偉人たちの健康診断「南極タロジロ物語」なぜ2頭だけが生き残ることができたのか?極寒の地で生死を分けた…


出典:『偉人たちの健康診断「南極タロジロ物語」なぜ2頭だけが生き残る』の番組情報(EPGから引用)


偉人たちの健康診断「南極タロジロ物語」[字]


置き去りにされた南極から奇跡の生還を遂げた樺太犬のタロとジロ。なぜ2頭だけが生き残ることができたのか?極寒の地で生死を分けた偉人ならぬ「偉犬」の秘密を健康診断!


詳細情報

番組内容

昭和34年、南極に置き去りにされた樺太犬タロとジロの生存が確認され、日本中が驚きと感動に包まれた。15頭いた犬たちの中でなぜタロとジロだけが生き残れたのか?そこには「若さ」と「寒さ」の意外な関係、そして知られざる「第3の犬」の存在があった。さらに犬たちの優れた危険回避能力や、人と心を通じ合える秘密など、最新科学で犬たちの心と体の不思議に迫る。


『偉人たちの健康診断「南極タロジロ物語」なぜ2頭だけが生き残る』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

偉人たちの健康診断「南極タロジロ物語」なぜ2頭だけが生き残るこ
  1. イヌ
  2. 南極
  3. ジロ
  4. タロ
  5. ヒト
  6. 北村
  7. 基地
  8. アザラシ
  9. ペンギン
  10. 宗谷
  11. カラフト犬
  12. リキ
  13. 訓練
  14. 危険
  15. 次越冬隊
  16. 自分
  17. 雪上車
  18. 日本
  19. フン
  20. ボツンヌーテン


『偉人たちの健康診断「南極タロジロ物語」なぜ2頭だけが生き残る』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。


昭和34年
日本中を感動の渦に巻き込んだ

2頭のイヌがいました。

カラフト犬のタロとジロです。

国家の威信を懸けた
南極観測に活躍した

犬ぞりのイヌです。

突如襲われた大自然の猛威の中

撤退を余儀なくされた観測隊。

15頭のイヌたちは
極寒の南極大陸に

取り残されてしまいます。

厳しい寒さと食糧の不足…。

生存は 誰の目にも絶望的に見えました。

ところが1年後

南極を訪れた観測隊の目に
飛び込んできたのは

奇跡的に生き延びた
タロとジロの姿でした。

謎を解くカギは
寒さと闘うための

ある特殊な細胞の
存在にありました。

更に 最新科学が明かす

イヌと ヒトとが
心を通い合わせる

不思議なメカニズムとは?

今回は 奇跡のイヌ
タロとジロを健康診断します。

♬~

健康のヒントは 歴史にあり!

