ごごナマ「気になるブームの今むかし 岡野と城が語る!サッカーブーム」 八塚浩、岡野雅行、城彰二


『ごごナマ「気になるブームの今むかし 岡野と城が語る!サッカーブーム」』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/05(火) 
ごごナマ「気になるブームの今むかし 岡野と城が語る!サッカーブーム」[字]
ワールドカップ直前!ドーハの悲劇などかつてのサッカーの名場面を大放出!『気になる!?ブームの今むかし・サッカー特集』【ゲスト】岡野雅行・城彰二(元日本代表)
詳細情報
番組内容
ワールドカップ直前!サッカー大特集!ペレ、釜本邦茂、三浦知良、中田英寿、ベッカム…時代が生んだスーパースターたち。ドーハの悲劇、マイアミの奇跡、ジョホールバルの歓喜!くやし涙や奇跡のプレー、大歓声がたっぷりつまったサッカー名場面を大放出!『気になる!?ブームの今むかし・サッカー特集』▽ちょっとひねった謎解きで脳をストレッチ!?『脳すと』▽【ゲスト】岡野雅行・城彰二(元日本代表)
出演者
【MC】船越英一郎,美保純,阿部渉,【ゲスト】八塚浩,岡野雅行,城彰二
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『ごごナマ「気になるブームの今むかし 岡野と城が語る!サッカーブーム」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

ごごナマ「気になるブームの今むかし 岡野と城が語る!サッカーブーム」
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  3. 岡野
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  5. サッカー
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  8. 八塚
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  10. ボール



『ごごナマ「気になるブームの今むかし 岡野と城が語る!サッカーブーム」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


船越≫午後3時もまだまだ

「ごごナマ」続きます。
阿部≫編集長のカーディガンも

替わりました。

きょうは三遊亭円楽さん

大石静さんは、お休みです。

すてきなゲストが後ほど
いらっしゃいますので

ご期待ください。
この時間のラインナップです。

「脳すと」頭のストレッチです。
ヒントが書いてあります。

手を見ると分かる。

船越≫手を見ると分かる?

きょうは2人で「脳すと」をやる
んだよ。

美保≫当てないとまずいね。
何が分かるんだろ?

船越≫皆さんも
一生懸命考えてください。

阿部≫
「気になる!?

ブームの今むかし」

サッカーブームについて取り上げ
ます。

船越≫もうすぐロシアね
ワールドカップ始まります。

熱くなります。
阿部≫懐かしい映像も

用意しています。
まず「脳すと」です。

かたくなった頭をやわらかくして
いただきましょう。

モニターに問題を出します。
テレビの前の皆さんも

一緒に考えてください。
1問目です。

こちらの文字を並び替えてできる
サッカー選手は誰でしょうか。

船越≫はい。
阿部≫まだまだ。

シンキングタイムです。
「脳すと」タイム。

船越≫はい!分かった。
美保≫分かった!

阿部≫まだまだ。
これは分かりますよね。

しずかうらよみと書いてあります。

シンキングタイムは30秒です。
サッカー選手です。

背番号は11番。
<笑い声>

船越≫もう答えだよ。

阿部≫一斉にお答えをいただき
ます。

船越≫三浦知良。

美保≫三浦知良。

<拍手>

阿部≫一発できましたね。

分かりましたか?

テレビの前の皆さん
いかがでしたか?

第2問です。

いろんな数字が並んでます。

これが表すのはいったい

何の勝負でしょうか。

お考えください。
シンキングタイムです。

美保≫何の勝負?

船越≫はい。分かった!
美保≫分かった!

