理があると思うんですよね。

ここで大事な点というのは
こういう武士がやるときに

抑えるか 引っ張るか
2つ 経済政策ってあるんですよ。

僕は まあ プレスかプルかって
言いたいんですけど

そうするとね 得意なほうのね
プレス やっちゃうんですね。

例えば 何々をするな! 何々を売るな!
何々を作るな! って こう

抑圧政策を行う。

怖いですね。 何か どう考えても 私は

水野のいる国には
住みたくないなって今 思ってます。

だって 自分へのご褒美のために
こうやって労働してるわけですから。

そう 労働!
ハハハ…!

歴史やってる自体がご褒美なので。
今 これ ご褒美ですか。

家 帰ったら もう終わりなんです。
ハハ…!

さあ 水野は このあとも
過酷な政策を次々と打ち出していき

水野と遠山の対立は激化していきます。

これは 当時 評判となった
天保の改革を風刺した浮世絵。

下に描かれているのが

将軍・家慶や水野忠邦。

上の妖怪は 天保の改革で苦しむ
町人たちを表している。

例えば こちらの…

こちらの ろくろ首は…

水野が 次に 取締りの対象としたのは
江戸町人の娯楽「寄席」だった。

当時 江戸には 233もの寄席があり
大いに繁栄していた。

演目は 落語にとどまらず

手品 声帯模写 女浄瑠璃 小唄など

さまざまな芸が披露されていた。

料金は およそ50文。

現在にして1, 600円もあれば
十分 楽しめた。

主な客は
職人や奉公人など中下層の町人たち。

まさに
庶民のささやかな娯楽であった。

ところが…。

天保12年11月
水野は

寄席の全廃の方針を
打ち出す。

理由は
「見物人を集め 金銀を費やさせることは

贅沢につながる」というものだった。

遠山は反論する。

「寄席は 毎日の労働の
疲れを癒やす場であり

町人の日々の
ささやかな楽しみを

奪ってはならない」。

この遠山の訴えにより
寄席は全廃を免れたものの

233軒から24軒へ激減した。

さらに 江戸町人文化の華 歌舞伎に
規制を加えた。

水野は 歌舞伎小屋三座の所替を
命じたのである。

歌舞伎小屋は 日本橋と銀座から

当時 江戸の外れだった
浅草裏の猿若町へと

移転を余儀なくされた。

また
絶大な人気を誇った5代目市川海老蔵を

奢侈禁止令に触れたとして

江戸十里四方処払いとした。

次々と引き締め政策を行った水野は
満を持して大胆な構造改革に乗り出した。

当時 米や酒 油などの産品は

全国から大坂に集められ

その後 江戸へ海路で運ばれていた。

産品ごとに
「株仲間」という組合が結成され

彼らは 幕府に冥加金を払うことで

産品の流通・販売を独占していた。

なぜ 水野が 天保の改革の目玉として

株仲間の解散を考えていたのか

専門家は 次のように分析する。

…と思います。

水野は およそ120年続いた
この株仲間に

解散を命じた。

理由は…

株仲間は 市場の独占を利用し

商品の価格を
不当につり上げているというものだった。

そして…

誰でもが自由に市場に参入できるよう
規制を緩和し

自由競争による物価の低下を
ねらったのだ。

しかし この改革は
市場に混乱をもたらすこととなる。

解散に伴い

株仲間の商売を
保証していた株札が

無効となってしまったのが
