ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 中尾彬×舘野晴彦 中尾が語る、終活をする上での大事なポイントとは…


出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 中尾彬×舘野晴彦』の番組情報(EPGから引用)


[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 中尾彬×舘野晴彦


悪役ぶりに定評がある中尾は、近年はコメンテーターとしても活躍。ギリギリの発言は、たびたび世間をザワつかせる。そんな中尾節も炸裂!妻・池波志乃とのエピソードも…!


詳細情報

番組内容

1942年、千葉県生まれ。役者になりたいと思ったのは小学2年の時。昭和のスター俳優との出会いがキッカケだったという。1961年、武蔵野美術大学に進学した年に日活第5期ニューフェィスに合格。役者の道を歩み始めるが、わずか1年で日活を辞めてしまう。その理由とは?そして20歳のとき、俳優の滝沢修や宇野重吉らが率いていた劇団民藝に入団。ここで中尾は俳優にとって欠かせないモノを手に入れたという。

番組内容2

劇団民藝に入って2年後、石原裕次郎と共演。風呂場で裕次郎が歌っていたのは、発売前のあの名曲だった!さらに先日、他界した梅宮辰夫、宍戸錠たちと過ごした青春時代の思い出も語る。妻は女優・池波志乃。結婚生活は今年で42年になる。中尾家の終活を2人で綴った本「終活夫婦」は話題になった。中尾が語る、終活をする上での大事なポイントとは…。歯に衣着せない中尾の、潔く、けれどどこか温かいトークが止まらない1時間。

出演者

【ゲスト】中尾彬(俳優)

【インタビュアー】舘野晴彦(編集者)

次回放送予定

次回3月7日(土)は、タレントの高田純次に、タレントでエッセイストの小島慶子が迫る!お楽しみに!

番組概要

様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!

番組ホームページ

<番組ホームページはこちら!>

www.bs-asahi.co.jp/interview/

制作

BS朝日、テレビ朝日映像


『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 中尾彬×舘野晴彦』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 中尾彬×舘野晴彦 中尾
  1. ホント
  2. 中尾
  3. ダメ
  4. 映画
  5. 意味
  6. ストレス
  7. テレビ
  8. ハハハハ
  9. 役者
  10. 裕次郎
  11. 全部
  12. 自分
  13. スタッフ
  14. 期生
  15. 貴重
  16. 写真
  17. 面白
  18. 悪役
  19. 芝居
  20. 日活


『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 中尾彬×舘野晴彦』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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〈芸能界でも指折りの食通は
年季が違う〉

〈創業300年の名店を
取材場所として

さも当然のように
指定してきた〉

(舘野)こんにちは。
あっ どうも 中尾でございます。

よろしくお願い致します。

あの…
志乃がお世話になりまして。

はい。
よろしくとの事で。

その時も ホントに
背筋が伸びる思いで

カメラの向こうに
中尾さんの雰囲気が…。

こちらへ お座りください。
はいはい。 すいません。

よろしくお願い致しま~す。
よろしくお願いします。

座ります。
はい。

お手柔らかに お願い致します。

ハハハッ。 はい。

ここで好きなメニューとか
決まってらっしゃるもの…?

もう 私は うなぎ 好きですから
丼だけですね。

ああ。
あっ 重じゃないんです?

もう うなぎっていうのは
丼に決まってるんですよ 本当は。

ハハッ。 そうなんですか。
ええ。

重だと 四隅に
タレがたまっちゃって

この陶器だと タレが

下まで こう滑っていくんです。
確かに。

それが うまいんですよ。
そうか。

じゃあ そこで
こうなるようにして

ちょうどいい感じになる具合に
できてると。

そうです。
あ~。

同じだと思って
なんか…。

だって どうせ食べるんだったら
うまい方がいいでしょ。

ハハハッ。
ホントですね。 はい。

で もう あの…
なんていいますか…

付いてくるお漬物は これは…。

あっ そうなんですか。
ええ。

うなぎの脂を
お酒が切ってくれる。

あ~ そうか
全てに意味が ちゃんとある。

全部。 そうじゃないと 意味…。

たくあん持ってきたら
食えませんね。

あ~。 ちょっと そこだったら
わかってないっていうか こう…。

はい。
わかりました。

そういうゆかりのあるところで
リラックスしながら…。

よろしく どうぞ お願いします。
よろしくお願い致します。

♬~

〈日活ニューフェイス出身で

同期には 高橋英樹がいる〉

〈出演してきた作品は
数え切れない〉

〈56年に及ぶキャリアの中では

とりわけ 強面で演じる悪役に

定評があった〉

〈バラエティーや
ワイドショーにも

欠かせない存在だ〉

(女性)
ここは 清水港でございまして

こちらの港は 冷凍マグロ水揚げ
日本一の港なんです。

すごい。
(関根)へえ~。

知ってるよ。
(女性)あっ 知ってます?

わざとっぽいね。
(関根)いやいやいや。

「へえ~」なんてウソっぽいよ。

(3人)おはようございます。

9月17日 火曜日の
『グッド!モーニング』です。

〈思った事を
そのまま口にするのが中尾流〉

(坪井)よろしくお願い致します。
おはようございます。

なんとも… みんなが

単なる台風だと
思い込んでたんだね。

こんな被害があると
思ってなかった。

なんで 自衛隊 動かないんだい?

なんでさ… 小泉さんが行ったって
意味ないじゃない。

(岸)う~ん まったく。
なんで動かないの?

