ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 高田純次×小島慶子 突発的なギャグを繰り出す、その独自の芸風で人気の…


出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 高田純次×小島慶子』の番組情報(EPGから引用)


[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 高田純次×小島慶子


突発的なギャグを繰り出す、その独自の芸風で人気の高田純次は73歳になった。浮き沈みの激しい芸能界で、高田はいかにして人気者であり続けているのか?その素顔に迫る!


番組内容

1947年、東京都生まれ。3人兄弟の長男。ごく普通のサラリーマン家庭で育った高田が、少年のころ憧れていた職業は、意外なモノだった。1972年、劇団自由劇場の研究生になるが、芝居で食べていけるほど甘い世界ではなかった。家族を養うためわずか1年で退団し、心機一転、宝石卸売り会社で働く。しかし退団から4年。30歳になった高田は突然、柄本明とベンガルが旗揚げした劇団東京乾電池に入団する。高田を駆り立てたモノとは?

番組内容2

1980年、東京乾電池として、初めてテレビ番組のレギュラーに抜擢される。それは月曜から金曜の昼の生放送「笑ってる場合ですよ!」だった。高田を作り上げ、人気者にした伝説のバラエティー番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」はその5年後。東京乾電池の劇団員として人生の再スタートを切った高田は、いかにしてそこまで上り詰めたのか?そのほか、滅多に話さないプライベートや、自分流の生き方も語る。

出演者

【ゲスト】高田純次(タレント)

【インタビュアー】小島慶子(タレント、エッセイスト)

次回放送予定

次回3月14日(土)は、女優の由美かおるに、テレビ朝日アナウンサーの小松靖が迫る!お楽しみに!

番組概要

様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!

番組ホームページ

<番組ホームページはこちら!>

www.bs-asahi.co.jp/interview/

制作

BS朝日、テレビ朝日映像


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ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 高田純次×小島慶子
  1. 一同
  2. 高田
  3. 時間
  4. テレビ
  5. 劇団
  6. ハハハ
  7. ハハハハ
  8. ホント
  9. 意外
  10. スタッフ
  11. 会社
  12. 元気
  13. 自分
  14. 夫婦
  15. 仕事
  16. 自由劇場
  17. 女房
  18. 大変
  19. 面白
  20. ダメ


『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 高田純次×小島慶子』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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〈東京 下北沢〉

〈どこか郷愁を誘う店構えの
中華料理店は

庶民的な味と
良心的な価格設定で

街の名物となっている〉

〈人気の筆頭 ラーチャンは

鶏がらと豚がらで だしをとった

薄口の醤油ラーメンと
チャーハンのセット〉

〈若かりし頃
常連だった店を訪ねるのは

久々だそうだ〉

あっ どうもどうも。

ご無沙汰しております
小島慶子です。

はじめましてじゃないですよね?
違います。

あっ 脱ごうとして 上がろうと
してますけど いいですか?

もちろんです。 はい。
よろしくお願いします。

すいません。 靴のまま
というわけにはいかないので。

よろしくお願いします。
よろしくお願い致します。

こっち?
はい。

あっ これがあるとね 楽なんだ。

腰のね あれも。

もう 今日は
いい話しかしませんので。

あっ そうですか?
よろしくお願いしますね。

はい よろしくお願いします。
よいしょっと。

ここ 高田さん
よくいらっしゃる?

そうですね。
今 毎日のように来てます。

…って ホントは
言いたいんですけども

まあ 本多劇場とかね

このスズナリなんかで
昔 公演した時に 帰りに。

比較的
値段もリーズナブルだから

ここ 来て
みんなでワイワイ ガヤガヤ

その日の反省会っていうか

人の悪口しか
言わないんですけどもね。

まあ 楽しそうですね。
酒が うまくなるんで。

ハハハ。
ハハハ。 そういう感じで。

さっきね その辺に…。
書いたかな?

そう。 乾電池さんのサインって…
ああ ここ。

ああ これ そう。 それ一緒だね。
82年。

えっ この中に
高田さんのサインあります?

俺 ないね。
あれ? なんでだろう?

それは 柄本だ。 東京乾電池って
書いてあるんだよね。

へえ~。
あとは… うん ないな。

この頃
いらっしゃってたんですね。

その頃 僕 高田純次って名前じゃ
なかったですから。

ヤマサキタヌキチ
っていう名前でしたので。

ウソですよね?
ウソです。

(一同 笑い)
初めて聞きましたよ。

まあ よく 口から出任せに
そんな名前が出ますね。

書いたか書かないかもね…。

♬~

こんにちは。
アンジェリーナ・ジョリーです。

じゃんけん チョキ。
あっ 僕の勝ち。

チ ヨ コ レ イ ト。

じゃんけん パー。

〈ちょっぴりシュールな芸風で
注目され

しだいにファンを広げてきた〉

はい。 もしもし?
どちらからですか?

〈高田純次 今 73歳〉

4球団の監督やってるんですけど
全部 最下位。

もう なんだか
最下位のチームに縁があります。

来年辺り どうですか? 俺も…。
いやいや もうないです。

ないですか? 俺も一度
ヤクルトの監督やっておこうかな。

(舌打ち)
(一同 笑い)

〈軽佻浮薄に徹して

テキトー男と呼ばれた〉

昔ながらの雰囲気でしょ?

〈それが今や
唯一無二とも言える

ユニークな存在感を
放ち始めている〉

これ切ってさ やわらかいから。

そういうふうにやって食べればさ
ケンカしないでしょ? ねっ?

じゃあ これ 俺が もらうから。
(女性)ああ!

(一同 笑い)

〈ひたすら
周囲を笑わせ続ける男に

うっかりすると
色気さえ感じてしまう〉

〈そんな純ちゃんの魅力に
迫ってみた〉

♬~

♬~

♬~

えっ?
そうなんですよ。

ほとんどね。
ええ~!

北野武さんが持っていく
松方弘樹さんが持っていく。

ギャラの高い皆様が…。
木内みどりさんが持っていく。

あと なんか 自分の財布を
全部スタッフに渡して

「第2次会 これで行け」とかね。
へえ~。

松方さんは かなり ほら

(一同 笑い)

♬~

ご夫婦で なんか話す…
どんな話されるんですか? 普段。

「今日は風呂あるの?」とか
そんな話だよね。

(スタッフの笑い)
「夕飯は何?」ぐらいだね。

そうですか。
時々 だから 女房がね

上 来て なんかね

アハハハハ。 物騒… 物騒。
(スタッフの笑い)

♬~

ホント 時間がなくて もう
なんか 寿命 縮んでもいいから

今 24時間 寝ずに過ごせたら
いいのにってぐらい

時間が足りない。
そうそう。 だから 今

自分を形成できるんだよ。

時間を作ろうとも考えないじゃん。

じゃあ 今 あれですね…。

私 これ 楽しい時なんだ?
楽しい時だよ!

