徹子の部屋 林真理子~101歳の母を遠距離介護で見送り…~ 一人娘も大学生、毎日のお弁当から解放され…


出典:『徹子の部屋 林真理子~101歳の母を遠距離介護で見送り…』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 林真理子[字]


~101歳の母を遠距離介護で見送り…~林真理子さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

現在、連載8本を抱え多忙を極める林真理子さんがゲスト。

◇番組内容

一人娘も大学生、毎日のお弁当から解放され以前よりはゆっくりした朝を過ごせるようになった林さん。お弁当最後の日には娘から感謝の写真が届き、とても嬉しかったという。2017年、101歳の母が亡くなった。山梨で書店を経営しながら育ててくれた母は作家志望だったというが…。弟と遠距離介護を続けていたが東京に住む林さんに母は別れ際、毎回「これが最後で大丈夫」と言い、心残りがないよう気を配ってくれていたと語る。

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/


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徹子の部屋 林真理子~101歳の母を遠距離介護で見送り…
  1. 本当
  2. 作家
  3. 仕事
  4. 主人
  5. お母様
  6. 大変
  7. キレイ
  8. 一緒
  9. お願いいた
  10. お嬢さん
  11. 結構
  12. 最後
  13. 全部
  14. 素晴
  15. 素敵
  16. 母様
  17. インド
  18. お作り
  19. お嬢様
  20. お弁当


『徹子の部屋 林真理子~101歳の母を遠距離介護で見送り…』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(黒柳)今日も素敵なお召し物で

おいでくださいました。

林真理子さんです。

どうぞ こちらに
お入りくださいませ。

小説は もちろんですけど

歯に衣着せぬ発言でも
本当に大評判。

素敵な…。
どうぞ お座りくださいませ。

よろしくお願いいたします。
どうもよろしくお願いいたします。

(拍手)

まあ…!

随分 素敵なお召し物。
それは どういう…?

これはですね
インドのアッサム地方の

天然の繭で 金色の繭を作るそうで
そこから なんか

ムガという
シルクで作った着物です。

なんか 細密画を
インドの方の細密画が…。

ねえ! すごくキレイ。
それ 描いてあるんですか?

描いてあるんです。
へえ…! すごいですね。

それから 地の色がキレイですね。
キレイですよね。

ちょっと光ってね。
光ってて すごくキレイ。

絹っていうものも
キレイなものですね。

本当に… 本当に そうですね。
おみ帯は?

これは インドの…
ちょっと こうイメージした

帯だと思いますけど。
象やら…。

じゃあ これに合わせた…?
はい そうなんです。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。

まあ なんだか お忙しくて
なんか… 大変ね。

いろんなものに お出になってね。
忙しいですね。

去年は 本当に もうちょっと…

一昨年が
とても忙しかったものですから

ちょっと楽しようと思いましたら

後半から ものすごい勢いで
忙しくなりましたですね。

お嬢様は なんと
大学3年生におなりで

とても辛口なんですって?
はい。 そう…。

もうね 私がね
ぼけっと テレビ見てると

パシャッと撮られますね。
どんな事 言われるの?

「すごいよ」とか
「横から見ると すごいよ」とか…。

「ちょっと見てみ この姿」とか
言って

ちょっと寝転んだりしてると
「人間とは思えないよ」とか言って

よく ひどい事 言われますですね。

でも まあ 子育て中は 娘の予定が
最優先だったんでしょ?

そうですね。
幼稚園 小学校の時はね

午前中は
仕事 入れなかったですね。

ああ やっぱりね。
2時までは 仕事 入れずに

近くの喫茶店で
仕事をしてましたですね。

打ち合わせも
そこに来てもらって。

私の仕事場のようにしてました。
あっ そう…。

でも あなたの場合は 原稿は
どこでも書けるようにって

すぐ もう 手書きで…。
そうなんですよね。

まだ まあ パソコンだと
ちょっと 時間かかって

やっぱ 手書きの方が早いですね。

原稿用紙さえ
持ってらっしゃればね

どこでも すぐ書けるっていう。
スタバの2階でよく書いてますよ。

行き先だけど
ちょっと早めに着くと

書いたり本読んだりしてました。
そうですよね。

でも お嬢様は なんか
本 好きじゃないんですって?