原因であった。

例えば
商家が商売を進めていくとき

一時的な仕入れと収入のタイミングの差。
こういった ずれを調整するために

今日でも
運転資金というのの融通を受けます。

こういった…

ということは
お金を使わないということだと。

遠山と南町奉行・矢部は
そろって株仲間の解散に反対したという。

しかし 水野は 株仲間の解散を強行。

結果 市場の混乱を招いただけで

物価も さして下がらず

10年後の嘉永4年 株仲間は再び復活した。

この株仲間の解散をめぐって
遠山は 大きな痛手を被ることになる。

遠山と同じ意見だった…

5年前に起きた与力の不正事件を

矢部が もみ消したというのが
その理由であった。

現在の研究では

水野の謀略による冤罪というのが
通説になっている。

将軍・家慶の信任が厚い遠山の代わりに
矢部がターゲットとなったのだ。

矢部は 永預けとなって禁錮され
旗本・矢部家は改易処分となった。

この処分に矢部は納得せず

抗議の絶食の果てに死亡したという。

盟友・矢部の無念の死。

この後 遠山は
厳しい選択を迫られていく。

中野さん 水野は 江戸町民の娯楽
寄席や歌舞伎まで

厳しく取り締まってきましたよ。
これは なかなか大変ですね。

人間っていうのは エンジンをつければ
走り出す車でもないし

電源 入れれば スイッチが入るような
機械でもないんですよね。

このときに 何が ガソリンとか電気とかの
代わりになるかっていうと

快楽なんですよね。

何か いいものを着る いいものを食べる。

こういうことを
本来的には 促進していくのが

上手な為政者の在り方だと
思うんですけども

なかなか そういうところまでは
回らなかったというところでしょうか。

「舌で耕す」って言うんですよね。

要するに 彼らも 本人たちの意識的には
話すことで価値を生んでるわけですね。

それで 金さんは もう分かってますよ。

何せ 寄席は しっかり行ってるし
一説によると

芝居小屋で 笛 吹いてたっていう説まで
ある人ですから。

だけど…

ものを ちゃんと作るということのほうが
これは 価値を作ってるので

あと…

「遊んでる民」だと考えるわけですね。

一方で 天保の改革の柱ともいうべき
株仲間の解散を行って

市場の自由化を図ります。
「市場の自由化」と聞くと

現代的な視点で見れば
正しい選択かなと思うんですが

萱野さんは どう考えますか?

要するに 政治権力のもとで

例えば
遠隔地の交易を安全にしようとか

支払いを保証しよう
っていうことではなくて

市場の中で
遠隔地で ものをやり取りするときに

やっぱり こういう仕組みが
必要なんですよっていうことで

株仲間が発達してきたんですね。

ということは これは もう…

でも そうなると 結局 あの当時
成り立っていた流通そのものが

途絶えてしまって
経済が衰退してしまった。

そういう図式だと思いますね。

この時代は 株仲間の株ぐらいしか

ちゃんと保証された取引上の信用を
保証するものはなかった。

なしにするというんですから
これは 信用収縮が起きるわけですよ。

取り引きさえできないから
経済が発展のしようがない。

これが水野には理解できてなかった。

かわいそうなのが矢部さんですよ。
ねえ! 矢部さん…!

