偉人たちの健康診断「与謝野晶子 悩める乙女と恋の病」なぜ晶子は当時世間の批判にされされるような大胆で官能的な歌…


出典:『偉人たちの健康診断「与謝野晶子 悩める乙女と恋の病」』の番組情報(EPGから引用)


偉人たちの健康診断「与謝野晶子 悩める乙女と恋の病」[字]


情熱の歌人・与謝野晶子。なぜ晶子は当時世間の批判にされされるような大胆で官能的な歌を詠んだのか?そこには晶子が苦しんでいた「恋の病」特有の症状が関係していた!?


詳細情報

番組内容

自らの恋心を赤裸々に官能的につづり、世間を騒がせた歌人・与謝野晶子。その素顔は引っ込み思案で内気な文学少女だった。何が晶子を「情熱の歌人」に変貌させたのか?それは晶子を襲った深刻な病…「恋の病」だった。恋は人の脳にどのような影響を与えるのか?脳科学と心理学から恋の病の症状を診断。さらに鉄幹と結婚後、破綻の危機に直面した夫婦関係を劇的に改善した晶子の秘策にも迫る。愛に生きた人生を健康面から読み解く。

出演者

【出演】関根勤,カンニング竹山,光浦靖子,【解説】森下明穂,植田美津恵,【司会】渡邊あゆみ


『偉人たちの健康診断「与謝野晶子 悩める乙女と恋の病」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

偉人たちの健康診断「与謝野晶子 悩める乙女と恋の病」なぜ晶子は
  1. 晶子
  2. 鉄幹
  3. 二人
  4. 女性
  5. 自分
  6. 夫婦
  7. 世間
  8. 短歌
  9. パリ
  10. フランス
  11. 一緒
  12. 結婚
  13. 出会
  14. 森下
  15. 夫婦関係
  16. 歌人
  17. 感情
  18. 光浦
  19. 当時
  20. 日本


『偉人たちの健康診断「与謝野晶子 悩める乙女と恋の病」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

1901年。 20世紀の始まりに

ある歌集が
一大センセーションを巻き起こしました。

著者は…

当時 無名の歌人でした。

その内容はというと…。

「柔らかな肌にみなぎる私の恋の血潮に
触れてもみないで

寂しくはないのですか?

ありふれた道徳ばかりを説く あなた」。

「乳房をおさえて
神秘のベールをそっと開け

私は愛の世界へと入りました。

そこに咲く花の色の
なんと濃いことでしょう」。

思わず顔を赤らめてしまうような…

それを 僅か22歳の
しかも女性が詠んだことに

人々は驚愕しました。

こんな歌を詠むなんて
さぞ強烈な女性かと思いきや

その素顔は 引っ込み思案で無口な
はにかみ屋の女性。

一体 何が晶子を

世間を騒がせる歌人へと
変貌させたのでしょうか?

その秘密は 晶子を襲った
意外な病にあった可能性が

浮上してきました。

なんで お前は…!
(たたく音)

あなた やめて下さい!

更に 離婚寸前 夫婦の危機に陥る晶子。

しかし そこから一転

まるで
つきあい始めのカップルのように…

晶子の…

恋愛に 夫婦愛。

愛に生きた歌人
与謝野晶子を徹底診断します。

♬~

健康のヒントは歴史にあり。

「偉人たちの健康診断」!

