ごごナマ「福島・いつだってポジティブ ポジぃちゃん図鑑」 船越英一郎、美保純、阿部渉 なぎら健壱、迫田孝也


『ごごナマ「福島・いつだってポジティブ ポジぃちゃん図鑑」』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/14(木) 
ごごナマ「福島・いつだってポジティブ ポジぃちゃん図鑑」[字]
今回は福島放送局制作の番組から。貧困、戦争、震災、原発事故…。数々のつらい体験も何のその。いつもポジティブに生きる「ポジぃちゃん」たちの痛快な日々に密着する。
詳細情報
番組内容
今回は福島放送局制作の番組から。いつも“我が道をゆく”元気なおじぃちゃんが、あなたの近くにもいないだろうか。一見、風変わりだが、実は数々の逆境を乗り越え、しなやかに生きてきた“人生の先輩”だ。原動力は、どんな時も前を向く「ポジティブさ」。貧困、戦争、震災、原発事故…。数々のつらい体験も何のその。いつもポジティブに生きる「ポジぃちゃん」たちの痛快な日々に密着する。
出演者
【MC】船越英一郎,美保純,阿部渉,【ゲスト】なぎら健壱,迫田孝也
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『ごごナマ「福島・いつだってポジティブ ポジぃちゃん図鑑」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

ごごナマ「福島・いつだってポジティブ ポジぃちゃん図鑑」
  1. 阿部
  2. 船越
  3. ポジ
  4. 迫田
  5. 松夫
  6. 美保
  7. レンガ
  8. 写真
  9. 橋本
  10. 中村



『ごごナマ「福島・いつだってポジティブ ポジぃちゃん図鑑」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


船越≫
オトナの井戸端「ごごナマ」

3時台始まりました。

編集長は悠然とはりを
歩いてますね。

美保≫いつも奥に行っちゃうの。

大人になっちゃった。

阿部≫木曜日の3時台
「だいすき・にっぽん」をテーマ

にお送りしています。

ゲストは、なぎら健壱さん

迫田孝也さんです。

迫田さんは最近
レギュラー感が出てきた

ということですね。
迫田≫スタッフの間から

出てきました。
3回連続です。

船越≫
当たり前ですよね

レギュラーなんですから。
迫田≫不可抗力ですよ。

阿部≫「掘り出しにっぽん」

福島放送局制作の番組

「ココに福ありfMAP
いつだってポジティブ

ポジぃちゃん図鑑」
をご紹介します。

船越≫ポジティブなおじいちゃん
ということでしょうか。

阿部≫
「どっこい生きてる

B面にっぽん」
いわゆる名所旧跡ではない

B面を
ご紹介したいというコーナーです。

どこに行きましたか?
なぎら≫埼玉県深谷市に行って

きました。
阿部≫最近では近場ですね。

なぎら≫いろんな問題が
ありました。

迫田≫大人の事情?
阿部≫最初のコーナーです。

「掘り出しにっぽん」。

船越≫僕はこの音楽が

「刑事コロンボ」が始まる感じ

だし。
阿部≫似てますね。

迫田さんの振り付けは進化して

いると見ていいんでしょうか。
迫田≫3時8分を表しました。

意味のない振りをつけるの
大好きでしょ。

船越≫もう1回やって。
どこが8分なの?

今9時だったよね。

迫田≫逆?

なぎら≫おい!

阿部≫きょうご紹介するのは

福島放送局の番組
「ココに福ありfMAP」。

福島に暮らす人たちの知られざる

想(おも)いを集めて地図に
しようという番組で

去年の12月から放送が
始まりました。


今回の
「いつだってポジティブ

ポジぃちゃん図鑑」
には

震災を経ても前向きに生きる

2人の明るい
ポジぃちゃんが登場します。

福島出身の詩人、草野心平さんに
まつわる話も紹介していきます。

「ココに福ありfMAP
いつだってポジティブ

ポジぃちゃん図鑑」
前半をご覧ください。

誰だって
心が張り裂けそうな夜がある。

ため息ばかりで
朝を迎えることもある。

でも、この笑顔!

