てれまさむね なぜ値上げ?災害公営住宅の家賃・津波で行方不明になっていた娘の遺骨が戻ってきた夫婦の思い…


出典:『てれまさむね なぜ値上げ?災害公営住宅の家賃▽8年7か月ぶりに戻った娘へ』の番組情報(EPGから引用)


てれまさむね[字]▽なぜ値上げ?災害公営住宅の家賃▽8年7か月ぶりに戻った娘へ


▽被災者が入居する災害公営住宅の家賃が値上がりする事例が増えています。その理由は?▽津波で行方不明になっていた娘の遺骨が戻ってきた夫婦の思いを伝えます。


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てれまさむね なぜ値上げ?災害公営住宅の家賃・津波で行方不明に
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  17. 夫婦
  18. ノート
  19. 漁獲量
  20. 漁協


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こんばんは。3月12日木曜日の
てれまさむねです。きょうお伝え

する主な内容です。
被災者が

入居する災害公営住宅の

家賃が値上がりする事例が増えて
います。この問題について

考えます。
津波で行方不明になっていた娘の

遺骨が戻ってきた夫婦。
8年7か月ぶりに再会した娘への

思いをお伝えします。
震災から9年、漁業も大きく

変わろうとしています。まずは
こちらをご覧ください。

これは底引き網漁の船です。
漁船から海中に垂らした網を

引きながら漁を行う方法です。
しかし東日本大震災のあと

漁獲量が減少傾向にあります。

こちらのグラフは宮城県の

漁獲量の推移です。いちばん左
震災前の平成21年と22年は

3万トン近くありました。
それが震災で激減。

その後、上下しながら

持ち直しているようですが
去年もまだ震災前の水準まで

戻っていません。

こうした

中、漁獲量を増やす
取り組みが始まろうとしています。

宮城県沖合

底びき網漁協は
原発事故のあと、初めて

福島県沖でも漁を行うよう
計画していることが分かりました。

きょうは宮城県沖合底びき網漁協
が計画をまとめ、国などに

説明する会合が開かれました。

この漁協は震災前、宮城県沖から
茨城県沖にかけて漁を

していましたが、原発事故のあと
福島県沖での操業は

中断されてきました。

この結果、漁場が
狭くなるなどして水揚げの回復が

思うように進んでいません。

このため漁協は原発事故から

9年が経過し、福島県沖で

漁獲された魚から国の基準を

超える放射性物質はほとんど
検出されなくなっていること

などを背景に福島県沖でも漁を
行おうというのです。

これは漁協の計画書です。

福島県沖での漁業は12隻の
漁船で行い、来年1月にも

福島県の漁業者と重ならない海域
でイトヒキダラやイラコアナゴ

などを取るということです。

水揚げごとに放射性物質の検査を

行ってから出荷することに
していて、漁獲量の回復に

つながるかどうか注目されます。

≫取材している
佐藤記者とお伝えします。今回の

計画というのは要するに宮城の
漁船が福島県沖でも操業する、

漁場を広げるということですか。
≫はい。まずは

こちらをご覧ください。震災前
宮城の沖合底引き網の漁船は

広い範囲で操業していました。

それが原発事故のあと宮城県沖に

限って操業してきました。大幅に
海域が狭まったことが分かります。

そして今回、福島県沖で
操業しようというのは

黄色い部分に
なります。漁を行う海域を

少しでも広げることで
水揚げ量を増やそうという

わけです。
≫確かに操業するエリアが

広がりますね。しかし、これまで
原発事故の影響で操業を中断して

いたのではないのでしょうか。
≫はい。まず、漁獲した魚の

安全性ですが福島県が
継続的に行っている

放射性物質の検査では福島県沖の
魚介類の放射性セシウムの濃度は

大幅に下がっています。福島県に
よりますと去年検査した

5970点のうち、99.8%は
検査装置で検出できる限界の値を

下回ったということです。