阿部≫
美保さんはなぜかは脇を

押さえながら手を上げている。


ひらめきましたか。
ヒントは数字ですよね。

この数字がいったい何を表して
いるのかお考えください。

船越≫大ヒントが
ずいぶん前に出ました。

阿部≫皆さんにはお考えいただく

ということで忘れ物をしてしまい
ました。

船越≫阿部ちゃんも「脳すと」
したほう

がいいんじゃないですか。
阿部≫発表の前にこちらを

ご覧ください。
船越さんどこでしょうか。

船越≫東尋坊じゃないですか。

阿部≫サスペンスドラマでもよく

登場する名勝、東尋坊です。

船越≫海岸から対岸が撮れるので
いい絵が撮れるんです。

阿部≫福井の魅力を再発見できる

BS1の番組があります。
好評につき今回で第4弾となる

地方出張です。

東尋坊や越前ガニ
禅のお寺、永平寺など

魅力いっぱいの
福井県ですけれど…。

阿部≫実は、外国人には
よく知られていないんです。

そこで、福井に暮らす外国人が
体当たり取材をして

福井の
クールな魅力を発掘します。

阿部≫残念なことに

福井を訪れる外国人の

宿泊の
数は全国46位です。

船越≫意外。
阿部≫でも福井には日本一を誇る

ものがいろいろあります。
例えば福井県が55年連続で

購入金額日本一になっている
食べ物があります、ご存じですか。

船越≫今出たやつではなくて?
阿部≫出ていましたか。

美保≫生っぽいやつ。
阿部≫できましたか。

正解はこちらです。

阿部≫購入額は
全国平均のおよそ2倍。

まさに福井のソウルフードです。
中には、こんな大きなものまで。

なぜ、こんなに
大きい油揚げがあるのか。

実は、仏教の信仰と
深い関係があるようなんですが

詳しくは番組で。

美保≫揚げたてが食べたいですね。


船越≫おいしそう。あの中に
おみそとか入れるといいよね。

阿部≫ほかにも
まだまだ福井、日本一があります。

高さ17mの大仏です。

屋内の座像としては
奈良の大仏を抑えて日本一です。

美保≫写っている人は
模型じゃないですよね?

阿部≫大きさがお分かり
いただけると思います。

実は、この大仏には1人の男の
知られざる熱いドラマが

秘められているそうです。
あわせてご覧ください。

ぜひ番組をご覧ください。
ご期待ください。

先ほどの「脳すと」
第2問です。

阿部≫この数字が表すのは

何の勝負かということでお分かり
いただいたということです。

お答えいただきます。

船越≫じゃんけんぽん!

美保≫じゃんけんぽん!

阿部≫そうです。
じゃんけんです。

指の数を数字で表しています。

きょうはお見事ですね。
頑張りましたね。

美保≫きょうは
おちゃらかほいの

話をしていたので
それがよかった。

阿部≫そうですか。
では

「気になる!?
ブームの今むかし」です。

きょうはサッカーを取り上げます。

阿部≫いよいよ14日に開幕する
サッカーワールドカップ

ロシア大会。
果たして栄冠を手にする国は

どの国なのか。
そして、日本代表は

勝利を収めることができるのか。
日本国中が注目する中

今、大人世代の人たちにも
サッカー人気は高まるばかり。

こちらは、お父さんの強い希望で
サッカー教室に家族で参加。

阿部≫そして、こちらは
60歳以上から100歳までの

シニアの方々が利用する
デイサービス。

きょう
サッカーをする予定なんですが

一向に始まる気配がありません。

おや、頭に鉢巻きを巻いて

いよいよ

サッカーが始まるんでしょうか?

サッカーが始まると思ったら

何ですかね、この棒。


実は、棒を使って
サッカーをする「棒サッカー」。

いすに座って
手だけでできるサッカーとして

デイサービスを利用する
シニアの方々に人気です。

今や、全国大会まで開催される
シニアに人気のスポーツです。

こちらのデイサービスでも
全国大会目指して練習の日々。

船越≫いいですね。

阿部≫棒サッカーです。

船越≫ご自身で若返ると
言えるんですから。

美保≫シュートする人

いるんでしょうね。
作戦があるんでしょうね。

船越≫大会がある
っていうことはね。

阿部≫気持ちも若返りますね。

きょうはサッカーがテーマです。
お詳しい方をお迎えしています。

サッカーの解説をされている

フリーアナウンサーの
八塚浩さんです。そして

初めて日本をワールドカップに
導いたお二人にも

お越しいただきました。
フランス大会に出場した

城彰二さんです。
城≫よろしくお願いします。

そして現役当時のニックネームが
野人。

フランス大会のゴールを決めた
岡野雅行さんです。

岡野≫よろしくお願いします。
阿部≫14日に開幕する

ワールドカップ。

日本代表、どうでしょうか?
城さん。

城≫絶対やってくれると思います。
信じてください。

船越≫信じる力も力ですからね。
岡野≫もちろん

やってくれると思いますし
日本のために、日本サッカー界の

ために戦ってほしいと思います。
阿部≫日本代表の試合の日程です。

日本時間の19日に
コロンビア戦です。

果たして決勝トーナメントまで
進めるでしょうか。

八塚さん、強豪ですよね。
八塚≫すごいメンバーです。

それだけ楽しみです。

阿部≫ぜひとも勝ってほしいです。

船越≫コロンビアね。
頑張ってほしいね。

ここのところコロンビアに、分が
悪いですからね。

阿部≫これまでのサッカーブーム
を振り返ります。

まずは1960年代です。

新聞が出てまいりました。

1968年
メキシコオリンピックで

日本はサッカーで初の銅メダルを
獲得しました。

注目するのはこちら
背番号15番

日本のエース・釜本選手。

実況≫釜本へ合わされません。
今度は合わせた、ヘディングだ。

シュート、ゴールイン。
ゴールイン、ゴールインです

左足で杉山からのゴール!
見事にゴール右隅に決めました。

阿部≫続いても
強いキックが持ち味

釜本選手の2点目です。

実況≫釜本がシュート
ゴールイン!釜本2点目!

