サワコの朝【大泉洋 東京進出を決意した訳】 今なお毎月地元に戻って番組に出続けるワケは…


『サワコの朝【大泉洋▽東京進出を決意した訳】』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/09(土) 
サワコの朝【大泉洋▽東京進出を決意した訳】[解][字]
俳優/大泉洋▽「何か人を笑わすことをしてみたかった、だってこれだけ面白いんだから!」笑いの原点は寅さんのモノマネ!?大泉洋のトークにサワコも爆笑!!
詳細情報
番組内容
ゲストは、俳優の大泉洋さん。多忙を極める現在も故郷・北海道で3本のテレビのレギュラー番組に出演。今なお毎月地元に戻って番組に出続けるワケは…。大泉さんにとっての“北海道”を語っていただきます。 幼い頃から、大人や友達を笑わせることが大好きで、ファミコンするよりトークしているほうが楽しかったとか。落語のテープを暗記するほど聞きこんだり、テレビが大好きだったという少年時代の素顔をうかがいます。
番組内容2
大学受験で挫折し2年間浪人したものの、結局希望していた大学へ行けず…。当時どん底だった大泉さんが、何かに打ち込みたいと見つけたのが“演劇”。在学中に「TEAM NACS」のメンバーと出会い、30歳を超え東京で俳優業に挑戦する決意をした当時の想いを語ってくれます。プライベートでは2011年に長女が誕生。空いた時間は全て娘に費やす“パパ”な素顔をはじめ、人々を惹きつけて止まない魅力にサワコが迫ります!
出演者
【司会】 阿川佐和子 【ゲスト】 大泉洋(俳優)
音楽
【番組テーマ曲】 「Tea for Two(二人でお茶を)」歌:ドリス・デイ
お知らせ
【解説放送あり】
公式ページ
◇番組HP http://www.mbs.jp/sawako/
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン
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『サワコの朝【大泉洋▽東京進出を決意した訳】』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

サワコの朝【大泉洋 東京進出を決意した訳】
  1. 北海道
  2. 大泉
  3. 東京
  4. 映画
  5. 仕事

  6. 部屋
  7. 自分
  8. 演劇
  9. 大学



『サワコの朝【大泉洋▽東京進出を決意した訳】』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。

今日のゲストは
身も心も 北海道!

ええ。 もう 東京に出てきて
大活躍なさってから

15年ぐらいたつんですけれども
まだ 心は北海道という

俳優の大泉洋さんです。

(拍手)

どうも。 ご無沙汰しております。
ご無沙汰しております。 どうも。

いや~ もう
ずっと出たかったんですよ 私。

また そういう…。
いや ほんとです ほんとです。

念願かなっての。
いや うれしゅうございます。

本当に また お会いしたいと
思っておりました。

前は 雑誌の対談で お会いして。
そうです。 あの時も たっぷりと

お話 させていただいて。
ええ。 あの時も

映画の… ワインの映画かなんか。

そうですか。 「ぶどうのなみだ」だ。
そうそう そうそう…。

今回は あの~ 焼肉の映画の
宣伝でやってまいりました。

(ナレーション)
今日のゲストは…。

大学生の時
地元 北海道で出会った仲間と

演劇集団 「TEAM NACS」を結成。

舞台に立っていたところ
声をかけられ…。

北海道のローカル番組
「水曜どうでしょう」に出演。

大人気になりました。

おい おい おい…。
(藤村)気をつけてくださいよ。

気をつけてくださいよ。
また もう一回 きますから。

なんだ? おい。 これ 船か?

そして
31才の時 東京に進出すると

朝ドラ「まれ」や…。

徳川と豊臣に分かれても…。

「真田丸」といった話題作に
次々と出演。

常に 真田は 一つでございます。

今月25日には
山田洋次脚本のドラマ

「あにいもうと」で
兄の役を務めます。

これはね
メジャーじゃなくて 差し金…。

そんな大活躍の大泉さんに

家に帰っても

とかって言うと もう…。

今日は 北海道が生んだスター
大泉洋さんの

ユーモア溢れる世界を
堪能しましょう!

