SWITCHインタビュー 達人達(たち)「太田雄貴×谷昇」[字]…の番組内容解析まとめ


出典:EPGの番組情報


SWITCHインタビュー 達人達(たち)「太田雄貴×谷昇」[字]

オリンピックメダリストで現・日本フェンシング協会会長の太田雄貴。対するは長く日本のフランス料理界をけん引してきたオーナーシェフ谷昇。努力と才能について語り合う。

詳細情報
番組内容
前半は谷が日本フェンシング協会本部を訪問。勝負に対する考えや、引退後も主催大会の観客動員数を30倍にするなども活躍を続ける原動力を掘り下げる。後半は太田が谷のレストランへ。冬の名物ジビエ料理を味わう。14年連続2つ星を獲得する腕前でありながら店に泊まり込み生活を20年以上続ける谷。「才能がないから」だという。実は太田自身も才能の限界を理解して戦っていた。才能がなかったからこその“利点”とは…?
出演者
【出演】日本フェンシング協会会長…太田雄貴,フランス料理店オーナーシェフ…谷昇,【語り】六角精児,平岩紙


ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 - インタビュー・討論
ドキュメンタリー/教養 - ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 - カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz


テキストマイニング結果

ワードクラウド

image_20210109230430960.png

キーワード出現数ベスト20

  1. 太田
  2. 自分
  3. 本当
  4. 才能
  5. 日本
  6. ハハハハ
  7. オリンピック
  8. フェンシング
  9. 全部
  10. シェフ
  11. ビジネス
  12. お願い
  13. 意味
  14. 試合
  15. 本番
  16. 料理
  17. 練習
  18. カモ
  19. 一回
  20. 仕事

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、以下バナーから各社のラインナップを調べてみるのもいいかもしれませんね。

AbemaTV





おはようございます! シェフ。

いい天気。

天井から下りてくる この男。

11月だっちゅうに あったかいよね。

日本屈指の
フランス料理店の

オーナーシェフ 谷 昇 68歳。

店の屋根裏で暮らし
食事は ほとんど カフェオレだけ。

500年の歴史を持つフランス料理の技法を
忠実に踏襲しながら

科学や解剖学などの視点も組み合わせる。

それが谷の料理の特徴だ。

つまり…

軟らかいものの中に
この太い筋が入ってると

すごく違和感があるんです。

これも 一本 間に筋が入ってますんで
取り去ります。

こうして生み出される
クラシカルにして複雑で奥深い味。

高く評価され 世界的なグルメガイドで

14年連続 二つ星を獲得している。

ひたすら独自の料理理論を
追求し続ける谷。

眠りに就くのは明け方だ。

そんな谷が
どうしても語り合いたい男がいる。

日本のフェンシング界のパイオニア

太田雄貴。

幼いころから活躍し

国際大会で獲得したメダルの数は

30以上に上る。

北京オリンピックでは
日本人初の決勝進出。

お茶の間に
フェンシング旋風を巻き起こした。

現役引退後は 競技者とは別の顔を見せる。

日本フェンシング協会の会長として
その普及に取り組んできた太田。

ビジネスの手腕を発揮し
実績を上げている。

その一つは 人気が低く ほぼ無観客だった
全日本選手権を満員近くにしたこと。

太田が注目したのは「観客の視点」だった。

例えば 以前は見えづらいと不評だった
得点の表示。

就任後は このとおり。

LEDパネルを導入して

得点を 一目瞭然とした。

派手な演出なども取り入れた戦略は成功。

2019年は オンライン配信を含め

6万4, 000人の観客を集めた。

トップアスリートだった太田が
現在もアップデートし続ける姿に

谷は 心惹かれるという。

32歳で 日本のフェンシング協会を
引っ張っていける。

これは すごいことですし。

谷がやって来たのは

国立競技場を目の前にした こちらのビル。

日本フェンシング協会本部が入っている。

実は 谷の店に
太田が食事に訪れたことはあるが

じっくり話すのは これが初めてだという。

こんにちは~!
ハハハハ…!
ハハハハ…!