古くから商人の町として栄えた 大阪・堺。

1878年 晶子は
この町の和菓子屋に生まれました。

10歳の頃から 家業の手伝いを始めます。

同年代の友達が遊びに興じる中

帳簿づけや接客など
店の切り盛りに明け暮れる日々。

それでも 晶子が
不満を口にすることはありませんでした。

内気な晶子は
常に両親に対して遠慮し

兄弟を間に入れないと

ものも言えないほどだった
といいます。

そんな晶子にとって 唯一の遊び場が…

「源氏物語」など 古典文学から

流行の小説まで
手当たりしだいに読みふけります。

やがて 晶子は短歌を詠むように。

「露も しとどに降りた荒れ屋敷
聞こえてくる琴の音に

秋の寂しさをいっそう感じさせる
鈴虫の声よ」。

晶子は 五七五七七の定型に

季節の折々を詠み込むことに
夢中になりました。

21歳の夏 晶子のその後を
大きく変える出会いが訪れます。

初めて出席した歌会。

そこにいたのは
短歌の革新を目指し活躍していた

27歳の歌人 与謝野鉄幹でした。

晶子は 鉄幹が語る「新しい短歌」の姿に
衝撃を受けます。

「短歌は理屈ではない。

感情をありのまま
思うままに表現する。

それこそが大事なのだ」。

短歌は 自分の感情を表現するもの。

それは晶子がこれまでやってきた短歌とは
全く違うものでした。

この時の晶子の様子を
鉄幹が知人に語っています。

「歌ってものは 本当に

思ったとおりのことを言えば
いいものか? と聞くので

それでいい それだけのものだ
って返事をしたが

本当か? って
駄目を押していた」。

自分の感情を
ありのままに さらけ出していい。

そう語る鉄幹に
晶子は激しく心を揺さぶられました。

ただ 文学が
ひたすら好きであった女性が

何でもいい やりたいようにやっていい
と言われた瞬間…

鉄幹との出会いから およそ1か月。

晶子は 驚くべき歌を
詠むようになっていました。

「病んでいらっしゃるあなたの首筋に
私の細い腕を巻いて

熱でかわいた あなたの唇を
吸って湿らせてあげましょう」。

なんとも情熱的で妖艶な歌。

そこには 内気な少女の影はなく

まるで別人のように
大胆な女性の姿がありました。

実はこの時 晶子は

ある恐ろしい病に襲われていた
可能性があるのです。

その病とは…。

鉄幹と出会って以来 晶子は

新しい世界へと導いてくれる鉄幹を
師と仰ぎ

鉄幹の講演や歌会に
熱心に通うようになっていました。

鉄幹への尊敬と憧れ。

それは
瞬く間に 恋心へと変わっていきます。

しかし…。

晶子が恋した鉄幹は
かなり…

そのことがうかがえる手紙が
残されています。

この手紙は 与謝野鉄幹が

奥さん 林 たき野に送った手紙
ということになります。

鉄幹には 晶子と出会う前から
既に妻がいたのです。

晶子の恋は 今でいう…

更に 手紙には
驚きの内容が
記されています。

晶子をはじめ
つらつらと
書かれているのは

なんと 鉄幹が当時
気になっていた
女性たちの名前。

こんなことを
妻への手紙に
書くなんて

鉄幹は とんでもない
プレイボーイだったのです。

恋する晶子にとって
この女性たちは いわばライバル。

彼女たちの存在は 晶子の恋の炎を
更に燃え上がらせていきます。

中でも 強く意識していたのが

晶子より1つ年下の山川登美子の存在。

登美子は 容貌も美しく

晶子と同様に
鉄幹から歌の才能を認められていました。

なんとかして
鉄幹を自分の方に振り向かせたい。

晶子は まるで
熱烈なラブレターを送るように

鉄幹が主宰する雑誌に
次々と歌を発表します。

「柔らかな肌にみなぎる
私の恋の血潮に触れてもみないで

寂しくはないのですか?

