先人たちの底力 知恵泉「挑戦を止めるな!井原西鶴~“変人”の成功術~」江戸時代、色恋の道にまい進する男の物語を…


出典:『先人たちの底力 知恵泉「挑戦を止めるな!井原西鶴~“変人”の成功術~」』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉「挑戦を止めるな!井原西鶴~“変人”の成功術~」[解][字]


江戸時代、色恋の道にまい進する男の物語を執筆、大ヒットさせた井原西鶴。変人扱いされながら、タブーを突き破り、庶民のための物語を発明したと言われる西鶴の成功術とは


番組内容

時代を変えるイノベーションは、いつもはみ出し者が起こしてきた。3百年前、江戸時代の井原西鶴がそうだった。西鶴は、タブーを突き破り、一生を色恋にかけた男の物語『好色一代男』を出版、大ヒットさせ、庶民に「物語を楽しむ」という文化を根付かせるきっかけを作った。今回、西鶴の知恵を読み解くのは、300万円の製作費で30億円もの興行収入を稼ぎだした前代未聞の映画『カメラを止めるな!』の監督、上田慎一郎さん。

出演者

【出演】映画監督…上田慎一郎,壇蜜,早稲田大学教授…中嶋隆,【司会】新井秀和


『先人たちの底力 知恵泉「挑戦を止めるな!井原西鶴~“変人”の成功術~」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

先人たちの底力 知恵泉「挑戦を止めるな!井原西鶴~“変人”の成
  1. 西鶴
  2. 自分
  3. 俳諧
  4. カメラ
  5. タブー
  6. パブ
  7. 変人
  8. 時間
  9. 知恵
  10. 矢数俳諧
  11. 井原西鶴
  12. 一代男
  13. 好色一代男
  14. 先生
  15. 当時
  16. 江戸時代
  17. 今日
  18. 世之介
  19. 大坂
  20. イベント


『先人たちの底力 知恵泉「挑戦を止めるな!井原西鶴~“変人”の成功術~」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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「私って変わってるかも…」と思っている
そこの あなた! 必見です。

は~っ!

こんばんは~。

あら?
あっ こんばんは。 あ… ああ~。

何されてるんですか? こんな散らかして。

いやいや…。 いや 営業中ですよ。

うそ~。 いらっしゃいませ。
何か お取り込み中だよね。

ねえ。 何読んでたんですか?
ちょっと失礼しようかな。

いや 待って待って…!
いいですかね 何か読んじゃってるし。

大切なお客様ですから!
どうぞ どうぞ どうぞ…。

本当? 袋とじ?
うっ… 痛いところを突かれたな。

何ですか? それ。
実は これなんですね。

あ~。
「好色一代男」。

営業中に?
まあ お客さんいなかったから
いいかなと思って…。

まあ 江戸時代のね
作家 井原西鶴の代表作ですけれども

そういえば お隣にいらっしゃる
こちらの方は

井原西鶴の研究をされている

早稲田大学の中嶋 隆先生では
ありませんか。      えっ 誰?

いや 先生です! 先生 先生!
先生です。

先生の今日の格好も なかなか…。

最初 「静かなるドン」が
来たのかと思いました。

私服だっていうから
びっくりしましたけれども。

まあ 何て言いますかね 服装で物事を
判断しちゃいけないっていうのが

西鶴が言ってることですから。
心を見なきゃいけない。

なるほど なるほど。 今日は
2人 もう おそろいになりましたから。

座っちゃいましたもんね 先生。
ねえ。

井原西鶴の知恵を
味わってまいりましょうか。   はい。

江戸幕府が開かれてから80年余りあとの…

日本文学史に革命を起こす
ベストセラーが生まれます。

その名も「好色一代男」。

描かれているのは 生っ粋のプレーボーイ
世之介のド派手な恋愛遍歴。

7歳にして恋に目覚め
女中に人妻 遊女まで…。

この自由奔放に生きた男の一代記は
大きな話題を呼び

たちまちブームとなります。

作者は…

俳人の松尾芭蕉

浄瑠璃や歌舞伎で有名な

近松門左衛門らと共に

元禄文化を代表するクリエーターです。

恋愛ものだけでなく

武家もの 経済ものなど
多様なジャンルでヒットを飛ばし

それまでの日本にはなかった
娯楽小説「浮世草子」を確立しました。

超ヒットメーカー 西鶴とは
一体 どんな人物だったのでしょうか?