いやあ もう めちゃめちゃ興奮してます。
太田さん。

よろしくお願いします!
エルボーバンプで。

ありがとうございます。
よろしくお願いします…。     光栄です。

もう こんなことになろうなんて
夢にも思わなかったです。

いやいや 本当…!
根掘り葉掘り。

勉強させてください 今日は。

最高です。
楽しみです。
とんでもありません。

よろしくお願いします。
こちらこそ よろしくお願いします。

フェンシングとフランス料理という

どちらも海外ルーツの技を極めてきた
達人同士が響き合う。

僕は 才能よりも努力だと思ってます
今でも。

…と思ってます。

…だと思っている。 はい。

♬~

中世ヨーロッパの騎士たちによる剣術が
由来といわれるフェンシング。

1914年 フランスで
スポーツとしてルールが統一され

現在 150以上の国で親しまれている。

ヨーロッパでは教育とも連動し

幼いころから触れる機会も多い。

そんな異国の競技で

初めてオリンピックメダリストになった
太田。

日本のフェンシングが
50年以上 一度もかなわなかった偉業だ。

(アナウンス)「太田雄貴」。

日本人は体格的にも不利といわれた逆境を
見事 はねのけた太田。

あるインタビューで…

…と語っていたことを
谷は心に留めていた。

「やれないことの理由を考えるより」
って書かれてましたよね。

「やれることの理由を考える」。

太田さん
どこから出てきたんですか?

そういう考え方。
いや そんなことないですけど。

まあ 何か 僕
フェンシングをやっていて

何かね… やっぱ 日本人が そもそも
ヨーロッパ競技で勝負するのって

めちゃ大変なんですよね。
で 何で大変かっていうと

僕らって
電気の審判器を使ってるから

フェアなジャッジが
されるだろうっていうふうに

思われがちなんですけども…。
思ってました。

必ずしもそうではなくて。

電気で…

なので 何か どうとでも取れる。

剣と剣が パ~ンとぶつかったとき

どっちが たたきましたか?
っていうと

これ 右手ですか? 左手ですか?
せ~の パンって…。

どっちですか?
どっちでも取れますよね。

取れますね。
このときのジャッジが もう ほぼ…

フランス イタリア ドイツ ロシア…
う~ん… アメリカ。

この辺りの選手とやって
そういう事象が発生すると

まあ 取ってもらえないですね。
まあ ほぼ向こう。

ああ そうなんだ…。
…っていうような前提の中で

自分たちが どう立ちふるまわなきゃ
いけないのかっていうことを

何か 考えてましたね。 変な話…

何が…
原因にあるのかっていう派なんですね。

で すごく反面教師にしたのが

日本では すっごい強いんですけど
海外に行くと全然勝てない…

やっぱ 先輩方 見てきて…。
すっごい強いんですよ。

あまり 世界で勝ちきれなかった先輩方
共通してたのは

あの審判が下手だから
俺は負けたっていう感じなんですよ。

だから 自分たちが正しいって
思いたいし

言いたいのは分かるけども

客観的に見て 本当にそうなのか?

でも ありがちですよね。

自分を さておいて
相手のせいにしてしまう。

「俺は頑張ったよ」「俺は悪くないよ」。

う~ん 僕は
何か そういうことを言う方で

オリンピックでメダル取った友達は
僕の周りにはいないですね。

柔道の野村さんにしても

競泳の北島さんにしても
井上康生さんにしても

何か「うん?」と思う局面はあっても

それを見せれない自分が悪かった
っていうようなタイプの方々が

多いですよね。
だから もっと頑張ろうとか。

…と思います。
うん…。

京都府生まれの太田。

小学校3年のとき

元フェンシングの選手だった父から
手ほどきを受けた。

よっしゃ! 突け 突け 突け!

