徹子の部屋 舘ひろし ~石原プロで35年…“生意気”だった自分に赤面!?~


『徹子の部屋 舘ひろし』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/08(金) 
徹子の部屋 舘ひろし[字]
~石原プロで35年…“生意気”だった自分に赤面!?~舘ひろしさんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
68歳になった今も変わらぬ体型でダンディーな魅力を放ち続ける舘ひろしさんが登場。今日は、石原裕次郎さん・渡哲也さんとの貴重映像を交えながら2人への想いを語る。
◇番組内容
ドラマ『西部警察』への出演がキッカケで、石原プロモーションに所属して35年。入社会見の様子を振り返ると自身の“生意気”ぶりに赤面!?毎年恒例だったお正月のハワイ旅行、裕次郎さんの別荘で2人きりで交わした会話とは…。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
Capture20180608-184014.jpg 


『徹子の部屋 舘ひろし』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

徹子の部屋 舘ひろし ~石原プロで35年…“生意気”だった自分に赤面!~
  1. 社長
  2. 本当
  3. 椅子
  4. 石原
  5. 不良
  6. 裕次郎
  7. 言ったら
  8. 一緒
  9. 感じ
  10. 舘さん



『徹子の部屋 舘ひろし』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


(リポーター)「真正面 見て

ちょっとニッコリって感じで…」

(リポーター)「どんな風に これから

石原プロで やっていきたい
っていうのはありますか?」

(リポーター)「決意みたいなものは」

「決意っていうのは すぐ…。
ないですね」

(黒柳)今から35年前に
石原プロに入社なさいました。

昔 180…
181センチあったんだけど

今 ちょっと
縮んだそうですけども

いつも
ダンディーでいらっしゃいます。

どうぞ こちらへお入りください。
舘ひろしさんです。

(拍手)

まあ 本当に いつもダンディーで。
どうぞ お座りくださいませ。

もう 全くお変わりないですね
どこも。

ねっ? 今 ちょっと…。
縮みました。

縮んだって…。
本当に縮んだんですか?

そうですね。
何センチぐらい縮みました?

3センチぐらい縮みましたね。
そんなに?

はい。
でも 181センチおありだったのが

178センチっていうのは 随分…。

別に まあ そんなもんだと
お思いかしらね。

もう 知らないうちに
縮んでますからね。

本当に ミスターダンディー。
68歳におなりに…。

ハハハ…。
なんか ここまで いつも

バスローブで いらっしゃるって
本当?

そうですね はい。

家から? 車で?

はい。 入り口から
楽屋まで近いものですから。

そうですよね。

その時 お会いしたかったんだけど
断念しました。

で お帰りは どうなさるの?

帰りは まあ どこかに寄る時は
着替えますけど

大抵 そのまま またバスローブで。
このまま また…。

また バスローブになって?
はい 帰ります。

身軽だ。 フフフフ…。
ハハハ…!

いいな… そうですか。

体は鍛えてらっしゃる?

基本的には 何もしてませんね。

でも何かはしてらっしゃるでしょ。
それだけ きちっとして…。

そうですね。 ゴルフは とにかく
18ホール歩くようにしてますし

あとは たまに乗馬をします。
乗馬? 乗馬なさる?

はい。

ご経歴ですけども

1975年に
レコードデビューなさいまして

もともと ロックバンドを
やってらしたんですね。

そうですね はい。
それで 翌年 映画で

俳優デビューなすった。
そうですね はい。

それで まあ 『西部警察』にも
お出になったりなんかして

それで 石原プロに
お入りになったという事で。


裕次郎さんとご一緒に。
あらららら…。

これ 絵画館の前の
記者会見でしたね。

すごいですね これ。 舘さんと…。
裕次郎さんと あなたと…。

あなた オートバイ。
はい。

渡さんとね。
はい。

この時に「どんな刑事やりたい?」
って言われて

「オートバイに乗ってる刑事が
いいですね」って言ったら

そのまま あのキャラクターに
なったんです。

あっ そうなんですか? えー!
はい はい。

そして まあ 1983年に

石原プロへ
お入りになったんですけど

その時のVTRが ちょっと
なんか 大変だったんで…。

はい?
フフフ…!