♬~

日本初の南極観測隊を乗せた「宗谷」が
南極に到着しました。

「国際地球観測年」とされた この年
アメリカ フランス ドイツなど

世界64の国々が 力を合わせて
地球の観測を行うことになったのです。

第2次世界大戦の荒廃から
立ち直りつつあった日本も

本格的な国際社会への復帰を目指して
この国際事業に名乗りを上げました。

日本に割り当てられたのは

過去に ノルウェーやアメリカの探検隊が
何度も失敗した…

この難事業に まさに国の威信を懸けて
取り組むことになったのです。

最大の不安は 南極での輸送や移動の
主力と考えられた雪上車でした。

当時の日本人が誰も経験したことがない
極寒の南極の地で

果たして 国産のエンジンは
その駆動システムは

正常に動いてくれるのか…。

そこで期待されたのが
犬ぞりでした。

犬ぞりは
人類で初めて南極点に到達した

ノルウェーの探検家 アムンセンや

日本人初の南極探検を成し遂げた
白瀬 矗も使った実績がありました。

雪上車と共に 犬ぞりを用意しておけば

何があっても安心だと思われたのです。

白羽の矢が立ったのが 当時 北海道で
荷物の運搬などで活躍していた

カラフト犬です。

現在では 混血が進むなどの理由で
絶滅したとされています。

カラフト犬は 大きいもので
体重50kgにもなる大型犬で

力も強く 寒さにも強いため
うってつけだと考えられました。

早速 40頭ほどのカラフト犬が
稚内に集められ

そりを引く訓練が始まります。

京都大学で 地球物理学を専攻する

若き研究者だった 北村泰一さんは

犬ぞりを担当する 通称「犬係」となって

観測隊に参加しました。

北村さんが 訓練所で初めて会った時

タロとジロは まだ子犬でした。

手記には こう書き留められています。

こうして 半年余りの訓練を終えた
タロとジロを含む

22頭のカラフト犬たちは

北村さんと共に南極に向かいました。

観測隊が到着した1月は 南極の短い夏。

夏の間に 基地を
設営しなければなりません。

早速 安全な設営場所を調査するために
犬ぞり隊に出動命令が下りました。

大陸に隣接する島
オングル島まで 氷の上を走ります。

距離は およそ16kmと

それほど遠くはありません。

ところが 信じられない事態が起こります。

イヌたちは てんでばらばらに走り出し
そりが まともに前に進まなかったのです。

とても偵察どころではありません。

想定外の出来事は 他にもありました。

ペンギンです。

ペンギンたちは 犬ぞりを恐れもせず
チョコチョコと不用意に近づいてきます。

イヌたちは大興奮!

我を忘れて騒ぎだし
ほえたり 襲いかかったりと

大混乱に陥ったのです。

北村さんたちが いくら制止しても
全く聞く耳を持ちません。

半年に及ぶ日本での訓練は
一体 何だったのか?

北村さんたちは落胆します。

イヌたちが戸惑ったのも
無理はありません。

北海道での訓練は
道の上で行われ

周りには 目印になるものも
ありました。

しかし 南極は 見渡す限りの白い雪原。

どこをどう走ったらいいのやら…。

ヒトが出す指示だけが頼りですが

それが うまく イヌたちに
伝わらなかったのです。

また ペンギンを見て騒いでしまうのも

ヒトの指示に集中していないため
周りに気を取られてしまうことが

原因の一つだと考えられます。

つまり 問題は

イヌと ヒトとのコミュニケーションに
あったと思われるのです。

イヌは どのようにして ヒトと
コミュニケーションをとっているのでしょうか?

