SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小林圭×澤田秀雄」日本人オーナーシェフとして初の三つ星を獲得し注目…


出典:『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小林圭×澤田秀雄」』の番組情報(EPGから引用)


SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小林圭×澤田秀雄」[字]


2020年1月、美食の街パリで日本人オーナーシェフとして初の三つ星を獲得し注目の小林圭。海外旅行会社会長の実業家・澤田秀雄との対談をアンコール放送!


番組内容

番組前半、小林が訪れたのは澤田が各地で展開中の「変なホテル」。そこで恐竜ロボットたちの歓迎を受けた後、海外旅行会社をはじめ現在も国内外で新規事業を打ち出す澤田の情熱を聞く。後半はパリの一等地にある小林のレストランを澤田が訪問。フランス料理界最高峰のアラン・デュカス氏も太鼓判を押す料理を堪能する。小林が目指す世界一のレストランとは?食・旅・ビジネス…世界を舞台に挑戦する二人がそれぞれの夢を語り合う。

出演者

【出演】実業家…澤田秀雄,オーナーシェフ…小林圭,【語り】六角精児,平岩紙


『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小林圭×澤田秀雄」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小林圭×澤田秀雄」
  1. 料理
  2. 小林
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  9. 時間
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  11. シェフ
  12. チャレンジ
  13. フランス
  14. 最初
  15. 失敗
  16. スタッフ
  17. フランス語
  18. 将来
  19. 食事
  20. 大切


『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小林圭×澤田秀雄」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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野の花を使ったモダンアート?

実は これ 白いお皿に盛りつけられた

フランス料理の一品。

食器と食材の色合い

付け合わせの
バランスなど

まるで
一枚の絵のようだ。

美しさだけではない。

これらは すべて
おいしく食べられる。

繊細にして
大胆な味は

世界中のファンを とりこにしている。

この料理を作っているのは

パリの一等地に店を構える
オーナーシェフ…

(フランス語で)

小林の味は フランス料理の牙城 パリで
高い評価を得ている。

2017年
フランス版「ミシュランガイド」で

日本人 オーナーシェフとして
初の2つ星を獲得。

外国人で初めて

フランスのシェフ専門誌の
表紙も飾った。

そんな小林が会いたいと願ったのは…。

ベンチャーの旗手と
呼ばれる…

20代のころ
旅行会社を立ち上げ

今や 国内有数の規模に
育て上げた。

また 日本初の格安航空会社をはじめ

数々の新事業にチャレンジ。

毎度 斬新な発想で
世間を驚かせてきた。

企業の再建にも取り組む。

9年前 それまで18年間
赤字続きだったテーマパークを

半年で黒字に回復。

その手腕が注目を浴びた。

世代もジャンルも 全く異なる澤田に

小林は どんなことを聞いてみたいのか。

それを受けて 澤田は…。

まあ うれしいというか 光栄ですね。

海外をフィールドに
チャレンジし続ける2人。

どんな話が飛び出してくるのか。

♬~

この夏 日本に 一時帰国した小林が
向かった先は…。

一風変わった名前のホテル。

だって…

何か かっこよくないですか? はい。

澤田が 最近
各地で手がけているホテルなのだという。

こんにちは。 「変なホテル」へようこそ。
こんにちは。 はじめまして。

ようこそ。
小林 圭です。

よろしくお願いします。
こちらこそ よろしく。

(鳴き声)

何だ? このホテルっていうような
雰囲気ですよね。

まあ 子どもたちがね…。
普通の子どもは喜びますから。

思わぬ恐竜ロボットの歓迎を受けた小林。

このホテルの仕組みを
ちょっと見せてもらうことに。

チェックインされてみますか?

じゃあ ちょっと…。 いいですか?

まず これを押していただいて。
「日本語」。

こっちでいいんですかね?
はい。 それでいいです。

受付に人はいない。

3か国語を操る恐竜と
簡単なやり取りをすれば

3分ほどで部屋のキーが受け取れる。

この表情がいいですよね。
表情いいんです。

これ 昔 博物館に使われたんですよ。

長時間 ずっと使いますよね。
動かして。
はいはい。

ほとんど潰れないということだったから…

ここは
ロボットたちが多くの業務をこなす。

人手不足の時代を見越し
澤田が打ち出した新しいホテルの形だ。

各地で さまざまな業務用ロボットの
実験も行われている。

このホテルは 宿泊定員200人以上に対し

人間のスタッフは 僅か7人だ。

私の名前はタピアです。
おお~!

何か ご用ですか?

今日の天気は?

へえ~!