〈忖度などは あり得ない〉

〈今回のインタビューでも

ズバッと社会に切り込んだ〉

最低の競技場ですね。

ダメですか?
ダメですね。

できたばっかりですけど。
いや 全然ダメですね あれは。

写真 写すバカがいるけど…。

あれ ダメですか?

あれ ダメですね。
写して誰に見せるんだよ。

今回の新型コロナの…。
ウイルスの… はい。

医者がわからないのに
なんで 俺がわかるんだって…。

〈ある意味

「なんで 下ろさないんだ?」
って事しか言わない。

〈人生100年時代

夫婦の在り方にも持論があった〉

♬~

♬~

♬~

「あっ すいません お先…」
「いや いいんだよ いいんだよ」。

そしたら 裕ちゃんが
歌いだしたんですよ 後ろで。

まだ発売されてなかったですね。

貴重ですね それ。
ええ。

風呂場に響くんです あれが。
いや~ なるほど。

裕次郎さんの声って 全部
風呂場でやってるみたいな…。

ハハハハハ…!

♬~

これ 私が大事にしてた
俺が大事にしてた

って事は ないんですね。
どうする? っていうんで

ちょっと 1週間置いとこうよと。

で やっぱし1週間目で

やっぱり いらなくなったなと
思えば 捨てればいいんだって。

写真も捨てちゃったんです?
ええ。

処分してしまったんです?
ええ。

あ~。

いや でも
それ相当 貴重じゃないですか。

♬~

今後 どんな事を
やっていらしたい…?

う~ん あんまりないですね。

ホントですか?
ええ。

やっぱり もう やり尽くした…
やってきた?

はい。

〈1942年 中尾彬は
千葉県木更津市に生まれる〉

〈家は酒屋で
5人きょうだいの長男だった〉

〈絵画展を開くほどの絵の腕前は
子供の頃から〉

〈文部大臣賞の受賞が その証し〉

〈役者を目指すのは
小学2年の時だ〉

〈地元に撮影でやって来た

銀幕スターとの出会いが
きっかけだった〉

千葉のご出身で…。

はい 木更津。
木更津ですよね はい。

お子さんの頃は
どんな少年というか…。

麒麟っていわれましたね。
麒麟?

何しろ 陸上競技で
速かったんです。

運動は じゃあ もう…。
はい。

高校まで
陸上競技やってましたから。

なんか… でも 勉強は
しなかったですね。

しなかったですか?
しなかったですね~。

じゃあ もう
駆けずり回って…。

目の前が海でしたから。
はい。

だから 年中 泳いだり。

ご家族は もう
和気あいあいって感じですか?

うちは酒屋でしたから
お金持ちだったんですよ。

ハハハ。 お金持ちだったんですか。

子供心に わかってましたか?
わかりますね。

近所 全部
漁師の子供たちですから。

学校に来ない子もいましたしね。
ああ そうか。

もう 家の手伝い?
はい みんな。

中尾さん 先ほどの

うな重のうな丼の話も
そうなんですけど

ホントに 色々 幅広く
色んな事を知ってらして…。

もう 年ですから もう。
今年 78ですから。

78。 見えませんね。

いやいやいや!
若ぶってるだけで。

なので 子供の頃から

やっぱり そういうような
ちょっと大人びたというか…。

昭和25年だったかな。
はい。

長谷川一夫さんがロケで
木更津に来たんですよ。

映画は松竹映画で
今でも覚えてますけど

『足を洗った男』という題名で
時代劇でしたけど。

学校休んで毎日見てましたね。
あっ 休んで?

はい。 なんか 目立つように
赤い帽子かぶったりね。

あっ こっそり
見に行くんじゃなくて?

もう 違いますね やっぱり。
ハハハハ。

それで 長谷川先生が座って
こう 手鏡持って

こう 眉 描いてたんですね。
はい。

そこに私の顔が
入り込んだんですよ きっと。

後ろに ずっと立っていたから?
はい。

みたいな事 言ったんですね。

ふ~ん。
そうしたら こう…。

って ひと言。

「学校出たら いらっしゃい」って

どこまで学校出たらいいのか
わからない。

でも まあ 勉強しなさいよって
意味だったんでしょう。

その時 役者さんに
なりたいんだけどと言った

という おぼしきものは
なんだったんですか?

役者に対する憧れとか…。

なんか あの…
知らない世界っていいますかね

それを体で演じてるって事が

魅力的だったんじゃ
ないでしょうか。

あるいは 光ですね。
今の子がテレビのなんかを見て

それと一緒の部分だと思いますよ。

同じような部分。
はい はい。

でも アートというか
そちらの才能もありますよね。

それはですね
今まで絵を描いた事なかったです

小学校4年生まで。
はい。

そしたら それが 「全国図画コンクール」
ってのがありまして

それで全国大会ってのが
あったんですよ。

で 毎年 テーマが違って

私が出した時
「海」というテーマだったんですね。

で 海っつっても
困ったなと思って

目の前に腐った船が…
朽ちた船が骨組みだけあって

それを描いたんですね。

で 生意気にも
『廃船』っていうタイトルつけて。

青年とは思えないような その…。

それが文部大臣賞ってのを
初めてもらって。

うわ~ いきなりですか?
いきなりです。

で 俺は絵がうまいんだと
思い込んだんでしょうね。

うん。 それは おかしくないと
思いますね。

そういう事から
絵は きっかけでしたね。

そういえば 入ってくる時に
立派な絵が…。

ああ! ここが40年前に
このビルになったんです

二階屋から。

それで まあ じゃあ
絵をプレゼントしようっつって

ちょうど寸法が
ぴったり合ったんですよ。

ああ もう
描いてあったものなんですか?