その素顔を語る史料は少なく
謎に満ちていますが

一つ断言できることがあります。
それは…。

彼が 相当な変人だった
ということ。

平安時代から延々と守られてきたタブーを
いとも簡単に無視。

24時間ぶっ通し 一人でしゃべりまくる
前代未聞のパフォーマンス。

あ~ もういっちょいこうか!

西鶴の創作活動は 当時では考えられない
型破りなものでした。

今回 西鶴の知恵を読み解くのは…

撮影は続ける! カメラは止めない!

代表作「カメラを止めるな!」。

制作費 たったの300万円。

ジャンルは ゾンビもの。

出演者は 全員無名俳優。

更に 37分にも及ぶ
驚異のワンカット長回し。

そんな変わり種の作品が
口コミで評判を呼び

全国でメガヒット。

制作費の1, 000倍 30億円を超える
興行収入をたたき出します。

「カメ止め」という言葉が
流行語大賞にノミネートされるなど

一躍 社会現象となりました。

独自路線を突き進む
今 最も注目される若手映画監督です。

大流行を作った変人 西鶴の知恵を
上田さんは どう読み解くのでしょうか。

…と まあ
変人 井原西鶴ということですけど。

どうですか 壇蜜さん自身は

今回 井原西鶴を
変人っていうふうに言ってますけど

ちょっと変なところとかって
あったりするんですか?

何だろう? 何だろう…
松ぼっくりが好きなところとか。

松ぼっくりが好き?
松ぼっくり 好きです。

松ぼっくり 拾おうとしますね。
40近いのに。

(笑い声)

それが 変かどうかは
分からないんですけど。

ただ この井原さんは
つながってるじゃないですか

その 職業とか。
こんばんは。

おおっ! こんばんは。
こんばんは。

やってますか?  あっ 噂をすれば。
噂をすれば。 いらっしゃいませ。

やってます やってます。 どうぞ どうぞ!
開いてますか?

やってないように見えて やってます。
やってますか?                  はい。

せっかく2人で話してたのに。
ねえ イチャイチャしてたんですけど。

イチャイチャしてたんですか?
イチャイチャしてました。

大丈夫ですか 外しましょうか?
いや 大丈夫です!

お客さんは大切なんで この店。
改めて 映画監督の上田慎一郎さん。

いらっしゃいませ。
はい よろしくお願いします。 こんばんは。

上田さんといえばね
「撮影は続ける! カメラは止めない!」。

めちゃくちゃ下手くそじゃないですか。
(笑い声)

すごい が… 頑張った。
すみません これで精いっぱいです。

なるほど。 ギリギリ聞き取れましたけど。
あっ そうですか?

ありがとうございます。 まあ この
私の拙いモノマネは何だったかというと

映画のね
「カメラを止めるな!」でしたけれども。

まあ 今回はね
変人 井原西鶴ということで

あえて ちょっと この映画も
ちょっと変わってるんじゃないのかな…。

(新井 壇蜜)「カメ止め」。
流行語になりましたね。

ありがとうございます。
でも 何かね

これだけ こう
人気が出たわけですけれども

もともとは 大きなマーケットを
意識したわけではないと。

そうですね。
新人の監督と新人の俳優たちで

ワークショップ 演技レッスンを経て
1本の映画を作って。

で 6日間だけ お披露目上映をして。
6日!?

はい。 で よく出来たね 終わりっていう
企画だったんですよ。

じゃあ 最初は 発表会を6日間やるよ
っていうイベント的な?

そうです。 それだけが決まってて
そこで話題になれば

劇場公開できるかもしれないけど
っていうような。

いやいや 話題どころか。
ねえ!        社会現象じゃないですか!