この破天荒!

中村≫いやー、厳しい厳しい。

震災だろうが、原発事故だろうが
何でも前向きに捉え直し

自分の道を突き進む
福島のポジティブじいちゃん

そう、ポジぃちゃん。

その生きざまは、これまで
幾多の困難に立ち向かってきた

じいちゃんたちの闘いの証しだ。

生涯現役。

ボクらの福島は
かっこよくって、たくましい。

ボクらの暮らす福島がある。

ボクらの知らない福島がある。

きょう、そして未来へ
みんなの想いが地図になる。

ダンス愛好者が集う
福島市の体育館。

熱い視線の先には、キレッキレの
ダンサーが踊っていた。

高速のターン。
軽快なステップ。

このじいちゃん、憧れの的だ。

でも、その素顔は…。

≫これ結構高いんですか?

いいもの?
中村≫うん。

ウン十万の衣装は
妻にないしょで購入。

なんだかいろいろありそうな
70歳。中村松夫さんに密着した。

中村≫こんにちは。

日曜日。
松夫さんの家に孫がやって来た。

みんな、じいちゃんが大好きだ。

中村≫ああ!惜しい!

でも、孫たちがじいちゃんと
遊べるのは、めったにないこと。

ポジぃちゃんのスケジュールは
いつだってパンパンだ。

松夫さん、思わずにやり。
自分の適当さに気付いたようだ。

その日の夜。
近所の体育館では

ダンスサークルの練習。
松夫さんがリーダーだ。

松夫さんは、振り付け担当。

もっといいものをと
何度も音楽をかけて

振りを考える。


ところが…。

≫これは早くて
これをゆっくりして

そしてコントラチックも
ゆっくりすんだよ。

振り付けが、松夫さんの直感で
コロコロ変わるため、みんなが

戸惑ってしまうこともしばしばだ。

≫さっき言ったことを、ころっと
変わるからみんなに指摘される。

中村≫そこであのね、そこで1つ
また新しく、その…

あれが出てくるんだ。

≫適当ですね。
≫だから私ずっこけちゃうの。

中村≫適当がないとだめよ。
適当なところが…

ちょっぴり適当な松夫さんには
もう1つの顔がある。

70歳
今も現役バリバリの旋盤工だ。

この日は、重機を回転させる
土台の溝を彫る作業。

0.1mm単位の精度が求められ
失敗したら数十万円の損失だ。

熟練工として
今も工場の貴重な戦力だ。

昭和23年。戦後の貧しさの中で
生まれた松夫さん。

中学時代に父親を亡くし
16歳で工場に勤め始めた。

朝から晩まで鉄くずと
油にまみれる、きつい仕事。

仕事に誇りを持つことが
どうしてもできなかった。

当時書かれた松夫さんの作文には
そのときのことが

こう、つづられている。

「働くということはこのことだ。
心の中で叫びました。

仕事は辛い(つらい)。
だが、辛ければ辛いほど

自分が教えられる、何かがある。
そして、その辛い仕事が

辛いと思わなくなったとき
初めて人間として

一歩前進したのではないか」。

辛いことの先にある
喜びを知った松夫さん。

30代、もう1つ
大切なものと出会った。

それが競技ダンスだった。

精度の高さを求められるところが
仕事と同じように、魅力的だった。

松夫さんは、この日もダンス。

2週に1度、プロの先生から
直接レッスンを受けている。

レッスンが始まった。

≫足は、足は?