全く好きじゃないですね。
あなたの本も読んだ事ない?

読んだ事ないと思います。 恐らく。

お嬢さんの前では
なんか 仕事はしない?

まあ たまに
本は読んだりしてますけれども

夫が…
ダイニングテーブルで書くと

「こんなとこで仕事するな」と
言って 怒る…。

橋田壽賀子先生みたいですね。

橋田先生もね ご主人の前で
決して書かなかったと…。

絶対 お書きにならなかった。

なんで
そんな風になっちゃったの…。

なんか… だから 家族は
私がテレビ見てる姿しか

知らないと思います。
フフフ…。

でも ご主人は理系の…
前にもおっしゃったけど

とても素敵な方で
理系のサラリーマン。

はい。
で 亭主関白?

亭主関白だと思います とても。
今 定年におなりになったんで

ずっと おうちに
いらっしゃるんですって?

そうですね。 まあ 図書館行ったり
ジム行ったりはしてますけども。

あとは おうちにいらっしゃる?
そうですね。

パソコンやってるみたいですね。

なんか あなた しょっちゅう
叱られるんですって? ご主人に。

もう朝… 朝起きて「おはよう」って
言ってもらえた事ないですね。

「台所が汚い」とか

昨日 鍵が… 「ここの窓のあれが
ちゃんと閉まってなかった」とか

「新聞が散らかってる」とか言って
朝 必ず怒られますかね。

そしたら あなた
なんて おっしゃるの?

もうね 前は
なんか言ってましたけど

右から左に スッといく事に…
聞き流す事にしました。

でも 少し… お嬢様が大学生から
朝が 少し遅くなったので

お弁当 お作りになるのが
遅くなってよかったんですって?

この頃
7時半とかになりましたですね。

前は
5時半から6時でしたけども。

作家の方が 朝5時半に起きたら
大変ですね。

大変でした 本当に。

でもね まあ あとは
大した事してないので

お弁当ぐらいは
ちゃんと作ろうと思って。

でも お嬢さんの
お弁当の最後の日

メールを お嬢様が
くだすったんですって?

「ママ 6年間ありがとう」って。

このお弁当? あなたの。

最後だから キャラ弁に…
ちょっと頑張って作ってみまして。

左の下は なんか 娘の部屋から…。
ハングル?

ハングルのうちわが
あったんですよ。

なんていうんですか?
コンサートに行った時のあれで。

誰が好きなのか わからないから

そのうちわのとおりに
のりを切ったんですけど。

わかる方は
わかるんじゃないですかね。

お嬢様は
「うれしい」っておっしゃった?

結構 喜んでたみたいですね。
そうですか。

これが最後だったの?
これが最後のお弁当でしたですね。

でも 何年間ですって?
6年間。 中高6年間。

それは大変だわね。
大変でした。

毎朝5時起きで。
そうですね。

でも いいお母さん。

まあ… 他では
そうでもないんじゃないですか。

もっとね
きちんとやっていらっしゃる方

いっぱい いらっしゃるから。
でも ほら あなたは

作家っていう仕事があるから。
そうですよね。

あなたが… いらっしゃって

みんなで 相談して
なんか まとめる時に

あなたが なんでも決めてる…
令和も あなたが決めてるって

思われちゃったりしてるんでしょ。
いやいやいや…!

