TVシンポジウム「認知症とともに生きる 当事者に寄り添う医療とケア」誰もが認知症になりうる超高齢社会…


出典:『TVシンポジウム「認知症とともに生きる 当事者に寄り添う医療とケア」』の番組情報(EPGから引用)


TVシンポジウム「認知症とともに生きる 当事者に寄り添う医療とケア」[字]


誰もが認知症になりうる超高齢社会。介護のあり方が問われるようになってきた。中でも重要とされるのが認知症の当事者の思いにあわせた医療とケア。最新の取り組みを紹介。


詳細情報

番組内容

超高齢社会を迎え、誰もが認知症になりうる時代。認知症と診断された後も自分らしく暮らしを続けるためには、医療だけでなく“ケア(介護保険サービス)”が欠かせない。実際、多くの認知症高齢者が、デイサービスや入所型の施設を利用している。今回はそうした認知症ケアに求められるものは何なのか考える。仕事とつながるデイサービスや認知症の人の思いに応えるケアなど最新の取り組みを紹介しながら、語り合う。

出演者

東京都健康長寿医療センター研究部長…粟田主一,豊島長崎クリニック院長…高﨑亮,小野寺朗,小野寺由美子,DAYS BLG!はちおうじ代表…守谷卓也,社会福祉法人ジェイエー長野会教育顧問…櫻井記子 ほか


『TVシンポジウム「認知症とともに生きる 当事者に寄り添う医療とケア」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

TVシンポジウム「認知症とともに生きる 当事者に寄り添う医療と
  1. 認知症
  2. 本人
  3. ケア
  4. 施設
  5. 自分
  6. 言葉
  7. 綾子
  8. 小野寺
  9. 症状
  10. 家族
  11. 仕事
  12. 医療
  13. 進行
  14. スタッフ
  15. 高崎
  16. 大事
  17. BLG
  18. 地域
  19. 理解
  20. 櫻井


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♬~

高齢化が進み
誰もが認知症になりうる時代。

(医師)痰がらみ どうですか?
大丈夫そう?

今 その医療とケアが
大きく変わろうとしています。

認知症の専門知識を持った医師が
本人・家族のもとを訪れる「在宅医療」。

暮らしの状態に合わせて症状を緩和する
新たな取り組みが始まりました。

また ケアの現場では 新しい
デイサービスの形も生まれています。

洗車 はいはい。

支援を受けるのではなく
「仕事ができる」といった

社会との関わりを持ち続けられる施設が
出てきました。

そうした医療やケアが出てきた一方で
課題も浮き彫りになってきました。

認知症が進行する中
言葉で伝えにくくなった本人の思いを

どう理解し 実現していくのか
模索が続いています。

認知症とともに生きる。

症状が進行する中で
医療やケアにできることは何なのか

様々な取り組みを通じて
深く考えていきます。

♬~

去年11月下旬 都内で 認知症の医療と
ケアについて考える

シンポジウムが開かれました。

パネリストは 認知症の専門医で
東京都健康長寿医療センター研究所の

粟田主一さん。

同じく認知症専門医で
在宅医療も手がける

東京都認知症疾患医療センターの
高崎 亮さん。

そして 認知症の当事者として
参加したのは 小野寺 朗さん。

8年前 50歳の時に
レビー小体型認知症と診断されました。

もの忘れに加え 見えないものが見える
「幻視」の症状に悩まされる小野寺さん。

こまめにメモを取るなど
様々な工夫をしながら

現在も郵便局員として働いています。

今回 日々の暮らしをサポートする
妻の由美子さんと共に登壇しました。

さあ 認知症 かつてはですね
「認知症になると何も分からない」。

そして「治すことができない」
というふうに言われました。

もう その時代は去ってですね

今は「認知症でも できることは
たくさんある」という

当事者の発信が相次いでおります。

まさに 認知症とともに生きる時代を
迎えております。

さあ そのためには
一体どんなことが必要なのか

そして現在
どんな取り組みがされているのかを

今日は たっぷりとお伝えしようと
思っております。

まずは このフォーラム 認知症の本人の
お話から伺うことにいたします。

今の暮らしについてお伺いしたいんですが
今も働いていらっしゃる?