そうですよね。 監督は
ヒットした最大の理由っていうのは

何が原因だと?
まあ よく聞かれますし

さまざま それは
いっぱい複数あると思うんですけど

やっぱり 口コミだと思いますね
一番大きいのは。

それも 噂として広まっていって。

「一代男」という作品
これから出てくると思いますけども。

お~ すごい…。
だから 西鶴ではないかと思ってるんです。

あれ 現代の!? 令和の西鶴?
ちょっと待って下さい。 おこがましい…。

一つにはね まずタイトルの斬新さ。

それから 何よりも笑いですよね。

その笑いっていうのは
単純な笑いではなくて

人間観察が
非常によくできている笑いですよ。

だから複雑な笑いになってるんですよね。
これも「一代男」です。 すごく似てる。

で 僕ね 前からお会いしたいと思ってた。
ありがとうございます。

念願の。
今日は ちょうどいいタイミングで。

でも 僕は 今回呼んで頂いて
初めて知ったんですよ。

江戸時代に エンターテインメントを
作っていた人がいるということを知って

すごく興味を引かれて 来たんですよね。

今日は そんな西鶴の変人ぶりをね
見ていこうと思うんですが

こんなメニューをご用意いたしました。
こちらでございます。

どういうことですか?
あの まあ 「さあ! イカくん… せい…

乾きもの…」。 さいかく… かわりもの。

(笑い声)
優しい目で 優しい目で見てあげて下さい。

西鶴 変わり者。
乱暴にも程がありますね。

すごいですよね。
何でもいけるやろって感じしますよね。

でも 一生懸命…。
涙ぐましい努力が。 考えたんです。

そうなんです。
ちょっと最近 店の経営が厳しいもので

これしか用意できなくて すみません。

でもさ ご店主の知恵 サイカク…
才覚(西鶴)でもって

視聴率 伸ばせばいいじゃない。
そうですね。

かぶせてきた。
ダジャレにダジャレで!?