阿部≫釜本選手は
このオリンピックで7ゴール。

最多の本数で
大会の得点王に輝きました。

阿部≫今、見ても熱くなりますね。

船越≫
熱くなりますね。

このオリンピックは僕たちが

これを脳裏に焼きつけた
最初のオリンピックです。

城≫僕たちは実際には見たこと

なかったので、今、見て

すごい選手なんだなと
改めて思いました。

阿部≫それまでは日本代表

とは八塚さん、世界的には

無名だったんですよね。

八塚≫そうですね。
東京オリンピックというのが

あったんですが
振り返れば1960年に

デットマール・クラマーさんを
お呼びして

日本のサッカーの種を
まいてくれて

着実に育つように
基本的なことを教えました。

インサイドのキック
ヘディングはこうだとか

走りながら考えるとは
こういうことなんだと

それが東京オリンピックで
少しずつ開花してベスト8。

しかしながら
無名だった日本がそこまでできる

次の大会がメキシコです。
そのときのメンバーの集大成が

銅メダルにつながりました。
無名だったんですけれども

サッカーの種を丹念に

まいたんだなという気がしますね。
阿部≫メキシコオリンピックで

初めて登場したものがあります。
純さん、分かりますか?


美保≫初めて?
何だろう?

ユニフォームの中の
インナー

何を言っているんだろう私。
ユニフォームとか気になって。

船越≫VTRを見ていたら
分かるの?

阿部≫分かりますよ。正解です。

八塚≫ボールがまさかのコースに
入りました。

船越≫黒白のサッカーボールが
初めて導入されたんですね。

八塚≫テレビの影響です。

当時モノクロというか
白黒の画面で

使っているボールは白か
もしくは茶色でした。

そのとき映りが悪くて
分かりづらかったんです。

サッカーはボールが動きますから
それが分からないといけません。

茶色のボールは白黒の画面だと
だめなんです。

白黒のボールが生まれたのが
メキシコの

オリンピックだったんです。

正五角形のマーク
サッカーボールの絵を描くとき

必ずこれを描くようになりました。

定着するようになったんです。
船越≫一説によると日本人が

考案したと言っていました。

八塚≫それは分かりませんが
そうかもしれません。

すばらしいアイデアです。

阿部≫岡野さんは

子どものころからこのボールが
当たり前でしたか?

岡野≫当たり前でしたね。

阿部≫茶色だと土と

まじって分かりづらいですよね。
岡野≫重いイメージがあります。

蹴ったら痛いんじゃないかなと。

美保≫油を吸っちゃいそうな感じ。

阿部≫テレビの影響で
白黒ボールが

メキシコオリンピックで
登場しました。

続いて1970年代です。
1970年のワールドカップ

メキシコ大会でブラジルが
エースの活躍で

3度目の優勝を果たします。
このときのエースは

皆さんご存じでしょう。
船越≫ペレですね。

阿部≫サッカーの王様、ペレです。
ペレが決勝で挙げたゴールです。

ゴール前、背番号10
ペレの動きに注目です。

実況≫ペレが待っている!
決まりました、ブラジル先制点。

阿部≫密着マークを
ものともせず

168cmのペレが
長身の相手選手よりも

はるかに高く跳んで
見事なゴールです。

ペレの活躍で、ブラジルが
3度目の栄冠を獲得しました。

阿部≫城さん、どうですか?

あの高さ。

城≫僕もヘディングが

得意なんですが

ペレを見ると跳躍力が高すぎて
手が長いんですよ、ものすごく

手の反動でうまく
跳んでいるんですね。

今見るとすごい選手ですよね。

船越≫身長がそんなに
高くなかった。

それもあって
日本でも大変な人気でした。

阿部≫岡野さんはどうですか。

岡野≫人の動きじゃない。

ばねとか

スピードとか

まねできないなと思いました。

阿部≫ペレは、この
試合でMVPを取りました。

八塚≫スウェーデン大会に
出場したときは17歳でした。

あまりのすばらしさ、存在感で

ペレの10番が後の

サッカーといえば

エースは10番という印象を

つけました。

単なるゼッケンだったんですが

ペレ以降は10番は特別な番号に
なりました。

阿部≫お二人もうなずいています。
10番は特別ですか?