何でって
武士の一番のまずいとこを言うと

お金の品位を落とすことで 要するに
自分でお金を造って使うんですよ。

物価は上がるに
決まってるじゃないですかね。

そうですね。
南町奉行の矢部定謙の意見というのは…

(山本)実際の貨幣のですね
改鋳というのは

貨幣 小判とかね
そういうお金に含まれている金の量を

減らしていくことなんですね。

だから 例えば 江戸時代の最初の小判の
慶長小判というのは

金の含有率は87%あるんですよね。

それが 天保小判になると
57%に下げられるわけですね。

実際の小判とか
そういう貨幣の価値が下げられてくると

今度は当然 物価は上がるわけですね。

しかし…

今の金額にしてですね

大体340億円なんですね。

これは 取れないということで
結局 株仲間の解散ということにね

まあ… 突っ走ってしまうわけですね。

矢部は無念ですよね。
ええ。

「矢部 頑張れ~!」と言いたいけど
もう死んじゃったから。

遠山にとっても つらいですよね。

さあ このあとも
水野は 天保の改革を進め

遠山は
厳しい選択を迫られることとなります。

盟友・矢部の無念の死を悼むまもなく

遠山は 水野から
新たな改革の実施案を求められる。

それは

天保の改革でも重要な政策である…

このころ
江戸の町人の人口は55万3, 200人。

そのうち
農村などから来た他国生まれの者は

16万5, 000人と 30%にも達していた。

農民が江戸へ流入し
農村の人口が減少したことで

田畑は荒廃し
農作物の収穫は低下していた。

ひと言で言えば…

…というふうに
言っていいと思いますね。

農村から
どんどん どんどん

人々が 江戸

それから 関西では 大坂に流入してくる
というような状況があるわけですね。

これは…

農業よりも
稼ぎやすいんじゃないかということで…

それは年貢収入に影響しますから…

さらに 水野が問題視したのは

農村からの流入者のほとんどが

「其日稼の者」と呼ばれる
低所得者層だったことだ。

さかのぼること
およそ50年前の天明7年

天明の大飢饉により 米価が高騰。

大規模な打ち壊しが起こる。

暴徒の多くは 其日稼の者だった。

再び 凶作が起きると

其日稼の者たちを中心とした打ち壊しが
起こりかねないと

水野は危惧していた。

水野の言うことも一理ある。

しかし
そのような強攻策が実施できるのか。

遠山は 江戸の町人たちの生活を
つぶさに見ることにした。

江戸市中を

くまなく
回ることにしたのだ。

ある日の記録によると

今の丸の内にあった北町奉行所を出発し
まずは日本橋へ。

日本橋は
魚河岸が にぎやかに活気づき

ここを見れば
江戸の商いの現状が把握できた。

さらに 隅田川を渡り 門前仲町を経て

深川の富岡八幡宮へ。

この辺りは
長屋が軒を連ねており

町人たちの暮らしぶりが
見て取れた。

次に 西へと進路を変え

八丁堀 汐留を通って 高輪

さらに東海道を上り 品川の宿場町へ。

品川は 江戸の玄関口として
旅人でにぎわっており

他国からの流入者の姿も
つぶさに見ることができた。

品川から折り返し
一路 北町奉行所に戻る。

巡見の…

江戸市中を丹念に見て回ったことが
うかがい知れる。

(岡崎)定期的に橋を渡って 町を通って

江戸の屋敷に戻って来るってことを
繰り返したようですね。

遠山自身が…

江戸市中をくまなく回り

庶民の生活をつぶさに観察することで
遠山は実感した。

「其日稼の者でも
いったん 商人となれば

稼ぎも安定し
妻子も出来る。

故郷へ帰ろうという
気持ちがなくなり

江戸に住み着くことになる」。

江戸で なんとか安定した生活を
手に入れた其日稼の者たちに

強制的に農村に帰れと命じるのは
無理があった。

このまま 人返しを強行していいものか。
現実に合った策はないものか。

遠山は選択を迫られた。

天明の打ち壊しで
江戸は壊滅的な被害を受けた。

あのような騒乱を
二度と起こしてはならない。

水野老中の政策は
確かに理にかなっている。

しかし 其日稼の者たちの生活を
ないがしろにして 無理強いすることは

逆に 大きな火種になるのではないか。

いかに立派な政策といえども
現実を反映していなければ

絵に描いた餅だ。

ここは 町人たちの生活を守るために
改革緩和を老中に具申してはどうか。

それができるのは
わししか いないではないか。

また そうでなくては
無念の死を遂げた矢部に面目が立たん。

しかし あの水野老中が
聞く耳を持っているだろうか。

遠山に 決断の時が迫っていた。

遠山にとって 人返しの法は
江戸町民の生活の実態や

農村から出てきた人たちの事情を
無視した政策でした。

しかし 幕府の状況を考えると
必要な政策でもあり

町奉行として 選択を迫られます。

選択1は「人返しの法を実施」。

そして 選択2は

「町人第一の政策を貫く」
という選択肢です。

皆さんが 遠山の立場だったら
どちらを選択するでしょうか。

まずは 中野さん
どちらを選択しますか?