こちらは 北海道 遠軽で

冬の間に行われている
犬ぞりツアーの様子。

イヌたちは ヒトの掛け声で
走ったり止まったりと

自由自在に そりを引いて走ります。

よく見ると イヌたちは 時々振り返って

御者を見ていることが分かります。

そりが止まった時も
振り返って 御者を見ています。

まるで なぜ止まったのか これから
どうするのかを探るような表情。

御者の村林さんに

イヌと
コミュニケーションする極意を聞いてみました。

(村林)そこを やっぱり一つ目安にして。

声もそうだし 動き全てに そういうような
要素を もう ちりばめとくっていう。

特に 群れの先頭を走るリーダー犬が

後ろを振り返ると

村林さんは 感情を 殊更 表に出して

イヌたちに 自分の意志を伝えます。

イヌは それを見て
指示を理解し 行動するのです。

言葉が分からないイヌたちが
ヒトの意志を理解するためには

ヒトの…

近年の研究で イヌは ヒトを見るだけで

驚くほどの情報を
読み取っていることが分かってきました。

菊水先生のグループは 飼い主と
その飼い主を見ているイヌの心拍から

緊張の度合いの変化を調べました。

イヌから飼い主が見える状態で

飼い主に 暗算や難解な文章の説明を
してもらいます。

飼い主の心拍は
緊張とリラックスを繰り返しながら

推移していくのが分かります。

興味深いことに それを
見ているイヌの緊張の度合いもまた

同じように推移をしたのです。

飼い主が
緊張すると

それを見ているイヌも
同じように緊張。

飼い主が
リラックスすれば

イヌもまた
リラックスしています。

私たちが やったものは
共感といわれるものの中でも 情動伝染

飼い主さんの気持ちが
イヌに分かって うつっていくかと

同じような気持ちになるか
というのを調べました。

…ということが分かりました。

実験で明らかになったのは

イヌは 飼い主を見ているだけで

その心の動きを

即座に感じ取ることができる

共感能力が極めて高い
動物であるということ。

例えば 飼い主が
あくびをすると

それを見ていたイヌも
つられて あくび。

イヌは ただヒトの感情を
理解するだけでなく

まるで伝染するように
自分も同じ感情を持ちます。

これを 情動伝染といい

動物の中でも
特にイヌは この能力に優れています。

つまり イヌが ヒトの言うことを聞くのは
単に命令に従っているのではなく

ヒトが 「こうしてほしい」と思っている

その気持ちを
察して

自分も
同じ気持ちになり

ヒトの期待どおりの行動を
したくなるためだと考えられます。

「自分の気持ちを理解してくれる」。

その意味で イヌは
まさに ヒトにとって

パートナーともいえる存在なのかも
しれません。

(ほえ声)

