クローズアップ現代+【相模原殺傷裁判】傍聴者は何を感じた?葛藤と決意の日々・43日間の裁判でどんなやりとりが…


出典:『クローズアップ現代+「【相模原殺傷裁判】傍聴者は何を感じた?葛藤と決意の日々」』の番組情報(EPGから引用)


クローズアップ現代+「【相模原殺傷裁判】傍聴者は何を感じた?葛藤と決意の日々」[字]


傍聴求め8000人が・・・43日間の裁判でどんなやりとりが▽障害のある息子と暮らす40歳の父親・春から障害者施設で働く大学生に密着・・・何を感じ、何を思った?


詳細情報

番組内容

障害のある家族がいる人・障害者施設で働く人…傍聴に何度も通った人たちが…▽「津久井やまゆり園」で入所者19人を殺害した罪などに問われている元職員・植松聖被告が法廷で語ったのは?▽被告に直接問うた遺族も・その思いは?▽犠牲者が匿名で審理される中、「娘は甲でも乙でもない」と下の名前「美帆さん」を公表した母親…傍聴の先に生まれた葛藤と決意とは

出演者

【キャスター】武田真一,【出演】NHK横浜・記者…山内琢磨,【語り】古谷徹


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クローズアップ現代+【相模原殺傷裁判】傍聴者は何を感じた?葛藤
  1. 土屋
  2. 傍聴
  3. 被告
  4. 裁判
  5. 遺族
  6. 荘真君
  7. 武田
  8. 社会
  9. 植松被告
  10. 法廷
  11. 齋藤
  12. 事件
  13. 障害
  14. 自分
  15. 現場
  16. 今回
  17. 山内
  18. 主張
  19. 息子
  20. 日間