はい そうですね。
周りの支援を受けて毎日働いております。

認知症になってですね いろいろ
大変なこともあるかと思いますけれども。

日付とか曜日とか
日時の感覚が全くなくなると

カレンダーに書いても
その先が見えないんで

このボードと同じで 1枚の自分の
予定表が こんな感じなんですよ。

これ 小野寺さんが工夫して編み出した?
(小野寺)はい。

こういうことやると 今の郵便局で
働くことは続けられるという。

そうですね あと 自分は
こういう病気ですからっていうことを

オープンにして
まあ 細かい指示をしてもらったり

いつまで期限が必要だとか
そういうことを してもらったり。

周りにオープンにして 周りに ちゃんと
手助けして下さいっていうことも

いつも言っているわけですね?
はい。 そうしないと

自分自身
何も できなくなっちゃいますから。

そうですか。 由美子さん どうですか?
そうやって いつもこう 頑張っている

いろいろ 皆さんの手助けを得て
頑張ってる朗さん

どんなふうに ご覧になってますか?
そうですね

ほんと 仕事が続けられてるっていうのは
職場の皆さんの 職場の理解だったり

皆さんの
そういう協力があってのことなので

すごく ありがたいなと思っております。

50歳という若さで認知症と診断された時の
思いはどうでしたか?

そうですね すごいショックでしたね。
先生からは病名だけは告げられても

その先の生活 どうやって生活したり
仕事していけばいいんだよという

そういうアドバイスも
なかったものですから

不安だけが襲いかかってきましたね。

レビー小体型認知症という認知症は

小野寺さん どんなふうに
捉えていらっしゃいますか?

そうですね まだ認知症っていうと
アルツハイマーが有名で

レビー小体っていうと
例えば幻視とか手の震えとか。

幻視 見えないものが自分には
見えてしまうってことは起こりますか?

起こります。 見えないものというか
見えてるものが違うものに見えてしまう。

例えば そこに置いてある布とか
床の模様とかが

例えば 自分に襲いかかってくる
何か違うものに見えたり

猫に見えたり 虫に見えたり

そこでパニックになってしまうってことが
よくあるんですね。

そういう対応は
ご自分で どうなさっていますか?

気をいったん 他のとこに持ってって
もう一回見ると

冷静になって見ると 見えなくなる
っていうことを言ってたので

それを実践するようにしています。
これ 粟田さんね

私 認知症のご本人が
このレビー小体型っていう自分の症状を

こんなふうに語るっていうのは
初めてなんですが

粟田さん
どんなふうにお聞きになりました?

今 小野寺さんのお話は ほんとに正確に
レビー小体型認知症のですね

症状の説明されてましたね。
小野寺さんは自分の暮らしの中で

自分の認知症の症状っていうものを
理解して対応なさっていると。

これはもう 大きな時代の変化を
感じたような気がいたしますね。

認知症観の変化 医療の側面から
どんなふうに捉えていらっしゃいますか?

医療っていうのは やっぱり医学を

医療サービスを
提供するっていうのが目標なので

何といっても その病気のことをですね
よく評価をして

必要な医学的なアプローチ
治療とかですね

要望っていうことを
考えようっていうことで

ずっと医療が進んできてるわけで

これはこれでですね
とっても大事なことだと思います。

ただですね それだけでは 認知症とともに
生きていくことはできない。

認知症の この全体像をですね
よく理解していくっていうことが大事で

認知症の人が直面する
変化っていうのですね

全体的によく理解しているっていうことが
医学的にはですね 脳の変化

何らかの脳の病的変化があって
そして 認知機能が障害されて

日々の生活に支障が現れる。
例えば 身体の変化ではですね

それこそ お薬ちゃんと
飲めなくなったり

医療機関に
うまく行けなくなったりして

そして精神的にもですね
そういう状況に置かれれば

誰でも不安になるし

それから社会的に
孤立をしたりとかですね

あるいは必要な制度に
つながらなければですね

経済的な問題が起こってきたり
いろんなことが起こってくる。

こういったことが複雑化しないように

支援していくっていうことが
とっても大事だろうと。

もう一人 医療のお立場から
おいで頂いております。

高崎さん
どんなふうに ご覧になりますか?