漁協では水揚げごとにすべての

魚種の放射性物質を検査して
安全確認を徹底するとしています。

≫あとはきちんと
売れるかどうかが大事ですね。

≫今回は宮城県側の漁獲量を

増やすことはもちろん福島県産の
水産物の流通を図るねらいも

あります。というのも
漁協としては福島沖で取れた魚を

仲卸業者に対して福島県産として
販売する計画なんです。

そうした点で福島の漁業の
復興にどこまで

つながるかも注目されます。
≫ここまで沖合底引き網漁を

福島県沖まで拡大する
ニュース

佐藤記者とお伝えしました。
女川町で唯一の

スーパーマーケットがきょう
震災から9年ぶりに営業を

再開しました。地元住民の食卓を
支えてきたスーパーの復活に

大勢の人が駆けつけました。
営業を再開したのは町で唯一の

スーパーマーケット
おんまえやです。

『それでは開店いたします。』

社長の佐藤広樹さんです。

9年前、津波に襲われた女川町。

おんまえやも
大きな被害を受けました。

佐藤さんが共にこの店を
営んでいた家族や従業員が

行方不明となりました。

社長として店を切り盛りしていた
母、佳世子さんや祖父母と姉

さらに従業員5人も
亡くなりました。

その2か月後。

日用品が不足していた町民のため
被害を免れたバスを使い

移動販売を再開します。

しかし震災をきっかけに、
町の人口は3割ほど減少。

移動販売は赤字が続くなど
経営は軌道に乗りませんでした。

再建のめどが立たない中
背中を押し続けたのは

周囲の人たちでした。

その後、町では津波の被害を防ぐ
復興工事が行われ、この一帯の

土地は平均8メートル
かさ上げされました。

かつてと同じ地区に

おんまえやを再建したのです。

そしてきょう。

店の前には再開を待ちわびた
およそ300人が列を作りました。

『頑張って。』

佐藤社長がみずから出迎えます。

1人暮らしの高齢者の食卓も
支えようと手作りの総菜なども

増やしました。

震災で大きな被害を受けた名取市

閖上地区で防災行政無線が当時

故障していたことを巡り
遺族が市に賠償を求めた裁判は

市が今後の防災対策に努めること

などを条件に提訴から5年半を
経て和解しました。

裁判は名取市閖上地区で赤ちゃん
を含む4人が津波で犠牲になった

遺族たちが平成26年9月

防災行政無線が故障していて

適切な避難ができなかったなどと
して名取市に賠償を求めたもので

1審の仙台地方裁判所は訴えを
退けました。

きょう2審の仙台高等裁判所で
和解協議が行われ、

裁判所が示した和解案に遺族側、
市側のどちらも了承し、和解が

成立しました。
和解の内容は市が犠牲者や

その遺族に深く遺憾の意を
表明すること。

また、地域防災計画の見直しや

防災訓練などの対策を絶えず
行うこと。

それに
閖上地区の被害や市の対応を

まとめた検証報告書を
ホームページなどで広く周知する

ことなどが条件だということです。

和解成立後、遺族側が会見を
開きました。

一方、市は

和解条項を踏まえ震災で
亡くなられた方の無念の気持ちを

忘れず引き続き防災減災対策を
講じ災害に対する備えに

取り組みますとコメントしてい
ます。

震災の津波で犠牲になった人たち
を巡る主な訴訟は

これですべて終結しました。
続いては東日本大震災で住宅を

失った人たちなどが住む
災害公営住宅に関する

ニュースです。
県内では21の市と町に当初

予定されていた1万5000戸
余りが完成しています。

入居する人は国からの支援制度に
よって市営住宅など一般の

公営住宅よりも家賃が安く
設定されていますが収入などに

応じて早い人で4年目から支援が
縮小し、家賃が上がっていく

仕組みになっています。
NHKが被災者に行った

アンケートでは災害公営住宅に
現在住んでいるか

過去に住んでいた被災者のうち
3人に1人が入居当初と比べて

家賃が値上がりした
と回答しています。

被災者をどう支援するかを巡って

新たな課題が
浮かび上がってきています。

NHKが被災者に行った
アンケートです。災害公営住宅の

家賃の値上げに苦しむ声が
