開運!なんでも鑑定団 大人気!純烈がナゾの老人からもらったお宝・長年行方が分からなかった「幻の人形」歴史的名品…


出典:『開運!なんでも鑑定団【大人気!純烈がナゾの老人からもらったお宝】』の番組情報(EPGから引用)


開運!なんでも鑑定団【大人気!純烈がナゾの老人からもらったお宝】[字]


熱烈な美術コレクターが400万円の大枚を叩いて手に入れたお宝!ひょっとするとそれは長年行方が分からなかった「幻の人形」歴史的名品か?▽純烈が登場!秘話を公開


詳細情報

番組内容

<諦めきれず夢にまで出てきたお宝!>

熱烈な美術コレクターが登場!自らの審美眼にかなう作品を求め続けて40年。その熱意に押され、いつしか妻も骨董店巡りに同行するようになった。お宝は10数年前、都内の骨董店で偶然見つけた博多人形。一目見るなり夫婦共々魅せられてしまったが、400万円という破格の値段だったので一度は諦めた。

つづき

しかし、その美しさが忘れられず、遂には夢にまで出てきたため、覚悟を決めて購入したが…。衝撃の鑑定結果にスタジオ騒然!

出演者

【MC】今田耕司、福澤朗

【ゲスト】純烈

【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)

【出張鑑定リポーター】原口あきまさ

【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな

【出張鑑定】埼玉県寄居町

鑑定士軍団

中島誠之助(古美術鑑定家)

北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)

山村浩一(「永善堂画廊」代表取締役)

田中大(「思文閣」代表取締役)

柴田光隆(「刀剣柴田」代表取締役)

林直輝(「日本人形文化研究所」所長)

関連情報

【番組公式ホームページ】

www.tv-tokyo.co.jp/kantei/


『開運!なんでも鑑定団【大人気!純烈がナゾの老人からもらったお宝】』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

開運!なんでも鑑定団 大人気!純烈がナゾの老人からもらったお宝
  1. 作品
  2. 万円
  3. お宝
  4. ホント
  5. 結果
  6. 博多人形
  7. 絵付
  8. 古九谷
  9. 八十吉
  10. お願い
  11. ジャカジャン
  12. 今回
  13. 祖父
  14. 本人評価額
  15. オープン
  16. 依頼人
  17. 一緒
  18. 鑑定団
  19. 江戸時代
  20. 三人舞妓


『開運!なんでも鑑定団【大人気!純烈がナゾの老人からもらったお宝】』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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「夜明けのしずくに濡れて散る」