しかし
いくら共感能力が高いとはいえ

時にヒトの言うことを全く聞かなくなり

コントロール不能な状態に
陥ってしまうこともあります。

ペンギンを見て
大混乱に陥ってしまうのも そう。

それは ふだん どんなにおとなしい
イヌでも起こりえるといいます。

目の前に 餌かもしれないと思って
動く小さなものがあれば

それに対して あんまり考えず
躊躇せずに飛びついて

食べちゃおうとするという行動が
発現するんですね。

それを捕食性の攻撃行動と
いうんですけれども。

イヌは 餌になるかもしれないと
思ったものを見ると

突如 「本能のスイッチ」が
入ります。

すると イヌの体内には

興奮物質のアドレナリンや
快感物質のドーパミンが分泌。

周囲が見えなくなり

本能に突き動かされるまま
襲いかかってしまいます。

赤ちゃんのような。 そういう動きがあると
つい動いてしまいます。

一たび本能のスイッチが
入ってしまったら

どんなに飼い主が制止しても

もはやその声は イヌには届きません。

こうしたイヌの行動は 本能である以上

完全になくすことは できませんが

ちょっとした工夫で
避けられる場合もあるといいます。

まずは向こうに対して集中しているのを
注意をそぐ

興味をそらすためのシグナルを入れます。

怖がらせるほどの大きなものではなくて
いいんですね。

注意が自分の方に戻せるレベルの音を
出してあげる。

ペンギンがいても
本能のスイッチが入らないよう…

目印のない雪原で
ヒトの指示だけで
そりを動かす。

そのためには
結局のところ
イヌとヒトとの間で

いかに信頼関係を築くかが
重要となってくるのです。

南極で 犬ぞりの訓練に明け暮れていた
このころの北村さんには

そんなことは思いも寄りませんでした。

後に こんなことを手記に記しています。

イヌとのコミュニケーションが
なかなかとれないまま

北村さんたちの訓練は続きます。

当時の記録映像が残っています。

群れの先頭を北村さんが走り

タイミングを見て ストップします。

イヌたちが止まることなく

そのまま走り続けることを
ねらっての訓練でしたが

イヌたちは 途中で
走るのをやめてしまうのです。

こうして 来る日も来る日も
訓練は続きました。

ある日のこと そんなイヌたちとの関係を
大きく変える出来事がありました。

イヌとしては高齢の7歳のテツが

群れから遅れ始めました。

北村さんは テツを どなり散らします。

こう言って テツを鎖から離すと
テツは上目使いに北村さんを見て

とぼとぼと もと来た道を
ひとり引き返し始めました。

このままでは テツは
はぐれて死んでしまう。

それは カラフト犬は
棒で殴って言うことを聞かせろ

と教えられた北村さんにとって
大きな転機となる出来事でした。

南極に来て3か月。

北村さんと イヌたちは ようやく

苦楽を共にするパートナーとして
動き始めました。

厳しい冬の足音は
もう すぐそこまで迫っていました。

♬~

厳冬期の南極は -50℃の気温と
猛烈なブリザードのために

基地に籠もって観測活動をする

冬ごもりの時期。

雪上車にも 犬ぞりにも
大きな仕事はありませんでした。

そして 10月。

南極に春の訪れが近づくと

ついに
犬ぞりに大きな出番がやってきました。

今回の南極観測の最も大きな目標の一つ

ボツンヌーテンへの
調査旅行です。

ボツンヌーテンは
基地から およそ200km離れた山。

この山と 更に
そのかなたに広がる

人跡未踏の地域の
正確な地形などを

およそ1か月かけて
調べようという探検です。

当初 この調査には
雪上車が投入される予定でした。

ところが 頼みの雪上車は
思ってもみない状態に陥っていました。

南極の厳しい寒さのために
ガソリンに含まれる微量の水が凍結。

至る所に詰まって
エンジンが止まってしまうのです。

厳しい南極の冬は 雪上車に
深刻なダメージを与えてしまったのです。

ボツンヌーテンに行くイヌは 15頭。

最年長のリキ そして
タロとジロも メンバーに選ばれ

そりを引くことになりました。

ボツンヌーテンへの道には
大きな難関が待ち構えていました。

円丘氷山群。

50mから100mにも及ぶ氷山が連なる

雪と氷の丘陵地帯です。

重い荷物を引くイヌたちは この雪深く
アップダウンの激しい地帯を

無事 乗り越えられるのか…。

イヌたちは 深さ50cmの雪に埋もれながら
500kgもの重荷を引いて坂を上りました。

ボツンヌーテンへの旅は
危険と隣り合わせの旅でした。

一見 何の変哲もないこの雪原。

実は 至る所に 氷河や
海氷の割れ目が隠れています。

この割れ目に気付かず 落ちてしまえば
命を危険にさらしかねません。

他にも パドルと呼ばれる水たまりなど

さまざまな危険が待ち受けていたのです。

そんな中 犬ぞりで旅をすることには
大きなメリットがあったと考えられます。

それは イヌの
危険察知能力。

例えば こちらの動画。

突然 イヌが走って逃げ出しました。

すると…。

地震です。

地震を いち早く察知したイヌ。

イヌは 人間が気付かないような
危険の兆候を

素早く察知できることが知られています。

その詳しいメカニズムは
まだ十分 解明されていませんが

イヌの優れた
五感の力が

役立っていると
考えられます。

まず注目すべきは
イヌの嗅覚。

こちらは 雪崩救助犬の映像です。

救助犬は 嗅覚を頼りに 雪の下深くに
埋まったヒトを捜し出します。

…ともいわれています。

この敏感な嗅覚で
氷の割れ目の底から流れ出す

地面や海水などのニオイを
察知できる可能性があるといいます。

ただ それの欠点というのが…

そういう場合は
危険な目に遭うことになります。

更に イヌの
鋭敏な聴覚も

危険察知に役立つと
考えられます。

雪の積もった庭で
ボール遊びに夢中のワンちゃん。

突然 何かを感じたようです。

もう一度。

結局 少し雪をかぶってしまっているのは
ご愛きょうですが

雪が落ちる寸前の音を
聞き取っていたようです。

(ほえ声)

