アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ガガーリン未知の宇宙へ」 …壮絶な訓練、開発を牛耳った陰の天才!…


『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ガガーリン未知の宇宙へ」』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/05(火)
アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ガガーリン未知の宇宙へ」[字]
1961年4月12日、ソ連・ガガーリンの宇宙飛行の舞台裏を関係者が証言。同期が明かす壮絶な訓練、開発を牛耳った陰の天才!ガガーリンの眉の傷に隠された秘密とは?
詳細情報
番組内容
1961年4月12日、ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが人類史上初めて宇宙へ飛び出した。軍事機密とされ、発射場の位置も、開発者の名も、大事故の存在も隠されていたソ連の宇宙開発。だがあれから57年、関係者が重い口を開いた。ガガーリンと同期の1期生が明かす壮絶な訓練の一部始終。その計画を一手に牛耳った陰の天才。そしてガガーリンの顔に残る傷の秘密とは?生還確率50%、運命の宇宙飛行の衝撃の舞台裏。
出演者
【司会】沢尻エリカ,【語り】濱田岳
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『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ガガーリン未知の宇宙へ」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ガガーリン未知の宇宙へ」
  1. ガガーリン
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  9. 宇宙飛行士
  10. 訓練



『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「ガガーリン未知の宇宙へ」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


それは 謎めいた国の
若き軍人だった。

彼は 人類で初めて
宇宙に飛び出した。

だが その裏には

国家が50年間 隠し続けた
衝撃の真実があった。

♬~

今から半世紀前

人類の夢ともいうべき快挙を
成し遂げた男性がいました。

世界で初めて 宇宙に飛び出し

地球を一周したのです。

「地球は青かった」の言葉は
あまりにも有名ですよね。

当時のソ連の宇宙開発は

軍の機密に関わる…

しかし その偉業から
50周年を記念して

当時の国家機密が公開されました。

半世紀前 この国は

「ソビエト社会主義共和国連邦」と
呼ばれた。

鉄のカーテンに閉ざされ
情報も うかがえない謎の国。

(噴射音)

そのソ連が突然
宇宙に人類を送り込んだのだ。

時は冷戦の真っただ中。

米ソ両国のスパイ合戦は
激しさを増していた。

ロケット発射場の位置は隠され

開発した
科学者の名前も

秘密にされてきた。

更には 大事故が起きれば
隠蔽していた。

あれから 57年。

ロシア政府は
かつて世界をリードした

旧ソビエトの歩みを再評価。

その目玉の一つとして
当時の軍事機密を公開した。

関係者たちも重い口を開き始めた。

今だから話すが
ガガーリンが…

ソ連政府が絶対に
隠蔽したかったのは

ガガーリンを襲った
8分間の危機だ。

彼は 死を覚悟したと思う。

今 ベールに包まれた
ソ連の宇宙開発が

明らかになりつつある。

運命の分岐点は 1961年4月12日。

世界初の
有人宇宙飛行が成功した日です。

当時 多くの人が
地球を飛び出すなんて

SFの世界の話だと
考えていました。

一体 なぜ
そんな事ができたのでしょうか?

ソ連の宇宙開発に
当初から深く関わっていた男が

今回 赤裸々に語りました。


ガガーリンの友人です。

ガガーリンが宇宙にいる時
軍事基地で交信していました。

「人類を宇宙へ…」。

死と隣り合わせの任務に挑んだ
男たちのアナザーストーリー。

そこは 外界から閉ざされた
閉鎖都市だった。

モスクワの北東に位置する…

半世紀前 秘密基地で
場所も公表されなかった。

今は 世界各国の宇宙飛行士が
利用できる

訓練センターとなっている。

ここで あのガガーリンと共に

秘密の訓練を行った男に
会う事ができた。

これは ソ連の宇宙飛行士
第1期生を収めた貴重な写真。

ガガーリンとは同い年で
仲が良かった。

ソ連で初めて 宇宙飛行士の
特別チームがつくられたんだ。

でも 宇宙飛行士という名前は
付けられていなかった。

宇宙飛行士になる事を
知らなかったのですか?

知らなかった。
全てはトップシークレット。

私たちも知らなかったんだ。

そこで一体
何が行われていたのか?