「ふたりの恋は」

<歌謡コーラスグループ 純烈の皆さん>

<メンバーは
リーダーにして プロデューサーの

酒井一圭さん。

メンバー一のイケメンで
甘い歌声の

リードボーカル
白川裕二郎さん。

グループ最年少でムードメーカーの
後上翔太さん。

そして 去年タレントの
LiLiCoさんと

結婚していたことを
発表し

話題を集めた 小田井涼平さん>

<酒井さんが足のケガで
入院していた際

直立不動で歌う
前川清さんの姿を

たびたび 夢で見たことが
きっかけでした。

当時 白川さん 小田井さんは
俳優仲間。

後上さんは大学生で 歌手としては
まったくの素人でしたが

酒井さんの…>

<…という
口説き文句に
のせられ

参加を決意。

ボイストレーニングなど
3年の準備期間を経て

2010年 デビューしました。

しかし まったく売れず

2年後には レコード会社から 契約を
解除されてしまったのでした。

転機となったのは
歌う場所を求めて始めた

健康センターや スーパー銭湯でのライブ活動。

すると 間近で 歌や踊りを
楽しめるため

中高年の女性の間で
人気に火がつき

スーパー銭湯アイドルと
呼ばれるようになりました。

そして去年 9枚目のシングル
『プロポーズ』が大ヒットすると

結成11年目にして 念願の

< しかし どんなに売れて
有名になっても

サービス精神旺盛で 現在も
健康センターや スーパー銭湯でのライブを

精力的に続けています>

依頼人の登場です。

東京都から お越しの
純烈の皆さんです。

よろしくお願いします。
すごいな…。

皆さん 背 高いから。
でかいわ…。

前川清さんが夢に出てきたって…。
何日も出てくる…。

えっ! 何日も!?
1日だけじゃないです。

もう 家族に相談するくらい。
また 前川清…。

そしたら 直立不動で
あの方は歌ってらっしゃる。

これは 歩かんでええんちゃうか
っていうのが

こう… 自分の中で
どんどん どんどん なって

で 退院して 白川を
前川清さんになってくれ と

お願いして 僕は後ろの…。
コーラスで。

クール・ファイブになるから ってことね。
なるほど。

ファンサービスがね もう…
すごいってことで なんか…。

でも 意外と 毒舌キャラなんですよ。
そうです そうです。

クソババアって言うのは
うちのリーダー担当です。

それをまた お客さんが喜んで
リアクションするんですよ。

客席見て シワシワの皆さん
ありがとうございます とか…。

(笑い声)

さぁ そして今回
お宝ですけども 誰が?

僕のお宝を…。
持ってきていただいた。

持ってきました はい。
どういったものなんでしょうか。

拝見しましょう。
お宝 オープン!

あらま! 似合うね!
うれしいな。

ありがとうございます。
これは なんでしょう?

相州住助廣の刀とですね
その下にあるのが 拵ですね。

応援してくれてる 96歳の
紳士の方がいらっしゃるんですよ。

健康センターとか コンサートに
突然 現れて…。

ライブの最中は どういうふうに
してらっしゃるんですか?

イスに座って 普通に
見てくれたりしますね。

声 出したり…。
さすがに 声は出さないですね。

あっ 黙って…。
黙って もう ずっと…。

なんで 純烈やったんやろ?
それが 不思議なんですよ。

僕らも わからない。
その方が 美術品とか

刀とか そういったものを
集めるのが趣味だったみたいで

2年前くらいに
いただいたんですけれども

誕生日のときに
何が欲しいっていわれて

その当時 僕 居合とか
やってみたいな ということで

刀が欲しいです って言ったら
この刀をいただいて…。

その方 お仕事というか…。
何やってたんですかね?

謎なんですよ。

こういった ファンの皆さんから
何かいただいたりすることは

多いんですか?
僕 子どもが4人いるんですけど。

4人もいるの!?
4人いるんです。

新潟県とか行くと
田んぼ持ってる人とか

もう… お米。 家族多いから…。
助かるや~ん。

おもしろいものでいうと
お見合い写真とか もらいます。

自分が若かりし頃の写真を
お見合い写真みたいにして

くれるんすよ。
なるほど。

意味がわからない。
いやいや… シワシワとか言うから

ナメないでね! みたいな…。

こういうときもあったのよ
っていう…。

でも 若いときも
たいしたことないんです。

ご本人の評価額になりますが…。

まぁ 期待を込めて 100万円!

お願いします。
まいりましょう。 オープン ザ プライス!

おぉ すげぇ!
どうよ?

いった~! 130万!

すげぇ!
(拍手)

お前 そんなん もらってんの!?

650年くらい前… 室町中期の刀で
相州住助廣という銘が入ってます。

助廣というと 有名な
津田越前守助広という人がいて

それは江戸時代。 これは室町で
鎌倉にいたんですね。

相州鍛治の一群で
いちばん最初の人が

有名な 正宗という…
で その正宗から始まって

鎌倉 そして 南北朝…
これは 室町中期だから

ちょうど 相州鍛治が
全盛を極めた頃なんです。

他の刀と違いまして ちょっと
刃紋がくちゃくちゃとしまして

飛焼というようなのが
入るんですけども

これも それが少し見られて

いかにも 相州伝らしい
刀だと思います。

長さを
ちょっと短くしてるんですね。

外装がついております
拵と申しますけども…。

葵紋がついているんですけども
これは 写し物ですね。

昭和の初期くらいに
作られたものだと思います。

ぜひとも 大事に
飾っていただければ ホントに…。

ポンとくれる その紳士…。
すごい!

ぜひ ご紹介いただきたい。
(笑い声)

大事にしてください。
どうも ありがとうございました。

<続いては
福島県 田村郡 三春町から。

こちらの沢石小学校に
お伺いしました>

(一同)いただきま~す!

