ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 井筒和幸×小松靖 「パッチギ!」「ゲロッパ!」など、世に送り出し…


出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 井筒和幸×小松靖』の番組情報(EPGから引用)


[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 井筒和幸×小松靖


「パッチギ!」「ゲロッパ!」など、世に送り出してきた作品は約30本。“鬼才”井筒和幸は、祭りにも似た映画作りを通して、何を追い求めているのか? その内面に迫る!


詳細情報

番組内容

1952年、奈良県生まれ。小学5年生で初めて観た映画は「陸軍残虐物語」。そして「バルジ大作戦」を見て、“映画を撮る側”になろうと思ったという。高校に進学すると、せきを切ったように映画にのめり込む。高校1年生の時に見た「猿の惑星」でアメリカ映画の魅力を知る。自主映画を製作、ゲリラ上映したことも。その後、定職に就かずに思い悩んでいた時、2つの映画に出合う。井筒に映画監督になることを決意させた映画作品とは?

番組内容2

監督デビューは23歳で作ったピンク映画。低予算の自主制作で、配給先のメドすら立っていなかった。29歳で一般映画「ガキ帝国」を発表。これが日本映画監督協会の新人奨励賞を受賞し、注目される。そして昭和を舞台にした最新作「無頼」は、頼るべきものをなくした少年が任侠の世界に生きる物語。自身の集大成だという作品で描いたものとは?また、祭りにも似た映画作りを通して、井筒は何を追い求めているのか。その内面に迫る。

出演者

【ゲスト】井筒和幸(映画監督)

【インタビュアー】小松靖(テレビ朝日アナウンサー)

初回放送日

2020/5/16

番組概要

様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!

番組ホームページ

<番組ホームページはこちら!>

www.bs-asahi.co.jp/interview/

制作

BS朝日、テレビ朝日映像


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ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 井筒和幸×小松靖
  1. 映画
  2. 自分
  3. 監督
  4. ハハハハ
  5. スタッフ
  6. 面白
  7. 作品
  8. 人生
  9. 無頼
  10. シナリオ
  11. ダメ
  12. 結局
  13. 仁義
  14. 全然
  15. アメリカ
  16. カット
  17. コンバット
  18. プロデューサー
  19. ホント
  20. ヤツ


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〈東京 荻窪〉

〈昭和初期の姿を今にとどめる
古色蒼然とした建物は

今も現役の宿だ〉

さあ 今日はこちらの西郊さん。
旅館でございます。

失礼致します。

うわ~!
歴史を感じる建物でございますが

行きましょう。

失礼致します。 あっ 監督!

どうもお久しぶりでございます。
今日は よろしくお願いします。

楽しみにして参りました。
よろしくお願いします。

おいっす おいっす おいっす。
ええ。 いいとこでしょ?

こちらは?
ここ 僕 いつもね

映画作る時にシナリオ書くでしょ。

シナリオのために泊まる旅館。

あっ ここで書かれるんですか?
書くの。

毎回?
うん。 部屋も決まってるんだ。

ああ そうですか。
まあ 上がってください。

失礼致します。
我が家じゃないけど。

アハハ。 「上がってください」。
まあまあ 遠慮せず。

ああ 失礼します。

ここ 女将さんが
すごくいいお方でね

それで 僕らの無理難題をね
いつも聞いてくれはるわけです。

むちゃくちゃですよ
私たちの出入りは。

むちゃくちゃですか。
夜中まで。

だって
シナリオ書くいうたってさ

結局は
どんちゃん騒ぎしてるから。

時にはね 各家庭で こうね。

ある時は じっと こもって
書くんだけどね。

だから そういうの
融通利いてくれるところでないと

都内でも なかなか使えないと。
こういう事ですよ。

使わせてもらえないですから。
普通なら そういうの無理ですよ。

その辺のビジネスホテルとか
無理やもん。

今日は そのお部屋で じゃあ
お話 聞かせて頂けるという事で。

ちょっと 新作の事もあるんで
宣伝させてください。

いやいや! もうぜひ
それを伺いたくて参りましたので

今日は一つ…。
どうぞ 我が部屋へ。

アハハハ。 ええ。

何十年来 お使いになってる
って言っても

いいんじゃないでしょうかね。
そうそうそう。

そう。 だいぶ もう…
『岸和田少年愚連隊』の辺りかな。

あっ そうですか。

♬~

(怒鳴り声)

うおー!

(衝撃音)

(歓声)

〈2005年公開の
『パッチギ!』は

日本人と
在日朝鮮人の高校生が

ケンカと恋に明け暮れる
異色の青春映画〉

あっ 叔父貴でっか?

ジェームズ・ブラウンね
ゲットしましたわ。

「簡単でしたわ」
ホンマか?

〈あるいは
「ジェームズ・ブラウンに会いたい」

親分の願いをかなえようと
子分たちが奮闘する

『ゲロッパ!』〉

〈また アイドルを
フィーチャーした角川映画など

多彩な作品を手掛けてきた〉

僕も ニューシネマの…
見てた頃ね

すごい映画

おいおい!

逃げろ!
(ブレーキ音)

(衝撃音)

オラー!

ちゃんと入院して
体 治した方がいいよ。

あとは
俺が草刈ってやっからよ。

ああ 誰のケツかいとんじゃ?

(物音)
押さえろ!