♬~

次々 映画には出るわ
舞台はやるわ 大変…。

それが 北海道のレギュラー番組も
まだ…。

いくつ持ってらっしゃるんですか?
毎週 放送されているものが

3つあるんですよ。
毎週… 毎週の?

毎週です。 だから
映画やドラマを撮ってても

なんか いわゆる こう
1か月 撮影があったら どっかで

撮休っていうのがあるわけですよ。
ところが 私は その撮休で

だいたい
北海道に飛ぶんですよね。

休みは?
(大泉)私には もう 休みなしで

一つの作品が入っちゃったら もう
延々と撮ってるって感じですね。

特に 今は もう
娘との時間も取りたいし…。


お嬢様 おいくつですか?
ええ~ もう… 放送の時には

もう 7… 7歳になってるのかな。
かわいくてしょうがない?

いや~ もう そりゃ
かわいくてしょうがないですよね。

会う時間が少ない?
会う時間は そうですね…。

こないだなんかも 例えば
「探偵はBARにいる」なんて映画で

北海道で
1か月 撮るってなったらば

1か月間とか
22日ぐらいはあったかな。

もう 厳しいですね
22日 会えないっていうと。

ちゃんと 覚えててくれてる?

あのね 7つですよ。
あははっ!

よく だって…。
7歳にね さすがにね

「ただいま~!」
「誰?」とかないですよ。

それ 1歳とかの話だ それ。
そう…。 しばらく会わないと

どう接していいか分からない
みたいな事が…。

それは まったく…。
そうならないように ちゃんと

パパのスキンシップだけじゃなくて。
もう それは 延々してますね。

もう
娘のスケジュール合わせですよね。

だから 俺が休みなんだけども
娘は やっぱりね

お年頃だから 習い事とかが
あったりするわけですよ。

じゃあ 俺は 習い事に
俺は 送りに行くわと。

あははっ!
で なんだったら そのまま 俺は

その習い事を見てる。

そうですね
それでもいいから 一緒にいたい。

へえ~。 それでは

今でも記憶に残っている一曲。
はいはい はいはい。

サザンオールスターズの
「Oh!クラウディア」という。

「Oh!クラウディア」。
中学高校時代ですかね。

その北海道の
札幌の私の家で 実家で

結構な大音量で
音楽を流すんですよ CDを。

で それを もう
まさに エアマイクで

部屋で 大熱唱してるんですよ。
ふふっ。

それは 家族の中では 一人だけ?

私だけですね そんなヤツは。
お兄ちゃんも

いらっしゃるんですよね?
兄は いますけど。

で 私が歌ってるわけですよ。
もう ほんとに熱唱ですから。

もう ステージに上がっている
歌手のように。

そうです そうです そうです。
「♬ Can't You Hear Me?」って…。

「♬ My Love」って
歌ってるわけですよ。

当時まだ おじいちゃんが生きてて
そうすると じいちゃんが…

私は 自分の2階の部屋で
歌ってるわけですよ。

同じおうちに住んでるんですか?
同じおうち。 そうすると こう

1階にいるじいさんが こう
2階に向かって…

当時 なんか
じいちゃんが よく言ってたのは

下手な歌を聴かせると 味噌が腐る
っていう話があるらしいんですよ。


あははっ。 味噌が腐る?
味噌が腐るって

じいちゃんが よく言ってたんです。
俺が わあ~って熱唱してると

下から じいちゃんも
負けないぐらいのでかい声で

「お~い! 味噌が腐るど~!」って。
あははっ!

「味噌味噌~!」っていう。
もう ほんとに

近所の家からも
始まったよ あの家っていう。

あそこのバカ息子が またでかい声で
歌いはじめたぞと思ったら

サビあたりで じいちゃんが
でかい声で叫びはじめる家だから。

ふふふっ。
「味噌味噌~!」とか。

♬~

♬~

(大泉・スタジオ)このへんからが
いいですよね。

♬~

あははっ!
(スタッフ)あははっ!