はい。 フランスの「ル・サロン」
っていう展覧会へ出したやつで。

うち置いといても
邪魔だからと思って。

それで こちらに寄贈したという。
はい。

中尾さんって… 僕が
若輩が ぶしつけですけど

ちょっと
日本人の俳優っぽくないですよね。

なんか そういう背景というか
今 伺っても。

だから 私は 年取って…。

嫌ですか?
嫌ですね。

ああ~。
確かに 笠智衆さんみたいな方は

やっぱ
おそばが似合うでしょうけど。

私はダメですね。
やっぱり 血の滴るステーキとか。

フフ…。 そっちでありたいと?
そっちでありたい。

〈1961年 武蔵野美術大学に進学〉

〈同じ年
日活ニューフェイスに合格し

学生をしながら
映画俳優の道を歩み始めた〉

〈だが わずか1年で
日活を去る事になる〉

ちょうど 新聞に

日活のニューフェイス募集って
書いてあった。

それ 応募しました。
はい。

当時 映画が
もう 全盛でしたから。

裕次郎さんが出てきて ちょうど。

なんか 4万人ぐらいの応募が
あったらしいんですよ

この履歴書で。

その中で結局400人ぐらい残って

その人たちが撮影所で
カメラテストを受けるわけですね。

それで 結局 13人受かりまして。
それは何期生とか…。

5期生です。
5期生。

これは亡くなった宍戸錠さんが
1期生。

ああ そうですか。
ええ。

2期生が
葉山良二さんなんていう役者。

3期生が小林旭で

4期生が赤木圭一郎。
おお そうそうたる やっぱり…。

で 5期が私と英樹… 高橋英樹。
ああ~。

飛び込んでみたら
役者の世界っていうのは

どうだったんですか?

う~ん なんか…。

(一同 笑い)

どういうところが
ピンとこなかったっていうか…。

いや すぐ金が儲かると
思ったんですね。

ああ~。 お金欲しかった?
もう 当然ですよ。

東京に住まなきゃいけない。
生活もある。

それは やっぱし 英樹たちも

この間 『徹子の部屋』で
一緒でしたけど

やっぱり 英樹も
そういう考えでしたね。

財を成さなければいけない。
はい。

そうしたら 違ったんですか?

ええ 私は…

みんな 金金金って言ってるから
私も言ってましたけど

これは違うだろうなと思った。

だから 映画が
こうなっていったんだろうなって。

でも それこそ そんな倍率で
色んな人が憧れて…。

みんなね
もったいないって言いましたね。

そうですよね。
ええ。

そこを…。
もったいなくなかったですね。

そ… それは いわゆる その

あまのじゃく的な
ものなんですか?

そうじゃなくて
見据えてるものが違うから…。

これはもう 日活も もたないな
映画界ってのは。

そうなんですか。
…と思いました。

だから
裕次郎さんの後ろを歩いたり

小林旭さんと話してといった事で

映画の作り方ってのは覚えました。

で ずっと 芝居だけで
生きていこうと思ったら やっぱ

ちゃんと基礎からやらなきゃ
いけないかなと思って

それで 劇団民藝
っていうところに受けて。

〈1950年
滝沢修 宇野重吉らが創立した

劇団民藝の門をたたいた〉

〈20代の大半を過ごした劇団では

のちのキャリアを支える

役者にとって大切なものを
学んだそうだ〉

民藝を選ばれた理由というのを…。

日活とか…
大映とか松竹の映画見てると

脇の人が とってもうまい人が
いっぱいいましてね。

宇野重吉 滝沢修 田伸介。
すごいですね。

女性では北林谷栄さんとか
奈良岡朋子さんとか。

ここで俺も修業すれば
なんとかなるかなと思って

民藝 選んだんですけど。

他の劇団でも
若い人いっぱいいましたけど

若い人がいたら
出る幕ないなと思ってね。

ああ まあ そうですよね。

劇団四季なんて
若い人ばっかしじゃないですか。

ハハハハ…。 そうですね。
うん。

民藝ってね どちらかというと
左がかってた劇団ですから

みんな メーデーだとか
色んなものやってました。

私は行きませんでしたね。
行きませんでした?

そんな事やって
なんの役に立つんだと思って。

揺るぎないですね。 そうか。

芝居は じゃあ
そういう技術的な事も

先輩たちにも恵まれて…。
はい。 やっぱり あと

声ですね。
そうですよね。

それを鍛えてもらいましたね。

声楽の先生やらせてくれて。

鍛えるっていうのは どういう…。

腹式呼吸ってやつでやりましたね。

ただ 日本の鍛え方っていうのは

海辺行って
ワーッて騒いでるから

あれは浪花節の鍛え方であってね。

あんまり意味がない?
意味がないですね。

のどを痛めるというだけの…。
アハハハハ!

だから 自分の体を
楽器にしたかったんですよ。

ここを押すと この音が出る
ここを押すと… そういうふうな。

じゃあ 前は こういう
いわゆるダンディーな

そういう低音の声だった?

