NHKスペシャル 東京リボーン(4)「巨大インフラ 百年残す闘い」首都高速道路、東京タワー、遺産大修復に密着…


出典:『NHKスペシャル 東京リボーン(4)「巨大インフラ 百年残す闘い」』の番組情報(EPGから引用)


NHKスペシャル 東京リボーン(4)「巨大インフラ 百年残す闘い」[字]


今回は、首都高速道路、東京タワー、高度成長期の2つの遺産大修復に密着する。いつ起きても不思議はない巨大地震。その日に備え、百年の時にも耐えるインフラを作る闘い。


番組内容

首都高は、全長の実に4分の3が空中に作られた空中回廊。そのスケールは世界を驚かせたが、建設から半世紀たち、劣化が進んでいる。最も損傷の激しい1号羽田線の一夜限りの壮大な難工事に密着する。東京のシンボル・東京タワーでも5年に一度の大修復を迎えていた。空中300メートル、足場の幅はわずか10センチ、強風と雨が吹きつける中、ペンキを塗り直す決死の作業。インフラの老朽化を食い止める人々の闘いの記録。

出演者

【語り】香川照之,松坂桃李


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NHKスペシャル 東京リボーン(4)「巨大インフラ 百年残す闘い
  1. 首都高
  2. 道路
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  4. 東京タワー
  5. 永田
  6. メンテナンス
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  11. 空中
  12. 地震
  13. 日本
  14. モノレール
  15. 建設
  16. 東京
  17. 疲労亀裂
  18. 必要
  19. メートル
  20. 影響


『NHKスペシャル 東京リボーン(4)「巨大インフラ 百年残す闘い」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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それが 一体 何を残すのか。

今の俺たちには
まだ分からない。

2020年を迎え 日本の首都 東京の大改造
リボーンが佳境を迎えている。

今回のリボーンは 新たに造るのではなく
直し 残すための闘い。

全長320キロ 一日の交通量100万台。

人とモノの大動脈 首都高速道路。

全長の 実に76%が空中に造られた

世界でも類を見ない空中回廊である。

1964年の東京オリンピックに
間に合わせて造られ

そのスケールと技術力に 世界は驚いた。

だが 建設から半世紀余り

今や満身創痍である。

損傷箇所は
1年で4万に上る。

海面近くに造られた路線は
無残な姿となった。

今 頭脳と技の限りを尽くして
首都高を 百年後に残すための

メンテナンス革命が
人知れず始まっている。

東京のシンボル 東京タワーでも
5年に一度の大修復が進んでいた。

空中300mで 塗装を全て塗り替え

強さと美しさを守り抜く闘い。

足場の幅 僅か6センチ。

強風と雨が容赦なく襲う。

次々と巨大インフラが造られた
高度成長期から半世紀。

そして いつ起きても不思議はない…

造っては壊すという サイクルを脱却し

既にあるものを どう守り
後世に残していくか

日本は 大きな曲がり角を迎えている。

「シリーズ 東京リボーン」。

SFコミック「AKIRA」の
シンボルキャラクターと共に

ネオ東京の誕生を目撃する。

第4回は 首都高と東京タワー。

高度成長期の2つの遺産
大修復に密着する。

首都高といえば
俺のホームグラウンドじゃねえか。

満身創痍とは聞き捨てならない。

これは 東京だけじゃない
日本の未来が懸かった正念場の闘いだ。

よく見とけ!

海の上を駆け抜け

高層ビルの隙間を縫い

時に地下をも潜る。

その奇想天外な動きは
東京のカオスの象徴である。

首都圏の 人とモノの流れを担う
生命線である。

この日もまた ある特殊な任務を帯びた
車が出動していた。

維持作業車 インフラパトロールカー。

ひたすら周囲に目を凝らす。

調査員が何かを発見。

手元のボタンを押した。

その瞬間
搭載しているカメラの映像が

箱崎ジャンクション近くの基地へと飛ぶ。

路面に 影を確認。 穴だ。

すぐさま 補修部隊に出動要請が飛んだ。

穴が開いていたのは
池袋近くの合流地点。

縦横40センチ 深さ8センチ。

鉄筋が 露出している。

アスファルトの粉末を注ぎ込み
一気に穴を塞ぐ。

交通の流れを妨げないように
規制は最低限。

高速で走る車が すぐそばをすり抜ける。

10分もたたず
補修が完了した。

首都高では パンクなどの故障車の数が
年間1万件に上る。

道路の損傷が原因の故障もある。


この日も
管制室には SOSが飛び込んでいた。

故障車が多いと 事故も増える。

毎日30件近く発生している。

事故が起きると
道路に損傷を与えることも少なくない。

終わりなき 悪循環が続いている。

首都高に損傷が多いのは

地面の上ではなく
空中に造られているからだ。

ここは空中にある道路の裏側。

(車の走行音)