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武田≫社会を震撼させた
あの事件は

私たちひとりひとりに
何を投げかけたのか。

相模原市の知的障害者施設で
19人を殺害した元職員

植松聖被告に
死刑が求刑されました。

裁判には、各地から
延べ8000人を超える人たちが

傍聴しようと詰めかけました。

法廷で語られることばに
耳を傾けた人々。

重い障害のある子どもを育てる
父親は

息子と生きる意味を
確かめたいと傍聴に通いました。

目の当たりにしたのは

みずからの主張を繰り返す
被告の姿でした。

武田≫この春から障害者施設で
働くことになった大学生。

障害のある人と
どう向き合えばよいのか。

法廷で語られる遺族のことばに
耳を傾けてきました。

武田≫傍聴者たちは
何を感じてきたのか。

それぞれが答えを探そうとした
43日間を見つめました。

≫裁判が始まる前日。

私たちは、その後
傍聴に通い続けることになる

土屋義生さんに出会いました。

≫およそ2000人が
傍聴に訪れた初公判。

土屋さんは
重い障害のある息子

荘真君とともに訪れました。

≫この日
傍聴できるのは26人。

土屋さんは抽せんに外れ

法廷に入ることは
できませんでした。

土屋さんは

妻と3人の子どもと
暮らしています。

息子の荘真君は

体を自由に動かすことができず

常に人工呼吸器を付けています。

たんの吸引などの
医療的なケアも欠かせず

夜間も気が抜けません。

土屋さんは
長年勤めた仕事を辞め

去年から荘真君のケアに
専念してきました。

初公判から9日。

土屋さんは荘真君とともに

再び傍聴に向かいました。

≫荘真君当たりましたよ

目が動揺してますね。

行こうね、2人で頑張ろう。

ありがとうございました。

≫この日の裁判には

植松被告の元交際相手が出廷。

遮蔽板の中で、被告と

ことばを話すぬいぐるみが
主人公の映画を

被告と

見たときの様子を証言しました。

ぬいぐるみでも
コミュニケーションがとれれば

人間だと認められるという
せりふが出たときの事でした。

≫土屋さんはこの証言を聞く

植松被告の様子を
手元のメモに残していました。

≫「笑っている」

≫そしてこのとき

土屋さんは
被告と目が合ったように

感じたと言います。

≫法廷で

とっさに電源を切った自分。

そのときのことを
妻に打ち明けました。

≫障害のある
荘真君を育てる中で

土屋さんは
社会から向けられるまなざしを

意識してきました。

事件の直後

土屋さんはみずからのブログに

こう記しています。

≫去年の荘真君の誕生日のことで
す。

土屋さんにとって
忘れられない出来事が

ありました。

≫傍聴に通う中で、土屋さんが

ノートに記したことばです。

今回の裁判

傍聴に訪れた人たちの中には

福祉に携わる人たちが
多くいました。

≫よろしくお願いします。

≫この春から障害者施設で働く

大学生、齋藤拓祟さんです。

公務員を目指していましたが

かなわず

急きょ福祉の現場で
働くことになりました。

この日、就職先の施設で

研修を受けていた齋藤さん。

戸惑いを覚えていました。

≫齋藤さんが傍聴したいと思った

背景には

福祉の現場で働くことへの
不安がありました。

≫齋藤さんは

片道2時間ほどかけて

裁判に通い続けていました。

初公判から1週間後。

齋藤さんは

遺族の調書が読み上げられた
裁判を傍聴しました。

≫これまで事件の犠牲者は

匿名で審理されてきましたが

この日、その一人が遺族の希望で

名前で呼ばれることになりました。

19歳で犠牲になった
「美帆さん」です。

母親の調書が読み上げられました。

≫齋藤さんは

このとき母親が語ったことばを

メモに記していました。

≫齋藤さんは、その後も
傍聴に通い続けました。

その中で、自分にも

突きつけられているように感じた

被告のことばがあったといいます。

それを記したメモ。

「重度障害者は
時間もお金も奪う」

「障害者を殺すのは
役に立つこと」

なぜこのことばを書き留めたのか。

齋藤さんは就職活動で
挫折したときの心情を

打ち明けてくれました。

≫この日、

再び就職先の
障害者施設を訪れた齋藤さん。

担当を任されたのは

この日初めて顔を合わせた
利用者でした。

男性は

ことばでのコミュニケーションは
難しいものの

手のサインで意思を
伝えようとしていると言います。

≫重い障害のある息子・荘真君と

傍聴に通っていた土屋義生さん。

このころ、植松被告は

自分には責任能力があったと

いう
主張を

繰り返していました。

≫土屋さんは、この間も

週に2回、

荘真君のための
トレーニングに出かけていました。

≫またまたあした~

できた、できたね。

≫裁判が始まってから

1か月近くたった今月5日。
土屋さんは

再び傍聴に訪れました。

この日は、遺族

そして被害者の家族が

初めて被告に
直接語りかける日でした。

そこでの植松被告は

これまでと様子が違っていました。

≫答えに窮する植松被告。

遺族は重ねて語りかけます。

≫植松被告が具体的な人を

挙げることはありませんでした。

続いて法廷に立ったのは

重傷を負った被害者の父親。

≫同じことばを繰り返すだけの
被告。

具体的に答えることは
ありませんでした。

この日、土屋さんは

初めて
荘真君の医療機器の電源を

切ることなく傍聴していました。

≫今週月曜日

植松被告に
死刑が求刑されました。

結審までの43日間。

家族で向き合い続けた日々でした。

≫傍聴を重ねる中で

土屋さんがつづったことばです。

社会の憎悪、怒りに向き合い

直面した上で

障害者として
どう生きるか考えたい。

社会に向けて

「迷惑してない」
「幸せに生きている」と

主張したい。

あるがままを

生きられる社会になってほしい。

武田≫あるがままを生きられる
社会になってほしい。

このことばは

事件が起きた社会に生きる

私たち1人1人への
問いかけだと感じます。

すべての審理を取材した
山内さん。

43日間を通じて
何が投げかけられたと

感じていますか。
山内≫法廷では植松被告と

遺族たちという当事者が
やりとりを繰り広げましたが

事件とは直接関わりのない私にも

その問いかけが向けられている
ことばだと

感じる場面が何度もありました。
例えば被告は

重度障害者と共生する
ともに生きる社会は

無理だとなればいいと
述べました。

また、ある遺族も
社会的に弱い立場になったときに

被告のように
一線を越えてしまう人が

出てきてしまうかもしれない。
そう考えると大変不安で

恐ろしくなると
意見を法廷で述べました。

こうした不安に対して
今回のような事件が

二度と起きないと
本当に言い切れるのか

考え続けた43日間でした。
武田≫今回の裁判の特徴は

遺族や被害者の家族が

長時間被告に対峙し

問いかけたことですよね。
どんなことが印象的でしたか。

山内≫遺族たちは
被告の考えですとか

行為が間違っていたことを

本人に何とか気付かせたい。

そして奪った命の重さを
知ってほしいと

亡くなった一人一人が
生きてきた姿を

繰り返し伝えていました。
ある人は悲しみを

ぶつけていましたし

ある人は、息子はいつも
幸せをつくっていましたと

述べて
被告の考えに

反論をしていました。
こうしたときの被告の様子ですが

無表情をあえて崩さず
動じない自分を演じていたように

私には見えました。
武田≫この裁判を通じて

何が見えてきたのか。
障害のある人たちと

ともに生きることについて
長年考え

裁判を傍聴した
2人の方に

話を聞きました。
重度の障害のある

娘・星子さんと生きる
社会学者の最首悟さんです。

武田≫福祉の現場を
20年以上取材してきた

ノンフィクションライターの
渡辺一史さんです。

武田≫なぜ事件が起きたのか。

1人1人が答えを探そうとした

今回の

裁判だったわけですが
改めて取材の中から

何を一番感じましたか。

山内≫被告は従来の差別的な
主張を繰り返すだけで

裁判で新たな事実というのは
見えてきませんでした。

被告はどんな判決でも

控訴するつもりはない
と言っていまして

これ以上事件と向き合うつもりは
ないという

姿が際立っています。
裁判が結審し

遺族たちからは
むなしいですとか

切ないといったことばも
聞かれました。

そうした裁判で
私が一番

印象に残っているのは
取材した土屋さんと荘真君の

姿です。

静かな法廷に
医療機器のモニターの音が

響くことがあったんですがそれは
被告に対して

自分たちはここにいるんだと
訴えているように

私には感じられました。
武田≫最後に19歳で

命を奪われた美帆さんの
お母さんが

こんなことばを
寄せてくれました。

次回は、
市民発の情報をもとに

社会課題を解決していく
新しいジャーナリズム。

役に立つ報道を目指す
現場の模索を通して


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