イヌの聴覚は
ヒトの2倍以上あり

更に ヒトには
聞こえない…

風の強い南極では 氷の割れ目の周辺で
人間には分からない微妙な音が鳴り

イヌは それを察知できるといいます。

割れ目のとこって やっぱり 空気が
必ず出入りしてるはずなんですね。

細いところを空気が通りますから。

…ということは考えられます。

イヌ科の動物で 特に
北極圏に住むものっていうのは

積雪をして 1m2mある雪の中をですね
僅かに動くネズミの音を聞き分けて

そのネズミを 上からジャンプして
捕まえることができるので

相当 聴覚は いいと思います。

危険に満ちた南極での旅。

イヌたちの優れた五感の力は

そうした危険の回避に
大いに役立ったことでしょう。

出発から12日後。

ついに 犬ぞり隊は
ボツンヌーテンの麓に到達します。

こうして犬ぞり隊は およそ1か月に
わたった調査旅行を無事に終え

基地に帰還しました。

その後も 犬ぞりは
次々に大きな任務を任されます。

第1次越冬隊で
犬ぞりが踏破した距離は…

一方の雪上車は
4台 合わせても…

日本初の南極観測において
犬ぞりは大きな役割を果たしたのです。

♬~

ヒトと イヌが力を合わせた
日本の第1次南極観測。

越冬中に
メスのカラフト犬 シロ子は

8匹の子犬を産みます。

日本初の南極基地での
新しい生命の誕生に

隊員たちの心も和みました。

1年計画だった最初の南極観測が

終わりに近づきました。

間もなく 第2次越冬隊が
交代要員として やって来ます。

ところが 第2次越冬隊員と物資をのせた
宗谷が 南極に近づいた時のこと。

信じられないような事態に見舞われます。

この年 南極は
史上まれに見る悪天候で

12月の末から
ブリザードが吹き荒れ

宗谷をはじめ 世界各国の船が
氷に閉じ込められてしまったのです。

1か月以上をかけて
なんとか脱出した宗谷でしたが

スクリューの一部を破損してしまいます。

砕氷能力が大幅に低下した宗谷は

アメリカ海軍の砕氷艦
バートン・アイランド号に導かれて

なんとか南極へ。

限界まで近づいたところで
飛行機を飛ばし

まず 第1次越冬隊を回収。

そのあとに 交代の第2次越冬隊を
送り込む作戦です。

イヌたちは 引き続き観測に参加するため
基地に留め置かれました。

北村さんも ひとまず 日本に連れていく
子犬を抱いて 飛行機に乗り込みました。

続いて 第2次越冬隊のうちの3人を
基地に送り込みました。

ところが ここで 天候が急速に悪化。

飛行機が飛ぶのも
難しくなってしまいました。

翌日も悪天候は続きます。

天候の回復を待とうとしていたところ

頼みのバートン・アイランド号から
通告がありました。

「このままでは 2隻とも
氷に閉ざされて動けなくなる。

今すぐ脱出するから
基地にいる隊員を回収せよ」。

[ 心の声 ]
そ… そんな! イヌは どうなるんだ。

飛行機は 飛ばせても あと1回。

重量オーバーのため とても
イヌたちまで乗せることはできません。

しかし スクリューを破損し

バートン・アイランド号の後ろを
ついていくしかない宗谷に

選択肢は ありません。

取り急ぎ飛行機を飛ばして
基地にいる3人を回収し

天候が回復ししだい
改めて 第2次越冬隊を送り込み

イヌたちと合流することにしました。

悪天候をついて飛んだ飛行機は

それでも ギリギリまで燃料を捨てて
3人の隊員のほかに母犬 シロ子と

南極で生まれた子犬たちを
なんとか宗谷に運びました。

他のイヌたちは
基地の外で鎖につながれ

当面の餌を与えられた状態で
待つことに。

[ 心の声 ] (北村)みんな待ってろよ。

必ず助けに行ってやるからな。

依然として悪天候が続く中 宗谷は
バートン・アイランド号に導かれ

ひとまず氷のない安全な海域まで脱出。

天候の回復を待って
ひたすら待機を続けました。

しかし 来る日も来る日も
悪天候は続きます。

連日 吹き荒れる猛吹雪。

一日 また一日と時がたち

そして 運命の2月24日。

その日も 吹雪でした。

悪天候は なんと 12日間も
休むことなく続いたのです。

厳冬期には -20℃の日が続き

時には -40℃を下回る極寒の地に

イヌたちは取り残されてしまったのです。

♬~

東京タワーが完成し 戦後復興を
成し遂げた 昭和33年の11月。

宗谷は 東京・日の出桟橋から南極へ向け

3度目の航海へと旅立ちました。

それは イヌたちが置き去りにされてから
およそ1年後のことでした。

この第3次越冬隊の中には
北村さんの姿もありました。

[ 心の声 ] (北村)せめて
残してきた犬たちを弔ってやりたい。

2か月後 昭和基地近くの氷に
接岸した宗谷は

今回の観測から取り入れた
ヘリコプターを飛ばします。

基地の上空にさしかかった時

隊員たちの目に
思わぬ光景が飛び込んできました。

これが その時の実際の映像です。

真っ黒い毛むくじゃらの動物が
座っているように見えます。

♬~

隊員たちは 色めき立ちました。

イヌです。

イヌが生きていたのです。

[ 心の声 ]
(北村)イヌが生きていただって!?
一体どのイヌだ!