西鶴の頭角に驚がくですよ!
えっ ちょっと何か すごい…。

ヘイ ヨー!
え~ 韻踏んでる!? え~ ちょっと…

なかなか
出しづらくなっちゃったんですけど

今日 これで勘弁して下さい。

久々に見た。
確かに
何か ちょっと懐かしさがありますね。

じゃあ これをさかなに
早速1つ目の知恵 見ていきましょうか。

江戸時代の初めに起こった
徳川家 対 豊臣家 最後の戦い…

この戦で
大坂は 焼け野原になってしまいますが

江戸幕府は 大坂を新興都市にすべく
街を整備し 土地の税金を免除。

この政策で各地から集まった人々によって
復興が進みます。

大坂の陣から
半世紀以上が経過した頃には

日本経済の中心地として栄えていました。

大坂の活気を支えていたのは
何と言っても 商人。

読み書き そろばんに精通し

経済的にも余裕のある商人が
どんどん増えていきました。

商人たちは それまで貴族や武士など

上流階級の文化だった読書にも
親しむようになっていきます。

そんな時代に 机に向かって
一心不乱に書き物をしている男。

大坂のベストセラー作家 井原西鶴です。

作家デビューは 41歳。

人生50年といわれていた時代ですから
ちょっと遅めのデビューです。

それまでの人生に紆余曲折がありました。

寛永19年
大坂の商家に生まれたと伝わる 西鶴。

15歳の頃 夢中になったものがありました。

俳諧は もともと貴族や武士の文化だった
連歌をアレンジしたもの。

江戸時代 風流な商人たちの間で
はやっていました。

俳諧は 数人で順番に句を詠み
それをつなげていきます。

例えば 最初の人が五七五で…。

…と詠みます。

次の人は この句に
 七七で続けます。

梅の花を
中国の着物に例えたり

柳を貴族の室内装飾品
垂れぎぬに見立てたりするなど。

おのおのが句に工夫を凝らすことで
一座の雰囲気を盛り上げていきます。

21歳になった西鶴。

まずは 伝統を重んじる一派に入門します。

ところが 西鶴は

一座の和を乱しかねない句ばかりを
詠んでいました。

例えば 桜をテーマにした場合。

これは
「かわいそうな桜。

伐採されて
印刷用の版木にされ

すられてしまう」
という意味。

華やかさの象徴である桜を

美意識とは相いれない道具に
結び付けてしまったのです。

とっぴすぎる作風のため

伝統派の俳諧仲間から
変人扱いされてしまい

あげくの果てに
こんなあだ名を付けられます。

阿蘭陀西鶴。

俳句に関する多くの著書を持ち
近世の俳句を研究する…

阿蘭陀西鶴という あだ名には
深い意味があると考えています。

伝統派の人からしてみるとね。

「阿蘭陀」そのものは
西洋人に対する偏見というかね

そういったところから
出てきていると思うんですけれども

まあ それは ただ単純に

さげすんでるとかって
いうことではなくて

そこには やっぱり 異文化に対する

畏れみたいなものがあって。

そういう2つの両面が

あったんじゃないですかね。

32歳の時
所属する一門が句会を開いたのに

西鶴は呼ばれませんでした。

なかなか頭角を現すことができない…。

西鶴は 不満を募らせていきます。

更に2年後
私生活でも窮地に立たされます。

幼なじみだった最愛の妻が

3人の子供を残して
病死してしまったのです。

西鶴は 妻の追善句を詠みます。

「少年」とは 幼子の意味。

「こんなに早く死ぬとは
思わなかったのに

妻は逝ってしまった。

三人の子供たちにとっては

母を惜しむ春に
なってしまった」。

西鶴の嘆き悲しむ様子が
伝わってくる句です。

この日をきっかけに 西鶴の人生が
大きく動いていくことになります。

妻を亡くした年の冬。

西鶴は 家業を奉公人に譲り 剃髪します。

ということは 出家?

いいえ 専業の俳諧師になる覚悟を
固めたのです。

「今までは 出る杭だったから打たれた。

ならば いっそ 出すぎた杭になってやれ」。

西鶴は 前代未聞のイベントを仕掛けます。

当時 24時間 矢を射続け

お堂を通して
的に当たった数を競う

大矢数という
スポーツイベントが人気でした。

西鶴は これに着想を得て

1人で 24時間
句を詠み続けることにしたのです。

その名も…

舞台となった寺には
物珍しさで観衆が詰めかけました。

ここで西鶴は
変人ぶりに拍車のかかった句を

思う存分 詠みます。

(笑い声)

「泥棒が来たと思って

親子で寝たふりを
していたら

泥棒ではなく

娘に夜ばいに来た
男だった」。

「初めて来た
遊郭で

『変わった恋の話はあるかい?』と尋ねたら
返ってきた答えは

『昨日も 心中した
ばか者がいたよ』」。

伝統的な美意識にとらわれず

下世話な笑いを追求した西鶴の世界観は
観衆に大ウケ。

西鶴は 24時間で1, 600もの句を詠み

2か月後には
全ての句を収録した本まで出版します。

この活躍は 噂となって全国に広がり

俳諧師 西鶴の名を轟かせました。

1, 600という記録に
日本中の俳諧師が挑戦。

矢数俳諧は 大流行となっていきます。

そんな中
仙台の大淀三千風が

2, 800句という記録を樹立。

矢数俳諧の創始者 西鶴としては
当然 黙っているわけにはいきません。

2度目の矢数俳諧。

噂が噂を呼び
数千人の観衆が集まりました。

句を詠みまくる西鶴。

目指すは 4, 000句。

とめどなく湧き出る言葉を
片っ端から句にしていきます。

西鶴の口は いっときたりとも休みません。

単純計算で 20秒に1句。

人間業とは思えないペースに

記録係も追いつくのが やっと。

24時間後
見事 4, 000句を詠みきってみせました。

全てを西鶴が務めた
オール西鶴のイベント 矢数俳諧は

大成功で幕を閉じます。

「出すぎた杭」となった西鶴の
創作意欲を止めるものは

もうありませんでした。

このころ西鶴は 更なる挑戦に
取りかかっていたと考えられています。

それは 後に文学史を変えることになる

いわば 日本初の娯楽小説
「好色一代男」の執筆でした。

もう 杭じゃなくなってますね。
出すぎちゃって。

出すぎちゃって 杭どころじゃないと。

すごいですね…。 あんな江戸時代に

ちょっと
漫談お笑いライブみたいなことを

やってたっていうことが…
びっくりしましたね。

ヤカズハイカイ?
矢数俳諧。

20秒に1句って ちょっと考えられない…。
1分で3つ?

