徹子の部屋 高嶋政伸~高島家の初孫に亡き父は…~ 初孫と対面し嬉しそうな父・忠夫さんの写真を公開。そして…


出典:『徹子の部屋 高嶋政伸~高島家の初孫に亡き父は…~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 高嶋政伸[字]


~高島家の初孫に亡き父は…~高嶋政伸さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

6年ぶりとなる出演で、結婚し子どもが誕生した事を報告!近年、悪役や個性的な役柄で定評を得ている、俳優・高嶋政伸さんがゲスト。今日は、昨年6月に他界した父・高島忠夫さんへの想いを語る。

◇番組内容

50歳でパパになった政伸さん。初孫と対面し嬉しそうな父・忠夫さんの写真を公開。そして亡くなる数日前、政伸さん家族と過ごしていた父の様子も明かす。また、今改めて父の偉大さを再認識し、自身の息子にも伝えたい父の姿があるという。子供が生まれてから「詩」を書くようになった政伸さん。中には、父亡き後ふいに思い出した“父の歌”について綴られた一編が。その歌に込められた父の気持ちに想いを馳せた時、考えた事とは…

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/


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徹子の部屋 高嶋政伸~高島家の初孫に亡き父は…~ 初孫と対面し
  1. 本当
  2. 父親
  3. 帽子
  4. 息子
  5. お父様
  6. 可愛
  7. ピー
  8. お父さん
  9. ママ
  10. 芸能界
  11. ミュージカル
  12. 自分
  13. イエーイ
  14. シャポー
  15. ドア
  16. 気持
  17. 高島忠夫
  18. 歳年下
  19. 人間
  20. 素敵


『徹子の部屋 高嶋政伸~高島家の初孫に亡き父は…~』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(黒柳)なんと貴重な赤ちゃんです。

生まれたばっかりの赤ちゃんです。

87歳で 待望のお孫さんと

対面なさった 高島忠夫さん。

この赤ちゃんのパパが
高嶋政伸さん 今日のお客様です。

はい。
おめでとうございました。

ありがとうございます。
よろしくお願いします。

めでたく よくね 生まれましたね。
3年前ですって?

えーっと そうですね。
今が2歳5カ月ですので。

ああ そうでしたね。

でも お喜びだったでしょ?
お父様。

喜んでくれましたね 本当に。

「この子は大スターになる」って
言って。

最初に連れていった時に。
そう。 当たってるんじゃない?

いやあ どうですかね?

でも まあ 本当に あれですよね

考えてみたら あなた 何歳で…
お生みになったんでしたっけ?

えーっと… 50ですね。
うん。

その子が二十歳になる時は70。
まあ でもね…。

生きてるかなと思って
僕も 本当に。

そんな事ないです 大丈夫。
大丈夫ですかね?

でも 5年前に
14歳年下のお医者様と…。

15歳という事で。
あっ 15歳?

それは失礼…!
うちの妻から そこは ちゃんと

14歳じゃなくて 15歳年下なんだ
っていう事を…。

15歳年下の。
…よく言われておりまして。

15歳年下の。
寿美花代さんは 孫の代わりに…

なかなか できなかったんで
ピーちゃんっていって

可愛い子を飼っていらっしゃる。

『徹子の部屋』に
7年前に おいでになった時に

寿美花代さん…
ちょっと ご覧ください。

「ピーちゃんが ある日

飛べるのかどうかと
思ってたら

飛んでっちゃったんですって?
どこかに」

(寿美)「10日間ぐらいしたら
警察から電話があって

“お宅
ピーちゃんっている?"」

「“はい はい はい!"」

「それで “どこそこにいましたよ"
“うわー! うれしい!"」

「“どこですか…?" それで行って
泣いた 泣いた! ピーちゃん…」

「ごはん持っていきましたよ
ピーちゃん 迎えに」

「で おうちに帰ってきたら
うれしかった?」

「うれしかった!
もう ピーちゃん帰ってきて…」

「今でもね ママだけはね
“ママ ママ"って言うのね」

「あなたの事を?」
「だから もう 孫はいらん」

「孫はいらない?
もう ピーちゃんでいい?」

「ピーちゃんで もう…」
「“ママ"って言うから?」

「うん」
「可愛いね」

面白い お母様ね。

このあとで
まあ 生まれたわけだけど

孫に お会いになった時
お母様は どんな…?