ありふれた道徳ばかりを説く
あなた」。

鉄幹への思いを募らせていく晶子。

それは なまはんかな覚悟では
できませんでした。

封建的な思想や道徳観が根強く残っていた
明治時代。

女性は男性に仕え 貞淑であることが
よしとされました。

夫のある女性が
他の男性と
性的関係を結んだ場合

「姦通罪」で
禁錮刑となることも。

世間は
女性の恋愛に対して
寛容ではありませんでした。

ましてや 未婚の若い女性が

妻子ある男性に
あからさまな恋心を寄せるなど

不道徳極まりないことだったのです。

にもかかわらず 晶子は
脇目も振らず 恋の道へ突き進みます。

ついには 鉄幹と二人きりの旅に踏み切り
二夜を共に…。

そこから 晶子の歌は
更に大胆になっていきます。

「乳房をおさえて
神秘のベールをそっと開け

私は愛の世界へと入りました。

そこに咲く花の色の
なんと濃いことでしょう」。

「青春は短い。

命は永遠ではないのだからと

みなぎるばかりの乳房に
あなたの手を導きました」。

…というものに
彼女自身 初めて

気が付いたんだろうなって気がします。

だから そういうことを彼女は…

鉄幹への恋心を大胆な表現で詠む晶子。

それは…

それでも 書かずにはいられない。

実は これこそが
恋の病の恐るべき症状なのです。

恋をしている時
人の脳の中で何が起きているのか

調査した研究があります。

ロンドン大学の脳科学者
セミール・ゼキ教授が

2007年に発表した研究です。

恋に夢中になっている男女17人に

自分の恋人の顔の写真と 無関係な
異性の顔の写真を交互に見せます。

この時 脳の活動を
血流の変化で画像化する

fMRIという装置で リアルタイムに計測。

すると
自分の恋人の顔を見た時に限って

脳内で活動が低下する場所があることが
分かりました。

「扁桃体」。

そして
「側頭・頭頂接合部」です。

扁桃体は 不安や恐怖といった
感情を生み出す場所。

側頭・頭頂接合部は
物事を冷静に判断する場所。

つまり 恋をすることで
これらの活動が低下し

不安や恐怖などを
感じにくくなり

冷静な判断ができなくなる
と考えられるのです。

怖いものが何もないような
感情であるとか

また…

鉄幹への恋に
のめり込めばのめり込むほど

大胆な表現で短歌を詠む。

晶子もまた 恋の病によって

不安や恐怖が
消し去られていたのかもしれません。

しかし そんな晶子の歌は

世間には 到底 受け入れられるものでは
ありませんでした。

後に歌集として出版された時の批判が
残っています。

「道徳に反する」。

「卑猥で
みっともない」。

「人の心に害をなす」。

ところが 晶子は

ますます そうした世間の声に
反発するかのような歌を発表しています。

「道徳的なことを言わず
この先のことも考えず

人の噂など気にせず

あなたと私は恋に燃えて
ただ見つめ合うのです」。

道徳や常識をかなぐり捨て

自分の道ならぬ恋を全うすることを
堂々と宣言!

その姿は挑発的ですらあります。

実は これもまた
恋の病の恐るべき症状なのです。

認知心理学者の 匠 英一さんは

世間に対して
反発した態度をとる晶子には

ある心理現象が働いていたと分析します。

周りの 世間が反対とか…

シェークスピアの恋愛悲劇から
名付けられた この心理現象。

ドリスコールは…

すると 親が二人の関係を傷つけている
親が交際相手を受け入れていない など

恋愛への障壁が
高ければ高いカップルほど

恋愛感情が
高まっていることが分かったのです。

つまり…

晶子が あえて道徳を批判したり

自分の恋のすばらしさを
世間に発表したりしたのも

ロミオとジュリエット効果が
もたらしたものだったのかもしれません。

恋の病に翻弄される晶子。

やがて 鉄幹に対する熱い思いは
実を結びます。

恋のライバルだった山川登美子が
親の決めた相手と結婚することになり

鉄幹のもとを去ることに…。

また 鉄幹は晶子の思いに応えるように
妻と別れます。

晴れて二人は 正式にカップルに。

晶子がこれまで詠んだ恋の歌は

鉄幹の手によって 歌集「みだれ髪」として
一冊にまとめられました。

「みだれ髪」は
世間の激しい非難にさらされる一方

女性が堂々と恋愛を歌う
これまでにない新しい歌集として

若者たちから喝采を浴びます。

「情熱ある詩人」。

「詩壇革新の先駆」。

「女性の作として 歓迎すべき価値多し」。

一人の内気な少女は
恋の病で大きく変わり

「情熱の歌人」として
その名を轟かせることになったのです。

(渡邊)いかがでしょう?

すごいね。
すごいですね。

昔 初め 教科書で
与謝野晶子さんのこと知るんですけど。

ちょっと びっくりしたっていう
感じありますよね。

びっくりこいちゃいました。
教科書に出てる人としてはね 確かに。

鉄幹に対しての気持ちを

もちろん 言葉でも行動でも示してるけど
それよりも まだあふれてるから。

まあ 好きだけど。
好きという表現をしたいから

それを全部こう
筆にぶつけてたんじゃないの。

もともと情熱的な人だったのに
まあ その 内気ということで

ず~っと こう 隠されてたんですよね。

それが放たれたから
すごかったんじゃないですか?