そうですね。 やっぱり
この6つのね 問題が

崩れてきて こんがらがってしまう。
そういう中で私たちが呼ばれて

在宅医療
始まることが多いんですけれども

例えば まあ 家にいるのに
帰りたいって言って

徘徊してる方だったら 社会的な状況
精神的な状況を よく把握して

ただ 医者も
外来だけでは分かりませんから

それはもうソーシャルワーカーさんとか
地域の他職種で連携して

どういう問題が
それぞれ人によって違いますから

こんがらがった状況を みんなで課題を
「ここに問題があるね」って言って

それで一つ一つ
ゆっくり解決していくことが

解決に つながることになります。

まさに そのことに向き合っているのが
高崎さんの活動であります。

映像をご覧頂きながら
また話し合ってまいります。

ゆっくりでいいよ。
ゆっくりでいいよ。

練馬区に住む 佐藤和夫さん 87歳です。

6年前に妻を亡くしたあと
レビー小体型認知症と診断されました。

同居している一人娘の典子さんが
身の周りの世話を続けています。

和夫さんの症状の一つが
「パーキンソン症状」です。

歩幅が小さくなり
伝い歩きで歩くのが やっと。

夜中に起きて歩き回り
転んでしまうこともあるため

典子さんにとっては
気が気ではありません。

「幻視」と呼ばれる症状もあります。

目の前には実際にいないはずの
子供や虫などが見えてしまうほか

時には 亡くなったはずの
妻が見えたりすることで

混乱してしまうことが
度々 起きてきました。

こうした症状を悪化させた出来事が
3年前にありました。

薬の調整のために入院したのが
始まりでした。

パーキンソン症状が進んでいたため
薬を変え 改善するのが目的でしたが

環境が変わったことで
和夫さんは激しく混乱。

つじつまの合わないことを口走ったり
大声を出したりといった

「せん妄」の症状が現れました。

2週間の入院から自宅に戻ったあとも
和夫さんは夜中に外に出ようとするなど

混乱した状態は収まらなかったと
いいます。

先の見えない日々を過ごした
和夫さんと典子さん。

しかし 転機が訪れました。
東京都が設置している

地域連携型認知症疾患医療センターの
存在を知ったのです。

認知症の専門的な治療に加え
様々な合併症に対応するもので

この地域では 在宅診療チームも
関わっています。

失礼します。

新たに治療にあたった 高崎医師です。

精神科や内科 整形外科など
幅広い分野を専門としています。

和夫さんは 認知症の他にも
前立腺がんや肺気腫を患い

様々な治療を受けていました。

実は レビー小体型認知症は
薬に過敏に反応する特徴があるため

薬物の調整は十分気をつけて行う
必要があります。

そこで 高崎医師は 日々の暮らしの様子を
丹念に聞きながら

薬の調整をすることにしました。

最も注意したのが
パーキンソン症状の薬のバランスです。

増やすと 歩きやすさは改善しますが
幻視や不穏の症状が現れます。

減らすと その症状は和らぎますが
体が動きにくくなってしまいます。

自由に動きたい本人の思いと
穏やかでいてほしいという家族の願い。

それぞれを聞きながら
最適なバランスを探っていったのです。

こうした やり取りを重ねる中
症状は徐々に改善。

落ち着きを取り戻していきました。

高崎医師は…

自宅への訪問診療では 介護している
典子さんとの会話が中心になりがち。

デイサービス施設では 和夫さんは
気兼ねなく話すことができるようです。

だいぶ待ちました?
全然 そうでもない。

(高崎)大福。 甘い物が好きなんだ。

ああ そういう物が食べたいのね。

ケンカになると?
うん。 「あ~!」って。

数日後。 朝食の食卓に
いつものヨーグルトに加え

4分の1にした まんじゅうが並びました。

暮らしの中での こまやかな薬の調整と

本人 家族の話を
じっくりと聞く医療で

和夫さんと典子さんは ようやく穏やかな
暮らしを 取り戻しつつあります。

小野寺 朗さん どんなふうに
ご覧になりましたか?

そうですね よくいろんなところで
言われるんですけど

介護してる人が疲弊してしまうと
最終的には 当事者に返ってきちゃう。

このケースは
うまく高崎先生という人が入って

当事者と家族のガス抜きが うまくされて
大爆発しないで済んでるんだなって

うちと同じだなと思ってました。
そうですか。 うちと同じだと。

高崎さんのクリニックは 東京都指定の
地域連携型認知症疾患医療センターと。

こういった仕組みというのは 高崎さん
どういったものなんですか?

今ですね 東京都内で
認知症疾患医療センター自体は

52か所あるんですけれども

目的としては 専門医療を行うというのは
もちろんなんですが

もう一つはやっぱり 地域の多職種連携
っていうのを しっかり行って

認知症を治療
それから 支援を行っていこうと。

まず あれですね 高崎さん入っていって
薬の調整をなさいました。

これ いわゆる 病院なんかの調整と
ちょっと違う

地域連携型ならではっていうのは
どういったところですか?