首都高では
一日100万台もの車が走行している。

しかも 大型車の割合が
一般道に比べて 5倍も多い。

その重みを空中で支える道路や柱には
すさまじい力がかかる。

なぜ 首都高は 傷みやすい空中に
わざわざ造られたのか。

1964年のオリンピック開催が決定し

深刻な渋滞を解消するための高速道路が
一刻も早く必要となった。

そこで 時間のかかる用地買収を
極力 避けるため

その必要のない公共地
道路や川の上に 建設が進んだのだ。

その結果
現実離れしたような光景が出現した。

これは 首都高をロケ地に選んだ

旧ソ連のSF映画「惑星ソラリス」。

未来都市を表現するために
首都高の映像が使われた。

世界が驚嘆した空中回廊。

しかし それこそが
首都高の最大の弱点となった。

1年間に見つかる損傷は
4万か所にも上り

ほかの道路に比べて 群を抜いて多い。

特にひどいのが
1963年完成の1号羽田線である。

空港と都心を結ぶルートで
トラックの通行量が極めて多い。

更に 道路を痛めつけているのは
その立地。

東京湾の海水である。

海に接する道路の裏側を見てみると

コンクリートは ひび割れ
剥がれ落ちてしまっている。

塩害が深刻で
いくら 補修を施しても追いつかない。

この状態で 巨大地震に襲われれば
大惨事となりかねない。

首都高は 今 道路を百年後に残すことを
目標に掲げている。

そのために
最も劣化の激しい場所を5つ選び

丸ごと造り替える
リボーン計画を
打ち出した。

いずれも高度成長期に造られ
建設から40年以上経過した区間である。

5つの中で 真っ先に
造り替えの工事が始まったのが

あの1号羽田線。

塩害が最も深刻な 運河沿いの
1.9キロメートルの区間だ。

その道路の大部分を
高い所では20メートルまで上げ

海水から離し 塩害を防ぐ。

高潮や津波も
ここまで上げれば届かないはずだ。

しかし 工事は
道路を単純に上げるだけでは済まない。

羽田線には 湾岸線から合流する
八潮連結橋が架かっており

この橋も架け替えなくてはならない。

これが 工事の中でも最難関である。

私たちは この難工事に密着した。

この工事の現場監督として
白羽の矢が立ったのが

建設会社の橋架けのスペシャリスト
高橋昌彦だ。

世界最長のつり橋 明石海峡大橋の
現場監督も務めた。

巨大なクレーンを巧みに操る技は
随一といわれる。

その高橋をもってしても困難なハードルが
今回 立ちはだかっていた。

八潮連結橋は モノレールの線路と
首都高羽田線をまたいで建設される。

そのため 作業は

モノレールの運行が終了した
深夜の2時間半だけしかできない。

そこで あらかじめ組み上げた

長さ52メートル 重さ350トンの橋を
クレーンでつり上げ

旋回しながら 一発勝負で架け替える。

しかし 通常のつり上げ方だと

旋回する時に クレーンが
モノレールの線路に近づき過ぎてしまう。

高橋が考えたのは
クレーンのブームを垂直近くに起こして

旋回の半径を短くする作戦だった。

一つ間違えば クレーンと橋が
ぶつかるリスクもあるが

1年間 シミュレーションを行い
方法は これしかないと決めた。

満月の夜。

橋 架け替えの時が来た。

夜10時 橋のつり上げを始める。

350トンが 浮き上がり始めた。

空中に浮かぶと
巨大な構造物は 風の影響を受けやすい。

バランスが崩れないよう
人の手でサポートしながら

目的の高さまで つり上げていく。

高橋の指示で いよいよ

クレーンのブームを
垂直に立て起こしていく。

橋とクレーンの距離が近づく。

接触すれば 大事故になりかねない。

橋が 大きく揺れる。

10時半 工事現場の下を走る羽田線に
通行止めをかけた。

そして 深夜0時21分に
モノレールの運行が終わった。

ここからの2時間半で一気に橋を架ける。

旋回が始まった。

小回りの旋回で危険地帯をクリアする。

橋が 目標のポイントに到達した。

安堵した高橋だったが…。

道路橋を連結するための穴が
なかなか かみ合わない。

連結させるには 道路橋の穴と
連結用の板の穴を重ね合わせて

ボルトで締める。

しかし 160個の穴と穴が重なり合う一点を
捉えきれない。

ミリ単位の繊細な調整は
クレーンでは不可能だ。

どんな巨大工事も
最後は やはり 人の手である。

調整を続けて10分。

まだ 穴は重ならない。

残された時間は あと20分。

万が一 時間切れになれば
モノレールや羽田線の運行に影響する。

一瞬 一つの穴が重なりかけた。

すかさず棒をねじ込み ズレを止める。

間髪入れず ボルトを差し込む。

重なり合った穴を見つけては
ボルトを差し込んで締め上げていく。

徐々に 160個の穴が重なり合い始めた。

3時25分 全てのボルトを締め上げ
連結を終えた。

予定よりも30分遅れ。

モノレールに電流が流れる
デッドラインまで

5分を切っていた。

百年もたせるための首都高大改造。

今後 この橋を羽田線へとつなぐ工事が
8か月続く。

ハハハ… はい。

いつも走っている首都高が
こんな大手術が必要な状態だったとはな。

とんでもない所に造ったはいいが

こき使われたあげく
過労死寸前まで来ちまったわけだ。

とにかく新しいものを造れば
みんながハッピーになる。

そう無邪気に信じられていたんだろう。

1964のツケを返す闘いが…。

ほら あんたの足元でも続いてるぜ。

異様な いでたちの男たちが
首都高の高架に向かっていた。

