NHKスペシャル「車中の人々 駐車場の片隅で」長期間、車の中で暮らさざるを得なくなった“車中生活者”が全国の…


出典:『NHKスペシャル「車中の人々 駐車場の片隅で」長期間、車の中』の番組情報(EPGから引用)


NHKスペシャル「車中の人々 駐車場の片隅で」[字]


長期間、車の中で暮らさざるを得なくなった“車中生活者”が全国の道の駅にいることが分かった。なぜ駐車場の片隅で生きることになったのか?半年に渡る密着ドキュメント。


詳細情報

番組内容

長期に渡る車中での生活の果てに、亡くなった人がいるという事例をきっかけに、全国の道の駅を取材。すると、さまざまな事情を抱え、否応なく車で暮らさざるを得なくなった“車中生活者”が、数多くいることが明らかになった。経済的な困窮、住む家を失った、家庭の問題、人間関係の挫折…。誰にも知られることなく、駐車場の片隅で生きる人々に密着取材。ひとりひとりの人生から見えてきた「現代社会」の姿とは―。

出演者

【語り】玉山鉄二


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NHKスペシャル「車中の人々 駐車場の片隅で」長期間、車の中
  1. 車中生活
  2. 男性
  3. 取材者
  4. 女性
  5. 佐藤
  6. 車中生活者
  7. NPO
  8. 支援
  9. 事情
  10. 取材
  11. 出会
  12. 場所
  13. 生活
  14. 駐車場
  15. 徳美
  16. 高齢
  17. 一人
  18. 作幸
  19. 車中
  20. 夫婦


『NHKスペシャル「車中の人々 駐車場の片隅で」長期間、車の中』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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氷点下 「駐車場で暮らす親子がいる」。

その情報を聞き
私たちは ある道の駅に向かった。

車の中で夜を明かす 高齢の母親と娘。

「車中生活は3年になる」。
そう事情を明かした。

何か異変が起きているのではないか。

私たちが 車中生活者の取材を始めたのは
ある事件が きっかけだった。

車の中で亡くなった92歳の女性。

家族3人で
1年にわたって駐車場で生活していた。

なぜ 亡くなるまで
車の中で暮らし続けたのか。

こうした人たちは
ほかにもいるのではないか。

(取材者)時刻は 朝5時になります。
駐車場には 車が止まっております。

私たちは…

すると 長期間 車の中で生活する人たちが
かなりの数に上ることが分かってきた。

「生きる場所が 車しかない」。
口々に語る人々。

駐車場の片隅で 今 何が起きているのか。

今 私たちは 道の駅に
車の中で暮らしている方が

いらっしゃるんじゃないかということで
取材をしています。

車中生活者を見かけることが多いのは
「道の駅」だという。

道の駅の駐車場は 24時間 無料で開放。

更に トイレや売店もあり
長期に滞在できる環境が整っていた。

しかし 昼間は 家族連れや
トラックドライバーでにぎわい

車中生活者が本当にいるのか
分からなかった。

だが 夜になると…。

道の駅の職員に話を聞くと

ここには 1年近く
車中生活を続ける車があるという。

道の駅では これまで
周囲に迷惑はかけていないため

そっとしておいた。

しかし 滞在が長期に及び
見過ごせなくなってきた。

車の中にいたのは 高齢の男性。

この日は 話を聞くことはできなかった。

1年もの車中生活で
健康に問題はないのだろうか。

男性が気にかかり 訪ね続けた。

何度か お話をさせて頂いて

「撮影をしてもいいよ」というふうに
おっしゃって頂いたので

向かっているところです。

(取材者)こんにちは。

ここの駅いて。

はい。
(取材者)ありがとうございます。

所持金が少ない時は
ゼリーを作ってしのぐという。

男性は 今 66歳。

7年前に妻と死別し 独り身になっていた。

車中生活を始めたきっかけは

長年続けてきたトラック運転手の職を
失ったことだった。

再就職できず 行き詰まったという。

全部 チェックして…。

男性は 生活費を細かく計算し

車で寝泊まりすれば
やりくりできると考えた。

男性の年金は 月に10万円。

アパートで暮らすと
支出は 月14万円になる。

家賃に加え
光熱費もかかり

毎月4万円ほどの赤字だ。

一方 車中生活では
家賃も光熱費もかからない。

ただ 冷蔵庫がなく
そのつど 食材を買わねばならないため

食費はかさむ。

支出は 年金の範囲内で済むものの

ギリギリの生活を余儀なくされていた。

車を手放したとしても
すぐに生活保護を受けられる保証はない。

車を失うと 明日寝る場所も
なくなってしまうのではないか。

男性は 車中生活を
続けざるをえなかったという。

ある日の深夜。

この日は ふたつきに一度の年金支給日。

ATMの前で 午前0時の振り込みを待つ。

手にした金で購入したのは
ガソリン5リットル。

男性は 1時間歩いて 車へ戻った。

(エンジン音)

