世界ふしぎ発見! 伊達政宗の野望 海を渡ったサムライの密命を追う! 黒柳徹子、野々村真…


『世界ふしぎ発見! 伊達政宗の野望 海を渡ったサムライの密命を追う!』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/09(土) 
世界ふしぎ発見!伊達政宗の野望 海を渡ったサムライの密命を追う![字]
バチカンに残された二通の手紙。そこには最後の戦国武将・伊達政宗の驚くべき野望が秘められていた!400年前、密命を受けイタリアまで渡った謎のサムライの足跡を追う!
詳細情報
出演者
【司会】
草野仁
【MCアシスタント】
出水麻衣(TBSアナウンサー)
【解答者】
黒柳徹子 野々村真 ロバート・キャンベル 東貴博 宮沢氷魚 池田美優
【ミステリーハンター】
前川泰之
おしらせ
プレゼントの応募は、電話とHPから。抽選で豪華賞品とクリスタルヒトシ君が当たります。全問正解者が出た場合のみ、海外旅行プレゼントもあります。
公式ページ
◇番組HP
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/
制作
テレビマンユニオン
Capture20180609-220534.jpg 


『世界ふしぎ発見! 伊達政宗の野望 海を渡ったサムライの密命を追う!』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

世界ふしぎ発見! 伊達政宗の野望 海を渡ったサムライの密命を追う!
  1. 常長
  2. 政宗
  3. 当時
  4. 日本
  5. ローマ
  6. 正解
  7. サムライ
  8. 一行
  9. キリスト教徒
  10. サムライ達



『世界ふしぎ発見! 伊達政宗の野望 海を渡ったサムライの密命を追う!』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