体の角度、足運び。
細かく指導され続ける。

競技ダンスは、1曲踊ると
400m走と同じくらい

体力を使うといわれている。

松夫さんの目標は
次の競技会で勝ち抜き

より上位の階級に進むことだ。


限界知らずのポジぃちゃん。

松夫さんを突き動かすのは
辛さを乗り越えた先を

見てみたいという好奇心だ。

競技会を1週間後に控えたこの日。
松夫さんがある場所へ向かった。

原発事故が起こるまで
松夫さんが通い続けた

浪江町のスタジオだ。

プロダンサーを
何人も輩出してきた

浪江スターダンス教室。

オーナーの許可を得て
松夫さんは久々に訪れた。

原発事故以来
初めて入るスタジオは

7年前のまま。

地震で散乱したCDや
ビデオテープ。

2日後に開かれるはずだった
ダンスパーティーのポスター。

松夫さんが写真を見つけた。

往復3時間かけ
スタジオへと通い、夜遅くまで

仲間と技を競い合った日々。

ダンスに情熱を傾けた35年間が
一気によみがえる。

中村≫ああ…。

やっぱりここの思い出は
多いからね。

もしも原発事故がなかったら。

でも、ポジぃちゃんは
そんなふうに考えたりしない。

何かをやれば、失敗したり
時には悲しい出来事に

直面することだってある。

でも、やらなきゃ
失敗すらできない。

競技会の当日を迎えた。

参加80組。

若いライバルたちに交じって
いよいよ真剣勝負だ。

予選が始まった。

松夫さん、表情が少し硬い。

≫まっちゃん!

仲間の声援が会場に響く。

年下のライバルよりも大きく
そして優雅に。

中村≫いやー、厳しい厳しい。

審査結果が
場内にアナウンスされる。

見事、決勝進出。

6試合を勝ち抜き
最後の戦いに臨む。

タンゴとワルツを、合計14回。

見事に踊りきった。

その順位は…。

パートナーの栄子さんも
駆け寄ってきた。

次の競技会からは、階級を上げて
B級での戦いになる。

中村≫どうや?ははは!

70歳。
限界なんてどこにもない!

実は、あの人も
ポジぃちゃんだった。

いわき出身の詩人
草野心平さん、享年85。

カエルの詩人と呼ばれ

カエル語の詩や
記号でも詩を残した。

例えば、こちら。

黒丸が1つだけの作品。

タイトルは「冬眠」だ。

そう言われると、冬眠している
カエルの気分になってくる。

60歳まで質屋と縁の切れない
貧乏暮らし。

空腹に耐える日々の中に
心平さんの

ポジぃちゃんぶりをしのばせる
エピソードが残されていた。

ある日、こいを買ってきて
食べようと思ったら

目が合ってしまい、しかたなく
風呂場で飼うことにした。

おかげで家族は
近所にもらい湯しに

行かなければならなくなった。

どんな苦境に立たされても
長いものなんかに

巻かれてたまるか。
心平さんは、己の生きざまを

蛇にのみ込まれたカエルに託した。

生涯で1400の詩を作り
小さな命に寄り添い続けた。

ことばは、詩人の人柄とともに
ずっと生きてゆくのだ。

阿部≫ポジぃちゃん

前半をご覧いただきました。

中村さんのダンス、皆さんから
思わず拍手が起きましたね。

迫田≫すごいですね。70歳で
あの姿勢のよさ、体幹をずっと

鍛えていらっしゃる。
なぎら≫ものすごい運動量ですよ

ね。若いころからやっているとは
いってもね。

美保≫骨組みというんですかね。

骨格をキープできないじゃない
ですか、なかなか。

どこか、どうしたって
曲がってきちゃったりね。

縮んできちゃうものなんだけど

筋トレとか絶対にしていますよね

ポジぃちゃんは。すばらしい。
阿部≫体幹が違う感じですね。

美保≫あと絶対に女性から
モテるだろうね。

周りのおばちゃんたちが
踊りたい人が順番待ちしているの。

迫田≫でも性格が適当でしたよ。

美保≫そこがいいのよ。
きっちりしてないところが。

なぎら≫ダンスだな。
阿部≫今から?