いやあ なんか 涙 流して
喜んでくれましたね。

そうなの?
はい。

つい最近も… どのくらい前かな?
2週間も経ってないですね。

連れてって…
喜んでましたね なんか。

可愛がって?
お年玉くれました。

あっ そう? お正月だもんね。
はい。

男の子?
はい 男の子です。

あなたのうちは初めての… 孫。
そうですね。 初孫に…。

初孫になりますよね。
なりますね。

お父様の反応は どうでした?
…は もう大喜びで。

そうですね やっぱり なんか

父親としては
芸能界に入れたいって

恐ろしく早い判断を
してましたけどね。

なんで? それ…。
会わせた瞬間に

「この子は絶対
芸能界に入れたい」っていう…。

「いやいや 待ってくれよ」
っていう。

僕としては 役者って やっぱり

不安定じゃないですか すごい。
そうそうそう…。

仕事 ある時はあるけど
ない時はないしっていう。

だから まあ ちょっと…。

まあ あとは もう
息子のね 気持ち次第ですから。

それは もちろん そうですよね。

まだ そんな…
赤ん坊なんだからね。

そう そう… 今から考えてもね
しょうがないですから 本当に。

でも そういう
ちゃんと見届けて…

男の孫ができたのを見届けて

お父様は 去年の6月ですか?
高島忠夫さん。

まあ 大往生って言って
いいんじゃないでしょうかね

本当に。
でも 随分 それまでに

いろんな病気
なすったりしたんですってね。

あんまり 何も
おっしゃってはいなかったけどね。

いろんな病気が
次から次にきたんですけど

でも やっぱり 元気になって…。

元気な時は また こうね 楽しく

いつもの父親の笑顔で
ワイワイ ワイワイしたりとか。

そうなの? ええ。

ちょうど
だから 亡くなる…

えっと
2日前なんですよね。

うちの息子と妻を
連れていったら

うちの息子がですね

父親の古いギターを
勝手に持ってきて

父親がいる前で

ギターを ジャラン ジャラン ジャランって
やったんですよ。

小さい子が?
うちの息子が。

そしたら 父親が
小さく「イエーイ」って言って。

「イエーイ」って?
はい それ 動画で撮ったんですよ。

「イエーイ」ってきたんで
ガッと父親の方にパンしたら

父親が こうやって
手たたいた この瞬間が映ってて。

だから 亡くなる2日前は
しっかりしてたんですよね。

「イエーイ」も言うし
手もたたいて喜んでくれたんで。

うれしかったですね なんか。
よかったですよね。

それは おめでたい事でしたよね。

ええ 本当に。
そうですか。

まあ お母様が お父様の事は
看取ったそうですけれども

なんか 眠るように
旅立っていらしたって?

そうです。 本当に眠るように
穏やかに 亡くなりましたね。

まあ 高島忠夫さんは

本当に いろんな事
なさった方ですものね。

そうですね。

だって
映画俳優もそうだけども

歌が歌えるって事になって
ミュージカルにね…。

『マイ・フェア・レディ』でも
なんでも。

ああいう すごい大きな
グランドミュージカルの主役を

何本も何本もなさって。
そうですね。

それから 映画の説明もなさって。
そうですね。

それから お料理なさって。
はい。

あの… アカデミー賞なんかの
司会なんかもね

させていただいたりとか
そうそう そうそう。

『アメリカ横断ウルトラクイズ』
とかですね…。

ところで
あなたの子どもは可愛い?

やっぱり可愛いですね。 最近
もう 言葉を言うようになって。

どんな事 言うの?
いや あの…

僕は 「お父さん」って
呼ばせてるんですよ。

妻は 「ママ」って呼ばせてる。
なぜか…。

可愛い 可愛い!
これ 家の近くの…。

あなたと歩いてるの?
はい。 公園 歩いてるんですけど。

僕の事は「お父さん」って呼ばせて。

これ ディズニーランドに。
可愛いね。

僕も30年以上… どのくらいかな?

もう何十年ぶりに
行ったんですけど

楽しかったですね。
ディズニーランド?