振り返った時に 「充実してたな」
みたいな感じになるんですかね?

「ああ あの時は よかったな」
って思いますよ。

俺だって 今 もう死ぬ寸前で

(一同 笑い)

〈1947年 高田純次は

東京 調布 国領町の生まれ〉

〈父はサラリーマン
3人きょうだいの長男だった〉

〈少年時代に憧れていたのは

全く別の道だったようだ〉

京王線ですか?
京王線。

私も京王線育ちなので。
どこ?

高幡不動です。 もっと奥です。
ああ 田舎だね~。

そうですよ そうです。

高幡不動か。 じゃあ 少し
もう少し態度大きな感じで…。

あのね… あれ?
もう これ 回ってるんですね?

(スタッフ)はい。
ああ 回してるんだ。 ああ そう。

(スタッフの笑い)
京王線のね

東京に京王線っていうね…。
沿線同士のね。

向こうが新宿… 終点の新宿で

高田さん 調布のね そばの国領駅。

で 私 もっと 奥の方の

高尾山に近い
高幡不動ってとこで育って…。

一般的な言葉で言えば
田舎者って感じかな? ハハハ…。

でも ホント
調布はね まぶしいんですよ。

まぶしいでしょ。
私 日野市民でしたから。

俺 調布っていっても
調布市国領っていって

各駅しか止まらないのよ。
あっ そうですね。

高幡不動 特急止まりますからね。
止まるでしょ?

それで 特急で
調布から新宿までは

17~18分。
すぐですからね。

ところが 新宿より
2つ3つ駅が近いのに

国領だと30分ぐらいかかる。

各駅ね。
各駅だから。

団地みたいな所
だったんですか?

ちっちゃい時に
暮らしてらっしゃったのは。

7つ 国領荘っていうのがあって

俺たちはね 2号棟だったの。

ところが 2号棟だけ
3分の1 まだ焼けてた。

ほう~。 はあ。
うちらが住んでる所が

3分の2のうちの一つあって
その少し空いて

また 1つだけ寮が残ってる
ってとこだった。

雰囲気は だからね

下町っていうのか
なんていうのか… その雰囲気は。

その時から こういう なんか

人を笑わせたり 適当な事…。
冗談じゃないです。

「純ちゃんは非常に頭がいいんで
いずれは

日本の首相になるんじゃないか」
って周りのあれがね。

ホントですか?
大変だったんですよ。

えっ? なんの勉強が
得意だったんですか?

そう言われると
難しいところがあるんだけど。

ウソでしょ 絶対 ウソですよね?
その頃は 全体的に。

ハハハハ。
だから 大体 ほら

クラスで一番頭のいい人は
学級委員でしょ。

ええ そうでしょうね。
僕 風紀委員ですもん 必ず。

あっ 風紀委員?
なんで 俺に風紀委員だったのか

わかんないんだけど
今 考えればね。

風紀委員は なんか
人に注意したりとかですか?

そういう なんか…。
そうです。 注意してたんです。

それぞれのクラスの掃除したあと
桟を汚れてるとか

黒板きれいに…
ちょっと書いて回る 風紀委員は。

あら じゃあ 割ときっちり…。
きっちりしてる。

だから 大体 クラスで
3番以内とか いつも そういう…

勉強はね。
そうなんですか。

小学校の頃は易しかったからね。
フフ…。

僕も役者さんになろうとか
ってのは思ってらしたんですか?

それは 全くないね。

時代的にも 役者とか俳優さん
全く頭になかったです。

だから できれば
漫画家になりたかった。

ああ 漫画家。
うん。

漫画は何を読んでたんですか?
漫画 その頃はね ほとんど

『冒険王』 『少年画報』

そういう 『少年』とか
そういう時代のあれだから

もちろん 『鉄人28号』も そうです。
ああ ああ。

『8マン』から 色んなね。
はい。

だけど 一番小さい頃は

武内つなよしの
『赤胴鈴之助』だよね。

ああ なんか…。
『赤胴鈴之助』です。

だから 吉永小百合さんが
ちっちゃい頃ね

恋人役で
声とか なんかやってて。

テレビアニメに
なったやつですね。

で 赤胴鈴之助が
真空斬りってやるんですよ。

知らないでしょ?
お嬢さん まだ若いから。

知らない…
まあ 若かないですけど。

話が のってきたぞ。
(一同 笑い)

どのくらいの事を
話していいのか…。

真空斬りで ガーッて

風が巻いて真空になって
相手をやっつけるっていうね。

あっ なるほど。
それをよくね

子供の頃に
みんなとやったんだけど

全く効かなかったね。
まあ そりゃそうです。

アニメですからね。

でもね
ご覧になってる方の中には

多分 同じような遊びを
してた方がいるはず。

あと 『月光仮面』だよね。
『月光仮面』!

母がよく 『月光仮面』は…。
見てたでしょ?

悪人がサタンの爪で

月光仮面がHondaの
ドリームってバイクで

グワーッて来て
クッと曲がるのを

当時 バイクなんか もちろん
まだ乗る年頃じゃないけど

自転車で 砂場でガーッて
よってたかって

そういう練習をね
してたんですよ。

高校から府中でしたっけ?
高校 府中です。 受けてね。

都立の 府中の。
第1志望 落っこちて

しょうがない
第2志望 府中という

ちょっと 刑務所の前ですよ。

行った時は 場所もひでえとこだな
なんて思ってたんですよ。

それで 僕たちの高校は…。

校舎の上に。
ああ そうなんですか。

すごい天文台が。
うわ~ すごいな~!

ここは ある意味ちょっとね

まあ 第1志望 落っこちたけど…。
第1志望 どこだったんですか?