放たれてよいのだというようなことを
言われるわけですもんね。

素直でよいのだと。
小さい時 おてんばで

わぁわぁわぁってやってた子は
あんまり そう…。

(光浦)いかないと思う。
いかないと思うんですけども。 そう。

あとね 片思いの一つも 2~3人してれば
もっと冷静な子だった気がする。

(竹山)初恋みたいなもんでしょ 多分。
純粋な純粋な…。

なんかね 与謝野晶子はね きっとね
真面目だったと思う 私。

内気なうえに真面目だったから
鉄幹のルールしか知らないから。

で 鉄幹も悪いやつじゃないけど
きっと褒めたと思うのよ 詩を。

褒められるから うれしくて
彼女の中の座標軸は それしかない子が

とにかく 一生懸命
褒められたくてやった感じがして

ちょっと なんか 私
切なくなってきちゃった 見てて。

ほんとに やっぱり
鉄幹しか見えてなかったんだ

ということだと思うんですけれども
ほんとに 鉄幹に認められたい

褒められたいっていう思いを ほんとに
ラブレターのように多分 大胆に

どんどん どんどん なっていったんじゃ
ないかなというふうに思います。

だけど それを二人の間で
やり取りしてるとかね

歌を送っているとか
そうじゃなくて これ

世間に公表するわけでしょう?
そうですね はい。

今でいうと 多分 SNSで
妻がいる鉄幹という人のファンが

SNSで 自分の恋文を書いて
みたいなことでしょ?

それを周りがみんな見てるわけでしょ?