私は 選択2の
「町人第一の政策を貫く」を選びます。

これは
農村から出てきた人たちというのは

江戸なら なんとか
生きていけるかもしれないと思って

来るわけですよね。

で これを そのまま帰しても

農村で どう暮らしていいか
分からないと…。

もしも 土地だったり
耕作するノウハウだったり

まあ 運転資金… 最初の運転資金なり

何か そういうもの
こう 付帯して帰すんであれば

ひょっとしたら もう少し…

現実味を帯びてくるのかも
しれませんけども

そういうのが ないとすると
なかなか これは厳しいんじゃないかなと。

じゃあ
江戸は江戸でどうなるかというと…

じゃあ 今 メキシコ人たちが担っている
その仕事は 誰がやるんだと。

それは たぶん
なり手が いないんですよね。

そうなると じゃあ 江戸も廃れて

農村も こう
もともと 経済が回ってないのに

ますます 人があって どうするんだと。

どっちも立たないような状況に
なってしまうんではないかなと思います。

萱野さんは いかがでしょうか?

私は あえて
選択1の「人返しの法を実施」ですね。

あえて?
あえて。

というのも これは あの…

水野に任せてたら
大変なことになりますよ。

絶対に うまくいかないんですよ。
人返しの法を そのままやったら。

そもそも あの… 封建制の一番の弱点って
人の移動なんですよ。

農村からの人の流出なんですよね。

これ どの封建制の権力も
なかなか押しとどめられなくて

それは もう ヨーロッパでもですね

結局 最終的には 封建制の崩壊まで
行き着いてしまったということで。

恐らく…

そのうえで…
でも その老中の水野が言う以上は

それを 何らかの形で
やらなきゃいけないとすればですね

自分で工夫してやるしかないな。

…って思うんですよね。
うん なるほど。

選択1ということですね。

山本さんは いかがでしょうか?
私も 1のですね

「人返しの法を実施」
ということなんですけども。

実際 あの… 遠山もね

やっぱり 町奉行ですから
幕府官僚の一員なわけですよね。

農村から どんどん
人が江戸に出てくるっていうのは

これは 確かに 良くないことだというのは
認めざるをえないので

とりあえず 人返しは
やる必要があるというのは認めておいて

誰でも彼でも帰すわけにはいかない
っていうのは誰でも分かるので

そういうところを主張して
別の方策を考えて 水野に提案するとか。

そういうために
とりあえず 水野の意見というか

それを あの… 受け入れながら

これから 一生懸命 考えようというのが
遠山のやり方だったと思いますし

そうするしかなかったんじゃないかなと。

そっか… まあ そうですよね。

さあ 磯田さんは いかがでしょうか?