国立とか 色々あるんですけどね。
賢いとこね。

でも まあ 落っこちたから
どこ言っても別にね

東大附属でもいいんだけど。
(一同 笑い)

ほんで ワーッて じゃあ…。

じゃあって 天文同好会
っていうのを作って。

作ったんですか? 天文同好会。

好きだったんですね
星見たりするのが。

ずっと…。

(一同 笑い)

ドームだけできてて。
アハハ。 中 空だった…。

都立なのに。

〈大学受験に失敗すると

19歳で 東京デザイナー学院へ〉

〈画才が培われたのは
この頃だろう〉

〈ターニングポイントは
25歳の時〉

〈劇団自由劇場の舞台に感激して

自分も役者になろうと決意する〉

自由劇場との出会いっていう…。
自由劇場の出会いはね…

その前にね あの~

知り合いが
小さな劇団やってたんですよ。

それで そこの…

デザイン学校あれしてね…
出てね。

で ポスター描かない? って
言うから

その頃 僕 ほら
そういう自分のものが

作品になったのもなかったし。

うわ~ 嬉しい
もう お金も何もいらないから

描かすだけ描かせてくれって
言って

その劇団のポスターを描いた。
ポスターを描いた。

で その… その劇団って
大抵 公演で

1日 4人とか5人ぐらいしか
入らない劇団なんだけど。 ねっ。

で そこの劇団の
やっぱ 美術やってる人が

面白い劇団があるから
見に行かない? って言って

見に行ったのが
自由劇場だったんです。 その時。

その時 見てどう思った…?

いや その時は 佐藤B作さんとか
吉田日出子さんとか

串田和美さんとかさ。

みんな あれが 狭い中でね
跳んではねて これは面白かった。

いや こんな面白いね…

今まで 僕も タッチした劇団が

まあ ちょっと
屁みたいな劇団だったんだけど。

(スタッフの笑い)
ヘヘヘ 屁って… 屁って。

ちょっと あれ…
屁って言うとおかしいですけど。

凝り固まった劇団なんですよ。
あっ なるほど。 ちょっとね…。

方向性が。
割とね

わかる人にしかわからないという。
そうそう。

で うわ~ 面白いなって思った
その翌年に

初めての研究生を
募集したんですよ。

あっ 自由劇場が?
自由劇場が。 研究生で。

で 結局 最終的には

30人受けて
29人受かったんですよ。

で なぜ 1人だけ落ちたかって
いうのは…

どういうわけか そいつは
政治の批判をしたんですよね。

したらしいんだよ。
ねっ ほとんど。

俺もね 受けた時に
あ~って なんかね

水の中に足を入れて その

冷たい感じを出せって
言うんだけど

そんな
芝居なんかもした事ないから…。

水ないのに?
水ないのに。

ないのにやるんだ。
無対象で。

足入れて
「わー!」なんて言うんだけど。

ちょっと違うかなと思って

完全に
ダメかと思ってたんですよ。

そうしたら 合格通知が来て。

よかったですね~。
よかった うわ~って言って。

その頃はね…
女房と一緒にいたんだけど…。

あっ もう結婚はして…。
暮らし始めた時なんです。

あっ そうだったんですか。
ちょうどね 25ぐらい。

女房も なんか
両国の方でお店やってる人のね

4人きょうだいの一番下で

そう 4人きょうだいの一番下で
お店やってるし

あっ 金持ちの子だと思って
うんうん。

まあ しょうがない
タイミングで結婚しちゃったけど

全然 女房 金なくてさ。
フフフ ひどい言い方ですね。

がっかりしちゃってさ。
いやいや それ ひどい。

それ以外にも
色んな理由があったでしょ。

そりゃ まあ…
最初のデートの時には すごいね…

その頃は 90・60・90ぐらいの…。

あっ ナイスボディー。
なかなか。

その女房がね ニットで
ノーブラで来たんですよ。

おうっ!
これは まずいでしょ。

相手が それで来るんだったら
俺 ふんどしで行きましたよ。

いやいや。
(一同 笑い)

〈劇団に入ってはみたものの

すぐに 芝居だけで
食べていけるほど

世の中は 甘くなかった〉

〈結局1年で退団し

宝石の卸売会社で働き始める〉

〈家族に
つらい思いはさせられない〉

〈…と ここまでは いい話〉

〈だが それから4年〉

〈突如 柄本明や
ベンガルなどが旗揚げした劇団

東京乾電池に入団してしまう〉

〈高田は 30歳になっていた〉

〈きっかけが
なんとも高田らしい〉

僕は 東京乾電池
あとから入ったんですよ。

ええ 先に…。
会社にいる時にね

会社のお得意先の受付の子が
きれいだったんで。

その ある新宿の店に
その子を連れて飲みに…。

あれ! もう 結婚してますよね?

その頃はね 結婚はしてないよ。
籍入れてるだけで。

(一同 笑い)
ひどいひどい ひどい。

まあ でも ちょっと飲みに
まあ 行ったわけよ。

行きましたね。
行きました。

そしたら そこに 一時
僕が 自由劇場に1年間いた時の

柄本君とベンガル君と

その当時の 事務所の社長がいて。
あっ そうか

自由劇場 もう離れて
サラリーマンやってて

バッタリ再会したんですね?
再会した。

それで 俺は ほら ちょっと まあ

その女の子
意外とタイプだったんで

なんとかして
やっつけようかなんて

心にもありながら
行ったわけじゃない。

それで 飲んでるうちに
みんな 芝居の話なのよ。

あ~ みんなね~。 なるほど。
要するに。

で それで 終わって その時はね。

まあ ちょっと落ち込んじゃって。
女の子の手を握る事…

まあ 手ぐらい握ったかも
わかんないけど

それで そのまま帰って。

そしたら…
帰ってね 5日ぐらいしたか…。

その ベンガル君から

11月に公演をやるから
高田 出ないかって言うの。

あら~。
いや 出ないかなんつったって

会社行ってるしって言ったら
「いやいやいや

あの~ 大丈夫だ」と

その~ 稽古は
会社の終わったあとでいいし

十分にできるから
会社行きながらでもできる。

それ聞いてさ 俺も…

月にどのくらいになんの?
なんて聞いたらさ

いや… 奴らは
その頃 他の仕事してて

月に15万ぐらいになった…
あっ 15万… 10万か。

そのくらいにはなるかなって
言うから

それ 頭に
インプットされちゃって…。

はい。

大丈夫です。
(スタッフの笑い)

『ザ・インタビュー』なので。
あっ そうか。 ハハハ…。

で どこまで話したっけ?

あっ 会社を辞めようか
どうしようかって。

会社の中でも 俺 ほら 意外と
ほら 腕があったから。

あっ なんかね そうみたいですね。
そうなのよ。

色々 賞にも出展しててもね
ジュエリーのデザインで…。

そのまま
やってけばよかったのに。

ずっと考えてたのよ。

それで まあ 女房にも内緒で。
それで その8月の…

あっ 9月の25日だから
辞めたのが。

その10日ぐらい前に

一身上の都合で
辞めさせてくれと。

辞めなくてもよかったのに~。

それで あとで聞いたらね
稽古が12時からだって言うのよ。

そうすると どうしたって
会社 行けないなって

初めて思ったんです。
(一同 笑い)

そうか。 それは でもな~。
そうね。

家族は 結構… お連れ合いは
つらかったんじゃないですかね?