〈8年ぶりの新作 『無頼』では

社会からはじき出された
はぐれ者たちの姿を描いている〉

〈小学生で
映画の魅力に取りつかれた〉

〈初志貫徹
メガホンを取った作品は30本〉

なんか こう うん…。

よ~い。
よ~い!

いいよ… アクション!

〈昭和の気骨を持つ男が
熱く語る映画愛〉

〈たとえ作品を見ていなくても

きっと あなたを揺さぶるはずだ〉

♬~

♬~

♬~

「そんなね 不良ものばっかり
撮ってないでね

たまにはこういうの撮れ」って
ボンってね 出されたのが

『みゆき』っていうね 原作の…

なんでもない たわいのない
なんだかさ…。

コミックとしても
それから アニメとしても

もう 国民的な…。

ベストセラーだとか…。
僕なんか 一つも知らないや。

それで 俺
まあ ちょっと悩んだんですけど

まあ いいか
なんでもやるかと思って。

えっ えっ? どういう事ですか?
そうなの。

東京女子医大に
通いだす事になるんですよ。

♬~

僕の自由性を勝ち取る…

自由性を表現するために
やってるわけ…。

いつも思いますから。

5人のお客さんがね

「いや~ 監督!」
って飲み屋でさ…

「いや~ 見たよ!」って

これ 5人いたら
僕は嬉しいんですよ。

♬~

『仁義なき戦い』の時に

道頓堀東映で
監督出てきたじゃないですかって。

「おお 出てきたよな」。

って ひと言だけ
言ったでしょって。

「あれね 罪な事ですよ」
っつって言ったのね。

そしたらね…。

やっぱりね 人生をね

どっかでね
領導しやがるんだな 映画って。

このお部屋ですか?
そうですね。

大体 ここか 向こうか
どっちかですけど

まあ こっちの方がね 明るいしね。

で 夜は夜でね
ひっそりしてるんですよ。

なかなかね 閑静なんですよ ここ。

ふーん。
だからさ 集中しやすいんですね。

シナリオ お書きになるって…。

こういうシナリオですよ。
あっ まさに これ。

僕の新作の映画 『無頼』のね

これ たまたま シナリオですよ。
『無頼』。

ちょっと 面白いだろうと思って
持ってきたんだけど…。

これ もう シナリオの…。

これは 現場で使うもんですよ。
あ~。

現場でね まあ 上がったものを
プリントして使ってるだけだよ。

でも 一緒ですよ。
なんだっていいんだ。

もう あの…。
読めればいいんだ。

角 ぼろぼろになってますし…。
そうそう。

現場で 去年 使ってたんだ。

セリフが書いてあって
まあ 当然 こう書き込んで…。

うん。 大して書き込んでないんだ。
ああ そうですか。

僕は思いつきばっかりだから。
貴重な…。

(実況)
「力道山 猛烈な空手チョップ」

(歓声)
「今度は すくい投げ」

〈昭和を舞台にした
最新作 『無頼』では

頼るべきものをなくした少年が

任侠の世界に生きる姿を
見つめた〉

(ため息)

おう。

私にはないのかな?
おい。

はい。

ジャン!

田中角栄が 日中国交で
向こうと盃したんだから…。

仲良くしてくれんだから。

〈物語には
現実の出来事がちりばめられ

不思議なリアリティーを
醸し出す〉

(銃声)

〈井筒自身の映画遍歴も…〉

『ゴッドファーザー』っつうの
見たか?

ええ。

あの堅気だった三男坊が
腹くくって

親の敵 討つとこ いいですよね。

ああ。

あの馬のドタマ
バツンと たたき切って

枕代わりに ぶっ込んでただろ。

あの脅し 使えるのう。

この「無頼」という言葉に
監督が込めた思いっていうと

まあ ある種 世間から外れてる者

そして これまで描かれてきた
ならず者というような立場で

その方の視点でもって描いた…。

うん。 …から見た

そういう者たちから見た…。

昭和史なんですね あれ。
昭和史!

で もう一つ踏み込んで言えば

欲望の資本主義の歴史。

戦後の資本主義とは何か
っていうのはね

これはアウトローと結び付けて
やれば

面白い裏面史が
できるんじゃないかなと思ったの。

今までは 理想を追いね

戦後まもなく
理想に向かっていきね

人間とは どういう事かとか
社会とは どういう事か

理想に向かっていきね…。

それからね
それがわかってきたら

経済が回ってきたら 今度はね

所得倍増だ やれなんだって
追い立てられてね

そしてね 「給料2倍になるから
働けよ」なんつって

「会社のために頑張れよ」なんて…。

まあ 確かに2倍になりました。
で それをね 10年ぐらいやったら

夢をみんな 追うように
なったんだね。

会社の夢や個人の夢とか

あるいは
どういうものになりたいとか。

でも それも 70年を超えるとさ

じゃあ これ以上
何をすればいいんだと…。

そういう時代ですよ。

考え直さなきゃならない時代
っていうのが

まさしく やって来たんですよ。

そういう事をね 僕は ホントに

アウトローたちから見た
なんか その辺の昭和史から

始めたかったの。

じゃあ こいつらの場合は
どう生きていったんだろうかな?