それじゃあね。
(取材者)ありがとうございました。

男性は 「これ以上 迷惑をかけたくない」と
道の駅を去っていった。

こうして各地を転々とする
車中生活者の実態は

ほとんど把握されていない。

車中で暮らす人たちは
どれくらい いるのか。

私たちは 全国の道の駅を
独自に取材することにした。

対象としたのは
レジャーで楽しむ車中泊ではなく

やむをえない事情を抱え
長期間 車で生活する人たち。

道の駅は 全国に1, 160。

そのうち 「車中生活者と
見られる人がいた」と答えたところが

335か所。

29%に上ることが明らかになった。

単身の男性が多いが 中には女性もいた。

更に
夫婦や子ども連れの目撃情報もあった。

取材を重ねると 車中生活には

社会的な問題も影響していることが
分かってきた。

この道の駅には 認知症だという夫と共に
車中生活を続けてきた女性がいるという。

夫は 去年11月 車の中で亡くなった。

女性は 夫をみとった車に
今も暮らし続けている。

うつの症状があるという女性。

姿や声が出ないならと
話を聞かせてくれた。

夫婦が車中生活を始めたのは 4年前。

もともと アパートで暮らしていたが
夫の火の不始末などが心配になり

家を出ざるをえなくなったという。

「二人だけで暮らしたい」と
考えていた夫婦。

介護施設という選択肢はなかった。

幼い子どもを連れながら
車中生活をしていた

30代の女性にも出会った。

当時 子どもは1歳。

家庭のトラブルで 家にいられなくなった。

所持金は少なく
安く泊まれるネットカフェも考えたが

夜泣きする子どもがいるため 断念した。

冬。 親子の居場所は 車しかなかった。

経済的な事情 社会的な事情。

やむをえず
車中生活をするに至った人たち。

一方で 今の社会に生きづらさを感じ

自ら 車中生活を選ぶ人がいることも
分かってきた。

そんな夫婦に 熊本県で出会った。

(取材者)おはようございます。

車中生活を続けて もう2年になる。

妻の作幸さんと 二人きりの車中生活。

ほかの人と話す機会は
ほとんどないという。

なぜ あえて車中生活を選んだのか。
取材させてもらうことにした。

どうぞ。

(取材者)失礼します。
(徳美)ちょっと 頭が…。

(作幸)汚いよ 汚いよ。
(取材者)大丈夫です。

(取材者)結構 あれですね…。

頭… 頭…。 じゃあ お邪魔します。

(徳美)かみさん連れてくると決まった時に
ネットをつけたんで。

(取材者)あの この上ですか?
(徳美)うん。

(取材者)あっ この じゃあ ネットに
服が入ってるんですか。 あ~。

はい 行くよ。

この暮らしを始めるまで
2人は看護師として働いていたという。

ほとんど帰っていないが
地元の愛媛県に家があることも分かった。

安定した暮らしを捨て
二人は今 全国各地を転々としながら

請負仕事で生計を立てている。

なぜ 家も看護師の資格もあるのに
厳しい車中生活を選んだのか。

ただ 「楽しいから」とだけ繰り返す夫。

妻の作幸さんも 車中生活を始めた訳を
話そうとはしなかった。

作幸さんが一人になった時のことだった。

夫の過去について語り始めた。

やっぱり 何て言うんですかね…。

看護師長として
部下からも慕われる存在だった 夫。

しかし その後 人員削減などで
病院を転々とすることになったという。

50歳を過ぎた頃から 新たな職場で
効率的に仕事をこなせなくなり

次第に
同僚との関係も うまくいかなくなった。

夫の徳美さんが 胸の内を明かしてくれた。

人と深く関わらず 生きていける場所。

それが 車の中だった。

ゲット~!