すぐに頭角を現し 半年後には

全国トップクラスの小学生を集めた大会で
優勝。

自宅が穴だらけになるほどの
フェンシング漬けの毎日。

それは
太田の ある信念につながっていく。

お父様の その
太田さんに対しての意志力。

で それを受けた太田さんが
なぜ それを続けられたのか。

どっちかというと…

ああ そうか…。
だから…

…っていう表現が
正しいと思うんですね。

っていうか 試合に勝つことに
すごく向いてるなっていうのが

やっぱり 試合を通して
気付くようになって。

…っていう そういうマインドに
変わってくるので。

小学生から「俺は本番に強い」と思って
生きてますから

それは やっぱ
本番に強くなるんですよ。

ちっちゃいときから
「本番に強い」と思って

ずっと生きてますから 僕。

今でも オリンピックの
プレゼンにしても何にしても

「本番に強い」と思って挑んでるので。

そうそう…。 何か その…
過去の自分の成功体験が

そうさせてるので。

「本番に強い」と思って
生きてはいますよね。

だから オリンピックのときでも
「本番に強いから」と思って。

結果は まあ その… されど
そう思って生きてますよね。

太田が オリンピックメダルを

現実のものとして
意識するようになった試合が こちら。

全日本選手権で 大会史上初の
高校生として決勝へと勝ち進んだ。

対するのは
オリンピックに出場経験もある

33歳のベテラン。

当然のごとく たたきのめされる。

(実況)太田がいきましたが
ポイントは市ヶ谷です。

(実況)攻めていきました…。
両方突きましたが ポイントは市ヶ谷。

開始早々 太田は 大量リードを奪われた。

初めて 全国テレビに自分の試合が
出るっていう試合にかぎって

1セット目 終わったら
10対2なわけですよ。

もう恥ずかしくて。

試合の前は 学校の友達に

「俺 試合出るからよ 見てくれよ」って
言おうと思ってたのに

もう 10対2のときに
絶対に誰にも言わないって思って。

で 10対2のときに
3点目 取る 3点目が

向こうが珍しいようなミスをして
3点目 取れたんですよ。

そのときに 同い年ぐらいの
高校生のボランティアの子たちが

決勝会場に見に来てくれてたんですよ。

高校生が出て
高校生 決勝行ってるからって十数人で。

やっぱり 向こうも
ここまでボコボコにやられると

やっぱ 人って
「かわいそうだから」ってなって

みんなでね 会場が
ぶわ~っと こう…。

太田コール?
「頑張れ!」とか ぶわ~って。

それ 3点目のとき…?
はい。 パチ~ンってスイッチ入って。

何か そこから 自分は
人生で一番分かりやすいゾーンに

入ったんですね。

(実況)先に取りました!

見違えるような攻撃を見せる太田。

史上最年少の全日本王者が誕生した。

相手が何をやるかも分かるし
自分の読みも全部はまるし

思ったとおりにポイントも全部決まる
っていうような体験をして。

そのときに
何か やっぱり 改めて…

自分に 何か 思えるようになって…。
17歳。

…が きっかけでしたね。

(掛け声)

人より多くの練習をする。

学校の部活だけでなく
父親による特訓も続いた。

練習時間を作り出すために
父は 毎日 太田を送迎。

骨折しようが 熱が出ようが
二人三脚の稽古は欠かさなかった。

その成果で 高校3年生のころ

実力は 世界レベルに届き始める。

正確に相手の背中を突く「振り込み」。

この得意技で
ワールドカップ3位に入賞した。

太田を支えた反復練習の日々。

8歳で剣を握り 大学2年生になるころ

その記録は 連続4, 000日に突入した。

でもね 「4, 000日」っていうと

あまりにも
ちょっと かけ離れすぎてて。

僕 これ 電卓で計算したんですよ。

11年7か月。

これね 普通じゃないですよね。
確かにね。

昨日 今日 明日
あさって しあさってみたいな

毎日 積み上がってきて。
で 父親が その数字を

毎日 書く… ホワイトボードに
消して 書いていくわけですよ。

で それが
100とか150とか200とか超えたら

これ もう一回 ゼロに戻すのって
やっぱ もったいないし

何か 強迫観念すら
出てくるわけですよ。

そうすると もう 歯を磨くように
顔を洗うように 当たり前のように

習慣化してくるっていうか。
もう「ルーティーン」になる…。

「ルーティーン」ですね。
一日一日の。

ルーティーンとなっていた反復練習。

ところが 太田自身

その意味を問い直す日が訪れる。

4, 300日間の練習が
途切れる日が来るんですけども。

何か 練習のための練習。

もっと言うと その4, 300日間の練習も

ある一線のレベルにきてから
その日数を

4, 300を 4, 301 4, 302みたいに…

本当に じゃあ…

今 皆さんがやられてる仕事が
本当に 仕事なんですか? と。

会社に行って パソコン 開けて
メール 返して…。

これ 仕事と思ってませんか?
みたいな話になってくるわけですよ。

ずっと今までやってきた…

4, 300日の練習っていうのは
大学3年生のときに途切れるっていう。

じゃあ みずからが?
そうですね。

もう 父親に
お父様と…。
言いに行って。

何か あとから父親の著書 読むと

何か「あのときは うれしかった」って
書いてるんですけど

絶対うそですから。
(笑い声)

猛烈に怒ってましたけどね。

新しいコーチのもと
戦術を磨いた太田は

大健闘を見せる。

準決勝
世界ランキング10位の太田に対するは

アテネの銀メダリスト。

一進一退のゲームを制したのは…。

(実況)どうか…? いった…!
勝ちました! 太田 決勝進出!