「今年の1983年1月 元旦付で

まあ… うちの仲間に入って

一緒にやろうじゃないか
という事が

正式に決まりましたので

ご報告申し上げます」

(リポーター)「社長に対しては
こういう方なんだな…

あるいは 副社長の渡さんに対して
こういう方なんだなという事

どういう風に?」

「社長は あの… とっても…」

「とっぽいっていうか…」

とっぽい…。

「それで 渡さんの場合は…」

「その… 全然 こう…」
(石原)「とっぽくないの?」

(舘)「とっぽく… 一応 みんな
とっぽいんですけどね」

「あの… とりあえず…」

(リポーター)「真正面 見て
ちょっとニッコリって感じで…」

ひどいですね。
フフフ… だけど

あなたは ひどいけど
今の3人の あの映像は

懐かしい映像ですよね。
裕次郎さん いらっしゃってね。

僕 全く覚えてないんですけど

なんか 渡は
たばこ吸ってましたね。

すごいですね…。
そうでしたね。 時代がね。

でも 『西部警察』初日に
なんか 椅子に座って…

椅子に座ったって?
ハハハ…!

なんです?
その椅子に座ったって。

いや 僕は ずっと… 黒い
ディレクターズチェアがあって。

ええ ご自分の。
それを いつも自分で持ってって

それに座ってたんですね。
ええ。

で 現場に行ったら…
撮影現場に行ったら

白い椅子に
「石原裕次郎」って書いてあって。


もう1つが「渡哲也」って
2つ 白い椅子が置いてあって

そこに 僕の椅子を
ちょっと置いたんですね。

まあ いいやと思って。

でも 皆さん

先輩の苅谷さんとか
寺尾さんとか

もう みんな
椅子 置いてないんですね。

その2つしかなくて。
その隣に置いて。

黒いの置いて?
はい。

で 石原さんが
撮影から帰ってきて

「この黒い椅子 誰のだ?」って
おっしゃったので

「それ 僕のです」って言ったら

周りが あの…。

「いや 舘君は腰が悪くて」とかね

いろいろ かばってくれたんですね
カメラマンの…。

ハハハ…! そうなの?
「腰が悪くて」とか。

スタントマンの三石さんとかね

「舘君は腰が悪くて この椅子が
いるんですよ」みたいな。

でも 僕は 生意気でしたから

「いやいや そんな事ないです。
全然 悪くないですよ」

って言ったら…。
ウフフフフ…!

石原さんがね
「そうか 舘君」って…。

まあ 周りの俳優さんも

多分 いたからだと
思いますけれども

「そうか 舘君 10年早いな」って
言われた…。

それで 僕も…。
フフフフ…。

さっきのVTRのとおり
生意気でしたから

「いや 石原さん そういう時代じゃ
ないですよ」って。

おっしゃったの? すごい!

「今 そういう時代じゃないですよ」
って言ったら 「うーん」って…。

もう みんな
一瞬 シーンとなったんですけど。

石原さんは

「そうか そういう時代じゃないか」
って笑って…。

ああ そう。
はい 行かれましたね。

でも それにしても 裕次郎さん
みんな よく覚えていて

今でも 裕次郎さん裕次郎さんって
皆さん おっしゃるけども

もう 30年ですってね。
そうですね はい。

しかも 52歳でね。

そうですよね。
若い…。

若いですよね。
だって…。

あっ いい写真ね これ。
これ ハワイですね。

ホテルで みんなで
パーティーみたいな事をやって

それで「お前 なんか歌え」なんて
言われて。

で 裕次郎さんも
一緒に歌ったりしたの?

はい はい はい。
そう。 いい写真ね。

懐かしい写真。
懐かしいですね。

この頃は もう 割と
可愛がっていただきましたね。

舘さんの事をお伺いしようと
思うけど どうしても ちょっと

裕次郎さんの事をお話しして
いただく事になっちゃうので…。


そうですね。
まあ 亡くなる前年

ハワイでお映しになった
VTRがあるので

それを
ちょっと ご覧いただきます。

(峰)「それでは まず
社長からですね

新年の
ごあいさつを

テレビをご覧の
皆様にひと言だけ

お願いしたいんですけど」

「1986年 おめでとうございます」

「月並みですけども
今年が皆様方にとって

素晴らしい 輝かしい年に
なりますように お祈りします」

(峰)「次は 若手でございまして。
若手の方からね 社長にひと言」

「こうしてもらいたい。
こうしたい」

「社長…」

ウフフフフ…!