そうそうそう ちょっと
子供もいたしね。

その頃 他の 柄本君や
ベンガルたちは まだ独り身だから。

ああ…。
俺だけ 乳飲み子抱えて。

相当 もう 苦労しましたよ。

はあ~ でも… ハハハ…。
(スタッフの笑い)

ただ… ただ その時は

うちらは ほら
苦労だとは思わないからね。

これが苦労で いずれとは
考えないじゃない。

今を その日を ほら…。

まあ なんとか生きねばと…。
なんとか生きていくのに。

で じゃあ…
じゃあ もう 30にもなるし…。

チャンスもないからね。

ちょっと やってみるか…
貯金も200万ぐらいあったから。

やってみようかなっていうね。

ベンガルさんと柄本さんとは
どういう…

今も こう 交流は続いてる?

彼ら こないだ 全部ね 交通事故で
死んだって聞いたけどね。

いや 死んでない。
亡くなってないです。

亡くなってないですよ。
亡くなってないか。

はい。
そうか。 あのね

ベンガル君とはね
自由劇場の研究生で一緒だった。

ああ ああ そうだったんですね。
で えもっちゃんは どっか他のね

なんだ… 四季とか
マールイとかって

他の劇団にいたみたいなんだね。

へえ~。
でも そこで声を掛けられたのが

ホントに 人生を
変えてしまったわけですね

高田さんの。
そこで そう 会ったのがね。

その新宿の焼き鳥屋さんでね。
辞めてよかったですか?

なんか やっぱり あの時
宝石の会社

続けとけばよかったなとか
思った事ありました?

どっちがいいかっていうのは
なかなか言えないからな。

うん ただ この年まで
続けさせてもらってるのは

やっぱり ありがたいと思うよね。

もう だって お嬢さんが
今 30代か そんなもんでしょ?

いいえ。 48に 今年なります。

まあ それはそれで いいとして…。
(一同 笑い)

48で その美しさを
キープしてるっていうのは…。

でも 今 ほら
照明とかあたってますからね。

あっ そうだね。
そうです そうです。

(一同 笑い)

70過ぎて なんとかね
仕事頂けてるって…。

俺の同僚… 僕は ほら

高校時代の
同級生しか知らないから。

年に1回 集まるんですよ
男だけで。

今も へえ~。
今も 毎年1回ね。

あっ そうですか。
そうすると みんな ほら

会社は
辞めちゃってるわけじゃない。

定年で もう。
70代だと そうですね。

それで
俺たちの同級生っていうか

その学校の中で
大学 行けなかったのは

俺と もう1人 ササキって
カナダ行っちゃった奴がいる。

それしかいないの。
あとみんな大学 出て 行って

で 必ず 話の初めは
高田は大学行ってないのに

よく まだ働けるよなって
そこから…。

アッハハハハ…。
ハハハハ…。

そこから話が入るのよ。

ガタンゴトン ガタンゴトン
ガタンゴトン ガタンゴト~ン!

ピッ。 電車男です。

私は 今
知的な人とオタクが住む町

アキバハラ… んっ?

アキハラバ… んっ?

秋葉原に来ております。

〈高田純次が 類いまれなセンスを
開花させたのは

1985年にスタートした
テレビ番組だった〉

〈伝説のバラエティー
『元気が出るテレビ!!』〉

〈劇団東京乾電池に
飛び込んで8年〉

〈まさか 人生が
そんな方向に向かおうとは

思ってもいなかった〉

〈初のレギュラー番組は

劇団仲間と出演した昼の生放送

『笑ってる場合ですよ!』〉

『笑ってる場合ですよ!』に
出始めたきっかけって…

舞台を見に来た人が

テレビに引っ張っていって
くれたんですか?

『笑ってる場合』のきっかけはね

なんか その頃ね
色んな局のお偉いさんが

色んな劇団…
東京ヴォードヴィルショーとか

色んな劇団を見に来て

それで 昼 こういうのやるから…

乾電池を
見に来たプロデューサーがね…。

まあ もちろん
フジのプロデューサーだけど。

ちょっと使ってみようか
っていう感じだったんだよね。

どんなコーナーを
されてたんですか?

いや だから…。

あの… 作家の方が 朝来て

朝 こう
色々 事件があるじゃないですか。

その中でも あんまりエグい事件は
やっぱりできないから

笑えそうな ちょっと簡単な…
書いて やるんだけど

最初の頃は
同じ事を時代劇の格好して

「一方 江戸城では…」って
やるんですよ。

2種類やってたんですよ。

えっ? えっ? えっ?

例えば 窃盗事件があった。
それを5人で こうやって

コントをやって
それが1分か2分ぐらいの。

「また一方 江戸城は…」って

パッチでできた
簡単なやつと

時代劇用カツラかぶって
「一方 江戸城では…」って

同じ事やるんですよ。
アハハハ…。 時代劇版で。

ところがさ 見てる人は
どうして江戸城でやるんだか

わかんない。
わかんないですね。

私も 今 説明聞いてて
全然わからなかった。

それで 1カ月ぐらいやったら

その頃
横澤彪さんっていう有名な

あの方がプロデューサーだったの。

僕たちの あれを見て
「いや 江戸城は

なくした方がいいんじゃないか」
って言うんで

江戸城がなくなった分
少し時間がくくれた…

1本に絞れた。
あ~ そこで…。

「乾電池ニュース」っていうのを
やってね。

あ~ なるほどね。

その頃 そうやって
毎日 生放送 出ると

こう 収入が バンと
上がった感じですか? そこで。

収入は
あんまり上がんなかったね。

あの…
5人でやってる その あれはね。

テレビでも?
うん。

だから 昼1時に終わるんですよ。

で 終わったあと
まだ色んな 大道具の仕事とかね

アルバイトやってました。
あっ そうでしたか。

3年ぐらいやって

『笑っていいとも!』に
なったんです。

で 『笑っていいとも!』にだけ

俺だけ
いけにえで残されたんです。

いけにえ…。
ハハハッ。 その中でね。 だから…。

じゃあ テレビのお仕事が
ガーッと増えたのは

『笑っていいとも!』に
お出になったあとぐらいですか?