「タピア」っていうんですね。
「タピア」っていうんです。

よろしくお願いします。
こんにちは。 よろしく。

ここの 変なホテル あるじゃないですか。

それは
もともとは どこから始まったんですか?

えっと 僕は…

一番 人がいるのは
たぶん フロントとかですね

お掃除とかに人がいることが
分かってきましたので

じゃあ フロントの人間をなくすためには
どうしたらいいかと。

う~ん…
サービスを あんまり落とさずにですね。

そのとき考えたのが ああいう…

それで 最初 変なホテルを作った。

で 「変なホテル」というのは

あるデザイナーの方に
名前を付けていただいたんですけど

決して変じゃないんですけど。

僕の気持ちは やっぱり
テクノロジーがどんどん進化してきたら

やっぱり変化させながら
進化させていこうと。

ただ この…

日本の場合は
アメリカから来ることが多いんですけど

我々としては 日本から欧米に
出ていきたいなとは思ってますね。

澤田さんは
いろんな所へ行かれてるじゃないですか。

どのくらいの頻度で行かれるんですか?
年に何回って あるんですか?

仕事柄 ちょこちょこは海外ヘ出ます。
先週もアメリカヘ行ってましたけど。

本当の旅行…

ああ そうですか…。

ああ そうですか。
はい。

いえいえ いえいえ…。

そういうときって
最初 出発する前に

もう ルートっていうのは
決まってるんですか。

それとも…。
いや アバウト。 アバウトに決めますね。

ふ~ん。

あっ そうですよね…。
ハハハ…。
そうですよね。

小林さんは
どういう旅を たまにされるんですか?

やっぱり あの…
2つに分かれると思うんですけども…

もう 全然 分けて旅行しちゃいますね。

「料理の旅」ということは
その町に行って

まず有名なレストランを…
食べに行かれるということですか?