城≫10番は
チームの特別な存在です。

何回も申請したけれども
お前にはつけさせないと

言われました。
岡野≫10番を

つけたかったんですが
全く10番の選手ではないので。

阿部≫メキシコ大会で
またまた問題です。

初めて導入されたものがあります。
船越≫選手を交代させるやつ?

阿部≫違いますね。

美保≫これですか?

阿部≫すばらしい!

すばらしいのにポケットから

イエローカードを

出してしまいました。
イエローカード、レッドカードが

できたんです。
なぜ導入されたんですか?


八塚≫これもサッカーというのは

進化する競技だと思いますが

今までは

主審がファウルをおかした選手に
ことばをかけて注意をしても

選手も主審との
コミュニケーションが

取れなかったことあります。
まず1つの要因ですね。

もう1つは観客が見ていて
これはいったいどういう注意を

与えてるのか。
今まで、コメントが

分からなかったんです。
イングランド人の審判部の方が

帰宅途中だったそうですが

一説によれば

歩いていて信号を見ていて

これはいける
世界共通だろうと思ったんです。

何かがあってだめだ
というときは赤。

注意でイエロー
それが

このカードの始まりです。
そしてこのワールドカップで

スタートしました。
大きなカードだと大変でしょうし

小さくても見えないので
手ごろサイズで導入されました。

美保≫手を胸に審判が
やっているのを見ると

怖いですよね。
阿部≫城さん、岡野さん

レッドカードはありますか。

城≫現役中あります。

レフェリーにボールを蹴って

レフェリーの顔に当たりました。

判定に不服があって

20mくらい離れていたんですが
思い切り蹴ったら

顔に当たったんです。
それでレッドカードになりました。

そういうときだけ
うまく命中するんです。

岡野≫僕は野人と呼ばれています
がJリーグが

開幕して初めての

フェアプレー賞をいただきました。

あまりないんです。
退場はあまりありません。

阿部≫城さん
レフェリーに注意されるんですか。

城≫呼ばれて注意されて

どかんと
突きつけられて退場です。

理由はあまり言われません。
理由は分かっています。

阿部≫これ以降

先にネタを言ったり、あるいは
問題発言をした人には

イエローカードを出します。
気をつけてください。

続いて1974年です。
ワールドカップ西ドイツ大会です。

この中で活躍したのがオランダ
代表です。

中でも注目を集めたのが
ヨハン・クライフ選手です。

八塚≫この人は

サッカーを好きな人はご存じ。

そんなに知らない方でも
クライフという名前くらいは

知っていると思います。
トータルフットボールという

ことばが生まれました。

自分たちのポジションを決めずに
攻撃の起点にもなれば守備にも

なる。
オランダのときに言われたことが

非常に印象深く残っています。

このときのチームは
11人のディフェンダーがいて

10人のフォワードがいる
そういうチームだと

表現されました。

全員守備、全員攻撃。
クライフは、その要です。

テクニック的にも優れています。

ちょっとしたときでも
かわしてターンをしたり

空飛ぶオランダ人と
言われていました。

阿部≫クライフ選手ですが
もう1つ、あることで

注目を浴びます。

ユニフォームに注目してください。

同じようで違うところがあります。

美保≫短い服なの?

船越≫腕に何かを巻いている?

ラインの数ですか。

阿部≫そのとおりです。
ほかの皆さんは3本です。

クライフ選手は2本です。
船越≫本当だ。

八塚≫大人の事情です。
当時、3本線の

スポーツメーカーと
契約していました。

したがって全員が

シンボルである

3本線が入ったもの

クライフは

個人契約で別のスポーツメーカー
と契約していました。

どうするのかということで

2本線のユニフォームにしました。

後に2本線のユニフォーム
としてまねする人も生まれました。

阿部≫1980年代です。
ある2つの

出来事があります。
サッカーが日本人にとって

身近になります。
1つ目がこちらです。

クラブ世界一を決める
トヨタカップが日本で開催される

ようになりました。
この大会は日本にどのような影響

をもたらしましたか?
八塚≫クラブチームと代表チーム

戦ったらどっちが強いんだろうと
思うことがありませんか。


今まではなんとなく
代表チームのほうに

日本人は目がいっていました。
クラブチームというのは

まあまあお金をかけます。
欲しい選手をパーツパーツに

入れます。
熟成された強いチームが

出来上がります。
これがクラブです。

国とは違います。
ヨーロッパの

クラブナンバー1それから
南米のクラブナンバー1を

ぶつけたら
夢のような対決になります。

これがトヨタカップの
スタートです。

これをもとに
世界のクラブに日本でも

目がいくようになりました。
イングランドにはああいうチーム

があるんだ。
ドイツにはこのチームと。

トヨタカップのいちばんの意義は
そこだと思います。

そういうおもしろさを
教えてくれました。

阿部≫2つ目です。
子どもたちの間で

サッカーブームが起こります。
そのきっかけが

「キャプテン翼」です。
阿部≫後のプロサッカー選手にも

大きな影響を与えたそうです。
お二人はどうですか?