ここは 日本橋川の
上空に架けられた高架の裏側。

特殊な技を身につけた男たちが
作業に臨もうとしていた。

安全に帰るとは
決して大げさな言葉ではない。

まるで スパイダーマンのように
道路の裏側にへばりつく。

油断すれば 川に真っ逆さまだ。

彼らは 首都高の点検作業員。

たたく音の僅かな違いで
道路内部の異変を探っていく。

首都高では 老朽化が深刻な5つの箇所を
丸ごと造り替える

大改造計画を
進めているが

それ以外の箇所でも 老朽化は進んでいる。

全てを造り替えることはできない。

そのため
人手をかけ 僅かな損傷も見逃さず

今ある道路をいかに長生きさせるかに
全力を注いでいる。

例えば この常設の足場。

これまで首都高には
足場は1割ほどしかなかった。

常に足場があれば
点検や補修が格段に容易になる。

首都高では 5年前
新たに 6, 000億円余りの予算を確保し

メンテナンスに投じている。

造ることから 直し 残すことへ。

首都高が 目標を大きく変えた
きっかけの一つは これだった。

1995年 壊滅的な被害をもたらした
阪神・淡路大震災。

阪神高速神戸線は
600メートル以上にわたって

横倒しに倒壊した。

巨大インフラ崩壊の
恐ろしさを思い知らせた。

しかし 関係者が震え上がったのは
それだけではない。

地震の調査を行った専門家は
衝撃的な発見をした。

阪神高速に接続する
有料道路での発見だった。

高架を支える橋脚を横切る 大きな破断。

地震の影響だけでは説明がつかない

常識を覆すものだった。

現地調査で この亀裂に注目したのは
橋梁工学の専門家 三木千壽。

日米を股にかけてきた
土木界の第一人者だ。

この謎の亀裂が発生した発端は

地震の衝撃ではなく
疲労亀裂ではないかと疑った。

疲労亀裂は
力が繰り返し加わることで発生する。

疲労亀裂 それ自体は小さなものでも

地震をきっかけに 一気に
大破断につながりかねない。

高架の道路橋に潜んでいた危険性が
震災を機にあらわになった。

日本の道路建設には 道路は
まず劣化することはないという

安全神話があった。

国による道路橋の設計の指針には

長年の使用に伴う影響を
考える必要はないと明記されていた。

…ってことを
僕は話をした覚えがありますね。

大震災から2年後

三木教授率いるチームが
首都高を支える橋脚の調査に着手した。

5年間の調査の末 疲労亀裂が
1, 400か所も見つかった。

首都高は疲労亀裂の見つかった箇所を
急ぎ 補修した。

2002年 首都高は この事実を公表。

道路を造ることから
直し 残すことに大きく舵を切った。

首都高を百年先に残すための新たな闘い。

その最前線に立つ人物がいる。

メンテナンスのテクノロジー開発を
担当する 永田佳文。

首都高の守り人とも
呼ばれる。

永田は もともとは
横浜ベイブリッジなど

巨大な橋の建設の設計を担う

花形の部署にいた。

しかし 1991年

メンテナンス部門へ異動を命じられる。

一転して 排気ガスにまみれ
道路にへばりつく日々に

やりがいを見失っていった。

だが そんな永田を
大きく変える出来事が起こった。

重さ7kgの
道路の排水マスの鉄蓋が外れ

走っている車の運転席を直撃。

40代の男性が亡くなった。

蓋が外れた原因は 固定するはずの鎖が
さびて切れていたのに

放置されていたためだった。

永田は
この事故を報じた 当時の新聞記事を

今も ずっと保存している。

どんなに立派な道路を造っても

小さな鎖やボルト一つ
おろそかにすれば 安全は崩れ落ちる。

逆に言えば…

永田は メンテナンスを
一生の仕事にすると決めた。

これらは
永田が発明し 開発してきた品々。

点検用ドローン
緩まないボルトナット

道路を長もちさせる
特殊な樹脂。

あふれる情熱から生まれるアイデアは
尽きなかった。

しかし 小さなメンテナンス部品に
関心を払う人は ほとんどいなかった。

巨大な道路建設の仕事が
依然として 幅を利かせていた。

しかし 2002年 永田の仕事に
突然 スポットが当たる。

阪神・淡路大震災のあとに発見された
疲労亀裂について 首都高が公表。

メンテナンス革命が宣言されたのだ。

この若返り作戦です。

2018年。

永田は
新しく出来た部署の部長に抜てきされた。

インフラドクター部。
インフラドクターとは

首都高のメンテナンス革命の
中核と位置づけられる

新たなテクノロジーである。

この車には 赤外線レーザーを
照射する装置をはじめ

複数の高精度カメラを搭載。

時速60キロで走りながら

半径100メートルの範囲にある構造物の
位置情報を測定する。

そのデータを
小さな点の集まり 点群に落とし込み

首都高全ての路線を

デジタル空間に 正確に再現することに
成功した。

360度 視点を動かして

通常なら見られない部分を
確認することもできる。

実際に足を運ばなくても
現場の状況を把握でき

メンテナンス業務の
劇的な効率化につながる。

インフラを診察するドクター
道路の医者となるはずだ。

走っている時 お前ら いつも

また工事かよとか
ブーブー言ってるだろう?

俺もだ。 悪かったな。

直して 残す。 その方が 今の俺たちの
身の丈に合ってるんじゃないか?

地震だって来るかもしれない。

それにしても気になるのは あれだ。

東京タワー。

首都高よりも古いのに 何で あいつだけ
あんなピカピカなままなんだ?

