歴史秘話ヒストリア「歴史ニュース2019~20 日本史新発見ランキング」この1年で明らかになった歴史の最新情報…


出典:『歴史秘話ヒストリア「歴史ニュース2019~20 日本史新発見ランキング」』の番組情報(EPGから引用)


歴史秘話ヒストリア「歴史ニュース2019~20 日本史新発見ランキング」[解][字]


この1年で明らかになった歴史の最新情報をお伝えする「歴史ニューストップ10」。源氏物語、弥生の文房具、秀吉や家康、山城、即位の礼など、歴史の最新トピックを紹介。


詳細情報

番組内容

この1年で明らかになった歴史の最新情報をお伝えする「歴史ニューストップ10」。石の破片が語る紀元前の日本の姿。あの有名恐竜の仲間が日本にいた!?日本文学史を塗り変える木箱の中身は「源氏物語」。書状が語る豊臣秀吉、天下取りの秘けつ。幻の山城遺構が語る戦国武将のねらい。未発表の和歌が語る昭和天皇の心のうち。デジタル復元を目指す首里城、その思いなど、専門家が選んだ、見逃せない歴史トピックを紹介します。

出演者

【キャスター】渡邊佐和子


『歴史秘話ヒストリア「歴史ニュース2019~20 日本史新発見ランキング」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

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  17. 源氏物語
  18. 時代
  19. 昭和天皇
  20. 大坂城


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新たな発見で
日々 塗り替えられる

歴史の1ページ。

この1年も 大発見が相次ぎました。

♬~

南太平洋
水深1, 000mの海底で見つかったのは

旧日本海軍の戦艦…

かつて 天皇を乗せる御召艦だった船。

その最期に迫ります。

弥生時代の遺跡から出土した石。

なんと すずりではないかという説が
発表されました。

弥生人が すずり。

ということは…。

個人のお宅で 偶然見つかった
こちらの木箱。

中身は あの「源氏物語」の
最も古い「写本」でした。

更に 全国で発見された
恐竜の化石からは

はるか昔の 日本列島が明らかに。

幕末 新選組の忘れ物は

鬼と呼ばれた あの人の

意外な姿を教えてくれました。

今日は
この1年で明らかになった

歴史の最新情報を徹底紹介。

驚きのニュースの連続です。

♬~

「歴史秘話ヒストリア」。
今夜も どうぞ おつきあい下さい。

今日は この1年にあった

歴史にまつわる発見や 新たな動きを
ご紹介する スペシャルです。

題して 「歴史ニュース トップ10」!

この1年に報道された
歴史にまつわるニュース。

その数は 300以上に上ります。

番組では 80人ほどの専門家に協力を依頼。

数あるニュースの中から

重要だと思う出来事に
順位を つけてもらいました。

点数のつけ方は
ご覧のとおりです。

果たして
プロの目が捉えた

見逃してはならない
歴史ニュースとは…。

では 早速 ランキングを見てみましょう。
まず 第10位です。

歴史ニュース 第10位は…。

なぜ 秀吉が天下を取れたのか
秘密の一端が見えてきました。

豊臣秀吉といえば

低い身分から 天下人へと
上り詰めた戦国武将。

成功の陰にあったのは
なんと 人への気配り?

