インタビュー ここから「川井郁子」妖艶な衣装を身にまとい、型にはまらない情熱的な演奏で、観客を魅了し続けて…


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出典:『インタビュー ここから「川井郁子」妖艶な衣装を身にまとい、型にはまらない』の番組情報(EPGから引用)


インタビュー ここから「川井郁子」[字]


香川出身のバイオリニスト、川井郁子さん。ジャンルを超えた演奏や演出で独自の世界観をステージで表現し続けてきました。そのスタイルの原点に迫ります。


詳細情報

番組内容

今年デビュー20周年を迎えるバイオリニスト、川井郁子さん。妖艶な衣装を身にまとい、型にはまらない情熱的な演奏で、観客を魅了し続けています。作曲から演出まで手がける川井さんは、異なるジャンルのアーティストとの共演だけでなく、自ら朗読しながら演奏するなど、音楽ファンが想像もしなかったステージを作り上げています。独自のスタイルと斬新な音を生み出した原点とは。川井さんの故郷・香川で迫ります。

出演者

【ゲスト】バイオリニスト…川井郁子,【きき手】谷地健吾



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インタビュー ここから「川井郁子」妖艶な衣装を身にまとい、型に
  1. 自分
  2. 音楽
  3. 川井
  4. バイオリン
  5. 表現
  6. 気持
  7. 舞台
  8. ジャンル
  9. デビュー
  10. ピアソラ
  11. 演奏
  12. 解放
  13. ピアノ
  14. 一番
  15. 葛藤
  16. 出会
  17. 場所
  18. 世界
  19. 川井郁子
  20. 年生


『インタビュー ここから「川井郁子」妖艶な衣装を身にまとい、型にはまらない』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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♬~

バイオリニスト 川井郁子さん。

情熱的な音楽で人々を魅了します。

♬~

さまざまなジャンルを貪欲に取り入れ
独自の世界を表現してきました。

♬~

あの羽生結弦選手も
川井さんの曲を演技で使うなど

その音楽は
世界で高く評価されてきました。

♬~

トリプルフリップ。
(拍手)

♬~

自分だけの音を求め続けた
その生き方に迫ります。

♬~

瀬戸内海に面した小さな町 高松市牟礼町。

川井さんは ここで生まれ育ちました。

いや~ 川井さん。
はい。

電車が行ってしまうと
私たち以外 誰もいないですね。

ええ もう 電車乗る時も
1人で待つのが普通です。

そのくらい静かな所なんですね。
とっても静かでしたよ。

この駅っていうのは
川井さん よく利用されたんですか?

はい。 バイオリンのお稽古に通う時に
いつも乗ってた電車ですし

あと 高松でコンサート聴く時に
いつも ここから乗って

コンサート会場に行ってました。
ああ じゃあ ここが いろんな意味での

スタート地点というか
そういう場所でもあるんですね。

そうですね。

ドキドキしている? うん これから先生の
レッスンを受けるっていうこととか

これから
東京から来たオーケストラを聴くとか

そういう ちょっと 何かこう…
いくぞっていうとこの場所だったので。

ドキドキしながら ワクワクしながら
待ってるような。

ここですね。

小学3年生まで通ったのは 小さな分校。

その校舎が残っていました。

今は 福祉施設になっています。

こんにちは。  こんにちは。
お邪魔します。

お邪魔します。 失礼します。
失礼します。 わ~ 懐かしい。

1年生 2年生 突き当たりが3年生。
はあ~。 あっ なるほど。

(ガラスが揺れる音)
この音も懐かしい。

ガラスが揺れる音でしたね。
あ~。 え~。

えっ? いかがですか?
いや~… このまんまですね。

うわ~ そうですか。

ピアノが こっちの方にあって。

あっ あ~…
ピアノも置いてあったんですか。

ピアノも置いてあったですね。
はあ~。

あの ピアノ習ってたので。

伴奏をして
みんなで歌を歌ってたんですよね。

伴奏をしてたんですね。

川井さんは この分校に通い始めた頃
バイオリンと出会いました。

初めて音色を聴いた時
自分で弾きたいと強く思ったといいます。

バイオリンとの出会いについて
伺っていきたいんですけれども

どういう形で 最初ね 触れたんですか?