城≫これを見て

ドライブシュート
とかまねをしましたね。

公園でやっていました。
首から落ちて痛かったりしてね。

それでも憧れて。

テレビもやったんですよね。
船越≫アニメでね。

城≫アニメの番組が終わったら
ボールを持って

公園に行ったくらいですから。

岡野≫若嶋津という

ゴールキーパーがいて三角跳びと
いうのがあってね。

シュートを打たれたら

逆に跳んでポストを打って
返ってくる。

それが全然できなかった。
あれは絶対にできなかったですね。

<笑い声>
阿部≫この漫画をきっかけに

子どもたちの間でサッカーブーム
が起きたわけです。

日本のサッカーは
どういう状態だったんでしょう?

八塚≫60年から80年は

おもしろいなと思うんです。

60年代に種をまいた日本の
サッカーが

世界に向けて上昇していった
ように見えたんですが

70年代、低迷期に入ります。
一過性のブームがあります。

上がったものは下がっていきます。
80年代に入って

90年代に向けていくんですが

低迷した時代から
少しずつ上がっていった

その起爆剤になったと思います。

世界的に「キャプテン翼」は

有名な選手は

あの翼によって教えられた
と言っています。今でもそうです。

今度、神戸に来るイニエスタ選手
あの人も翼の影響を受けました。

各クラブの有名選手は、大体
「キャプテン翼」の影響を

受けています。

船越≫日本の文化が
世界のスポーツを育てたという

ことですね。
阿部≫1980年代

中でも85年のワールドカップ
メキシコ大会、アジア最終予選

韓国に勝てば日本念願の

ワールドカップが決まった試合
です。

国立競技場のゲームには
6万2000人が集まりました。

話題となったのが伝説の
フリーキック、ゴールまでの

距離は30mありました。
日本43分、エースの木村。

日本のエースが決めた
まさに、神業ゴールでした。

城≫僕はこの試合を実際に
見たことはないんです。

全然興味がなくて。

僕は野球少年だったので
ジャイアンツ一筋で。

だからワールドカップに
つながっている大会と思って

見たことがなかったんです。

今、見て、ああそうだったんだな
って改めて思います。

岡野≫すごかったですね。

木村和司さんは、たまに
Jリーグでも

練習で教えに来てくれるんです。
そのときもゴールが

ほとんど入るんですよ。
すごいですね。

八塚≫当時、木村さんの

フリーキックは、PKよりも

決まる確率が高いと言われたん
です。

80年代を代表する名場面です。

阿部≫ところが、この試合では
あのフリーキックの得点だけで

2対1で韓国に敗れました。

その後の韓国の試合でも負けて
ワールドカップに出場は

なりませんでした。
日本は惜しくも出場できなかった

ワールドカップメキシコ大会で
新たなスターが誕生します。

アルゼンチン代表
ディエゴ・マラドーナ選手。

城さん、マラドーナ選手の
すごさはどんなところですか?

城≫この方は
身長が低いんですけれど

ドリブルとシュートが
ものすごい選手で

伝説のシーンがあります。
5人抜きというところ。

僕は、これをテレビで見ましたが
これでサッカーが

好きになりましたね。
こんなことができるんだと

初めて思いました。
阿部≫その映像があります。

メキシコ大会準々決勝

アルゼンチン対イングランド戦で
マラドーナが見せた

伝説のゴールシーンです。

まずは、伝説の5人抜き。

マラドーナがいるのはここです。

1人抜きましたね
2人目、3人目

4人抜きました
キーパー5人目抜いてゴール!