車中生活を始めてから
明るさを取り戻していった徳美さん。

しかし この暮らしにも不安があった。

徳美さんは 患っている糖尿病が年々悪化。

いつまで車中生活を続けられるのか
先行きが見えなくなっている。

ねっ 母ちゃん。

♬「上を向いて歩こう」

♬「涙がこぼれないように」

♬「思い出す 春の日」

♬「一人ぼっちの夜」

自ら つながりを断ち
車中での暮らしを選ぶ人。

いやおうなく
車での暮らしを強いられる人。

背景も 事情も バラバラな車中生活者に
戸惑う現場も出ている。


はい NPO法人 POPOLOです。

これまで ホームレスを支援してきた
静岡県のNPO。

最近 ここに 車中生活者に関する情報が
寄せられるようになったという。

国も自治体も把握しきれていない
車中生活者の実態。

「若い女性と子どもが 車中生活を
しているようだ」という情報をもとに

現場に向かった。

親子が乗っていたという
「白い軽自動車」を探すが…。

人目を避けるように
移動を繰り返す車中生活者。

どこまで支援の対象と捉えるべきなのか
難しさに直面している。

一方で 支援に急を要するケースもある。

「車中生活の末に
食べるものがなくなった」という

SOSが舞い込んできた。

待ち合わせ場所は ある無料駐車場。

そこで会ったのは 若い男性だった。

はじめまして。
NPO法人 POPOLOの鈴木と申します。

男性は
車中生活をする理由について語り始めた。

父親の虐待から逃れるために
車中生活を1年半 続けてきたという。

車を選んだ訳は
父親に居場所を特定されず

移動を続けられること。

しかし
雨風はしのげても 収入の手段はなく

やがて 行き詰まったという。

車中生活の果てに
命が失われる事例も出始めている。

全国の警察などに取材をしたところ

この5年で
少なくとも12の死亡事例が確認された。

岐阜県の道の駅に 3年間いた男性。

おととし2月の寒い朝
車の中で死亡していた。

富山県では 高齢の女性が亡くなっていた。

ひとつき以上
一人で車中生活を続けた末のことだった。

引き取り手のない遺骨が
集められた納骨堂。

去年 ここに 車中生活の末に亡くなった
男性の遺骨が納められた。

僧侶をしながら 生活困窮者を支援する
NPOを運営してきた。

亡くなったのは
阿さんたちが声かけを続けていた

89歳の男性。

この日は 一周忌だった。

男性は 20代の頃
家庭の事情で家を出ざるをえなくなった。

車に閉じこもるようになった
きっかけは

長年連れ添った女性の死だった。

心の支えだった女性が
目の前で交通事故に遭い

亡くなったのだ。

阿さんが男性と出会ったのは
福岡県の道の駅。

10年間 車中生活を続けていた男性は
89歳となり 肺の病気を患っていた。

いらっしゃった場所です。 このスペース。

支援を拒む相手に
どこまで関わればいいのか。

葛藤を抱えながら 男性に向き合った
9か月の記録が残されている。

7月。 弱っている様子の男性に
食料の支援を申し出たが

受け入れてくれなかった。

生活保護を申請するよう勧めたが
強く拒まれた。

声かけを続ける中で
男性のつらい過去を知った 阿さんたち。

車の中で心を閉ざす
男性のもとに通い続けた。

男性が心を開き始めたのは
出会ってから5か月後。

「これから どうされますか」と尋ねると

「ここに居る」と答えてくれた。

しかし 病は
確実に男性の体をむしばんでいた。

去年1月 容体が急変。

病院に搬送され 3日後に息を引き取った。

亡くなる直前 男性は 病院で こう語った。

「迷惑かけるね ありがとう」。

…という想像を自分もしましてね。

支援を必要としながら
車の中で孤立を深める人たちと

どう つながりを築けばいいのか。

静岡県のNPOでは
定期的に 道の駅の見回りを行っている。

この日 気にかかる車を見つけた。

夜遅く 高齢の男性が一人
車中で暮らしている形跡があった。

名前は…

年は 81歳と高齢。

見るからに痩せていた。

そうですね はい。

「見過ごせない」と感じたNPO。

しかし 佐藤さんは 車中生活を続ける訳を
語ろうとはしなかった。

海を望む この道の駅。

佐藤さんは いつも 同じ場所に車を止め

そこから動こうとはしなかった。

その後も通い続けると…。

佐藤さんが ようやく
自分の過去について話してくれた。

車の奥に大切にしまってあった 写真の束。

日本経済が右肩上がりだった
高度成長期の東京。

都心の高級ホテルで働いていた。

しかし 40代後半 仕事で挫折。

自暴自棄になり 職を転々とする中で
車中生活になったという。

一番の思い出は
かつて休みの日に仲間と行った海。

この時期が一番 何て言うのかな…

海を見ていると 希望にあふれていた頃を
思い返すことができるという。

NPOが佐藤さんと出会って2か月。

実は 佐藤さんには これまで暮らしてきた
アパートがあることが分かった。

ゴミであふれ 水道も止まった部屋。

人との関係が薄れるにつれ
生活が荒れていったと

NPOは受け止めた。

お世話になります。

NPOは 佐藤さんと行政を訪ね
一緒に生活再建の道を探ることにした。

社協の秋山さん。  よろしくお願いします。
佐藤さんです。

佐藤さんは 手元のお金をやりくりし

NPOや行政の助けを借りて
部屋を片づけることになった。

わざわざ遠くから悪いね。
いや いいよ。

佐藤さんは 車中生活をやめ
新たな生活に踏み出すことにした。

先月下旬。

半年ぶりに 畳の上での暮らしが始まった。

1個しか つかないや。

(取材者)ずっと暗かったんですか?
そうだね。

やっぱり…

私たちが出会った車中の人々。

孤立 貧困 無関心。

車の中には 社会が積み残してきたものが
たまり込んでいた。

今夜も駐車場の片隅で
人知れず 生きる人たちがいる。

♬~


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