<イタリアの
大統領官邸である>

<実はここに
400年前ローマにやってきた>

<あるサムライの姿が
描かれているのを>

<ご存じでしょうか>

おお… すごい

豪華絢爛

いや~

圧倒されますよね

(ナルド)ここは
大統領が公式の謁見に使う

最も重要な部屋で

お捜しの人物は
あそこで頬づえをつきながら

通訳の話を
聞いている人です

あ~ ここの正面にある

ラインが入ってる白っぽい着物

<この人物 支倉常長こそ>

<我々が捜し求めたサムライ>

<1615年
ローマを治めていた教皇の指示で>

<ここに描かれたといいます>

400年前にサムライが来たっていう
その衝撃が

やっぱりローマにも
あったんでしょうね

だからこそ
ここに描かれたのだと思います

<ローマで熱狂的な歓迎を受けた
サムライ達>

<しかし 近年>

<その旅にはとんでもない秘密が
隠されていた可能性が>

<浮かび上がっています>

<なぜサムライは
ローマへやってきたのか>

<その驚くべき真相とは>

<イタリアの首都
ローマの中にある>

<10億人をこえる
世界中のカトリック教徒の聖地です>

<ここに 支倉常長に関する
驚くべき資料が眠っていました>

<それは 二つの手紙>

<一つは日本語
もう一つはラテン語で記されたもの>

<何と 金箔と銀箔を散らした
豪華な和紙に書かれています>

400年ていう時間は
あんま感じないですもんね

美術品みたいな感じ


この手紙は支倉一行が
ローマへやってきた時に

当時の教皇に手渡したものと
いわれています

二つの手紙は同じような内容で

末尾に送り主のサインがあります

伊達政宗

サムライ達は彼の命令で
ここまでやってきたのです

<そこには確かに
伊達政宗の花押が>

<伊達政宗といえば>

<独眼竜と恐れられ>

<東北の覇者として
その名をとどろかせた>

<戦国武将です>

<さらに 花押の横には>

<慶長18年の日付>

<この頃
すでに日本では江戸幕府が開かれ>

<家康の権力が
頂点に達しようとしていました>

<そんな時代になぜ 政宗は>

<はるかイタリアまで
サムライを送ったのか>

<近年 様々な研究によって
その旅には>

<政宗の驚くべき計画があった
可能性が指摘されています>

常長は伊達政宗の命を受けてね

要するに
倒幕を目的とした

密命をおびて
派遣されたと

<最後の戦国武将
伊達政宗が下した密命とは何か>

<今夜 400年の時を超えて>

<イタリアへと渡ったサムライ達の
驚くべき旅が明かされます>

皆さんこんばんは
さあ 今夜はですね

およそ400年前にイタリアへ渡った
サムライの旅と

その旅に隠されていた秘密に

迫ってみよう
ということなんですね

まずは こちらが
イタリアへと渡ったサムライ

支倉常長なんです

当時 支倉常長にはですね

ローマの市民権まで
与えられました

彼の旅は人類が誇る偉業として

世界記憶遺産にも
認定されているんですね

この姿見ますと 東MAX
サムライというよりは

キリスト教徒の雰囲気が
そうですよね

漂ってますよね
日本人離れしてるというかね

今回 この番組初登場の
池田美優さん

愛称 みちょぱと
呼ばせていただきますけれども

歴史はお好きでしたか?
好きというか 嫌いというか

苦手というか


勉強してたの一番近いんだからね
そうですね~

一番知ってても おかしくないのよ

さあ ではサムライ達は
どうして海を渡ったのでしょうか

そこにはですね 一体どんな秘密が
隠されていたのか

探っていきたいと思います

では 第1問 ふしぎ発見!

<400年前 常長一行が乗った船が>

<宮城県石巻市で
再現されています>

<全長60メートル 500トン>

<江戸時代に造られた船としては
最大級の大きさ>

<当時 日本にいたスペイン人の
協力を得て>

<仙台藩が国内で初めて造った
西洋式の帆船でした>

あ~ でも
さすがに広いわ

これは一般に使われたとこで

<当時 サムライや商人
スペイン人宣教師ら>

<合わせて180人が
旅を共にしたそうです>

とはいえ ここで180人
生活するっていうのは

なかなかの密度ですよね

<船には食事を調理するための
かまどが備え付けられ>

<鶏や豚など
家畜も一緒に乗せられました>

<さらに こ~んな生き物も>

船乗り達の信仰として 猫がね

ちゃんと守ってくれるっていう

えっ 猫が守り神なんですか?

(濱田)
そんな逸話も採用して ここに

こういう感じで ちょっと
ゴロゴロしたり お酒飲んだりして

そうですね
過ごしたんでしょうね

<当時 すでに幕府は
鎖国政策を始めていました>

<そのさなか
なぜ海外へ渡るための船の建造を>

<政宗に許したのか>

<その理由は
新しい交易ルートの開拓でした>

<南蛮人を相手に長崎と平戸で
行われていた交易が>

<莫大な利益を生むことを
知っていた家康は>

<その拠点を東日本にも
つくろうと考えていたのです>

<大きな港がたくさんある
仙台藩は>

<その点 申し分ない>

<しかも 当時は豊臣秀吉の子
秀頼が健在で>

<徳川家と豊臣家は勢力を分け合い
争っていました>

<そのため 豊臣勢が集まる
西日本ではなく>

<東日本に交易の拠点を
つくろうとしたのです>

<さらに 当時の仙台藩も>

<それを強く望んだ事情が
あったといいます>

1611年の12月に

大きな震災 津波が

今回の東日本大震災と同規模の
震災が起きて

で 仙台領内 沿岸部が
かなりやられてしまうんですね


<仙台藩の記録にも>

<当時 1700人もの
犠牲者が出たことが>

<書き残されています>

<そして 400年後 再び>

<濱田さんは震災の体験から>

<政宗が一行を
海外へ派遣したのは>

<災害からの復興という視点が
あったのではないかと>

<新たに考え始めたそうです>

<事実 政宗が
使節の派遣を協議し始めたのは>

<大地震の2週間後>

<つまり 海外交易が生む富で>

<藩をよみがえらせようと
したというのです>

ものすごい打撃を受けた時期に

後ろ向きにとらえるんじゃなくて
前向きに

<その相手は
スペイン領のメキシコ>

<当時 世界最大の
銀の生産国として>

<発展していました>

<一行を率いる
大使に任命されたのが>

<支倉常長>

<常長は若い頃から
政宗の側近だった男>

<機転が利き 辛抱強い彼に>

必ず 生きて帰れ

<この大役を任せたのです>

はっ!

