100分de名著 カミュ“ペスト” 第2回「神なき世界で生きる」 人々を絶望な状況に立ち向かわせる…


『100分de名著 カミュ“ペスト” 第2回「神なき世界で生きる」』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/11(月)
100分de名著 カミュ“ペスト” 第2回「神なき世界で生きる」[解][字]
保健隊を結成して全力でペストとの絶望的な闘いを続ける医師リウーやタルーたち。彼らを支えたのは決して大げさなものではなく自分の職務を果たすことへの責任感だった。
詳細情報
番組内容
神父パヌルーは「ペストは神の審判のしるし」と訴え人々に回心を迫る。その一方で、保健隊を結成しあらん限りの力をふりしぼってペストとの絶望的な闘いを続ける医師リウーやその友人タルーたち。彼らを支えたのは、決して大げさなものではなく、人と人をつなぐ連帯の感情であり、自分の職務を果たすことへの責任感だった。第2回は、人々を絶望な状況に立ち向かわせる「希望の源」は何なのかに迫っていく。
出演者
【講師】学習院大学教授…中条省平,【司会】伊集院光,島津有理子,【朗読】川口覚,【語り】小口貴子,【声】羽室満
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『100分de名著 カミュ“ペスト” 第2回「神なき世界で生きる」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

100分de名著 カミュ“ペスト” 第2回「神なき世界で生きる」
  1. ペスト
  2. リウー
  3. カミュ
  4. タルー
  5. ランベール
  6. 自分

  7. 人間
  8. アルジェリア
  9. グラン



『100分de名著 カミュ“ペスト” 第2回「神なき世界で生きる」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


不条理文学の傑作
アルベール・カミュの「ペスト」。

太陽の輝く アルジェリアの町で

一匹のネズミの死骸を前兆に
ペストが発生します。

瞬く間に 町は死者であふれ
市民は監禁状態に。

そんな 極限状態の中での人々を
描いたカミュ。

そこには どんな時でも失われない
人間の尊厳がありました。

第2回は 神なき世界で闘う人々を
描きます。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」 司会の…

