100分de名著 カミュ“ペスト” 第3回「それぞれの闘い」 罪なき子どもの死に直面した神父パヌルーの…


『100分de名著 カミュ“ペスト” 第3回「それぞれの闘い」』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/18(月) 
100分de名著 カミュ“ペスト” 第3回「それぞれの闘い」[解][字]
罪なき子どもの死に直面した神父パヌルーの心は大きく動揺。神を信じないという医師リウーは彼に対し「罪なき子どもが死ぬような世界を自分は愛せない」と宣言する。
詳細情報
番組内容
罪なき子どもの死に直面した神父パヌルーの心は大きく動揺。神を信じないという医師リウーは彼に対し「罪なき子どもが死ぬような世界を自分は愛せない。私はそれと闘い続ける」と宣言。それを受け、パヌルーはリウーたちと信条を超えて助け合うことを確認する。第3回は、それぞれの闘いを通して、人は「神」という存在なしに倫理を貫き人間の尊厳を守り続けることができるのか…というカミュの根源的な問いについて考える。
出演者
【講師】学習院大学教授…中条省平,【司会】伊集院光,島津有理子,【朗読】川口覚,【語り】小口貴子
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『100分de名著 カミュ“ペスト” 第3回「それぞれの闘い」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

100分de名著 カミュ“ペスト” 第3回「それぞれの闘い」
  1. ペスト
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  3. パヌルー
  4. リウー
  5. タルー
  6. コタール
  7. パヌルー神父
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  10. 意味



『100分de名著 カミュ“ペスト” 第3回「それぞれの闘い」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


不条理文学の傑作

アルベール・カミュの
「ペスト」。

外界から隔離された町で
さまざまな人間たちが

疫病の猛威と戦います。

その中には 内なるペストを
抱える者もいました。

ペストとは 一体何なのか?

第3回は 私たちの心の中の
ペストに迫ります。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」 司会の…