知らせを聞いて北村さんは
急ぎ 基地へ向かいます。

残された15頭のイヌのうち
生き残っていたのは

一番若かった タロとジロの兄弟でした。

タロジロを含め
首輪から抜けたイヌは 8頭。

そのうち6頭は
どこかへ行ってしまい

生存は絶望的でした。

残りの7頭は
鎖につながれたまま

息絶えていました。

南極の厳しい自然を
奇跡的に生き抜いたタロとジロ。

そこには 人間にも共通する

ある体のメカニズムがあったのです。

タロとジロは
イヌたちの中で最年少の兄弟。

1歳の青年期に南極にやって来ました。

この若さこそが 南極の寒さに耐えられた
理由だと考えられるのです。

ヒトを含め 一般に動物は…

その原因は 「褐色脂肪」にあります。

私たちの体の中には

白色脂肪組織と
褐色脂肪組織という

2種類の
脂肪組織があります。

対照的な役割を持っています。

脂肪を燃やして熱に変える機能を持つ
褐色脂肪。

その量は 年齢によって変わります。

こちらのグラフは 褐色脂肪を
もっている人の割合を

年齢別に調べたものです。

20代では半分以上の人が
褐色脂肪をもっていたのに対し

60代の人は ほとんど
もっていません。

これは…

…からです。

そのため 年をとるほど
寒さに弱くなるのです。

若いタロとジロは 他のイヌに比べて…

…と思われます。

そのため 凍死を免れることが
できたと考えられるのです。

更に 「若さ」が命を救ったと考えられる
理由は 他にもあります。

1歳にもならないうちに日本を離れ
南極にやって来たタロとジロにとって

自分たちの家は 昭和基地でした。

そのため 首輪を抜け
自由になったにもかかわらず

基地から離れることは ありませんでした。

昭和基地は 厳冬期でも -40℃程度と

南極大陸の中では 比較的 温暖な場所。

それに対し 内陸部は -70℃を下回り

凍死の危険性は
比較にならないほど高まります。

若くして
昭和基地に やって来たがゆえに

基地を自分たちの家と考え
とどまったことも

生き延びることに
つながったと考えられるのです。

しかし 若さだけでは
解決できないものがあります。

まず 考えられるのは
ペンギンです。

タロとジロが置き去りにされた2月は
南極では 夏から秋。

基地周辺には ペンギンの群れが
しばしば やって来ます。

簡単に捕まえられるペンギンは

うってつけの食糧になったと
考えられます。

秋が深まる 5月。

基地周辺の氷が厚くなると
ペンギンは消え

20kmほど離れた群生地に移動します。

後の調査で そこにイヌの足跡が

多数残っていることが分かりました。

タロとジロは この場所に
ペンギンがいることを知って

ここまで来ていたようです。

6月。

日中も太陽が昇らない「極夜」が続き
本格的な冬が始まります。

特に なんか 生き物の気配が
全く消えてしまいますし

しかも気温も低いし 気象条件も
そんな良くないっていうのは

まあ 非常に厳しい…

いるのは たまに見かけるアザラシだけ。

基地の周辺には アザラシが越冬する
場所も 何か所かありました。

しかし 体重400kgを超えるアザラシを

イヌが1頭や2頭で狩るのは無理です。

運良く死んだアザラシなどを
見つけられれば

それは 貴重な食糧になったと
考えられますが

それほど期待はできません。

そんな状況の中…

その謎を解明するヒントが

タロとジロの ある行動にありました。

生きていた2頭に 隊員たちが