まずは 何をのんでるか

いろんな先生のところから
のんでたりしますので

それを確認して

しかも 本当にのんでるか
2個のんでないか どうのんでるか

家族は のませられるか
そういったところまで チェックします。

今回の場合は せん妄とか徘徊なんか
起きてる理由が 薬によるものだったら

それは ちょっと減らしていくとか

全体に整理することが
在宅の場合は多いですね。

地域連携型って まあこれ
東京都ならではのことなんですけど

粟田さん こういった形のね
お薬の調整だけではなくって

暮らしの中を支える医療ってものは

もっと展開されていいかなって
気はするんですけど いかがですか。

そうですね 東京都で 高崎先生のところは
連携型認知症疾患医療センターということで

こういう活動をされておりますが

今ですね 在宅医療の中でですね

こういうことを
ちゃんと やろうということが

医師会中心になってですね
動き始めてるということございますので

今 在宅医療をやってる先生方も

高崎先生のように ちゃんと
認知症のことも しっかり理解しながら

在宅医療を増やしていこうと
そういう動きはございます。

ただ まだまだ足りないですよね。
そういう問題はあるんです。

こういった医療につながるためには

そういう情報は
どこで得ることができるんですか?

例えば 地域包括支援センターなどでも
そういう情報を持っておりますし

それから認知症疾患医療センターは
そういう情報を持っておりますので

診断した所で 在宅医療ができる

ちゃんとした医療機関に
つなぐってこともできます。

もう一つの側面
この在宅での高崎さんの取り組みは

家族との関係みたいなものを どうやって
解きほぐすのかっていうところに

とても力があったと思うんですけど

由美子さん どんなふうに あの親子の
関係は ご覧になりましたですか?

そうですね やっぱり本人は本人

家族は家族の立場で
聞いてくれるっていうことが

大事なのかなって思いますよね。

やっぱお互い 思い合うところがあって
本音を言えない部分っていうのが

多少なりとも どんな夫婦でも 家族でも
親子関係でもあるのかなと思いますね。

いろんな困りごとを発散するだけでも

私なんかは相談すると
それで解決じゃないけど

少し自分の中でも整理がついていく
助言をもらったり

そういう時間も やっぱり家族支援の
一つの在り方だと思いますね。

認知症とともに生きる時代である
というふうに申し上げました。

その新しい時代の扉は 開くのかどうか。

もう一つはですね 認知症の人には

ある意味で
人によって変化はあるにしても

進行ということがあります。

小野寺さん あのね 今元気に自分なりに
働いていらっしゃいますけれども

将来 定年ということもあります。

その後 例えば 在宅だけではなくって

施設ということも
考えることはありますか?

そうですね なるべく私自身
家で過ごしたいと思っているので

本来というか 施設の介護は
なるべく受けたくないなというのが

正直な気持ちなんです。

施設で何をしたいのかって言われても
思いつかないですし

すいません こういう言い方したら
やってる方 失礼かもしれないですけど

幼稚園みたいな感じ。

朝迎えに来て みんなで歌うたって
パズルやって 体操して

また迎えに来てもらって 家に帰る
っていうイメージに捉えてるんですね。

ですから なるべく家にいたいなと
思ってしまうんですね。

ここからは 「認知症のケア」について
考えていきます。

新たに2人のパネリストが加わりました。

仕事が行えるデイサービスを実践する…

そして 特別養護老人ホームで
認知症当事者の声に耳を傾け続ける…

「DAYS BLG!」というのは ちょっと
聞き慣れない名前かもしれませんけれど

守谷さん これは 今までの いわゆる
ケアの枠組みを大きく転換したという

次世代型デイサービスということで
注目を浴びています。

どんな取り組みなんでしょうか。

BLGに集まる方たちは
「介護されるだけの生活は嫌だよ」と

「まだ自分たちは 社会の役に立ちたいし
働きたい 何かしたいな」という

そんな思いの方たちが
集まってる所です。

皆さんのその思いを 実現するという
形にするということを大切に

日々 活動してます。

今までの認知症ケアとは
どう違うんです?