続いて伝説の、神の手ゴール。

マラドーナがいるのはここです。

実況≫後半開始5分
両チームまだ得点、ありません。

マラドーナの華麗なドリブル。

阿部≫マラドーナ、ヘディングで
ゴールを決めました。

ヘディングで決めたと思った
このゴール、よく見ると

頭の上に、左手が

伸びているように見えるんです。

実はこれこそ、後に物議を醸した
神の手と呼ばれた

伝説のゴールです。

それでは最後に
もう一度見ましょう。

美保≫ハンドっぽくね?
みたいな。

阿部≫あまり突っ込まないほうが

いいんでしょうね。
八塚≫マラドーナの手ではなくて

やっぱり神の手
だったんじゃないかしら。

このロシア大会はVARというの

導入しました。
ビデオアシスタントレフェリーと

いうものです。

これで恐らく綿密に

マラドーナの

あの時代にあったならば
ハンドだったでしょうね。

当時はそういうことはジャッジの
中に入っていませんでした。

今はテクノロジーが
入っていますから。

阿部≫岡野さんは
マラドーナ選手には、どういう

印象を持っていますか。
岡野≫めちゃくちゃ大好きで

まねをしました。
マラドーナのドリブルは

相手の逆をついてタイミングで
抜くんです。

私は、どちらかというと
一直線なので

まっすぐいくんですよ。

アルゼンチンにいた選手がいて
どちらかというと、そっちの

選手をまねしていました。
岡野さんも

100m10秒台ですね。
城≫伝説があるんですよ。

バスケットシューズを岡野さんが
履いていて野良犬と競争して

勝ったんですよ。
船越≫犬より速いんだ。

城≫だから野人なんですよ。
阿部≫アルゼンチンはこれで

優勝してMVPは
マラドーナになりました。

90年代、日本のプロリーグ
Jリーグが93年5月15日に

スタートします。
当時の新聞、歴史的と

書いています。
新時代の幕開けです。

お二人はこの歴史的瞬間は
どういうふうに迎えていましたか。

岡野≫大学生で
学生寮で見ていました。

サッカー部の寮です。

城≫僕は高校生だったので
テレビで見て

すごいリーグだなと。

自分があそこに入りたいという
夢を近づけてくれた。

それまでは海外しかなかったん
ですね、プロリーグが

日本にもできたということで
目標にするようになりましたね。

八塚≫開幕日が

93年5月15日でして

まずチケットが取れない。

ヴェルディ川崎の選手の皆さんに
チケットが余っていませんか?

と聞いたら、われわれも
取れないんですよっていうぐらい

空前のサッカーブームでした。

阿部≫この年の10月

日本代表はワールドカップ

アメリカ大会の出場を
懸けてアジア最終予選を戦います。

初めての外国人監督

オランダ人の
ハンス・オフト監督でした。

オフト監督の戦術が
流行語にもなりました。

船越≫覚えていますよ、もちろん。

阿部≫目がね。

正解は。
船越≫アイコンタクト。

八塚≫連係プレーのときに

選手どうしが視線を交わして
意思の疎通を図るんです。

オフト監督はシンプルに
物事を教えてくれました。

アイコンタクトとか

スモールフィールド
トライアングル

本当に分かりきっていること
なんですがこうするんだよって。

このアイコンタクトはわれわれも
職場でずいぶん使うように

なりました。
ちょっと飲みに行かない?とか。

そんな感じでした。

阿部≫そして日本代表は
アメリカ大会に向けて

最終戦を迎えます。
相手はイラク代表。

勝てば念願のワールドカップが
決まります。

お二人はこの試合を
ご覧になっていましたか。

城≫テレビで見ていました。
岡野≫学生寮で見ていました。

阿部≫引き分けでは

だめだったんです。

勝てばワールドカップ

日本が2対1とイラクをリード
した後半の終了間際のシーンです。

実況≫最後はこのコーナーキック。
あとはレフェリーの時計だけ。

ショートコーナーです。
センタリング要注意。

さあ、ディフェンスに入る。
来た!また入った!

入った同点!同点になりました。
ここで笛が鳴りました。

日本、最後の瞬間に
アメリカへの道を

閉ざされました。

阿部≫日本中がぼう然としました。
ドーハの悲劇です。

船越≫シーンとしましたね。

岡野≫僕は寮で
みんなで見ていましたが

最後ワールドカップに出る

シーンを見たかったので
トイレに行ったんです。

戻ってきたらみんなが
えーっと言ってるんです。

城≫見てなかったんですか?
<笑い声>

岡野≫最後の喜ぶシーンを
見たかったので

トイレに行ったんですけど
そうしたら、その間に

点数を入れられてしまった。
船越≫さすが野人ですね。

阿部≫ちょっとトイレを
我慢できなかったんですか?