最初の出会いは
6歳の時に ラジオを聴いてて

母と洗濯物を畳みながら
聴いてたラジオから

「バイオリン協奏曲」が流れてきて

バイオリンって
すごい音だなと思って

母に それを話したことが きっかけで。

このクラスの みんなの前で

バイオリンを弾いたことって
あったんですか?          ありました。

あの 学校から直接
レッスンに行ったりもしてたから

その時に 楽器ケース持ってってて

ある時 弾いてってことになって
弾いたんですよ。

何か みんなが すごい驚いて
喜んでくれたのが またうれしくて。

はあ~ どうでした その気持ちは?

うれしかったですね。
予想以上に みんなが喜んでくれて

驚いてくれたのが誇らしくて
うん 何か 何ていうのかな…

自分にしか できないもの。 それこそ。
できないものがあるっていうのは

一番 こう 何か 自分の こう…
自信っていうか… 何ていうかな

よりどころになってたところは
ありますね。

クラスの中で人気者だったという
川井さん。

しかし 本当の自分を出すことは
できなかったといいます。

どんな性格の女の子だったんでしょうか?

結構 悩みやすいというか
内省的な子だったと思いますね。

悩みやすくて内省的。

表面的には
友達の話に合わせて盛り上がったり

会話はできてるんだけど
実は 意識は違うところにあって

みんなの調整を考えたりとか

あと 一人になりたいなって
思ってたりとか

常に何か違う自分がいるんですよね。

何でしょうね。
そういう 自分が思ってる自分と

外から見た時の その自分のギャップが
生まれてしまうっていう

そこのギャップが大きいわけですよね。
そうですね。

知らず知らずに もう一人の自分が
できてた感じがありますね。

はあ~。

あ~。

いや~ ちょっと…。

本当の自分でいられた場所が
ふるさとの瀬戸内海でした。

海は よく来られたんですか? 幼い頃。

はい あの よく…
近かったのでね よく来ましたし

習い事に行く電車に乗る時もそうですし
ピアノのレッスンに通う時も

海のすぐ近くを通って行ってたので

いつも間近にある景色でした。

この海を見て
どんなことを思い出すんですか 今。

いや~… 何か あのころは
さみしかったなっていう。

えっ? あっ さみしさ?

さみしいとか 不安とかを
抱えやすい子だったので

ここに来ると
ニュートラルになれるっていうか

こう 何か受け止めてもらってる感じが

人と接してるよりも感じられる場所
だったんですよね。

♬~

何か 人一倍 隠そうとする
タイプだったから 自分の中のものを。

見せちゃいけないんじゃないかっていう。
それが 海に行った時に 激しい部分とか

すごく人と違う部分とかというのが
恐れなく こう うん…。

やっぱり
包容力のあるものの中にいると

そういう本当の自分が出せるっていうのが
あるんだと思いますね。

ふるさと 香川を離れ
川井さんは 東京藝術大学に入学します。

大学院まで進み
演奏技術を徹底的に磨きました。

♬~

そして IKKOという名前で
イギリスでデビュー。

NHKにも レギュラー出演します。

注目の若手として
順調なスタートを切ったかに見えました。

♬~

しかし 川井さんは
大きな葛藤を抱えていたといいます。

♬~

デビューした時っていうのはね もう
人が羨むような形でデビューされて

こういうような大きなホールでもね
演奏するようになったりして

もう 何でしょう こんな 何か…
成功してる感じなのに

どうして悩んでしまったんですか?