今まではですね
一方通行のケアっていうんですかね

利用者さんと介護者という
線引きがされてたんですけども

私たちは そこに集まるみんなが対等で
平行な関係なんですけども

そこに集まる人 一人一人が
メンバーというふうに呼んでますし

私も1メンバーとして 一緒に
共に活動をする所でもあります。

どんな取り組みをしてるんでしょうか。

映像をご覧頂きながら
また話し合ってまいります。

ここは 認知症の人が共に働くことが
できる施設となっています。

ここで重視しているのは…

あらかじめ いくつかの仕事が用意され

その日 やりたいことを
選ぶことができます。

7年前に認知症と診断された この女性は
この日 ポスティングの仕事を選びました。

一点の曇りもない。
あ~ いいですね~。

ほんとですね 爽やか。

そうそうそうそうそう。

時にはポストの位置が
分からなくなるという この女性。

しかし ちょっとしたサポートがあれば
仕事は続けられます。

やりたいことが選べる自由さにひかれ

現在 多くの認知症当事者が
ここを利用しています。

選択する自由がある一方で

施設では 新たな課題も
持ち上がってきました。

それは 認知症の進行と
どう向き合うかです。

代表の守谷卓也さんが
気にかけているのが

西山賢三さん 73歳です。

実は この施設を
立ち上げる きっかけとなったのが

西山さんとの出会いでした。

大手ガス会社を定年退職した 西山さん。

通っていたデイサービスの
決められたメニューでは

やりたいことができない
ストレスに悩み

通う日になると
激しい頭痛を起こしていたといいます。

その様子を見ていたのが
同じ施設で働いていた 守谷さんでした。

西山さんの働きたいという思いを
かなえたいと

自ら施設を立ち上げる決意をしたのです。

この施設に通うようになって2年半。
西山さんに変化が現れました。

認知症が進行し 自分でやりたいことを
決めるのが 難しくなってきたのです。

この日 やりたい仕事を決める
ミーティングでも…。

洗車場に到着しても…。

一緒に働く仲間の中でも
認知症の進行は それぞれに違います。

その中で 西山さんは働くことに

戸惑いを感じているように
見受けられました。

西山さんは現在 DAYS BLGの利用を
週4回から1回に減らしました。

共に暮らす妻の佳美さんも

家での向き合い方が
難しくなってきました。

佳美さんは最近 主治医から

入所できる施設の利用を勧められました。

夫にとって どんなケアがいいのか
悩んでいます。

どんなふうにご覧になったでしょうか。

まず 新しい取り組み デイサービスの形の
DAYS BLGの取り組みというのを

どう見るかという点。

もう一つはですね
進行していく その人が

ほんとに ここにマッチングしてるのか
どうかって揺れ動く取り組み。

この2つの側面から まずは
そのBLGですけれども

守谷さん いろいろまず やりたいことを
選んでもらって

それぞれが働くという形になってる。

これの意味合いは 守谷さん
どんなふうに捉えていますか?

あの… 働くだけでなく そこには
遊ぶということも入ってるんですけども

私たちも ふだん生活する中で

選択することって
連続であると思うんですね。

だけども
福祉のフィルターを通した瞬間に

普通か 普通でなくなってしまうって
いうんですかね。

利用者になると 何だろう
全てその 用意されたことをしていく。

食べて… 食べ物も
お昼ご飯もそうなんですけど

全てその 一方的にされるというふうに
なりがちなので

それはちょっと
おかしいんじゃないかなっていう。

どうして その 介護保険を申請して
利用者になった途端に

そうやって自分の自由がなくなってしまう
ということは おかしいので

それで 全てのことに対して
皆さんに選んで頂くということを

してもらってます。

実際に報酬も もらってる?
そうですね。

それがその 皆さん言うんですけども
金額どうこうでなく

やはり その
対価を得られるっていうことは

社会とつながりを感じる
瞬間であるわけで

そのお給料をもらって 皆さん
ご自宅に帰るわけなんですけども

そこで その奥さんにですね
給料もらったぞと

そこで 自宅での居場所ができたりとか

あと そのご夫婦の会話が
変わったりとかっていうのがあるので

いろんな効果があるのかなと思いますね。

とはいっても
もう一つの課題も見えてきた。

どうも最近 進行したということもあって
楽しめていないんじゃないか。

これは どういうふうに捉えていますか?

今までと比べると
寂しい表情を浮かべたりとか

そこになじめない西山さんが
いたりするので

そこがすごく 今は気になってますね。

BLGもマッチングしなかったら

その先の行き場というものが なかなか
見つからないってこともありますか?

実際 今 そこが
課題になっていることでありまして

それは いろんな方たちから
BLGの次は…

BLGの次に移行する時というのは
どういう時ですか?という

そういった質問が多くなってますので。

だからこそ BLGが地域の起点となって
社会を少しでも変えようという

そのために 子どもたちをきっかけに
地域をつくろうとか

そういった こう 取り組みは行ってます。

率直に伺えば 地域がこうして動いて
くれていないって感じがありませんか?

はい まだまだ あの…
ひと事のような感じで見られてますね。

小野寺さんにとっては どんな取り組み
だというふうに受け止めましたか?