っていう事を色んな ちょっと
取材をしまくったんですよ。

色んなジャーナリストから
色々 聞いたりさ。

ほんで もう一回
まとめてやろうと思って…。

そうすると
もう この『無頼』って…。

で 僕も
その中に 二十歳でいたと…。

この じゃあ 『無頼』という作品は
一つの昭和史で

その映画の中に 井筒監督自身が
いらっしゃるんですね 恐らく。

いますね。 端っこの方に 多分

こう なんか
思いとしてありますね。

〈小学校時代

映画の面白さを教えてくれたのは
父親だったそうだ〉

監督は なぜそういうような作品を
撮るようになってきたか

っていう事も含めて

どんな生い立ちかっていうのを
やっぱり

これは聞かなければいけない
というふうに…。

ハハハハ…。

意外にですね
いいとこの坊ちゃんでいらして…。

いやいや 坊ちゃんでも
なかったんですけどね…。

お父さんは
お勤めだったんですか?

勤めてましたね。
ええ。 会社員?

うん。 大阪に勤めで出てたから

夕方になったら
電話がかかってきてね

ほんで
「おい 出てこい」っつって…。

ほんで 難波に出ていかされてね

なんの事はない
映画を見るんですよ。

それは
自分が見たいからなんだな。

へえ~。

ほいで 「おい カズ 出てこい。
母ちゃん 出てこいよ」っつって

「わかりました」言うて
行くんでね…。

奈良から大阪まで行って…。
近鉄で。 そうそう そうそう。

40分ぐらいで行けたから。

それでさ なんか
島屋か阪急かどっかのさ

その上のさ あれ…
7階の大食堂かなんかでさ

なんか食べさせてくれるんだよね。

カレーライスとか
ハンバーグステーキとかね。

うん。

いい時代だったな。
ハハハハ…。

ホントに もう
絵に描いたような

ねえ とってもいい…。
いい時代だな。

それで そのままピュッと…
そのまま 映画館ですよ。

最終回のやつね。

最初に見たのはね 僕はね
『陸軍残虐物語』っつうんですよ。

これ とんでもない映画なのよ。

もう タイトルからして…。
これ 絶対 見た方がいいよ。

あっ はい。
これ 絶対 見た方がいい。

東映のDVDで出てますよ。
へえ~。

僕 いつもね 色んな映画学校で
薦めるんだけど

若い諸君にね。

それはね 確かね
小学校5年生だか6年生…。

まあ 5年生だったような気が
するんだよな

63年物だから。

陸軍の内務班の恐ろしい世界を
描いたんだけどね。

旧日本軍の陸軍の…。
旧日本軍の その…

そう 内務班のリンチだ

やれ統制だいう
とんでもない…。

それで 三國連太郎は 最後 もう

のどなんか突いて死ぬんだけどね。

ごっつい映画ですよ。

いやあ…。
「陸軍残虐」ですもんね。

『陸軍残虐物語』。

それから
もう すぐ 次の年ぐらいに

もう『バルジ大作戦』っていう

その また シネラマで
それ 見せられてるわけよ。

それ すごいですよ。
3時間の… ヨーロッパ戦線の

もう アルデンヌの森の戦いを
描いた とんでもない…。

連合軍…
アメリカ軍対ドイツ軍の

強烈な もう 戦車戦ですよ。
はい。 はい。

でも 我々は テレビで

『コンバット!』を
見てきてるわけですよ。

『コンバット!』知らない?
題名だけは…。

すいません 勉強不足で。 はい。

今度 ごっそり あれを
もう そのまま渡すわ。

ありがとうございます。
『コンバット!』見てきてるから…。

『コンバット!』は
最高やで あれは。

ホントに
面白いんだよな。

で そのね
アメリカの『コンバット!』って

有名なテレビ戦争活劇
なんですけど…。

で これをね 見てた時に

『バルジ大作戦』を
見に行くんですよ。

そしたらね やっぱり
描かれ方が全然違うわけよ。

こっちはさ アメリカのさ
テレビ内輪物だからさ

シリーズ物だから ドラマだから

そりゃあ アメリカ軍のさ

サンダース軍曹と
ヘンリー少尉のさ

まあ なんだ まあまあ…

憎き宿敵ドイツを

もう ガチャガチャに
やっつける話ですよ

1話 1話 1話で。

それで 『バルジ大作戦』見た時は

もう全然違うんですよ 今度は。

その宿敵 ナチス・ドイツの
戦車隊長が主演してるんだから。

そしたら
また 見方 変わったのよ。

ははあ なるほど。 全然…

同じヨーローパ戦線…
第2次世界大戦を描いてても

やっぱり ヨーロッパ戦線は
全然違うんだななんて…。

うん。

うん。 そんなので
のたうちまくりましたね。

うん。
親と一緒に行ってて。

『バルジ大作戦』で もう これは
道が決まったんですか?

うん。 もう その時…。

と思ったね。

〈地元の進学校 県立奈良高校に
進むと

せきを切ったように
映画に のめり込む〉

高校に入って 1年生の時に

入った瞬間に
もう思ったんですよ。

みんなね
やっぱり 同じ顔してるんだね。

まあ 同じ顔っつったら
クラスメートに失礼だけども…。

あれ? 後ろ向いてるヤツ
1人ぐらいいないかなと思ってね

で 後ろ向いてみたら やっぱり
俺だけしかいないんだよね。

ハハハハ…。
だから これは ちょっとね…

ちょっと この進学校に やっぱり
来るべきじゃなかったのかなと。

で 高校時代
どう過ごしたんですか?