それは 衝撃の宇宙飛行が実現する
2年前の事。

空軍のエースパイロットだった
ボリノフは ある日

上官から言われた。

それが軽い誘いではない事を

軍人であるボリノフは
瞬時に悟ったという。

これは 外部には漏らせない
「密命」だと感じたんだ。

ただ 命懸けである事は
理解していた。

それでも挑みたいと覚悟した者を
集めていたんだ。

当時 26歳。

密命という響きは

エースパイロットのプライドを
くすぐった。

その場で快諾。

すると
行き先も明かされないまま

人里離れた森の奥へと
連れて行かれた。

これが 集められた20人。

まさに ソ連軍が誇るトップガン。

だが 間もなく始まった訓練は

たちまち脱落者が出るほど
すさまじいものだった。

訓練という名の
人体実験が始まった。

文字どおり 命懸けだった

候補生は
遠心加速器に乗せられた。

負荷は 重力の実に12倍。

血流すら重く感じるほどだった。

こちらは…


科学者が何を調べているのか
目的すら分からないまま

訓練は続く。

そして 候補生たちを
心底 恐怖させた訓練が これだ。

ジェット機から
空中に放り出されて 落下する。

(ボリノフ)パラシュートを開くまで
50秒 待てと言われた。

まるで 物体になって

空中に放り投げられたような
衝撃だったよ。

そんなつらい訓練を
1か月に35回もやらされたんだ。

一体 何のために?

想像もしなかった密命が
明かされたのは

3か月ほどがたった頃だった。

候補生たちは
最新の飛行機を初めて見た。

それは
あまりにも不思議な形をしていた。

1人がつぶやいた。

「全く理解できない。
翼がない ただのボールだ」。

それは 極秘に開発された
宇宙船だという。

20世紀初頭 共産主義の理想を掲げ
誕生したソビエト。

その国力を証明するために
アメリカと競っていたのが…

人工衛星 スプートニクを飛ばし
先んじたのはソビエト。

だが アメリカも
すぐに追いかける。

その競争は どちらが先に

人類を宇宙に送り込めるかに
絞られつつあった。

だが 誰も行った事のない宇宙。

果たして人間が生きていられるか
どうか 分からない。

宇宙船なるものに
誰もが動揺する中

「中に入ってもいいですか?」と

ためらいなく乗り込んだ候補生が
いたという。

そう この男こそ
ガガーリンだった。

農民の息子で いつも笑顔。

ちゃめっ気たっぷりの
明るい青年だった。

ガガーリンは
どんなに厳しい訓練でも

いつも笑顔で チームの
ムードメーカーだった。

自分の笑い話をしたり

誰かをからかったりして
みんなで大笑いしたよ。

弱音を吐いた時は

ガガーリンが そうやって
みんなを鼓舞してくれたんだ。

彼がいたから 前向きになれたよ。


候補生たちには
人類初の宇宙飛行が

楽観的なものでない事は
隠さず伝えられたという。

実験的に
宇宙に送られた犬は

心拍に異常をきたすなど
半数が死亡。

宇宙空間が生物に与える影響は
いまだ はっきりしなかった。

更に ロケットにも問題が…。

70名以上が死亡し
航空機事故と発表されたが

実は ロケットエンジンの
爆発事故だった事が分かっている。

当時 宇宙船を開発していた
エンジニアたちが

今回 真相を打ち明けた。

宇宙船には
改善すべき点が山ほどあった。

今だから話すが…

11の欠陥がありました。
そのうち…。

その欠陥のせいで
宇宙船の軌道が大きくズレれば

宇宙を飛び続ける事になります。

そうなると
燃料や酸素が尽きてしまうのです。

それでも 宇宙船は
打ち上げられようとしていた。

全て隠さず聞かされた。

でも 私たちは
死について話す事はなかった。

言わなくても お互い
十分 覚悟していたよ。

私たちは 第二次世界大戦の中
生き抜いた子供だからね。

(砲撃音)

第二次世界大戦中 ナチスドイツの
侵攻を受けたソビエト。

当時 子供だったボリノフたちは

命を懸けて祖国を守る人々の姿を
見てきた。

「祖国のために」。

その思いが
候補生たちを支えたという。

候補生の中から ついに
最初の宇宙飛行士が発表された。

(拍手)

労働者階級の出身

そして 小柄である事などが
決め手だったと言われる。

そりゃあ 羨ましかったよ。

当然だろう。

私たち20人は みんな
宇宙に一番乗りしたくて

頑張ってきたんだ。

でも 人間性を重視して
ガガーリンが選ばれたんだ。

運命の日…

(噴射音)

