徹子の部屋 柴田理恵~90歳の母は富山で“独り暮らし”を…~ 沢村貞子さんを見習い、献立日記をつけはじめた…


出典:『徹子の部屋 柴田理恵~90歳の母は富山で“独り暮らし”を…~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 柴田理恵[解][字]


~90歳の母は富山で“独り暮らし”を…~柴田理恵さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

柴田理恵さんがゲスト。

◇番組内容

最近は丁寧な暮らしを心がけているという柴田さん。沢村貞子さんを見習い、献立日記をつけはじめた。さらに、日当たりが悪く「死の庭」と呼ばれていた自宅の庭を大改造し、甦らせたという。そんな充実した日々を送っていたが、昨年、愛犬2匹が相次いで逝くという悲しい出来事があった。最期まで懸命に生きた愛犬たちへの思いを語る。ほか、90歳になった現在も富山で“独り暮らし”をしている母・須美子さんの話題も。

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/


『徹子の部屋 柴田理恵~90歳の母は富山で“独り暮らし”を…~』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

徹子の部屋 柴田理恵~90歳の母は富山で“独り暮らし”を…
  1. 本当
  2. 頑張
  3. 自分
  4. 晴太郎
  5. 大変
  6. お茶
  7. お母さん
  8. ソーセージ
  9. デイサービス
  10. ビール
  11. フフフフ
  12. 可愛
  13. 介護
  14. 奇麗
  15. 全然
  16. 大丈夫
  17. 不思議
  18. 母様
  19. お父さん
  20. 近所


『徹子の部屋 柴田理恵~90歳の母は富山で“独り暮らし”を…~』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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今日のお客様は
とてもすてきな和服で

おいでくださいました
柴田理恵さんです。

どうも。
よろしくお願いします。

お母様 もう 90歳におなりで?
はい。

富山で
お一人で暮らしてらっしゃる?

はい そうです。
すごい。

ねえ。 もう なんとか…
だいぶ足も弱ってきて

結構転んだりも
するんですけれども

それでも やっぱり
1人で頑張って…。

今… ずっと
教員だったんですけども

それを辞めてから
保育所とか 小学校とかに

お茶を教えに行ったりね。
お茶の先生? うん。

…をしたりしてましたんで。

だから まだ それをやりながら

頑張ってます。
すごいのね。

2年前に『徹子の部屋』で
お母様が

要介護4から1になったって
おっしゃった…。

はい。
あれ 大反響だったんですって?

そうなんですよ。 次の日に

家に週刊誌の人がやって来て
私 何も悪い事してないのに

なんで 週刊誌の人が
来たんだろうと思ったら

「なんで 要介護4から
1になったんですか?」って。

そんなに すごい事だと
思わなかったので。

だから ちょっと
びっくりしました。

でも 本当は
すごい事なんですよね それはね。

いや でも たまたまじゃないかと
思うんですけども

うちの母が熱を出しまして。

で 調べたら 腎盂炎。
腎臓から熱が出てて。

それが すごく高熱が続いて。

で どんどん…

やっぱり 年も年なんで
悪くなっちゃって

敗血症みたいに
なっちゃったんです。

そういうふうになった時に
たまたま そのタイミングで

介護の査定みたいのがあって。
ああー そうか。

そしたら わあー これは…
見た人はね

これは しゃべれもしないし
「ううーああー」って ちゃんと

「名前は なんですか?」
とかいっても できないし。

だから これは介護4ですね…
もう 歩けもしなかったんで。

で そうなりまして
介護4になったんですけども

そのあとは みるみる元気に…
というか…。

おなりになって?
ご病気が治って?

病気が だんだん こう

少し熱が下がってきた時に
ちょうど…。

でも 全然 もう
歩く練習もできないしね

歩けなくなったら…
このまま弱っていったら

困るなあと思ったんで

「お母さん 何したい?」

「何したい?」って聞いたら
「うーん…」。

「酒飲みたいだろ?」って言ったら
「飲みたい」って言ったんですよ。

フフフフ… すごい。
飲みたいって言ったと思って。

「じゃあ 歩く練習 頑張ろう」
っていって。

で リハビリを頑張って やって。

やったら ちゃんと家に帰れて。

で 本当に杖を突きながら…

こう 介護しながらですけど
自分で おトイレも行けて。

で ちゃんと大好きなお酒も
こう 1杯飲みまして。

で そのあと
また査定が来られて 見たら

じゃあ 「介護1になってる」って
言われたんです。

すごいわね。 でも お母様
お茶の先生してらしたんでしょ?