とにかく まあ
その悩みを癒やすためにも

っていうか その憂さを…
憂さ… 憂さですよね。

教室のあの憂さを

前ばっかり向いてる憂さを
晴らすために

映画を見たんですよね また。

その頃は もう
ニューシネマが来だした頃だから。

あ~。

うん。 だから それ
『パッチギ!』の映画のとこでも

使ってるんですけどね。
68年っていうのは まさしく

その看板を俺 「作れ」って言って
作らせたんですけどね。

一番 印象に残ってるから。

それはね 高校に入るなり
映画研究部ってのがあったんで

そこのね 先輩がね

「おい お前ら 映画見てこい」
っつってね

「新入生 見てこい」っつって
言われたんで 行ったのが それ。

「ラストシーン どうなるんすか?」
って 俺 聞いたのね。

はい。
うん。

「結局 どうなるんですか?
猿と出会って」っつって。

ハハハハ…。

まあ そうですよね
『猿の惑星』ですから。

なんで聞くんですか?
そこで 最後のシーンを。

いや 聞きたかったんだ。
聞きたかった。 はい。

で どうなったんですか?
なんでも すぐ聞きたいから 俺は。

ねっ まずは 好奇心をちゃんと…。
そうそうそう。 なんでも聞きたい。

で 聞いたわけですね
「猿と最後どうなった?」って。

そう。 そしたらさ

「多分 価値観が
ひっくり返るよ」と…。

「そういうラストだ」って
言ったのね。

そしたらさ
もう ますます見たくなって

で 行った。
はい。

それが『猿の惑星』だったね。
ふーん。

それで あのニューヨークの
自由の女神がパッとね…。

はい そうですね。
あるでしょ。

あれ やっぱり… 衝撃でしたね。

それで
いや これは アメリカ映画も

もっと しっかり見ないと
ダメだなと思って…。

やっぱ こっちの勉強をすべきだな
なんて思いだしたんですよね。

やっぱ 映画っていうのは

「映画芸術科学アカデミー」だから。

アメリカの映画って事ですか?

アメリカの映画協会の事ですよね。
ああ はいはい はいはい。

アメリカの映画協会は
映画芸術科学アカデミー協会

っていうのは
そういう事ですよね。

アカデミー賞のあのアカデミー
っていう事ですか?

アカデミー賞のアカデミーですよ。
…っていう事ですよね。

要は 光の光学が
どうなって こうなってとか…。

照明のね。
うん そうそう。

フィルムが何でできていて
どういう化学反応があって…。

だから そういう事をやっぱり
勉強していこうと思いだすのが

その頃ですよ。
あ~。

それで 映画をね 作ってやろうと
思ったのよ。

いわゆる 文化祭の時に

物理教室をハイジャックして
かけたりさ

色々してたわけよ。
(一同 笑い)

え~!?
そうそう そうそう。 そう。

うちの学校のね
体制批判みたいなものを

8ミリで収めて…。
うわ~!

それで すごい刺激的なカットを
いっぱい撮って 収めて

で やったら 文化祭でさ

「上映するな」って言われたわけね。

「映画研究会としては
出してはならない」っつって。

それで 「それは嫌だ」っつって

「撮ったんだから流せ」っつって

で まあ なんだかんだ
教員ともめたんだけど

「まあいいや。 勝手にやろうぜ」
っつって

それで もう 物理教室に
もう あれ 占拠してさ…。

もう 満杯でしたよ 結構。
めちゃめちゃロック…。

40人以上いたな。
ハハハハ…。

ほいで アンケートを出してさ

見終わってさ
「つまんなかった」とか

「どこどこがどうとか みんな
書いてください」っつって…。

あっ 感想を?
そうそうそう。

ちゃんとやってんだよ
映画研究会らしく。 ハハハハ…。

だって 学校の体制批判した内容の
映画ですもんね。

そうそうそう。
でも まあ 「どう思ってんの?」

「どう思って見た?」って…。

そしたらさ 「いや もう
何が訳わかんない」とかさ

「今の受験体制に なんか

のろしを上げたいんでしょ?」とか
なんかね

なんか そういう事を
いっぱい書いたアンケートを

もらいましたよ。

ほんで
「え~ そうか。 なかなか…

なかなか痛いとこを突いてくるな」
なんて

みんなで言ってたんだよね。

感心しながら?
感心しながら。

やっぱ 映画って
伝わるもんなんだなと思って…。

〈映画監督 井筒和幸が
高校を卒業したのは 1970年〉

〈学生運動がピークを迎え

多くの若者たちは

世の中の体制に
不満を抱いていた〉

〈無論 井筒も例外ではない〉

何か こう…。

っていうかね。

人に束縛されて…。

もっと違う生き方が
あるじゃないかと。

自分で何かを 自己生産
していける事はないのかと。

そういう事をね なんか
ぐーっと考えてる間ね

一つも働く気が
なくなったんだよね 実はね。

ご自身が 真面目に働く
っていう事について…。

仕事するっていうのは
そういう事だろうと。

自分の体と
そして 時間を費やして

対価としてのお金を得る
っていう事を

なんなんだっていう事を。
なんなんだと。

それよりも なんか
違う生き方できないのかと。

という事は なんか

ずっと遊んで生きる事は
できないかななんて…。

ものすごい考え込んでたね。

考え込んでるうちに
2~3年 経ったらさ

そんなのさ
働くとこなんか ありゃしない。

やって来たらさ…。

どやねん この社会は
って こう。

『仁義なき戦い』なんて
劇場で見てないでしょ?