<次なる依頼人は 児童たちと
仲よく 給食を食べている

この方…>

<聞けば 全校児童は
わずか 41名のため

給食は 毎日
みんなで一緒に食べるそうです>

子どもたちと一緒に食べるのは…。

私にとっても…。

校長先生は…。

< よかったですね。

実は伊藤さん 今年の春
この学校に赴任したばかり>

こんにちは!
(一同)こんにちは!

< しかも 校長を務めるのは
初めてとあって

最初は
不安でいっぱいだったそうです。

しかし 素直で元気な
子どもたちの姿を見て

そんな不安は
雲散霧消したそうです>

< これからも頑張ってください。
ところで…>

<去年 他界した母 末子さんは
石川県小松市の出身で

今回のお宝は 結婚する際
祖父から…>

<…と
手渡された
そうです>

とても大切にしておりまして…。

< その一方で
骨董の知識がないため

どれほどの価値があるのか
ずっと 知りたがっていました。

そこで…>

鑑定 よろしくお願いします。

< いったい どんな掛軸か…。
スタジオで拝見しましょう>

依頼人の登場です。

福島県から お越しの
伊藤栄さんです。

お願いします!
ようこそ 「鑑定団」へ。

よろしくお願いいたします。
どうも。

校長先生。
校長先生。

同い歳でした 俺。
あっ そうですか!

53!

なんで こんなに
貫禄がちゃうんでしょうね。

生徒さんから愛されてますね。
鉄棒がすごい なんて

ありましたね。
大車輪とかですか?

いえいえいえ!
(笑い声)

いえいえいえ…。
こうもり飛び…。

ヒザをかけて こう 振って
ピョン! と こう 飛び降りる。

え~!
今夜の結果いかんによっては

校長先生の評価が
グンと上がる場合もあるし

グンと下がる場合もありますんで…。

さぁ それでは
お宝 拝見しましょう。

オープン!

さぁ これは?

九谷焼の陶工…
初代の田八十吉が描いた

虎の絵です。
陶芸家ですよね? 田八十吉は。

そうなんです。
絵も嗜まれてたようで…。

祖父は 家紋を描く職人…。

八十吉さんが毎朝 こう…
散歩のコースが

あったらしいんですが
その散歩で寄るのが

その… 祖父の家で。
仲よかったんですね。

毎日 お茶を飲んだりなんだり…。
たぶん その繋がりで

いただいたのかな…。
これ もし いいものだったら

どうされます?
今日 ちょうど

姉も来てるんですが
まぁ 家族会議でしょうか。

ご覧になって いかがですか?
そうですね…。

本職じゃないので
私はそんなに価値はないと

思っているんですが…。
ご自身では どうですか?

細かく見ると ホントに こう…
毛一本 一本

丁寧に描いてあるんで 絵自体は
すばらしいなとは思うんですが

なにせ その…
焼き物の専門の方が…。

陶芸家の方ですからね。
絵付けで描いたり

デザインね 描いたりは…
今 朝ドラで見てますけど…。

タッチがちょっと 絵付けっぽいです。
絵付けっぽい…。

えっ わかんの?
したことあるの? 絵付け。

そんな感じです。
ちょっと チョンチョン…。

伸びてるね!
(笑い声)