なかったです。
ちょっと高かったですね。

昔の映画見ますと
高いですね 声が。

へえ~。 じゃあ それは

意図的に学んでいった?
はい。

声で憧れた先輩とか
印象的だった俳優さん…。

やっぱり滝沢さんですね。
ああ 声がね。

宇野さんは
何言ってるか わかんないし。

ハハハハ。 ああ そうでしたね。
ええ。

ボソボソが味わいですよね。
あれが味わいだっつったけど。

あの人 どちらかというと
そば派なんですね。

アハハハハ。

滝沢さん どちらかというと
ステーキ派なんで。

〈1964年 21歳の時

『月曜日のユカ』で
本格的に映画デビュー〉

〈2年後には日活時代の先輩

あの石原裕次郎とも
共演している〉

裕ちゃんとはね 映画は
1本しかやってないんですけど

『逃亡列車』とかっていう
正月映画でしたけど。

それで 終わって お風呂入ったら
裕ちゃんが入ってきて。

「あっ すいません お先…」
「いや いいんだよ いいんだよ」。

「どうぞ どうぞ」って言われて
入ってたら

そのうち 裕次郎さんが
「背中流そうか」って。

裕次郎さんの方…。
…が。

「ちょっと後ろ向け」って言われて。

ただ いくらさ あれでも
裸でね…。

そしたら 裕ちゃんが
歌いだしたんですよ 後ろで。

それが『夜霧よ今夜も有難う』。

本物ですね。
ええ。

もう その時には じゃあ
それは もう…。

貴重ですね それ。
ええ。

「なんて歌ですか?」って聞いたら
「『夜霧よ今夜も有難う』」。

風呂場に響くんです あれが。
いや~ なるほど。

裕次郎さんの声って 全部
風呂場でやってるみたいな…。

ハハハハハ…!

うちの年老いた父親も
大好きなんで

それ ホントに わかります。
確かに ホワン ホワン ホワン…。

そうでしょ?
なりますよね。

で 芝居の道が
どんどん動き始めていく…。

映画なんて ちょうど

アート・シアターが
出てきた頃でしたからね。

ATGが はい。
ATGが出てきた。

だから そういう映画 見てると

これじゃあ 日活とか大映とか

潰れるなと思いましたね
やっぱし。

物語でしか
なかったわけじゃないですか。

今回の
例の 半地下の人々…

『パラサイト』
やっぱ あれ…

ああでしたからね
ATGの映画って。

だから そういうものじゃなきゃ
いけないっていう…。

そうですね。 今の ほら
なんだっけ? 田原総一朗さん。

映画撮ってるんですね ATGで。

あっ そうか。
ええ。 面白くなかったですけどね。

(一同 笑い)

もう この際なんで
ぜひ伺いたいんですけど

例えば
どんなポイントが いまいち…。

なんかね 旗振りすぎるのかな?
ああ~ なるほど。

『朝まで』のテレビとか…。
うん そう なんかね。

だから 『パラサイト』の場合
監督は絶対 旗振ってないですね。

振ってませんかね?
ええ。

見た… 終わったあとに

ある人は それを
ユーモア映画だなと思ってみたり

悲劇だなと思ってみたり

喜劇だなと思ってみたりするのが
いいんじゃないでしょうか?

旗振っちゃうと
1色しかないじゃない。

ああ 旗振る意味が
よくわかりました。

確かに そこに 全部旗振って
塗り込んでいったり

余地がないぐらい
作り込んでいってしまえば

決まってしまいますよね。
だから 黒澤さんが

つまんないんですよ。

あっ 黒澤さんも そんな…。
(スタッフの笑い)

そうですか。
後半の あの

『影武者』から なんとか
訳わかんない映画ですよ。

そうですね。
ええ。

僕も つい 中尾さんにのって
言ってしまってるような…。

いや いいんじゃない?

でも ホントに 最初の頃の…。
あのね 『野良犬』だとかね。

『野良犬』だとか
『素晴らしき日曜日』とか

ああいう地味なものも
含めてですよ。

素晴らしかったですよね。
はい。

『野良犬』の最初の冒頭で…。
すごい 犬が こう…。

あれだけで。
そうですよ。

それで パンしていくと…
移動していくと

こう 夏の光があって。
光が はい。

もう それで
見てるだけで暑くなって。

それで刑事が こう拭いて。
はい そうです。

そうか。
前半は やっぱ そうですね。

でも 後半は ちょっと…。
ダメですね。

絵コンテは よかったですよね。

ああ 絵だけは うまいですね。
ハハハハハ!

〈このあとは 今も記憶に鮮明な
名優たちと過ごした青春時代〉

〈中尾彬は 今年で

〈映画『極道の妻たち』に
代表されるように

演じてきたのは 悪役が多い〉

〈キャスティングされる度
役と向き合い

己の色に染めてきた〉

悪役のイメージ。
ああ 多かったですね~。

10代は やっぱり…
20代は金ボタンが似合ったり

係長ぐらい…。

30代になっていくと
課長になって

そこから先が難しいんですね
役者も。

その時に… 30代の時に

そういう脇の役
悪役っぽいものをやると

大変勉強になりますね。
はあ~ どんな?

例えば… あ~ そうか

自分に そんな悪がないと
思ってたけど

これに共感するって事は

俺も どこかでは
心は悪なんだなとかね。

あ~ 共通があるんですか?

ここのとこ 俺に似てるなあとか。

へえ~。
なんか そういうところから

入っていきますね。

だから 悪役やる時
ただ悪っぽくやっても

しょうがないなと思って。

例えば 俺の色って
何色だろうと思って。

そうすると あっ 黒か…。

待てよっつって
ここひっかいてみると

黄色が出てきたりね。
ああ~。

なんか
そういう役作りはしたいなと。

へえ~。 最近の若い人たち
若い俳優さんは

どんなふうに
見てらっしゃいますか?