見てないですね。
ほら 勝ったぞ。

(スタッフの笑い)

完敗でございます。
やっぱり 劇場で見た時…。

劇場で見ないと意味ないんだよ
映画って。

おいくつぐらいの時に見てた?
いや もう

73年だから 実際は二十歳ですよ。

あの熱狂って すごかったよ。

だって
通路でさ みんな見てんだから。

ハハハハッ。 通路だよ。

そんな 座席番号…

はい あなたは
はい Mの8番でとか

そんな時代じゃないんだから。

その時の監督に

『ゴッドファーザー』と
『仁義なき戦い』というのは

何を
語りかけてしまったんですか?

やっぱ 若者たち その組織の

まあ ヤクザ映画なら 組ですね。

あるいは 『ゴッドファーザー』なら
ファミリーですよね。

その中で 結局は

親のボスの言いなりになってね

いかなきゃならない。
しがらみの社会で生きてく。

そういうのを
バッと見せつけられ…。

やっぱりね なんか 結局ね
死んでいくのは 若い者たちだと。

あるいは
若い者は そういうとこで…

はぐれ者たちは そういうとこで

生き生きと
何かのためと思いながら

生き生きと なんか
エネルギーを使って生きるんだと。

そして 死んでいくんだと。

その極め付きを こう 見せられた。

だから 俺たち
なんにもしない人間にとっては

すごい こう 鑑を見てるようで…。

ああ なんか こう やりたいな…。

誰かにガッと言われてでも
やりたいな…。

なんとか
死なないように生きたいな。

あるいは もう…。

って。 そういう こう 気分には

みんな なったはずですね 当時。

だから 2本続けて そんなさ
洋 邦 問わずさ

そんな グワーッとやって来たらさ
新しい波が

「映画だろう」っつって。

その作品というのは改めて…。

それは 『性春の悶々』
っていうんですよ。

ハハハハハッ。 性春の「性」は

りっしんべんの性です。

当時 五木寛之の『青春の門』
という映画が

封切られたばっかりだったんで

それをもじって…。

だと…。

アキラの歌 やってええんか?

そんなうまい具合に。

アキラ 生きてたのか?

アハハハハ。
待ってたぜ トニー。

〈監督デビューは 1975年〉

〈ピンク映画だった〉

おめえの負けだぜ。

(2人の笑い声)

ストリップどころやないな。

すこぶるさんだ こっちは。

やっぱり やっとんやな。

〈低予算の自主制作で

配給先のめどすら
立っていなかったそうだ〉

今はやりのワイドスコープやね。

映画館で ちゃんと
上映してくれたんですね。

なんだかしてくれたんですよ。

ちょっと 色々…
つてが見つかって。

先輩の監督さんとこに頼んだら
というか

見せたら
「口利いてあげるよ」っつって。

それがピンク業界ですよ
いわゆる。

あっ じゃあ もう デビュー作は
興行的にも成功して。

興行的には 全然 成功も何も
売り切りだから。

確かね
150万ぐらいで作ったんですよね。

それでね
売れたのが120万だったんだな。

あっ そうですか。
うん。 だから もう

別にさ 120万 戻ってきたんだから
ラッキーってなもんだよね。

えっ でも 最初に
その作品を作って

もう これだ! これでいくんだ
っていうふうに思ったんですか?

いや そんな事は思わなかったね。

みたいなもんだから。

その橋 渡らないと 次に

一般映画には行けないだろうなと
思ってたから。

一般映画 撮りたかったからね。

あっ そうすると やっぱり こう
映画監督になって

おっきい映画 作りたいって
その時 思ってたんですか?

そう。
一般部門に行きたかったから。

成人映画だもん。

初めから もう
烙印を押されてんだから。

でも皆さん そこから やっぱり
その映画を ピンク映画を作って

おっきくなっていったって方…
皆さん 通り道ですからね。

まあね 結構 多いんだけどね。

実は 今
生き残っている者の中ではね。

ねえ~。
ええ。

〈その後も
ピンク映画を撮りながら

チャンスを待った〉

〈28歳で 一般映画
『ガキ帝国』を発表〉

〈これが日本映画監督協会の
新人賞 奨励賞を受賞し

若手監督として
一躍 注目される〉

『セーラー服と機関銃』の
プロデューサーで

伊地智さんっていうんですけどね

とてもすごい怖いプロデューサー
ですけどね

もう 業界なら誰でも知ってる
当時ね。

その人が
「おい お前 そんなね…」。

ボンってね 出されたのが
『みゆき』っていうね 原作の…

なんでもない たわいのない
なんだかさ こう…

坊ちゃん高校生がさ
なんだかんだ

「みゆき みゆき」って言う
映画ですよ。

(スタッフの笑い)
なんだ? これはと思って。

もちろんね コミックとしても
それから アニメとしても

もう 国民的な作品ですから。

ベストセラーだとか…。
僕なんか 一つも知らないや。

僕にとっては
何も知らないわけですから。

知らなかったんですか?
知らないですよ そんな事。

俺 なんの興味もなかったから。

それ「実写版 撮って」って言われて
どういう感覚でいらしたんですか。

それで 俺
まあ ちょっと悩んだんですけど

まあ いいか
なんでもやるかと思って。

伊地智さんに にらまれたら
もう 逃げられないから。

「なっ やろう」なんつって
言われたら もう

映画界って そういうとこだから。

へえ~。

だから よし じゃあ やってやっか
と思って。

えっ えっ… どういう事ですか?
そうなの。

東京女子医大に
通いだす事になるんですよ。

えっ えっ? どういう事ですか?
病院行ったっていうのは。

いや ちょっと…

離人症っていう精神病ですよ。

つまり まあ
うつ病に近いもんでしょうけどね。

あっ 精神を病んでしまった
って事ですか?