ボストーク1号 発射。

人類が初めて
地球を見た瞬間だった。

ボリノフは
シベリアの軍事基地で

ガガーリンの会話を
モニターしていた。

ガガーリンが 私の上空を
通り過ぎた時 つながったんだ。

「これから地球の影に入ります」と
言っていた。

でも その意味は
さっぱり分からなかったよ。

「地球の影」とは
太陽の光が当たらない夜の部分。

その暗闇を
ガガーリンは進んでいた。

未知の扉を開いたんだ。
全く新しい概念だ。

人類にとって
すばらしい発見だよ。

打ち上げから 50分後。

政府は世界に公表した。

だが 実は このあとに
本当の危機が起きていた。

このフライトを取材していた
記者のグバレフ。

ソ連政府が
絶対に隠蔽したかったのが

ガガーリンを襲った…

彼は 死を覚悟したと思う。

一体 何が起こったのか?

2011年 国家機密が公開された。

帰還後に開かれた
極秘の国家委員会で

ガガーリンは
8分間の危機を報告していた。

音声としても記録されており 今回
その音源を入手する事ができた。

実は
逆噴射ロケットとの切り離しで

ワイヤーが外れず 制御不能。

大きく回転したまま
大気圏に突入したのだ。

帰還カプセル全体が
高熱にさらされ

燃え尽きる危険があった。

8分後 奇跡が起きる。

大気圏突入時の高熱で

絡まっていたワイヤーが溶け
分離。

危機を脱した。

この危機は その後
50年にわたって隠蔽されてきた。

(拍手と歓声)

2日後 盛大なセレモニーが
開催された。

(拍手と歓声)

108分の飛行は 27歳の若者を
ソ連の英雄にした。

初めて人類が宇宙に行った瞬間だ。

あの偉業の一端に 私もいたという
事を 誇りに思ったよ。

そして ボリノフは
ガガーリンに遅れること8年

ソ連14人目の宇宙飛行士として
宇宙へ。

…というミッションを達成し
歴史に名を刻んだ。

危険を顧みず
宇宙を目指した男たちは

特別な人間だったのだろうか?

普通の人間だよ。
(笑い声)


人類を宇宙に飛ばすという
あまりにもリスクの高い挑戦。

それを決断し 強行したのは
一人の謎に満ちた男でした。

ソ連の宇宙開発を牽引した…

当時 その名を知るのは
ごく限られた者のみ。

秘密の存在でした。

そして彼は 自らの…

謎の男 コロリョフとは
一体 どんな人物なのか?

鉄のカーテンに閉ざされた
ソビエトで腕を振るった天才の

知られざる アナザーストーリー。

赤の広場に
その男は埋葬されている。

生前 その名前は
極秘とされてきた。

世界が彼の名を知ったのは
死後2日目の新聞だ。

セルゲイ・コロリョフ。

その素顔を知る人物が
今回 取材に応じた。

父は とても…

でも 残酷では
なかったと思います。

この男こそ ソ連の宇宙開発を
一手に率いた 陰の天才。

ボスの中のボス

王様と呼ばれた男の
野望と夢。

コロリョフは 宇宙開発の歴史に
巨大な足跡を残している。

人類初の人工衛星 スプートニクを
成功させた天才技術者。

宇宙から届く電子音で
世界を驚がくさせた。

(電子音)