首都高より一足早く
1958年に誕生した…

「造れば それで終わり」という考え方が
主流だった高度成長期にあって

既に建設の時点から

地震への備え 将来のメンテナンスを
視野に入れて造られた

希有な存在である。

設計者は
耐震構造理論の先駆者として名高い

内藤多仲。

関東大震災で
東京が壊滅的な被害を受けても

内藤が手がけた 歌舞伎座や
日本興業銀行は健在だった。

当時は アメリカ式の安くて早い
建設方法が主流だった時代。

手間も費用もかかると
周囲に理解されなかった

内藤の耐震構造設計の正しさが
証明された。

内藤は
この耐震構造理論を東京タワーに応用。

風速90メートルの暴風や
関東大震災クラスの衝撃にも

耐えられるように設計した。

特筆すべきは 完成の僅か7年後には
もう全面塗り替えを行っていることだ。

大敵のさびから守り
強さと美しさを保つためだった。

以来 5年に1度という高い頻度で
塗り替えを行ってきた。

内藤は メンテナンスの重要性について
こう語っている。

2018年 秋 11回目となる
塗り替え工事が始まっていた。

職人たちを率いるのは 山本輝明 55歳。

20代から 東京タワーを
塗り続けてきた。

次回の塗り替えの時には
60歳を超える山本は

今回が最後である。

塗り替えができるのは

観光客のいなくなった
深夜から早朝の数時間だけ。

1年がかりの作業となる。

周囲への飛び散りを防ぐため

刷毛やローラーによる
緻密な手仕事が求められる。

厚さ1ミクロンで塗る正確さも必要だ。

隙間だらけの鉄骨は 設計者 内藤多仲が
横風の影響を減らすために考案した。

足場の幅 僅か6センチ。

もちろん 命綱はあるが
危険と隣り合わせの作業だ。

今回 現場では
若手を半分近くにまで増やした。

ノウハウを残すためだ。

しかし 足がすくむ高さで
丁寧な仕事ができるようになるには

時間がかかる。

最大の敵は 雨だ。

塗装が乾く前に 僅かでも水分が混じれば
耐久性が落ちる。

急ぎ 撤収した。

メンテナンスは 天候との闘いでもある。

東京タワーを守り続けてきた
内藤多仲のメンテナンスの思想。

しかし それが主流となることはなかった。

東京は 壊しては造るということを
経済のエンジンとしてきた街だった。

首都高の守り人
インフラドクター部 部長の永田は

この日 現在使用していない首都高の
点検用通路に向かった。

画期的な実験を行うのだ。

インフラドクターを使っての
未来予測である。

壁面に出来た損傷 あえて残しておいた。

永田は 3年前に この損傷を
点群データとして記録している。

今回 再び データをとって
3年前と比較すれば

この損傷が どれだけ広がったかが分かる。

それを基に
今後 この損傷が悪化するスピードを

正確に予測することができるはずだ。

解析結果が出た。

画像を重ね合わせると

3年間で損傷が広がった部分だけが
浮かび上がった。

予想以上に広がっていた。

このペースで損傷が進むと危険だ。

実際の道路にあれば
速やかに補修すべきケースだ。

永田は手応えを感じていた。

データを蓄積していけば

小さくても すぐに補修すべき傷
大きくても 後回しにしてもいい傷

年間4万か所もの損傷に補修の優先順位を
つけられるようになるはずだ。

このテクノロジーは
日本の未来も視野に入れている。