岡野≫勝つシーンが…

決定的な瞬間を見たかったんです。

城≫誰しもいけると
思っていましたから。

それが決まった瞬間に
僕も3人ぐらいで

見ていたんですが、みんな黙って
そのまま部屋に戻って寝ました。

ことばを失いましたね。
阿部≫後半、日本は

勝っていたのでボールを回して
時間を稼ぐということも

あったんでしょうけれど。
岡野≫あのゲームから

キープというか

ロスタイムはコーナー付近で

ボールをキープするというのを
学んだというか。

城≫日本人は真面目なんです。

ホイッスルが鳴るまでしっかりと
戦わなければいけないという

概念があるので
時間稼ぎをするというのが

ないんですよ。
船越≫武士道だからね。

城≫とても残念でしたけどね。

海外の選手はね
よくやるんですけど。

阿部≫なかなか世界の舞台に
立てない日本。

しかし96年のオリンピックで
久しぶりに世界の舞台へ

進出します。
アトランタオリンピックです。

これはすごかったですね。

八塚≫メキシコから
28年ですよね。

そこまでオリンピック出場すら
許されなかった日本が

ここに来て大変な活躍を
するわけです。

阿部≫年齢制限がありましたね。

八塚≫オリンピックは基本的に

23歳以下と
決まっているんですが

オーバーエイジ枠で3人まで
認められていました。

ブラジルで言うとスーパースター
が入っていきます。

ディフェンダーとしても
最高級の人を

若いメンバーに入れた。
西野ジャパンはどうだったか。

全員が23歳以下で臨みました。
オーバーエイジ枠

を使っていません。
阿部≫

その中に城さんいましたね。
美保≫うぶな感じがする。

緊張感はありましたか?

城≫緊張感といいますか

28年前って言われても僕たちは

生まれていなかったので
メキシコオリンピックが

分からない。
オリンピックに出ることは

うれしかったけれど
あまり実感がなかったですね。

阿部≫日本の初戦は
ブラジルなんですね。

スーパースターをそろえているね。
誰もが日本の勝利は難しいと

思っていました。
注目するのは城選手です。

実況≫なんと日本!
後半25分、1対0先行!

日本のイレブンが
奇跡を起こすのか!

1点をリードしました。

阿部≫城さん、このとき
どんなお気持ちでした?

城≫このときの感触は

覚えています。
本当にワンチャンスで

ぶつかったんですよ。

実は西野さんの分析の中で

こういうシーンがある
ということで

とにかく左サイドにボールが
あったら

早くゴールキーパーと
ディフェンスの間に

ボールを入れろと

言われていたので僕は
いきなり走りだしたんです。

戦術どおりだったんです。
最後、伊東選手が

押し込んだんですが
僕がぶつかって近くにいたので

僕がいけると思ったんです。
よし、やった!と言ったら

伊東選手がすっと出てきて
決めちゃったので

もう最悪ですした。
阿部≫うれしいけど

最悪だったんですね。
<笑い声>

マイアミの奇跡
と言われていましたが

勝てると思っていましたか?
城≫思っていませんでした。

実際にやって
力の差も感じましたし

僕たちもテレビでしか見たことの
ない選手たちと戦いましたから

勝てるわけがない。
阿部≫当時の新聞も

絶対勝てないブラジルに勝ったと
書いてありますね。

船越≫すごいことですね。

阿部≫このブラジルに
勝つことによって

選手の皆さんは気持ちが
変わりましたか?

城≫変わらなかったですね。

逆に勝ってしまって
どうしようという感じです。

実力の差がすごかったので。

僕たちはあのとき
本当に子どものサッカー。

ブラジルはプロで大人のサッカー
それぐらいの差があったので

がく然としてしまいました。

こんなに差があるんだって。
だから浮かれることは

なかったですね。

船越≫僕らの夢は、ここから
どんどん広がりましたからね。

阿部≫日本代表は、よくとし
フランス大会のアジア最終予選を

迎えるわけです。
岡野さん、日本代表でしたね。

お二人は日本代表でしたね。

美保≫現役感がすごいある。
ギラギラしている。

当時の日本代表の雰囲気は
どうでしたか?

岡野≫このころは

本当に苦しんだんですが

ファミリーというか

みんなでなんとかしようという
いい雰囲気でした。

今、会っても違和感なく
皆さんとお会いできますね。

最高の仲間です。

阿部≫イランに勝てば
ワールドカップ出場が決まる

大一番。

後半2対1でリードされて
城選手が投入されました。

実況≫城に合った!得点!
城のヘディングシュートで

同点、日本!