みんな 同じ顔してるなと思って。

わかりづらいですか?
わかんないですね 誰だか。

ハハハハ…。
(スタッフの笑い)

下世代で
ちょっと こう接点があるとか…。

あっ 私の下にいて
いいなと思うのは

佐藤浩市だけですね。
ああ~。

もう でも もう59歳…。
ああ そうなんだ。

あと いないんですよ。
そうか…。

だから 私
その名前知らないけど

向こうも 俺の名前
知らないんだなあと思ってるから。

いや 知ってると思いますよ。
いやいや 知らない…。

(スタッフの笑い)
いや 知ってます それは。

いやいや
そういうふうに考えてます。

ああ そう考えてるんですか。

女優さんのお話も
伺いたいんですけど

岩下志麻さんとも多いですよね。
多いですね 志麻ちゃんと。

岩下さんは
どんな感じの方ですか?

志麻ちゃんは どっちかっていうと
気取ってやってるけど

普通の人ですね。
普通の人ですか。

うん。
どっちかっつうと 三枚目ですよ。

およそ ちょっと
なんかイメージが…。

あの 目が悪いから

手 上げて
タクシー止めたと思ったら

パトカーだったりね。

ハハハハ!
(スタッフの笑い)

それ 相当
真剣に止めたんでしょうね。

うん そうですよ。
そういうとこがおかしな人ですよ。

へえ~。
あっ そういう人なんですか。

だから あの
『極妻』やってる時に

新幹線で
京都へ通ってると

そっちの筋の人が
全部あいさつに来るんですよね。

ハハハハ…。
あっ そうなんですか。

それが嫌で
やめたんですよ。

だから ある面で
女優さん最後の人でしょうね。

ああ~。
ええ。

その ギャップがあっても
演じ分けができるみたいな…。

はい。
はあ~。

〈ここ数年
名優たちが亡くなっていく現実〉

〈振り返れば

青春時代の
かけがえのない日々がある〉

同世代だと 梅宮さんとか…。

梅宮氏は 私たちにとっては
憧れでしたね。

ああ そうですか。
つまり遊び人の塊だったから。

俳優ってのは
そういう遊びがないと

ダメなんだろうと。
物を作る人は。

ああ~。

だから そういう余分な事…
余分な事が必要なんですよね。

なるほど。

当時は やっぱ銀座でしたから。
はい。

私たちは
新宿とか渋谷でしたけど

梅宮さん 銀座…
そのために白い背広作ったりね。

はあ~。

銀座で 梅宮さんで 白い背広。
スーツ…。

そういう余分な事…

余分な事が必要なんですよね。
なるほど。

だけど
これだけ芝居がどうなんて

こんなふうに考えないで

余分な事の方に
目がいってる方が…。

垣間見た
その そういう世界は

やっぱり面白かったっていうか
刺激的でしたか?

はい。 だから終わると…

撮影なんか終わると…

当時の俳優さん
錠さんなんか終わると

「今日 しゃぶしゃぶ行こうか」
なんて言いだす。

「しゃぶしゃぶって なんだろう?」
とかね。

はあ~。
あっ それだけ知られてない…?

ええ ないない。

あれ
関西から来たものなんですから。

東京は瀬里奈ってところが
初めて 東京 六本木に作った。

あっ 瀬里奈が最初なんですか。
そうですね。

へえ~。
ちなみに最初のしゃぶしゃぶ

おいしかったですか?
うん。

初めてね
ポン酢で食べたんですよ。

1食目を。

で 次に食べた時
ゴマダレだったんです。

あっ これ
ゴマの方が合うなと思って

今は ずっとゴマです。

アハハハ!

あと 印象的だった
そういう人たち

いらっしゃいますか?
うん。

そうね 同世代としては
やっぱし 松方。

あ~。
あと 勝さんとか。

ああ それ またすごいですね。
ハハハハ…。

でも 確かに 松方さんも
梅宮さんもお亡くなりに…。

はい はい。

みんな働きすぎたんですよ。

そうですかね。
だって 裕次郎さんだって

五十何歳でしょ?
そうですね 前半かと…。

働きすぎですか。
働きすぎか 考えすぎか…。

う~ん。
うん。 だと思います。

あの… うん。 だから

裕次郎さんが
タフガイっていわれて

小林旭さんが
マイトガイっていわれて

二谷英明さんが
ダンプガイっていわれて

そう いわれたから
そうやって そのものを

作んなきゃいけなくなって
きたんでしょうね

タフガイでいたいと。
あ~ そうか。

ファンの人たちが作り上げた
イメージを…。

はい そのまま維持しなきゃ…。
う~ん。

勝さんも そうですよ。

「俺は 座頭市だと
思い込んでるから」

って言ってたから。

勝さんは もう
やっぱり破天荒な人で

色々
エピソードがある方ですけど

何か
印象深い事ございますか?

『座頭市』という番組で
私も出たんですけど

例えば 撮影が終わると

「おお 車 乗っていこう」
こう 乗せて

もう 大変なんですよ 車の中で。

音楽はかけて 競馬新聞を持って

それで…。

アハハハ…。
訳わかんない人でしたね。

でも なんか イメージ
そっちの方角ですよね。

でね 食べ物が
また まずいんだ あの人は。

まずい?
どこでもいいんですよ。

ああ~ こだわりがない?

うん。 こだわりがないですね。
飯 食いに行こうって 行って

「おお 好きなもん食え」
なんて言ってて

自分は ウスターソースかけて
食うだけ。

えっ ご飯に?
ご飯に。

「これでいいんだよ 俺は」
っつって。

へえ~… 絶句。 ええ~?