『笑っていいとも!』じゃないな。

私 子供だった時 テレビつけると
高田さんが出てたので。

あっ そう。 それは だから
毎日 ちょっと やってたからね。

ほんで そのあと… まあ フジの話
ばっかりになっちゃったけど

タケちゃんマンとかって

北野武さんが やってる番組
なんだっけ?

『ひょうきん族』! 見てました。
『ひょうきん族』よね。

ほんで 出させてもらって
武さんと一緒になったので

今度は 日テレでやるから

それを…。
『たけし城』とかですか?

『たけし城』じゃなくて…。
あっ 『元気が出るテレビ!!』ね。

『元気が出るテレビ!!』に
出ないかって事で。

『元気が出るテレビ!!』もね…。

えっ?
そうなんですよ。

ほとんどね。
ええ~!

だから かえって頑張った
っていう。 だから ほら

北野武さんが持っていく
松方弘樹さんが持っていく。

ギャラの高い皆様が…。
木内みどりさんが持っていく。

みんな その頃は だって

原田大二郎さんとか みんなね
もう 有名な人ばっかしで。

俺と兵藤ゆきだけが
馬の骨みたいな感じだったの。

高田さんが なんか ここに
こう 白鳥の こういうのつけて

こうね 出ていくのとか もう
毎回 すごい楽しみに…。

あれはね
ギャラが低かったから頑張る。

だから 土 日で
3本撮らなくちゃいけないから

外行って。
大変でしたね。

それを見た 加藤さんっていう
プロデューサーが

じゃあ 終わったあと
『11PM』がね あるんで

それもやれば 少しは生活の足しに
っていう感じで。

へえ~。 面白かったですか?
テレビの仕事。

いや 面白かったですよ。
ね~ すごいね。

だから あんまり 今度は
テレビの仕事やってると

劇団の方がね ちょっと
おろそかになったりするじゃない。

そうすると 観客なんかは
色々アンケートを最後に書いて

アンケートボックスから

上層部だけしか
それは見れないんだけど

もう そういう中で 「高田さんには
もう期待しません」とかさ。

そっか
「舞台を捨てたんですね」って。

そう。 「舞台をなめてる」

「テレビの方に行っちゃったんですね」
みたいなさ。

まあ 俺は そんなの
屁とも思わなかったけどね。

(一同 笑い)

とりあえず
お金が欲しかったから。

子供もいるし。
子供もいるし。

で 舞台は
ほとんど お金になんないから。

やっと 紀伊國屋でやった時に

ひと公演 5000円かなんか
くれたのかな。

それまでは 全然 ほら あの…

舞台としてのお金は
なんないからね。

チケットも
売らなくちゃいけないしね。

当時 そんなに まだ生活に
余裕はなかったわけなんですね。

うん。 だから
『元気が出るテレビ!!』が1985年で

僕が 1947年 「いくよ なめるよ」
って覚えてんだけど。

そんな事
どうでもいいんだけどさ。

これ 何時の番組なんですか?

まあ 夕方です。
じゃあ いいね。

いや よくない…。
まあ そうすると 38の時ですよ。

結構な大人ですよね もうね。

だから 38の時
ほとんどないでしょ ギャラが。

だから そのあと
『元気が出るテレビ!!』とか

『11PM』
やらせてもらって

40か41 42ぐらいに

当時のサラリーマンの人と
同じぐらいだねなんていう…。

そうだったんですか。
そういう感じだったんです。

そのあと あの…
「5時から男」の…。

あっ CMね。
CMが もうね…

もう10年ぐらいずっと こう…。
うん 「5時から男」で…。

だから CMやらせてもらったの
助かりましたよ その意味では。

皆さん ご記憶と思いますけど。
すごいね。

♬~「帰りたいのに帰れない」

お疲れね。
ネクタイ 帰りタイになってる。

〈滋養強壮に
グロンサン強力内服液〉

♬~「5時から男のグロンサン」

その当時 CMが1本あったら

ちょっと助かりましたよね。
へえ~。

だから まあ

事務所も小さな事務所なのにね

よく そんな あれしたと…
なんで あんな…。

社長だって 金もないから
どういうふうにやってね

あれしたのか
その辺は わかんないけどもね。

金もないからっていう…。

まあ 僕たちの実力って事で
言ってんだけどね。

ええ そうですね。
ハハハハ…。

『元気が出るテレビ!!』
ものすごい視聴率で

みんな 見てましたからね。

だから
『元気が出るテレビ!!』は 最初は

コントの番組だったんですよ。
あっ そうでしたっけ?

一番最初。
えっ? そうだった?

元気が出るテレビ商事
っていう所で

武さんが社長で
松方さんが部長で

ほんで
コントをやり始めた最初が

それが ああ やっぱ ひどいから
コントは まずいなっていうんで

ああいう色んな場所に行く
っていう…。

あっ 最初は
視聴率が取れなかったんですね。

ああ そうだったんですか。
ほんで 色んな場所 行くうちに

ある商店街を盛り上げる企画を
やったのが当たって

そこから 意外と視聴率はね…。

当時の武さんとか
松方さんとかとは

結構 交流はあったんですか?

必ず飲みに行ったりなんか
しますからね。

どんな感じだったんですか?
その時。

松方さんなんか もう
大盤振る舞いですよ。

あと なんか 自分の財布を
全部スタッフに渡して

「第2次会 これで行け」とかね。
へえ~。

すごい だから
そういう意味ではね…。

まあ 松方さんは
かなり ほら

汗拭くだけで
ドッカンと入ってきたから。

(一同 笑い)
汗拭くだけで…。

みんなに大盤振る舞いしてたし。

武さんも 最初は もう
ロケは出なかった。

へえ~。 ずっとスタジオだった?
ただ それはね

俺や兵藤ゆき その他

勝村君とか色々…
峰さんとか入ってきたんだけど

とにかく ロケへ行くでしょ。
はい。

で その撮ってきたのを
みんなで見るのよ。

これ きついんですよ。
ダメ出しとかあるんですか?

みんなと… 武さんや松方さん
みんな いる中で

自分が撮ったものを
みんなで見るんですよ。

放送前にね。
うん。

これ もう笑わせなきゃ
ちょっと やっぱ

落ち込んじゃうじゃない。
そっか。

まあ 俺は ほとんど
笑わせてたから別にいいんだけど

他の人たちが大変だなとは
思ってたんだけど。

(一同 笑い)

だから そういうあれは あったね。

あらら 日差しに映えて…。

〈2015年
高田の新境地を開いた番組が

『じゅん散歩』だろう〉

〈思った事をズバズバ言いながら
決して嫌みにならない個性に

新たなファンも急増中だ〉

(店主)おはようございます。
おはようございます。

いらっしゃいませ。
これ お芋で作ったおにぎり?