働き手が減り 広大な首都高の点検補修が
難しくなることを想定し 今 導入した。

2019年7月。

東京タワーの
通算11回目となる塗装工事は

残すところ 一区画となった。

1年がかりで続けてきた
深夜の塗装作業も この日が最後となる。

最後の一塗りは この日で退く
リーダーの山本輝明 自らが刷毛を握った。

♬~

朝4時。

東京タワーを塗り続けてきた
山本の25年間が終わった。

9月 東京タワーに
全国のタワー関係者が集まった。

大阪の通天閣
名古屋テレビ塔。

日本の主要なタワーの
多くは

東京タワーと同じく
内藤多仲が設計している。

建物の新陳代謝が激しい日本で
タワーが街のシンボルとして健在なのは

手間も予算もかかるメンテナンスを
地道に続けてきたからだ。

東京タワーは 7年前

テレビ電波塔としての主要な役割を
スカイツリーに譲った。

一時 大きく減った来場者数だが
今 再び戻り始めている。

どんな時も背筋を伸ばし
62年間 変わることなく輝き続ける

凜とした たたずまい。

造るだけが リボーンではない。
そう語っているかのようだ。

首都高の守り人
インフラドクター部 部長の永田佳文は

静岡の鉄道会社を訪れていた。

企業の垣根を越えて
インフラドクターを

鉄道のメンテナンスに
導入することが決まったのだ。

地方の中小の鉄道では
人手不足をどう補うかが

差し迫った課題となっている。

インフラドクターは
その解決策として期待されている。

更に 海外からも注目が集まっている。

この日 インドネシアの高速道路を
運営する企業が視察に訪れた。

経済成長 目覚ましいインドネシアでは

首都高のおよそ6倍にあたる
長さ1, 900キロの高速道路が開通した。

インドネシアも
度々 大地震に襲われる国。

維持管理は 切実な課題である。

2019年9月 首都高1号羽田線。

一夜で架け替えた八潮連結橋の
その後の工事が完了した。

塩害や津波を避けるため
20メートルまで上がった。

いよいよ 橋の開通だ。

あっ 行った! 行った 行った…。

おめでとう。
(拍手)

工事の現場監督を担当した

橋架けのスペシャリスト 高橋昌彦も
車を走らせていた。

自分の造った橋を 初めて渡る日は
何度経験しても 最高にうれしいという。

(取材者)
橋は何歳ぐらいまで頑張れますか?

首都高が掲げる
百年もつ道路造り。

オリンピック以降
老朽化が激しい

残り4つの路線でも
大改造が始まる。

その一つ 日本橋川上空にかかる道路は
地下に潜ることが決まった。

いつも 心のどこかに
地震への不安を抱えて生きる私たち。

補修が進むのが先か 巨大地震が先か。

願わくば その競争に勝利せんことを。

俺たちは もう
1964と同じ イケイケドンドンの夢を

見ることはできない。

飛躍的な成長は望めないし
人口だって減る。

新しい夢 新しい街が必要だ。

せっかく造るんだったら
百年後のやつらに

「2020の負の遺産」とか
言われたくないよな。

この道路の裏側には 男たちが
きっと へばりついているに違いない。

ありがとよ!

次回の「東京リボーン」は
迷宮と化した渋谷の大改造。

一夜で変わる風景。 見逃すなよ!


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