♬~

このへんで だいたい
2階から 「味噌味噌~!」って

聞こえてくるんです。
あははっ!

「味噌 腐るど~!」って
こう 聞こえてくる。

あははっ!
どうなんですか?

こんなに熱唱するヤツ
いるんですか?

あははっ! よかったですね。
止められない。

止められないですね
歌いたい欲求は。

歌が 最初ですか?

その 興味っていうのか。
そういった事でいうと もう

圧倒的に もう 笑いですね。
笑い。

たぶんね やっぱり その
ちっちゃいながらにね やっぱ

大人が笑ってくれたっていう
なんかね… 事が

すごく うれしかったんだと
思うんですね。

それは 原点は いつですか?
寅さんのモノマネだったと思う。

寅さん。

「そうだろ さくら」っていうのをね。
いくつの時?

たぶん 4歳 5歳ぐらいだと思う。
4歳 5歳で?

割とね 当時は やっぱり
寅さんやったら

大人には 鉄板ですよね。
そりゃそうですよ 保育園児の

やっぱ 年中・年長のヤツらですよ。
突然 大人に向かって

「そうだろ さくら」って…。
(スタッフ)あははっ!

「おいちゃん それを言っちゃ
おしまいだよ」っていう。

あれですよ 今度
あの~ 山田洋次さんとの

「あにいもうと」っていうのが
放送になるんです。

山田洋次さんと
その 記者発表をして。

おお~!
もう 感動しました。

じゃあ 山田洋次さんの前で…。
(大泉)やったんですよ。

やった? うん。 そしたら?
爆笑してました。

あははっ! 寅さん じゃあ
復活させればいいのにね

大泉さんで。
いや そしたら 私 今だから

今から 48作できますからね。
そうですよ。

すばらしいですよ。
一生 食っていけますよ それで。

(野村さん)私たち 松下幸之助商学院
48期生 17人は

今日 無事に
修業の日を迎えました。

《僕が電器屋を 育てる学校に入ったのは

ひとり店を守り続けてきた
父に憧れたからだ》

《電球一個の交換でも 使い方の相談でも

電話ひとつで 駆けつける》

《誰よりも丁寧な仕事で
街の皆さんから必要とされる》

(2人)ありがとう!


《僕も この仕事に人生をかけたい》

《そんな気持ちで この一年 学んできた》

これから 私が
やらなければならない事は

父が 今まで残してくださった店を

これまで以上に 繁栄させる事であり

これこそが 親孝行だと思っています。

修業者代表 野村昭太。

ただいま。

ご両親は お2人とも
学校の先生なんですって? ねえ。

真面目なおうちって事ですか?
んん~

まあ… でも 普通ですよ。
でも おじいちゃんが

「味噌味噌」言うぐらいだから
ふざけてる感じはするけど。

じいさんだって 銀行員ですからね。
おじいさんも 銀行員なの。

銀行員ですよ。
あら まあ。

で お父様は
どんな方だったんですか?

なんですかね 明るくて とにかく
子どもたちには優しい人でしたね。

やっぱり 子どもながらに とにかく
おやじが帰って来るのは

うれしかったですよね。
それは すばらしい家庭ですね。

おやじはね あの~
どんな… 疲れてたと思いますよ

今ね 大人が働きゃ
疲れて帰って来るんだろうけど…。

だって 学校で働いて
帰って来るんでしょ?

でも 家に帰って来たら
絶対 明るく帰って来ましたね。

「ただいま!」って言って。
だから うれしかったですね

父が帰って来るのが。
元気で 明るいお父さん。

息子が 結構 自分のおやじに
そっくりになるもんですけどね。

(大泉)いや 私はね その おやじの
いいところっていうのを

全然 まねできないんですよね。
まねできない?