なぎら≫まずは
フォークダンスから。

阿部≫震災や原発事故で
相当なご苦労があったと思います

が発言がとても前向きなものが
ありましたね。

船越≫後ろは振り向かない。

さっきも、失敗は
誰だってするんだ


でも進まなければ失敗はない
やらなければ失敗しないというの

がね。
なぎら≫やっていない人間に

失敗はない。
船越≫だったらやって失敗した

ほうがいいと。
気持ち、でしょうね。

阿部≫「ポジぃちゃん図鑑」後半
です。

津波で住民が住めなくなった
故郷に

毎日通うじいちゃんがいる。

橋本尉記さん、77歳。

このじいちゃん
誰もやってないことをするのが

3度の飯より大好物。

人と同じじゃ進歩がない。

そう心に誓って生きてきた
ポジぃちゃん、77年の物語。

南相馬市の沿岸部、村上地区。

津波で流されたさら地の先に
ひょっこりと小高い山がある。

橋本さんは、この山に家を借りて

日々、誰もやってないことに
挑戦している。

早速、橋本さん自慢の一品を
見せてもらった。

この不思議な形をした植物。

橋本さんが考案した菊の鉢植えだ。

秋にはまるで
木から花が咲いているような

不思議な姿になる。

作り方は、菊の根っこを筒に入れ
3年かけて1m以上伸ばす。

それを幹に、はわせることで

まるで木から
花が生えているような姿になる。

橋本さんは誰も使わなくなった
ガラクタも大好きだ。

古びた草刈り機。

先端に、曲がった形の
小さな鉄板を取り付け始めた。

早速、向かったのは近くの川。

手作りのボートに乗り込み
いざ、アクセルオン!

(モーター音)

草刈り機で船が走ったー!

昭和16年生まれの橋本さん。

子どものころから
人と違ったことが

好きな少年だった。

故郷・村上で、漁師をしながら
田んぼも手伝った。

ガラクタを集めては
漁船や耕うん機を

自力で作りだした。

南相馬市の高齢者福祉施設。

この日、橋本さんの姿が…

♪~

ステージにあった!

♪~

77歳による、高齢者の慰問。

実は橋本さんの人を喜ばせたい
という想いが、7年前

人々の心を明るく照らした。

2011年3月11日。

故郷・村上を9mの津波が襲った。

橋本さんも家を流され
集落の仲間、62名が亡くなった。

震災からひとつき。
避難先の体育館で

橋本さんは、重い空気を少しでも
和らげたいと考えるようになる。

早速、得意の歌を
披露することにした。

歌い終わっておじぎをすると
坊主頭には顔の落書き。

避難所が初めて笑いに包まれた。

仲間も家も失った。

それでも
みんなを元気にしたかった。

ポジぃちゃんの意地だった。

毎日、故郷へと通う橋本さん。

ほうきを片手に山の上に向かう。

集落の共同墓地の掃除だ。

人が住めなくなった村上地区。

墓地を管理する人はいない。
橋本さんが頼みの綱だ。

お彼岸の、この日。
風で飛ばされたお供え物を拾った。

墓参りに来ていた集落の人たちに
聞いて回る。

≫あ、明日香ちゃんかも。

50年以上、いちばん近くで
見守ってきた妻・トシイさん。

おっかあに、たじたじ。

「さあ、あしたは
何、作っぺな~」。

ポジぃちゃん、逆境をはねのけ
いつでも誰かを思ってる。

人生の円熟期を
力いっぱいに駆け抜ける

かっこいいじいちゃんたち。

今晩は、草野心平さんの
このことばでお別れしよう。

「死んだら死んだで
生きてゆくのだ」。

≫「ココに福あり」。
≫続く。

阿部≫この橋本さんも
いろんな才能

いろんな表情をお持ちですよね。

迫田≫笑顔がすごく
かわいいですよね、お二人とも。

船越≫本当に屈託のない笑顔で
笑われる。

迫田≫すごく楽しんでいる。

なぎら≫やっぱり前向きじゃない
と止まっちゃうんだね。

前向きじゃないといけないんだ
なと思いましたね。

迫田≫そういう方の周りには
自然と前向きな方々も

集まってくるような気がします。
メンバーも一緒ですよね。

ポジぃちゃんの周りにはね。

美保≫もう

うちも、おじいちゃん?

船越≫僕らもポジぃちゃん。


迫田≫船越さんも…
おじいちゃん?