聞いて 書いて… 間に合わないですよね。
でもね それだけじゃないんですよ。

西鶴 そのあとにね
なんと 2万3, 500句やるんですよ。

え~っ?
えっ?                2万3, 500句。

…を 24時間で?
24時間で。

奇人変人の域を超えてますよね。
そんなに早く しゃべれますかね?

そうそう。 だからね 聞く方も

聞き取れなかったんじゃないかと
思うんですけどね。

どこが句の終わりか ちょっと
分かんない時とか 絶対あったと思う…。

しかも 何か すごいですね。
閉じられてた俳諧でしたっけ?    ええ。

…っていうのが
すごいなって思いましたけどね。

自分の俳諧を
「軽口 大笑いの俳諧」って言うんですよ。

だから 最初から笑いの俳諧なんですね。

あの~… まあ 古い俳諧は やっぱり
美意識に こだわるんですけど

西鶴の俳諧というのは
もう その当時の風俗を

口語でもって… ふだん使ってる
言葉でもって どんどん詠んでいく。

しかも 連句というのは 俳諧というのは
元来 複数の人がやるんですね。

それを 1人にして 1人がやって
あとは観客ですよ。

それを 西鶴は
組織的に イベントとしてやった。

しかも 本を出しちゃう。
さっき 先生がね

上田監督と ちょっと似てる部分がある
なんていうふうに

おっしゃってましたけど。
でも 何ですか 上田さん その…

西鶴も まあ 噂によって
こう 矢数俳諧の噂が広まった…。

「すごいらしいぞ」って。
ねえ。

そこって ちょっと こう
「カメラを止めるな!」と似てるかなって。

そうですね。
何か その… 24時間 俳諧を続けるって

結構 短い言葉で
本当に パワーワードじゃないですか。

「カメラを止めるな!」も 恐らく…

それが こう… 口コミで回ったり
メディアで取り上げられたりして

そういう…。

でも 箱を開けてみないと分かんない
っていうのが また そそりますよね。

これも だって そうじゃないですか。
24時間 俳諧。

「えっ どうやるんだ?」みたいな。
何か 内容は どう…。

なんと トイレも行かない!
そうですね いろんな疑問が。

パワーワードばっかりが
こう… 気になっちゃって。

でも まあ 中身は見に行かないと
分かんないですもんね。

しかも 何か ちょっと…
今ね VTRですけど

お客さんも一緒になって
参加してる感じがあるというか。

それは 「カメラを止めるな!」の時も
そうだったんですよね。

例えば それまでの映画の舞台挨拶って

初日と やっても
2日目ぐらいだったんですけど

100日以上 連続でやったんですよ。

で 写真撮影とか動画撮影も
オールOKにしたんですよ。

そうしたことによって どんどん
SNSで 写真などがあがっていって…。

噂の力が大きいですよね。
SNSで バ~ッと広がりましたでしょ?