相次いで寄せられました。

家賃が値上がりしたとの回答は
35%。入居当初の2倍以上に

値上がりしたという人も
全体の10%を占めました。

値上がりの背景にあるのは
国の制度です。災害公営住宅に

入居すれば支援が受けられ
家賃が通常より安くなります。

しかし、収入に応じて早い人で

4年目から遅い人でも
6年目から徐々に支援がなくなり

家賃が上がっていくのです。

家賃の値上げに苦しむ1人
高橋美和さん。介護施設で働く

シングルマザーです。

震災当時、両親と共に住んでいた
実家は全壊。友人のつてを頼って

小学生と保育園児だった3人の

子どもと仙台の賃貸住宅に
入居

しました。

そして5年前、災害公営住宅への

入居が認められました。

高橋さんの収入は月15万円ほど。

子どもたちの教育費や生活費が

かさみ、貯金を切り崩し
生活してきました。

そうした中で家賃が値上がり。
去年4月

入居当初の3倍となりました。

実家に戻ることも考えましたが

仙台から離れた場所のため
仕事や子どもの環境を考えると

戻れないといいます。

一方、自治体側も今
今後の支援の在り方を巡って

方針が分かれています。

仙台市は国の支援制度のほか

低所得の被災者に限って
独自の支援を続けていますが

入居10年で打ち切る予定です。

市の担当者は震災から9年がたち

被災者ばかりを優遇できなく
なってきているといいます。

仙台市が整備した災害公営住宅は
3200戸分。被災者の応募が

なく、空きが出た場合、一般の

所得者にも貸し出されています。

そこで問題になってくるのが

家賃の差です。
一方はより手厚い被災者支援

もう一方は通常の福祉政策の
対象になります。

このため同じ住宅でも被災者の
ほうが一般の入居者と比べて

安い家賃で暮らしているのです。

例えば都市部の住宅で収入が
ほとんど

ない場合、被災者は
およそ5700円ですが

一般の入居者は3倍以上の

およそ1万9000円になります。

被災者をどこまで
どう支援するのか。

震災9年の今、新たな課題が
浮かび上がっています。

≫スタジオには取材にあたった

野島記者です。自治体側も苦渋の
選択を迫られているようですね。

≫こちらは災害公営住宅が

建設

されている21の市と町です。

このうち、家賃が値上がりした

世帯すべてについて独自の財源で

支援を行っているのは石巻市や
気仙沼市など

11の市と町に
なっています。同じ被災者でも

住んでいる自治体によって
家賃に差が出ているのが現状です。

支援をやめた理由
として仙台市と同様に公営住宅に

住んでいる人との支援の公平性が
取れないだとか

災害公営住宅以外にも
家賃の安い民間の賃貸住宅がある

などという理由が挙げられました。

≫これからの支援を
考えるうえで今後はどういった

対応が求められるのでしょうか。
≫取材をして感じたのは

依然として生活に苦しむ被災者が
多いということです。

さらに家賃の問題とは別に
災害公営住宅では高齢化が進み

コミュニティーが希薄になって
いるという声も多く聞かれました。

震災から9年がたった今
被災者をどこまでどのように

支援するのか考える時期に
来ています。

自治体はいま一度被災者の現状を
把握することが大事だと

感じたのでこれからも取材を
続けていきたいと思います。

≫ここまで
野島記者と共に

お伝えしました。

ここからは気象情報を

お伝えします。まずは今の外の

様子ご覧ください。
この

時間の仙台市の空
すっきりと晴れています。

そして日中は風がやや強まった
時間もあったんですがこの時間は

各地とも風は収まってきています。
今夜はこのまま風も弱く穏やかに

晴れる見込みです。
ただあすになりますと前線が

近づいてきます。この前線による
天気の崩れは山沿いの一部だけと

なりそうなんですけれども

この前線に向かって暖かな空気が

どんどんと入ってきます。この

ためにあすの日中はきょうよりも
大幅に気温が高くなる見込みです。

詳しく見ていきましょう。

さらにニュースです。
仙台育英高校の野球部の選手に

背番号が手渡されました。