そうですね。

なぜ 旅が好きなんですか?
やっぱり…

僕は よく言うんですけど…

やっぱり あの何ともいえない…

…と 僕は思いますね。

澤田の青春時代の写真。

若いときから 筋金入りの旅行好きで

自転車や電車で
さまざまな場所へ出かけたという。

大阪の高校を卒業後
日本の大学へは行かず

3年間 アルバイトで資金をため
ドイツへ留学。

それから 4年半 ドイツを拠点に

バックパッカーとして
世界50か国以上を回った。

旅こそ 澤田の原点なのだ。

もう高校時代には
紀伊半島を自転車で10日間旅行したり。

北海道を回ったときでも

北海道って広いなと思ったんですよ。

それで 僕は シベリア鉄道を通って
ドイツに留学するんですけど。

ただ…

好奇心が非常に旺盛だったと思いますね。

そうですね。

やっぱり こう いろんな文化の違いとか
歴史の違いとか

その国によって違うじゃないですか。
はいはい。

フランスとスペインも全然違うし。
違いますね はい。

スペインから
今度 アフリカのモロッコへ行っても

全然違うじゃないですか。

やっぱり 新しい発見があるというか
自分に対して刺激がありますよね。

やっぱり…

旅の途中で
その後の人生を決めるような出来事も。

まだ 3日か4日で治るかなと思って

汚いホテルで寝てて。

それから よし! いいもの食べたら治ると
思って…

肝炎というのは 油系のものを食べると
どんどん 体 悪くなりますから。

どんどん悪くなって。 もう…

もう このままいくと
やばいと思ったので

はってでも飛行場へ行って。
で 飛行場からタイに抜けて。

で タイで その病気を治すんですけど…。

いや もう 本当ね…

ああ そうですか。
はい はい。

だから もう そこで…

そのときの経験は
僕にとって ものすごく大きな…。

考え方が変わりましたよね。

だから…

お金がなくなるか 会社が倒産するか
若干 人に迷惑かけるかですから。

そしたら…

旅で チャレンジ精神を培った澤田。

1980年
ドイツから戻ると

自分で
会社を立ち上げる。

新宿に
小さな部屋を借り

机2つからの
始まりだった。

澤田が目をつけたのは

ヨーロッパで
みずからが経験してきた個人旅行。

当時 日本では

海外といえば 団体旅行が主流だった。

自由に旅ができる個人旅行は

日本でも人気が出るに違いない。

しかも この時期
円高が追い風となり

海外へ出かける
人たちは

爆発的に
増えつつあった。

澤田は ほかでは扱っていなかった
格安航空券や

それにホテルだけを付けた
パッケージなど

新しい商品を次々に売り出し
大ヒットを飛ばす。

会社は 急激に成長していった。

さっきの
戦略じゃないけど…

「隙間産業」というか 隙間。
ちょうどニッチだったので。

だから 倍々成長しましたよね。

当初。

澤田のチャレンジは その後も続く。

日本で35年ぶりとなった
新しい航空会社の立ち上げ。

後のLCCの先駆けとなった。

その後も 次々と従来の常識を打ち破り

新しい市場を開拓していく。

2010年には 再び世間を あっと驚かせた。

それまで18年間にわたり赤字だった
テーマパークの

再建に乗り出したのだ。

澤田は
社員たちと共にアイデアを出し合い

ほかでは体験できないようなイベントを
次々と打ち上げた。

キーワードは…

日本一のバラの祭典。

世界最多の電球数を誇る
イルミネーションなど

一番へのこだわりが
人々の心をつかんでいった。

集客数は うなぎ登りに増え

今では 地域を代表する稼ぎ頭に。

しかし 成功ばかりに見えるようで

その裏には
数々の失敗もあったことを明かしている。

ありますね。 しょっちゅうあります。

イベントやって… まあ 当時ですね

陶器市をやってる所
有田の陶器市というのがですね

1週間で
100万人ぐらい集まるんですよ。

当時 ハウステンボスは
140万人ぐらいしか集まらなくて

とりあえず お客さんを
増やさなくちゃいけないということで

僅か1週間で 100万人 集まるんだから…

陶器市 やったんですよ。

歴史もないし 規模もないので。

行くのにね 当たり前ですけど。

…ってスタッフに言われて。

船を走らせたとき 失敗したんですけど…。

これ 何十億も損したんですけど。

長崎~上海航路を
やろうと思って

本当に船を買ってきて
走らせたんですけど

お客さん
集まらなかったんですね。

なぜかって…
今は もう飛行機が発達してるから

飛行機だったら すぐ
1時間半か2時間で行けちゃうのに

これだったら 2日ぐらいかかりますから。

だから これは もう…

まあ 人間ですから…

開き直る。

そうですね。 はい もう…。

そうですか?
失敗しますよ。

失敗もあるんだ? やっぱり。

作ってる瞬間で
あ~ こうしとけばよかった…。

ああ やっぱ あるんですね。
あります あります。

そういう失敗とか まあまあ…
幾多な失敗をしましたですね。

ただ…

だから…

まねは駄目なんだから

だから やるんだったら
やっぱり オンリーワンか。

…ということを そこで学びましたから。

グループ全体で
年商8, 000億円を超えるまでに育った会社。

原点の旅行業では
今 世界一を目指している。

世界70か国に支店を展開。

従業員数1万7, 000人。

30代の若手が中心だ。

今 1万7, 000人いて。

ちょっと聞きたいと思うんですけど。

そんな大きなノウハウはないんですけど

やっぱり… 心を持って厳しくする。

やっぱり
スタッフが間違ってるときは

やっぱり 厳しく直していかないと
良くならないですから。

ただし 心がなかったら駄目ですから。

もう一つは やっぱり スタッフを

大切にしていくということが
大切かなと 僕は思いますね。

う~ん ありますね。 ただ

彼らがやったことの失敗に関しては…

やっぱり 自分らで
頑張ってチャレンジしたこと。

もしくは 頑張ってやったことが
うまくいかなくても

できるかぎり 罰は与えない。

指導はしてもですね。
はい。

全部を求めようとしたら
なかなか いないんですよ。

だから 僕ら よく言うんだけど…

ここの仕事をさせるときに…

だけど 片目をつぶるということは

ちょっとしたミスは まあ
つぶるというぐらいの気持ちでないと…

そうですよね。

完璧な人がいたらね
別に いいんですけど

そうじゃないですからね みんな。

今の若い世代の方が

海外に目を向けないとか
今は日本でいいかなとかっていうのが

すごく よく…

フランスにも
よく 話が聞こえてくるんですけども

それに対して どう思われますか?