美保≫ポジばあちゃん?

阿部≫迫田さんはどんな
ポジぃちゃんになりたいですか。

迫田≫僕はやっぱりあんまり物事
を深く考えないポジぃちゃんに

なりたいです。
なぎら≫じゃあこのままいけば

いいんだよ。
阿部≫

高齢者施設に慰問に行かれたとき
の格好もかっこよかったですね。

美保≫イタリアンマフィアみたい

ひげが、このためなのかな?
すてき。

なぎら≫聴いている人と

演じる人と

両方同じくらいの年ではないの。

船越≫もしかしたらご自身より下
の方たちもいるかもしれない。

船越≫せめて笑ってほしいという
ことですね。

阿部≫ちなみにナレーターを

務めていらっしゃった俳優の
皆川猿時さん

純さんは「あまちゃん」で
共演されました

福島県いわき市のご出身です。
地元を応援するということで。

美保≫ちょっとナレーションが
いつもと違うなと思った。

熱い人ですけど猿時さんも。

阿部≫ここでおすすめ番組を
紹介します。

きょうからいよいよサッカー
2018FIFAワールドカップ

ロシアが始まります。
総合テレビでは今夜10時から

ワールドカップ開幕直前特番を
生放送いたします。

そのあと11時30分からは
開会式の様子を

生中継でお届けします。
さらに今回のワールドカップは

テレビ放送だけではなく
パソコンやスマートフォンで

楽しむサービスも
飛躍的に充実します。

ご覧いただいたサービスは

開幕戦
ロシア対サウジアラビア戦から

お楽しみいただけます。
NHKスポーツオンラインの中の

2018FIFAワールドカップ
特設サイトからご利用ください。

いろいろなサービスの中で

注目の1つがマルチアングル。

今、音声が乱れました

失礼しました。

どんな機能なのか

詳しく見てみましょう。

FIFAから配信される
試合の国際映像。

画面にマウスポインターをのせ
左下のこのマークをクリック。

すると試合経過のテキスト実況が
現れます。

そのハイライトシーンの横に
表示されるカメラのマークを

クリックすると

試合映像を見ながら
選んだハイライトシーンを

さまざまなカメラアングルで
再生できる

マルチアングル機能が楽しめます。

さらに右上のフィールドビューを

開くと、気になる角度のカメラを
直接選ぶこともできます。

もちろん、スマートフォン
タブレットでもホームページ

または専用アプリで
ご利用いただけます。

好みのカメラアングルで
決定的シーンをチェックしよう。

船越≫スポーツの観戦のしかたも
どんどん進化するね。

美保≫私は絶対に小柳ルミ子さん

を捜さなくてはいけない。
今どこにいるのか。

船越≫自分が見たいところを
自分で編集しながら、見ることが

できる
わけでしょ?

すごいな。
阿部≫ほかにも試合に出場する

キープレーヤーを追うカメラも
あります。

監督の表情やベンチの動きを
映す専用カメラもあるそうです。

もちろん来週19日火曜日
日本の初戦、コロンビア戦でも

同時配信が始まる夜8時45分

からこのサービスを使うことが
できます。

美保≫みんな集中すると

ビジーになりませんかね。

阿部≫NHKちゃんとしていると
思いたい。

さらに日本戦に先駆けて
週末には日本代表の最新情報を

お伝えする番組をお届けします。

≫17日のNHKスペシャルは
サッカー日本代表

目前に迫った
ワールドカップロシア大会初戦。

格上相手にジャイアントキリング

は起こせるのか。

阿部≫そして18日、月曜

夜7時30分からの

NHKスペシャルは…

日本の対戦相手
注目選手がいろいろいます。

対戦国のキープレーヤーを
徹底取材しました。

これを見れば

日本戦をより楽しむことが
できるのではないでしょうか。

船越≫対戦相手を知るとゲームも
おもしろくなりますね。

阿部≫「ごごナマ」も専用カメラ
をつけましょうか、迫田さんの。

迫田≫いいですよ、いろんな表情
で映っていますから

ほらほら、むだ話。
阿部≫続いては、なぎらさんです。


「どっこい生きてる
B面にっぽん」。

なぎら≫全国各地の
有名どころをA面

レコードのね。

B面もおもしろかろうと。

A面のそばにありながら
つい見過ごしてしまうところを

ご紹介しようというコーナーです。

今回は埼玉県の深谷に
行ってまいりました。

純ちゃん、深谷で有名なものは
何ですか?