本当に そんな事ないんですよ。
令和を決めたとかって

何人かいらしたうちの1人なので。

私は 本当に
そんな事はないんですよ。

だけど
有識者懇談会っていうのがあって

皆さん いらっしゃるんだけど
あなたが来ると

みんなが わって あなたの方に
マイクロホン持った人たちが行くから。

ああ…! あのね
何人かずつ分かれたみたいで

「林さん こっち来てください」って
言われたので

「ほらほら
山中伸弥先生 そこにいるから

あっち行ってくださいよ」って
私は申し上げたんですけども…。

林真理子のコーナー
山中先生のコーナーみたいに

みんなで区分けしてたみたいで。
あっ そうなの。

まあ 私が あの… ちょっと
インタビューを受けましたけど。

これ 総理官邸で…
ちょっと ご覧いただいて。

VTRです。

「本当に
素晴らしい元号が選ばれて」

「『万葉集』で初めての国書
という事になりますけれども」

「作家の1人として これで
『万葉集』ブームが

起こるんじゃないかと思って
とてもうれしく思っております」

(記者)「今日は 林さん
お誕生日という事で」

「ありがとうございます。
こんな誕生日が来るとは

思いませんでしたけれども
まあ あの…

思いがけない
素晴らしいところに…

場面に立ち会わせていただいて

本当に幸福な誕生日だったと
思っております」

下から撮るの
やめていただきたいですね。

カメラの方に言いたいですけど。
フフフ…。

もうちょっと前から?
前から ちょっと…。

4月1日 私の誕生日だった…。
そう ちょうど。

ちょうど。
ビックリしましたですね。

でも あれ見ちゃった人は
元号は あなたが決めたって…。

そんな事ない…! それで

「この場で
見たり聞いたりした事は 絶対

よそで言わないでください」って
おっしゃった…。

私 割と根が真面目なんで
うちに… その夜 夫から

「他に何があった」って言われても
「ちょっと言えない」って言って。

「1つぐらい教えろ」って言われて
「うーん」って言って。

こんな字だったかなと
思ってたんで…。

ご即位の いろんな儀式とか

いろんな事に
全部 ご招待があったと。

はい。 本当に ありがたい事で
即位の礼も…。

よかったでしょ。
とても いろんな日本のね 昔の。

本当に 素晴らしい体験
させていただきましたですね。

そうですか。
それから お衣装とかね。

はい。 もう素晴らしかったですが

雅楽を
すぐ真下で見せていただいて。

ああ そう。 うん。

車で…。

うわ すごい! あそこに
あなた いらっしゃるんだわ。

ちょうど真下ですね。
あっ あっ…。

天皇陛下の お出ましです。

雅子さま おキレイ。
雅子さまね おキレイ。

いろんなものが…。
はい。 これが出まして。

あと 持って帰れるんですけども
まあ 生もの以外は。

そうなの。

これは 本当に古い 干した…。

うっかり 昆布なんか
口に入れちゃうと…。

♬~(雅楽)

ちょっと 大変な事に。
これね。 あなたが…。

♬~(雅楽)

このあと 五節舞といって
女性が踊るの ありまして。

『源氏物語』の中に出てきます

「少女」という所で
出てきますけども

どんなものか見た事なかったので
もう 感動いたしました。

ちょうど 今
書いていらっしゃるんですって?

あなた その辺りを。

あのね ちょっと
時代がさかのぼりまして

大正の… 今 7年かな?
5年~7年の間で

梨本宮伊都子妃が

娘の縁談 どうしようかって
考えるところですね。

日韓併合で一緒になられた
李王家と…。

李王家。
…と 方子さまとの。

あっちの方子さまですね。

梨本宮の方子さまとの
今 物語を書いてるところです。

あら! それじゃあ
いろんな ご覧になった事とか…。

書いてて 筆が進みますですかね。

でも なんか お仕事お忙しくて。

今 連載 いくつ
持ってらっしゃるんですって?

週刊誌の連載小説 始まるし…

9つぐらい?
9つ!?

エッセー入れると
月刊誌が5つぐらいで

週刊誌が4つぐらいですかね。
相当ありますね あなた。

今ね 本当
整理しなきゃいけないと…。

もう 私も前期高齢者なんで
整理しなきゃと思ってます。

本当に? そうすると
昔は よくご一緒に…。

そう そう そう!
田中宥久子さんの…。

そうなんです。
黒柳さんもおやりになって

今も この美しさを
保ってらっしゃいますけど。

でも 文学賞の選考委員も
やってらっしゃる。

直木賞は 随分早く 20年も
やってらっしゃるんですって?

選考。
はい。

まあ お正月 ないですね。

直木賞の本もらうのが
年末なので。

ずっと… ずっと読んでますね。

一日以外 読んでますかね。
ああ そう。

それで だんだん
選考に入っていく?