(アナウンス)「太田雄貴」。

日本人フェンシング選手として
史上初めてのメダルを手にした。

少年のころの夢が
現実のものとなったのだ。

自分の… 対しての その才能。

特に アスリートの場合って

圧倒的にあるじゃないですか。
ありますよね? 太田さん。

あの… どこを目指すかで

その求められる才能のレベルって違うと
僕は思ってるんですね。

「どこ」というのは?
やっぱりね

オリンピックのメダルとか
オリンピックに出るってなると

やっぱり 努力 プラスアルファって

絶対必要なんですよね。
そうですよね。 絶対いりますよね。

ただ 僕が仲いい…
何か アスリートとかって

何か やっぱ 中高生のころ
その競技で勝てなかった人たちも

かなりいるんですよ。

で そういう人たちは

やっぱり それでも 愚直に
やり続けて やり続けて

何かの パチンというきっかけから
どわっといく。

それが 人との出会いであったりとか。

例えば その場に
室伏さんのお父さんが

「君 すげえ才能あるよ」
っていう ひと言を

もし 言ってくれてたら
また 全然違うんですよ。

「えっ? 俺 才能あるんだよ」みたいな。
なるほどな。

で 結局 何か つまるところ やっぱり…

ほとんどの人は
そんなにちっちゃいときから

オリンピックで 自分が
メダル取れるっていうふうには

思えないですよ 普通は。

だから そういった意味では
僕は 普通じゃなかったとは思います。

小学校からは もう明確に…

道具を持つ競技は 僕は…

今でも。

その「ある程度」っていうのは
どのレベルですか?

オリンピック出る もしくは
メダルぐらいだったら

僕は 才能が そんなになくても
僕は いけると思ってます。

ああ 全国の若い方たち
聞いてください これ。

いや 僕は…。
本当に救われますよ 今の。

僕はいけると思います。
で 金メダルは

やっぱ 才能 必要ですね。

やっぱね 金メダリストは

才能ないと
たぶん 取れないと思いますね。

僕の 何となくですけどね…

打算的な人は取れない気がする。
うん 間違いないなあ。

自分は どっちかっていうと
計算が得意なタイプだったので

今 取ったら こうなるとかって
比較的 考えるタイプだったんですよ。

こういうタイプの人間には こう…

フッて女神がね ほほえんでくれない。

ハハハハ…! ほほえんでくれない。

2013年 太田は オリンピック招致の
プレゼンターを務めた。

Imagine that passion in 2020.

「TOKYO」!
(歓声と拍手)

決定の瞬間 涙を流して喜ぶ太田。

その姿をテレビで見ていた谷は
50年前の興奮がよみがえったという。

太田さんね…

とっても鮮明に覚えてるんです。

はい。 アベベ・ビキラとか。

ローマオリンピック はだしで。

「あっ 履いてる!」って。

そういう一つ一つ。

まさに後ろ…。
はいはい はいはい…。

オリンピック… まあね 本当
この放送をするときには

どういう また 形になってるか
分かんないですけども。

「太田さんは 何で オリンピックの招致
したいんですか?」っていうふうに

よく聞かれて。

僕が言ったのは 「いやいや もう…」

特に 日本は 世界も含めなんですかね。

日本は やっぱり
若い世代が自信を持ちにくくなってる。

生活観とか まあ
いろいろなことを含めてですね。

で 家 帰っても

両親も 比較的 こうね
サラリーマンやって みんな 疲れてて。

何か こう 夢も希望も そんなに…

何か 街じゅうに
あふれてるわけじゃないんで

その中に さっきおっしゃった
その小学校のときに見た

オリンピックの映像を

今でも覚えてる…。
はっきり。

だから 小学生たちには…

…っていうのは

なんてすばらしいプロジェクトだって
思ったので

オリンピック招致を…
まあ 参加したっていうのが

僕は 本音でしたね。

2016年 30歳の太田は 突如

選手引退を表明し 世間を驚かせた。

若い世代に 突き上げられ

僕は
気持ち良く引退することができました。

その後
日本フェンシング協会の会長に就任。

課題は ファンを増やし
フェンシングの価値を高めること。

それを成し遂げるために
太田は ビジネスの手腕を発揮する。

例えば 得点を示す表示。

就任前は見づらく 観客に不評だった。

そうしたニーズを発見した太田は
なんと 284枚のLEDパネルを発注。

単に 見やすさだけでなく

エンターテインメント性も
取り入れたのだ。

2017年は
こうした仕掛けや 丁寧な解説などで

観客の興味を引き寄せ

メディアへの露出も増えた。

さらに 2019年の大会では

プロジェクションマッピングで
オープニングを派手に演出。

次々と前例のないことを提案する太田に
当初は 疑問の声もあったが

粘り強く説得。

その結果 大会は 初めて黒字を記録した。

すごいじゃないですか。
新聞に書いてあった「利益を出す」とか。

フェンシングは導入してないけど…

太田さん どこで学んだんですか?
もしくは どこで感じたんですか?