この喜びようですよ。

城≫本当にうれしかったです
このとき。

でも頭が真っ白でした。

僕たちサブの選手は
ウオーミングアップを

していたんです。

呂比須選手が先に出るというのが
決まっていたので

頑張れ!って僕たちは
ウォーミングアップを

してなかったんですけど

急きょ呼ばれて城、行くんだと。
そのままグラウンドに入りました。

岡田監督のところに行ったら

僕には何も言わずに点を取れ

とひと言だけ言われて
それで僕は入っていったんです。

頭が真っ白になって

点を取るしかないんだと。
それでたまたま

ああいうことになった。

ヘディングしたあとに

僕はすぐボールを

取りにいっているんですよね。

ゴールデンゴールという延長戦が
あるということを忘れていて

とにかく
点を取らなければいけない。

で、頭が真っ白になっていったら

呂比須さんが
待て、時間はたっぷりある

と言って
それで正気に戻ったんです。

本当にすごい時間でした。
阿部≫城選手のゴールで

2対2の同点になります。
そのまま延長戦に入りました。

登場したのが岡野さんでしたね。
岡野≫ここで出すんだと

思いました。

正直、僕はあの試合しか
出ていないんですよね。

岡田監督から
秘密兵器だと言われていまして

全然出してもらえなかったんです。

ずっと出してほしくって

僕は交代する前に

岡田監督の前をバンバン
走っているんです。

秘密兵器を出せと。
スライディングまで

していたんですけど
出してもらえなくて

ふてくされていたんですよね
呂比須さんと城が出て。

そしたら、まさかの場面で

岡野と呼ばれると
思わないじゃないですか。

逃げ腰になって
ここはやめてくださいと。

船越≫あんなに
アピールしていたのに?

岡野≫2対2の
雰囲気を見たときに

ここで何かをやらかしたら
大変なことになると。

阿部≫緊張の場面です。
岡野さんのプレーを中心に

試合の続きです。
実況≫中田、中田、中田が行く

シュートを打っていった
はじいた。岡野が決めた。

日本、フランスへ。

岡野のゴールデンゴールで
日本、初めての

ワールドカップ出場を決めました。

船越≫ワールドカップ初出場でね。

伝説を残したんですね。

岡野≫その前に3つシュートを

外していたんです。
もう日本に帰れないなって。

最後、決まったときには

日本に帰れる喜びのほうが
強かったですね。

船越≫それだけ重いものを
しょってプレーされて

いるんですね。

阿部≫あのときはスライディング
でシュートに行きましたね。

岡野≫あの前に
3本外しているので

もう本能なんですよ。
真っ白な中で

確実に入ると思ったんです。
自然と体が

スライディングしているんです。
全身で確実に入れようと

本能的にやっていました。
ねらってやったわけじゃないです。

そのあと喜んで
走っていますけど

イランベンチのほうに
走っていってるんです。

<笑い声>
まっすぐなので…。

あ、違うわ、って戻りましたけど
それくらい

せっぱ詰まっていました。

城≫決めた選手のところに僕たち

行こうと思ったら1人だけ
違う方向に走るから。

<笑い声>
それだけ訳が分からない状況

なんです。

船越≫お二人とも同じ体験を
されてるわけですね。

それが伝説のプレーに
つながっているんですね。

阿部≫極限状態の中で
やられているんですね。

城≫ドーハの悲劇が
4年前にあって

だから次はいけるだろうと

世間の期待がすごく

大きかったので

だから僕も岡野が言ったとおり

終わった瞬間に、うれしいよりも
ほっとしたという感じです。

阿部≫日本が初めて出場すること
になったフランス大会

日本初戦の相手は
アルゼンチンです。

やっと出場がかなった
夢の舞台・ワールドカップ。

城さんも気合いが入っています。
挑むは強豪アルゼンチン。

実況≫名波、裏に出してきた。
ヘディングだ。

ドリブルに入ってくる中田から
一度つなぐ、中田蹴る。

阿部≫日本も強豪相手を
ものともせず攻め続けますが

なかなか
ゴールにたどりつけません。

そんな中
日本の守備にミスが出ます。

実況≫シメオネ、狭い地域だ。

あっと危ない。日本危ない。
浮かされた。アルゼンチン先制。

ここで笛です。
日本、ワールドカップの初舞台。

アルゼンチンに対して0対1。
敗戦に終わりました。

美保≫このシーンは覚えてる。

阿部≫初めての舞台は
いかがでしたか?

城≫世界のトップ選手が

アルゼンチンには
たくさんいました。

本当に緊張しましたし
プレッシャーがすごかったですね。

やっぱりトップはすごいと改めて
実感しました。

阿部≫岡野さん、試合後に

思いがけないことが
あったんですってね。

岡野≫僕は試合に

出ていないんですが

負けてしまって早めに
ロッカールームに帰ったんです。

そのときに
バティストゥータという

大好きな選手が
イライラしたのか

早めに上がったんです。
ユニフォームをたたきつけて。

このユニフォームを
欲しいと思って。


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