今月は アルベール・カミュの
「ペスト」を読み解いています。

前回は 恐ろしい速度で
ペストが まん延して

町は封鎖されてしまいました。

まさに パニック状態に
なるはずなんですが

市民は まだそれに気付いていない
というようなところまで

見ていきました。

1夜目で ざっと
これぐらいの人物が出てくる

群像劇ですよって
言われたんですけど

まだ触れられてない
キャラクターもいますからね。

楽しみですね。
はい。

指南役は フランス文学者の
中条省平さんです。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

さあ まずは その登場人物の
おさらいから まいりましょう。

医師のリウー
そして 新聞記者のランベール。

ランベールは こっそり町から
逃げ出そうとするのですが

かないません。

下級役人で 小説を書いている
グラン。

今回の展開の
キーパーソンになるのは

このパヌルーなんですね。

このパヌルーが
ペストに襲われた町 オランで

市民たちに対して
説教を行う。

その説教が
思わぬ反響を呼び起こして

ドラマに新たな展開を生み出す
という事になります。


さあ それでは
早速 物語をご覧下さい。

港も閉鎖され 陸路からも
海路からも完全に孤立した

オランの町。

5月の終わりには
食料補給の制限が決まり

店や会社が閉鎖されます。

何もする事がなくなった
大勢の人々が

カフェにあふれて
酔っ払っていました。

教会では イエズス会の
パヌルー神父が説教を始めます。

「要するに この説教は
ある人々にたいして

それまで漠然としていた考えを
はっきりと感じさせたのだ」。

聴衆の一人であった
ジャン・タルーは

偶然 足止めを食った
旅行者でした。

彼はリウーを訪ね 志願者による
「保健隊」の結成を申し出ます。

ペスト患者の汚物の処理や
死体処理を行う

大きな危険を伴う仕事です。

リウーは感謝しつつも
極めて危ない仕事だと説明。

しかし
タルーの決意は揺るぎません。

そして
リウーに問いかけたのです。

「なぜ あなた自身は そんなに
献身的になれるんですか

神を信じていないのに?」。

別れ際に 今度は
リウーが タルーに聞きました。

「いったい 何が
君をそうさせるんです

こんな事をひき受けるとは?」。

「どんな倫理です?」。

まず パヌルー神父が
説教をしました。

その説教によって 不安な人々は
「自分たちの行いが悪いせいで

こういう事が起きてしまったのだ」
と思ってしまったという事ですね。

まあ こういう災厄が起きた時に

よくあるパターンの言説では
あるわけですけれど

例えば 日本でも
東日本大震災が起きた時に

「こういう地震が起こったのは
天罰だ」っていう発言があって

話題を呼びましたよね。

ただ そのカトリック的な
土壌の中では やはり

こういう 「ペストのような悪は
神が下した人間への罰なんだ」

という考え方
つまり神っていうものと

切り離せなく
なってくるわけですね。


原因を しっかりすれば

そこから出る 何かきっかけも
あるのじゃないかという。

端的に言って 神が救ってくれる
かもしれないっていう方にも

いくわけですよね。

何か納得感が
欲しいっていうかね

今 起きてる事に対して
というのは分かるんですが。

それに対して 医師のリウーと
旅行者のタルーは

違う考え方を
持っているようでしたね。  ええ。

それを出してしまうと

人間の責任というものが
消えちゃうわけですよね。

神の下した罰であるならば
それに従うべきだし

救ってくれる時には
神様が救ってくれるだろう。

だから そういう その人間の
責任を棚上げにした考え方には

リウーとタルーは くみさないって
いう事だと思うんですよね。

特に あのリウーの言い分は
分かりやすかったですね。

医者である自分が
そこで神様を信じちゃうと

もう俺 何もやらないし ある意味
やる理由がないじゃないか

というのは 何かすごく 僕は
かっこいいセリフに感じましたね。

2人は事態に対して 自分の態度を
このように言っているんですね。

タルーの場合の この
「理解すること」というのは

自分にとっての倫理だ
という事を言ってるんですね。

「倫理」という言葉を
出してきてるんですけれども

これは フランス語の原語では
「モラル」なんです。

で 「モラル」っていうと
語源的には

「行動のしかた」 「行動様式」
という事を意味しているんですね。

ともかく
理解する事だっていうふうに

タルーは言っています。
そして リウーの方の

一方 「見きわめること」というのは
どういう事でしょう?

その 前後の文脈を読みますと

リウーの方には
この「見きわめること」の底に

非常に苦い 個人的な経験
というものがあるんですね。


それを リウーは
何て言ってるかというと

「果てしなき敗北」。

どういう事かというと もう既に
ペストで死者が出た時点で

死者は 取り返しがつきませんから
彼にとっては敗北なんですね。

ですから その…

闘うっていう事が リウーの…

やっぱり その裏には
カミュが こういうふうに

思っているというところ
あるんでしょうか?

多分 そうだと思います。

まずは 人間の人生っていうものは
思いどおりにならない

そういう まあ
「ペスト的状態」とでもいうべき

敗北を刻印されてるという事。

でも その敗北を
認識するっていう事は

闘いを放棄するっていう事には
ならないんですね。

人間って そもそも ペストだ
というか死ぬじゃないですか。

ええ。
早かれ遅かれ 死ぬし
割と理由なく 死ぬし。

それが ペストになるから

割と早めに死ぬ可能性が高いって
いう事が分かるだけで

死ぬっていう事に関していうと
まあ みんなペストだと。

で もう一個
死ぬって分かった時点で

生きるって分かる
みたいなところって

哲学的な言葉として あるじゃ
ないですか。      ありますよね。

何か それが流れてますね。
確実に流れてますね。

ええ そう思いますね。

さあ こうして2人は共にペストと
闘う事になったわけですが

その他の登場人物は どのような
選択をしたのでしょうか?