で 気付いたら その投稿した人と
その主宰者が結婚するってなるから

そりゃ相当 周り たたきますよね。
そりゃそうです。

「何だよ それ」って。
やはり世間は いろんな批判があって

晶子の実家ですとか兄弟なんかは
そんな鉄幹と… っていうのは 反対を。

そりゃ当然でしょうね。
はい。

そういう意味で もう勘当されて。
お父さんが亡くなるんですけれども

その時のお葬式にも
参列もさせてもらえませんでしたし。

すごいですね 勘当されてまで
鉄幹に いちずにいくっていう。

ほんとに 恋一筋。

走っちゃったんですね。
そうなんですよ。

脳のね 作用があるじゃないですか。

周りが見えなくなる状況
恋の持つ恐ろしさ。

それが脳の仕業だったっていうのはね。

最近では よく 快楽物質のドーパミンって
よく聞くと思うんですけれども…

(植田)気持ちをもう抑えることができない
という状態に

だんだんと陥っていくわけですよね。

何でしたっけ ロミオとジュリエット効果。
僕の知り合いも

もう ほんとに反対されてたんですよ
結婚を。 もう 両親 友達が。

結婚しましたもんね 強引に。
反発しちゃって。

そうやって言われれば言われるほど
気持ちが高ぶってしまって。

僕の知り合いは まあ その後
離婚しましたけど。
(光浦)あら~。

冷静にみたら離婚するんですよ。

ここで…

当時 いかに斬新だったのか見てみました。

表紙絵がちょっと おしゃれ。
そうですね。

(光浦)おしゃれ。
(森下)この表紙絵にも意味がありまして

このハートの中にいる女性が
いわゆる 恋に乱れている

髪がもう乱れている女性であると。
それを恋愛の矢が射ぬいて

そこから生まれてくる花が
詩や歌であるというような意味合いの…。

いいデザインだな~。
おしゃれ。

(森下)それで また
この「みだれ髪」というふうに

赤く文字で書いてあるんですけど

まるでこう血が滴っているようなふうにも
見えるので やはり恋の…。

(関根)ポタンポタンとね。
(森下)やっぱり 恋の痛手で

そういった傷を負うような。

これ 短歌もあるけど
こうちょっと扇情的な挿絵もある。

(竹山)悪魔が…。
みんな 同じとこ見てますよ。

(光浦)これ すご~いと思って。
かなりですよね これね。

でも 当時の人は
ドキドキして読んだんですかね これ。

(森下)そうだと思います。
うわ~! とかいって。

きっと枕の下にさ 夜 読んでさ
親が来たらシャッと隠してさ。

小さいし。
(森下)ちょうどいい。

これ じゃあ 結構売れたんですか?
(森下)そうですね はい。

4版まで出てますので
かなりの数 出たと思います。

鉄幹のプロデューサー的な側面が
あると思うんですが

古いものを壊して
新しい短歌っていうものを

鉄幹は作りたいと思っていましたので。

若い人たちにとったら
これはもう 本当に肯定的に

隠れ読んでいたりしていたんだと
思います。

さて この「みだれ髪」をきっかけに

歌人としての道を
順調に歩み始めた晶子なんですが

そのことが
思わぬ病を引き起こしてしまいます。

道ならぬ恋を成就させ
ようやく結ばれた 晶子と鉄幹。

新婚の二人にお金はなく
着るものにも困るほどでしたが

晶子は 鉄幹と一緒にいられる幸せを
かみしめていました。

間もなく長男が誕生し
晶子は母親となります。

その後も
毎年のように子宝に恵まれました。

鉄幹のもとには 石川啄木や 北原白秋ら

文学を志す若者たちが集まりました。

彼らと共に 鉄幹は

自らが主宰する雑誌 「明星」の制作に
力を注ぎます。

「明星」は
新しい文学の潮流を作りたいという

鉄幹の夢と希望が詰まった雑誌。

表紙は ヨーロッパで流行していた
華麗なデザイン。

内容も 日本の詩歌だけでなく

鉄幹が憧れたフランス文学の翻訳や
西洋美術の紹介と 多彩でした。

いつの日か 芸術の都 パリへ行くこと
それが鉄幹の夢でした。

そんな鉄幹に刺激を受け

晶子も 子育てをしながら
執筆活動にも積極的に取り組みます。

鉄幹は晶子にとって 夫であり 歌の師匠。

鉄幹の指導を受けながら
晶子の才能は更に開花していきました。

結婚から6年後。

晶子は 押しも押されもせぬ
人気作家になっていました。

新聞や雑誌の歌の選者を
務めたり

小説や論文を書いたり

更には
子ども向けのおとぎ話まで書くなど

幅広い活躍を見せます。

与謝野家には
晶子に仕事の依頼を持ってくる客が

連日のように押し寄せました。

妻の目覚ましい活躍に鉄幹も喜んでいる

かと思いきや…

このころの鉄幹の状況を
鉄幹自らが歌に詠んでいます。

「夜な夜な悩まされる耳鳴り
不眠に悩まされ

みるみる痩せていく」。

それだけではありません。

「人並みの人生を送って

満足していいはずなのに

なぜか泣いてしまう」。

鉄幹は 心身ともに
不安定になっていました。

そんなある日 晶子は
鉄幹の衝撃的な行動を目にします。

なんと 鉄幹が庭のアリを

包丁で2時間も3時間も
突き回しているのです。

異常な行動をとるようになった鉄幹
一体どうしたというのでしょうか?

鉄幹の状況を現代医学の観点から見ると

ある病気を抱えている可能性があると
専門家は言います。

鉄幹さんの場合は…

進学 就職 結婚など

環境が大きく変化した時に
起こりえると考えられています。

実は このころ
鉄幹は人知れず苦悩していました。

一世を風靡した「明星」は

文学の流行が変わったことで
売り上げが落ち込み

ついには 廃刊に追い込まれます。

「明星」を一緒に盛り上げていた
北原白秋たちも

鉄幹のもとを離れていきました。

自分を訪ねてくる客は
めっきり いなくなり

仕事の依頼も ほとんどありません。

そんな失意の鉄幹に追い打ちをかけたのが
晶子の存在だったのです。

例えば 家族として
夫婦関係が一定であればいいんだけど…

(石蔵)だんだん だんだん
妻が売れてきて 収入が逆転してくる。

そして自分は
だんだん だんだん こう落ちてくる。

自分とは反対に
時代の寵児として活躍する晶子。

かつての…

そうした夫婦関係は
周りからも揶揄されます。

石川啄木は こう書いています。

「与謝野家は ただ
晶子女史の筆一本で

支えられている」。

こうした…

これこそが鉄幹の適応障害の原因になった
と考えられるのです。

なんで お前は…!
(たたく音)

あなた やめて下さい!