<17世紀の
半ばごろ

加賀の国
九谷村で

花開いた
古九谷は

華麗な色彩と
斬新な
絵付けを

特徴とし 日本 色絵磁器の
最高峰とされるが

あまりにも手間ひまが
かかりすぎたため

わずか数十年で
姿を消してしまった。

それから およそ100年後。

この名品をよみがえらせるべく
吉田屋窯をはじめとする

再興九谷が生まれたが

これまた
短期間で消滅した。

初代 田八十吉は
この古九谷や

再興九谷 吉田屋窯を
再現し

その 上絵付けの技法で

1953年 無形文化財に選定された
名工である>

<幼い頃から 絵が好きで
尋常高等小学校を卒業すると

家業の染物屋を手伝いながら
日本画家を志し

荒木探令に入門。

更に…>

< これは 当時の陶画工は
かなりの高給取りで

絵心がある者の多くが

この道に進むならわしが
あったからである>

< すると やがて 八十吉は
江戸時代の古九谷や

吉田屋窯の濃密な色彩に魅了され
その再現こそ

我が天命と
考えるようになったのであった。

ここで修業すること 3年…
二十歳で独立すると

各地の収集家を訪ね歩き

古九谷の名品を
見せてもらいながら 研究に没頭。

気が遠くなるような
試行錯誤を経て

その努力は 50歳の頃
ようやく結実したが

その鮮やかな発色は 古九谷や
吉田屋窯に勝るとも劣らず

特に 紫 緑 赤は 他の追随を
まったく許さないものであった。

また この間
新たな釉薬の開発にも

積極的に取り組み

ビードロ釉 碧明釉
欽朗釉

深厚燿変などを
編み出した。

しかし
八十吉の真骨頂は

やはり 焼き物の絵付けを
一幅の絵画として

成立させたことにあり
たとえば この皿は

唐時代の漢詩 『江邨夜帰』に
材をとったものだが

余白をいかして 人物と山水を
再構築することにより

唐様のイメージを払拭し

情緒あふれる日本画に
仕上げている。

また 愛蔵の
古九谷の大皿に想を得

それを更に発展させた

団扇図輪花台鉢や

表は あくまで
伝統的な

古九谷の
絵付けながら

裏に
あっと驚く

絵画的な
世界が
広がる

色絵軍扇散
山水人物図
平鉢などは

まさに
絵に秀でた

八十吉ならではの傑作といえよう。

しかし…>

< その後は 後進を指導しつつ
俳句や盆栽など

趣味三昧の日々を送ったが
わずらわしい人間関係を嫌い

晩年は 小松の街を
決して出ることなく

1日おきに決まった友人を訪ね
雑談を楽しんで すごした>

< そんななか
望外の喜びとなったのは

のちに三代目を継ぐ孫
正彦の誕生で

八十吉が描いた この枕屏風には

孫の健やかな成長を願う
深い愛情がにじみ出ている>

<改めて 依頼品を見てみよう。

初代 田八十吉の 『虎図』である。

詳しく調べたところ 八十吉は
人に頼まれると

色紙などには 気安く
絵を描いてあげていたようだが

落款に
昭和18年とあることからすると

70歳ころの作か>

ご本人の評価額になりますが
おいくらくらいでしょう?

期待を込めて… 100万で。
100万で。

なるほど まいりましょう
オープン ザ プライス。

出た~ 倍がつきます。
(一同)お~!

倍額 200万!
すごい…。

初代八十吉の作品
間違いありません。

絵付作家としての八十吉の特徴が
非常に よく表れています。

虎の大きさですね
画面に対して 少し小さいですね。

墨竹も 虎の下に描かれてて

普通は やっぱり左右に
こう描き分けたりして

画面を こう広がりを見せますが

四角な画面を
意識していないというところが

絵付作家としての
特徴が よく出てると思います。

絵付師としては これほどの絵を
描ける人っていうのは

なかなか 見ないと思いますね。

珍しい作品ですね。

一般的に流通するってことは
非常に少ないです。

ぜひ 大切にしてください。
いや~ いかがでしょう。

< お宝列島 日本縦断…>

<今回の舞台は 埼玉県寄居町。

善導寺は1297年 この地を治めた

藤田氏の菩提寺として創建された。

その本堂の天井画は
狩野派の絵師

金竜斎宗信が 手がけたもので

人間の煩悩の数 108にちなみ

百人一首の歌人 100名の
肖像と和歌

そして 8匹の竜が描かれている。

鉢形城は 荒川の
断崖絶壁の上に築かれた

天然の要塞で
戦国時代は 難攻不落であった。

しかし 1590年 豊臣秀吉による
小田原征伐の際

前田利家 上杉景勝率いる
北国軍に包囲され

1か月後 ついに
開城を余儀なくされた。

県立 川の博物館。

通称 かわはくは

水と人々の暮らしに
まつわるテーマパークで

屋外には 直径24.2mの

日本一 大きい水車や

荒川の源流から
東京湾の河口までの

173kmを千分の一に縮小した

荒川大模型173などが
展示されている。

本日の鑑定士は…>

<会場は

早速いってみよう>

(2人)「出張! なんでも鑑定団」
IN 寄居!