そうそう そうなの。
え~。

それで 東京女子医大に行って

もう パチーンと
言われたんですよ。

「もう しばらく静養しないと
ダメだ」っつって。

うわうわ
大変だったじゃないですか。

病は気からだって
うまい事 言うよね。

いやいや 今だからそういうふうに
おっしゃいますけど。

でも 逆に言うと それぐらい
なんでしょうね こう

まあ ある種
意に反する事というか…。

まあ 自分の今までに生きてきた
テキストにないわけだから…。

だから 全然 キャラクターが
わからなくて。

で 結局は 悩み抜いたんですね。

その揚げ句に
クランクインの直前になって

あっ ダメだと思ってさ。

それで 抗うつ剤もらって
で まあ 診断を受けたらね

「もう 2カ月ぐらい休まないと
ダメだ」っつって。

クランクイン直前に。
「クランクインね 先生

10日後にあるんですけど…」。

「あ~ そんな事してる場合じゃ
ないよ」とか言われて。

それで 俺 そのまま持って帰って

伊地智プロデューサーに
話をしたんですよ。

そしたら 伊地智さんは
「おお そうか」。

「そんな事 言われたのか。
じゃあ…」。

って言われた。

3日で 俺 治せっていうのか
って感じで…。

しょうがないから そのまま

抗うつ剤を飲んだまま
やりましたよ。

どんな感じだったんですか?

いや もう なんか
いちいちね 撮る度に

「おい どう? クワ どうかね
今の このカットいけてた?」って。

「いや 全然いけてますよ」
って言うわけ。

制作とか助監督さんがね。
まあ 側近が。

「そう? いけてた? 永瀬…」
永瀬が主演してたから

まだ17歳か18歳か。

「そうか? そうか オッケー。
じゃあ オッケーだ 今の」。

(一同 笑い)

判断がね
なかなか つかないんだよね。

いやいや 笑っちゃいけないな。
いや 笑っていいとこですよ。

それで そうこうしてるうちにね

2カ月 経ったんですよ。

まあまあ 途中で
頭 痛い時もあったけど

まあまあ 乗り切ったんですよね。

ええ それはすごい。

そしたら
バーッと世の中で封切ったさ

渋谷で封切ってましたよ。
新宿も封切ってましたよ。

ガチャガチャ ガチャガチャ
行列 作ってましたよ。

アニメファンだ なんだが。

ああ あの漫画ファンがね。

そしたら
角川のプロデューサーから

また
電話がかかってきたんですよ。

アハハハハハ。
(スタッフの笑い)

で ポンと渡されたのが
あれですよ

『晴れ、ときどき殺人』
っていうやつだもんね。

なんだ? これは。 晴れ
ときどき殺人するのかよって。

アハハハハ!
冗談みたいな…

冗談ばっかりやってくるなと
思ってね。

渡辺典子主演で。

「犯人 誰するか?」って。

キャスティングプロデューサー
っつうのが

横から 「監督さ
松任谷正隆って知ってる?」。

「いや 知ってますよ。 ええ」。

「松任谷君さ 芝居したいらしいよ」
って。

「選ぼうか? この犯人役に」
なんつって。

「へえ~ 面白そうだね」。

「殺人… めちゃめちゃすごい
殺人鬼ですけどいいんですか?」。

「いや いいんじゃないの
面白いんじゃないの」なんて。

ユーミンの旦那さんがね。

そうそう。 「ユーミンの旦那で
いいんですか?」って

俺 言ったもん ホンマに。
そしたら…。

(一同 笑い)

そしたら 松任谷さんも
全然 乗り気でやってくれてね。

それで パッと上がったら
あれですよ

あっという間に封切りですよ。

それで ブワーッてさ
初日から満員だよね。

「ほう~」ってなもんでさ。

やっぱり 歌えないです。

冗談は よしこさんだぜ おい。

(椿)お前 何考えてんねん?

(大友)仕事してるだけですよ。

こいつの歌は北朝鮮の歌なんや!
北朝鮮…。

〈2005年の井筒和幸監督作
『パッチギ!』の劇中歌は

北朝鮮の楽曲 『イムジン河』〉

禁止されとるんやぞ アホ!

♬~「イムジン河 水清く」

♬~「とうとうと流る」

〈重いテーマを取り上げながらも
観客を夢中にさせ

ブルーリボン賞など
多くの映画賞に輝いた〉

タブーを取り上げて
色んな批判…

否定的な反応も来るんじゃないか
と思われた中で

これだけ
多くの人に受け入れられて

結果的には
賞にも繋がったっていうのは

一つ 監督としては勝利ですよね?

そんな事は 僕 思った事ないのね。

あの… 勝ち負けって
僕 大嫌いだしね。

あの… 全く こう
意に介さないんですね。

売れるとか 世間から やっぱり

高評価を得るっていう事
っていうのは?