はい。 そうです。
今もやってらっしゃるんでしょ?

すごいよね。
幼稚園 教えに行ってます。

すごいですね。 90歳?
90歳です。

学校の先生を辞めたお仲間が
何人もいて。

で やっぱり
学校の先生してた方たちは

しっかりしてるんですよね。
だから それで

じゃあ みんなで…
お茶の仲間で みんなで

保育所の子供たちに
教えに行って。

そんな大した事を教える
わけじゃないんですよ。

やっぱり ちゃんと
お茶を持って行って

お座りして ちゃんと
こうやって どうぞって…。

正座… うん。
そういう礼儀をね 教えた方が

この子たちのためになるから
っていうので グループを組んで

今 まだ教えに行ってるんです。
すごい。 あっ そうなの。

はい。 まあ でもね やっぱり

それだけ 親がね
一人暮らしできるっていうのは

自分の力じゃなくて やっぱり
ご近所の人たちっていうか…。

本当に生ゴミ一つ出すにも
なかなか大変じゃないですか

外のゴミ捨て場まで
持って行くのはね。

そうすると 外 出しておくと

ご近所の人とかが
自分たちが出すついでに

パッと家の外のプラスチックの
でっかいのを見てくれて

あっ 入ってるって

入ってたら持って行ってくれるし。
あっ そう。

だから 「そこに出しときゃ
いいんだよ」って言ってくれて

やってくれるし。
そういうとこ

ありがたいですよね。
ありがたいですよ。

スーパー行っても 要するに

ここ何日か
スーパーに来てないっていって

心配してくれますから。
そうよね。

本当に。
行ったら行ったで ああだこうだ

ずっと話もしてくれて
ありがたいです。

「なんか買ってきましょうか?」
ってね おっしゃる方も

いるだろうしね。
そうです そうです。

ヘルパーさんとかも
やってくださいますし。

でも 転ぶんですよ 本当に。

あら そうなの?
転ぶのは 一番ね…。

そうなんです。
ちょこちょこ ちょこちょこ。

この間の夏はね…。

近所のバーベキュー大会が
あるっていうんで

私 たまたま
電話したんですよ。

そしたら 「今日はね 近所のね
バーベキュー大会に行くが」。

「ええー? あんた 行くが?」
って言ったら 「行くが」。

「行ってきまーす」とかっていって
上機嫌で行ったんですよ。

ほんで 終わって 夕方ぐらいに
「もしもし どう?」って言ったら

「うーん うーん…」って
なんか変な感じだったんですよ。

変だなと思って。
で また次の朝 電話したら

「なんか お母さん 転んだみたい」
って言うんですよ。

はっきり言うと怒られるから…。
フフフフ…。

なんか あやふやに
「転んだみたい」。

「えっ? 大丈夫?」。

で 「痛い?」って言ったら
「うん 痛いけど…」。

「痛いけど動ける?」って言ったら
「うん 動ける」って言うんですよ。

「じゃあ ちゃんと
デイサービスとか

ちゃんと行った方がいいよ」
って言うと

「うーん… 行きたくないな」。

「でも 行って デイサービスの人に
見てもらって。 そしたら

あまり ひどかったら お医者さん
連れて行ってくれるから

その方がいいよ」って言ったら
「うん わかった…」。

で また 夕方 電話したんですよ。

「どうだった? デイサービス」
って言ったら

「いや 別に なんでもなかった」。

「デイサービスで何やってたの?」
って言ったら

「うん 寝てた」って言うんですよ。
「なんで?」って言ったら

「お母さん 実は
二日酔いだったんだよ」って。

「ええー? どのぐらい飲んだん?」
って言ったら

最初はね ビールばっかり
持ってこられるんですって。

もう おばあちゃんですから
「ばあちゃん ビール ビール」って。

「あんたたち ビールなんて
酒のうちに入らんぞ

酒持ってこい」って言って
日本酒 持ってこさせて

パカパカ飲んだらしいんですよ。
そしたら 転んだんですよ。

それで二日酔いになった?
二日酔いで。

それが90の誕生日なんですよ。
笑っちゃうね。

だから もう
「お母さん お願いだから

デイサービスは 二日酔いで
行く所ではありませんから

お願いします」って言いました。
大丈夫だったの? 足は それで。

大丈夫です。
じゃあ よかったですね。

じゃあ それほど
ひどくはなかったのね。

全然ひどくないです。
ああ よかったですね。

でも 年末に お母様と
飲みにいらしたんですって?