だから つまり…

鑑賞してる人も やっぱり 自分も
参加してるような意識 持つんでしょうね。

それで 恐らく
ヒットしたんだと思いますね。

西鶴も それだと思いますよ。

だから 我々が考えてる以上に
早く情報が伝わりますね。

いろんな情報と一緒に
噂も広まっていったと。

すごい 全部やる。 オール西鶴。

「オール西鶴」って言ってましたよね。
パワーワードが。       すごいですよね。

まあね メディアミックスということは
もう40年ぐらい前に はやったけれども…

メディアミックス。
噂と…。

結び付けているわけですよね。

さあ そして ここの知恵がね
「出すぎた杭になれ!」と。

「出る杭は打たれるぐらいだったら
出すぎてやれ」というふうに

西鶴は 心を決めたわけですけれども。

自分は 短編映画を撮り始めた時は…。

やっぱ 短編の映画祭
インディーズ 自主映画の映画祭って

ちょっと独特なんですよね。
何て言うんですかね…

あんまり商業的なものより
つまり エンターテインメントより

ちょっとアート性があるものだったり
引きずるようなものだったりが

評価を得やすかったりするんですね。

僕は 結構…
とれなかったんですよ だから。

その映画祭に入るために

こういうふうなものを作った方が
いいのかなとか

いろんな下心を抱えながら
作ってた時期があって。

「カメラを止めるな!」が
久々の長編だったので

一回 もう そういう…

…と思ってやったら

それが一番 結果も得て
ヒットもしたんですよね。

へえ~。
何か 幸せですね。

私 監督とも オール西鶴とも 全然真逆。

私は 人と違うことをしようとすると
大体 失敗するって

もう DNAに
グサッと組み込まれてるんですね。

それはそれは厳しい女子校で育ち

それはそれは厳しい教育を受けて
こんなふうになっちゃったので。

だから 「無難」大好きなんですよ。

え~?
でも そんなふうに見えないですよね。

私の場合は… タレントは駒である。

えっと… 私のマネージャーが蛇使いなら
私は つぼに入った蛇である。

用意された箱とか その… 文字とか

ビジュアルとかの中で

何か 人と違うことをせずに

その… 自分の考えを 何かこう
出しゃばらない程度に話すっていうのを

今までやってきました。
だから 完全に真逆ですよね。

壇さん いいね。 何か 一杯
一杯 俺がおごりたい…。
(笑い声)