あんまり興味ないんですよ
僕は だから。

束縛されてるなというかね。

みんなが 何? 見るものを
なんで 作らなきゃならないんだ?

なんで 僕が自分の体と時間を
売らなきゃならないのかって

そこへ また戻ってしまうな。

そんなために
こびて なんか 作るんだったら…

やりたくないなって。

で 何? 賞のために
映画を撮ってんじゃないんだから。

僕の自由性を勝ち取る…

自由性を表現するために
やってるわけ…

いつも思いますから。
うん。

それを こう お客さんが…
僕は 5人のお客さんがね

「いや~ 監督!」って
飲み屋でさ…

「いや~ 見たよ!」って

これ 5人いたら
僕は嬉しいんですよ。

でも 全然さ
世の中の商い行為とは

全く関係ない事ですよね? これ。

こんな事
プロデューサーに言ったらさ

絶対さ 「ふざけないで」って
言われそうだけど

でもね
こっちは ふざけてないんだよね。

5人にさえ
まともに見せりゃいいと思ってね。

まあ 5人は ちょっとオーバーか。

う~ん 3人でいいや。

(一同 笑い)

3人と繋がる事は快感ですか?

いいじゃない。 いいじゃん。

なんか ピュッとさ
その辺の飲み屋行ってさ

なんの気なく行ってさ
座った途端にさ

なんかさ 映画青年みたいなのが
やって来てさ

「監督!」言うて。

抱きつかれる時あるからね。
「ちょっと待ってよ」みたいな。

「いや~ もう 僕 あれでね

会社辞めたんですわ」とか
なんか言うてさ

そういうの言われるとさ
俺 大好きだね。 ハハハハ…。

やっぱりね
人生をね こう どこかでね

領導しやがるんだな 映画って。

こう 来やがるんだな。
逃げられなくなるんだね。

それがね
自分にとっての映画なんですよね。

だから
万人のものじゃないんですよ。

自分 個人との対話だから。

で それで 人生をね
ゆがむっていうわけじゃない。

そのゆがむのが面白いじゃない
人生が。 そうでしょ?

そんな 前… みんな 前向いてたら
そこしか行かないでしょ?

それは やっぱり 人生を
ゆがめるものだと思うんだな。

そういう事を僕らは ホントに

小・中・高辺りに ブワーッと こう
浴びるぐらい見てきたわけだから。

ちょっと 面白い面もあってね。

『仁義なき戦い』のね
シナリオライターの笠原さんにも

同じ事を言われ…。

深作欣二さんにも同じ事
言われたんですけどね

飲み屋でね。

『仁義なき戦い』の時に

道頓堀東映で
監督出てきたじゃないですかって。

「おお 出てきたよな。
そんな事あったっけ?」。

「ありましたよ。 俺 その時ね
見上げてたんですよ」。

「それでね こんなね 傑作なね

『仁義なき戦い 広島死闘篇』って

これ 誰が作りやがったんだ?
と思って

最後まで見てたら
出てきはったでしょ?」って。

「あれ見てね
なんか ざんばらの髪でね

“どうもありがとうございました。
深作欣二でございます"って

ひと言だけ言ったでしょ」って。

「あれね 罪な事ですよ」
っつって言ったのね。

そしたらね…。

それが やっぱりね

先輩としては
嬉しいんじゃないですか?

いや 僕は嬉しがらせようと思って
言ったわけじゃないの。

僕の…
吐露しただけですけども。

だから
僕もそういうふうに 若いヤツに

「いや~ 僕 『岸和田少年愚連隊』
見たから ここにいるんですよ」

って言われたらね
「悪かったね」って言ってんですよ。

その時の深作さんの気持ち
わかりますか? じゃあ。

わかりますね。

けど それが人生でしょ? うん。

僕が反面教師だったかどうかは
わからないですけども

なんか 影響
人生に与えてしまったんですよ。

ハハハハ。
で それが芸術だと思うんだな。

それはね 金のやりとりじゃないと
思うんだな。 うん。

そこ… そこなんだよな。
ちょっと こう

なんか わかってほしいのは。
フフフフ。

まあ でも 僕よりも若いヤツら

僕の身内なり みんなね
若い衆なりが

やっぱり 人の人生を
ぐちゃぐちゃにしてしまうような

そういう
いい写真を作ってほしいな。

監督もそうされたように
それが望みですからね。

えっ 俺は これからこうしよう
と思ってたのにさ

「それ ダメですよ」
って言われるような事をね

期待しますよ。

よ~い よ~い… よ~い

アクション!
(スタッフ)アクション!

(怒鳴り声)

〈若手俳優を
積極的に起用する井筒作品〉

〈撮影中は 彼らと

何カ月も
寝食を共にする事がある〉

〈祭りにも似た映画作りを
通して

彼は
何を追い求めているのだろう?〉

(スタッフ)カット!
(スタッフ)はい カット~!

(スタッフ)カット~!

(カチンコの音)

ハハハハ…。

温かいものを全員に。
温かいものを全員に。

非常に良かったよ。

(スタッフ)タオルも みんな いいよ。
温かいものを全員に。

で 映画芸術というものは
映画館で見る芸術だから

それは 見た人は その人の…
なんや ガタガタしてるね

生きざま 死にざまを
こう 見るわけでしょ?