こちらは 岡山県で見つかった史料。

秀吉が 家臣たちに
やってはならない行動を示した…

例えば 「乱暴狼藉や
放火をしてはならない」とあります。

しかし 次の掟は

普通の武将では
ちょっと思いつかないもの。

当時の庶民にとって
「ぬか」は 大事な食べもの。

「薪」は 煮炊きをするのに
欠かせません。

低い身分に生まれた 秀吉は

庶民の視点で
ものを見ることができたのです。

こちらは 山形県。

秀吉の気遣いは
天下人になったあとも続いた。

そんなことが分かる書状が
発見されました。

書いたのは
越後の大名・上杉家の家老

直江兼続です。

兼続が 秀吉の居城・伏見城の
普請をしていた時のこと。

突然 秀吉が現れ

何とも意外な行動を
始めたといいます。

秀吉の天下取り。

人の心をつかむ すべが
並外れていたからこそ

可能だったのかもしれません。

続いての 歴史ニュースは
同点で 8位が2つランクイン。

まずは 10位の秀吉と同じく
天下人にまつわる発見です。

徳川家康に ゆかりの深い あの城で
再び新発見がありました。

静岡市にある 駿府城跡。

江戸幕府を開いた
徳川家康が築き

長く暮らした お城です。

おととし 江戸城をもしのぐ
大きさ日本一の天守台が見つかり

話題となりました。

そして 去年7月
またまた 新たな発見が…。

戦国時代末と思われる
駿府の姿。

地下1mほどの場所から見つかったのは
城下町の道路の遺構です。

実は 戦国時代の城下町について分かる
遺構は

全国でも 数例しか確認されていません。

若き日の家康の
城下町づくりを知る意味でも

大きな発見かもしれません。

戦国の城下町に並ぶ 同点8位は
はるか昔 紀元前のニュース。

日本の 文字の歴史が
変わるかもしれません。

去年7月 福岡県の下原遺跡で
見つかった 石の破片。

紀元前100年ごろのものと
推定されています。

このころ 日本列島の人々は
狩猟や稲作などをして生活。

そのため当初 石は 刃物を研ぐ砥石だと
考えられていました。

それに異を唱えるのが…

この石は 文字を書く時に使う
ある道具だと考えています。

日本に 文字が伝わったのは
1世紀から2世紀ごろと言われています。

今回 発見された石が
すずりだとすれば

日本の文字の歴史は
200年も さかのぼることになります。

柳田さんに 石を すずりだと主張する
根拠を教えてもらいましょう。

3つ あります。

古代中国で使われていた すずりは

今回 見つかった石と比べてみると

よく似ていると
いいます。

柳田さんは
黒い部分は 墨だと見ています。

…とすれば
すずりである可能性は高まります。

通常 砥石は 石の表面全体が

緩やかなカーブを描いて

すり減っていきます。

しかし 今回見つかった石には

中央辺りに くぼみがあり

それが 当時の すずりの特徴と

一致しているといいます。

更に 今年2月。

すずりとされる別の石について
驚きの発表がありました。

なんと 文字らしきものが

書いてあるというのです。

中央に
うっすら
見えるもの。

皆さんは
どんな文字に
見えますか?

石は すずりなのか
書いてあるのは 文字なのか。

弥生時代のイメージが
大きく変わるかもしれない発見です。

歴史にまつわる 驚きのニュースが
相次いだ この1年。

ここで 人類が誕生する はるか昔

日本にいた ある生き物についての
大発見を ご紹介しましょう。

それが こちら。 恐竜です。

なんと 日本で

恐竜の化石の
発見ラッシュが起きました。

福井県で見つかったのは
オルニトミモサウルス類の 上腕骨。

兵庫県では
白亜紀前期の地層から
卵の化石。

北海道では

発見された恐竜が
新種と判明。

「カムイサウルス・ジャポニスク」と
学名が付けられました。

そして 徳島県勝浦町で見つかった
化石は

私たちも よく知っている
あの恐竜の仲間のもの。

長さ19.5cm
最大幅3cm。

形から 二足歩行をする
恐竜の骨だということが判明しました。

二足歩行の恐竜といえば

そう ティラノサウルスです。

実は 徳島に
ティラノサウルスの仲間がいたのです。

次から次に見つかる 恐竜の化石。

これまで考えられていたよりも

はるかに多い種類の恐竜が

日本にいた事実が分かってきました。

それでは 歴史ニュースに戻りましょう。
第7位です。

豊臣秀吉のイメージが強い
大阪城。

しかし今
私たちが見る この城は

徳川家がつくった土台の上に
再建したもの。

秀吉が築いた「大坂城」は
地中深くに埋もれたままです。

去年3月 そんな豊臣時代の
大坂城の一部が 姿を現しました。

城内にあった 大名屋敷です。

出土した瓦にあるのは…

このことから 屋敷の主は

戦国大名・佐竹義宣と見られています。

当時 佐竹氏は
常陸国54万石の大大名。

東国でも屈指の存在でした。

秀吉が主の大坂城に
佐竹の屋敷があった。

このことが
大きな意味を持つといいます。

しかし その後
豊臣秀吉は死去。

天下の実権は
徳川家康へ移ります。

大坂城で暮らしていた大名たちも
去っていきました。

♬~

大名屋敷も用済み… と思いきや。

(ほら貝の音)

(砲声)