しかも 設計の才能だけでなく
計画全体に らつ腕を振るった。

ソ連の最高権力者 フルシチョフは
当初 アメリカを直接攻撃できる

核弾頭ミサイルの開発に
こだわっており

宇宙開発には
全く興味がなかったと言われる。

それを巧みに誘導したのが
コロリョフだったと

今 多くの研究者が
口をそろえている。

打ち上げの時 22歳だった
娘のナターリア。

医師であるかたわら
関係者の聞き取りを行い

父の歩みを調べてきた。

ロケットが
軍事目的に利用されるのは

本意ではありませんでした。

父の興味は宇宙開発だけでした。

そこで スパイから得た情報を
利用したんです。

「アメリカが 人工衛星を
打ち上げようとしている」。

父はフルシチョフに
こう説得しました。

「アメリカよりも早く
人工衛星を打ち上げるべき」とね。

エンジニアとしての圧倒的な才能。

それに加えて 自らの夢のためには
手段は選ばない 野心あふれる男。

当時 部下だったエンジニアは
その人柄を こう語る。

みんな怖がっていました。

欲しいものは必ず手に入れる
人間だったんです。

そのためには 誰を説得すべきか

どう頼めばいいのか
熟知していました。

コロリョフが進言した
スプートニクは大成功を収める。

敵国のアメリカが
激しく動揺したのだ。

アメリカの反応に フルシチョフは
ご満悦だったという。

その6日後の事だった。

フルシチョフは コロリョフに
ある提案をする。

コロリョフは切り返す。
「もっといいアイデアがあります」。

これが有人飛行への布石となった。

(ナターリア)宇宙を制覇する事が
父の子供の頃からの夢でした。

父は言っていました。

「ロケットを設計するのは
宇宙に行き

惑星間飛行をするためなんだ」と。

その複雑な人物像は
どのようにして生まれたのか?

コロリョフは…

宇宙への憧れを抱くきっかけは
ある人物との出会いだった。

異端の物理学者
ツィオルコフスキー。

100年も前に独自のロケット理論を
提唱した人物だ。

これは彼が監修した…

第二次世界大戦よりも更に前

既に 無重力体験や月面歩行を
正確に予想した描写を行っていた。

父はよく 「宇宙の
鉄道や駅」の話を

してくれました。

私には信じがたい
話でしたよ。

でも父は「必ずそうなる」と
言っていました。

とても印象的でした。

コロリョフは
軍の科学者として働き始める。

だが 第二次世界大戦が近づく中
その人生は暗転した。

(拍手と歓声)

密告が密告を呼ぶ
恐怖政治の中で

コロリョフは 同僚から

ロケット開発で国費を浪費して
いると告げ口され 逮捕された。

送られたのは
シベリア奥地の矯正労働収容所。

この極寒の地で 歯は抜け落ち
心臓は衰弱していった。

そんな中で 描き残したスケッチが
残されている。


生きて戻り 実現する。

その執念が
コロリョフを支えていた。

周りからは 頭がおかしい
変人に見えたかもしれません。

でも父は ロケット開発が
大事であると信じていました。

それはコロリョフに
救いと絶望をもたらした。

戦時中…

その分析に必要だと
釈放されたのだ。

しかし
研究が封じられた6年の間に

技術は はるかに進んでいた。

この時 コロリョフの側近で
共にドイツに同行した

ボリス・チェルトーク。

2011年に他界したが
インタビューが残されている。

最初に V2を見た時…。

我々は本当に悔しかった。

ドイツに先を越され 自分たちが
遅れている事を痛感した。

(チェルトーク)そこでコロリョフは

V2よりもっと優れたロケットの
開発を目指したんだ。

そして すぐに奇跡を起こした。

コロリョフは
ドイツのクギを1本も使わず

ソ連独自の新型ロケットの開発に
成功したんだ。

以後 コロリョフは
あらゆる手段を辞さず

権力者すら利用して
宇宙開発の夢に まい進していく。

コロリョフは言っていた。

そうして シベリアから20年
ようやく こぎつけたのが

あのガガーリンによる
宇宙飛行だった。

しかし 思い出してほしい。

どれほど危険だったかを。

ガガーリンが…

11の欠陥がありました。
そのうち…

周囲は打ち上げを躊躇した。

だが コロリョフは
こう言い放ち 強行した。

コロリョフは
「あらゆる危険はあるが…」

…と言っていたよ。

実はこの時 アメリカも…

1か月以内に 有人飛行を行う
という情報が もたらされていた。

それが コロリョフの決断に
影響したのか?

エンジニアのヴァチナーゼは
その真意を直接聞いていた。

コロリョフは こう言っていたよ。

「今できる 最高の技術で
準備が整っているなら

例えリスクがあっても それは
確認済みという事なんだ。

そう決断しなければ 宇宙なんて
行けるわけないだろう」。

(噴射音)

コロリョフの決断により
アメリカに先んじて

ボストークは打ち上げられた。

プレッシャーは すごかったです。

ガガーリンが死ねば
父の夢である宇宙開発が

頓挫してしまいますからね。

ついに コロリョフは
夢を実現させた。

(ナターリア)
ガガーリンが生還したと聞いて

父は とてもうれしそうでした。

「生きたかいがあった」と
言っていました。

そして私の肩を小突いて

「俺が飛べばよかった。
でも年だから無理か」と

笑っていました。

だが 秘密の存在である彼は

成功を祝う式典を
テレビで見守るしかなかった。

それだけではない。

科学者としての名誉も
ついに手にはできなかった。

飛行から5年後
コロリョフは 59歳で亡くなる。

シベリアで衰弱した心臓が
悪化したためだ。

野心あふれる天才は どんな思いで
この世を去ったのか?