それで「車 買いたいんだけど
何がいいかな?」なんつって

「あれはどうですか?」
とかって言うと…。

嫌なんですね そういうのを。

意外とちゃんと気にしてた?
気にしてんの。

へえ~! それも面白い。
うん。

〈中尾は
おしどり夫婦でも有名だ〉

そうやって よく聞かれるの。

でも 1番も2番もないね。

(司会者)
じゃあ 今の季節でしたら…。

いや 色々 あるでしょ?
そら豆の天ぷらだとか…。

あと なんだい?
ちょうど この間 うちは

山菜を食べたよね。
山菜を。

山菜の天ぷらで そうめんなんて
最高においしいですね。

〈女優 池波志乃と
結婚したのは

35歳の時だった〉

〈気づけば
人生を共に歩んで42年〉

結婚を踏み切るのは
どういうきっかけですか?

ホントに この前お会いして
これは ウソなく

ホントに素敵な人で

あえて中尾さんは…
たくさんモテていたでしょうし。

あの…
まあ 芸人の娘ですから

まあ どっちかっていうと

耳年増的なとこ
ありましてね 若い時から。

だから
あの 役者っていうのは

浮き沈みも多いし

人気もあれば
絶対落ちるに決まってんだから

その時に もし…
「お金 大丈夫かなあ」とか

「うち やっていけるかな?」
っつったら

「あっ 大丈夫です」

「腐るほどあります」
っつったんですね。

ないんですよ。

だけど
腐るほどあるって言われると

俺も落ちこまないで
済むわけですね。

そういう
なんか 生き方してきた人だから。

ああ これは 芸人のかみさんには
ピッタリだなと思って。

なるほど。
変な話ですけど…。

みたいな。 ハハッ…。

なんか私の方が
教わったっていうかな

そういう生き方を。
ああ そうなんですか。

だから この間も
ちょっと銀座行って

ステッキ買おうと
思ったんですね。

ほう。
あの~ なんだっけな あれは…

チャーチルの映画があって。
はい。

ああ かっこいいなと思って
チャーチルのステッキ…。

はい。 コート着て 帽子…。
はい。

それで ステッキ買おうと思って
行ったら

志乃が「やめてくれない?」
って言うから

「なんで?」っつったら

「いや リハビリだと
思われるから」って…。

まあ そうかと思って…。
ハハハハ…。

奥様の言う事は
ちゃんと そこで聞いて

買わなかったんですか?

買わなかったです。 あっ そうか。

女性が見たら
そう見えるのかなと思って。

そういうとこ 素直で…。

ああ もう かみさんの言う事は
「はい はい」ですね。

ハハハハ…。
(スタッフの笑い)

そうですか。
言っといた方が

絶対うまくいくんですよ。

ああ そう言っておいた方が?
うん。

〈2018年
2人は1冊の本を出している〉

〈『終活夫婦』〉

〈中尾いわく 終活は

「大きいモノから整理する」〉

無駄なものは もう…。
そうですね。

ですから…
まず大きいものから片付けようと。

で アトリエが
沖縄にあったんですけど

それも 全部。
千葉のアトリエも全部。

それで どうする?

これ 私が大事にしてた
俺が大事にしてた

って事は ないんですね。
どうする? っていうんで

ちょっと 1週間置いとこうよと。

で やっぱし1週間目で

やっぱり いらなくなったなと
思えば 捨てればいいんだって。

ああ 猶予期間みたいな?
はいはいはい…。

じゃあ 自分の生活空間が

嫌なもの 無駄なもの
気になるようなものが

今 ほぼないんですね。
ないですね。

それは 精神衛生上
違うだろうなあ…。

だから 写真も。

あっ それ 僕
ホントにビックリしたんですけど

写真も捨てちゃったんです?
ええ。

処分してしまったんです?
ええ。

立川談志と
飲んでるとこの写真とか。

あんなの みんな
死んじゃってるんだから

いらないですよ。
いや でも それ相当 貴重…

貴重じゃないですか?

いや 俺は 話してた時の方が
貴重だと思ってね。

いや それは
ホントそのとおりです。

もう 全く
そのとおりなんですけど。

談志さんと中尾さんの
ツーショットの写真なんですよね?

それも 相当 打ち解けてる。
うん。

年中一緒でしたからね。
へえ~。

あの ケチ男と。
ケチですか?

もう ケチなんてもんじゃ
ないですね。

どんな感じなんですか?
え~っとね

部屋に
7つ冷蔵庫がありましてね。

あれ 全部 拾ってきたんです
弟子が。

7つ?
7つ。

例えば 干物の部ね

肉の部…。

あっ 冷蔵庫一つ一つに役割が…。

そうなんですよ。
へえ~。

変なもんばっかり…
ドリアンとか入ってたりね。

ハハハ… へえ~。

で ある時 弟子が こう掃除…。

みんな決めるらしいんですよ。

お前は
今週は 冷蔵庫の掃除だと。

そうしたら コロッという…

1本 ハムが落ちたんですって。
はい。

それで
10年ぐらい前の話なんですけど

落ちたんです。

すると 困ったな
入れても入れても入んない…。

「師匠 これ あの
入んないんですけど」

「ああ いいよ。
持って行って」って。

弟子になって 初めて
持って行ってって言われたと。

アハハハ!
で 見たら…。

ハハハハ!

ホントですか?
いや ホントホント。

違いますね もう。
ええ もう。

だから 私と一緒に飲んでて

帰りにタクシーなんか呼んだら
とんでもない。

どういう事…。
怒るんですよ。

「電車で帰ろう」っつって。
あっ。

談志師匠って
電車で通ってるんですか?