私はね 家に帰る時はね わざと
疲れたフリして帰ってやるんですよ。

なんでですか?
(大泉)いたわってほしい。

いたわってほしい。 甘えん坊ちゃん。
そうそうそう。

だからね もう
そこまで疲れてなくても なんか

「ただいま… ふぅ~」みたいなね。

そうすると どうなるんですか?
奥様と お嬢様は。

妻は それに対して
特に ノーリアクションですね。

ノーリアクションなの?
お嬢ちゃまは?

そうだな…。
娘の顔を見たら やっぱり

疲れてないな。
娘の顔を見たら もう…。

元気になっちゃう。
元気になっちゃうな 確かにな。

今は まだ ほら 帰っていくと
娘が バタバタバタって

出てくれるっていう時期だから。
あっ そんなに?

うれしいでしょうね。
うれしいですよ それは。

今なんて 「じゃあ 行ってくるね」
って言ったら もう

マンションですけど マンションの
エレベーターホールまで

行くっつうんだから。
送りに?

そう。 「ママ エレベーターホールまで
行っていい?」って言って。

朝 行く時に パジャマの娘が
エレベーターまでついてくるわけ。

「んん~」なんて。
「んん~」なんてはしないですけど。

ふふっ。
なんの話 してたんでしたっけね?

ふふっ。
ええ~っとね…。 ええ~っと

なんか 笑いが好きな一つに
なんか お母様が

車の中で 落語のテープを
かけていたっていう。

車の中で
音楽を聴くっていうよりかは

なんか どっかで もらってきた
落語大全集っていうのを

それを聞きだしちゃったんですね。
でも 子どもって なかなか

落語って 聞きづらい…。
そうですね。

だから それが
大泉少年は ハマっちゃった。

ハマっちゃったの?
誰に ハマったんですか?

子どもの時に
いちばん好きだったのは

柳亭痴楽さんとか。
「痴楽綴り方狂室」とか
知りません?

あっ あったね。
「あの子 C調 カマトト娘

お色気ありそで なさそうな」
とかっていうやつですよ。

「痴楽綴り方狂室」っていうね。

あの~ 柳亭痴楽の
「ラブレター」っていうのを

一席 私は 当時 覚えてて。
一席できるんですか?

いや 今は もう
忘れちゃいましたけど。

だから
どんどん どんどん 笑いを こう

吸収しちゃってたんだと思う…。
それは もう 落語に限らず

漫才とか。
漫才も。 とにかく だから

子どもの時から もう
トークなんですよ 僕が好きなのは。

とにかく もう 先生からも

「大泉 しゃべるな」しか
言われた事がないね。

あははっ! そんなに
口にチャックの男の子だったの。

そうだね…。 兄としゃべってるのは
好きだったな。

兄は 東京の大学に行ったんで
夏休みに帰って来てて

で なんとなく おやじと お袋が
仕事かなんか出かけてて。

で 朝 それぞれが
おやじと お袋のベッドに

それぞれに 寝っ転がってるわけ。
で 寝て こうやって話してるわけ。

「いや こないださ」なんつって。
で お袋が 朝 「ちょっと 私

出かけてくるから」って
出かけていって

で 夕方 帰って来たら
同じ格好で まだ トークしてるわけ。

あははっ!
「まだ話してるの? あなたたち。

何 話す事あるの? そんなに」
って言って。

で 中学 高校 大学…

で 大学に ちょっと失敗なさる。

大学に 失敗なさりますね。
なさいましたね。

二浪しちゃったの。
(大泉)二浪して。

2年も浪人して こんだけ受けて
やっぱり どこも受かんなかった

っていう事に やっぱり
ショックを受けましたね。

それなりの努力は なさってた?
いや 今 思えば

してないんですよね。
あははっ。

私 だって 2年間の浪人生活
楽しかったですもん。

楽しかったの。 何してたの?

いや~
同じ浪人仲間と遊んでましたね。

でも 落ち込んだ?
もう とんでもなく

落ち込みました。
あんなに落ち込んだ事ないですね。

あんなに落ち込んだ事がないほど。
ないです ないです ないです。

ほんとに ベッドの片隅で
ずっと ほんとに 膝を抱えて

自分の部屋のベッドで
ずっと こうしてるんです。


(スタッフ)あははっ。
何? 不合格通知をもらって以来?