「それだけですか?」
(舘)「いえ…」

「やっぱり 健康ですよ」
「そうですね」

「社長が やっぱり
一番心配してるのは やはり

今年は 舘さんが やはりね
結婚とかそういう事を

心配してるんですけど
女性の方を」

「いや もう諦めてますもん 社長」
「あっ 結婚に関しては?」

「結婚に関しては 社長
諦めてらっしゃいます?」

「えっ?」
(峰)「舘さんに関しては…」

(峰)「ロンドン? あー!」

「鶯谷にもあります。
ロンドンっていう所が はい…」

フフ…!
懐かしいでしょう?

そうですね。
「ロンドンに行くといる」って

言われてらしたの?
そうなんですよ はい。

どなたかいらしたのね その頃。
いたんです はい。

でも その方とは
結婚なさらなかった?

しませんでしたね。

外国の方?

はい そうですね…。
フフ…!

わからないですからね。
ロンドンにいる日本の人かもしれない。

1回 どこかで ごはん食べた時に
外国の方と一緒にいらしたから。

はい。
多分 その人かもしれませんね。

多分 そうでしょう。
おキレイな方でした。

ありがとうございます。
覚えておりますが。

それで 舘さんの結婚 みんなが
心配なさってたんですけども

結局 10年後に。

今の話の10年後ぐらいに…。
はいはいはい…。 しました。

うん そうですね。
はい。

それは 日本?

そうですね はい。
そうですか。

それから なんか
ハワイで 裕次郎さんと

2人きりでっていうのが
なんか あった…?

そうなんですね。 なんか あの…。

入社してからも
割と こう あの…

僕は どっちかというと
渡に ついていったものですから。

うん。
あの…。

こう… 割と 「社長 社長」って
いけなかったんですね。

あっ そうなの? ええ。
はい。

それで それを
まあ 渡が心配しましてね。

その時に みんなが
明日か あさって

もう ハワイから
帰るぞっていう時に

「ひろし どうなってんの?
お前のスケジュール」

って言われて 渡に。 それで

「いや あの… しばらく
空いていますけど」って言ったら

「あっ そうか。 お前 じゃあ
残って 社長の運転手やれ」

って言われて。
えー…。

それで それからね
2週間ぐらいですかね。

運転手っていっても
もう 遊び相手ですよね。

お話し相手というかね。
はい。

朝 適当な時間に迎えに行って

「今日は ひろし
ゴルフ行くぞ」とか

「今日は ちょっと
友達んち行くぞ」と

もう一緒に 2人で行って。

どんな自動車だったんですか?
当時は。

キャデラックですね。
ああ そう。 キャデラック。

例の 「YUJIRO」って書いてある…。
ええ 大きい…。

あれを運転して はい…。

それで 割と こう なんとなく

もう少し近付いたって気がして。

それで 一番…。

まあ 明日 帰るっていう…。

2週間が過ぎまして
明日 帰るっていう時に

最後の夜かな…。

最後の夜かな。

あの… バーがありましてね
お部屋の。

で そこに 社長が…
石原さんが ここにいて

僕が こっちに座って。

これですね。 ここら辺?
はいはい はいはい。 これです。

あなたは どっち側に座ったの?
こっち側の椅子です。

手前の方に。
はい。 それで 社長が

いろんなの作ってくれて。

で その時に

コップを3つ
こう 並べましてね。

僕は… 「これが 社長で

これが渡で これが僕です」。


「僕は 渡の背中だけ見て
ついていきます」。

「ですから その向こうにある
社長の背中が見えないんで…

見えないんです」っていう
話をしたんですね。

「僕は 例えば 斜めになれば

きっと
両方の背中が見えますけど

僕は真っすぐ
渡に ついていきたいんで」

って言ったら 石原さんは
それを すごく わかってくれて。

へえ!
はい。 それで ですから

「僕は えっと まあ
社長に対して こう

ちょっと距離がある態度を
とってるかもしれませんけれども

それは そういう理由です」
って言ったら

石原さんは
すごく わかってくれましたね。

なんと言うのかしら。
そういう男の友情とか 尊敬とか

そういう事が おわかりに
なったんでしょうね きっとね。

まあ 私の気持ちが
わかってくれたんだと思います。

それで 何もおっしゃらないで?