そうなんですよ。 お芋をね 潰して
おにぎりの形にしただけでね。

食べ歩きできるように。
ああ なるほどね。

で… 出来たて… 出来たてだ。
握ると熱いんですよ。

うわあ 熱いね。 熱い 熱い。

まあ ご主人
普通のさつまいもだね。

だって 焼き芋そのものだって
食べ歩きできない?

できないか。
(店主)大きくてね あまりにも…。

そうだね これ持って
食ってる奴は ちょっと…。

ハハハハ…。
ちょっと たまんないね。

そうです そうです。
ハハハハ…。

お散歩のお話 来た時は

ちょっと大変そうだなとか
思わなかったですか?

確かね
俺が初めて 新聞見たのはね

3月の28日かな。 新聞に どでかく
なんか出たの見たんだけど

来た時は
やっぱ 嬉しかったですよ。

ちょうど ほら 手術したあとで…。
あっ 腰の?

椎間板ヘルニアと狭窄症の。

で そのあと
2~3カ月 経ってから

少しリハビリした方が…
歩いたりした方がいい

っていう時に あれだったから…。

ただ その前は 加山さんとか
地井さんとか 大物のあれだけで

どういうふうに
やっていいのかな?

でも まあ 歩いた方がいいからな
なんて感じでね

もう喜んであれしたら 今は
ちょっと 酷使って感じですわ。

(一同 笑い)

お大切にされてください。

ただね 意外とね

歩いてると
ちょっと強くなるもんだね。

ああ やっぱり そうですか。
うん。 だから 腰なんかも

背筋を強くしないと

背筋の筋肉で腰のあれを支える…。
そうですね。 守るんですよね。

だから 意外とね 歩いてると

それなりに どんどん どんどんね
強くなってるから…。

まあ 今 100メートル走れ
って言ったら

まあ 10秒は切れないかも
わかんないけど…。

いや 切れないですよ。

10秒切ったら大事件です。
ですよね。

大事件… 人類史上 大事件です。
ハハハ…。

あの…。
嬉しいです そういう意味で。

お散歩のお仕事されてると

こう 色んなとこ
行くじゃないですか。 ねえ。

そ… そういうのも楽しい?

そ… それは どういう事?

やっぱ まずい所は
まずいって言ってほしいって事?

(一同 笑い)

いや だからね…。

いや 面白いですよ。 大体ね

ロケの時間って
みんな 会社に行っちゃってる。

または 学校行っちゃってる

っていう時間じゃないですか。
昼間ですもんね。

いらっしゃるのは ほとんど
高齢者の方が多いんですよ。

町なかで。 それでね

おばあちゃんなんか やっぱ
修羅場くぐってきたせいか

話がね 面白いんですよ。
もう…

あんたはどうのこうのとか
色んな事言って…。

男はね ダメだね
必ず下ネタだから。

ハハハハ…。

じじいは。
悲しいですね。

じじいはね 意外とね
そんな背負ってないもんだから

下ネタぐらいしか話せないんだな。
そうなのか。

うん。 だから なるべく
じじいは よけてるんですよ。

じじい… じじいじゃねえ。
おじいさんはね。

おばあちゃんはね
修羅場くぐって…。

その日の野菜の値段が
どうのこうのとか

近くの近所にって言うから…。
もう じじいは もうね

そういう点ではね みんな…
俺も そうだけどさ。

そうですか。
うん。 だからね あの…

神は… まあ 別に
俺 無神論者なんだけど。

神は やっぱり
女性をつくりたいのよ。

そりゃそうでしょう。
種の連綿として…

女性10人いて
パワフルな男がいたら

もしかしたら 年間10人
生まれるかもわかんないじゃない。

反対に パワフルな男が5人で
女性1人っていったら

どんなに頑張ったって
1人しか生まれないよ。

まあ そりゃそうですね。
だから もう 神は 野郎なんか

どうでもいいんですよ。
ハハハ…。 ホントに。

おじいさんって やっぱり

人と関わるのが下手な人が
多かったりするんですか?

ただ 今ね 1人で住んでる人が
意外と多いんだよね。

そうですよね。
そうすると やっぱ なんか 話…

話をしたいっていうの
あるんじゃない? すごくね。

ただ まあ
じいさんになると 色々 体も

言う事を聞かなくなってくるから
寂しいんだろうね。

最近 言われてるんですよ。
やっぱり 仕事を辞めたあとって

男の人って
地元とも繋がってないし

職場とも切れちゃうし
友達もいなかったりすると

割と 孤独になっちゃう人が
多いらしいんですね。

そうなんだよな。 男はね

どうしても
別に 隣近所のじいさんと

そんなに話すとかっていうわけ
じゃないじゃない。

それで まあ 会合みたいなのも
まあ 行ってもさ

なかなか難しいところあるよね。

なんかね
会社辞めても 幾つになっても

会合行くと肩書の話に
なっちゃったりっていって

こうね なかなか 打ち解けた…。
なんかね 難しいみたい。

あと 今
老人ホームとは言わないんだ。

今は 介護施設とか…。
介護施設!

介護施設なんかへ行ってもね

モテるじいさんも
いるらしいんだな。

モテるじいさんがいると もう

ばあさん連中が寄ってきて
色々してくれるんだけど…。

反対に
モテるばあさんもいるんだけど

それは また じいさんの間の
嫉妬があるんだって。

人間は灰になるまでわかんないね。

(一同 笑い)

高田さんは もう 最近は そういう
こう… なんて言うんでしょうか

まあ 落ち着いていらっしゃる…。
女性?

ああ 女性 もう…

もう 来る者拒まず 去る者追う
ってタイプですから。

どんどん
電話番号だけ増えちゃって…。

ハハハ…。

〈高田純次 73歳〉

〈夫婦関係や
ちょっぴり真面目な人生観を

『ザ・インタビュー』だけに
語ってくれた〉

もうね 70代になると
こう やっぱりね

もう お子さんもね 独立されて…。
そうなんだよね。

そうすると もう ご夫婦の…。

もう 私 今 それが すごい
個人的な関心事なんです。

今 うち
高3と中3なんですね 息子が。

あっ 一番大変な時だ。

学費 一生懸命
稼がなくちゃいけないんですけど。

受験だろ?
もう 受験だし。

でも もう それ終わったあとって
夫婦2人になるので

その夫婦2人で
年を取っていくって

どういうものなのかしら?
きついよな。

俺なんかね
オーストラリアじゃない

インドネシアじゃない…。
えっ どこだったっけな?