<大地震から2年後>

<一行は ここ 月の浦から
出航したと伝えられています>

<そして 太平洋を3カ月かけ渡り
メキシコへ>

<荒涼としたしゃく熱の大地と
不思議な植物>

<それが 常長達が初めて見た
異国の風景でした>

<彼らは およそひと月かけ
陸路で首都 メキシコシティへ>

<町の中心に当時の面影を残す
旧市街がありました>

東北から初めて来た外国で

こういう町並みを
見るっていうのは

いかに小さい国に
自分達が住んでたかっていうのを

実感するんじゃないすか

<常長達が訪ねたという教会も
現存しています>

<当時 教会の隣にあった修道院で>

<一行は寝泊まりしていました>

祭壇でいいのかな すごい 豪華

神聖な気分を 常長達も

きっと 最初は
味わったんでしょうね きっとね

<彼らは黄金に輝く祭壇を
見上げながら>

<およそひと月
ここに滞在したそうです>

<一行は この町で>

<メキシコを治めていた
副王にも謁見し>

<贈り物を手渡しています>

<何と その時の品とされるものが
伝えられています>

<それが この豪華な太刀>

<つかや さやに施された装飾は>

<葵の紋>

<これは 日本国王からの贈答品と
考えられています>

<珍しい手土産とともに
貿易を望む一行に対し>

<副王はスペイン本国の回答を
待つように答えています>

<本来 使節の役目は
ここで終わりとなるはず>

<ところが…>

常長は副王に

自らがヨーロッパへ渡るための
船の手配を頼んでいます

なぜなら 彼らにとっては

スペインはおろか
その先 イタリアまで行くことが

当初からの目的だったからです

<そこには 復興のための
海外交易を求めるだけでなく>

<徳川の天下を覆す
さらに野心的な計画までが>

<秘められていたというのです>

<でも その秘密に迫る前に
クエスチョン>

メキシコへとやってきた
サムライ達は

各地で大歓迎を受けました

その時 現地の人々が行った
ある催しに

一行が大喜びをしたという
記録があります

それは スペインから伝わった
伝統文化で

当時は結婚など お祝いの時に
よく行われていたようです

では その催しとは
一体何でしょうか

日本に全くない行事ですね

それを
喜ぶということですけれども

それは 何か関わることによって
気持ちよくなるとか…

いや それを見せられて
その催し物を見て

ビックリ
そして喜んだということですね

みちょぱもいっちゃいなよ

いや 何言ってるか
ちんぷんかんぷん

これ スペイン独特のって
おっしゃいました?

やっぱりそうだと思いますね
スペインといえばと

スペインで
しょっちゅうやってんだって

今でもですか?
今でも

今週もパーフェクトが出ますと
テレビをご覧の皆様に

抽選で満足が見える旅へ
海外旅行のLOOK JTBで行く

古代遺跡や芸術が
人々を魅了

世界遺産の宝庫 ローマ5日間の旅を
プレゼントいたします

全然分かんないっつってるわりに
早いね

お祝いといったら みたいな

だってスペインがどこにあるかも
分からないんで

考えても無駄だと思うんですよ


では 第1問の
皆さんの答えを開けます

クラッカーまつり

クラッカーって海外から
始まったものなのかなと思って

クラッカーをみんなで鳴らしたら
楽しいかなっていう

さあ 東MAX 闘牛

闘牛っていうのは お祝いの時に
やる? これ みたいな

すごい衝撃があるじゃないですか

だから 外国っていうのは
こんなことするんだっていう

なるほどね
宮沢さんにいってみましょう

ちょっと迷いましたけれども
一瞬 闘牛も思ったんですけど

お祝いの時に こんな危ないこと
するかなっていうところで

引っかかってしまって

マリアーチだったら移動できるし

好きなだけ人数が
参加できるなって思ったので

という第1問の皆さんの答えでした

正解はこちらです

<正解の催しには
ある生き物が欠かせません>

おお! すっげえ

<というわけで
正解は闘牛でした>

<常長一行に同行した
通訳の記録には>

<彼らが闘牛を見て驚き
喜ぶ様子が記されています>

<今でもメキシコでは
結婚式の他に>

<成人のお祝いでも
よく行われています>

<そこで>

これ何? やるやつ?