< まずは 1人娘を
溺愛している

どのくらい 溺愛してますか。

< こちらが

(原口)娘さん無反応でございます。

娘が

今 住んでるところが
賃貸マンションなんで

ペット禁止なので

娘さんがね もう大人になって

彼氏とか つれてきたら
大変なんじゃない? じゃあ。

< お宝は

高校時代くらいから
アルバイトを し始めて。

<現在 コレクションはおよそ30点。

なかでも この6点は

20代の頃
苦労して買い集めたもので

とても大事にしている。

もちろん 収集は
ずっと続けており…>

今日 帰り気をつけてくださいよ。

<今回 もしも高値がついたら
将来は…>

やっと笑顔が出たかな ちょっと。

<本人評価額は
6点収集するために

かかった費用と同じく 180万円。

今はまだ 子どもなので
まさしく猫に小判。

二十歳の誕生日に すべての
コレクションを プレゼントするつもり。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン 210万円。

< よかった!>

すべて 江戸時代の
本物の小判ですね。

(原口)うわ~ すげえ!

小判は 11種類
発行されてるんですよ。

で この種類をどういうふうにして
見分けるのか

裏に 時代印と申しましてですね

その時代を表す
一文字が入ってるんですね。

元文 これは
真書体で文の字が入り

文政は 草書体で文の字が入る。

それから 天保はですね
保の字が入る。

安政は 正しいという
正という字が入る。

このなかでは
いちばん希少性の高い小判で

これを 80万円。
(原口)うわっ。

享保 これは時代印
入ってませんけども

書体の 微妙な変化で
判定するしか ないんですね。

万延は 極端に
小さくなりますので

これは 一目瞭然で
わかるわけなんです。

11種類のうちの 6種類は
もう お手元にあるわけですから。

コンプリートしてほしいですよね。

頑張っていただきたいと
思いますね。

<続いては 22歳のとき
専業農家に嫁いだ

嫁に来たんで…。

< こちらが…>

旦那さんの 第一印象どうでした?

<確かに。
嫁いだ当初は右も左もわからず

苦労の連続だったが 今では…>

< お宝は…>

<27年前 他界した夫の祖母が
遺したもの>

<実は数年前 親戚の美術教師に
見てもらったところ…>

<本人評価額は
本物と信じ 100万円。

もう 誰にも
気兼ねしなくてもいいので

もしも高ければ さっさと手放し

豪華な温泉旅行に行きたい。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン 3, 000円。

< う~ん 残念>

まったく
谷文晁では なかったですね。

江戸時代の
後期の人なんですけれども

当時の江戸南画の第一人者で
寿老人 そういうものも

描いたとは 思うんですが
絵が違います。

落款も違います
印は見たことがないということで。

<続いては

結婚していく方々って
どのくらいの割合でいるんですか。

うちに入られる方は

え~!

<20年前 自宅1階で開業。

データマッチングは もちろんのこと
直接 面談し

お見合い成功の秘訣も
伝授するので

大好評を博している。

ちなみに これから
結婚を目指す男性へのアドバイスは…>

女性の方のポイントとしては?

世の独身男性の方
まだ いっぱいいますから。

< お宝は如意輪観音像である。

40年ほど前のこと。

彫刻工房を営む夫が
仕事で日高市に行った際

ふと道端を見ると…>

< すると夫は
ありがたい仏像に

そんなバチ当たりなことをするのは
もってのほかと思い

すぐさま
買い取ったと聞いている>

いくらで買ったんですか。
それがね

< というわけで 本人評価額は

あてずっぽうで 200万円。

男女の相性は 一目でわかるが

骨董に関しては 知識がないので
皆目 見当がつかない。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン 250万円。

< これはすごい!>

江戸の中ごろ作られました

たいへん上手な如意輪観音像です。

いちばん 古いものは
平安時代の初期にございます。

こちらはですね
時代は ないんですけども

作行きが すごくいいんですね。

おそらく 都の仏師が
作った作だと思います。

顔の表情 見ますと

すごく穏やかで
手は子どものような

かわいらしい表現をしています。

それは平安風。
衣の立体的な表現であるとか

台座のですね 蓮弁の
先っぽのところが立っている。

そのへんの表現が鎌倉風で

様式はですね 各時代のですね

いいところが 詰まってるんです。

今まで やってなかったんですか。
やってなかった…。

<続いては
元英語教師の

英語の教師ですか ホントに。

出た。

GTY?