美保≫なんだろう…。

なぎら≫じゃあ、いいです。

船越さん。

船越≫ねぎじゃないですか。

なぎら≫深谷ねぎは日本一の
出荷量です。

1456年
深谷城が築かれました。

城下町として
いろんな人が集まってまいります。

それが、今でいう中心街の始まり
でした。

江戸時代は、中山道

と言いましたが
深谷宿が置かれました。

そして、はたご、ホテルですね

80軒も並んでいる宿場町として
発展したそうです。

これが深谷駅の写真です。
どこかに似てませんか?

船越≫東京駅に似ていますね。
なぎら≫ミニ東京駅といわれてい

ます。
1996年に

橋の上に立つような形で

新たに造られました。
改築されました。

深谷というのは、レンガの産地
なんです。

そのレンガを使用しているのは
東京駅です。

それを模して造られました。

70km離れた東京駅まで

鉄道輸送でレンガを運んでいた
そうです。

美保≫「深谷ブルース」とかいう
曲はなかったっけ?

なぎら≫それは、あとにしま
しょう。

<笑い声>

現在の駅舎は、ミニ東京駅と
いわれています。

今まで非常に難しい問題を
船越さんに解いてもらいました。

次は迫田さんね。
渋沢栄一さん、どういう方ですか。

迫田≫えーっとね、渋沢栄一さん

は今現代に息づいている工業の

システムをいっぱい作った人。
なぎら≫そのとおり!