いろんな施設の選択肢の一つとして
いいと思うんですね。

こういうものもある こういうものも
ここ 行けるよ。

行けなくなったら ここに行けるよ。

今 私自身が
毎日 仕事に行ってる立場なんですけど

今 やれる仕事があって
できるかぎりは続けていたいんですけど

ただ これから介護度が変わって
車いすになったり

着替えが1人でできなくなったり
迷うようになったら

それはもう
仕事ができないということですから

もう 自分の状態に合わせて
社会とつながりを持ちながら

間違えてもいい自分の空間で
暮らしていけたらいいなと思うんです。

で さっきビデオを見て
思ったんですけど

あの 選択肢が
たくさんあるっていうのも

こっち ちょっと
困ってしまうこともあるんですね。

あの… 私 毎日
同じ仕事してるからいいんですけど

今日 何やる 今日 何やる
毎日 内容が変わると

それ自体が混乱になってしまうのかも
しれないですね。

その場 その場のスタッフ
変わってしまったりするし。

守谷さん 今の小野寺さんの話は
どんなふうに聞きましたか?

気がつかなかった点でもあるのかなと
思うんですけども

介護保険のサービスの
事業所なんですけども

介護するとか されるっていうのも
ないところもあっていいと思うので

今 小野寺さんが 誰がスタッフで
誰が利用者っていうところも

みんな一緒だよということも
当たり前になると

そういう不安も なくなってほしいな
っていう思いなんですけども。

はい。 さあ いかがでしょうか。

進行する認知症の人に
どう向き合っていくのか。

それにマッチングする
サービスというのはあるのか。

一つの答えに進むんではなくて

いろいろな考え方を互いに共有しながら
ここまでまいりました。

もう一つの大きな課題です。

それは 更に進行した時。
取り組んでいるのが

今日 ご登壇の櫻井記子さんです。

どんな取り組みなのか ご覧頂きましょう。

長野県上田市にある…

様々な理由で
自宅での生活が難しくなった

要介護3以上の人が暮らしており

認知症が進んで 意思表示が
うまくできない人も少なくありません。

それでも この施設では…

…ということを大切にしています。

その一つが 最期をどのように
過ごしたいかを直接聞くことです。

入居3年目。 アルツハイマー型認知症の
95歳の女性です。

分かりやすいように
3つの選択肢を示します。

…の3つです。

更に 最期の時を
どこで過ごしたいかも尋ねます。

…の3つです。

本人の声を聴くという取り組みは
日々の暮らしの中でも行っています。

しかし そうしたことが
難しいこともあります。

何がわからない?

渡邉さんの…。
えっ?

渡邉さんの好きなとこ…。
なに?

1か月前に ここに入所した…

入所した当初は興奮して
スタッフを何度も呼びつけ

一日中 唾を吐くという行為が続きました。

「綾子さんの心の内を知りたい」。

そう考えた介護スタッフが始めたのが
センター方式と呼ばれる方法です。

センター方式とは 本人が発した
言葉や行動をありのままに記録し

そこから本人の思いを探り
よりよいケアを実現するためのものです。

今回 介護スタッフが主に活用したのは
24時間生活変化シートと呼ばれるもの。

一日を通して
綾子さんが言った言葉や行動を

時間帯ごとに記録していきました。

これは入所当日の記録。

午後1時ごろに綾子さんが
「ちょっと来て お願い」

「お姉さん お兄さん 来てよ」
と言ったことが分かります。

介護スタッフは こうした記録を続け
スタッフ同士で何度も話し合いました。

記録の中で 介護スタッフが
特に注目した言葉がありました。

入所して5日後に言った

「おりこうさんにしてるよ」
という言葉です。

綾子さんは この言葉を
度々 口にしています。

ここにも書いてありますけど
拘束されたりっていう…

そこでスタッフは 綾子さんが
ここに入所するまでの経緯を

改めて振り返りました。

綾子さんは…

混乱や興奮が続き…

そこでも大声を出すなど混乱が続き

やむをえず 身体を拘束されていたことが
分かりました。

…いうふうに思いました。

いくら訴えても 話を聴いてもらえず
怒られるような状況が続いていたことが

「おりこうさんにしてるよ」という言葉の
背景にあるのではないか。

更に そうした状況だからこそ

唾を吐き続けるという行為も
生まれたのではないか。

スタッフは 話し合いを続けました。

ぴゃっ! とかね。

やっぱり こう 自分らしさというか…

あの ほんとの…

唾を吐く行為は 認知症の症状ではなく
綾子さんの必死の訴え。

「自分は ここにいるんだ」という
主体的な行為なのではないか。

スタッフは そう考えました。

綾子さんの言動の裏にある思いに
心を寄せたことで

スタッフの 綾子さんへの向き合い方は
おのずと変わっていきました。

単に そばに寄り添うだけではなく

綾子さんの話を聴きたいと
積極的に話しかけるようになったのです。

そうだね。
うん。

おろしたい?
ううん。

お正月ね
綾子さんと一緒にね 過ごしたいなって。

うれしいね。

それだけね 言えばね。
ねえ うん。

行くか。 アハハハハ…。

綾子さんは 次第に落ち着きを取り戻し
笑顔が増えました。

綾子さんは 料理上手だったって
えみちゃん 言ってたよ。

(笑い声)