反町さんとは また真逆の感じの。

<現役のころは
ドラマを地で行くような熱血教師で

女子サッカー部の監督を務め

全国大会で優勝したことも>

わかってますよ。

< お宝はこちら>

えっ! これ
未使用って自分で書きました?

<30年ほど前
古銭収集が趣味だった

祖父が手渡してくれたもの。

100年以上も前の貨幣なのに

いまだにピカピカなので
とても気に入っている>

生徒さんたちには
見せたこと あるんですか?

<本人評価額は
祖父に敬意を表し 50万円。

この出演にあたり
昔の教え子たちから

激励メールを たくさんもらった。

GTYの名にかけて
赤っ恥は かきたくないが

果たして 結果は!?>

<30年ほど前
祖父からもらった

明治四年発行の旧十円金貨
果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン 100万円。

< なんと2倍!>

ありがとうございます。
何もね 竹内先生…。

勝手にしゃべり出さないで 先生。

保存状態が すばらしい。

明治新政府はですね
明治4年に 新貨条例を公布して

新しいお金を作ったわけですね。

そのときの これはまさしく
10円金貨ですね。

当時の物価で言うとですね

銀座4丁目の角 一坪を買うのに

5円の時代です。

それほどの
値打ちのあるものなんですよ。

デザインも よろしいですよね。

金工の巨匠といわれてるですね

加納夏雄が
デザインしたものなんですけども

表には 龍頭が配されており

それから裏面にはですね
菊の御紋 それから錦の御旗が

ホントに精巧に彫られてますね。

まさしく 日本の近代貨幣の
船出にふさわしいですね

たいへんすばらしい貨幣。

ぜひ これからも
大切になさってください。

<続いては 古い着物を
収集している

いつくらいから…。

それを見て

今日 着てらっしゃる服も
かっこいいですもんね。

これは 着物を自分でリメイクして。
えっ!

< いずれは もっとセンスを磨き

古い着物を リメイクした
シャツの専門店を開くつもり>

独身ですか。

どういった女性 タイプですか。

うれしい。

(笑い声)

あと安河内さん。

< お宝は中村大三郎の
舞妓図である。

5年前 ネットオークションで発見。

前からこの画家が
大好きだったので

思い切って落札した>

気に入ってるとことか
ありますか?

若々しくて 顔がかわいいですね。

家に飾ってるんですか?

いや。

< そのため
シミや やけはまったくなく

保存状態は極めてよい。

本人評価額は
期待をこめて120万円。

実は ネットオークションで
絵を落札したのはこれが初めて。

ビギナーズラックだったらいいのだが。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン 150万円。

< やった!>

すばらしい作品ですね。

中村大三郎 京都に生まれました。

お家は
染織関係ということですよね。

ですから そこで
染めの色彩感覚というものが

身についたんだろうと思います。

この作品は
大正の13年 26歳のときに

個展をなさって そのときに
出品されているということで

気品のある美しさを流れるような
筆で描ききっている。

桜の花びらが
こう散っているんですよね。

明かりをこう差し出した
女性の中のろうそくまでが

薄く描かれているんですよ。
確かに。

明かりのまき絵の部分も
桜の文様で

女性のさす かんざしも桜。
ホントや。

帯もとてもすてきな帯ですよね。

中の半襟も鮮やかで。

一文字風袋が ちょうちょ。
花にちょうですよね。

そして共箱で 大三郎自身の
箱書きになっております。

文句のつけようのない
作品だと思いますね。

<最後は 安河内さんの大ファン
中島さん>

どのくらい好きですか?
安河内先生のこと。

鏑木清方の
『築地明石町』みたいな

粋な感じでいいんですよね。

「鑑定団」もずっと
好きでいてくださって。

そうですね。

安河内先生が出てくるんじゃ
ないかっつってね。

ガッカリしないでください。

いやいや まだ。

< お宝はこちら>

これなんですか?
これ腹筋鍛えるやつかな これ。

<医者をしていた5代前の
ご先祖が使っていたもの。

代々 大事に受け継がれ
20年ほど前 亡き母から

お前が持っていなさいと
手渡された>

なんか 手帳みたいな。

医学書だと
思うんですけれども

全部 漢字で書いてあるんで
もう読めないです。

<本人評価額は
このくらいかなと30万円。

正直言うと 日本画を安河内さんに
見てもらいたかったが

偽物だったら恥ずかしいので
これを持ってきた。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン 100万円。