(大泉)はい。 なんか 雨の日とかに
傘も差さないで なんか もう

別に 風邪ひいて死んでやれ
みたいな気持ちで なんか…。

で お袋が もう
最終的には もう 泣きながら

「もう お願いだから
元気になってちょうだい」って。

お母様が泣きながら。 へえ~。

♬~

(ナレーター)
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(新潟 研究者)中まで ふっくら炊けていて
とってもおいしかったです。

(ナレーター)米は おどる方がうまい。

「Wおどり炊き」

行ってみたら どうだったんですか
大学。 北海学園大学。

じゃあ 落ち込みは?
もう 演劇に出会ってからは

もう 楽しかったし。
どこで 演劇に

出会っちゃったんですか?
まあ やっぱり 2年も

浪人してたから
なんか こう 同級生は もちろん

2個下。
で 下手すると 2年生の先輩が

私の年下ですよね。
はいはい。

そういう人たちと
なんか こう…

なんか やれ
合コンだなんだみたいなふうに

大学生っぽく
遊ぶ気にならなかった 当時ね。

なんか やっぱり
なんで 年下から

タメ口 利かれなきゃいけないの?
とか

なんで 年下に 先輩って
呼ばなきゃいけないわけ?

敬語を使わなきゃいけないの?
っていうのは どうしても

拭い去れなくて。
だったら なんか こう ちゃんと

なんか こう
何かを ちゃんとしたい。

まあ じゃあ 演劇でも
やってみようかなっていう事で

演劇に…。
演劇に興味を持ったっていうのは

やっぱり その トークが好きだ
っていうところの

延長線なんですか?
う~ん そうですね。 まあ

何か笑わせたい。
誰か 人を笑わす事を

してみたいなと。 それまでは こう
クラスの人気者でしかないから。

人気者だったんですもんね。
まあ そらそうですよ

こんだけ 面白いですからね。
あははっ!

で 私も忘れもしない
中学校1年生で入った時に

中学校で初めて
小学校… ほかの小学校からも

入ってくるわけですよ。
そして 私がいたのは

南小学校ってとこなんですけど
隣に

緑小学校っていうやつがあって。
そしたら 緑小学校の なんか

お笑い番長みたいなのが
俺んとこ来て

「おい。 お前が 南小で いちばん
面白かった大泉か?」って。

ええ~!
(大泉)「俺が 緑小で

いちばん面白いナイムラだ」って。

あっ ナイムラって
言っちゃいましたけど…。

お笑いで そんな
お笑い番長っていうのが

いる事自体 知らなかった。
私も それに驚きましたけどね。

あははっ! それで

大学に行って
演劇部に入ってみました。

(大泉)うん。
毎日 毎日 演劇の何かの稽古。

もう それぐらい
楽しくてしょうがなかったですね。

お芝居の稽古をしてれば
ほかに 何もいらないんだ。

だから 大学生らしい遊びは
一切してないんです。

女の子と つきあうとか
恋愛するとかいう事は?

もう ほとんどしてないですね。
してないんですか。

だから
僕にとっては もう 演劇が青春。

だって どんどん どんどん
お客さんが増えていくから

やっぱ 楽しいんですよ。
人気が出て?

ああ~ どんどん。 だから
ほんとに アイドルみたいでした。

もう アイドルといえば
「水曜どうでしょう」。

これは 学生の頃から テレビに

出るようになったんですね。
大学の3年生から始めちゃった。

「水曜どうでしょう」の人気も
どんどん出ちゃうし

ある年は もう
月 土日 土日で ずっと学園祭。

ほかにも 仕事 来てたんですか?
北海道で。

そうですね。 もう あの~
ほかのレギュラーも決まるし。

じゃあ もう
いっちょまえのタレントの…。

そうです。
立場には なってたんですね。

だから まあ
漠然と思ってましたよ

いつか 就職しようとは。
だって お父さんも お母さんも

心配してるだろうし。
だから 母は30になるまでには

定職に就きなさいとは言ってた。
あっ それは おっしゃったの。

当時
だから 僕が ちょうど 北海道で

人気が出はじめた頃とかに
やっぱり こう

地下鉄とかに だんだん
乗りづらくなってきたわけですよ。

ばれるからっつうんで。
そうすると タクシーとかで

行くわけですよ。
そしたら ちょっと

「タクシーで行ってくるわ」みたいな。
「タクシー!?