はい。
それで 富山の思い出の飲み屋に

一緒にいらしたんですって?
そうなんですよ。

「今年は何がしたい?」って…

やっぱり 新しい目標をと
思ったんで。

こんなビール
お母様 お飲みになるの?

飲んだんですよ。
これ 2杯飲んだんですよ。

びっくりしちゃったもん 私。

相当びっくりするね。

やっぱり 90歳になったら
もう飲み屋には

行けないだろうと
思ったんですよ 私。

だから これが今生の…
今生の最後の…。

飲み屋?
飲み屋だと思って。

でも お母様
元気そうじゃない ねえ。

お父さんと一緒に
ずっと 若い頃は

よく行ってた飲み屋だから。
あっ そうなの。

だから 行こうって言ったら
喜んでね。

あそこの
カウンターの隅っこで

よくお父さんと飲んだんだ。

ああいう話をした
こういう話をしたって

すごい喜んで。

でも 帰りの車の中かなんかで…。

おかしかったんですって?
そうなんですよ。

「あれ? お父さん
乗っとらんぜ」って。

「お父さんなんか
最初からおらんよ」って言ったら

「いや なんか
おるような気したわ」。

「いやー 今日は 気分よかった。
おるような気するわ」って

すごい喜んでました。
いいわね。 可愛いね。

でも あれね お父様が…
飲んで陽気になると

いらっしゃるように
思っちゃうところがね。

そうですよね。 うん。

「だから この話も
きっと お父さんは

あの世で聞いとるに違いない」
とかって言いながら。

そうよね。
でも 年始年末というものは

ほとんど皆さん飲んでる…。

はい。 ずーっと飲んでました。
ずーっと。

すごいね。
ねえ。 あっ これもそうです。

これ あなたなの?
そうです 私です。

私と お母さんです。

私 いつもスッピンだから
ごめんなさい。

いいんですよ。
スッピンなんだけど

頭の結い方が
あなたっていうのが

ちょっと わかんない。
めちゃくちゃにしてるから。

でもね お母様
すてきなのね 御髪がね。

そうなんですよね 真っ白で。

あんな奇麗になると
思わなかった。

すごい奇麗で すてき。
でも お酒飲んでるところが

すごいね お母様 いつ見ても。

うれしいんですよね。
好きなんですよね。

量を たくさん飲むわけでは
ないんだけど。

でも やっぱり こう
ちょっと食べて…

ちょっと飲んで ほんで

おいしいもの ちょっとだけ食べる
っていうのが やっぱり…。

でも それでいいですよね
幸せですよ。

あなたが いらっしゃったりすると
余計うれしいから飲むわけでしょ。

はい。 だって 歌いますよ
それで 今度は。 歌も…。

歌ったり… そう。

うちは 『越中おわら節』っていう
おわらがあるんです。

それを「はあー」って
気持ちよく歌って。

だから いつ死ぬかわからないから
必ず録音するんですけど

何年も ずっと
それが たまってるから

まだ頑張れるかなと…。
そう。 あっ そう。

でも いいわね そういうのって。
だって 気が晴れるじゃないの。

はい。 だから これが何年続くか
わからないですけどね

やっぱり 年々 少しずつ
足も弱ってはきてるので。

でも お母さんの心が
元気なうちは

ずっと好きにさせてあげたいなと
思うんです。

いいですよね。 そうよね。 うん。

あなた 実は 本当は
丁寧な暮らしを心掛けようと

沢村貞子さんの本なんか読んで

改心したって聞いたけど。
そうなんです。

『献立帳』…
『わたしの献立ノート』かな?

あれを読んで
いや もう本当 感動して。

なんて
きちんとした方なんだろう。

お仕事なさりながらも
ちゃんと こう 献立を書いて。

しかも これ
古いカレンダーやなんかでね。

そうです。
私 このカレンダーね…

和紙の芹沢先生の…。
そうそう そうそう…。

私 このカレンダー
取ってるんですよ 家で。

だから 家の これ
貼りゃあいいじゃないかと思って。

私も これを作るぞと思って
頑張って…。

これが
なかなか続かないんですよね

頑張ってやってるんですけど。

やっぱり 母さんは ちゃんと
その気でやってるからね。

ほらほら 私も書いたんですよ
ちょっと 最近のやつは。

頑張ってください。

去年… 少なくとも1年は続けて
来年には ぜひ…。

なんか作ったんでしょ?
母さんの見て。

適当に色々作りました。
なんですか? その…

そこにあるソーセージの…。
これ スープカレーですよ。

ちゃんと ダシとって
ソーセージと大根とニンジンと…

スープのカレー。
なんか まずそう。

まずくないよ
おいしいんだってば!