<僕のお相手は>

まあまあ…
まあまあ小さいけどさ

<1歳半の女の子>

でも 勢いあるよ

そこ危ない 危ない

うわ~

無理よ 無理

<もちろん 人生初挑戦です>

誰かやってっつってんの!

怖~!

あ~!

あ~ 超怖い

ということで
はい 闘牛が正解でした

お二人正解 他の皆さん
残念ながらボッシュートになります

ということで みちょぱ 闘牛

楽しそうですね

結構危険なのよ
ホントですか? 私の愛犬もね

ハンカチとかやると すぐああやって
つっかかってくんですよ

(東)ワンちゃんと全然違うからね

黒柳さん ご覧になって
いかがでしたか

ワクワクしますね

早くもっと先見せてっていう
感じがします

支倉達の旅なんですけれども

一方で藩主 伊達政宗からですね

もっと驚くべき目的も
託されていた

ということのようなんです
その秘密に迫ります

<常長一行は
メキシコから5カ月かけ>

<スペインへ>

<太平洋と大西洋
二つの海を越えて>

<ヨーロッパまで行った
初めての日本人は彼らでした>

<スペインでは名だたる大都市を
歴訪しています>

<旅の途中 常長の身には
大きな変化が起きていました>

<それを物語るのが
彼の持ち帰った肖像画です>

手も合わせて
ここに指輪もしてるんだ

サムライっていう荒々しい感じは
全くなくって

敬けんなクリスチャン

神に仕える人っていう感じにしか
見えないですけどね

<常長が持ち帰ったものの多くは>

<国宝に指定されていますが>

<ほとんどが
キリスト教にまつわるものばかりです>

元々 常長は
キリシタンだったっていうことですか?