新型コロナウイルスの感染拡大の

影響でセンバツ高校野球は中止に
なりましたが監督から

努力の証しです。
大会の中止決定から一夜明け

室内練習場に仙台育英の選手や
監督が集まりました。

背番号が18人の選手一人一人に
手渡されました。

このあとグラウンドへ。

スコアボードに2020夏日本一
五輪を超える夏の文字。

気持ちを新たにしました。

一方、バスケットボール男子の
Bリーグはあさってから観客を

入れずに試合を再開します。

『仙台89ERS、

この発表を
受けてから初めての練習が

行われています。』

89ERSは15試合を残して
東地区の首位。

無観客ですがB1昇格に向けて
再び

走りだします。

課題はクラブの収益です。

89ERSは今シーズンも

赤字が続けばB2のライセンスが

取り消される可能性があるのです。
リーグから救済措置も

検討されていますが無観客に
なったホームの試合は4試合。

2000万円程度のチケット収入
が失われる見込みです。

新型コロナウイルスの感染拡大に
よる景気への影響が統計の数字に

も表れました。

東北

財務局が調査した県内企業の
景況感を表す指数が震災後では

3番目に悪い数字になりました。

この調査は東北財務局が
3か月ごとに景気の判断を聞く

ものです。
対象は資本金1000万円以上の

企業で今回は162社から回答を
得ました。

ことし1月から3月までの景気に
ついて

よくなっていると答えた企業の

割合から悪くなっていると答えた
企業の割合を差し引いた指数は

マイナス18.5ポイントでした。

この指数、過去との比較では
平成23年の震災発生直後が

マイナス33.8、
平成26年、消費税率が8%に

引き上げられた直後がマイナス
21.3。

今回のマイナス18.5は
震災発生後では3番目に悪い数字

です。
一方、経済産業局の相樂希美局長

も景気への影響について
次のように述べました。

東北6県では外食が減ったことで
飲食業の売り上げが減少。宿泊業

では外国人観光客も含めた
宿泊予約のキャンセルが顕著だと

しています。
建設

業でも配管工事で中国製の

資材を使っているため仕入れなど
に影響が出ているということです。

東京オリンピックのマラソン代表
に内定している仙台育英高校出身

の服部勇馬選手が福島市で会見し、

まずは入賞圏内に入りチャンスが
あればメダル争いに加わりたいと

意気込みを語りました。

仙台育英高校出身の服部勇馬選手


去年

9月のMGC・マラソン
グランドチャンピオンシップで

2位に入り代表内定を勝ち取り
ました。

きょうは前回の東京大会で
銅メダルを獲得した円谷幸吉さん

の墓がある福島県須賀川市を訪れ
墓前で活躍を誓いました。

このあとの記者会見では。

一方、新型コロナウイルスが

スポーツ界にさまざまな影響を
及ぼしていることについては。

休校の期間中にお伝えしている
先生からのビデオだよりです。

5回目は仙台市泉区にある
泉松陵小学校の教職員の

皆さんです。
『ふたばのみんな、元気?』

『みんなのこと、学校で。』
『待ってるよー。』

『1年生の皆さん。』
『元気にしていますか。』

『会えるのを
楽しみにしてます。』

『2年生の皆さん。』
『元気にしてますか。』

『また、元気に学校に
来てくださいね。』

『3年生の皆さん。』
『すてきな春がきっと来るよ。』

『待ってるよー。』
『4年1組のみんな。』

『4年2組のみんな。』
『大好きだよー。』

『5年生の皆さん。』
『Smile.』

『Style.』
『Spiritを大切に。』

『6年生でも。』
『頑張りましょう。おー!』

『6年生の皆さん。』
『お元気ですか。』

『今が頑張り時です。』
『こんなときこそ

いず小魂です。』
『すべては。』

『自分しだい。』


皆さん頑張りましょう。』

『皆さんに会えるのを
楽しみにしていますよ。』

『待ってまーす。』
『待ってまーす。』

続いてはある夫婦の
きのうの様子です。

震災の津波に巻き込まれ
行方不明となっていた娘を

8年以上捜し続け、去年、遺骨の