美保≫すごいじゃん。

なぎら≫日本資本主義の父と
呼ばれている方です。

駅前に銅像があります。

座っている像です。

以前は、立像、立っておったん
ですが、そちらのほうは

渋沢記念館に移動しました。

その代役として
この座像があるんです。

非常に、深谷は土がいいんですね。

利根川の堆積した土に恵まれて

昔は、瓦が盛んだったんですが

レンガに転嫁していったんです

日本煉瓦製造株式会社は

渋沢栄一が関わって作られたそう
です。

一日になんと5万個も作られた
そうです。

それだけ需要があったんですね。
そして次の写真B面です。

後ろです。
いすに座っているんです。

B面のほうが豪華です。

誰も見ない、こういうところを
見なければいけませんね。

次の写真です。

昔の蔵ですね。
トタンに囲まれちゃって。

でも一部分だけトタンが

剥がれちゃって見えていて

レンガですね。
横に回ってみました。

後にトタンを張ったんですね。

レンガの蔵なんです。

立派な蔵です。
屋根も立派ですね。

船越≫どうして
トタンを張ったんでしょうか。

なぎら≫劣化してしまうから
なのかも分かりませんね。

こういうのを見ると
レンガの町だなと思いました。

次の写真です。

歩いて行きますとお風呂屋さん。

なぎらは毎回お風呂屋かよ
と思うかもしれませんが

東京のお風呂は宮造りで
大体形が同じなんですが

地方はそれぞれ違うんです。
だからおもしろいなと思って

撮影しています。
貼り紙がありますね。

閉店のお知らせでした。

閉店になったばっかりなんですよ。

道行く人に

古くていいものはないですか?と
聞きましたら

ありますよ、姫の湯というのがと
言って。

先ほど行ったら閉店してましたよ
と言ったら

その人が、そうなんですか?と

情報ありがとうございましたと
おっしゃってました。

地元の方も知らなかったんです。
閉店したばかりでした。

船越≫さみしいですね。
次の写真は、看板です。

どちらが表か裏か分かりません。

何が書いてあるのかね。

よく見ますと
前に書いてあったものの上に

また書いているんですね。

前のやつは、逆さですね、たぶん。

ちゃんと書いたものも今はもう
見えなくなってしまいましたが

こういうものに目がいってしまう
私でした。

さらに歩いていきますと

次の写真です。小林商店。

手前にレンガの蔵があります。
大正元年の建築

1912年ですね。

その隣には3階建ての洋風の建物

こちらは昭和2年、1927年の
建築で15年の隔たりがあります。

モダンですね、いい建物です。

今は、とてもじゃないけれど

こういう建物は
造れないでしょうね。

砂糖問屋の事務所として
使用されていました。

2つの違う形の建物
古い建物、いいですね。

横に回ってみましょう。

隣にも屋根を模したものがあった
んですね。

隣の建物の屋根の跡だけが
残っているんですね。

昔はそのように並んでいた。

建物が1つなくなると跡しか
残らなくなります。

次の写真です。すごいですよ。

深谷れんがホールです。

もともとは柳瀬金物店という
建物がありました。

そこから、NPO法人

深谷にぎわい工房が
借り受けまして

ホールや会議室としてイベント
などに使用している民間の施設

です。
柳瀬金物店、昭和8年に建築した

ものです。
昭和50年までいろいろお仕事を

していましたが
今はやっていないということです。

やはり下の部分はレンガですね。
上が木造です。

下は、吹き抜けで滑車があって
倉庫に使われていたそうです。

鉄の扉になってますね。

美保≫上から物を出したりするの
かな、換気とか。

なぎら≫次の写真。
歩いていたら、つたに絡まって

すごいなということで
こちらはもともと酒造会社が

ありました。

七ツ梅酒造跡ということで

田中藤左衛門さんが創業して以来

300年続いた歴史ある酒蔵で
した。

今は酒屋をやめてしまいました。
さまざまな施設に使われています。

中に入ってみました。

昔ながらのレンガの煙突が残って
います。

こちらお店や休憩所がありまして

ほかのものに活用されています。

次の写真。

現役です。

雰囲気がいいですね。

現役の酒造会社です。

煙突がちゃんとありまして。

横に寄ってみました、次の写真。

風景がゆがんで見えるでしょ?

今のガラスじゃないですね。

俗名で大正硝子とも
いわれます。

ゆがんで見えますね。
当時のものですね

今、作ろうと思っても作れません。

当時は吹きガラスだったんですね。

板ガラスにしたものを
張っております。

一枚一枚、形が違っていて
どうしても波が出るんですね。

渡り廊下のようなものが
ありますね。察するに

右と左には階段がありますね
斜めの。

こういうものもあって
何か、裏に回ってもいい感じでね。

すばらしいなと思いました。

迫田≫下のところもレンガですね。

なぎら≫昔の丈夫なものはレンガ
で造ったものですよね。

割合、近場の古いものかなと
思ったら次の写真

深谷宿の常夜灯です。

深谷市が指定の文化財です。

中山道の中でも
最大規模の宿場であった

熊谷宿ですね。

西と東に
常夜灯が設置されていました。

写真は西の常夜灯です。

旅人のために目印になって
夜になると明かりがともりました。

なんと1840年

天保11年に造られています。

船越≫すごい、江戸時代から。

なぎら≫西東ともいまだに残って
いるのがすごいですね。

美保≫石のくびれがすごい。
削り方がすごいなと思って。

なぎら≫よく細くて倒れてこない
なと思いますけれどね。

昭和、大正のものも
まだまだ残っていますが

江戸時代のものが
文化的に守られている

これがA面かなと思いますね。
皆さんから、ここへ来てくれと

いう情報をお待ちしています。

阿部≫番組ホームページから
メールなどでお寄せください。

B面的なものお寄せください。

なぎらさんが実際にその情報を
もとに行くかもしれません。

なぎら≫こういうものが
あるよって

1つだけだと行きにくいですから
ね。

常夜灯がありますって
言われてもね。

阿部≫あちこちにこういうものが
ありますっていうことを

教えていただきたいですね。


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