私ね これ やっぱり 選択2にします。
「町人第一の政策を貫く」。

だけど これ やっちゃったら
罷免は免れないですね。

なぜ そうしたほうが
いいと思うかっていうと

やっぱり 人の移り・流れっていうのは
本当に 暮らせるかどうかに素直で。

そもそも 江戸に 人が
何であんなに集まってくるかっていうと

はっきり言うと 武士が あそこで
年貢米を消費してるからなんですよ。

ものすごい量の…
米生産の4割近くを取り立てて

あそこへ みんなで 旗本で住んで
そこで消費するから

その おこぼれ消費に
人が集まってくるんで…

それで 「2」をとった場合に

もう一回 町奉行に戻ってこれないんじゃ
ないかと思うんですけど

どうも 僕は この裏にあるものを
僕 想像するんですよ。

大奥が 「もう こんな倹約は…
もう 水野のやつ!」って言って…

将軍や ほかの老中が共有すると…

…という点で 後の先をとって

一回は退くかもしれないが

やっぱり 「2」に懸けてみようかと。

確かに 水野のこと 嫌いそうですよね
大奥の皆さんは。

水野も 大奥に
手をつけようとするんですよね まずね。

要するに
「奢侈はいかん」とか何とか言ったら…

要するに
「この世の中は 男と女で出来ている」と。

「大奥の女性っていうのは
男っていう楽しみを奪われてるんだから

少しは着物とかね そういうもんで
楽しまないと やっていけない」と。

「ところで 水野さんは どのくらい

お妾さんをお持ちですか?」
っていうようなことを聞いてですね

水野は 何も言えなくなって
帰ってきたという そういう話があって。

大奥には なかなか
手がつけられなかったんですね。

そうなんですね。

それでは 遠山がどんな決断をしたのか
ご覧ください。

遠山は 水野に…

そこには 強制的に村に帰さず

かつ 飢饉の際の打ち壊しを
防止する策が記されていた。

遠山が提案したのは
「七分積金」の活用だった。

「七分積金」とは およそ50年前の
寛政の改革で行われた政策。

町の収入の一部を使い

籾などを購入し 備蓄。

飢饉の際に
それを お救い米として放出する

江戸のセーフティーネットである。

七分積金は 連綿と引き継がれていたが

天保の飢饉で放出し
天保13年には激減していた。

そこで 遠山は「籾を100万石に増やせば

飢饉が起きても 其日稼の者たちの生活を
支えられる」と提案。

あくまで 町人第一の
政策を貫くことを

選択したのだ。

遠山の進言が大きく影響し

人返しの法は…

…という方針で決着した。

…だと思いますし

そういう方向で
動いていったんだと思います。

…のではないかというふうに
思いますよね。

翌年の…

栄転だが 天保の改革政策から
外れることとなった。

同じ年 水野忠邦は…

当時 江戸と大坂の周辺には

幕府領以外に
大名や旗本の領地も混在していた。

これら 大名 旗本の領地を
幕府に返上させ

代わりに 替地を
幕府から支給することにしたのだ。

年貢の取れ高が多い 大名 旗本の土地を

取れ高の少ない幕領と取り替えて

幕府の財政を補強することが
その目的であった。

これこそ 幕府の赤字を解消する
最後の切り札であった。

しかし この強引なやり方に
大名 旗本から猛反対が起きた。

その筆頭は 御三家・紀州藩。

それに 老中・土井利位なども加わり

幕府内に
反水野勢力が形成されていった。

閏9月 上知令 撤回の幕命が下され

水野は 老中免職となる。

天保の改革は 2年余りで
ほとんど成果を上げず

幕を閉じたのであった。

しかし 天保の改革の時代
諸藩でも改革が行われ

赤字財政を画期的に克服した藩があった。

例えば…

現在に換算すると
2, 000億円にも上っていた。

そこで 薩摩藩は
特産品の黒砂糖の自由取引を禁じ

生産から流通・販売まで
薩摩藩が市場を独占することで

莫大な利益を得 財政を回復させる。

長州藩や土佐藩も 同様に赤字財政を克服。

これら西南雄藩は やがて
明治維新へと突き進んでいくことになる。

一方 遠山の晩年は
どうだったのだろうか。

弘化2年 遠山は
新たに 南町奉行に就任した。

このころの遠山の暮らしぶりが推測される
貴重な史料が残されている。

こちらは…

弘化5年から安政3年までの
遠山家代々の日記の一部である。

平成になってから研究が進んだもので

その中に
ある日の遠山の行動が記されていた。

「嘉永元年
5月9日。

御惣容様
勧進能 御見物」。

遠山が
家族そろって

能を見学した
というのだ。

家族などを連れて能の見物に
遠山自身が行ってるようですので

そうしたことからも…

…と思っています。

これは 晩年の遠山を描いた肖像画。

太りじしの体躯に
年老いて なお鋭い眼光。

激動の時代を生き抜いた名奉行
遠山の面影を今に伝えている。

このころ ある幕臣が記した覚書が
残されていた。

「…と尊みたり」。

町人の暮らしのまなざしを忘れなかった

遠山金四郎。

彼は 晩年
江戸の人々から

「遠山の金さん」
と呼ばれ

慕われていたのだ。

60歳まで南町奉行を務めた遠山は

安政2年 静かに この世を去った。

享年63。

遠山が提案した お救い米を100万石に
増やすという進言が大きく影響して

結局 人返しの法は

最近 江戸に来た者で

まだ妻子のいない者にだけ
適用するという

穏やかな方法に落ち着きました。

まあ ここで
お救い米を100万石に増やして

江戸は 来ても飢えないよと
言ったことっていうのは

セーフティーネットを
張ったっていうのは

やっぱり あの…

近代化のときにはね
やっぱり 識字率も都市は高いですし

人が集中して こう
職業分業もあるとかいうのは…

…と言っていいと思いますね。

じゃあ 大事な局面だったと
言えるんですね。

萱野さん 西南雄藩が
このあと台頭していきますけれど

それについては
どのように ご覧になりましたか?