やがて鉄幹は やり場のない怒りを

晶子や子どもたちに
ぶつけるようになっていきました。

夫婦の関係は まさに
危機に瀕していました。

そうした中 突如 晶子が倒れ
病院に担ぎ込まれます。

その時のことを晶子が記録しています。

「疲労も甚だしい。
それに 心臓も悪い」。

晶子は
心臓に異常を来したのです。

しかし 近年 夫婦生活の悪化も

大きな影響を及ぼすことが
報告されています。

ロンドン大学が
9, 000人以上を対象に行った調査では

配偶者と仲が悪い人は

心疾患の発症リスクが
39%高くなることが判明。

その原因の一つと考えられるのが

夫婦げんかなどで
怒りやイライラを感じると分泌される

アドレナリンというホルモン。

血液中でアドレナリンが増えると

血小板から突起物が出て
お互いに くっつき合います。

この くっついた塊が
血管を詰まらせる血栓となります。

そして 心筋梗塞などを引き起こすのです。

突如 心臓に異常をきたし
倒れてしまった晶子。

鉄幹との
夫婦関係をめぐる
過度なストレスが

原因となった
のかもしれません。

それが 友人なら すぐね
けんかしても大丈夫ですけど

別れたっていいんでしょうけど。
もう ず~っと一緒にいなきゃいけない

それから 夫婦円満っていう
なんかこう基準があって

夫婦は仲良くしなきゃいけない
っていうようなのがありますし…

晶子たちを襲った 夫婦関係がもたらす病。

別居 最近のはやりは
「卒婚」がそういうことになってますよね。

それがいいし 単身赴任とか
そういうのも いいのかもしれませんね。

夫婦関係の悪化で
身も心もボロボロの晶子と鉄幹。

このままでは
二人とも駄目になってしまう。

思い悩んだ晶子は
あることを思い立ちます。

それは 鉄幹の長年の夢だった
フランス行きを実現させること。

とはいえ そのためには
渡航費や滞在費など

莫大な費用が かかります。

このころ 夫婦の間には
7人の子どもが誕生していました。

ただでさえ苦しい家計のやりくりの中
そんな余裕は どこにもありません。

そこで 晶子は知恵を絞り
ある秘策を考えます。

それが今も残されています。

こちら!

晶子が自作の歌を書いて作った屏風です。

晶子は このような屏風をいくつも作り
売ることで

お金を工面しようとしたのです。

子育てと仕事の合間を縫いながら
必死で屏風を作り続けたといいます。

そして ついに
晶子は鉄幹をパリへと送り出します。

ようやく
穏やかな日々を送ることができる。

そう思ったのもつかの間
事態は思わぬ方向に…。

結婚から10年 初めて鉄幹と
遠く離れ離れになったことで

晶子は深い喪失感に襲われていたのです。

「そばにいた時は
けんかばかりだったのに

いざ いなくなってみると
寂しくてしかたがない」。

一緒にいても 離れていても
晶子の心は晴れないのでした。

ほんとに好きだったんですね。

普通 さっぱりするのにね。
いなくなってってこと? あら~。

でも この夫婦の立場の逆転っていうのが
あんなに影響してる…。

(森下)
そうですね。 鉄幹よりも 晶子の方が
どんどん仕事の依頼は増えてきますし。

また 与謝野先生いらっしゃいますか?
というふうに与謝野家を訪ねたら

鉄幹ではなく晶子の方だっていうのも
彼にとっては非常にショックだったと。

プライドがね。
そうですね。

なんかこう
うまくこう アドバイスできる人がいて

与謝野晶子さんに来るんだけども
まず鉄幹先生にご挨拶っていって

鉄幹先生をまず立ててから。
ハハハッ!

それで 帰り際に
「鉄幹先生が育ててくれたんで

ほんとにいい作品が
もらえるようになって。

鉄幹先生 ありがとうございました」
っていって 去るように

誰かが そうやって
しむけるようにしとけば

アリは やんなかった。

(光浦)アリは救えました?
そう。

実際に 心の内は どうだったんですか?

やっぱり 鉄幹はプライドが高かった
っていうこともあって

もう つらいっていうのと あとは
奥さんに嫌みを言ったりですとか

逆に 自虐的な歌を作っちゃう
っていうふうなことが

あったんですけれども。
でも あの…

晶子の状態って どうだったんでしょう?