タルーは 早速翌日から
有志を集めて保健隊を結成します。

そこには 下級役人のグランも
参加しました。

役所勤めのかたわらで
小説を書いている

風貌も滑稽な小男です。

一方 恋人のいるパリへどうしても
帰りたいランベールは

物資の密輸に関わっている
コタールに頼み

非合法に
町を脱出しようとしていました。

ところが その計画は あと少しと
いうところで 何度も失敗します。

疲れ果てた ランベールは

ある晩 リウーとタルーを
部屋に招きました。

「僕も あなたたちの保健隊の事は
ずいぶん考えました」。

「『どちらの側で?』と
タルーが尋ねた」。

「『何を?』と タルー」。

ランベールは
かつて スペイン内戦に従軍。

戦場で 人殺しが
簡単に英雄となるさまを

嫌というほど
見たのかもしれません。

ランベールは タルーに尋ねます。

「それでは タルー

あなたは愛のために
死ぬ事ができますか?」。

「分からない。
でも 今は死ねない気がするな」。

「ですよね」。

「その様子が
目に見えるようですよ」。

しかし リウーは自分たちの行動は
ヒロイズムとは関係ないと

語りかけます。

「『誠実さって
どういう事です?』と

ランベールは 急に
真剣な顔になって尋ねた」。

「一般的には どういう事か
知りません。 しかし…」。

ランベールは このあと
「この町から脱出できるまで

保健隊で働きたい」と
申し出るのでした。

恐ろしい事に 真夏の灼熱が
もう そこまで近づいていました。

小役人のグランも
そして 記者のランベールも

タルーの保健隊に
参加する事になったんですね。

中でも そのグランに
ちょっと興味がありますね。

あのグランっていう人物は
下級役人で

何ら 秀でたところのない
凡庸な男というふうに

最初は描かれてるわけですね。

ところが このヒーロー的な要素を
全く持たないグランが


保健隊に入るや
自分にできる事をやるっていう

言ってみれば
モラルを貫き通して

その保健隊の要になっていくって
いうわけですね。

「ペスト」っていう作品は
一見したところ

筋書きだけ取り出すと ちょっと
ヒロイズムの賛歌のように

見える部分が
あるんですけれども

しかし 実はそうではなくて
グランみたいな凡庸な

小さな人間が 誠実に自分の仕事を
果たすっていう事によって

貢献できるっていうような事も
きっちりと描いてるんですね。

そういうところが この「ペスト」
という作品の懐の深さっていうか。

それから もう一つ この密売人の
コタールというのは犯罪者で…

平和な世の中ならば
犯罪者として

逮捕されるかも
しれないけれども

ペストが起こって
てんやわんやだから

逃げていられる。
まあ ペストに便乗して

我が世の春を謳歌している
というような人物なんですが

カミュの書き方というのは
決して この男を

罪人とか 悪人とかして
断罪してるわけではないんですね。

ペストっていう災厄に
襲われてきた中で

それぞれの人間の
その 生の在り方であって

それは 基本的には
肯定してるんですよね。

すごい不条理が来た。
来て 今までのルールとか

条理っていうか 序列というか
システムとかが とんでる以上は

悪も 別に悪じゃ…。
まあ そういう事ですよね。

何か 軸がなければ

悪じゃないじゃないですか
というところがとても面白いです。

とても面白いし。
そうなんですよね。

そして 自分だけ助かろうと

脱出を試みていた
ランベールなんですけれども

実は 戦争に参加していて
そのトラウマがあるようでしたね。

そうなんですよね。
ですから前回 ランベールが

理念というものに対して あるいは
抽象というものに対して

非常な反感を持っている
という事がありましたけれども…

その 人民の解放のためとか
平等のためとか

場合によっては
自由のためとか

平和のための戦争なんていう
事までも言うわけですよね。

ですけれども ランベールは実際に
スペイン戦争に参加して

そこで その理念に殉じる人たちが
結局 その人殺しをしているんだ。

戦争で英雄になれるのは

たくさん人を殺したからだって
事になっちゃって。

だから 「理念」とか「抽象」っていう
ものに対する嫌悪感が

骨の髄まで
しみついちゃったんですよね。

そのランベールが ついていくって
決心する あのやり取り。

リウーの この言葉ですね。
はい。

リウーは 「私の言う理念は
そういうヒロイズムを

前提としてるんではない」
っていう事。

つまり 「自分の職務を果たす」。

まあ リウーの場合で言えば
お医者さんとしての職務を果たす。

さっきのグランで言えば
その保健隊で 事務の要を果たす。

自分にできる事をするので

ペストと
闘おうとしているのであって

決して高邁な理念
自分よりも大きなものに殉じて

立派な事をしよう
という事じゃないんですね。

ですから 自分に
何ができるかっていう事を

それこそ さっきの言葉で言えば
見きわめて それを行う。

それを「誠実さ」っていうふうに
言ったんだと思うんですね。

上手に それも引っ掛かるように
できてんだなと

まんまとって思うのが
やっぱり1夜目の時に

僕が本当に そこが僕の考えとは
違うなって思ったし 言った


「理念」の方を 「抽象」っていう
言い方。

ここで ものの見事に
実を結ぶっていうか

そうか
「理念」なんていうものは

ころころ うまく すり替えられる
ものだという事を

彼は経験してるんだ。