前回は 突然ペストに襲われた
オランの町の人々が

その被害が拡大する中で

ペストという絶望に慣れてしまう
というお話でした。

ペストっていうものを 今
自分に近いもので置き換えると

何なんだろうみたいな。
例えば

いじめが はびこりつつあるような
クラスの中で暮らしてく事って

ある意味
ペストなんじゃないかみたいな

受け入れ方をしたら

急に何か この本が生き生きとして
更に恐ろしくなってきて。

ペストというものが
意味するところを考えると

非常に広く深いですよね。
面白いです はい。

では 指南役の先生を
ご紹介しましょう。

フランス文学者の
中条省平さんです。

よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

では まず登場人物とストーリーの
おさらいをしたいと思います。

真夏の暑さで死者が増大する中

リウーやタルーが結成した
保健隊に

グランやランベールも
参加しています。

一方で コタールやパヌルー神父も
いるという状況なんですね。

さあ 4月に発生したペスト

季節とともに
推移してきましたが

秋に入り
どうなったのでしょうか。

死の気配が
町じゅうに立ちこめる中

9月になると
ペストは停滞状態に入りました。

リウーたち保健隊の人々は
感染の危険と隣り合わせの中

日夜 闘い続けていたのですが
心身ともに疲れ果てていました。

そんな中 一人だけ元気づいていた
人間がいました。

犯罪者 コタール。

ペストのおかげで
逮捕におびえる必要がなくなり

「自由」を手に入れたのです。

タルーは
ある晩 コタールに誘われて

オペラを見に 出かけました。

一部の市民は
ペストのさなかでも

夜の街で 享楽的な生活に
走っていたのです。

しかし 満員の劇場で
事件が起きます。

突然 オペラ歌手が ペストで倒れ
観客は出口に殺到しました。

一方 新聞記者のランベールは
保健隊に入り

懸命に働いていました。

同時に 犯罪組織の手引きで

町を脱出する手はずも
着々と整えていました。

急いで町を出た方がいいと
忠告するリウーに

ランベールは尋ねます。

「その手段はあるでしょうに」。

いよいよ 町を出てゆくという
直前になって

ランベールは リウーのもとに
話があると やって来ました。

「僕はずっと 自分は
この町にとって よそもので

あなたたちとは なんの関係もない
と考えていました」。


何か その自分の 「いじめの
まん延している教室は

ペストが まん延してる町だ」
理論から言うと

もともと希望がない しかも
いじめられてた子からすると

誰かが いじめのターゲットに
なってる時は

自分は 多少
楽になったりする事も含めて

生き生きとするんじゃないかな
みたいな 前よりは。

生きやすくなるんじゃないかな
みたいのを ちょっと

その コタールの立ち位置に
思いましたね。    そうでしたね。

本当に コタールだけだと
言いましょうか

コタールが一番と
言いましょうか

すごく今の状態 ペストが
まん延してる状態に満足して

むしろ楽しそう。
生き生きしてましたよね。

そうですね。
最初は コタールが逮捕の恐怖に

追い詰められて 自殺まで
図ろうとしたわけですよね。

ところが今や 市民全員が
ペストの恐怖に おびえている。

そうすると その恐怖を感じている
という点では

市民と同じになれたので
まあ言ってみれば…

そういう意味で コタールにとって
ペストは 味方したわけですよね。

ペストが
全ての人にとっての悪ではなく

それによって
得をする人もいる。

カミュの見方っていうのが
一面的ではなくて

ある災厄が襲ってきても

みんなが一斉に
ダメになっちゃうんじゃなくて

むしろ
そこで うまく生き延びる

自由になれる人間もいる
というところを見逃さないのが

カミュの
小説的な想像力の良さですよね。

そして あの 今描かれてました
町の人々は

そのペストに おびえながらも
感染する危険を冒してでも

劇場に足を運んでいるんですよね。

まあ その燕尾服に身を包んで
そして オペラに行くっていう

それは やっぱり一種の…

でも 本当の意味では その恐怖を
忘れる事ができないわけですね。

その象徴が
歌手がペストに倒れて

一瞬で そういう
隠していた恐怖心が

露呈してしまう
という事ですよね。

そして一方
記者のランベールの方は

脱出のめどがついたのに

恋人のいるパリには戻らない
という選択をするんですね。

そうですね。 もともと ランベール
というのは個人主義者で

自分の幸福 つまり恋人と
一緒にいたいという価値を

優先させてたわけですけれども

しかし リウーと会って

リウーの その
非常に 現実と対応して

黙々と 自分にできる事をやる
という そういうやり方に

理念だけに頼るんじゃない
人間の生き方を見るわけですよね。

それで 共感をする。
まあ 言ってみれば

連帯の可能性が生まれた
という事だと思うんですね。

でも「連帯」って
今 おっしゃいましたけど

なかなか その連帯という言葉
最近 あんまり使わないですよね。

端的に言えば 政治的な色合いが
付いてしまって

何か ちょっと若い人からすれば
引いちゃうみたいな。


使いづらいといいましょうか。
そうですよね。

しかし カミュが言っている
連帯というのは むしろ…

具体的に
その行動をしていく中で