晶子の方は なんとかこう気を遣って

子どもとの間に入ったり
友人たちの間に入ったりして

なんとか それをうまく収めよう
というふうにしておりました。

また 鉄幹がそういう すぐに
癇癪を起こしてしまうこともあるので。

例えば 与謝野家で
お風呂がちょっと壊れたと。

お風呂 夫が直せばいいじゃないですか
ねえ。

ってわけにいかないのね こういう時代は
やっぱり奥さんがいろいろ。

明治生まれですもんね。
やっかいですよね 明治の男。

でも それにしても こう
夫婦の間のね 関係って難しいですよね。

難しいですね。 夫が原因となって
妻が病気になる 「夫源病」と

妻が原因で夫が病気になる
「妻源病」っていうのが

今 ちょっとクローズアップされてまして。

鉄幹との夫婦関係の悪化で倒れた晶子。

実は 心臓の異常の他にも
ある病の可能性があるといいます。

それが…

夫源病は 夫の言動に対する不満

あるいは 夫の存在そのものが
強いストレスとなって

自律神経やホルモンのバランスを崩し
発症します。

油断できない病なのです。

夫源病になる方っていうのは
晶子さん的な方が多いんですよ。

やっぱり もう 歯をくいしばって
すごく頑張ってこられて

夫を支えなきゃいけない
頑張らなきゃいけないって言われて。

ものすごく気丈なんですね。

他にも
夫源病になりやすいのは こんなタイプ。

感情を表に出すのが苦手で
人前で怒ったり泣いたりできない。

「いい妻」「いい母親」でありたい
という意識が強い。

晶子にも
そういった面があったのかもしれません。

だから よく 定年後に
長く夫が家に居るようになると

もう 奥様が病気になっちゃう。
すごいですね。

一緒にいるからこそ
起こる現象かもしれませんし

長生きになったからこそ 今も
そういった問題が起きるのかもしれない。

夫 鉄幹をパリに旅立たせたものの

晶子自身は 強い寂しさに
さいなまれることになります。

さあ このあと
この夫婦はどうなったのでしょうか。

鉄幹が日本をたってから半年。

晶子は フランスへ向かう
列車の中にいました。

なんと 7人の子どもたちを
義理の妹に預け

鉄幹に会いに行くことにしたのです。

当時 日本からフランスまで
船なら およそ50日。

しかし晶子は
夫に一刻も早く会いたいという思いから

2週間ほどで たどりつく
シベリア鉄道に乗り込みました。

言葉も通じない異国の地で
不安と恐怖を感じながらの旅。

ただ鉄幹に会いたいという思いだけが
晶子を突き動かしていました。

そして とうとう
鉄幹のいるパリへ。

「日本からパリまでの三千里を越え
私は恋人のもとへやって来た。

柳の絮の白々と飛ぶ この日に」。

初夏の光の中で 再会を果たす二人。

鉄幹は 洋装に身を包み

日本にいた時とは別人のように
生き生きとしていました。

モンマルトルのヴィクトル・マッセ21番地。

晶子と鉄幹は ここで
新婚以来の二人きりの生活を始めます。

ブーツにスカート
つばの広い大きな帽子を新調して

晶子は
パリジェンヌさながらに変身します。

夫が見せてくれる異国は すべてが新鮮。

晶子は ときめく心を歌に詠みます。

「私も物売りになりたいものです。

心地よい初夏の
シャンゼリゼ通りの青い木の下で」。

「あなたと一緒に行ってみました
ノートルダム寺院を見に。

高い塔だけは薄桃色に映え
なんとも美しい夕暮れです」。

更に 二人は
パリから郊外にも足を延ばします。

「五月のフランスの野原は
まるで燃えんばかり。

あなたも私も コクリコの花のように
今また 恋心を燃えたたせています」。

二人は いつしか

まるで出会った頃のような
激しい恋心を取り戻していたのです。

二人の恋心を
再び燃え上がらせたもの

それこそが「旅の効果」です。

アメリカ旅行協会が
1, 100人を対象に行った調査では

夫婦で旅行するという人の83%が

一緒に旅行をすることで恋愛感情が高まり
二人の関係がより深まると答えています。

その理由の一つが 心理学でいう…

自分を高めたいという欲求です。

つきあい始めのカップルは
パートナーの長所や趣味など

自分にはないものを
相手に発見することで

自分を高めたいという欲求が
刺激されます。

ところが…

夫婦間で何が大事かっていうと

相手はこういう人だねっていうことが

マンネリで もう固まってしまってると

やっぱり そこがね
もう飽きがくるみたいなことで。

人間っていうのは飽きやすいですから。

ところが…

相手のこういうところがね
知らなかったと。

気付いてなかったと。

旅のように
日常とは異なる環境に身を置くことは

パートナーの新たな一面を発見するのに
最適だといいます。

夫婦一緒に旅をする。

それは夫婦関係を回復させるための
特効薬なのかもしれません。

夫婦の絆を取り戻した 晶子と鉄幹。