「ああ そうか」って…
はい そうですね。

「ああ そうか」って
言っただけですね はい。

で その… それで 次の日かな。

最後に 「じゃあ 社長
今までお世話になりましたから

僕が 明日のブランチ
ごちそうします」って言ったら

すごく喜んでくれて。
あらー…。

はい。 それで 隣に…
えっと ヒルトンでしたっけ?

ホテル?
はい。 ホテルがあって。

その当時は
ヒルトンだったんですけども。

あの… テラスへ行って

それで 石原さんと

石原夫人と 僕と 3人で。

それで
「今日は 僕が おごりますから」。

「そうか 今日は ひろしが
おごってくれるのか」って

すごく喜んでくれて。
まあ そう!

はい。 それで 「じゃあ ひろしが
おごってくれるんだったら

もう 今日はシャンペンだな」って。

本当は
飲んじゃいけないんですけれども。

それで じゃあ…
その時は 言うままって…。

まあ 奥様も

「そうね ひろし君が
ごちそうするんじゃ…

ごちそうしてくれるんじゃ
いいわね」っていうんで

1杯ずつ シャンペンを頼んで。

それで 「乾杯」っつったら
石原さんが もう 一気に飲んで。

それで… 僕のシャンペンに
手を出そうとしたら

奥様に叱られてましたね。
まき子さんね。 ああ そう。

でも うれしかったでしょうね
きっとね。

はい。 すごく…。
「そうか ひろしが

俺に 飯おごってくれるのか」
なんつって。

でも そういうところが
あの方の本当に繊細なところね。

そうですね。 人の痛みというか

人の… 思いやりっていうか
すごく わかってくれて。

でも 石原プロに お入りになって
渡さんに 初めて

お会いになったわけでしょ?
そこで。

いや 最初に会ったのは
『西部警察』の。

あっ もう『西部警察』の時…。
はい はい はい。 その時に…。

記者会見がありまして。
ええ。

さっきのオートバイに乗ってる 3人。
すごい。

あの時に初めて 渡と会いまして。

で 渡が記者発表する前に
僕と会いたいって言うんで

近くの喫茶店で
待ち合わせしたんですね。

で 僕が行ったら
もう 渡が来てまして。

そしたら 僕が入っていったら
パッと立って

「ああ 舘君ですね? 渡です」
って言って

握手をしてくれたんですね。
その時 もう感動したでしょ?

ええ そうですね。

あなたを見て
お立ちになったなんて。

はい。 それまで
僕は東映にいましたから。

あんまり
そういう俳優さん いなくて。

みんな 「おう!」っていう感じ?
はい。

もう 名前は
申し上げませんけれども

もう こういう長椅子に座ったまま
「おお おお 頑張れや」みたいな


たばこ吸いながら。
そんな感じでしたね。

そこで スッと立って。
はい。 渡だけは スッと立って。

素敵って お思いになりました?