ディズニーランド むっちゃくちゃ
楽しかったですね 本当に。

この子は2歳半?
この時が2歳…。

これがね 河口湖に
家族で行った時ですね。

「お父さん」って
呼ばせてるんですけど

ある時 急に
「とうたん とうたん…」って

言ってくれるように
なったんですよ。

ああ 言ってくれたと思って
感動してたら

「とうたん とうたん とうたん
とうたん とうたん…」って

随分 長く 「とうたん とうたん」
言うんですよ。

なんでかな? と思ったら
ゾウさんのぬいぐるみ持ってて。

「とうたん」って
「ゾウさん」だったんですよね。

ハハハハ…! そうだったの。

それから また だいぶ…
半年ぐらい経ってかな?

やっと「お父さん」って
言うようになってくれて。

「お父さん」って言ったの?
今は はい 「お父さん」って。

それも また 可愛いわね。
そうですね。

僕が ちっちゃい頃
「パパ」「ママ」って言ってたんで。

なんかね 30 40 50になって

「パパ」「ママ」って言うのも
どんなもんかなと思ったんで。

これは あなたですよね?
そうです。

ほとんど同じなんだって?
あなたの子ども 顔が。

まあ そうですね…。

でも やっぱり
うちの妻に似てるところもあるし

ふとした瞬間 やっぱり
僕の顔にも似てたり妻に似てたり。

あと父親に似てたりとか…。
あっ そうなの? ええ。

お兄ちゃんと一緒の時。
そうですね。

ちっちゃい頃は
うちの父親が

『ごちそうさま』という
料理番組をやってて

月に2週間以上
まあ ロケで

日本列島を ずっと
回ってたんですよ。

で ずっと
4人で汽車に乗って…。

一緒に?
はい。

回ってて。
僕 小学校

半分しか
出てないんですよ。

あなた? すごいわね。
それで ずっと

旅に行ってたもんですから はい。

でも そうやって勉強していくのも
勉強ですからね

本当の事 言うとね。
そうでしょうね。

いろんな方とお会いしたりとか。

でも お父さんになって あなた
何か変わったとこ あります?

いやあ なんか…
ちゃんとしなきゃいけないなって

思うようになりましたね
なんか…。

なんか 不思議な言い方ですけど。
じゃあ 前まで

ちゃんとしてなかったのか
っていうと

そういう事じゃないんですけど。
そうね うん。

以前は 台本をいただいて
これ いいな やりたいなっつって

稽古して 芝居して
終わったっつって。

それで終わったら
酒 カーッと かっ食らって…。

そんな感じだったんですけど
なんか…

子どもできると やっぱりね

できれば 一人前の人間として
育ててあげたいなって。

まあ 半人前の僕が言うのも
なんなんですけれども。

そういう思いもあって。

なんか やっぱり
ちゃんとしなきゃなと思って。

最近 なんか 本当 外に飲みにいく
なんていうのは もうゼロですね。

本当? すぐ…
真っすぐ うちに帰っちゃう?

やっぱり 帰りますね。
妻一人に任せておくと

やっぱり 子育てって
大変じゃないですか 本当に。

だから できる限りの事は…。

…っつっても やっぱり
妻に おんぶに抱っこですけど

やってますね
子どもを お風呂入れたりとか。

そりゃそうですよ 大変…。
寝かしつけたりとか。

ただ 勉強になりますね
役者としても なんか 表情とか。

そりゃそうですよね。
はい。

本当に新鮮な毎日を 今
送らせていただいてますね。

でも その子どもを見てると

自分にも人間の心があったって
すごく思うんですって?

そうなんですよ。
やっぱり ああ…。

まあ だから
自分の命を呈してでも

守ってやりたい存在っていうのが
出てきたっていうのは

やっぱり ちょっと
今までにない感覚ですね。

だから ああ 自分にも… 僕にも
人間の心があったんだなと思って。

フフフ…。

人間である事を
再確認できましたね。

よかったですね。
はい。

奥様は 子ども育てるの上手?
いや もう もう…。

上手っていうか
よくやってくれてますよね

本当に。 今は もう だから…。

もう そろそろ 叱るっていう事を

ちゃんと やらなきゃ
いけなくなってきたんで。

あら。 でも 叱ると
どんな風な反応をするかしらね?