僕はね 若い人は やっぱり…
若いときの感受性の強いときに

やっぱり ぜひ 海外に出て

やっぱり いろんな こう…
刺激を受けたり 感じたり 見るほうが

必ず視野も広くなりますし。

将来の その…

僕は まあ…
列車に乗ることも多いんですね。

もちろん バスに乗ることもありますけど。

列車に乗るとですね
例えば だから…

ドイツから ず~っと
オーストリアに抜けると…

それから オーストリアから 今度は

ハンガリーのほうに抜けちゃうと

また ずっと 変わるんですよ。

だから この国は ちょっと
あんまり発展してないなとか…

…ということを肌で感じますよね。

それが やっぱり
仕事に反映されるんですよね。

だから こう…

先が見えるということは…

…とかいう形になるんじゃないですかね。

はい お疲れさん。
≪お疲れさまです。

旅の経験をビジネスに生かして
新しい分野を開拓してきた澤田。

68歳になった今でも
チャレンジ精神は衰えていない。

これ あの…

そうですね。

将来を見据え
全く新しいジャンルへも取り組んでいる。

今 力を入れているのは

ソーラーパネルの開発だ。

ポーランドの研究者と共に

厚さ 僅か500ナノメートルのパネルを
作り出した。

従来のものの 8万分の1の薄さだという。

押さえると消えますよね これね。

で 開けると こう つきますから。

非常に安く作れるということと…。

車の上にも貼れますし
こういうガラスにも貼れますから

用途が非常に広いということ。

これは おもしろいなと
すぐ思いましたね。

澤田が ポーランドを旅行したときの
出会いから始まったプロジェクト。

もうすぐ 製造工場が完成する予定だ。

ずっと トップ 走ってこられて

今でも すごくチャレンジ…
いろんな分野で。

今 新しいビジネスを 今 どんどん
うちは やろうとしています。

将来… 5年後 10年後のことを考えて。

我々は 旅行会社ですから

行っていただかないと
ビジネスにならないわけですから。

だから 我々は…

あとは…

だから
豊富な食料が世界に提供できれば

それが減るだろうと。

だから 我々としては 別に
利益 利益でいうんじゃなしに

やっぱり…

…というチャンスが増えますから。

それが日本のため…

それを言い過ぎると
偽善者と言いますから。

だから
なるべく言わないようにしながら

新しいことを どんどん
チャレンジしたいと思いますね。

すごく 澤田さんって
いろんなことを考えてるじゃないですか。

その中の…

大体ですね…

自分の中で こう
やりたいなと思いますよね。

それが 頭の中で 少し描き始めると

これは まあ ほとんど…
70~80%できますね。

当たり前ですけど。

でも 考えられて…
たぶん 澤田さんでしたら

相当 もう 毎日のように浮かんでくると
思うんですけど

その中で…

まあ 考えるのは

大体 寝てるときか
旅行してるときなんですけども。

で それを考えて…

今 ビジネスでいったら
どのくらいの達成感なんですか?

やってみたいなと思うのは…

この もっと進化版。 で え~っと…。

宇宙につくるんですか?

今 宇宙ステーション
飛んでるじゃないですか。

宇宙ステーション あんまり泊まりたいと
思わないじゃないですか。

まあ 景色はいいんでしょうけど。

で 我々は こう… 今…

まあまあ…

バン バン バンと
打ち上げれば…

でね こう…
宇宙を見たり 地球を見たり

で おいしい食事をして帰ってくると。

作ってくださいよ そこで料理。
まあまあ そういうときに… はい。

そこに乗せてってもらって
おいしい料理を作りたいですね。

お金持ち いますから…
いてると思いますよ。

それじゃないと採算取れないので。

それは何年後かって あるんですか?

そうですね すぐは つくれないので。

だけど まあ… 10年ぐらいあったら
つくれるんじゃないですか。

まあ 時間が出来たら もっと

新しいチャレンジもしてみたいけど…

やっぱり 世界一周ですか?