地下鉄で行きなさい あんた。
すぐ そこにあるんだから」


「地下鉄なんかに乗ったら
ばれんだよ」とか言って。

「ああ~! 自意識過剰!」。
あははっ!

(大泉)「パパ 恥ずかしい。
あんたなんて 誰も知りません」

とか言われるわけ。
お母さん…。

「お前な!
有名なんだぞ 俺は!」みたいな。

「一緒に
じゃあ 飯でも食いに行こうぜ

もう すげぇばれっから」っつって。
で 親 連れて歩いてみると

そん時にかぎって あんまり
ばれなかったりするんですよね。

「ほら 見なさい。
誰か見てますか あんたの事」

とかって言って。
「誰も知りません」とか言って。

それで 東京に出よう
っていう事になったのは

いつごろなんですか?
それはね 2004年。

14年前 31ぐらい。
まあね やっぱり ちょっと…

やっぱり こう
閉塞感があったんですね。

北海道での仕事が?
うん…。 昔 僕が出た映画が

あるわけですよ。
僕は 北海道のタレントとして

まあ 映画に出てるんだけども
当時 僕は 北海道では

知名度 抜群だから
例えば 北海道で 映画を

その映画が
ロケをしますってなったら

ロケ地の許可を
取んなきゃいけない。

で そん時に 誰の名前を出すと
いちばん 許可が下りるかって

僕の名前なわけですよ。
「大泉洋さんが出るんです」

って言ったら
「ああ~ 洋ちゃんかい。

ああ じゃあ いいよ」って
許可が下りる。

ところが
東京から 役者さんが来た時に

まあ その ホテルでね
宿泊してたわけだけども

あるテレビ局が 僕に

「大泉さん 明日から
ホテルの部屋 替わってほしい」

って言うわけ。
で 部屋 替わったわけ。

そしたらね いわゆるね
従業員さんのお部屋だったの

それは。
替わったお部屋が。 はい。

で そこに 東京から来た
役者さんたちが入ってくわけ。

新しい部屋にね。 いい部屋にね。
だけど 申し訳ないんだけど

その 東京から来た役者さん
っていうのも

分からない俳優さんなんです。
大した事ない人だ。

大した事ないなんて
私 言ってませんよ。

大した事ないなんて
言ってないけども 正直

知名度でいうと 分からない人。
ああ~。

だけど 私は出されるんだと。
格下だと。

この扱いは なんだ?
なんなの? っていう。

それは やっぱり 悔しかったね。
ほんで 部屋に行ったら

こんだけ
サイン山積みになってるんですよ。

結局 俺の名前で
ロケ地の許可を取ってるから

サイン書いてって言われちゃう。
それで

このままでは いつまでたっても

僕たちを やっぱり
本当の意味で認めてくれないと。

だから 東京の仕事

全国的な知名度を上げないと…。

扱いは変わらない。
タレントとしての やっぱり こう

ステータスが変わらない。
へえ~!