そうですね。
読み終わらないといけないので

大体
1月の中旬ぐらいですからね。

ご自分で 本当に
お読みにならないとね。

そうなんですよね。
こればっかりはね。

また 読み直したりとか
いろいろ チェックしたりとか

結構 大変ですね。
でも あなた 書店の娘?

はい。
だから 本のおかげで

大学まで行かせてもらった
っていう恩義があるんですって?

もう 作家の方々にはね
本当に 恩義を感じてますし

私 作家フェチなんですよ。
作家フェチ?

やっぱり 作家の方に会うと
うれしいです。

だから 寂聴先生とか
初めてお目にかかった時は

もう うれしかったですね。
ああ そう。

あと 五木寛之先生とかね。

渡辺淳一さん。
…先生。

有吉佐和子先生 田辺聖子先生。

もう 本当に お目にかかった時は

「ウワーオ!」っていう感じ。
フフフフ…。 でも なんか

書店を切り盛りしてらした
お母様

お亡くなりになったんだけど
101歳ですって?

101歳。
すごい。

お母様のお歌を…
お作りになったノート。

はい はい…。 あのね この間
ちょっと 山梨帰ってきたら…。

いろいろ
ちょっと 遺品を見てたら

ノートに いっぱい こんな…。
すごい!

お母様 お作りになった
お歌かしら? それ。

そうです。
お母様のお歌なの?

短歌ですね。
短歌。 うん。

まあ 昔の人は 結構

俳句か短歌
やってるんじゃないですかね。

ちょっと いいですか?
見せていただいて。

ごめんあそばせ。
いいですか? ちょっと。

「関西弁の男孫の電話聞きとれず

幾度か問いかへし
切られてしまへり」

弟がね
関西の方に赴任しまして。

あちらが全部
関西語圏になってしまって

ちょっとビックリしたみたいです。

うち 全部 ほら
関東ロームの上から出てないから

ちょっとビックリしたみたい。

でも これ あれ…。

「戦火くぐり
闇米負ひて生き残りし…」

背負ってね 闇米を。

「生き残りし 八十二歳の
クラス会なり」って お母様がね。

こういうの わかりますよね。

まだ82歳…
じゃあ 若かったんですね。

本当よね。 本当だわね。
そう思います。

でも 山梨県にお住まいの
お母様と

遠距離介護って なんか…。
はい。

まあ 遠距離って言っても
1時間半ですから。

ええ。

まあ 本持っていって

ちょうど 読み終わると
着くぐらいで。

よかった…
私は とてもいい時間だったと…。

そうですか。 弟さんも
ご一緒にいらっしゃる時が

あったんですって?

弟は 介護離職っていうんですか?
58ぐらいで…。

部長をやってたんですけど
結構 大きなとこの。

お母さん ちゃんと
みたいからっていう事で

会社 辞めまして。
すごいわね。

まあ
可愛いがってもらってたんで。

私が 弟に 「お金は私が出すから
人手出して」と言ったら

本当に よくやってくれました。
ああ そう。

じゃあ お母様に対しては

なんのあれもなく?

そんな事ないですよ。

この
『徹子の部屋』に お出になる方は

皆さん
おうちで ちゃんとみとったり

お風呂入れてさしあげたりとか

そういう事を
ちゃんとやってらしたけど

私の場合は
施設に入ってもらって

まあ そこに行くっていう
形でしたから。

おうちでみてる方に比べたら
とてもとても…。

でも やっぱり 施設で

慣れてる方に
やっておもらいになった方が

本人にとっては いいっていう方も
いらっしゃるのよ。

そうですね。 私も そう思って

母も そう言ってたんですけども。

うちの母が
よく申してましたのは

親のためにね 子どもの人生が
変わるような事があったら

それは 死ぬよりもつらいって事を
ずっと言ってたんで。

ああ そう。
ええ。 だから もう施設に入って。

97まで
一人暮らししてましたからね。

だけど まあ よくある話ですけど

骨折して
もう動けないっていう事で

リハビリから入りまして。

まあ ちょっと…

もしかしたら
言いたい事や したい事も

あったのかも
しれなかったですけど

ずっと我慢してましたよね。
昔の人ですからね。

子どもに
負担をかけないようにって

そればっかり考えてたんだと…。
でも 101歳まで。

101で。 100の時までは元気でした。

お祝いの時も
「ありがとうございます」とか

はっきり あいさつしてましたんで
皆さんに。

本当は 作家になったら…
あなたより

すごい作家になったって
おっしゃったんだって?