まあ あの…
割と僕は 気長にやる方なんで。

そう。
ドアを開けっ放しにしたりすると

「これ ちゃんと閉めなきゃ
ダメだよ」っていう。

「ドアさんが 寂しがって
泣いちゃうよ」って。

ジーッと考えてるんで

ずっと 「ドアさん 閉めないと
ダメだよ」っていう。

「ドアさん 泣いちゃうよ」って。

「えーん えーんって泣いちゃうよ」
って言うと

40分ぐらい ずっと… こうやって
カチャって閉めてくれるっていう。

大変…。
もう持久戦ですよね。

そう 気長じゃないとね。
はい。

この世の中で
一番悪い道があるとしたら

近道だと思うんですよ 僕は。
なるほど うん。

やっぱり 回り道してでもいいし
ゆっくりでもいいし

間違えてもいいし。

でも ちゃんと近道せずに

時間かけて 目的地に
たどり着けっていうのが

僕の今まで生きてきた中の
まあ なんていうんですかね…。

お父様からも そんな風に

ちょっと教わったっていうとこ
あります?

えっと 父はですね あの…。

幼い頃から見てて
すごく いいなと思ったのが

全ての方に…
年が若かろうが 年上だろうが

全ての方に敬意を払って
丁寧な言葉で接してたんですよ。

だから 若い方にも

さん付けしたりとか
してたんで。

それは 子ども心に
すごく いいなと思ったんで

息子にも
それは教えたいですね。

それは いいですよね。
お父様 そうだったのね。

はい。 もう 本当に丁寧に
接してましたね。

そんな方でしたね
お父様 穏やかでね。

はい。
で 面白くてね。

冗談おっしゃってね。
そうですね。

本当 素敵な方でしたね。

私たち 映画の俳優でいらした頃
憧れてたの あなたのお父様ね。

素敵だったもんね 背が高くてね。
あの頃 ちょっと

日本の俳優さんには珍しい
っていうタイプでしたよね。

1回 ミュージカルを

見に行った事が
あったんですけども

そこで ブロードウェーから
演出の方が来られてて。

で 楽屋行って
ちょっと会ったんですよ。

その時に 関係者の方が

「こちらの方は俳優さんで…」って
僕の事を。

で 「お父様は ミュージカル
やられてたんですよ」って。

「ああ そうなんだ!」って

そのブロードウェーの
演出家の方が言って。

「『マイ・フェア・レディ』の
ヒギンズやられて」と。

「へえ…」。

「『サウンド・オブ・ミュージック』の
トラップ大佐やって」って言ったら

「えっ…?」って言って。

「どんな すごい父親なの?」
って言って。

普通… その役と その役と…。
トラップやって 何?

ヒギンズやってって…
他にも いっぱい言ったんですよ。

「何者なんだ? 君のお父さんは」
っていう風に

ブロードウェーの人に言われて。
そうだわね。

だから 改めて
ああ 父っていうのは

やっぱり すごい人だったんだな
っていう風に思いましたね。

それで まだミュージカル
っていうものが定着してない時に

あなたのお父様がね
なさったから。

ほら 背が高くて
見場がいいじゃない?

そこで
歌なんか歌ってらしたから。

だから ミュージカルも

みんな 見ましたよね
お父様が おやりになったやつね。

お父様が
こちらに お出になってね

息子の話をしてらっしゃる
ところがありますので

高島忠夫さんが。
ちょっと ご覧ください。

「あなたは これだけは
話しておきたいという事が…」

「それはね 皆さん
うちの子どもたち

芸能界へ入って
親の後を継いで

幸せだろうと
お思いでしょうけどね

僕の気持ち…
家内は喜んでますけど

とっても喜んでますけど
僕自身は

これで 本当に
あいつら 幸せだろうか? と」

「というのは もし 僕らが
お勤め人だったら

あいつら 役者になってなくて
顔も知られてなくて

誰と遊ぼうが何しようが
なんか言われなくて気楽でしょ?」

「ですよね」
「ええ だから あいつら

遊べないし
仕事ばっかりしてて…」

「だから あいつらが死ぬまで

僕らは ミイラになるほど
長生きしてね」

「じゃあ 長生きなさりたいわけね。
すごく 長生きしたい?」

「長生きというか
もう信じられない…

200歳ぐらいまでね。
で あいつらが まあ

80か90か70か知りませんが

死ぬ寸前まで
僕はミイラで生きてて

あいつらが 死の床にいる時に
僕が すり寄っていって

“芸能人やって
今 お前 死ぬけども

本当に人生 幸せやったか?"
っていう事を聞きたいんです」

「それで “ありがとう。
父 母が芸能界にいたんで

僕らも芸能人になって
本当によかったと思う"と」

「“幸せだった"と。
だから “おかげだ"と」

「“父 母のおかげで
ありがとうございました"