好物のクジラの肉をあげてみると…。

それをくわえて持っていき
ある場所に埋めたのです。

掘り返してみると 出てきたのは
アザラシやペンギンの骨でした。

食べられそうなものを
ここに埋めて貯蔵し

後から掘り出しては
食べていたようなのです。

アザラシ ほんとに
たまたま1頭取れれば

皮下脂肪とか そういうものを
かき集めて どっかに隠しといて。

腐ることはなくて
そのまま凍って…

そういう厳冬期の乗り方
乗り切り方なら

ありえるかもしれませんけども。

それでも 真冬の食糧事情は
やはり苦しかったようです。

それを物語るものが見つかりました。

タロとジロが
食べ物を埋めていた場所には

大量のアザラシのフンが
大切に埋めてあったのです。

どうやら アザラシのフンを拾い集めて
食べていたようなのですが

こんなものが食糧になったのでしょうか?

アザラシのフンの中に入ってるものは

これが イカのくちばしですね。
これ 何個体分か 入ってるんですけども。

これが オキアミの殻ですね。

よく見ると 尻尾の部分とか
背中の部分ですね

そこの殻が
消化されずに残って

フンの中に出てきたって様子が
分かります。

あと これが魚の骨ですね。

これ恐らくコオリイワシっていう
種類の魚だと思います。

フンだけで 厳冬期を乗り切るっていう
のは 難しいんじゃないかなと思います。

食糧の乏しい冬は

時折 手に入るアザラシなどを
大切に貯蔵して食いつなぎ

ほとんど栄養のないアザラシのフンを
腹の足しにして

飢えを しのいでいたようなのです。

それは 恐らく ギリギリの生活。

冬が終わる9月ごろには

タロもジロも かなり
消耗していたでしょう。

生死の境をさまよい

ただ若さと体力だけで
命を支えていたのかもしれません。

2頭が生き残ることができた
もう一つのカギが見つかりました。

1頭の犬が息絶えているのが
基地の敷地で 見つかったのです。

行方不明になっていた…

最年長だったリキは
首輪を抜けても逃亡することなく

タロやジロと一緒に
基地に とどまっていたのです。

このリキの存在が大きかったと
北村さんは考えています。

タロとジロが
幼い頃から面倒を見ていたリキ。

リキが タロとジロに 食べ物の
在りかなどを教えたのではないかと

北村さんは考えています。

実は リキは
北村さんたちといる時に

一度 首輪を抜けて キャンプ地から
失踪したことがありました。

数日後 ひょっこり
無事に基地に帰ってきたリキは

その時に 基地の周囲の状況を
頭に入れたのではないかといいます。

もう若くなかったリキは

食糧も絶え絶えとなる中

力尽き 息絶えてしまったのです。

奇跡の生還を遂げた タロとジロは

その後 第3次越冬 第4次越冬にも
参加して

そりを引きました。

ジロは 第4次越冬中の昭和35年7月に
病気で息を引き取ります。

タロは ジロが亡くなった
翌年の4月に

南極での仕事を終えて
日本に帰還。

北海道で 平和な
余生を過ごし

9年後の
昭和45年8月に

15歳で 天寿を
全うしました。

その後 南極の環境保全のために
動物の渡航が禁止となり

犬ぞりは姿を消しました。

♬~

全国各地に建てられた タロ ジロ

そして 南極で命を落とした
カラフト犬たちの像。

今は 訪れる人も まばらです。

タロとジロが見つかって 60年余り。

その物語は これからも

語り継いでいくべき
記憶なのかもしれません。

♬~


関連記事