徳川と豊臣の
最終決戦…

この時 屋敷の跡が使われます。

足軽などが待機する 陣小屋が
いくつも建てられたのです。

火縄銃の弾も見つかりました。

不格好なものもあり
ここで 弾作りなど

戦の準備が行われていたことが
うかがえます。

幻だった
豊臣時代の大坂城。

今回の発見は

そんな城の意外な姿を
教えてくれました。

続いての歴史ニュース 第6位は…。

その人生は まさに
激動の昭和と共にあります。

去年 直筆の和歌が見つかりました。

84歳以降に詠まれた 252首です。

そこから見えてきたのは

語られることの少なかった
昭和天皇の 心の内でした。

一家で 那須御用邸を散策した時の歌。

♬~

「さきの大戦において
戦陣に散り 戦禍にたおれた

数多くの人々や その遺族を思い…」。

亡くなる前年まで

欠かさず出席していた

全国戦没者追悼式。

その時の思いも 歌にしています。

今回 見つかった和歌は 多くが未発表。

昭和天皇の気持ちを知ることができる
貴重な発見となりました。

昭和天皇の 心の内の
多くを占めていたという 太平洋戦争。

去年 南太平洋の海底で 昭和天皇に
ゆかりの深いものが見つかりました。

南太平洋 ソロモン諸島沖。

水深1, 000mの海底で発見されたのが…

昭和天皇が乗る船だった 「比叡」。

海軍の中でも 特別な存在でした。

太平洋戦争が始まった翌年…

しかし アメリカ軍の攻撃を受け
沈没します。

ただ その時の詳しい様子は
分かっていませんでした。

今回の発見で
壮絶な最期だったことが分かりました。

船体を確認できるのは 後方のみ。

かじや スクリューは
大きく破損していたのです。

では 歴史ニュース
続いては 第5位です。

戦国武将にとって 城は

戦うためだけのものでは
ありませんでした。

岐阜市の金華山に建つ 岐阜城。

かつての主は

大河ドラマで話題の戦国武将…

しかし その後
織田信長の城になると

道三の時代のものは
分からなくなってしまいました。

ところが…。

去年4月 岐阜市は
道三の時代の石垣が見つかったと発表。

根拠は 信長の時代には
見られないという

石垣の積み方です。

大阪でも 石垣に関する
驚きの発見がありました。

舞台は
「幻の山城」と呼ばれた
飯盛城です。

1560年ごろ 造られたと思われる石垣。

なんと 長さ30m 高さ3m以上という

この時代にしては
とても大規模なものでした。

本格的な城の石垣。

その先駆けではないかと
見られています。

この城の主は…

足利将軍を 京都から追放し

一時は 天下人として名をはせた
戦国武将です。

京は もちろんのこと
畿内の大部分を支配した 長慶。

当時 改修したのが
石垣が見つかった 飯盛城でした。

巨大な城の
改修には

ある ねらいが
あったといいます。

続いて 第4位は…。

秘密のベールに包まれている 天皇陵。

知られざる一面を伝える史料も
ご紹介します。

(拍手)

日本最大の大山古墳を含む
49基の古墳から成る…

去年7月 世界遺産に登録されました。

≪古市古墳群
世界遺産に決定しました!

号外で~す!

選ばれた理由は
古墳が伝える 古代日本の姿。

社会や政治構造
埋葬の伝統などを物語ります。

現在 49基のうち29基が

天皇家の墓とされる「陵墓」。

中に入ることはできません。

しかし 地元の大阪で
貴重な史料が見つかりました。

明治時代 古墳を管理していた人物の
記録です。

記されていたのは

間近で見ないと分からない
古墳の実態。

例えば…。

「水打際 崩壊」。

堀の 水に接している箇所が
崩れてきているという

衝撃の報告です。

古代日本の姿を 今に伝える古墳群。

私たちの貴重な文化遺産です。

さあ 残すところ あと3つですが…。

その前に クールなイメージの有名人が
実は 慌て者だったかもしれない。

そんなニュースを ご紹介します。

宿場町として栄えた 滋賀県草津市。

去年3月 幕末の有名人の
「忘れ物」が見つかりました。

江戸時代に
宿屋だった建物で保管されていた…

袋に付けられた紙に
書かれていたのは…。

「新選組様
5月9日にお泊まり。

壱番の間に忘れ物」。

早速 その日の宿泊記録を調べてみると…。

「伊東甲子太郎」「藤堂平助」。

新選組の そうそうたるメンバーの
名前があります。

この中の誰が
忘れたのでしょうか。

(鐘の音)