一部がようやく見つかりました。

夫婦の9年間を見つめました。

宮城県亘理町の大久保三夫さん、

妻の恵子さん。

捜し続けた娘の遺骨です。

一人娘の真希さん。津波で流され
行方不明になっていました。

ここは真希さんの
最期となった場所。

夫婦は慰霊碑が建つこの場所を
毎週欠かさず訪れてきました。

真希さんはこの場所にあった
自動車学校で事務のアルバイトを

していて津波に遭いました。

自動車学校の周りで捜し続けた
ある日、真希さんの持ち物を

見つけました。

『それ真希のか。』

捜索の頻度が減ると
警察や役場に何度も掛け合い

捜してもらいました。

夫婦2人で仕事の合間や休日に

海に足を運ぶ日が
増えていきました。

そしてその日は
不意にやって来ました。

真希さんの下あごの骨が
地元の漁師の刺し網に

引っ掛かったのです。

それは8年以上、夫婦で
捜し続けた海の沖合でした。

毎年、あの日が近づくと
よみがえるつらい気持ち。

真希さんが帰って来たら

それも少しは和らぐものだ
と思っていました。

この日、2人は真希さんとの
思い出が詰まった公園を

久しぶりに訪れました。

娘の真希さんへ。
2人からの手紙です。

2人は真希さんのご遺骨を
しばらく自宅に置いて

3人で過ごしたいということです。

震災から9年のきのう東松島市で

震災当時に贈られた千羽鶴を
作品として保存し、被災地から

メッセージを発信していこう
という試みが始まりました。

そのねらいを取材しました。

透明な樹脂の中に
美しく浮かぶ折り鶴。

震災から9年の日に
東松島市でお披露目されました。

東松島市は震災で1100人以上
が犠牲になりました。

全国から千羽鶴が応援の
メッセージと共に届けられました。

千羽鶴は市の施設で
大切に保管されてきました。

展示を企画した
鶴岡信太郎さんです。

鶴岡さんは千羽鶴をアート作品に

変えることで保存と被災地からの
発信ができると考えました。

作品は折り鶴を樹脂で
固めるところから始まります。

そして地元の家具店に協力して
もらい、キューブ状に加工します。

展示の前日。最後の仕上げは
市民も参加して行われました。

最後に完成した作品を
全員で並べていきました。

そして迎えた当日。

『ずっと残りますよ。』
『お友達来たらここ

連れてこなきゃ。』

千羽鶴は新たに生まれ変わり
その思いは

後世へと受け継がれていきます。

この千羽鶴の作品は
東松島市震災

復興伝承館で常設で
展示されています。

岩手です。東日本大震災の教訓を
伝えるため釜石市が整備した

施設には震災から9年の今の
気持ちを自由に書き込める

ノートが置かれ、訪れた人たちが
みずからの思いをつづっています。

あなたのノートと

名付けられたノートは釜石市の

いのちをつなぐ未来館の一角に
置かれ、周囲の視線を遮る

仕切りも設けられています。

新型コロナウイルスの感染拡大の

影響もあって施設を訪れる人は
ふだんよりも少ないということ

ですが、震災から9年となった
きのうはノートに書き込む人の

姿が見られました。

釜石市

出身の母親と共に東京から
帰省している11歳の女の子は

小学校で学んだ震災への思いを
つづった

ということです。

このノートは少なくとも
今月いっぱい、釜石市の

いのちをつなぐ未来館に
置かれる予定です。

秋田です。大仙市の
県立農業科学館では温室で

栽培したサクラが花を咲かせ
一足早い春を届けています。

大仙市内小友の県立農業科学館

では、毎年、この時期に温室で
栽培して咲かせたサクラなど

春の植物を展示しています。

今は伊豆諸島などに自生する
オオシマザクラがちょうど見頃を

迎えています。
オオシマザクラは新緑の葉の

成長と白い花が咲くのが
ほぼ同時になるのが特徴で本来

秋田県内では4月に入ってから

開花を迎えますが、20度前後の
温室で、およそ20日間育てて

開花させたということです。

このオオシマザクラは
今月いっぱい展示される予定です。


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