だって 日本にあるビジネスって

99%は アメリカ
もしくは 中国にもあるビジネスを

日本で… 持ってきてるじゃないですか。

本当 それだけではないんですけど…
そうなんですよ。

それを日本人用に しっかりと
フィットさせてるものなので。

これは 脈々と…

やっぱり…。
でも 太田さんの今の年齢で

「脈々と次の世代に」って
そういう言葉は出るんですか。

もう 僕は 常にそうですね。 僕は本当は
こう言っちゃなんですけど

明日 辞めてもいいと思って
常にやってるので。

それこそ 老害になっちゃうんですよ。
若くて老害って 一番最悪ですよ。

どんなにすごい人でも やっぱり
同じポジションに居続けると駄目ですよ。

やっぱり 仲いい人には
「いや いや いや… やっぱり

そういう肩書とか やっぱ でかいから
やり続けろよ」って言われて

「う~ん」と思ったんですけど
あるとき

「いや… それだと

僕が否定してきた人たちの…
何か 同じことやってんじゃん」って。

年齢が若いだけで。
うん 若いだけで。

…と思ったときに ほかにやりたい方
もしくは 僕より より優秀な方。

より こう 組織とかも含めた構造を
理解している方が

やったほうがいいって
常に思ってるので。

今は ガタガタッといった協会から
グワッと上げるのは

たぶん 僕が一番適任だったと
思ってるんですよ。

最低限のビジネス 分かってて。
で フェンシングといえばっていう顔で。

ある程度 発言すると
メディアの人が引っ張ってってくれる。

選手のことも理解してるって。

この辺がそろってるのは
僕しか いなかったので。

だけども 協会自体が…
基盤が安定をしてきた段階で

次につないでいくっていうのは
当然の流れだと思うので。

「できない理由を探すよりも
できる理由を探すこと」を信条として

進化してきた太田。

向かう先は…。

どこにいきたいんですか? 太田さん。
う~ん。 まあ でも

やっぱり ちゃんと 海外で住む
っていうことをしてないことに対する

負い目が ずっとあるんですよ。

それは 何でですか?
生活を そこで してないから。

そこで やっぱり
国境を超えた人たちと

本当の意味でのビジネスをやってない
っていうのは

自分の中で
ずっと負い目でもあるんです。

ビジネスっていうのは
フェンシングではなくて?

フェンシング以外も含めてね。

それが ずっと自分の中ではあるので
これは 何か

このまんま 何か こう…
墓場までいくの 嫌だなと。

コロナで 改めて
人生って 本当 一回だから

ちゃんとしたほうがいいなと。

そうするためにも やっぱり
何か いろんなものを

何だろうな こう…
足かせに思うのではなく

何か
自由にチャレンジしていく局面は

やっぱり チャレンジしたいなとは
思いますね。

後半は 舞台をスイッチ。

東京 神楽坂の住宅街の一角に
谷の店はある。

海外遠征の多かった太田にとって
フランス料理は なじみ深いという。

こんにちは。

いらっしゃいませ。
ハハハハ…!

お待ちしてました。
かっこいいな。

よろしくお願いします。
とんでもありません。

僕のホームに ようこそ。
外から すごい いい香りしてましたよ。

すごいですよね。 これ たぶん
相当 近所迷惑だと思ってるんですけど

まあ しかたがないかなと。
うわ~ すごい!

谷のキャリアは50年。

いまだ 最前線で
技術や知識を高め続ける姿は

料理界で「レジェンド」と呼ばれる。

青首ですか?

僕は 太田さん あの… いわゆる…

全部…

網 何か 捕るの大変ですもんね。
大変ですね。

でも それしないと あの…

めっちゃうまそう!

どうぞ。
うわっ! やばっ!

(笑い声)

この色ね。 この全体。

これ 生じゃないかと
思われるじゃないですか 皆さん。

そうじゃないんですよ。
これ 完璧に火が入ってる…。

血 一滴も出ないと思うんですけど。
これ…。

おお~…! うん!

うわっ… いやあ…。

これ いい仕事 来たな 今回 本当。

さっきまで
「待ち時間 長い」とか言った自分に

何か ちょっと もう…。
ハハハハ…!

何か やっぱり
「待ち時間 長いんですよね」って

さっき ぼやいてしまった自分に…。
めっちゃおいしい!

うん! うまい!

あの… めっちゃおいしかったです。
ありがとうございます!

何か ホームに戻ってきてね
すごくほっとしてるんです 今。

でも やっぱり その…
コックスーツっていうんですか

いわゆる ある意味 戦闘服。

おお…。
ハハハ…。

へえ~ そうか そうか そうか。
で これも その…

コックコートっていうふうで
一つ こう 約束があるんですよね。

これ ダブルになってるじゃないですか。
はいはい。

ダブルになってるのは
身に 火の危険が及んだときにバッと…。

袖も これ 熱いものに…
オーブンに手を突っ込むとき

これでOKですよね。
へえ~…!