パリから帰国したあとも
二人の旅は続きました。

子どもたちが手を離れてからは

ほとんどの時間を旅先で過ごすように。

二人の旅は 実に100回以上に上りました。

中でも 伊豆には
毎年のように足を運びます。

その度に 二人は 十国峠からの
美しい眺めに魅了されました。

「草の葉に雪が残るのも
美しい青空が広がるのも

まるで特別な理由があるかの
この十国峠なのです」。

鉄幹の62歳の誕生日も旅先で迎えました。

晶子は お祝いに歌を贈ります。

すると 鉄幹は
「これはよい」「これもよい」と上機嫌。

これまでにない夫の褒め言葉に

晶子は感激して
眠れなかったといいます。

ところが その僅か半月後。

突如 鉄幹は肺炎を患い入院します。

晶子は鉄幹に寄り添い

片ときも離れることなく
看病にあたりました。

必死の看病の日が10日を過ぎた頃

体調を心配する子どもたちに促され

晶子は
後ろ髪を引かれる思いで家に帰ります。

しかし 明朝
鉄幹は心臓麻痺を起こします。

晶子は急いで病室に駆けつけますが
鉄幹は既に意識不明に陥っていました。

晶子は鉄幹の手を握り
その最期をみとったといいます。

葬儀の日 晶子は 棺の前に
ただただ立ち尽くしていました。

「夫が愛用した品を
子どもたちが棺に入れていく。

言いだせはしないけれど
夫が何より愛していたのは

この私なのだ」。

出会ってから 35年。

二人は最後まで恋人同士だったのです。

すごいなと思って。
一人の人をここまで愛するって。

そういうことできる人って
世の中に何人いるのかなぁと思って。

どうですか?

僕は できてますよ。
(光浦)ここ一人 いました。

僕も…。
ほんとか?

ちょっと失敗もありましたけど
ずっとほんとに愛してますよ。

どうも このパリの旅は
結構よかったようですね。

当時っていうのは やっぱり あの
日本の文学者とか芸術家たちも

フランスに憧れて フランスかぶれを
していた時代だったんです。

また フランスだけじゃなくて

イギリスですとかドイツですとか
二人で回って

さまざまなカルチャーショックを
受けたと思うんですね。

特に 有名な彫刻家のロダンに
会うわけなんです。

それで 晶子の著書を
ロダンにプレゼントしているんですが。

それを記念して
帰国後に生まれた子どもには

「アウギュスト」という ロダンの名前を

付けているんですね。

え~ そうなんですね。

でも まあ どうなんでしょう
夫婦が旅をすることって効果的だと。

旅行に行って
けんか別れするっていう例もあるので。

ですよね。
(植田)一概には言えませんけれども。

まず 場所があったんでしょうね
フランスっていう。

また 新しい体験をすると
それが刺激になって

ドーパミンが放出されると。

そうすると
恋愛の初期の頃に戻ったような

そんな気持ちになったのかなぁ
というふうに思いますね。

そうね。
ねえ!

今日は 与謝野晶子の健康診断を
してまいりました。

いかがでしたでしょうか?
夫婦が 立場が変わって

ちょっとおかしくなったのも 逆に
人生の中でのスパイスみたいな。

それが逆に 後半の幸せを
感じることができるっていう。

すごいですね
愛に生きた人ですね 一筋に。

二人が出会った時とか
非難されたり いろいろした時に

どうだろうってなるけど

結果 二人にとって一番いい人生
過ごしたんじゃないかなっていうのは

思いますよね こうやってみると。

なんか 「終わりよければ すべてよし」
って言葉がなんか すべて…。

それが やっぱ
そういうことなんだなっていうのは

ちょっと思ったような気がしますね~。

こういう人生って ほんとに
ヘトヘトになるかもしれないけど

こう 生きてるっていう感じが
きっとするのかなぁ なんて思いながら。

夫婦 大変。
修行ですから。

ハハハッ。

ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。

鉄幹の死から1年。

晶子の姿を収めた
貴重な映像が残されています。

晶子は その後も精力的に作品を発表し
その合間には

鉄幹がいた頃と同じように
旅を続けました。

2014年に発見された
晶子の草稿ノートです。

筆圧が弱く 乱れた文字。

晶子は晩年 脳出血を起こし
半身不随となります。

それでも 歌を作り続けました。

かつて鉄幹と旅した
伊豆の風景を詠んだ歌。

「私が今立っているのは 十国峠。

光る雲を見渡しながら
思い出に浸っていると

どの山も この山も
懐かしくない山はありません」。

病床にあっても 心は
鉄幹との旅を追体験していたのです。

時に傷つけ合い いくつもの
夫婦の危機に見舞われた 晶子と鉄幹。

それでも晶子は こう言うのです。

「喜びも悲しみも
あなたがいてこそ。

それだけは
疑いのないことなのです」。

♬~


関連記事