一周じゃなくても
こう いろんなことを全部…

まだ 行ってないとこ
まだ いっぱいありますから。

フフフフ…。
ああ…。

後半は舞台をスイッチ。

対談の後半は 食の都 パリで。

澤田がやって来たのは
小林の店がある1区。

ルーブル美術館に程近い
パリの中心部だ。

ここが小林の店。

2017年 フランス版
「ミシュランガイド」で

日本人オーナーシェフとして
初の2つ星を獲得した小林。

ぜひ 自分の料理を食べてもらいたいと
澤田を招待した。

パリに来ました。 よろしく。
よろしくお願いします。

楽しみにしてます。
ありがとうございます。

よろしく。
よろしくお願いします。

ほかのお客様がいるため
撮影は ここまで。

店内は およそ30人が食事を楽しめる
落ち着いた空間。

世界各国からの人たちで
予約は いつも いっぱいだ。

8時に始まるディナーは 今日も満席。

ちょっとだけ
澤田の様子をのぞかせてもらおう。

まず 出てきたのは
小さなシソのシャーベット。

シソの香りと かすかな酸っぱさが

食欲を目覚めさせてくれる一品だ。

ほのかな日本のテースト。

小林の料理は
オリジナリティーにあふれている。

自分がおいしいと思う食材や料理法を
果敢に取り入れているのだ。

どれも 手の込んだ品々。

すごい…。

これ ビューティフルだね。

人気ナンバーワンの…

雪の上に置かれた花かごのように
かれんな一皿。

驚くほど複雑な味わいが楽しめる。

季節の野菜を それぞれの味が
最も引き立つようにカットし

オリジナルのソースをかける。

上にのせるのは なんと

レモンの汁を泡状にしたもの。

ほんのりと酸っぱい泡に包まれた野菜は
ソースの味と からみ合い

一口ごとに さまざまな味の
バリエーションを楽しませてくれる。

この日のメニューは 全部で14品。

斬新さの中にも

伝統的なフランス料理の基本が
息づいている。

ソースの使い方や
素材によって異なる肉の焼き方など

長い歴史の中で培われてきた技術を
使いこなし

そのうえに 新しさを取り入れているのだ。

それが 舌の肥えたフランス人にも
絶賛される ゆえんとなっている。

食べる人を思わず笑顔にさせる料理。

一方 そのころ…。

(フランス語で)

(フランス語で)

ちゅう房は大忙し。

30人分の料理を 正確に提供するには

並外れた集中力が必要となる。

料理人たちの正確な作業と
チームワークも欠かせない。

指揮官である小林は
サービスマンと綿密に連携を取り

客室と ちゅう房の状態
そのすべてを把握して

的確な指示を出していく。

(フランス語で)

常に完璧を追い求める小林。

料理に関しては 一切 妥協をしない。

どうも ごちそうさまです。
いえいえいえ。

もう 本当に…。

店も雰囲気いいですし…。
ありがとうございます。

それ以上に こう 本当に
食事の味が すばらしく。

途中であった あの ほわっとした
サラダみたいなやつ。

今まででね 食べたことないような
サラダですから

だから 感動しましたですね。
ありがとうございます。

大体 あれを食べるにあたって…

もう その中で ずっと…

…と思って 今 作ってまして。

まあ 安いものっていう言い方は
おかしいんですけども

「安いものでも いいものはある」
っていうことの

その お皿の証明をしたかったんですね。
ああ…。

今ある… 提供されてるお食事は

6か月 1年後には
変わっていくわけですか?

サラダは変えづらいんですね。

一応 今 「サラダ」って言ったり

「アシェット・レギューム」っていうふうに
言葉で使ってるんですけども。

毎回…

どんどん どんどん また
ああ そうかなみたいな感じで

また戻ってくるんですけども… はい。

春と… 例えば 秋とかによっても
やっぱり 若干 違うわけですか?

そうですね はい。 やっぱり
食材を中心に考えていきますので。

11月から2月にかけては やっぱり
根っこもんが多くなってきますので

そうすると やっぱり
メニューを考えるときに

ちょっと つらいときはあります。

非常に こう おいしかったですし
デザインも…。

あの器も 全部 自分で

探してこられるというか
選ばれるわけですか?