で 昔は クラバットって
ネクタイをしてたんですけれども

これも 調理場が
もう 異常に暑いんです。

コークスの時代ですから。
はあ~…!

で 冷蔵庫に入ったりすると
喉をやられるっていう。

で それが だんだん 飾りになりつつ

誰もしなくなり…。

で コックコートも
ダブルがなくなり シングルになり

で この折りも なくなりっていう。

歴史があるんですね。
時代とともに変わって… そうなんです。

そのうえに立ったときに
これは 言い訳ですけどね

何で コックコートじゃなきゃ
いけないの? っていう。

で Tシャツを着てると。
そう Tシャツ着てる。 ハハハハ…!

はい! 失礼しました。
そういうことを聞きましたけども。

料理の核となる素材。

谷には独特の哲学がある。

いやあ やっぱり しびれるなあ。

すごいね。

宮城の猟師から届いた野生のカモ。

すべて 網取りだ。

いいですか。 ほら。

もみですよ これ。 ここに 今 入って…。

きれいですよね 本当に。

11月中旬から2月中旬限定で

扱うのは 100羽ほど。

谷のもとに運ばれたカモは
単なる具材ではないという。

今日ね お出ししたカモでも 僕…

何で網に引っ掛かっちゃったの?
ハハハハ…!

来年の2月16日になったら
もう 北に

もう一回 飛び立てるよねって。
そうですよね うん。

ましてや 子ガモなんかだと
いやいや いやいや…。

何で捕まったのよと。
そうなんです。

そういうことを常に思いながら
やっています。

すごい!
ですから…

そこだけは いさめます。
なるほど。

素材を 本当に…
けったぐるようなことをする

またぐような… 僕は駄目です。
へえ~…。

じゃあ 今日のカモにも…。
そうです そうです。 もちろんです。

ちゃんとやろうっていう… はい。

だから 毛をむしるときも
そうなんですけどね

「フザンタージュ」っていう
まあ ちょっと 肉を

熟成させるっていうふうは
僕 しないんですよ。

来たら すぐに… 内臓は そのまま
放っておくんですけど

毛を取っちゃうんです。
はい。

何で 毛をむしるかっていうと

鳥の類って 生きてるときが
一番 毛 むしりやすいんです。

つまり 肉食の動物に
パンッてやられたときに

毛が抜けないと
捕まっちゃうじゃないですか。

なるほどね…。
抜けやすいんです。

ですから いきなり
熟成させんだよっていう

そっちではなくて

もとあった姿から
なぜ こうあったのか。

それは 過去に どういう経緯を通して

今 ここにいるのかっていうことを

若い人たちに伝えたい。
うんうん…。

ですから 素材に
畏敬の念を持ってねっていう。

ですから
すごくシンプルじゃないですか。

命を こう… 「いただきます」っていう。
僕は 全く その発想はないです。

全くないです。
ちゃんとやろうっていう。

谷の店の営業時間は
夜6時半から10時まで。

(フランス語)

仕込みは昼の12時から始まる。

コースは およそ8品。

調味料の特性や油の反応なども
すべて緻密に計算し

ベストの状態で皿に盛る。

短くても8時間
一度も休むことなく厨房に立ち続ける。

飲食というか
レストランやられてて

やっぱり長いじゃないですか 一日。

あの… そうですね。 長いですね。

大体…

一日のルーティーンって
日によって違うんですよ。

すべて お客さんしだいなので。
なるほど なるほど。

そこで もう
大きな狂いが生じてくるっていう。

ですから あんまり取り決めをしない。

じゃあ 何か 毎日の日課みたいなのは
あるんですか?

日課はありますね。
おお~ 日課はあるんですね。

日課はあります。
どんなことを日課とされてるんですか?

最後の掃除です。
ああ~…。

じゃあ 何か 例えば 定休日の前日に
みんなでやろうとかじゃ…。

ないです。

ですから 年末だから大掃除しようは
うちにないです。 いつもと一緒です。

だから ずっと ピカピカなんですね。
そうです。 何も変わらないです。

ですから 僕 仕事終わりの掃除のときも
片手に歯ブラシ持ちますから。

へえ~…!
ねじの… 目地も全部やるんで。

表面がきれいは嫌です。

バーナーも…

その彼らが…

全部 オーブンから 全部 やります。

で 上から 全部。

スタッフですから。 はい。

もう それ以上でも それ以下でもない。

そのときに 僕は 決め事として
最後 自分で掃除をする。

なるほどね。
はい。

ですから 鍋磨きもしますし 当然。

そういうところで 何か…

ここに店を構えて四半世紀。

深夜2時ごろ 屋根裏のねぐらに戻る。

大体… 大体 こんなパターンです。

大体 こんなパターンですね。
こんな感じです。

4時前に寝ることは あんまりないです。

もう ひどいときは
本当に 7時になったり 8時になったり。

ですから とにかく
部屋を真っ暗くするのに

このカーテンだけじゃ足らないんで
段ボールで 一回 真っ暗にして。

ハハハハ…!