連帯が 結果として
生まれてくるっていうか。

手伝う人が出てきて

行動に結びつくっていう事だと
思うんですね。

10月の下旬 判事であるオトン氏の
息子が ペストにかかります。

小さな子どもの体を
ペスト菌は瞬く間にむしばみ

病状は絶望的でした。

リウーは 最後の望みともいえる
血清を この少年に注射します。

ところが そのあと
少年は ひどく苦しみ…。

結果として 注射は
オトン少年の死を引き延ばし

その苦しみを
長引かせてしまう事になります。

壮絶な苦しみの末に
オトン少年は亡くなりました。

その死に
全員が強い衝撃を受けます。

疲労の極限にあったリウーは
パヌルー神父に…

…と 怒りを
ぶつけるのです。

「すいません。 疲れすぎて
まともじゃなくなってた」。

これまた すごいシーンですね。

罪のない少年が苦しむ様子は
非常に悲痛で 残酷で

読んでいても 目を背けたくなって
しまうぐらいだったんですけど

リウーは 神を信じる
パヌルー神父に

怒りをぶつけたわけですよね。
まあ そうですね。

カミュにとってはですね
その 幼い…

これは 他の場所でも…

…という事を言っているんですね。

キリスト教であれば
来世で救われるという

考え方があるので
どんなに苦しんでも 救われる

救済っていうものが
ありうるわけですけれども

しかし カミュ自身は

キリスト教的な救済というものを
信じてないわけですよね。

だから 無垢な子どもが死ぬのは
単なる死にすぎないわけですね。

そういう無力感に
さいなまれる自分に対して

神による救いとか

あるいは もっと大きな
人類の救済とかっていうふうに

パヌルーが言ってくると
やっぱり どうしても いらだち

怒りをにじませざるをえない
という事になるわけですよね。

それでも 子どもが死んでしまう
ケースっていうのは

世の中 いっぱいあって。
はい。

その残された側を何とか 何とか
ダメージを軽減するためにも

宗教ってものは あったりはすると
思うんですね。

だから 完全否定は
なかなか 僕はできませんけども。

そもそも そういう世の中
おかしいだろっていうところは

絶対 カミュは捨てられない。
ええ。

だから その神を信じる人に対して
神なんかいないんだって言って

その神を否定するような やり方は
カミュはしません。
なるほど。

でも やっぱり そこが力の
見せどころって おっしゃった

そうなんでしょうね。

ここに ちゃんと揺れてもいるが
最終的には やっぱり違うって

振り絞る所は やっぱりその筆力の
なせる業だし。      そうですね。


そして更に リウーはパヌルーに
このように言うんですね。

この最後の一行は
実は 直訳すると

「健康第一」っていう
事なんですが

もう全く その何ていうのか
リアルな 実践的な言葉で

ほとんど 滑稽ですらあるような
響きがあるんですが

ただ やっぱり
ここでも リウーは…

それで
その上で パヌルーに対して

私たちは
一緒に戦ってるんだから…

ちょっと 神に皮肉な感じで
パヌルーに言葉をかけるんですね。

そのあたりの
リウーの懐の深さっていうのは

とってもいいと思います。

そういうふうに言われた
では パヌルー神父の方は

どんなふうに感じたんでしょうか。
まあ パヌルーの方も

当然 その罪なき子どもが
死んでいくっていう事に

自分の心は
揺さぶられているわけですよね。

じゃあ その神の意志は
何なんだろうという事を考えて

突き詰めていったために

ある過激な行動に
出てしまうわけですね。

おお ちょっと興味ありますね。
はい。

さあ では このあとの
パヌルー神父の様子の変化

ご覧頂きましょう。

オトン少年をみとったあと

パヌルー神父もまた
保健隊の一員に加わり

その最前線で
献身的に働きました。

しかし 何かの変化が
パヌルーの中で起こっていました。

大風の日 パヌルーは

ペスト発生以来
2回目の説教を行います。

そこで もし神の意志で
自分がペストになったら

それを受け入れて
治療は受けないと宣言するのです。

それから数日後に
パヌルーは 体調を崩しました。

自らの言葉どおり 治療を拒み

みるみる
病状を悪化させていきます。

ペストであるか
はっきりしないまま

パヌルーは息を引き取りました。

11月 ペストの進行は
長い 横ばい状態でした。

ある夜 海を眺めながら

タルーは リウーに向かって
こんな告白を始めます。

「その結果 僕は世間でいう
政治運動をやるようになった」。

タルーは 検察官だった父が

死刑の論告求刑を行うのに
立ち会い

深いトラウマを抱えます。

家を飛び出し
社会正義の実現のために

ヨーロッパ各地の政治運動に
身を投じますが

ほとんどの運動は
殺人を容認していました。

目の前で 銃殺刑を目撃したのを
きっかけに

タルーは運動から足を洗うのです。

ちょっと感動的ですよね。

パヌルーが 一緒に
行動を共にするようになる事と

更には 自分がペストになっても
治療しなくていいっていう。

どこが
つながったのかっていうと

神を信じない 神はいると
どこが つながるのかというと

行動をするんだっていう事な
気がするんです。

まず まあ順番にいきますと

パヌルーは 治療拒否という事を
選びましたよね。

これは どういう心境から
生まれたんでしょうか。

もちろん あの オトン少年の
罪なき子どもの死っていう事が