しかし スタッフは 綾子さんの思いを

まだ 十分に理解できているわけではない
といいます。

だからこそ これからも
綾子さんの言葉に耳を傾けたい。

そう考えています。

赤色の方が やわらかそうだね。

はい。
うわ~。

うまそうだねぇ。

おお うまそうだ。
ほら。

これでも いいよね。
はい。 おいしそう。

あっ ありがとう。

いっぱいだね~。
楽しみだね~。

食べましょう。
食べましょう。

綾子さんとスタッフの暮らしは
まだ始まったばかりです。

小野寺由美子さん
どんなふうに ご覧になったですか?

そうですね 本人の声を聴くというのも
大事だと思うんですけど

あと 渡邉さんの表情が
最初の頃と 終わりの映像とでは

本人さんの表情が やっぱり
ケアする側が変わることによって

目に見えない こう 心の…
何ていうんでしょう

本人さんを知ってあげる
その心が多分 届いて

お互いが よい関係が
こう できてきたのかなっていう。

本人が ああいう表情すると
また ケアも変わってくる?

変わってくると思います。 それには
やっぱり携わる人たちだったり

夫婦だったら 本人がいて 家族がやっぱり
そういう気持ちになることによって

相乗効果が 多分 うまく。
そうですねぇ。

負ではなくて
プラスの効果があるんじゃないかなと。

小野寺 朗さんは
どんなふうにご覧になりましたか?

そうですね あの 私自身
言葉が出てこなくて

すごい もどかしい時 あるんですね。

で 会話もできない

言ったことも分かんない
という時もあって そういう時

まあ こっちの思いを
真正面から聴いてもらえるというのは

すごく心強いなと思う。

で ビデオ見てて思ったのは やっぱり
どんなに進行しても 何しても

基本的な 悲しいとか うれしいとかは
残ってるんだなって

すごく希望になりますね
私たちにとっては。

櫻井さん まずはね 冒頭のシーンで
「あなたの最期を どう過ごしますか?」。

これは なかなか
普通 ためらうところですけれども

櫻井さんのところでは 伺っている。
これは どういったことなんでしょうか?

はい。 あの あれだけ断片的に見ると
いきなり 何か乱暴に見えますけど

あの もともとですね 入所の時から
ご本人さんの思いを

先ほど センター方式でね
本人が どんなことを発して

そして どんな希望を持って ここから
暮らしたいのかというところで

ずっと歩んできてる過程で
ああいう質問がある。

まあ今回 改めて ああいうことを
きちっと聴こうと思ったのは

日々の生活の中では 聴いてるようで
本当に あの ご本人が

まあ 私どものとこは 九十数%の方が
施設で看取りがあるんですけれども

最期を どうしたいかっていうことに
つきましては

ご本人も同席されるんですけれども

でも 何となく
オブラートに包んだような形で

ご家族さんが じゃあ うちに持ち帰って
書類を書いてきて 自然にとか

まあ いろんなことをね ご家族が
判断するような結果になってたんです。

ところが
10年間の記録をたどってみますと

入所後ですね
10年間 たどってみますと

その皆さんが 様々な意思を表していた
ということが分かりました。

それで
これは 本人に聴かないと失礼だろうと。

最初から この皆さんが
判断できないだろうというふうに

見てはいけないということで

改めて あのような機会を設けて
皆さんに お聴きしました。

実は あの映像に出てない部分が
すごく重要で

この話を聴き終わってから

「こういうことは
実は 話したかったんだ」と。

「そして そのことを聴いてもらって
ありがとう」と。

「また いつでも話すよ」とかね

「来年も聴いてほしい」というような方が
おられました。

皆さん 何か 生き生きされて
ふだんよりも 輝いて見えましたねえ。

話したいということが 伝わってきました。

一つ センター方式という方に
いきたいと思います。

これ センター方式って 随分 以前からね
なされているんですけれども

櫻井さんのとこが やっています。

どういうことなのか
改めて ちょっと ご説明頂けますか?