日本の高齢者の夫婦を
入れてるのよ。

それで 向こう行って
いい部屋 与えて…。

夫婦で行くじゃない。

みんな近くだし しょっちゅう
ゴルフやるからいいけど

多分ね 俺だったら 1週間…。

あっ ごめんね。
2ってやったから 2週間か。

ハハハハ…。
2週… もうダメだね。

そうですか。
今 いっぱいありますよね。

マレーシアとか色んな所にね。
マレーシアとか あるでしょ。

ご高齢の方が移住して…。
ホント 話はいいから 行く。

行ってね 俺はダメだね。

ご夫婦で なんか話す…
どんな話されるんですか? 普段。

「今日は風呂あるの?」とか
そんな話だよね。

(スタッフの笑い)
「夕飯は何?」ぐらいだね。

そうですか。
共通の趣味とかもない?

共通の趣味もないな。
ない?

共通の趣味はないね。

だから なんか
まあ 外国なんかへ行っても

ちょっと 最初は
お土産なんてって思うじゃない。

そうするとね
「自分で好きなの買うから

余計なもの買ってくんな」って
こう言われる。

ハハハ…。 それ ちょっと寂しい。
もう終活ですから

なんか 物1つ 買う度に

3つは捨てろって
言われてるんだけど なかなか…。

あっ もう終活?
もう 家の中 どんどん片付けて?

家の中…
家の中 大きなゴミ箱だもん。

人が来たって 誰も入れない。
うちのマネジャーも

家の中まで入れないもん。
なんで? 散らかってるから?

すごい大きなゴミ箱だから。
え~!?

万が一 車買って 契約する時も
玄関先でやるんですから。

色んな保険かなんかも 色んな。

なんで? 高田さんも

まあ ご夫婦共に ため込んじゃう
タイプなんですか?

俺はね
ため込んじゃう時もあるかな。

貧乏人根性だから
バンバン バンバン

1つ買ったら3つ捨ててく
ってのは

なかなか 意外と ついついね…。
もったいなくて?

もったいないっていうか
これも着るかなとか

そういうのはありますよね。
お洋服ね お好きで

10年ぐらい前に お洋服のご本もね
出されましたから。

だから 今ね
ちょっと いけないのは

あるコーナーで
ちょっと 靴を始め…。

僕 靴 大好きなんです。
はい オシャレですね。

いやあ もう
スエードの靴だけ見ると

どういうわけか興奮するんですよ。
へえ~。

ホント 昔から。 あと 新品タイヤ。

新品タイヤのにおいで
興奮するんですよ。

あ~。
今も。

ああ そうなんですか。
70過ぎて。

(一同 笑い)

それで あるコーナーで
なんだかんだ安いのを

なるべく新品を買ってるうちに
今 200足ぐらいになっちゃって。

え~!?
靴 どこにしまってるんですか?

それ 階段で
いつも崩れてるんですよ。

そりゃ大変だ。
大変… もう大変なんだ。

衣装道楽なんですね。
それしか 趣味ないからね。

あら~。
それから あと…

だから 僕はね
おしどり夫婦になりたいって

いつも思ってるんですよ。
素敵でしょ?

いいじゃないですか。
大体 オシドリって

1年ごとに 相手 変えてんですよ。
えっ?

知らないでしょ?
知らなかった。 そうなんですか?

みんなね おしどり夫婦って
言ったら 大間違い。

もう 1年ごとに オスは
メスを変えるんですよ。

へえ~。
その1年だけ仲良くするんですよ。

それは 1年だけだから
仲良くできますわね。

(一同 笑い)

ねえ あと ポンポン
変えてくんだもん。 どう?

高田さん だって
結婚50年ぐらいですか?

25として… あっ 50年近いね。

50年ぐらいじゃないですか
結婚されて。

もうすぐ 金…
ダイヤモンド婚式?

うちは そうなんだよ。
米寿の祝いも

そんなの全然やらないですよ。

時々 だから
女房がね 上 来て なんかね

ぬれた手拭いを
顔にかぶせようとするんだけど

「やめてくれ」って…。
アハハハハ。

物騒… 物騒です。 やめて。

「いやいや 顔拭いてあげるから」
って言うんだけど…。

ハハハ…。
ホントは違うんじゃないかって。

優しいじゃないですか。
優しいよね。

拭かないで ずっとかぶせられたら
たまったもんじゃないよね。

こうね ギュッとね。
ダメですよ そんな。

だから…
話は だからね なんだろう?

他の老夫婦っていうと
わかんないけど

どういうふうに ねっ
やっていくのか わかんない。

これからは
そういう問題が出てくるよね。

高田さん
でも ず~っとテレビにね

これだけ お出になられて

ずっとお仕事も もう ここまで
お忙しくされてますけど

今後 その さらに 70代 80代
どういうふうに こう…

描いてらっしゃるんですか?
そうだねえ まあ…

80代でハリウッドっていうのも
きついものがあるよね。

(一同 笑い)
ねえ。

ハリウッド進出も
でも夢ではない…。

まあ そんなに 映画やあれは
考えてないんだけど

まあ 今の形である程度

健康ならば続けられるかな
というね。

健康法って なんかあるんですか?
健康法。

健康法っていうのはね
なんでもかんでも

ちょっと うたた寝する。
おお。

ちょっと帰ってきたら
うたた寝するとかね。

あっ そうですか。
こまめに寝てらっしゃるんだ。

うん。
それから あとは そうですね。

あの~ マスコミ各局に
全部 贈り物をするとかね。

アハハハ!
それ 健康の秘訣じゃないです!

それ 世渡りの秘訣です!
ハハハ…。

そうなのね。 けども

だから お嬢さんの場合はさ
ある意味

好きな時に仕事するっていう
わけではないけど

比較的 その年で
そこそこの美貌ならば…。

そこそこっていう言い方は
おかしいけども

美貌ならば ある程度
ゆっくり幅ができるじゃない。

いや でも 私 大黒柱なんで

やっぱり あの~
学費も稼がなくちゃいけない…。

だから そういうのは 意識的に
テンションが上がっていくじゃない。

そういうのがあれば。
上がります もう。

これ なんにもしないで
例えば 大金持ちで

何もしなくていいったら
まあ そうだね

1カ月でバカになるよね。
そうかしら?