< よかった>

江戸時代にこのような
すてきな薬箱を持って

往診されてたお医者さんが
いらっしゃったんですね。

ビックリしました。
まず箱の説明を

したいんですけれども
まき絵です。

質もいいですし色もいいですね。

おそらく京都辺りの職人さんに

わざわざ オーダーして
作ったものじゃないかなと。

中を見ますと
いっぱい箱が入ってますね。

その組み合わせで 何十種類の
処方ができたと思います。

その際にですね 付随している
はかりで量ったり

薬さじも残ってます。
とても貴重なものだと思います。

<出張鑑定 IN 寄居は
これにて無事閉幕>

<続いては 千葉県千葉市から。

こちらのマンションに
お伺いしました>

ようこそ
おいでくださいました。

<次なる依頼人は…>

早速ですが 私のコレクションを
まずは見ていただけますか。

こちらへどうぞ。

< と おっしゃるので
とりあえずついていくと>

< なんとリビングルームには

数々の美術品が
飾られていました。

更に隣の部屋には

壁を覆いつくすほどの
こんな大きな絵まで>

<聞けば木村さん
40年ほど前から

生活費以外のほとんどを
美術品につぎ込み

現代作家の作品から骨董まで

気に入ったものは なんでも
収集してきたそうです。

こんなありさまだと 奥さんは

さぞかしご立腹かと思いきや>

いえいえ。

<ホントですか?>

< だそうです。

ところで…>

< それは10数年前 都内の
骨董店で発見したもので

一目見るなり>

< しかし値段はなんと>

さすがに高いかなと思って…。

< そこで翌日
大急ぎで再び店に行き

買ってしまったそうです>

あのときの
決断が正しかったのか

長年 気になっています。

ぜひ鑑定を
よろしくお願いいたします。

依頼人の登場です。

千葉県からお越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。

いやぁ アドバイス
ありがとうございます。

共通の趣味ですね。
当番組では でも

珍しいパターンですね。

だいたい
1人で出かけこっそり買って

隠して持ち込んで
値段も言わないという。

これフルコースなんですけどね。
そういうコレクターの仲間で

9割9分は
そういう方が多いです。

我々 夫婦は40年間コレクションを
続けてきましたけども

一心同体で
どこに行くにも一緒に行って

一緒に見て 一緒に決める。

幅広いんですよ
ほんで集めてるものが。

バラバラに見えますけど
僕の心の中では

筋の通ったものと
自分では思ってる。

今回のやつは もう400万と。

ということで拝見しましょう。
お宝オープン。

あらまあ。
えっ。

博多人形師 小島與一作の
『三人舞妓』という作品です。

博多人形ですか。
博多人形。

博多人形っていうと ちょっと
お土産で買ってくるようなね。

またこれリアルな。
今にもなんか動き出しそうな。

ホント。 これもうホントにちっちゃい
歯の1本1本まであります。

値段を聞いたときにはね

かなりの
やっぱりブレーキかかりました。

400万 そりゃそうでしょう はい。

我々の
分不相応だよっていうことで

その日は帰りました。
後ろ髪引かれる思いで。

でも ひと晩いろいろと考えて

名品って言われるものに
たぶん残るだろうというものに

出会えることって
めったにないですよね。

探してもお金があっても
こういう作品に

出会えるってことは
ほとんどないんで

それは夢が膨らんでいって
よくコレクターのある

間違いにつながることが
多いんですけれども。

旦那さんのしゃべり
洗脳されそうですね。

純烈の皆さんいかがですか?
いや あのねホントに

夢にも出てきたと
おっしゃいましたじゃないですか。

うちの結成秘話と同じなのでぜひ。

<博多人形とは 博多近郊でとれる
粘土を原料とし

素焼きした人がたに
美しい彩色を施したものをいう。

その歴史は古く 1600年