だって 鶏のガラから
ちゃんと ダシとったんです。

あれは… いいんだって。
わかる… わかりますけど。

おいしいです。
あのね

ソーセージが入ってなきゃ

私 おいしいのかなって
思いますけど。

だって うちの人が
もうちょっと ほら なんか

ドーンと腹に足しになるもん
のっけてくれって言ったから

ソーセージにしたの。
だから ソーセージにしたの?

そうそう。 これは
あれ… ちゃんとしてますよ。

豚ヒレのソテーに
リンゴのソースをかけて。

リンゴを ちゃんと切って
ソースにして

で あとは あれ 野菜スープです。
へえー。

あの一番右の上の方は
なんなんです?

あれはね 豆腐。
お豆腐?

お豆腐を そのまま…
ほら 塩コショウかけて

オリーブオイルかけると…。
おいしい おいしい。

おいしい。
ああいうふうにして食べたんです。

フフフフ…。
でも ちゃんと写真撮っとくのね

あなたも こうやって。
今は写真撮って…。

これは あれですよ ちゃんと

根菜… 大根とか ニンジンとか
ゴボウのおみそ汁と…。

おみそ汁なの?
はい。

それと 煮浸しと ニラ玉と
あれ 上は納豆で。

あと うちのぬか漬けと
シャケ焼いたやつ。

随分 栄養としては バランスが
よくいってると思います。

朝は ちゃんと
しっかり食べるというのは…。

これ 朝なの?
朝です。

子供の頃から
お料理はなさったの?

はい。
うちの親が共稼ぎだったので。

あっ そう。
だから なるべく…。

共働き?
はい。 共働きだったので

なるべく
自分の事は自分でやるように。

これ あなた?
可愛いわね。 可愛い 可愛い。

昔の台所ですよね。
それで お米とぐところから…。

お母さんが帰ってくるまでに

米といだり いろいろ…。
うちのおじいちゃんもいたので。

おじいちゃんも
料理する人だったので。

すごいわね。 へえー。

みそ汁 ちゃんと作っとくとか

高校の時のお弁当も

全部 自分で作ったし。

あっ そうなの? へえー。

親は作りたくないです。
うちの親は ほんでね…

お母さん
お料理 大嫌いなんですよ。

ハハハハ…。 どうして?

働くのは好きだけど
料理 嫌いで。

旅館の娘なんですけどね。

旅館の娘なんだけど
もう 嫁に来た時は

米のとぎ方も知らない
っていう人だったので

全然やりたくないんです。 だから
なるべく私にさせるように。

あっ そうなの? あなたは平気?
はい。

でも あなた
丁寧な暮らしっていえば お庭?

はい。
死の庭と言ってた。

どうしたの? なんで死の庭?