土方たちが宿泊したのは 1865年。

新選組の名前を 世に知らしめた

池田屋事件の
翌年です。

事件をきっかけに
新選組は 隊員の数が急増。

ひょっとして 忘れ物をしたのは
そのせいだったかもしれません。

いよいよ ランキングも あと僅か。
ベスト3に選ばれたのは…。

第3位。 驚きのお宝です。

まさに 日本文学史に残る大発見です。

平安時代に書かれた 「源氏物語」。

全54帖から成る長編小説で
作者は 紫式部。

しかし
原本は残っていません。

現在 最も古いとされる写本は

鎌倉時代の歌人・藤原定家が
書かせたもの。

およそ800年前の
「定家本」です。

これまで確認されている
「定家本」は

僅か 4帖。

今回 その5つ目が

見つかったというのです。

発見の舞台は
東京にある 旧大名家の子孫のお宅。

当主の大河内さんも
全く心当たりがなく

何の本かも分かりませんでした。

しかし 専門家の調査の結果

「源氏物語」の「定家本」

「若紫」の巻であると判明したのです。

今回の写本が
「定家本」と判断された理由。

一つは 見つかっている「定家本」と同じ
「青表紙」が施されていること。

次に 紙が鎌倉時代のものであった
ということ。

更に もう一つ。

定家が修正の時に使う
淡い墨「青墨」が

使われていたことでした。

「源氏物語」を研究する 山本淳子さんは

今回の発見が 古典文学の歴史に
新たな1ページを加えると考えています。

800年前に書かれた 「定家本」。

その一つが
大河内さんの家にあった理由も

調査の結果
判明しました。

江戸時代半ば
福岡藩主の
黒田家から

幕府の要職
老中を務めていた

大河内さんの先祖に
贈られていたのです。

奇跡的に見つかった
「源氏物語」 最古の写本。

あとの49帖の行方も
気になるところです。

ランキングも終わりに近づいてきました。
第2位です。

日本中の注目が集まりました。

新しい元号は 「令和」であります。

「新しい元号は 『令和』です。
菅官房長官 新元号は…」。

令和! 令和!

令和か。 令和。

実に 31年ぶりとなった 今回の改元。

令和は 248番目の元号とされます。

これまで元号は
中国の古典から引用されてきました。

例えば「平成」は

中国の歴史書「史記」の

「内平らかにして
外 成る」から

「平」と「成」が
選ばれました。

今回 「令和」は
日本の古典から引用されました。

最古の和歌集 「万葉集」です。

「初春の令月にして 気 淑く 風 和らぎ」。

初春の 穏やかな様子です。

(鉦の音)

改元の半年後。

皇居宮殿「松の間」で
「即位礼正殿の儀」が行われました。

「国民に寄り添いながら 憲法にのっとり

日本国 及び

日本国民統合の象徴としての つとめを

果たすことを誓います」。

平安時代以来
天皇の衣装とされています。

ただ 即位の礼で着るようになったのは
近年のこと。

江戸時代までは 違う衣装でした。

それは どのようなものなのか。

京都産業大学に
答えを知るカギがありました。

江戸時代の即位の礼を描いた 屏風。

300年ほど前の
桜町天皇の時の様子です。

参列している人々の服を
よく見ると…

日本風ではありません。

(汽笛)

その後 明治維新をきっかけに

日本は大きく変わります。

天皇を中心とする 国づくり。

明治政府は 即位の礼に
日本風を取り入れました。

元号 そして 即位の礼。

その姿は 時代によって変化しています。

歴史ニュース 第1位の発表です。

日本中に 大きな衝撃を与えた出来事が
選ばれました。

いや 私も あのニュース見て
もう ほんとショックでね。

もう ほんとに これが
現実のことなんだろうかというふうに

ほんとに驚きました。

画面中央 激しく炎を上げているのが
首里城です。

建物全体が もう炎に包まれています。

去年10月31日。
沖縄・首里城で火災が発生。

多くの建物が全焼しました。

琉球王国時代からの貴重な文化財も
多く失われました。

今 復興への取り組みが
広がっています。

450年続いた 琉球王国の象徴。

今も 多くの人々を引きつける
沖縄のシンボルです。

首里城は 今回を含め
実に 5回の焼失を経験しています。

しかし その度 よみがえってきました。

今回の復興では

費用や木材の調達などが
課題となっています。

それでも
沖縄の人々は 動きだしています。

お願いしま~す!
募金 お願いしま~す!

各地で見られるのは
募金をする 多くの市民の姿。

更に インターネットで
支援を呼びかけたところ…

募金だけではありません。

東京大学では 別のアプローチで
首里城を よみがえらせようとしています。

失われた首里城を デジタルの世界で
復元しようという試みです。

協力を仰いだのは 一般の人々。

首里城が写っている写真を
送ってもらい

そのデータをもとに
立体的に復元するのです。

プロジェクトの目的。

実は 首里城の立体復元だけでは
ありません。

目指すのは…

写真をクリックすると
思い出のメッセージが出る。

そんな仕組みを考えています。

首里城の多くは 失われました。

しかし 必ず よみがえる。

それは 歴史が証明しています。

先人から私たち

そして 未来の人々をつなぐ 歴史。

その新たな発見は
これからも

私たちの心を
揺り動かすにちがいありません。

♬~


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