(櫻井)まずは 本人をよく知るための
道具なんですね。

ご本人自身が
日頃 どんな思いで暮らしているのか

本人をしっかり見て
本人の立場に立って

よりよいケアを見つけていく。

それも
本人も家族も それからチーム全体で

今では 地域の人たちも一緒になって
よりよく暮らすための

みんなが よりよく暮らすための
そのケアの糸口を見つめていく。

一番 象徴的なのが
ここにも ありますけれども

黒丸で 「お願い こっちに来て」

「おりこうさんにしてるよ」って

ケア者の考えた
まとまった言葉ではなくて

本人の
ありのままの言葉を書くことによって

誰が見ても それが真実であって
本人そのものだっていうふうな 分かる

これが貴重な
私たちの 本人を知るための道具ですね。

ここが ケアの出発点になります。

この 「おりこうにしている」
というのをめぐって

カンファレンスというか
話し合いが行われました。

櫻井さん 実際に そこに立ち会って
どんなふうに感じました?

その言葉自身は 本人の宝物なんですね。

それが いろんな苦しい言葉であっても
うれしい言葉であっても。

それを このシートがあることによって

その事実情報を みんなで共有する
というところに意味があると思います。

櫻井さん これは ある意味でね。
(櫻井)はい。

常に ケアスタッフは
自己検証の場でありますよね。

でも 成長させる部分でもありますね。
そうですね。

もちろん あの ご本人さんのケアも

ご本人さん自身も変わってくんですけど

一番は それに関わるチーム全体が
やはり あの 学びの場というか

本人のケアを通して 本人の言葉を通して
キャッチボールしながら

私たちは どのように
共に歩んでいったらいいのかなという

そういうことを教えられていることを
思いますね。

本人を知るということは 学びの場で
あるかなというふうに思います。

高崎さん
どんなふうに ご覧になりました?

この「おりこうさんにしてるよ」という
言葉から こう。      (高崎)そうですね。

まあ やっぱり
それだけね 言うということも

施設に 何とか合わせようとしているし
それがまた 苦労しているんだろうし。

本人も 逆に言えば おうちに帰ってね

自由なことをしたいという思いも
あるんだろうし。

ほんとは
施設で それができればいいと思うし

まあ ゆっくり それを話 聴いてみると
それを聴くだけで

自分のことをね 理解してくれる人が
1人は いるということで

それと つながることはできると
思うんですね。

まあ それが更にね
まあ どんどん広がって

その地域のね 人が そういう理解
増えてくると なるべく 地域でもね

ここまで重くなってた人でも
過ごせるのかなと思いますね。

そうですね。 どんなふうに粟田さん
ご覧になったですか?

私は あの~ この映像を見てね
最初に思った言葉がですね

「パーソン センタード ケア」
という言葉であって

ひと言で言うと
ただ一回限りの人生をですね

その人の ただ一回限りの人生を
大切にしようというですね

まあ 文化であろうというふうに思います。

で この櫻井さんのとこのね
あそこの施設では

ただ一回限りの人生を大切にしよう
というですね そういうことが

スタッフ全体にね あるんだなと。
そういう文化になってるんだなと。

ある時にね こう 本人の声を聴くとか
丁寧に接するとか

そういうことじゃなくって

施設として 組織として そういう文化がね
あるんだなというところが

私は とっても大事だなと。

それから そういうふうに
その人の ただ一回限りの人生を

大事にしようっていう文化っていうのは

認知症とともに生きてる
本人もそうだけど

実は スタッフ 一人一人もですね
大事にされてる。

ただ一回限りの人生を大事にされてる
という そういうことがないと

そういう文化は
あの 出てこないわけですけども

そういうことがある環境の中で

まあ 認知症とともに生きてる人が
暮らせるっていうのがですね

これが 恐らく
認知症の有無にかかわらずですね

まあ 希望を持って暮らせる環境の
大事なところなんだろうな。

私は大変 あの 感動をもってですね
見させて頂きました。

さあ 皆さんは このフォーラムを
どんなふうにお伺いしたでしょうか。

最後に 小野寺 朗さん お願いします。

こっちの思いを まあ どんな…
まあ さっきも言ったように

どんな病気であれ 当事者の思いを
聴いてくれる存在というのは

すごく安心できると思います。

周りの人が勝手に 「こうだろう」
「このはずだ」と

判断されたら 困りますし

当事者の行動などを見て

時間をかけて
耳を傾けて頂ければと思います。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

(拍手)

どうも ありがとうございました。

♬~


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