で 最初は バラエティとか。
それが また なかなか大変で

東京で仕事をするったって
東京の人は

一部の人しか知らないわけですよ。
「水曜どうでしょう」しか

知らないから。
そうね~。

ところが 私は もう バラエティで
出る気はないわけですよ。

バラエティで たぶん出たとしたら
それでも やっぱり

知名度がないから。
例えば ひな壇が

たくさんあってね
若手の芸人さんたちが

いっぱい出る番組が
あるじゃないですか。 あれの

たぶん いちばん端っこの方にいて
で そっから こう

やいやい やいやい言うっていう。
なんか

そういう見え方は
ちょっと困ると。

北海道の人に対して
なんか 大泉洋が 東京で

一からやっていく
という見方では困ると。

それは 自分のプライドを
傷つけられるっていう事よりも

北海道の自分のファンを
裏切ったような…。

そう。 私は 北海道を
言い方は悪いけど

北海道を捨てて
東京で仕事をしていくっていう

スタンスじゃないから。
東京のお仕事も

やるっていうスタンスだったんで
なんか それが

ああ~ 洋ちゃん なんか もう
必死じゃんみたいな。

東京でやっていくんだね~
っていうふうに

見られるのは嫌だったんですよね。
そうだね~。

だから まあ やりたい
これだと思う仕事があったら

やりたいっていう。
って言ってたら

ドラマのお仕事が…。
ポンと決まったわけですね。

「救急病棟」。
「救命病棟」。

(スタッフ)あははっ!
そこがね でもね 阿川さんの

かわいいところね~。
ちょっとずつ間違ってるっていう。

ふふふっ。
「救命病棟24時」っていうのが

ポンと
レギュラーで決まるわけですね。

東京の人たちにとっては
ちょっと新人… ですよね。

そういう時に こう
臆するっていう気持ちは…。

いや 臆しました びびりましたよ。
びびりました?

びびったし もう
年だけくってるわけですよね 僕。

30越えてるわけだから。
誰なの? って。

よく分かんないおじさん
来たけどっていう。

あははっ。
だけど なんか 噂だけは

入ってくるわけですね。
この人は 北海道では

えらい有名らしいよみたいな。

だけど 年だけくってる割に
もう ど新人だから

やっぱり
なんか つらかったですね

恥ずかしかったです ほんとに。
続きましたよね 仕事は。

そうですね。 また それで
そのドラマの宣伝で

また バラエティに出れたってのが
大きかったですね。


バラエティに ババババッと
その「救命病棟」の宣伝で

出れたから。
じゃあ 自分を

紹介するにあたっては
いい場だった。

なんか 分かんないけど
あの人 面白かったね

っていう事で
まあ 知ってもらえて。

なんか だから 僕は あんまり
自分で言うのは悔しいけど

あんまり 役者としての評価は
された事がないっていうか。

一瞬 見ただけの
インパクト力っていうんですか。

頭 くりんくりん くりんくりん
してるんだけれども

その時 その時に
全然違う なんか 味わいがある

っていうんですかね。
くりんくりんは

天然パーマですか?

僕 まだ
それ言わなきゃいけないですか?