実は ノーベル賞委員会から

人工衛星と有人宇宙飛行の
責任者について

政府に問い合わせがありました。
でも フルシチョフは

国民みんなで つくったと
はぐらかしたのです。

父は 国家に隠蔽されたせいで

ノーベル賞を
2度も逃したんです。

父は よく言っていました。

「私たちの存在は
誰も知らないんだ」と。

心の中では とても
悔しがっていたと思います。

でも 父は 自分の使命のためには
全てを犠牲にしてきました。

関係者の人生を翻弄した
ソ連の宇宙開発。

しかし 最も 人生の歯車を
狂わせてしまったのは…。

ガガーリン本人だったのかも
しれません。

皆さん 108分の宇宙飛行を
成功させたあと

ガガーリンは どうなったか
ご存じでしょうか?

彼は その7年後
34歳の若さで他界しています。

突然の英雄の死は 人々を驚かせ

政府の陰謀説など さまざまな
臆測が ささやかれました。

これまで語られてこなかった
英雄の素顔に迫る

アナザーストーリー。

人類初の宇宙飛行から 僅か半年

政府が慌てふためく事態が
起きていた。

公の場に 突然 包帯を巻いた
ガガーリンが現れたのだ。

党会議の時 彼の写真を撮るなと
言われたんだ。

包帯をしていて
額に 生涯残る傷があったんだ。


でも 詳しくは言いたくない。

スキャンダルを広めたくないんだ。

半世紀が過ぎた今なお

関係者が口を閉ざす
知られざる闇。

ソビエト建国から およそ40年。

ガガーリンの飛行は

共産主義国家の力を宣伝する
格好の材料だった。

偉大な功績をアピールするため

ガガーリンは 世界中の国に
派遣される事になる。

事件が起きたのは そのさなか
インドに行く直前の事らしい。

当時 外務省で

ガガーリンの通訳を務めていた
人物が取材に応じた。

やあ こんにちは。

これを見せたかったんです。

…を 特別に見せてくれた。

(拍手と歓声)

これが
ガガーリンのインド周遊の様子。

通訳のヴァヴィーロフは

年も近く すぐに
仲良くなったという。

ガガーリンを
一目 見ようと

演説に 50万人が
駆けつけたんです。

想像できますか?

インド人には
宇宙から帰ってきた彼が

天から舞い降りた神様に
見えたのかもしれないですね。

とてもハードな
スケジュールでしたが

2時間だけ
自由な時間がありました。

私たちは
一緒に ビーチに行きました。

ガガーリンとは
まるで 昔からの親友のように

愛称で呼び合う仲に
なりましたよ。

そして 彼の額に傷がある事に
気付いたんです。

確かに 映像を見ると

ガガーリンの左の眉が
殴られた痕のように腫れている。

この前後の顔を
写真で比べてみる。

左の眉に 大きな
傷痕ができている。

転んでぶつけたって言ってました。

でも 詳しくは
教えてくれませんでした。

この時
ガガーリンの上官だった男は

日記に こう つづっている。

奇妙な事実がある。

この傷の原因
報道が食い違うのだ。

だが 他にも…

…とも 報じられた。

それが 事件の半世紀後
驚きの証言をする女性が現れた。

彼女は ガガーリンが
インドに行く直前に訪れた

別荘のスタッフだった。

(アンナ)ガガーリンは
相当 酔っていて

メイドの部屋に
押しかけたんです。

そこを妻に目撃されました。

動転したガガーリンは

バルコニーから
飛び出していったんです。

冷静沈着なガガーリンが
動揺して転落など

にわかには信じがたい。 だが…。

本当にあった事だ。

でも
それ以上は言いたくないんだ。

ガガーリンは若かったし
妻と娘もいた。

スキャンダルを広めたくないんだ。

この時 ガガーリンの中で
一体 何が起きていたのか?