やっぱり そういうイメージもあるので。

小林は 1977年 長野県諏訪市に生まれた。

父親は 和食の板前。

小さいころから
料理の世界は身近なものだった。

中学生のとき

テレビで見た 世界的な
フランス料理のシェフの姿に憧れた小林。

15歳でフランス料理店に入り
修業を始める。

根っからの負けず嫌い。

目指すは 世界的なシェフ。

21歳のとき 僅か15万円を手に
単身 フランスに渡った。

やっぱり フランス来たときにですね
職が見つかんなかったですね。

一つ一つ 飛び込みで行くわけですか?
紹介じゃなしに。

最初は… 紹介で行くと思ったとこが
駄目だったんですけど。

ですから そのときは もう本当に
飛び込みに近い形ですよね。

でも やっぱり
レストランに… 中に入れば

何とかなると思ったんですね。

そこまで なかなか?   そうですね。

栄養失調になったの?   なりましたね。

最初は やっぱ 大変だったんですね。
そうですね…。

まあ でも 何だかんだいって
人の巡り合わせで

そういう レストランが見つかって
そこからは 何とか

そういう…
いろんな いい出会いがありましたので。

拾ってもらった
南仏のレストランをはじめ

小林は
フランス各地の有名店を渡り歩き

地方料理の技術を習得。

そして 25歳のとき

パリの最高級ホテル
プラザ アテネの門をたたく。

ここは
「世界一 星を持つ男」として

フランス料理界の
最高峰に君臨する

アラン・デュカスの
拠点。

彼のレストランで 小林は

スーシェフ 副料理長にまで上り詰めた。

日本人としては初めてのことだった。

僕も 10年ぐらい前に
あそこに泊まってたんですね。

泊まって あそこで
食事をした覚えがあります。

今日の… 日本食の一部が
取り入れられてたという感じを

僕なんかは受けたんですけど。
ああ そうですか。

そうですね。
やっぱり もう あそこは…

厳しいんですか?
まあまあ まあまあ…。

そのときに
5年ぐらい 2番をやらせてもらって。

厳しいですね。
まず 失敗しないこと。

そのとき…

そうすると もう…

もし…
「じゃあ ヒラメがあるよね」って。

…っていう感じで 聞いてくるんですね。

新しいメニュー作りのときに。

そのときに…

へえ…。 結構 大変ですね。
そうすると やっぱり…

…っていうことを
ずっと やっぱり 思ってましたね。

やっぱり
すごい勉強になったわけですか?

そうですね。 やっぱり いい…

50人に対し…

そう簡単にないので。

やっぱり
料理を作ってても… やってたとしても

まあ 15時間から18時間ぐらい
料理を作ってるだけだと思うんです。

18時間もやるんですか?

ハハハハ…。
まあまあ まあまあ…。

そのときは もう
本当に もう それしかないので。

それから 帰ってからも
勉強するわけですか?

…しかないでよね。
すごいですね やっぱりね。

その中で その ほかの時間を
どういうふうに使うかですよね。

寝る時間を削ってでも料理の本を見て…

ですから やっぱり…

へえ~。
はい。

絵があったら 大体 もう
みんな 大体 四角で

その中に 全部 描いてあるわけですね。

ルーブル美術館に行っても…

そういうものは よく見てましたね。

へえ…。                 はい。

そんな努力の末 33歳のとき 小林は

パリの一等地に自分の店をオープンする。

ある有名シェフが 引退を機に
小林に店を売ってくれたのだ。

しかし 船出は
順風満帆というわけではなかったという。

オープンの初日ですか… なんですけど

八十何歳ぐらいのおじいさんが
食べに来て

そのときは
もう 今でも忘れられないですね。

…って言われたんですね。
ハハハハ…。

で それが もう 本当に…

それまで そこの…
今 やってるレストランは

ジェラール・ベッソンっていう
すごく有名な方が やってまして。

どっちかっつったら すごく
クラシックな料理を作ったんですね。

うちの料理は 結構 野菜でも…

まあ 日本的っつったら
そうかもしれないんですけども

やっぱり…

そういうものを
すごく大切にすると思うんですけども。

そっちのほうが
栄養はあると思うんですね。

でも 彼らの頭の中では もう 本当に…

もう その言葉は忘れないですね。

…って言われたんですよ。

それで どう変わったんですか?

それが あの… 見送らせてもらった
2人目のお客さんだったんですよ。

そのときは ちょっと…。

いや デュカスさんでも やってるし
いろんな経験をしてきたので… はい。

やっぱり ちょっと…

…ってことは いつも考えてます。

フランスの人から見たら
どういうふうに見えるわけですか?

あの… 今は だいぶ 皆さん
認めてくれてると思うんですけども

もともと…

やっぱり パリなので。 はい。

やっぱり そういう嫌がらせもありますし。

嫌がらせあるんですか?
はい。

もともと仲よかった料理人の方

料理人のシェフたちとか
いるんですけども そういう人たちが

買ったとたんに ちょっと 何か…

ちょっと そっぽを向くというか…。

そういうので すごく言われましたね。
結構 大変だったんですか? 最初は。

最初は まあまあ まあまあ…。

まあ でも やっぱり
アラン・デュカスさんとかが…

前 自分が働いてたレストランの
シェフたちが

だいぶ助けてくれて… はい。
マスコミの方も助けてくれて。

そうですね。
オープンされて何年って言われました?

今… 2011年ですから
今年で9年目ですね。

じゃあ もう あれですね。
そういうのはなくなったわけですね。

まあ ちょっとずつ…。
ちょっとずつ。

だいぶ 皆さん あの… はい。
よくしてもらってます。

まあ 日本とフランスは
だいぶ 食文化が違うと思うんですけど

どのように まあ あの…
楽しみ方も併せてですね

違うと思われますかね?
やっぱり…

…って感じだと思うんですよね。
なかなか難しいですね。

「時間を楽しむ」「食事を楽しむ」。
そうですね。

特に 最初 地方を回ってたときに

日曜日… 土曜日 日曜日
おじいさん おばあさんばっかなんですね。

そこで もう みんなの…。
あっ 楽しく?