逆に 突き抜けてるんやと思いますよ。

「無難に生きたい」とか
「人の操り人形でありたい」って

言っていく人いないじゃないですか。

みんな 「人と違うようにありたい」って
言いながらも

まあ 大体 人と同じようなことを
してしまうんですけれど。

多分 何か 逆に突き抜けてるから
面白いんかもなって思いましたね 今。

西鶴はね 出すぎた杭になって
一躍 有名になったわけですけれども

ここで終わってはいないわけですね。
また 新たな挑戦が続きます。

4, 000句を詠んだ矢数俳諧から2年後の
天和2年。

作家 西鶴の処女作「好色一代男」が
刊行されます。

性に奔放な男 世之介が
商売の勉強そっちのけで

全国各地の女性と
恋に明け暮れる物語です。

例えば まだ7歳の時の話。

夜 お供の女中がともした
ロウソクの火を見た世之介。

その火を消して…。

…と 口説きます。

27歳の時には
巫女に近づこうとして…。

その日は ちょうど10月。

神無月だったのです。

相手が神に仕える巫女だからこその
口説き文句でした。

この小説 発売されるや
たちまち人気に火がつきます。

増刷がかかり 出版界を活気づかせます。

江戸では海賊版まで出回る始末。

まさに 日本初のベストセラー娯楽小説の
誕生でした。

西鶴の弟子が書いた文章です。

どうやら 女性にもウケていたようです。

ところが この歴史的ベストセラーには
一つの謎があります。

それは 版元。

荒砥屋と記されていますが

実は ここ 無名の版元。

「一代男」以外の本を刊行したという
明確な記録がないのです。

イベント 矢数俳諧で全国に名をはせた
時の人だった西鶴が

なぜ 大手ではなく 無名の版元から
こん身の小説を出すことになったのか。

その訳は 2つ目の知恵をひもとくと
見えてきます。

「好色一代男」は 当時のあらゆるタブーを
突破した本でした。

そもそも 当時は 本といえば 儒学書など
啓蒙や実用を目的としたものばかり。

「一代男」のような
純粋な娯楽小説を世に出すこと自体

前例のないことでした。

近世の文化を研究する…

西鶴は 平安時代から続く
「文学の大きなタブー」を破ったと

考えています。

女性たちも含めてですよね。
その意味でいうと…

遊女の初音が
下から世之介の両耳をつかんで

「このままでは下ろしません」
といった様子です。

「類いまれなる床ぶり」となんてことまで
書かれていますが

このような表現は
それまで ありえないものでした。

怖いもの知らずの西鶴。

ほかにも
大変なことをやってのけています。

日本古典文学の白眉「源氏物語」。

絶世の美男子 光源氏を中心に

平安貴族の華やかな世界が
描かれています。

「源氏物語」は 江戸時代でも
雅な貴族の考え方を学べる

最高の教養書として
あがめられていました。

ですが
これを笑いに変えてしまったのが 西鶴。

「好色一代男」の世之介が
7歳で色恋に目覚めるのは

光源氏が 7歳で文章を読み始めたことに
なぞらえています。

「一代男」が
全54章から成り立っているのも

「源氏物語」の54帖を まねたもの。

一見 雅な「源氏物語」も
その本質は「男女の色恋」にあるとして

西鶴は
大胆にパロディー化してみせたのです。

タブー破りは まだあります。

題名にある「一代」の2文字。
これも大問題でした。

「一代」とは 子供を作らず
自分だけが楽しめればいいという

世之介の
勝手気ままな生き方を指しています。

しかし 下克上の戦国の世を終わらせた
江戸幕府が

道徳の規範としたのは 朱子学。

その根幹を成すのが

主君への忠義「忠」と
親への孝行「孝」でした。

子孫を残さず
家を潰してしまう生き方は

「孝」に 真っ向から
反するものだったのです。

そんな道徳や教えなんて どこ吹く風。

西鶴は 書きたいものを
思うままに書きました。

「好色一代男」が
無名の版元から出されたのは

タブーを破りすぎた内容が

大手版元に敬遠されたからとも
考えられるのです。

自分を貫いた西鶴の挑戦は
吉と出ました。

目新しさ満載の内容が
空前の大ヒットにつながっていきます。

このあとも西鶴は
次々に新作を書いてはヒットを連発。

経済小説「日本永代蔵」は

「一代男」を上回る売り上げを記録します。

俳諧の世界で変人扱いされていた男が
ついに 時代を作る男となったのでした。

サクセスストーリーですね。

ねえ。
ちょっとエッチな本どころじゃなくて

相当な 当時は問題作だったという。

しかも その雅なね
いにしえの文章になぞらえちゃって

パロディーのように書かれてた。
ええ そうです。

いや ただね
それは逆によかったんですね。

西鶴の場合には 「一代男」は…

分かってる人には分かるわけですけど。

そういう世界だったんで
俳諧師なんかにはウケたというか…

7歳で 年上の女性
口説いちゃったりするわけだから

それは面白い。 だから…

どうなんですか。 西鶴っていうのは

当時 みんなが読みたいものというものが
分かってたっていうことなんですかね?