あははっ!
だって かわいいじゃないですか。

これも 好感度の一つ。
天然パーマですよ

天然パーマ。
そうですか。 すみませんでした。

でも 今度の映画で
短くなったんですかね。

あっ そうです そうです…。
そうですよね。

そうです 今回 「焼肉ドラゴン」で。

まあ 大阪万博の頃のね

大阪が舞台で。 それで 私は

在日韓国人。在日韓国の。

(大泉)その家族の物語ですよね。
つらい事が

いっぱい起きるんだけど
それでも 明日は

いい日になるっつって
こう みんなでね

なんか もう
ほんとに 泣きながら…。

もともと もう 名作舞台ですから
「焼肉ドラゴン」ってのは もう。

舞台が もう
あまりにも すごいっていう噂で

で 私 もう スケジュールが
なかったもんだから

九州まで見に行ったんですよ 私。
ああ そう~。

北九州まで
わざわざ 見に行ったぐらい。

で もう
見に行って もう 大感動して

こんなすごい舞台
あんのかっていう。

で その映画化する時に
僕に お話が来たもんだから

もう ものすごい
プレッシャーだったけど

でも やるっていうね。

でも お喜びでしょうね
どうなるか分からない

二浪の息子が
こんなに 人気になっちゃって。

そうですね。
家に帰っても お袋なんかに

褒められるって事は
まず ないですからね。

あっ そうですか。
なんで あんなに

俺が出てるものを
褒めないんだろうと思いますね。

あははっ!
(大泉)「あれは どうだった?」

とかって言うと
もう ほんとに 作品によっては

「なんにも面白くない」
って言ってるんですよ。 ふふふっ。

お母様 おかしい。
でも もちろん 絶対見るからね。

見る事は 必ず見るんですね。
もちろん 絶対 見るから。

やっぱり
その 昔の子ども時代の原点に

変わらぬ原点に
還る事ができる場所があるのは

いいですね。
天狗になる暇もないもんね。

天狗にはならないね。
天狗っていう言葉が

いちばん嫌ですね。
そうですか。

まあ やっぱり いつまでたっても
自分に 自信がないから

だから もう 「あいつは天狗だ」
とかって言う人が

たまにいるらしいけど
天狗だけはならないな~。

では 2曲目を
ご紹介いただきたいのですが。

「今、 心に響く曲」。
今ですよ! まさに 今。

もう こればっかり聴いてる。
「グレイテスト・ショーマン」

っていう映画に
すっかり ハマっちゃって。

もう 妻が… 私は やっぱり
妻に いろんな事を

教えられる事が多いんですけど。
あっ そうなんですか。

「グレイテスト・ショーマン」は
とにかく見ろっつうんですよ。

見に行きなさいと。
で うちの娘も ハマったんですよ。

お嬢様も見てらっしゃる。
その中で その

「フロム・ナウ・オン」
っていう歌があるんですけど

その「フロム・ナウ・オン」で
後半に こう

ヒュー・ジャックマンが
その 「YES!」っていう こう

フェイクを入れるところが
あるんですよね。

でも その「YES!」っていう その
かけ声をかけるタイミングが

何度 聴いても
よく分かんないんですよ。

それを こう 娘と
当てっこするのが楽しいんですよ。

あははっ!
どっちが

ヒューとおんなじタイミングで
「YES!」って言えるかっていう。

だいたい ずれちゃうんですよね。

♬~

♬~

♬~

来ますよ。 どっかで来ますから
聴いててくださいよ。

♬~

まだですね。

♬~

(ヒュー)YES!
ほら!

あれを 娘と当てるのが楽しい。
あははっ!

歌の楽しみ方まで
教えていただいて。

あははっ!
いえいえ… とんでもありません。

おうちでも
しゃべってるんですか?

(大泉)いや そんな しゃべんない。
聞いてくんないから。

あははっ!
聞いてくれてれば

しゃべってるけど。
妻は あんまり聞かないんで

しゃべんないですね。
あっ 聞かないの。

家に帰ったら 私は
親には しゃべりますよ だから。

あっ 北海道の?
そうそう。 家に帰るじゃない

だいたい 夜遅く着くわけ。
そしたら もう 寝ちゃってるの

おやじと お袋。 そしたら
なんとなくね じわ~っと

寝室に行くわけ。 で
起こしちゃまずいなと思いながら

ずっと 枕元に
じっと立っててやるんですよ。

あははっ!
(大泉)そうするとね 変なもんで

やっぱりね 気づいて起きるのね。
そりゃ 気づくでしょ。

じぃ~っと
こうやって 立って見てると

「おお~ なんだ なんだ?
なんだ 帰ったのか」

「ごめん 起こした?」っつってね。
ふふふっ。

「いいよ いいよ 寝な 寝な」
って言いながらね おもむろに

話しだしてやるんですよね。
そうすると

「なんだ なんだ どうした?」
とかっつって 「いや もうさ

もう なんか 夜中ね
毎日 遅くまで撮影してさ」

なんつって 愚痴ってね。
親切なんだか…。

しまいには 結局 おやじが
「ちょっと待って。 今 ちょっと

1杯 飲むから」っつって…。
あははっ!

起きてくださるの。 優しいんだね。

割に こう

なんでもやる?
ふふふっ…。

今後も…。

多彩なゲストが 続々登場!
お楽しみに!


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