はい。 もう みんなが そこで 別に…
みんなの遊びなんですよね。

もちろん 食事もおいしくだけど
楽しく食べられるわけだ。  そうですね。

それ いいことですよね。
はい。

終わる時間が もう…

お昼に入りまして
5時ごろまでいるんですよね。

そうすると 夜の仕込みが
本当に ぎりぎりなので

そこは ちょっと きつかったですね。

あとは やっぱり
パリっていうのもありまして。

自分は 最初は
地方から ずっと回ってたんですけども。

…って言われたんですね。

毎日 言われたんです。 毎日じゃない…。

本当に?
で もう…

だったら もうちょっと
「じゃあ 塩」みたいな感じにしたら

「これだよ」って言われて。
本当かな? と思ったんですけども。

人によって違いますよね。
体調によっても。

ですから やっぱり それが…

アラン・デュカスさんから
よく言われてたんですけど…

…っていう感じで言われたんですね。

いくものは
ちゃんと いったほうがいいと。

本当に やっぱり…

ああ しっかりね。
はい。 でも…

もう 本当に
メリハリって すごく言われたんですよね。

常に全力疾走で
料理と向き合っている小林。

とりわけ 食材の探求には
労力を惜しまない。

パリからおよそ900キロ離れた
南フランス。

小林は この農園を
しばしば訪れる。

ここで育てているのは
800種類以上のかんきつ類。

新しい味を探し出し

自分の料理の進化を追い求めている。

(フランス語)

そして
ストイックなまでに妥協しないのが

料理にとって大切な温度。

(フランス語で)

カリッと焼き上げた魚は

70度で温めた皿に盛りつけ。

口直しの
レモンシャーベットは

マイナス20度に冷やした
皿に盛る。

客の口に入る瞬間が
一番おいしい温度になるように。

一人一人の食べる速度と
調理にかかる時間を見計らいながら

皿をテーブルに届ける。

秒単位のこだわり。

こうしたストイックさから生み出される
小林の料理は

本場フランスのシェフたちをも
うならせてきた。

(フランス語で)

今回 特別に

あの巨匠が インタビューに応じてくれた。

誰もが認める小林の料理。

「ミシュラン」2つ星の獲得も

周りからは
当然のように受け止められたという。

「ミシュラン」の星というのは
どういうあれなんですかね?

我々は
分かったような分からないような…。

食文化がありますので。

自分たちは…

その中で 彼らが
どういう時間を過ごして…

いい料理もあるんですけども
もちろん サービスがあって

やっと 1つの空間が完成すると思うので。

…っていう料理を
やっぱり 提供したいので。

そういうのは すごく 気 遣いますね。

結構 あれですね
レベルが高いんですね やっぱり。

いえいえ… もっとレベル高い所
いっぱいあるので。

このRestaurant KEIに
お金を使うかどうかっていうのは

やっぱり そこだと思うんですね。

それになりたいと思うので
そういうことには すごく… はい。

やっぱり
自分が 2つ星とったときにですね

3つ星のシェフに言われたんですよ。

…って言われたんですね。
そのとおりだと思いますし。

2つ星と3つ星では どう違うんですか?

やっぱり ビジネス的には
全然違うと思います。

澤田さんみたいな感じですか。
何かを言ったら もう

みんなが注目してるっていう感じですかね
3つ星のシェフは。

3つ星はね。
はい。 やっぱり それはあると思います。

ルールはないんですけども やっぱり…

ここだったら
まだ 何か できるだろうっていう。

これが最後じゃないよね…

でも こんだけの… もう 2つ星以上の
もちろん クオリティーもありますし。

やっぱり
オリジナリティーもありますし

「やっぱり もう ここは
彼のレストランだよね」っていう。

そこが やっぱ
3つ星のシェフたちですかね。

オリジナリティーっていうのは
非常に大切なんですか?

そうですね。 やっぱり それが その…
料理の価値だと思うので。

やっぱり みんなが作ってるものを
一生懸命作ってても… っていうよりも

やっぱり 「あっ これ 圭の料理だよね」
っていうのは 絶対 必要だと思います。

じゃあ 将来
3つ星をチャレンジされる…?

はい。 もう… やっぱり それが

一つの あの… 何ていうんですかね?

あの… 規定とは思わないんですけども

やっぱり
2つより3つがいいわけですよね。

最高のものを目指したら やっぱり…

100mやってる人たちは。

ですから F1でも そうなんですけども。

本当に やっぱり…

まあ 日本人も そうですけど

フランスの人を こう…
「使う」って言ったら失礼ですけど

一緒にやるというのは
結構大変なんですか?