ええ。
へえ~。

地下鉄に乗っても
ず~っと行って

新聞を こう取ってね。

ああ 捨ててある?
はい。

へえ~。

でも 芸の方は
すごかったじゃないですか。

「業の肯定」で その…。

う~ん まあね
若い時はすごかったが

やっぱし後半はシンパでしたね。
ああ~。

なんか情に流されちゃって。
ああ そうですか。

ああ 年取ったなと
思いましたけど。

〈ワイドショーの
コメンテーターには

飾らず こびない中尾は

適役と言っていい〉

(島本)中尾さん
東京オリンピックの顔でもある

聖火ランナーが発表されましたね。

うん この3人の金メダリストを
選んだっていうのは

素晴らしい事だと思いますよ。
(島本)そうですね。

それに比べて 日本は まだ
コースも決まってないんだよ。

何やってんのかね?

それから その聖火を…
ギリシャに対して失礼じゃん。

その聖火 どこ?
聖火台って どこにあんの?

俺 聞きたいんだけど。

(島本)そうですね~。 うん はい。
教えて?

(島本)場所ですか?
ちょっと不勉強でごめんなさい。

ああ すいません。
申し訳ありません。

〈この日も 何やら
言いたい事があるらしい〉

テレビの出演も…

コメンテーターのお仕事とかも
多いじゃないですか。

どんなふうな事を思ってたり

心掛けたりしてる事ありますか?

遊び場だと思ってます。

えっと 誰にとっての?
ご自分にとっての?

『グッド!モーニング』なんて
遊びに行ってるって思う。

あ~ そうなんですか?
はい。

じゃあ なんか
気張るって事も当然ないですか?

だから よく コメンター…

打ち合わせで
コメントしてくれっつって

俺 全く知らない世界だからって
断りますね。

無理に 何も コメントする
必要ないわけだから。

まあ そうですよね。
あっ そうか。

朝の事前の打ち合わせの時に
言われるけど

それはダメなものは…
しゃべれないものは。

で 今回の新型コロナの…。
ウイルスの… はい。

医者がわからないのに
なんで 俺がわかるんだって…。

まあ おっしゃるとおりですね。
うん。

「なんで 下ろさないんだ?」
って事しか言わない。

あっ… 船を…。

うん… 乗客を…。
乗客を…。

それしか言えません。

あっ その姿勢で長らく…。
ええ そうです。

へえ~。 じゃあ ああいう
他の番組を見たり

ワイドショー的なものとか
ニュース番組とか…。

見ませんね。

あっ それは見ないんですか?
はい。

国会中継?
ええ。

予算委員会とか
面白いドラマですね あれは。

あっ そうですか。
うん。

予算委員会を
お茶とかコーヒー飲みながら

見てるわけですか?
家でピシッと…。

何も見ないで ジーッと見てます。

面白いですか?
面白いですよ。

顔色まで変わるような
ところとかね。

そうか…。 他のテレビ見ないのは

なかなか マッチするものが
あまりないから?

っていうより
食事の邪魔ですもんね。

つけません。

テレビ 全然つけないんですか?
はい。

だって 出来上がってて
オーケーが出たんだから

必要ないでしょ。

普通だと それを見ながら
次に生かすための ちょっと…。

ああ ないですよ。

勉強する事 一切ないです
テレビから。

ないですか。
私は どっちかって言うと

昔から言ってるのは…。

ああ ドラマ枠?
ええ。

昔から それ言ってた。 でも
仕事 依頼がありゃやりますよ。

はい はい。 ハハハハッ。

だって 電波ですからね。
はい。

映像じゃないから。
やる必要がないと?

ええ。
テレビもそれなかったら

また 随分 組み合わせや編成が
変わりますね。

その方がいいでしょう。

まあ いわゆるテレビだから。
はい。

テレビの存在理由ですかね。

だから
オリンピックも行きません。

行きません?
ええ。

テレビの方がずっといいから
中継の。

テレビの場合
色んな複眼ですからね。

だって この間も 国立競技場に
なんですか…

早明戦を見に行ったんです。
ラグビーが好きだから。

最低の競技場ですね。

ダメですか?
ダメですね。

できたばっかりですけど。
いや 全然ダメですね あれは。

どこがダメですかね?

通れません。
ああ 通路と通路の間?

はい。
今どき そんな…。

それで 外国人が来たら
どうなるんだろうと。

それで
西日だけがビーッと当たって。

それ きついですね。
ええ。

聖火台を
どうするかみたいな事も…。

そう どこにあるんですか?
聖火台。

建築家も忘れたのかな?

木さえ使えばいいっていう
建築家ですから。

いやいや…。

〈2007年 中尾は肺を患い

多臓器不全になっている〉

〈当時 64歳〉

〈一時は
死さえも覚悟したという〉

今 健康面で
気にされてる事とか

心掛けてらっしゃる事とか
あるんですか?

う~ん… 全くないですね。

一遍 倒れて…。
はい 大変な病気をされたと。

もう 20パーセントぐらいです
生存率がって言われて。

どこで記者会見やるかで
もめてたらしいんですけど

私にとっては
痛くもかゆくもなかったんですよ。

ただ 全機能が不全になって
動けなくなったから

きっと疲れが出たんだなと
思ってました。

そのくらいに考えてましたけど。

おかげで タバコもやめましたし…
やめられたし。

うん それで
野菜を取るようになったし。

なんか 今
野菜がないとダメですね。

へえ~ まさに体質改善。

そうでしょ 変わった。

ただ 酒だけは
毎晩 飲んでますけど。

じゃあ 大好きな お酒飲んで

大好きな食べ物 食べて
野菜も取ってって。

ストレスがない?