新しい食材の組み合わせや
経営方針を考え

眠りに就くのは明け方になるという。

進化を追求し続ける谷のストイックさに
太田も脱帽だ。

何か 谷さん 家に…
家っていうか その…

ここに寝泊まりしてるっていうのを

僕 何か 記事で拝見したんですけど。
そうなんです そうなんです。

そのとおりなんです。

家に帰るのは すごくいいんです。

ただ 緊張感 なくなっちゃうんですよ。
へえ~!

言わんとすることは分かります…。
全部がオフになるから。

疲れないですか?
めちゃめちゃ疲れます。

もう ここにいてて…
本当に 何だろう

安眠できたなっていうのは
ほぼないですね。
ふ~ん…。

でも…

じゃあ 家は… お休みの前日とか?

ですから 日曜日
定休日 頂いているんで

土曜日 仕事が終わって
まあ 大体 明け方ですね。

うちの奥さんと結婚して もう
46年ぐらいになるんですけれども

たぶん 彼女と僕
3分の2は いないです。

すごいですね。
はい。 すごいです。 …と思います。

ですから 以前
ちょっと 料理の雑誌でね

いろんなインタビューがあって
100人のシェフが出てて

「尊敬する人」って書いてあったんです。

僕 何の躊躇もなく
「僕の奥さん」って。

で 残り99人 みんな
料理人の名前 出してるんですよね。

ハハハハ…! 「ないな」…。

普通 ちょっと
気 遣いなさいよみたいな…。

1952年 谷は 東京 新宿に生まれる。

「料理人」の言葉の響きに憧れ

18歳で専門学校に入った谷。

知人の紹介で
六本木のフランス料理店で

アルバイトを始める。

そこで出会ったのが

後に日本のフレンチの草分け的存在となる
実力派シェフだった。

学校にバイトに めちゃ大変ですけど。
いや バイトっていっても もう…

これはね
もう 間違いなく言えることは

やばいところでしたね。

フランス人が 日本に来て
まだ1年目の人だったので

日本語は もう 片言なわけですよ。
なるほど。

ほぼフランス語じゃないですか。
はい。

「あっ フランス料理って
まず ここなんだ…」っていう。

もう 卵からかえった
ひなみたいなもんですよね。

彼の言う話…

ですから まあ 当時の
厳しい日本人のシェフたちとは

全く違う。
僕 一回しか怒られたことないんで。

へえ~…!
7年間いてて。

「谷 それは違う」っていう。

こんな感じです。
「それは違う」っていう…。

ですから それがなくて

たぶん
厳しい日本人のシェフの下でしたら

僕は すごく生意気ですし
反骨心も強い人間なんで

たぶん もう この業界には
いなかったと思います。

へえ…。
無理だよなっていうふうで。

本場フランスでも腕を磨き

日本のフランス料理界を牽引してきた
谷のもとには

年間100件以上の講演依頼が来る。

2012年には 食文化研究の第一人者
辻 静雄の賞に選ばれた。

「現役の料理人として
卓越した技術を発揮し

日本の食文化の向上に貢献した」と
評価されている。

ところが
谷の著書には こう記されている。

それは 谷独特の
才能に対する考え方を示している。

僕からしたら
才能の塊だと思っちゃうんですけども

ご自身が 才能がないと思われる…
何か きっかけ…?