その作品は それを作られた
プロデューサーがやりたい音楽を

バイオリニストとして弾くっていう形。
あるいは まあ 歌も

ちょっと歌ってたりするんですけど。
川井さん 歌も歌ってたんですか?

すっごい下手なんですけどね。
いや~。

下手でも味があるということで
言われて 出したんですね。

で まあ ある程度
それで認知して頂けたんですけども

自分で作った音楽ではないし

私の気持ちとして
一番 葛藤があったのは

この役割は 私じゃなくても
バイオリニストだったら

代わりが いくらでもいるなっていう
ところだったんですね。

私ができなくても ほかの方が
代わりにできるっていうところが

何か… 不安でもあり むなしくもあって
う~ん…。

まあ 楽しかったんですよ。
弾くことは楽しかったし

デビューできて
ワクワク感もあったんですけど…。

う~ん 何ていうのかな…

こう バイオリンが
道具になってる感覚っていうか

…くらいの葛藤があって

でも 周りからは
やっぱり 羨ましいっていうかね

私も とても恵まれた機会を頂いたな
っていう自覚も すごくあったし

手放したくはないんだけど
でも 私じゃないなっていう…。

一人歩きしちゃってる。

私じゃないものが 一人歩きしてる感覚が
ちょっと悩みだったんですね。

もう 大学院まで
クラシック専門にされていて

そのまま その道を選ぶっていう
選択肢もあったわけですよね?

前にも葛藤があって。 それは もう
藝大入った時から始まったんですけど

純クラシックを演奏するにあたっても
あの~…

私じゃなくてもいいなっていう
むなしさがあったわけですよ。

こう 純然たるクラシックっていうのは

作曲家が伝えたかったことを
なるべく忠実に伝える

高いレベルで伝えるってことが
使命とされていたので

もう亡くなった巨匠たちの演奏も
録音物で残っている中

自分が それを演奏する価値
社会的な価値が

どれぐらいあるのかなって。

その藝大の同級生を見ても
みんな同じように弾くわけですよね。

例えば 自分らしさを出そうと
感情的に弾くと

それは ブラームスじゃないとか
下品だって言われたりして

私らしく… 何ていうか 追求していきたい
感じではなかったんですよね。

川井さんは
どうしようと思ったんですか?

私は もっと こう… あの~…。

つまり ブラームスを弾くために
自分がいるんじゃなくて

自分のために その曲がある
っていうふうに弾きたかったんですよね。

だから 自由自在に自分で料理して
弾きたいっていう感覚だったから

それは 大学で習うこととは
違うわけですよね。

そんな中 音楽人生を変える
大きな出会いがありました。

♬~(「リベルタンゴ」)

タンゴの革命児とも呼ばれる
ピアソラの音楽。

伝統的なタンゴに
ジャズやロックなどを取り入れ

新しい音楽を生み出しました。

批判を恐れず
自分の音を貫くスタイルに

川井さんは
かつてない興奮を覚えたといいます。

もう その時の衝撃は すごかったですね。
どんなものですか?

つまり 音楽が持つ こう
説得力っていうかね 強烈さが

これまで感じたものと
また格別のものがあって。

う~ん… つまり…

何かを表現してるっていうよりは

自分自身が表現されてる音楽
っていうのが すごく すぐ分かって。

川井さんは そこに
どういう刺激を受けたんですか?