お母様。
そうなんです。 なんかの折に…。

鎌倉アカデミアっていう
作家のための大学ができたので

そこに行こうと思ったら
おばあちゃんに止められたと。

亭主が生きてるかどうかも
わからないのに 中国で。

ダメって言われて。
私が あそこに行っていたら

もっとすごい…
真理ちゃんなんかより

もっとすごい作家に
なれたかもしれないのにって

言ってました。

で 私が「お母さん それなら
書けばいいじゃない」。

「作家でね
“書いてたら"は ないよ」って。

「書いてたら… “たら"はない」。

「作家になる人は書くんだよ」って
私が偉そうに言ったら

「あなたが作家になったんで

私は 作家の母として
書けなくなった」

なんて言ってました。
フフフフ… そう。

強いですね やっぱり。
すごい。 うん。

だから 母と娘って やっぱり
すごいんですよ ライバル意識が。

うん。 ライバル意識。
そりゃそうですよね。

で お母様は
あなたの本は読んでらしたの?

読んでましたね。 実家に行ったら

ずらっと並んでましたんで。
あっ そう?

だから まあ 批判はしつつ

読んでたかもしれない…。

でも あなたがお帰りになる時に

「これが別れでいいわよ」って
お母様 おっしゃったんですって?

「もう 言いたい事は
全部言ってるよね」って。

「いつボケるか わからないから

今日
いろんな事 言っとくからね」。

「もう 十分 話したから
さあ 帰りなさい」って

いつも
送り出してくれましたですね。

そう…。
でも そういう事を思い出すと

やっぱり
胸がいっぱいになるでしょ?

うん… そうですね。

もっと ああすればよかった
こうすればよかったって…。

今後 いろんなものを見ると…。

例えば
船旅のパンフレットとか見ると

連れていってあげれば
よかったなとかね

いろんな事 思います。 私はね

母親には 割と良くしたかなと
思うんですけども

父親には 割と
ちょっと冷たくしてたので

お父さんに
もっと優しくしとけばよかった

どっか もっと連れていって
あげればよかったって

その悔いが残りますね。
そうね。

でも あれですってね。

いくらしても やっぱり
悔いは残るんですってね。

そうなんですよ。
悔いが残らない人なんて

いないと思いますよ。
そうでしょうね。

ああすればよかった
こうすればよかった

って事ばっかりです。
そうですよね。

でも お母様が亡くなった時
お仕事は休んだ?

それがね
本当に 親孝行… 子ども孝行で

金曜日の午前中に
亡くなったんです。

だから 土日に家族葬して
月曜日は もう普通でした。

じゃあ そこに
締め切りはなかった?

はい。
あら…。

ですから これが月曜日だったら

ちょっと
いろいろ大変でしたけど

日曜日の夜に 全部 終わりました。
すごい。

その前から うちの中のものも
片付けたりしてたので。

いとこたちが
片付けてくれてたんで。

じゃあ 随分 あれね…。
やっぱ いろんな事を

知的に考えてらした
お母様なんだわね。

そうですね。 なんか 歌に

「この世に もはや未練なし
一番光る星になりたい」

って歌を 亡くなるちょっと前に
作ってたんで。

すごい。
今でも 星を見ると

あれがそうかな? なんて
思ったりしますけどね。

それ すごいわね。
「一番光る星になりたい」。

そうなんですよね。
なるほどね。

でも すごいのは… お母様

「一生稼げる仕事に就きなさい」
って おっしゃったって。

はい そうですね。

結婚なんかね
しなくてもいいんだから

とにかく
働く女の人にっていうのは

子どもの時から
言われてましたですね。

ずっと言われてました。

その仕事は なんでもよかったの?
まあ うちの母は

図書館の司書か
学校の先生って…。

まあ それくらいしか
仕事がありませんでしたので。

そう言ってました。

あなたの大学生のお嬢さんは?
今。

もう 今 そろそろ
就職活動 一生懸命してますね。

どんな事
考えてらっしゃるみたい?