って言ってね “幸せだった"
っていう事を聞きたいんです」

すごいね あんな事
おっしゃってたんだ。

どうですか?
こうやって お父様の思いは。

いやあ ありがたいですよね。

で もちろん 幸せでしたしね。
そう…。

っていうか
芸能界 入ってなかったら

自分 どうなってるのかな…
どうなってたのかなって

思いますよね。
もう 当然のように

芸能界 お入りになったの?
あなたは。

あの… まあ そうですね。

映画監督志望でしたけど

まあ そっちの道は
もう 全然ダメで。

兄貴と父親の付き人をしてる時に
まあ スカウトされて。

あっ そうなの?
はい。

「ドンピシャの役あるんだけど
どう?」って言われて

「それ お金もらえるんですか?」
って。 借金してますから。

映画作ったんで
借金しちゃったんですよ。

「お金もらえるんですか?」
って言ったらね

「いや もちろん」って言ったので
「じゃあ やります」って言って。

もう 入ってみたら 有名な方
いっぱいいらっしゃるし。

そうよね。

もう キレイな女優さんも
いらっしゃるし

弁当はおいしいし…。
フフフフ…。

なんて素晴らしい世界なんだ
って思って 楽しかったですね。

最初の1作目ぐらいまで…
2作目ぐらいまで。

そのあとは 何がきたの?
それからは…。

いわゆる それまでは
ビギナーズラックだったわけですよ。

素人だったけど スカーッと
こう 打てたんですけど

そこから なんか
「こんにちは」っていうせりふが

この「こんにちは」っていうのは
どういう…。

「こんにちは… 違うな」。
「こんにちは… 違う」。

「こんにちは… 違うな」とかね
もう 悩んじゃって。

そこから 壁が
もう 目の前に ずーっと

いまだに そうですけど
立ちはだかって。

やっぱり 厳しい道が…。
まあね。

やっぱ 結果 出さなきゃ
いけないじゃないですか

この世界は。
でも お父さんになって

あなた 何か不思議な事が
あったんですって?

あの… だから

子どもが生まれたあとから
突然 僕は

短編とかですね
詩を書くようになってきちゃって。

こう なんか
降りてきた感じするの?

そうなんですよね。

もう 30編以上 書いてる…。
本当に? すごいね。

なんか 湧き出るものが
あったのかしら。

湧き出るものがありましたね。

父の詩もね
書いた事がありまして。

それは ちょうど…
父が亡くなりまして

お葬式とか
いろんな事がありまして

ひと段落したあとに…。

妻と子どもは

ちょっと 仕事があったんで
行けなかったんですけど 妻は。

僕一人で フラッと

父親のお墓に
行ったんですよね 改めて。

そしたら なんか…

暑いさなかなんですよ
亡くなったの夏ですから。

それで トンボが
いっぱい飛んできたりとか

ちょっと
幻想的だったりとかですね。

それで 家に戻ってきましたら

うちの…
あの時は 1歳何カ月かな?

2歳に
まだ なってない息子がですね

保育園で作った
へんちょこりんな

紙皿の帽子みたいなのを
かぶってたんですよ 家に帰って。

それ見て 可愛いな
いとおしいなって思った時に

あっ そういえば 昔 うちの父親
帽子の歌 歌ってたなって

思い出したんですよ。
どういうの? それは。

あの… それがですね…。

♬~「ナントカ シャポー」

フランスの歌?

♬~「素敵な このシャポー」

♬~『Mon Beau Chapeau』

あっ これですかね。
『Mon Beau Chapeau』。

あっ そう!

これをですね

僕らが 5歳6歳の時に
必ず… なんていうんですかね?