日本を出発する段階では
そうではなくて

スペインに入ってから
洗礼を受けてますので

そこで キリスト教徒になったと

当時 スペインという国が
貿易とキリスト教の布教というのを

セットで考える国であった
ということもあって

やっぱり思惑としては 戦略 戦術

キリスト教徒になっていたほうが

より外交交渉も
進展するんではないかという

<常長は自らの洗礼を
より効果的にするため>

<洗礼の場にスペイン国王>

<フェリペ3世に臨席を求め>

<王から洗礼名ももらっています>

<日本を出て 1年3カ月後の
1615年 2月17日>

<彼はキリスト教徒となったのです>

<一方 同じ頃 日本にいる政宗も>

<ある行動を起こしていました>

<岩手県奥州市水沢で>

<先祖代々暮らしてきた
菊池さんの家に>

<その痕跡が残されています>

手伝います よいしょ


年季の入った鍵です

(菊池)そうじゃなくて
風雨にさらされて…

<小さなお堂の中から現れたのは>

<マリア像でした>

いや 不思議な感じするな

このお堂の中に
マリア像がある

じゃあ 菊池さんのお宅は 元々は

皆 これやったんですよね
ああ そうですか

触れちゃいけない感じ
だったんですかね

<このお堂は 元々あった
古いものを建て直し>

<マリア像も戦後になってから
置いたものだそうですが>

<かつての信仰を裏付ける
証拠もあります>

ああ ホントだ

<それは メダイと呼ばれる>

<キリスト教徒が身につける
アクセサリー>

<代々 神棚に隠してきたそうです>

<当時 幕府は秀吉の時代から
受け継いだキリスト教への弾圧を>

<日に日に強めていました>

<信徒虐殺の報は
すぐさま世界各地に伝わり>

<衝撃を与えています>

<しかし 政宗は幕府の意向に背き>

<多くの信者や宣教師を
領内に受け入れています>

<水沢は安息の地を求める
キリシタンの>

<隠れ里の一つだったのです>

<常長の洗礼と
政宗によるキリシタン保護>

<これこそ 密命との
深い関わりがあるといいます>

この親書を

必ず ローマにいる教皇に手渡せ

頼むぞ

この命に代えましても

<ローマ教皇との謁見こそ>

<常長 最大の使命>

<そのために自らが
キリスト教徒になることも>

<彼は いとわなかったのです>

<日本をたってから2年後>

<一行は旅の最終目的地
ローマに到着しました>

常長達は
こんなに豪華な衣装に身を包んで

パレードを行っています

キリスト教徒となり
ローマにやってきたサムライ達に

当時の人々は熱狂したといいます

<一行のローマ滞在の世話をした
貴族の家には>

<この時の常長の姿が
残されています>

<400年前 常長達は
馬や馬車に乗って>

<およそ1時間の道のりを
練り歩いたとされています>

<すると 思ったとおり>

注目されることハンパないですね

皆さんの目を奪っておりますよ

現代でこれだけ
注目されるってことは

そりゃ400年前だったら
どれだけすごいかってことだよね

<記録によれば
パレードを見るために>

<窓辺にわざわざ席を作って>

<見物した貴婦人まで
いたとあります>

日本と全然違う建物とか 人とか

度肝抜かれながらも
自分達はサムライだからっつって

負けるもんかじゃないけど

りんとして
乗ってたんじゃないかっていう

気がするな

<一行は
ローマ教皇との面会を求め>

<いよいよバチカンへ>

<相手は
サン・ピエトロ大聖堂を完成させ>

<当時のキリスト教世界で
絶大な力を持っていた パウロ5世>

<慣習に従い 常長は>

<教皇の前に
ひざまずいたとあります>

<そして 手渡したのが>

<あの日本語とラテン語で書かれた
二つの親書でした>

金箔 銀箔をあしらった豪華な紙に
書かれていることからも

彼らが いかに重要なことを
頼みに来たかが分かります

<興味深い発見もありました>

ここにね アルファベットで
マサムネって書いてある

あっ イダテ マサムネ

<このことから 当時の読み方は
ダテマサムネではなく>

<イダテマサムネだったことが
分かりました>

彼らは
仙台領内での布教のために

教皇が推薦する宣教師を
送ってほしいと頼んでいます

また 日本がスペイン領だった
メキシコと交易を行うために

その後押しも お願いしています

<その文面には 直接>

<密命を感じさせるような
記述はありません>

<ところが 気になる一文が
日本語の親書にはあったのです>

<常長が口頭で
申し上げることがある>

<これこそが
密命があった証拠と>

<考える
研究者がいます>

明らかに表立って言えないこと

秘密事項ですから

これはトップシークレット

ですから 口頭でもって
請願したっていうふうに