彼を よく知る人物が
取材に応じた。

どうも いらっしゃい。

ガガーリンとは
一回り年が離れていたが

いつも優しく
かわいがってくれたという。

ガガーリンは 英雄になりたかった
わけじゃないんです。

私の知ってる彼は
思いやりのある人で

とても親切で 自分より
他人を第一に考える人でした。

時給の高い夜勤ばかりして

そのお金で 私たち家族に
プレゼントをくれました。

そんな彼が 世界周遊のさなか
私に こう言っていたの。

「労働者の国」を掲げたソ連。

まさに労働者の子に生まれた
ガガーリンは

国の理想を体現した人物に
祭り上げられていた。

子供たちにも 英雄ガガーリンを
目指せと指導するほど。

その重圧に追い詰められた
ガガーリンは 壊れかけていた。

彼の唯一の希望は もう一度
宇宙飛行士として任務に就く事。

だが その願いも
思わぬ形で奪われる事になる。

初飛行から6年後

ガガーリンは 次の打ち上げ機の
予備のパイロットに選ばれる。

正パイロットは
親友のコマロフだった。

しかし ソユーズの開発は難航

飛行直前にもかかわらず

改善すべき欠陥が
203にも上るありさまだった。

ガガーリンは 「危険すぎる」と
打ち上げ中止を訴えたが

受け入れられない。

その時 親友のコマロフは
悲壮な覚悟を決めていた。

打ち上げ直前 コマロフに会った
人物が こう証言している。

コマロフの妻は 「飛ばないで!」と
言っていました。

でも 彼は
「行かなければならない。

自分が断れば ガガーリンが飛んで
ソ連の英雄が死ぬ事になる」と

苦しげに泣いていました。

完全に
自制心を失っていたようでした。

打ち上げは強行された。

だが 地球への帰還の途中

パラシュートが開かず
宇宙船は地面に激突。

コマロフは亡くなった。

親友が事故死したあと

ガガーリンは
政府から告げられている。

「君を宇宙に行かせる事は
二度とない」と。

あまりにも悲劇だったので

あの事故について ガガーリンとは
話せませんでした。

親友の死に
彼は耐えていました。

ガガーリンは
宇宙に行く夢と親友

2つを
同時に失ってしまったんです。

彼は私に 何度でも宇宙に行くんだ
と言っていたのに。

そのために
訓練も ずっと続けていました。

それなのに 宇宙には行かせないと
言われたんです。

何て言えばいいのか… あんなにも
希望に満ちあふれていたのに

彼の夢は
ついえてしまったのです。

ガガーリンが 戦闘機の訓練中に
事故を起こし 亡くなったのは

その1年後の事だ。

34歳だった。

気球を避けようとしたとも

他の戦闘機を避けようとしたため
とも言われるが

今なお
真相は明らかになっていない。

あれから 50年。

姪のタマラは ガガーリンと

最後に会った時の事が
忘れられなかった。

宇宙飛行士の夢を断たれた
ガガーリンは

今度は エンジニアとして
宇宙開発に携わるべく

勉強していたという。

彼が亡くなる ひとつきほど前

航空技師学校の卒業試験を終えた
ガガーリンと会ったんです。

ガガーリンは 私を見るなり

抱き上げ 回しながら
こう言ったんです。

「タマラ! 俺は卒業したぞ!
今度は君が頑張る番だ!」ってね。

うれしくて
たまらなかったのね。

ガガーリンは
新たな目標に向かって

夢や希望に あふれていたわ。

それが 最後に会った瞬間でした。

半世紀前 宇宙という
最後のフロンティアに挑んだ人類。

その始まりは
野心あふれる科学者と

命をささげた若者が
いたからでした。

彼らがいたからこそ 米ソ冷戦
という緊迫した時代を経て

宇宙開発は
大きく前進したのです。

ソ連という大国は
時代の荒波の中に消えましたが

彼らの熱き思いは
今も世界の科学者たちに

受け継がれています。

ガガーリンの死から1年後。

(噴射音)

アメリカは 月を目指し
アポロ11号が打ち上げられた。

アームストロング船長が

人類史上初めて
月面に第一歩を踏み出す。

この時 2人の英雄は
この世を去っていた。

ガガーリンの友人だった
ボリノフは

一つの出会いを
鮮明に覚えている。

国際会議の席上で アメリカの
アームストロング船長と

笑顔で握手を交わしたのだ。

アームストロング船長は
スピーチで こう言ったんだ。

「私たちみんなに対し…」。

皆を誘った。 分かりますか?
アメリカ人もですよ。

♬~

ガガーリンが夢みた宇宙飛行は

国を越えて 今なお
人々の心をかきたてている。


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