こうありたいと思いましたね。
ああ そう。

ちょっと お二人で…
渡さんと舘さんと お二人で

『徹子の部屋』に
おいでくださった時があったんで。

そこ ちょっと
見せていただきます。

「『徹子の部屋』に 前に一度

渡さんには
おいでいただきまして

今回 おいでいただくよう
お願い申し上げましたところ

1人じゃ
なんとなく怖いからって

そこが私も わからないんですけど
怖いからという事で

もう1人という事で
舘ひろしさんが

ご一緒に
応援にいらっしゃったんで」

「今日は品良くやろうなんて…」
「そうなんですよ」

「でも あなた いつも
品いいように思うけど

この方 品が良くない時って
あるんですか?」

(渡)「いや 品はいいんですよ」

「それはね 悪ぶる
非常に悪い癖を持ってましてね」

「下品であるとか 例えば
女性は誰でもいいだとか

それは もう
全く口だけなんですよ」

「もう 内心が非常にナイーブで

傷つきやすい繊細な面を
非常に持ってますよ」

「でも 裕次郎さんをはじめとして
なんか 皆さんね

あなたの 今の会社の皆さんって
皆さん デリケートね」

「みんな もっと こう
粗野な男の人たちが

こう なんか
集まってるイメージって

あるじゃありませんか」
(舘)「だから きっとね 僕はね

全員 不良なんじゃないかなと
思うんですよね」

「不良だからデリケートっていう
気がするんですが」

「不良って デリケートですか?」
「僕は そう思いますね」

「もともと あなたは ちょっと
不良だった時 おありでした?」

「私 不良でした」
「なるほどね」

「だから そういう
不良になる子っていうのは

デリケートなところがあって
傷つきやすい

人一倍 傷ついちゃう
みたいなところも

あったりしますかね?」

「すれすれですけどね
そこら辺のとこが」

「まあ 不良ってのは
でも 弱いんでしょうね」

「やっぱり 人間として
弱い面があるから不良になるんで」

「また その… いつまでも不良じゃ
困りますけども」

「ひろしみたいに
ある時点で パッと こう

まともな人間になるからこそ…」
(舘)「“ある時点で"」

(渡)「それが やっぱり
不良だった時期の

いい面が出てきて その辺が

魅力になるんじゃないかと
思いますけども」

いやあ…。
スターですね やっぱり。

すごい ハハハ…。
素敵ですね なんかね。

スターは こうあるべきっていう
感じですね。

でも 「お前には華がある」って…。
はい。

どなたが
おっしゃってくださったの?

あの… そう言ってくれました
渡が。

あっ 渡さんが?
はい。

初めて…
僕が『西部警察』に入って

『西部警察』を一緒にやって
しばらくしてから

「ひろし
お前には華があるんだ」って。

で まあ…
今 それだけを頼りに

今でも俳優をやってるという
感じですね。

でも そういう 俳優としてね
先輩に そういう方が

いらっしゃるのは
うらやましい事だと思います。

そうですね。
こう 道しるべがあるというか。

ちゃんと ものを見る
よりどころがあるというか。

そういうところでしょうね
きっと。

そうですよね。
それから ちゃんと あなたを

認めてくださってる
ところでしょうね。

初めて 僕を認めてくれた人
っていう気がしました。 はい。


だとしたら
絶対 ついていきますよね

そういう人にはね。
認めてくれたんですものね。

お生まれ お育ちは名古屋?
はい。

それで 皆さん お医者様が多い?

そうですね。
まあ おやじからですけれども。

おやじ 弟 あと おいっ子が3人…
4人いますけども 男の子が。

3人は医者ですね。
でも お父様は

「医者になりなさい」みたいな事は
なかったんですか?

まあ… でも やっぱり
おふくろは

そういうプレッシャーは
あったんじゃないですかね。

そうでしょうね。
それは そうでしょうね。

キレイなお母様と お父様…。

お父様 お優しそう。

厳しそう。 でも。

いや… そんなに

厳しくはなかったですね。

でも 4歳の時に1回だけ
一度だけ あの…。

張り倒された事ありますけれども。
何したの? あなた 4歳で。

4歳の時に 「床屋に行くのが
イヤだ」って言って。

その1回だけでしたね。
あとはもう

手を出す事は
一度もなかったですね。

本当。 でも お優しそうなね
お父様ではありますよ。

紳士を目指すというか はい。
そんな感じでしたね。

でも 幼少期は あなた
優等生だったんですってね。

そうですね。
まあまあ はい。

すごい。 あら 可愛い。

これ
七五三だと思いますね。

僕が7つで
多分 弟が3歳。

あっ 3歳?

あの飴 持って 可愛い。

あら?
これは中学校ですね。

えー… もう 相当に
あなた あれですよね。

ポケットに
手 突っ込んだりなんかして。

そうですね。
格好付けていらっしゃるけど。

もう生意気でしたね。
ちょっと生意気っぽい。

この頃から ちょっと
やんちゃっぽかったんですか?

いや まあ どうですかね?
そうですね…。

でも 頭も随分…。

それは ちょうど…。
あっ 風が吹いてたの?