就職について。
いやー あの…

「ママの力は借りない」とかって
言ってますけど

どうなるか わからないですね。

口出しはしないようにしてます。
あっ そうなの?

まあ 幸いな事に
本とか 全く興味がないので

こういう業界に
来る心配はないので

ちょっとホッとしてます。

なんか 出版社の偉い人が

「お嬢さん そろそろ就職だよね?」
ってお聞きになるので

「全く 本には興味を持ってません」
って言うと

ホッていう…。
「押し付けられたら どうしよう」。

「よかった。 ホッ…」みたいな
表情の時が…。

ママ友が親友で

幼稚園の行事してらっしゃる
準備の時に

「バカにしてる」って
言われたっていうのは

なんなの? それ。
あの…

バザーがあるじゃないですか。
ええ。

ずーっと
毎日 こう 切り抜いてたら

「こういうの 本当は
バカにしてんじゃん?」って

言われた事があって。
「え? そんな事ないよ」って。

「今まで 私
ガツガツ働いてきたんで

本当 癒やしの時で。
こう フェルト切り抜いてると

本当に 至福の時なの」って
答えた事あるんですけども。

本当に幸せでした あの時期は。
なるほど。

今 ママ友とも
本当に仲良くさせていただいて

友情が続いてますですね。
いいですね それはね。

じゃあ 時々おしゃべりしたり?

ごはん よく食べに行ったり。
そうなの? それはいいですよね。

でも お嬢様 あっという間に
本当に大きくなりましたね。

はい。 もう ついこの間ね
幼稚園生だと思いましたので。

そう そう… ねっ。
本当に。

もうちょっと
勉強してほしかったですけど

仕方ないですかね。
でも それは…。

これから
どうなさるおつもりでしょうね。

本当に 私も知りたいですけども

あんまり
親が 口出しもできませんでね。

ご主人は… 優しいご主人とは
どう過ごしてらっしゃるの?

「優しいご主人」。
あの… でもね

もう ほら あと残された時間も
あれですから

私も土日は仕事しないようにして

夜は2人で ごはん食べに行ったり
お酒飲んだり

日曜日は ちょっと
2人で片付けものをして

テレビ見ながら過ごすとか
そういう風にしてます。

いいじゃありませんか。

せっかくね なんかの縁があって
一緒になったんですから。

そうですよ。 あなた
そう おっしゃったじゃない…。

あんまり けんかしないで…。
うちの娘も

「あと10年か20年でしょ」とか
言われてるんで

仲良く過ごしたいなと思ってます。
そうですか。

でも ご主人と 旅行になんか
行ったりは どうなんですか?

ええ。 4月も
ちょっと 海の方に行こうかって。

いいじゃないですか。

そういうの ご主人と
決めたりするの楽しい?

そうですね。 でも 私が 例えば
歌舞伎 行きましょうとか

落語 行きましょう
オペラ 行きましょうって言うと

全く興味を持たないので
それ ちょっと残念ですね。

それは いらっしゃらないの?
私一人が行くのは

ちょっと腹が立つっていう
感じですかね。

そうですよね。 そういう時

一緒に行くお友達っていうのは
いらっしゃらないの?

います います。
近所のママ友とか いっぱい。

でも ご主人が行ってくだされば
一番ね。

そうですね 本当に。

帰りに ちょっと 何か
おいしいもの食べたりして

楽しいんですけどね。
そうですよね。

おいしいもの食べてね。
絶対そうだと思いますよ。

お嬢さんとは どういう所に
行ってみたいと

思ってらっしゃるの?
そうですね。

本当に 子どもの時に
あそこの バイロイトの…。

ドイツのあっちの方にも
いろいろ行ったんです。

そうなの?
名前が 今 出てこないんですけど。

ワーグナーのオペラなんかは
ご覧になったんですか?

はい。 娘も見ました。
そうなの?

これからも
ご主人と仲良く…。

どうも
本当 ありがとうございました。

ありがとうございました。
(拍手)


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