自分でジャンルを作ることも
できるんだっていう。

これまでは クラシックかポップスか
みたいな感じでしか

音楽を捉えてなかったけども

ジャンルは後付けなんだなって
思ったんですよね。

オリジナリティーっていうか
自分らしい音楽を追求していけば

ジャンルっていうのは もう
後から ついてくるもので

まずは… そういう こう…
音楽の基本的な考え方を

そこで変わりましたね。
私も こういうアーティストになりたい。

あっ じゃあ 川井郁子というジャンルを
作ってみたい…。

そうですね。 ちょっと大それてて
人には言えなかったけど

それぐらい思って。

こういうアーティストになりたいって
思った人は

ピアソラが最初でしたね。

♬~

自分にしかできない音楽を追求する。

自ら 作曲・編曲した音楽で

2000年 川井郁子としての
デビューアルバムを発表しました。

♬~

ピアソラの音楽を聴いたことで
自分の音楽をやり始めて

やっぱり 自分の音楽で舞台に立つと
もう ここは自分の世界っていうか…。

あ~。
うん。 何ていうかな そういうことですね。

だから ピアソラが導いてくれた
自分自身の世界を表現する舞台だから

気持ちいいんですね。
あ~ 自分が解放できてるんですか。

そう! そう そう
自分を解放する舞台だから

自信がみなぎるし 弾けば弾くほど
こう何か… 何ていうかな…

世界観が こう 深まっていくし…。

だから
嫌われることも怖くないんですよね。

へえ~。
うん… そこの舞台上でですよ。

舞台で弾いてて これに
心から共感してくれる人がいれば

「これ 無理!」って思う人がいても
全然いいっていう気持ちになるくらいの

こう… う~ん…

境地で
立てるようになった感じですね。

抑圧からの解放 そして

自分の新境地というところまで
来たんですね。

そうですね。
やっぱり 私 今 振り返って

ピアソラの何に
一番 惹かれたかっていうと

革命児だったってことだと思うんですね。

自分も こう 何か表現で
革命を起こしたいっていう気持ちが

常に… 今でもあるんですね。

それから20年となる今年
集大成の舞台に挑みます。

描くのは 明智光秀の娘
細川ガラシャの人生です。

私は 朝が来ることを呪っておりました。

もう生きる意味も 理由もない
身の上にもかかわらず

朝が来れば 目が覚める。 忌々しい…。

自ら ガラシャを演じながら
バイオリンも演奏。

戦国の世で 自分の意志を貫き通した
女性の生きざまを表現します。

春が待ち遠しく…。

もう集大成のような
舞台だと思うんですけれども

そのテーマに「細川ガラシャ」を
選ばれたのは どうしてですか?

抑圧と解放を常に表現してるんだなって
気付いた… 自分の こう 原点と

う~ん… ガラシャさんの
抑圧と解放の運命だったり

え~… こう 常に
熱いものを内に秘めて生きていた

その生き方 その… ジレンマも
いろいろあったと思うし

絶望もあれば 希望もあるっていう
すごく こう 何ていうのかな…

振り子のようなね
その生き方っていうのが

すごく こう…
ストンと入った感じなんですね。

…で ガラシャを音楽舞台にすることで

現代の女性たちにも
共感してもらえるところが

多いんじゃないかなって思って。

川井郁子としてデビューして20周年という
節目の年にもなるわけですけれども

ここまでの20年っていうのは
音楽活動を振り返って いかがですか?

そうですね… 何か 普通の人たちは

多分 20代 30代が
一番 こう 何ていうのかな…

チャレンジする…
まあ 10代もそうですけどね

気持ちに燃える時期だと思うんですよね。

でも 私は その時期っていうのは
まだ自分に自信が持てず

こう 人に言われたことをやる
っていうことに とどまっていたのが

この年になって 初めて こう…

チャレンジすること 作ることの
ワクワク感が芽生えてきた

っていう感じなんですよね。

何か もう普通の人とは
年代が逆かもしれないんですけど

あの~
この20年で 新たに生まれた自分…

こう
もうひとつの自分を… 何ていうかな…

開花させる…
時期を始めたいなと思ってます。

はあ~ そうですか。
その挑戦する原動力って何ですか?

う~ん 何だろう…
いや いろいろありますけど やっぱり

自分の中にある革命児精神っていうか…。
革命児精神! どんなものですか?

これまでになかったものを作りたい。
自分にしかできないものをやりたい。

自分を最大限生かしたい。 自分を
一番気持ちよく弾ける音楽を作りたい

…みたいな そういう感じ フフフ。


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