うちの庭ね
日当たりが ものすごく悪くて…。

これ まだ生えてる方ですよ。
まだ生えてたんで。

前は このね 緑が全然なくて

ただ 黒い地面が
ピューッとあったんですよ。

でっかい木はあったんですけど。
死の庭って呼ばれてたんです。

これ まだ ある方ですよ。
まだ ある方ですよ。

それで 奇跡の庭と
呼んでるんだって? 今。

そうです。 今は奇跡の庭。
VTRがあるそうなんで

見せて頂きます。
はい。

(柴田)「ここはですね
かつて 死の庭と呼ばれまして

ちょうど日陰なので あんまり
何も生えないっていうんだけど

本当に真っ黒の なんにもない所
だったんですけれども

日陰で ちゃんと育つっていう
植物がいるって事がわかりまして

それで 徐々に徐々に
花も咲いて 日陰で育っていく

っていう植物を
どんどん植えました」

「これは うちの 一応 畑なんです」

「今 ここに… 食べられるものは
セリだけですね」

「セリと あそこにも
ちょっとセリと

サンショウの木が
生きてるんですけど」

「これがね… これ 何かっていうと
猫を撃退する機械なんです」

「なんでかっていうと ここに
葉っぱが何も植わってないと

ここで猫がウンコするんですよ。
頭にきてます」

フフフフ…。
そうなんですよ。

あそこにね ウンコするんですよ。
それでね…。

だから ほら 良くないから
片付けるじゃないですか。

ほんで 奇麗にならして。

で また次の日 見ると
また してるんですよ。

私 また奇麗に片付けて
1週間ぐらい やってるうちに

なんだ 私 毎日 この子のために
奇麗にしてるじゃないか

と思ったら頭にきて。

猫 嫌いではないんですけどね。

その畑 やられるのが困って。
そうですね。

でも 去年 あなたは
とても悲しい事が相次いで。

6月に犬の晴太郎が旅立った?
そうなんですよ。

まあ 14歳だったんです。
あっ そう。 じゃあ 長生きは…。

もうじきで
なるところだったんですけど。

ゴミ捨て場に
捨てられてた子でね。

私は ロケ中に
見つけたんですけれど。

声がすると思って

グルグル巻きに縛られてるのを
取って

中からピョンって
1匹 出てきたんですよ。

あれ? と思ってたら
もう1匹 鳴いてるんですね。

で こう 抱っこして上げてみたら
そしたら その晴太郎で

足が先天的に…
足に障害があったんです。

ああー だから
捨てられたのかと思って。

とにかく 死にそうだったから
すぐ水あげて

で お医者さんの所に
連れて行ったら

ちゃんと命は取り留めて
2匹とも。

だけど 片一方の足だけはね
悪いので

そこで ちょっと
手術してもらって

で 結局
3本足になったんですけれども

後ろ脚 なくなっちゃって。
で うちに来たんです。

でも すごくいい子でね。
どんな種類?

雑種なんですけど。
雑種。

シェパードが入ってるので。

こんな… 拾った時は
ティッシュペーパーの

箱ぐらいだったのが…。
随分大きくなったのね。

二十何キロになっちゃって。
可愛い。

何してるの? これ。
これは毛を

ちゃんとブラッシング
してあげてるところです。

あの犬は当然のように
ブラッシングさせてるね。

そう。 気持ちいいんですよ。
フフフフ…。

自分が地方公演中で
ずっと家 留守にしてまして。

だんだん 年も年だから
後ろ足の1本も

だんだん弱くはなってきては
いたんですけれども。

帰ってきた…
私が地方公演から帰ってきた

その次の日に
ワーッて なんか 倒れちゃって。

1週間もたないだろうみたいに
言われたんですけれど

ちょっと頑張って
ずっと看病してたら

結構長く生きてくれましてね。

あっ そう。
ひと月は。

あっ そう。

離乳食とかも…
私 子供がいないので

赤ちゃんのオムツも
替えた事もなければ

離乳食も
作った事がないんですけど。

だけど この晴太郎が
ちょっとでも食べるように

離乳食作って
注射器で口の中 こう入れたら

食べてくれたり。
あっ そう。

で 毎日 オムツ替えたりとか
させてもらえたんで。

そう。
だから ありがたいなと。

まあね。
させてくれたって事ではね。

そうです。 うれしかったです。
だから そうやって…。

突然 いなくなっちゃったら

はあー すごいショック
って思うけど

ひと月の間はそうやって
面倒見させてくれたので

ありがたいなと。
でも 愛情持って そうやって

看病させてくれたっていう事が
うれしい事で

そのために お友達が いっぱい
集まってくれたんですって?

はい。
もう だから 亡くなった時はね

ちゃんと お通夜もしたし
お葬式みたいに

お別れ会みたいなのも
したんですよ。

そしたら
うちの晴太郎のお友達だった

犬仲間の人たちとかも
来てくださったり

それから
うちの劇団員の若手とかが

いつも 飲み屋…
飲み屋っていうか

うちを飲み屋みたいに
してた子たちが

いっぱいいたんで
その子たちも集まってくれて。

で ちゃんと
晴太郎 ありがとうって

やってくれたので。
あっ そう。

それで 随分 こう
自分の心も癒やされましてね。

人っていうのは
ありがたいもんなんだなって

思いました。

もう1匹
いたんじゃなかったっけ?