はい。 これは
箱根だったと思うんですね。

家族旅行で。
あっ そうなの。

でも お母様は いかにもね
女性らしい感じで。

昭和の母って感じですね。
本当ね。 本当に そう思います。

どんな時に撮られても

身だしなみのいい方っていう
感じがね。

そうですか?
うん だって首の曲げ方にしても

何してもね ちょうど…。
そうですか?

そうですよ。
で 結局 医学部とかに

お入りにならないで?
はい ええ。

頭が悪くて
医学部は失敗しまして…。

ウフフフ…
頭が悪かったわけじゃないけど。

それで 千葉工業大学?
はい そうですね。

それは たまたま その時
付き合ってたガールフレンドの

おじさんが そこに行ってたんで
もう どこでもいいやと思って。

ウフフフ… あっ 本当に?
はい だから そこに行って。

僕は 絵を描く事が
好きでしたから

じゃあ まあ
建築へいこうと思ったから…。

建築科へ お入りになったんだ。
そうですか。

お母様は 今も お元気で?
はい 健在ですね 一人です。

お一人で お暮らしですってね。
はい そうなんです。

おいくつ?
90です。

うわー すごい へえ…。

そうですか。 でも お元気で?
元気ですね。

なんか 組みひもとか

いろんな事
していらっしゃるんですって?

いろいろやるんで。 なんか

広い家に 1人でいるんで

まあ 運動にはなるだろうと
思ってますが。

もう 掃除したり
自分でやってますから。

そうですか。 それじゃあ…。

先に 4年前に
お父様 お亡くなりになって。

お父様 亡くなるまで
現役のお医者様…?

そうなんですよ。
でも だからといっても

そんなに
患者さんがいるわけではなく。

昔の人ですから なんか こう…。

ただ 手を握っていれば
まあ それでいいという時代の。

でも そうすると みんなが
安心するというのが お医者様…。

それが本当のお医者様だ
っていう風にもね 思いますけど。

今度 なんか
映画『終わった人』っていう。

「終わった人」って
終わっちゃったみたいですけども。

定年を迎えた男の人の…。
面白い映画ですね この映画ね。

ちょっと
映画 見せていただきますね。

(田代壮介)
「《定年って 生前葬だな》」

(山崎道子)「じゃあ
ママから ひと言」

(田代千草)「長い間
本当に お疲れさまでした」

「ありがとう。 まあ 俺の方も…」

(道子)「じゃあ 乾杯!」
(一同)「乾杯!」

♬~

「はあ…」

「来週辺り 温泉でもどうだ…?」

(千草)「無理よ」

フフフフフ…。

本当… でもね
すごく面白かったですよ。

そうですか…?
うん 本当にね。

最初はね タイトルが
『終わった人』ですから

非常にネガティブな
タイトルなんで

なんか ちょっと
逡巡したんですけれども。

やろうか やるまいか。

台本をいただいて。
で それは非常にコミカルで

割と前向きな
本だったものですから。

そうですよね ええ。
決して終わってない

終わってない人の…。
そうですね。

ご自分の定年っていうか

そんな事は
お考えになった事ないでしょ?

この仕事ですからね。
ただ まあ…。

せりふが覚えられなくなったり
体が動かなくなったら

もう それは無理でしょうね。
はい。

そうですね。
まあ せりふを覚えられる…。

…間は。
大丈夫ですよね。

まず 大丈夫ですよね。
でも 大体 舘さんは

あんまり 将来設計みたいな事は
した事は おありでない?

全くしないですね。
これは良くないですね。

良くないんですけれども
できないですね。

でも 私もした事ないですから。
ああ そうですか?

フッフッフッフッフッ…。
でも 女の先生に言われましたよ。

「あなた
何も考えないで生きてると

寝込む事になりますよ」って
言われちゃった…。

でも まあ しょうがないな
その時は。

でも いい見本にして… はい。
なんとかなるんじゃないかなと

思って。
いい見本にさせていただきます。

「なんともならないんですよ」って
言われちゃったの。

ますます あなたのような男性
少ないので

いつまでも
素敵でいらしていただいて。

ありがとうございます。
本当 ありがとうございました。


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