私 大金持ちになりたくて
すごい 宝くじ買ってる…。

そりゃ そういう時期の…
今の時期だからよ。

そういうふうにやるって…。

これ大金持ちになって
何もしないでったら

完全にね
ピーポーパーポーになっちゃうよ。

高田さんも 今 やっぱり こう…
そういう 何か こう

なんて言うんだろう。
こう やんなきゃな みたいな…。

モチベーション?
はい。 モチベーションって

ありますか?
モチベーション…。

まあ 唯一 貯金見るだけだよね。
ハハハハ…。

これ増やすぞって?
ああ また あれだって 今

あと少しで
50億になるんだけどね。

(一同 笑い)
大金持ちじゃないですか!

ハハハハ… ねっ?

だから 俺は…。
50億だったら

もうちょっと広い家で
物 整理してくださいよ。

いや 考えますよ 私も
50が見えてきてね なんか…。

女の人の50なんて
高校生に毛が生えた程度じゃん。

ハハッ… でも ほら
老後の資産形成とか

子育て終わったあと
どうやって生きようとか

結構 最近 悩んでるんですよ。
やっぱりね。

そんな悩みある?

だって 別に そこそこ
貯金だってあるんでしょ?

貯金ないですよ。 大変ですよ。
ないの?

貯金あるでしょ… 500万か
1000万ぐらいはあるでしょ。

ハハハ… なんで それ具体的に
額を詰めてくる…。

俺もね 女房と別れてね
あと10年生きるとしてね

変な話だけど 2000万は欲しいね。

別れなくていい。
別れなくていい…。

添い遂げてください そんな…。

なかなかね 難しいんですよね。
それぞれのね。

なかなか… 意外とね
難しいですよ なかなかね。

まあ でも やっぱり
お仕事されてると

楽しいしね…。

やっぱり 仕事してた方がね
張り合いは出てくるよね。

そうですよね。
毎日 もし仕事がなくて

まあ わかんない。
悠々自適で暮らしてる人は

色んな人がいるだろうから
どうかとは言えないけど。

一般的にね
ブイブイ仕事してて なくなると

意外とボケてくるんじゃない?

だから なんでも…。

だから 時間がない時こそ

かえって
時間作ったりするんだよね。

あっ 最後の最後に格言が。
あっ いい事 言っちゃったか。

ハハハハ! 私 それ 今
すごい救いになりました。

そうでしょ?
もう 今 ホント 時間がなくて

もう なんか
寿命 縮んでもいいから

今 24時間 寝ずに過ごせたら
いいのにってぐらい

時間が足りない。
そうでしょ。 だから 今

自分を形成できるんだよ。

これが
時間に関係なくいるとしたらさ

なんも考えないじゃん。
時間を作ろうとも考えないじゃん。

あなた そういう時だから
あっ もう少し時間が

あと2時間あったらいいなとか…。
そうなの!

人間ってそういうふうに
追われていかないとダメ。

そうなんだ。
じゃあ 今 あれですね…。

一番楽しい時だよ!
私 これ 楽しい時なんだ?

あとで振り返った時に
「充実してたな」みたいな

感じになるんですかね?
「ああ あの時はよかったな」って

思いますよ。
そうですかね~。

だから人間って
日々のあれに追われるじゃない

どうしたって。
もう少しお金があったらとか。

もう少し時間があったら
旅行に行きたいとかって…。

そう言いながら暮らしてって

ポッと旅行行く時に
楽しいわけだよ。

はあ~。

やっぱり 忙しい合間に行くから
いいんですかね。

そう。
人間って飽きる動物だから。

あなたは ある意味 今
一番いい状態かもわからないよ。

そうなんだ ありがとう高田さん!
いや 俺は 別にあんたに

そんな関係してないから
あれだけど

俺の考えでいけばね

そういうふうに
時間がある 金がない もう少し…。

でも 健康じゃなきゃ
ダメだけどね。

そうですね。 それ やっぱり…。

これ
病気がちになっちゃったらさ

考えも だんだん
違う事になっちゃうから。

健康の秘訣は
やっぱり あれかな?

楽しくしてる事かな?
そうそう。 忙しい事だよ。

忙しく 充実して…。
忙しいって事が 自分が毎日…。

悩み持ってた方がいいんですか?
うん もちろん。

そりゃあ お前 悩み全部
あっけらかんにしちゃったら

完全に緩んじゃわない?

悩みあっていいんだ!
そりゃあ そうですよ。

毎日 だから こういうふうに
ベルト締めてるから ある程度…

これ ずっとジャージーだったら
全部 ゆるゆるになっちゃうよ 体。

えっ? えっ? 私 家で…。

(一同 笑い)

いや~ でも 今日 すごい なんか

高田さん いいにおいもするし
素敵な事おっしゃるし…。

さっき そこで屁したんだよ。
(一同 笑い)

香水です。 香水のね
いい香りがするんですよ。

こうやって ほら 両手上げると
加齢臭が出ちゃうから。

なんか すごくいい香りが。
そう? なんだろう。

香水付けてらっしゃるんだな
っていう。

ああ そうなの? もっと じゃあ
付けてくりゃよかった。

素敵な方ですよ
ありがとうございました。

そうよ 素晴らしい時ですよ 今。
はい。

高田さん 今
一番欲しいものって何ですか?

欲しいものって う~ん…
年齢だね。

年齢?
うん。 だから お金があれば

あと20年ぐらいね
100万出してもいいから。

20年 100万じゃ
ちょっと あまりにも せこいか。

(一同 笑い)

100万は ちょっと…。
ハハハハ…。

なあ? 20年を。 ハハハ…。

20年 だいぶですよ。

だいぶだよな。
だから もう 最終的に

スイスで安楽死
って思ってるんだけど。

それで考えたら 意外とね

2000~3000万掛かるんだよね。
なんだかんだ。

だから やめた。
(一同 笑い)

70代まで ずっと こう

第一線で活躍されてるのは

出演者としての
魅力だけじゃなくて

やっぱり 一緒にいて楽しいし

なんか またお会いしたくなって
お話ししたくなるっていう

やっぱり こう
人間的な魅力がね

おありだからなんだな
っていうのは。

最後の方は完全に
人生相談になってしまい

はい とっても励まされて
今日は ホントよかったです。

〈タレント 高田純次の
志すところ〉

「意味なく生きる」

要するに
ただ 生きたいって事ですよね。

この年になるとね。

だから まあ なるべく
1食を少なめに1日5食。

その方が すごいね
生きられるという。

それと あったかい所に行く。

そして カラオケで高音の歌を歌う。
(スタッフの笑い)

この3つをね
やろうと思うんでね

よろしくな。

〈このテキトーぶりを
どうかいつまでも

大切に
してほしい〉


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