言ってみれば…

…っていうことだと思うんですよね。

幕府から
最も日本で言えば遠いところで

幕政の改革が進んで 言ってみれば

いち早く資本主義の経済に適応した藩が
出てきたっていうのは

非常に象徴的ですよね。

つまり 権力の支配力が弱いところ…

言ってみれば
世界史的にも興味深い事例というか

意味のある事例なんだろうなと
思いますよね。

でも 今日は その老中・水野忠邦と
町奉行・遠山金四郎の対立を通じて

天保の改革を見てきましたけれど

改めて それについては
どんなことを感じましたか?

やっぱり 遠山って
すごく面白い人物なんですね。

まあ 町奉行ですね。
で これは もう 幕府の官僚の一員

重要な官僚の一員なわけですけども
何か 町奉行になると

武士としてですね
庶民の生活を成り立たせることが

自分の仕事だっていうふうに考えてですね
庶民の味方になるんですね。

だから 固定的な「武士 対 農民」

あるいは「武士 対 町人」っていう
考え方ではなくて

そういう武士たちの行った役割ですね
そういうのを正当に評価するうえでは…

…と思うんですね。

私は 今回
裁量権のあるはずの行政トップでなくて

気の利いた中間管理職である金四郎を
取り上げるっていうのが

面白いなと思ってたんですね。

要するに…

…という時代の話なんですね。

つまり 今も
気の利いた中間管理職がいないと

成り立っていない仕組みっていうのが
すごくたくさんあって。

例えば 病院なんかも
そうなんですけれども。

一人 休むと本当に回らないっていう。

…ような現場って
いっぱいあると思うんです。

「働き方改革」って言われるんだけれども

そもそも このシステムを
どうにかしないかぎりは

その働き方改革も どうにもできない
というような現状にあって

さあ どうしようかっていうことを
考える

すごい いいきっかけになったと
思うんですよね。

さあ 磯田さん。 今日 冒頭で やはり
この遠山金四郎を取り上げることは

今を見るにも大事だっていう話が
ありましたけれども。

僕 すごい 今回 思いましたね。

日本って
サービス業の生産性 すごく悪い。

サービスって ひょっとして
「タダ」っていう意味もあったりする。

で ひょっとしてと
思ったんですけど…

要するに「遊民」っていって
「遊んでる民」っつったけど…

この人たちに払い続けてるもののお金を

住民サービスだとか 産業を興す
そっちのほうへ流すっていうシステムを

ついぞ 本当 抜本的には できなかった。

そうか。 サービス業に対する価値観が

もしかしたら ここのときに
作られてしまったかもしれない…。

これから どんどん 感情を
消費するような経済になりそうですよ。

舞台 見たりとか
あるいは旅行をしたりとか

そういうことに
経済のソフト化といわれて久しいけれど

そっちへ向かう中で
一番 その辺が不得意とされている日本。

この歴史の淵源っていうのは

元っていうのは
どこにあるのかっていうんで

ちょっと恐ろしい面を
江戸時代の終わり

この水野に見たような気もしましたね。

金さんは必要ですかね? 今。
「金さ~ん!」って呼びたいよね。

「金さん 呼べよ!」とか言うと
芝居じゃ 出てきますよね。

「おうおう おうおう!」とか言って
出てくるわけですけど。

なかなか そうはいかないですからね。

今日は 遠山金四郎について
見ていきました。

皆さん ありがとうございました。


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