ストレスなんか
感じた事ないですね。

昔からですか?
はい。

それ 象徴的ですね。
ストレスがないって…。

だって ストレスって
形がないものじゃないですか。

だから 自分が
気がつかないかもしれない。

だけど ないですね。
ああ 一般 僕らだと

なんかあると
全てストレスのせいにする。

例えば どんな事ですか?

腰が痛くても ストレス。

首が痛くなっても ストレス。

なんか 会社行きたくないなと
思う時もストレスみたいな。

ストレスと言ってると
大体 当てはまるぐらいな感じ…。

あっ そうですか。
それはないです。

じゃあ あとは 逆に
トレーニングしたりとか?

一切しません。
トレーニングとかもしない?

ええ。 役者やってて
動いたりしてるのが

トレーニングだと思ってますから。

体… 年取ったら
体 動かさない方が…。

(スタッフの笑い)

だから よく みんな
人間ドック… 飲んでると

大概 明日 人間ドック行くから

飲まないなんていう人が
いるんでしょ?

はい います。
それじゃあ 意味じゃないですか。

ハハハハッ。

普段 飲んで そのまま行かないと
意味ないじゃないかなと思ってね。

〈中尾彬 77歳〉

〈これからも
自分流の生き方を貫いていく〉

年を重ねるとか
老いていくという事は

どんなふうに考えて
受け止めてらっしゃるんですか?

老いっていうのは あんまり
好きじゃないんですけどね

年を重ねた方がいいですね。

いいですか?
うん。

どういうところが…
感じられるんですか?

う~ん そうですね
いい… う~ん

年重ねた方がいいなと
思う考え方というのも

いっぱいあると思うんですけど。

私は 特に 許してくれますね
周りが。

どんな事を?
何 言ったって。

いや それ 中尾さん ずっと
許されてきたんじゃないですか?

いやいや そんな事ないですよ。

なんか 許してくれますね。
そうですか。

でも 逆にとっては 何 言ってんだ
あのおじさんがっつって

許してくれるかもしれませんけど。

でも なんか 許して…
ああ そうって言ってくれますね。

う~ん。 今後 どんな事を

また さらなる…
やっていらしたいとか

思い ありますか?

う~ん あんまりないですね。

散々やってきたから
もう いいかと。

ホントですか?
ええ。

やっぱり もう やり尽くした…
やってきた?

はい。 だんだん 例えば

若い時に
映画作りたいなとか思ったり

だんだん 映画が
つまんなくなってきてますし

意欲がなくなっちゃうんですね。
なるほど。

うん 絵でもそうですよ。

なんでもそう。
ただ 素晴らしいのは

今 若い人たちの運動能力
っていうかな。

でも これを 今更
私がやっても無理だからとも…。

だから 何もないですね。

じゃあ まさに
裕次郎さんじゃないですけど

「人生 悔いなし」というか…。
う~ん。

やってきたっていう感じですね。

う~ん そうですね。

そういえば ここのうなぎ屋で…

何本の串で焼いたら
うまいかなとかね。

そういう事は気にする?
考えます 考えます。

でも これから先の仕事とか
そんな事では…。

ああ
仕事なんかどうだっていいです。

おいしいお酒飲んで?

はい。 あと 月に一遍は旅。

ああ それも
ずっと続けてらっしゃる?

はい 来年まで もう決まってます。

へえ~。 どういう…

今 決まってる先で
楽しみなところって?

例えば 私たちは 芝居やってると
ホテルと劇場としかないし

その町の色… 色みたいなもの
つかんだ事 なかったもんで

もう一回 行ってみようかとか。

前に仕事で行った
そこにまた旅してみようと?

これ バスで行ってみようとか

ローカル線乗ってみようとか。

ああ そっか。 伺ってると なんか
ホントに理想的な…。

いやいや… そんな事ないですよ。

時間の過ぎ方というか
過ごし方。

だから 1日24時間より
なんで 30時間ないのかなとかね。

それは考えるんですか?
考えます。

もったいないですね。

僕 その時間で言うと
58なんですけど

何か
こうした方がいいぞというのを

厚かましいんですけど…。

いやいや… 好きな事を
いっぱいやったらどうですか?

後ろ指さされながら。

なんだ? あいつは
あんな事やってるよって

言われた方が
いいじゃないですか?

そうすると
みんな寄りつかなくなりますよ。

ハハハハハッ。

寄りつかない方がラクですよ。
そうか…。

寄りつかない方がいいですって。

そうか 嫌われる勇気って方が…。
ああ そうでしょうね。

いいんですね。
いいんですよ。

いいんですよ。
ハハハハッ。

いや ホントに刺激的です。
ありがとうございます。

いえいえ とんでもない。
勝手な事 言いまして。

とんでもないです。
ホントに楽しかったです。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

いいのかな? こんな事…。

ストレスが全くないと
おっしゃり

また 今後の事を伺っても
特別に 何か これをやりたい

やらなきゃみたいなものはないと
おっしゃった。

やっぱり そういう生き方が

中尾さんの魅力になってるんだな
という事と

一度の人生って
みんな言うけれども

自分も ホントにやりたい事を
やり尽くして

生きなきゃいけないなと

すごい 背中を押してもらった
気がします。

〈中尾彬が
今 大切にしている言葉〉

「天職三昧 自由自在」と
書きました。

意味は このままですね。

好きな事やって
好きなように生きていけば

一番いいんじゃないかな。

〈天職に就けたかどうかは

己の気持ち次第
なのかもしれない〉


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