自分のショーとかの最後に
歌ってたんです。

これ?
はい。 大事に大事に 歌ってて。

そう思ったら その歌の事を

すごく聴きたくなって
調べたくなっちゃったんですよね。

よし じゃあ これ このまま
詩にしてやるぞと思いまして。

それで グルグルっていう神様が
出てくるわけですね。

そのグルグルっていう神様に

忠夫が歌ってた その帽子の歌
なんですか? っていうのを

お伺いたてるんですけど。

まあ グルグルって神様は
ぶっちゃけ Googleなんですけど。

グーグルで検索しているのを
詩にしたんですけど。

調べましたら
フランスの歌だってわかって

題名も 『Mon Beau Chapeau』
っていう歌だって

わかったんですよ。
日本語に訳すと

「私の美しい帽子」っていう題名で。

でも 思い返すと 父は 帽子なんか
持ってなかったんですね。

そうなの?
そうなんですよ。

ましてや
美しい帽子なんか持ってなくて。

なんで この
僕らがちっちゃい頃に

「私の美しい帽子」っていう歌を
歌ってたのかなって思った時に

ふと 息子の事を思うと

へんちょこりんなね 紙皿の帽子を
かぶった息子を見て

いとおしいと思ったし
大事な存在だなと思って。

だから 僕にとっての
私の美しい帽子っていうのは

息子の事だなって
思ったんですね。

そう考えると もしかしたら…
ここから僕の妄想ですけども

父親が 僕らがちっちゃい頃に
「私の美しい帽子」っていうのを

大切に大切に
歌ってたっていうのは

もしかしたら

僕ら子どもの事を
思って

歌ってたのかな
っていう風に

思いまして。
そうね。

詩の最後に 世の中の方 みんな

実は 私の美しい帽子っていうのを
持ってらっしゃって

子どもだけじゃなくて。

例えば 奥さんだったり
旦那さんだったり 友人だったり。

あるいは 飼ってらっしゃる

猫ちゃんだっだり
ワンちゃんだったりっていう…。

それぞれの方が
私の美しい帽子っていうのを

持ってらっしゃるんじゃないか
っていう

そういうような形で
まとめた詩で

題名が
「私の美しい帽子」っていう

題名の詩なんですよ。
へえー! フランスの?

そうなんですよ
全然わかんなくて。

♬~「ナントカ シャポー
素敵な このシャポー」

…っていうとこだけしか
覚えてなくて。

なるほどね。
不思議な事がありますね。

いやいや だから
本当に そうですね。

いろいろ調べていくと なんか

その時の父親の気持ちなんか…
妄想ですけど

ああ 父親って こういう風に
子どもに接して…

僕らに接してくれてたのかな
っていう風に

思ったりなんかすると なんか
温かい気持ちになったりして。

そうですよね。
だから 僕も息子の事を大事に…。

僕にとっての
私の美しい帽子として

大切にしていかなきゃ
いけないなっていう風に

思いましたね。
ごもっとも。

ちょっと変わるんですけど
今度 あなた

ホラーに お出になるんですって?
そうなんですよね。

現在 公開中なんですけれども
『犬鳴村』という。

実際に九州にあります
最恐の心霊スポット…。

本当に?
私ね ホラー ダメなのよ。

ホラー 怖くて 怖くて。
でも 面白いの? それ。

面白いですね。
監督が清水崇監督っていう

もう 日本の…
ジャパニーズホラーの

もう 本当 第一人者で。

僕は もう
大ファンだったものですから。

そうなの? じゃあ うれしい?

うれしいですね。 でも 日本の…

ジャパニーズホラーって
すごくてですね。

例えば LAかなんか
行くじゃないですか。

「俳優やってるんだ」っつって…
「へえー」って

向こうのアメリカの方に…。
ハリウッド。

ハリウッドの方に言われて。
「どんな作品に出てるの?」って…。

『リング』だとか…
『GRUDGE』って『呪怨』なんですけど

…の監督とかプロデューサーと
仲いいんだよって言うと

「本当?」って言って。

「すごいね」っていう風に
言われるんですよ。

そのぐらい やっぱり…。
向こうでも。

ハリウッドでも やっぱり
ジャパニーズホラーっていうのは

もう すごい
皆さん 大好きらしくて。

本当? ちょっと
話 変えますね 怖いから。

息子さんは どんな風に
育ってほしいですか?

そうですね やっぱり
父親が そうしてたように

全ての人に…
全ての方に敬意を払って

本当に 上でも…
年が 上でも下でも

先生は先生ですから。

やっぱり 一生 勉強して
近道せずに しっかりと

歩んでいってもらいたいと
思いますね。

わかりました。
今度 よかったら お連れください。

わかりました。
見せて。

連れてきます。

本当
どうも ありがとうございます。

でも よかったです
いろんな事をね…。

どうも 本当
ありがとうございました。

(拍手)

怖い。 フフフフ…。


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