これは。
そんなに はっきりというよりも

本能的って言い方
ちょっと おかしいかも分からないけど

分かってたと思いますね。

今までの小説っていうのは
作り手の方が上なんですね。

上で 啓蒙するという発想で書く小説が
ありますから

それを 水平関係に変えたという。
なるほど。

作り手と享受者… 読み手の間が
同じ対等な位置関係にした。

そこが 恐らく
西鶴の目の付けたところだと思いますね。

それが 「浮世草子」のスタートでもあると。
ええ ええ…。

だから 当然 その時代の やっぱり
最新流行のことだとか 世相だとか

それを 同じ目線で書き込めるわけですよ。

でも それは 何か もう
僕もそうですけど

自分が見たい 読みたいものを

書いてたんじゃないかなって
思いましたけれどもね。

自分が読みたいけど ないから
俺は こういうふう…。

で この時代に生きている
人間の感覚として そう思うんであれば

ほかにも きっと
そう思う人がいるはずだ

っていうことなんじゃないかなと思う…。
そっか。

結果 そういう目線が一緒になった
っていうのもありますよね 多分。

タブーは破るためにあるというものが
この知恵だったわけですけれども…。

実はですけど
「カメラを止めるな!」の企画も

今回の企画で作る前に
別のプロデューサーとかに

見てもらったりしてたことも
あるんですね。

ただ えっと…

日本で当たらないですか。
もう 隠すぐらいなんですよ

ゾンビ映画っていうことを。

もう いいですよね?
ある程度 ネタバレも。

その舞台裏のバックステージ…。

何か その モノ作りの
舞台裏を描くっていうものも

業界の内輪ノリになるから
当たらないんだよと。

そっか。 分かんないことですもんね。

で これを合わせたものは
まあ 当たらないんだと。

…っていうふうに言われてたりもしたし。

そっか。 要素が無理ゲーだったんですね。
そうそう そうそうそう。

プラス 37分のワンカット。

最初は 撮影部とかスタッフにも
反対されたんですけど。

まあ でも…

西鶴とそっくりですね。 本当に。
いやいや いやいや…。

すごい。 挑戦することの方が大事。
うん。

壇蜜さんは どうですか?
タブーを破るっていうのは。

タブーを破ってるように
見られやすい人であるっていうのは

自分にはあると思います。

例えば その映画の試写会のイベントで
自分はヒロインとして出てた。

で 試写会のご挨拶の時に

「何か 面白いことができたらいいな」
って言われたんです。

「分かりました」って言って
下着を投げたんです。

(笑い声)

そしたら 「あんなことやって!」って。
でも 私 悪くないです。

何か言っただけなんです。
言われたこと やっただけなので。

で とある球団の始球式に出た時も

「あいつがやるんだから
何か面白いことができたら」なんて言って。

「何か 盛り上がったらいいなあ」
みたいなことを。

「分かりました」って言って。

で 競泳水着で始球式やったら
「そんなのは前代未聞だ」。

「なんて不適切な! 神聖なマウンドに!」
って言われて。

でも 私 悪くないんです。

だって 何も渡されないんですもん。
だから ご自身で考えるってことですよね。

身ひとつで何かやれっていったら
着けてるもの何だろうなっていったら

下着 着けてるじゃないですか。
投げるじゃないですか。

まあ でも 普通の人は
ブレーキがあるんだと思うんですよ。

ブレーキを
どっかでかけるんだと思うんですけど

それが ちょっと ない人が
破りやすいのかもしれないですよね。

あれ?
どっかで落としたのかもしれない…。

ブレーキ 落っことしてきた?
(笑い声)

ちょっと 拾ってきます。

ですかね。
帰り道 ちょっと寄って頂いて… ねえ。

最後にですね 今回 まあ 西鶴をね
変人というふうにしましたけれども

その変人の成功術。

その極意って
上田さん 何だと思いますか?

多分 僕は 何か
タブーを破りたいからとか

人と違うことをしたいから
っていうよりは

自分の常識よりも 自分の感覚を
信じたんやろうなって思いますけどね。

自分の好きを
常識よりも信じてみようと思って

やっただけなんじゃないかなって
思いますけどね。

多分 お金のためにとか
有名になりたいからとかじゃ

ここまで リスクを冒せないんだと
思うんですよね。

そうですよ。
どうしても計算しちゃいますもんね。

自分の好きっていう気持ちが

それを突破するんじゃないんですかね
何かね。

壇蜜さん グラスが空いちゃいましたね。
次 何にされますか?

でも さっきから サキイカしか
出てこないんですもん このお店。

そうですね。
ちょっと サキイカだけでは…。

あのですね うちのおばあちゃんが
おでんパブをやってるんで

そこに行きません?
行きましょう それは。

おでんパブ?                     はい。
それ行きましょう それは。

面白そうじゃないですか。
むちゃくちゃ興味そそるじゃないですか。

おでんパブ 気になるなあ。
気になりすぎる。

行きましょうか おでんパブね。

タブーを破ってるかもしれないな
おでんパブね。

最後に すごいパワーワードが出ましたね。
おでんパブ?

おでんパブ
今日は どんな子がいるかな~。

おでんパブ?
あっ… ありがとうございました。

じゃあ どうも。

おでんパブ?


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