はい。
母が飼ってた小春っていう…。

その子は どうしたの? 小春は。
小春はね 不思議だったんですよ。

この晴太郎が亡くなって

火葬するまでに 色々

まだ しばらく いたりするでしょ。

その時に氷とか入れて
いるんですけど

ちゃんとタオルとか
かけとくんですよ。

その死んだ子に?
うん。

そうすると 小春は
不思議で不思議で

ずっと におい嗅いで

晴太郎なのになって
こう やってて。

タオルとか…
バスタオルがかかってると

朝になると 必ず
これが取れてるんですよ。

自分で こう めくって

ずっと こう 不思議そうに
こうやって見てるんですよ。

すごい仲良かった子だからね。
そう。

その子もね 12月の18日に

ちょっと 不意に急死しまして。

かわいそうにね なんかね。

ペットロスっていうのもね
本当ね。

本当に。 いやー もう
4人家族だと思ってたのが

2人になっちゃうと…。
そうですよね。

寂しいですね。

本当ね なんか
そこに誰かいないと…

旦那さんと2人だけに
なっちゃうと

やっぱりね。
本当です。

「ただいま」って帰っていくと

必ず2匹でやって来て
ワーッていって

うれしい うれしい うれしいって
なってたのが

誰も来ないとなるとね。
そうね。

本当に。 だから… でも まあ

せっかく ずっと散歩してたから

夫婦で 朝起きて

2人で散歩しようっていって

今 晴太郎と同じコースを

散歩してるんですけどね。

一緒にね。 まあ それでも
いいじゃないですかね。

そうですよね。
でも ご主人は犬飼うの

初めてだったんですって?
はい。

だから 相当 ショックは

大きいんじゃないかなと
思うんですよね。

みんなは… 実は 私の事よりも
うちの人の事を

やっぱり 心配してますね 友達は。
そう。

「大丈夫? 大丈夫?」って みんな
久本とか言ってくれるんで。

まあ そうやって
散歩でも2人でしてればね

だいぶ いいんじゃないですか。
そうですよね。

仕方がないもんね。
まあ そうそう そうそう。

先にいなくなっちゃうのはね。
そうそう そうそうそう。

あなたが所属してらっしゃる
WAHAHA本舗というのは

もう創立36年になるんですって?

はい。 もう こんな長く続くとは
思ってもみませんでした。

小さい だって…。

一番右の上が
林家正蔵師匠なんですよ。

あっ そうなの?
似てるなと思ったけども。

こぶちゃんの時代に…。
そうそうそう。

こぶちゃん
19歳だったかな? あの時。

あっ そうなの。
はい。

恐らく この なんていうか

人間 誰でも一度は
反抗期みたいなものがあるようで

多分 その…。
その時 入った… ここに。

お父さんの跡継ぐのにも 色々
葛藤があったんだろうなと思って

おうちに こっそり黙って
うちの劇団の

創立メンバーになっちゃって。
あっ そうなの。 うん。

あとで海老名家から
たくさん いらっしゃって

すぐに辞めさせられましたけど。
ハハハハ…。

そうなの?
はい。

そうですか。
今でも でも…。

あなた どこにいるの? これ。
私 一番左の下ですね。

ああー 左の下…
黒いの着てるの あなたなの?

はい そうです。
全然…。

えっ? 違いますでしょ?
全然違うわね なんだか。

はい。 真ん中 久本ですよ。

ええー? 久本さん?
そう 髪の毛 長い。

ええー 全然違うように見える。
ねえ。

体力的には どうなんですか?
皆さん。

いや もう みんな
60超えましたんで 大変。

そう。
もう なんちゅうかね

まずね
長時間の稽古が駄目ですね。

あっ そうなの?
疲れちゃう。

ダンスの稽古 いっぱい
うち やるんですけど

踊りがね
覚えられはするんですよ。

覚えるのは
そんなに遅くないんだけど

長く動けないんですよ。
わかりますよね。

体が動かないのと
長く続かないんですよね。

なるほどね。
ハハハ。

公演かなんか おやりになるの?
はい。

今年の5月27日から31日まで

なかのZEROホール…
ZERO 大ホールで

『王と花魁』という…。
すごいわね。 『王と花魁』?

わかんない。 そういう
不思議なタイトルを付けて…。

でも 本当に 花魁
私 やった事ありますけど

並じゃない… テレビで。
頭も重いし。

大変ですよね。
衣装も大変だし。

もう だって 写真撮影の時…
ポスター撮りの時

着たんですけど もう 本当
動けないぐらい大変で。

本当に重いですよ。
前の方に帯もあってね。

それで あれね
ゲタみたいなの履いて

歩いたの 私 こうやって。
私 意外と平気で歩いたら

みんな 「よく歩けますね」
って言われたわよ。

歩けませんよ 普通。
そうですって。

歌舞伎役者の人が いかにすごいか
よくわかった…。

毎日テレビに出てらして大変ね。
いやいや そんな事ないです。

だって テレビ見ると
あなた出てるわよ。

あらまー。 ハハハハ…。
どうも。

ありがとうございました。
(拍手)


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