判断して間違いないと思います


<つまり 手紙に書かれていない
政宗の願いが>

<教皇に伝えられていた
というのです>

<大泉光一さんは 50年>

<支倉使節団を調査してきた
研究者>

<メキシコやヨーロッパを訪ね
各地の古文書を解読し>

<何と 政宗の野望を示す
重要な文書を見つけたそうです>

政宗のローマ教皇に宛てた
親書の中の請願事項ね

これについてもね
回答文書があるわけですよね

ああ その書状に対しての回答

ところが 請願してないことが
返書の中に入ってるのよ

<つまり 手紙に
書かれていないことに対する>

<回答が存在し>

<これこそ 常長が教皇に伝えた
密命への答えだというのです>

<その重要な文書が
あったのが>

<文書棚の総延長が
何と85キロメートルにもなる>

<世界で最も重要な
記録センターの一つです>

<そこには天下を覆す>

<驚くべき秘策が
記されていました>

<今回 我々は 政宗の野望が
記されているという文書の>

<特別な撮影許可をもらいました>

<しかし
ここではリポートどころか>

<係の方へのインタビューもNG>

<当時 バチカンでは
政宗の請願に対し>

<繰り返し検討が行われ
その回答の下書きが>

<国家機密として
保管されていたのです>

<大泉さんが注目したのは
この不可解な一文>

<果たして
この言葉が意味するものとは>

<でも その前にクエスチョン>

<訪ねたのはローマ市内にある
こちらの建物>

<早速 中へ>

おお! す…

声あんま出しちゃいけない すごい

<1604年に公開された>

<ここは 一般の人でも利用できる>

<世界最古の図書館です>

<実は 常長らサムライが残した
あるものが>

<ここに保管されていたのです>

それは サムライ達にとっては
使い捨てだったのですが

当時 ヨーロッパでは大変高価で

それを惜しげもなく捨てることに
人々は驚き

拾って
大切に取っておいたそうです

では そのあるものとは
一体何でしょうか

この中で誰が一番使ってそうとか
あります?

難しいですね

何となく言うと 真君が
一番使ってるかもしれません

僕が!?
身近なものってことですよね?

そうです 結構古い衣料とかですね

そういうものが使われたみたい
ヨーロッパでは

日本では違いますよ
古い衣料…

ごく私達の身の回りに現在はある

当たり前のものです
私 今日 場違いだなと思ってて

キャスティングミスですよ

自分で言うものじゃない
キャスティングした人が…

ピンときたものを書くだけです
私は

(真)きた? おいおいおい

簡単に出すんじゃない それを

大事に使って
はい

第2問の皆さんの答えを
見てみましょう

僕はね みちょぱと一緒で
ちょっと不安になったんですけど

ただ この中で真さんが
結構使うんじゃないかって

草野さんが言ってたんで
いつも結構 鼻たらしてる

花粉症だから
ホント春先はひどいんだよね

和紙って相当貴重なものを

鼻紙で使ったのか
何か分かんないですけども

いっぱい持ってたので

実は日本の紙っていうのは
奈良時代から

ずーっと各地方で作ってて

コウゾっていう原料を使う

ふんだんに その植物が日本にある

捨てるとするとティッシュ
ちり紙かなっていうふうに

では 正解見てみましょう どうぞ

ボンジョルノ

<正解のものは
図書館の館長さんの>

<お部屋にあるそうです>

<何と 歴代の館長の
肖像が描かれた>

<秘密の戸棚から
出してくれました>

ああ ハセクラだ

<これは 当時バチカンが発行した>

<常長達のことを伝えた冊子>

<正解の あるものとは この本の
最後のページに挟まっていた>

<こちらです>

これ 日本の
要は和紙ってことですよね

ワシ
和紙 ほ~

当時のイタリア人にとって
サムライ達の習慣は

とても不思議なものに
感じられました

中でも紙で鼻をかむのは
最も興味深く

だからこそ 鼻紙を
ここに挟んだのだと思います

<さらに これほど薄くて
丈夫な紙を作れる>

<日本の技術の高さにも
彼らは驚いたそうです>

正解は鼻紙 和紙でよかったんです

4人の方 見事な正解

残念ながら 宮沢さん 真君
ボッシュートになります

(池田)ごめんなさい 何か

嬉しい!
ああ ひどい…

機密文書に書かれていた
「剣と帽子に叙任する」

これもちょっと
スリリングな言葉だと思います

果たして何を意味する
ものだったのでしょうか

では ラストミステリー
ふしぎ発見!

<バチカンに保管されていた
機密文書にある>

<という不可解な文章>

<これが示すものとは>

剣と帽子って意味は
比喩的に表現されてるんですよ

叙任っていうことは
ものを与えるんじゃなくて

何かを任せますよ
ということですか?