そうですね。

そこも すごく 「計算されて
書いてるな 操られてるな」って

思うんですね。

発生から 4か月がたった
8月半ばになると

暑さと ペストの猛威は
頂点に達します。

やけになった 一部の人たちによる
放火や略奪が起こり

死者の数も急増して
柩も墓地も足りません。

しかし 何よりも恐ろしいのは

親しい人との別離に
苦しんでいたはずの人々が

記憶も想像力も
失ってしまった事でした。

う~ん
かなり悲惨なシーンですね。

胸に ずしんとくるところですね。
はい。

そして リウーの
先ほどの言葉になるわけですね。

こちらです。

グサッとくるような表現ですね。
そうですね。

非常に重要な一句だと
思いますけれども

ペストが
オラン市を襲った事によって

愛する者との別離
というような事が起こってくる。

で 死者も出てくるから
絶望的な状態になる。

で 絶望する。 感情を失うっていう
事態が起こるわけですね。

言ってみれば…

ですから 未来も過去も記憶も
希望も失って

現在だけの囚人になるという事が
絶望に慣れるという事で

絶望に慣れちゃうと

絶望から脱出しようっていう
気力もなくなる。

ですから そういう事が ペストの
もたらした最大の悪であり

不条理であるっていう事を この
一節は言ってるんだと思うんです。

さあ このような物語を生み出した
作者 カミュの人生とは

どのようなものだったの
でしょうか。

父親を戦争で亡くし
アルジェの貧困街で育ったカミュ。

後年 家には一冊も本がなく

家族には 文字を読める者が
いなかったと語っています。

苦学して 新聞記者になるも

アルジェリア独立に
加担したとして故郷を追放され

フランス本国に渡ります。

時は ナチスドイツによる占領下。

カミュは レジスタンスの新聞に
筆を振るいながら

小説「ペスト」の執筆を
始めました。

幾度も書き直されて
戦後のパリで発表されると

戦争という災厄をくぐり抜けた
人々に

大きな共感を呼んだのです。

まさに ず~っと不条理な中にいた
人ではあるんですね。

少し驚いたのが カミュも
アルジェリア出身だったんですね。

そうなんですよね。
つまり あのカミュっていうと

やっぱり ノーベル賞を受けた
フランスの作家っていうんで

何か こう
セレブなイメージみたいなものが。

はい。
フランスの ど真ん中にいて

おしゃれな生活してたのかなって
いうような。

実際に 女性にもてたとか
そういう演劇をやっていたとか

そういう 派手なイメージも
あるんですけれども

しかし 前半生を見るかぎりは
これはもう はっきり言って

くら~い人生で まず
そのアルジェリアに入植した

貧しいフランス人の家庭に育った
という事ですよね。

当時 やっぱり
差別があったわけですね。

アルジェリアで暮らす
フランス人は

食い詰めて アルジェリアに行った
っていうようなイメージ

ピエ・ノワール 「黒い足」って
いうふうに呼ばれるんですね。

ですから 「ペスト」に描かれてる
リウーとカミュは

どのぐらい同一視していいかって
いう事はありますが


ただ やっぱりカミュは

そこに 自分の貧しかった
アルジェリアでの暮らしを

書き込んでる事は
間違いないんですね。

そして その不条理
という点でいうと

故郷のアルジェリアから
追放されてしまったという

経緯がある。
ええ そうですね。

それから
「ペスト」との関係でいうと

「ペスト」を書いていた時代に

奥さんは アルジェリアの
オランにいたんです。
は~。

ところが そのアルジェリアと
本国フランスとの連絡が

断たれてしまいましたから

まさに そのリウーとか
ランベールみたいに…

ですから
別離と追放っていうのは

単なる その
小説のテーマっていうよりも

むしろ はっきりとカミュの人生に
刻印された経験だったわけですね。

不条理の連続じゃないですか。

何か自分の中で 価値観を
組み立てようとすれば

そこが変わっちゃうみたいな事の
連続ですよね。      そうですね。

ただ そのカミュの
独自性っていうのは

そういう さまざまな苦難を
歩みながらも

「異邦人」 「ペスト」
「シーシュポスの神話」っていう

本を書き続けるんですね。

そこに何か カミュの生きる力
みたいなものが感じられて

やっぱり カミュっていうのは

その不条理に 自分自身が
身をもって反抗した

あらがった人じゃないかっていう
感じがして

そこが カミュのかっこよさって
いう事になると思うんですけど。

ここで ちょっと やっぱり
リウーと響き合ってくる

僕の中で 勝手にかもしれないけど
響き合ってくるのは

医者である事に対する
その誠実さのみで

もう 行動するしかないって
いうのに対して

何だろう 書くという事
表現をするっていう事。

人間は何なのかっていう事を
書くっていう事に

何か 誠実に生きる感じというのか
それが すごいですね。

いや おっしゃるとおり。

だから カミュの中では
そういう その追放とか

レジスタンスの
危険を生きるっていう事の

不条理さみたいなものに
あらがう方法というのは

書く事しかなかったんですよね。
うん。

中条さん
ありがとうございました。

また次回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。


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