ある意味で…

フランス料理を作ってて

やっぱり いろんなスターシェフ…

すごく有名な… 世界的に有名なシェフが
いっぱいいるわけですよね フランスって。

そこで やっぱり…

そういう面では
すごく活気がありますよね。

それが
自分のモチベーションかなっていう。

そこは… まあまあ…

調整して。

でも うちのスタッフは みんな…。

いい方 多いですね。
そうですね。

そういう面では
すごく恵まれていますね。

そうですよね。
今日 サービス受けましたけど

本当に きちっとした。
そうですね。

スタッフを使うにあたって

何が一番大変なんですか?
大切なんですか?

もちろん やっぱり…

コミュニケーションというのも
あるんですけども

やっぱり…

違いますよね。
はい。 そのときに

できるかぎり…
その人たちと話をする。

もう うちで 今
20人弱 いるんですけれども

1週間のうちに どんだけ その人たちと
コミュニケーションをするかっていうか…

ちゃんと 君を見てますよっていう

自分の中での規定を
作るってことですかね。

やっぱり きちっと理解し合うことが
大切なんですね。    そうですね はい。

うちのスタッフは
やってるみたいですけど

自分が行くと やっぱり
そこの場が壊れるときがあるので。

かえって 気を遣うということですか?
そうですね はい。

澤田さん的には
人との接し方 あるじゃないですか。

そうですか。
たまには たまには…。

僕は どちらかというとね…

ああ そうですか。
どうですか?

…って よく言われるんですけど。

やっぱり… そうですね。

自分たちって いいって思うこと
ないじゃないですか。

すごい いいサービスだよねと思ったら…

やっぱり いいサービス…

本当に1秒… この2秒っていうときに
このタイミングがあるじゃないですか。

絶対 そこが ピシッ ピシッ ピシッて…

最近では 店で腕を振るうだけではなく

権威あるイベントから
料理の依頼が相次いでいる。

写真集も出版された。

並んでいる品は

料理というより
絵画のようだ。

小林の料理は これから
どこに向かっていくのだろうか。

一体 将来…

どういうふうにしたいというか
なりたいというか。

世界一のレストラン?
はい。

本当に やっぱり
いつでも お客さんがいて

食べに来た人たちが…
世界中から食べに来てもらって…

いくら「ミシュラン」でも
名誉レストランでも 全部…

それが自分の中の
世界一のレストランかなっていう。

お客様からの声というのは

アンケート
別に 取られないわけですから

どうして 聞こえるんですか?
やっぱり あの…

もちろん 今 ブログとか
いろいろあると思うんですけども

まあ 最後 食事が終わって

最後 玄関の所で
見送らせてもらうんですけど

そういうときに 何か話したときに。
ああ 軽くね。

やっぱり そういうときに
まず 顔が… 表情がっていう感じと。

あと うちのサービスに
ある程度 任せてるので。

そこで どんどん どんどん

やっぱり 情報は拾いますね。

これから あれですか?

もっと 店舗を増やそうと
考えておられるんですか? 将来 未来。

Restaurant KEIっていうものは
本当 一応 うちの中での高級ライン。

あそこは…

…って ずっと思ってるんですね。

世界のお客さんたちが見ても
いつでもダイヤモンドで

やっぱり…

…っていうレストランにしたいんですね。
なんですけども

やっぱり ほかで
もっと自分が自由に もう 気楽に…

それはどこですか? パリで? それとも
例えば ニューヨークとか 東京とか。

そうですね。 そういう面も含めて
それは もう 世界的に。

将来は 東京でやられる可能性も
あるわけですか?

…も ありますね。

そこのカジュアルラインっていうものは
出したくないですね。

Restaurant KEIの…

ではなく…

それは やっぱり 世界中に… はい。

楽しみにしてますから
ぜひ 東京にも出てきてください。

そのときは 協力しますんで…。
よろしくお願いします。

(取材者)小林さんと話してみて
どんな感想ですか?

パリで自分でやって
大成功されてるから

ちょっと 自信過剰みたいとこ
あるかなと思いましたけど

そうじゃなしに
非常に謙虚ですし

今でも勉強されてますし。

僕はね
非常に すばらしい好青年だなと

感じましたですね。
別に お世辞じゃなしに。

ずっと やっぱり
そういう 革命というか

何か 新しいことを
ずっと やり続けてるんですけども

それなのに まだ
どんどん どんどん 発想があって。

その 何か… 自信っていうものに
満ちあふれてるっていう

そういうものを見れたのが
すごいよかったのと。

やっぱり 料理しかできないので

料理で世界に貢献するっていうのに

もっと もっと
強い意識を持つようになりましたね。

♬~


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