要するに任命すること
ですから ローマ教皇は

政宗をキリスト教徒の王

っていう意味なんですよ

<剣と帽子は
そのものを意味するわけではなく>

<王としての権威を
象徴的に示した言葉>

<つまり 常長と教皇の間で
交わされたやりとりは>

我が王 伊達政宗は

領内に多くのキリシタンを
保護しています

ぜひとも
彼をカトリックの王に叙任し

騎士団の創設を認めてください

<この時代 西国には>

<家康に歯向かう
豊臣方の戦国大名や>

<キリシタン大名が
割拠していて>

<天下統一の懸念材料と
なっていました>

<政宗はカトリック王の名の下に>

<日本国内にいる
30万のキリスト教徒と>

<キリシタン大名を
味方につければ>

<天下を狙うチャンスが生まれると
考えた>

<これこそ 政宗が常長を送った>

<真の目的だというのです>

<事実 日本にいた宣教師が>

<ローマ教皇に送った文書にも>

<政宗の野望を裏付ける
一文があります>

とんでもないこと考えてましたね
(大泉)もちろんそうですよね

<しかし その野望は
ある一点で狂うことになります>

<その答えも回答書にありました>

<政宗の野望を打ち砕いたのは
この文章>

<実は 日本にいた政宗は
洗礼を受けていませんでした>

<その理由は>

仮に弾圧が
どんどん激しくなったら

自分も犠牲になるじゃないですか

藩も潰されちゃうと

ですから 一番大事なことって
いいますのは

藩ですよね

ということだと思いますけどね

<常長は
教皇から信任を得るために>

<その後 各地を転々としながら>

<5年も
粘り強く交渉を続けています>

<しかし ついに返答を
受け取ることはできませんでした>

<その間 日本では
大坂の陣で家康は>

<豊臣方に勝利し>

<幕府を盤石なものに>

<常長が仙台へと戻った時には>

<もはや 天下を覆せる状況では
ありませんでした>

常長 苦労をかけた

<この時 天下への野望は
ついえたのです>

<政宗は常長の帰国後>

<幕府の命に従い
領内にキリシタン禁教令を出し>

<彼らの弾圧を始めたと
されています>

<そして 常長も
キリスト教の信仰を捨て>

<帰国から2年後 病を得て
亡くなったとされています>

<しかし 我々は取材を進める中で>

<定説とは異なる 常長の
その後の物語に出会いました>

<この地に代々住む
山口さんの家には>

<常長は病死しておらず>

<数十年 生き延びていた
という話が伝わっています>

あっ それらしきものが
こちらですか

そうなんです

これが 常長の
お墓っていうことですよね

そういうことですね

亡くなった日が2月の17日

それで 支倉氏って
名前は書いてないんですけど

そのように書いてあるんです

<文字は風化して
ほとんど読めなくなっていますが>

<かつては日付の下に>

<支倉氏と
はっきり刻まれていたそうです>

<墓に刻まれたのは>

<命日と戒名とされています>

<もし常長が承應3年 2月17日に>

<亡くなったのであれば>

<彼は
84歳まで>

<生きたことになります>

小さい頃から 常長さんの
お墓ですよっていうことは

聞いてたわけですか
はい

キリシタン弾圧で 徳川に
命を奪われるということで

政宗の計らいで隠れ人となって

過ごしておりましたと
いわれてますけども

今でも ここの方は

そろってお参りしてます

<常長が信仰を捨てなかったことを
裏付ける習慣も>

<残っていました>

<これは 乾燥させたよもぎ>

<毎年 春になると
とっておくのだそうです>

<そして>

新しい年
1月20日のお正月の時に

火をともしたら その煙が出る

そしたら 頭痛くなんないように
腹痛くなんないようにって

そうやって
色々エピソード聞いてたら

伝説っていう気が
しなくなってきますよね

八十何歳かまでね

(山口)84歳でしたね

生きてたかもしれないな~

<これが事実なら
政宗は常長を守るため>

<表向き 病死にして
かくまったことになります>

<ここには 二人の絆の強さを
伝える話がありました>

帰ってきたら
社会が変わってたっていう

不運ですよね それも

<その後 政宗は治水事業を進め>

<藩を日本一の米どころとして
よみがえらせています>

<天下への夢は破れても>

<その遺産は
この地に受け継がれています>

<それでは ラストクエスチョン>

伊達政宗は
仙台藩を豊かにするため

当時 東北にはなかった
ある作物の栽培を始めています

それは
暖かい地域で作られるもので

東北では難しいと
されていましたが 見事に成功

政宗は親しい武将に
贈り物としても届けています

では その作物とは
一体何でしょうか

週何で食べますか?