虚構としてね。
空想の世界ですよね。

それを見た時に
じゃあ 自分は どうかと。

「自分はこんな事してきたか?」
あるいは 「これから

こういう事する気あんのか?」と。
「どうなんだ?」と。

「いや~
今のあいつのあのワンシーンは

なかなか
ええ事 言いやがるな」とか。

「いや~ あんな事 言いよるヤツも
どうしようもねえな」とか。

あるいは 「こいつは なんか
悪さしてるけども

なかなか
しみじみした部分あるな」とか。

そういう事 発見していくのは

結局
自分に返ってきてる事でしょ?

だから それ
自分と絶えず比べてると

自分に こう 絶えず戻ってくる。

そういうもんでありたいなと。

僕は 映画っていうのは
そういうもんだと。

それは 体験上 思いましたよね。

だから 僕は 映画見てて

なんか 俺と全く関係ないな
と思ったら出ますよ。

映画館を出る?
映画館 出ますよ。

最後まで じゃあ
かかってやろうかなというふうに

思わせるきっかけっていうのは

映画を見てる…
それ 何になるんですか?

う~ん それはね あの…。

へえ~ どういう事ですか?
フフフフ…。

いやいや なんか 大体 主人公…
主演してるヤツとかさ

なんか
共演してるヒロインとかさ

もう 結構 うさんくさいな
と思って見てんのよ 僕はね。

そんなね なんだかさ
「何が正義感だよ」っつってね。

「ホントかよ?」みたいなさ

そういう流れで見る…
大体見ますよ。

そんなさ 「いや この人は
すごくいい人で…」って

そんなに…。
子供じゃないんだからね。

でも その中にとりわけね
「あっ こいつは憎めないな」と。

うん。

「あっ こいつは ちょっと

どこまで生きて
どこまで死んでいくのか

ちょっと見てみたいな」と。

で やっぱり それですよ。
突き動かすもんっつうのは。

完成できた人間なんかさ
映画でだって面白くないんだから。

未完成?
そうだよ。

未完成で…
完成なんかないんだから。

何か 次の作品とか 今
取り組んでる事あるんですか?

そうね 次ね なんか 九州で
映画撮ってやろうかと思ってね。

行った事ないから 映画としてね。

ちょっとね なんか 筑豊辺りで…

筑豊辺りでやろうかな思って…
炭鉱町っていうかね。

ほうほうほう。 ええ ええ。
うん。

炭鉱町でね
どんな また 少年たちが

悪さをしていたのかみたいな。

まあ また おい 悪さかよ。
興味あります 興味あります。

うん。
『青春の門』ですよ つまりね。

『青春の門』の
ちょっと現代版みたいなね。

なんか それ ちょっとね
面白い ちょっと こう

モチーフがあったんで
なんか そこで ちょっとね

やってやろうかなと
思ってるんですよ。

で 今ね シナリオをね
ちょっと 書き始めたとこなんだ。

まあ でも また
どうなるかわかんないな。

プロデューサーたちが…。

ハハハハ…。 そんなもんだ。

そうですか。
うん。

私 監督の映画の好きなところは
「誰にも居場所があるんだよ」

って言ってくれるところなのかな
っていうふうに思っていて。

いい事 言ってくれるね。

いえいえ いえいえ
おこがましいんですけど。

俺も それ 今 初めて知った。

(スタッフの笑い)

誰にでも居場所があんだよ。

最高の…
最高のサービスを頂きました 今。

でも
今回の『無頼』もそうですけど

「いいんだよ 居て」
っていうのを。

だから 「あぶれた人たちを
描いてきたんだ」

とおっしゃった時に 別に
狙って そうしてるわけでもない。

ただ 思いを描いたら
こうなったというのが

すごく救われる思いがするんです。

その場に ずっと居ていいよ
じゃないんだけどね。

そりゃ 人間っていうのはさ

色々 そこで 反省もし 勉強もしね
していく中でね

居場所を
変えていくんだろうけどね。

でもね 自分の居る
居場所っていうのはね

探す話っていいじゃないですか。
ねえ。

それでないとさ
人間 浮かばれないよ。

それを見る事によってさ
スクリーンで。

「そうか こいつも こうやって
流れていくんだよな」と思うと

こう 自分に
返ってくるじゃないですか。

そういうのを見た時に…

かっこいい
ニューシネマなんだよな。

その時に そいつが
死のうがね 生きようが

どうだっていいんだよ
ラストシーンなんて。

ああ。 どっちでもいいんだよ。

異議なしだ。 ハハハハ…。

それが ビーンときた時ね
いい酒飲めんだよな。

「今日 いい映画見たよね」
っつって。

より多くの方に見てもらうって
目的の映画を作っていながら

売れる事が目的なんじゃない
っていう事。

「こびるんじゃないんだ」って事を
おっしゃってて。

でも なんか その神髄は
やっぱり 人の心に届く事であり

人と繋がる事なんだ
っていうところが

まあ だからこそ
やっぱり 皆さんが共感して…

監督の事を
こう 追いかけ続けるんだな

っていう感じがしましたね。

〈映画監督 井筒和幸が
今 大切にしている言葉〉

これは 「雅俗自在」。

雅な事と 俗っぽい事と。

両方 僕の中にはいつもあると。

シナリオもそうだ。
映画もそうだ。 うん。

雅なシーンもあれば
俗っぽいシーンもある。 ハハッ。

そこを自在に行き交う事によって
ドラマができる…。

ダメ?
(スタッフの笑い)

〈全てを
受け入れる

懐の奥に

優しさが光る〉


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