もう 小僧のときに
僕 もう 気が付いてましたんで。

例えば 才能のある人間って
教わらなくても できるんですよ。

例えば ここに 子牛の半分が来てる。

で 「やれ」って言われたときに
できちゃうんですよ。

ふ~ん…。
僕は どうしてたかっていうと

うちの奥さんの姉が獣医をやってた。

で 「すいません お義姉さん。

解剖学書をお借りできますか?」
って言って

子牛の所を開けるわけですよ。

そうすると この脊椎の構造が出てる。

先輩がさばいた骨を家に持って帰って
照らし合わせる。

で 今度は
自分の手に覚えさせるために

包丁の動きを
こういう形でやっていくっていう。

ですから 僕が 先ほどは

もう 何でもなく
カモをさばいてましたけど

僕は 鳥がさばけるようになったのに
1年かかりましたから。 はい。

僕がよく言うのは
何か 才能ある人って

何か こう 「ボールがピュッて来たから
ヒュッて振ったらポンッて入った」とか。

長嶋さんですよね。
…とか。

「こうやって打ちゃあ いいんだよ」。
…とか フェンシングでも

「来たから パンパン! って
返したんだよ」とかってあるんですよ。

けど 往々にして…

ああ~…。
で スランプに ボコンとはまると

要は 言語化力がないから

本質として ロジックとして
理解してないので

解剖書 見て 何となく こうだから
っていうふうな経験がなく

できちゃってる人だから
そういう人たちって こう…

指導をする側には 当然 回れないし。
はいはい はいはい… 分かります。

…っていうようなデメリットも
結構 あるんだと僕は思っていて。

谷さんの才能というものの捉え方が

非常に 僕と近いなっていうふうには
今 思ったんですけど。

ただし 負けたくないんですよね。
うん… そうそう。

そういう才能のある人と自分を
比較したときに

じゃあ…

彼らに持ってないものって何?

それは…

すべてに意味がある。
じゃあ そこを

もう一度 勉強し直そうって思ったのは
僕 28か29のときですね。

全部 さらにして。
で それを思わせてくれたのが

当時 日本一厳しいっていわれてた
シェフのもとで

僕 研修させていただいて。

そのシェフがすごいのは
分かってるんです。

ただ そのスタッフたちが
半端じゃないんですよ。

へえ~…!
ほぼ同世代で。

あっ これ 絶対無理だなと…。

そこで もう
全部 考え方と方法論を変えて。

ですから…

ですから 僕は二流。

つまり 太田さんのように…

でも 「僕たちのような二流の人間は

じゃあ そのままなんですか?」
って言われたら もう

辞めたほうがいいじゃないですか。
「無理 無理 無理 無理」って…。

でも…

「超一流にはなれない」
自分は分かってます。

ただし…

…だと思っている。 はい。

はい お疲れさま~!
お疲れさまでした~!

お疲れさまです!
いただきま~す!

谷の店で働いた若者は 120人以上。

力のある者は 30歳になる前に
フランスへ送り出す。

シェフになったら 皆 対等だ。

また 一から出直しです。 はい。

よし。 給料も出直しでいこう。
ハハハハ…!

それでいこう。 いいこと聞いた。
お願いします。

へえ~!
はい。

へえ~! すごいですね。
「いません」って…。

「いません」って言える…。
つまり 自分の料理を作らなければ

自己表現は不可能なので。
うん…。

僕は僕なんで。
太田さんは太田さんじゃないですか。

太田さんのフェンシングが
やっぱり あるわけですよね。

それと たぶん 一緒かなっていう。

ですから…

谷の料理に魅せられ
リピーターとなる客も多いが

提供する品は 毎回 必ず変える。

そんな谷の これからとは…。

僕 うなぎ 大好きなんですよ。

で おそば 大好きなんです。

天ぷらも好きなんです。
で おすし。

これってね 日本料理のカテゴリーに
入ってるじゃないですか。

400年以上の系譜があるんですよ。
で いまだに変わってるでしょ。

見た目 変わんないんですよ。

でも もっとやれることがある
っていうふうで

まあ 職人さん シェフたちが
やってらっしゃるのを見てて。

そういう意味では…

…と信じてます。

それも 全部 僕の修業です。
まだできるっていう。

死ぬまで修業ということですね。
そうですね。

で 結局
「分かりませんでした」って言って

あの世に行くんですね。

料理って それでいいと思います。
だから 面白い。

でも それが
人生そのものなんじゃないですかね。

そうですね そうかもしれないですね。

ありがとうございます。
いえいえ…。
頑張ってください。

ありがとうございます。
本当に…。

もう とても とても光栄です。
いえいえ いえいえ…。

じゃあ 次は 食べに行きますので…。
もちろんです。 はい。

黒トリュフ。
はい 黒トリュフ。

ハハハハ…!
パイ包み。

結構 クラシックなの食べたいなと思って。
いやあ ちょっと…。

得意ですよ。
本当ですか? ちょっと今度 いいっすか?

1個ですよ 太田さん。

そのときの時価 表示しますから。
はい。

いい値段しますけどね。

でもね フランス行くこと考えたら
飛行機代…。

まあ 確かに。 それは… すごいな。

これが腹太いですよね。
こういうのが好き。

♬~

あなたにとって台所とは
どんな場所ですか?


関連記事