「週何回で食べますか?」ね

ホントに好んでる方は
結構な頻度で

口にされることもあります

このまま食べるんですか?
それとも何か…

ちょっとだけ手を加えて

そして 皆さんの口に入るような
形になるものでしょうね

手を加えるっていうのは
熱を加えたりとか

そういうことでしょうか
ちょっと手を加えますね

ではいってみましょう

(東)冷たいですね 真さんにね

さっきから
ずーっと叱られてるからね

話聞いてないからですよ

(東)ホントそのとおりだね
みちょぱにも怒られた

では 最後の問題の
皆さんの答えです

皆さん別々の作物を
思い浮かべました

そうですね 6種類の作物登場

まずは東MAXに聞きましょう

お茶って何かあったかいところで
できるイメージがあるので

東北でお茶作ってるイメージって
いまだにないので

これができたらすごいなと
なるほどね

果たして いちごなんでしょうか
たばこなんでしょうか

麦なんでしょうか
にんじんなんでしょうか

お茶なんでしょうか
正解はCMのあとです

さつまいもは!

<来週の「世界ふしぎ発見!」は
ペルー天空絶景>

<ドローンを駆使して
今までたどり着けなかった絶景を>

<次々と発見 さらに>

<高低差5000メートルの旅のゴールは!?>

着きました

<虹色に輝く大地とは>

<正解は水はけのよい土地と
日当たりのよい山の斜面が>

<必要な作物 それは>

<そう お茶です>

<石巻北部の桃生町には>

<宮城県唯一の茶畑があります>

<茶人としても有名だった政宗は
茶の木を取り寄せ>

<領内に植えさせました>

いい香り

お茶の すごくいい渋みが
しっかりと出てるんだけども

まろやかに口当たりは
甘さも残ってくるっていう

寒いんで
自分の身を守るっていうことで

葉っぱが厚くなって

野菜なんかも寒いと
糖分を蓄えたりとかっていうのは

聞いたことあるけど
それと同じようなことなのかな

そうですね

<茶の栽培に成功した政宗は>

<親しい武将仲間に宛てた手紙に>

<茶の一袋を添えて>

<無邪気に喜ぶ様子が
伝えられています>

正解はお茶だったんです
東MAX 見事な正解

他の皆さん
残念ながらボッシュートです

さあ ということで
今晩のトップ賞は?

今晩のトップ賞は
見事パーフェクトを達成されました

東さんです おめでとうございます

どうもおめでとうございます
ありがとうございます

(黒柳)すごい!

みちょぱ
初めて来てくださいましたけど

楽しめましたか?
はい

1問成功…
正解したのが すごく嬉しくて

場違いじゃなかったかなっていう
そうそうそうそう

ロバート・キャンベル先生
いかがだったでしょうか

ローマの人達もメキシコの人達も
400年前のサムライ達が

捨てたちり紙の1枚までね

大切に取っておいてくれてる
ということはすごく嬉しいし

そういう
人間のふれあいというのは

今も昔もないなっていうことを
感じました

最後になりましたけども
宮沢さんから

舞台のお知らせがありましたね

僕の初主演舞台 「BOAT」が

東京芸術劇場にて7月16日から
10日間上演されます

ぜひ来てください お待ちしてます

ありがとうございました
ではまた 来週

ふしぎの世界でお会いします
さようなら

さようなら

<東MAX パーフェクトおめでとう>

<抽選で3名様に
バチカンのモザイクペンダントを>

<1組2名様にローマ5日間の旅を
プレゼントいたします>


関連記事