黒田長政がこの地に移封され

福岡城を築いた際

瓦職人が 余技で人形を作り
献上したのが始まりとされ

19世紀前半の文政年間

人形師 中ノ子吉兵衛が

陶芸の技法を取り入れ
大きく華開いた。

制作工程は型作り 生地作り
焼成 彩色に分かれるが

いずれも熟練を要し

一人前になるには厳しい修業を
積まねばならない>

<種類も多く
美人もの 武者もの 童もの

能や歌舞伎 浮世絵に材をとった
ものなどさまざまあり

明治時代中期
海外に輸出されると

好評を博し
単なる郷土玩具ではなく

美術工芸品と
みなされるようになった。

小島與一は
この長い伝統を誇る

博多人形の世界で

最高峰にして唯一無二と
うたわれた人形師である>

< その後
人形師 白水六三郎に入門。

7年後 独立すると

新進気鋭の人形師として活躍し

早朝から深夜まで
黙々と制作に没頭。

へらは ほとんど使わず
親指だけで成形した。

左利きだったため

銘はいずれも
鏡文字で記している。

なんでも幅広く手がけたが

特に歌舞伎ものを得意とし

次々と名品を発表すると

ついには 名人與一と
呼ばれるまでになった。

そして 1925年のパリ万博に

『三人舞妓』を出品し
銀牌を受賞。

これは 博多人形では
前人未到の快挙で

一躍その名を世界に知らしめた。

1966年には 卓越した技量により

福岡県 無形文化財に指定され

福岡市の那珂川にかかる
であい橋のたもとには

『三人舞妓』の銅像が建てられ

その功績を今に伝えている>

<一方 私生活は破天荒で

若い頃は
博多の芸妓を見初め駆け落ち。

この波乱万丈の恋物語は

後に火野葦平の小説
『馬賊芸者』の題材になった。

また 宵越しの金は
持たない性分で

たびたび弟子や関係者を
大勢引き連れ

京都や東京にまで足を伸ばし

豪遊したとの
逸話が残されている>

<改めて依頼品を見てみよう。

小島與一作の 『三人舞妓』で

高さは およそ38cm。

あでやかな着物を身にまとった
3人の舞妓が寄り添い

話に興じており

その表情は いずれも
実に生き生きとしている。

箱の蓋裏に
「銀賞受賞 大正十三年。

巴里万國博覧会出品」と
あることからすると

これが まさしく
與一畢生の傑作か?

今回 鑑定を担当するのは…>

ご本人の評価額になりますが
おいくらでしょうか?

400万で
よろしくお願いいたします。

400万で
それではまいりましょう。

オープン ザ プライス。

出た! 倍額つきました800万!

すごい。

うわぁ。
うわぁ すごい。

大変なものが出てきましたね。
うわぁ ですよね。

この作品は もう私自身も

長い間 ぜひ見たいと
思っていたものですから

今 正直
非常に感動しております。

1925年の
パリ万博に出品されて

銀牌を受賞した小島與一の

『三人舞妓』に間違いありません。

博多人形の最高峰。

1982年には 福岡の展覧会にも
出品されていたんですけれども

その後 長いこと
行方がわからなかった

幻の作品なんです。

與一は この作品を
作るにあたりまして

京都へ出かけまして

3人の舞妓さんを
1週間借り切って

この作品を作ったという
ことなんですけれども

この構図はですね 1920年頃の

ビール会社のポスターに非常に
よく似たものがあるんですね。

ですから おそらくですね
そのポスターをご覧になって

作品のヒントにしたんでは
ないかなと推測いたします。

博多人形の歴史を語るうえで

決して欠かすことのできない

その記念碑的な名作と思います。

どうぞ大切になさってください。

いやぁ 奥さん
背中押してよかったですね。

はい 胸が張り裂けそうです。
張り裂けそう。

貴重なものを
ありがとうございました。

どうも ありがとうございました。

「鑑定団」また来週です。
さようなら。
さようなら。


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