やっぱり パヌルーに
疑念を生むわけですよね。

果たして 神の意志っていうのは
何だろうと。

その 神に全てを捧げた神父は
もしも治療を望めば

それは
病気にかかるべきだっていう

神の意志を
否定する事になっちゃう。

だから ぎりぎりのところで
パヌルーは神の意志に従う。

つまり 病気になる事を
選んだわけですね。

でも 逆の立場から言えば
これは パヌルーが…

…というふうにも読めるんですね。

だから パヌルー神父にとっては
この行為は

神の意志の肯定っていう事に
なるわけですよね。

まさに そのための
決死の行動なんですよね。 恐らく。

結局 ペストで亡くなったとしても
ドラマチックだし

問題はないじゃないですか
ある意味。

彼は信じて
信じたまま 死んでいった。

神がいるか いないかは

読んでる人の判断で かまわないで
全然いいんだけども

そこで ペストかどうか
分からないというのは

あまりに残酷であり 皮肉であり

ちょっと 滑稽っつっちゃ
なんだけど。

いや ブラックユーモアですよね
パヌルーに対するね。

つまり 最終的にリウーは
パヌルー神父の死因というのは

ペストか ペストじゃないか
分からない

「疑わしき症例」というふうに
結論づけるわけですけれど

そうなると 彼の死が
神による救済なのか

それとも 何の意味もない
単なる死なのかっていう事が

分からないまま
宙づりにされちゃうわけですよね。

まあ パヌルーは
神の意志で死にたいと思った。

そうなれば 殉教者に
なれるはずなんですけれども

結局 殉教者になれなかった。

つまり 人間の死っていうものは

神によって 何か意味を与えられる
ものじゃないんだ

という事だと思うんですね。

と同時に
ちょっと優しさもありますね。

完全拒絶でもない。
ええ 完全否定でないですからね。

彼が そう言ってるさなかに
馬車にひかれるという事だって

いや コントならあるんですよ。
ブラックユーモアの方を強めれば。

いや いいですね それはね。
そういう事ですよね。

それは
とても優しくない やり方だし

そういう事でもないのが やっぱり
ちょっと すばらしいし 感服する。

タルーが どんな人間なのか
という事は ずっと謎

謎の旅行者だった
わけですけれども

ペストが発生して 7か月たって
ようやく明かされてくるんですね。

タルーは 実は 徹底した
死刑廃止論者だったんですね。

そうなんですね。

この中で ちょっと
僕が分からなかったのは

「自分は ペストだ」と
いうじゃないですか。

とっくに ペストだったも
同然なんだという事を

言うじゃないですか。

この時の比喩として タルーが言う
「ペスト」は どういう事ですか。

端的に言って
「人を殺す」っていう事ですよね。

はあはあ…。

法廷において 正義の名の下に
死刑を宣告する事も ペストも

人を殺すっていう点では
同じなわけですよね。


ですから
その 人を殺すっていう事は

避け難い現実だっていうふうに
普通の人は考えるわけ。

だけれども タルーは
そこに加担しているという事に

苦しみ続けている。

そういうシステムの中で
生きている事が

自分の 内なるペストだ
というふうに感じていたんですね。

で 彼は こう言います。

うわ~ これは とても深いな。

人を殺す可能性を
自分が秘めてる事も

自分が殺される可能性を
秘めてる事も含めて

ペストなんですね その状態は。
そうですね。

つまり そのシステムそのものが

戦争とか 死刑とかを
容認しているかぎり

人の死を容認している。

自分は それに加担している
というふうに

タルーは考えてるわけですよね。

しかも それに反対するための
政治運動も また

殺人を容認していたという事で

もう 八方塞がりに
なっちゃうわけですね。

そして 更にタルーは
このように言うんですね。

これも すごい決意ですね。
はい。

つまり 殺すものと
殺されるものがいた場合には

自分は 殺されるものの側に立つ
という決意表明ですよね。

それによって 自分も殺されて
しまうかもしれないけれども

そういう事態も受け入れるって
言ってるわけですね。

まあ 極端な例ですけれども
こういうタルーの思想を通じて…

今まで ペストっていうのは

外側から 襲いかかってくる
脅威という形で

認識されてたわけですけど

タルーが登場してくる事によって
ペストっていうのは

みんな それぞれ
内なるペストとして

そういうものを持ってるんだと。

じゃあ そういう内なるペストって
いうのは何なのかというと…

普通は それを みんな
見ようとしないんだけれども

困難だけれども
それを見なければ

先に進めないっていう事だと
思うんですね。

自分が 誰かを
妬んでしまうみたいなところも

ペストかもしれないし。
それだって ありえますよね。

あと
今 貧困が問題になってるとか

そういう社会問題に
気付いてはいるんだけど

あまり直視しないでおこうと
してしまうとか

そういうところも
ペストなのかなと。

でも
それを何もしないという事は

その体制に加担してるのと
同じっていうふうに

タルーは言うわけですよね。
そういう事ですよね。

みんな ドキッとするんだと
思うんだよね。

ここまで読んできて もし僕が

ペストが まん延してる
町にいたらとか

感染の危機があったらって
話ばっかりしてるのに

いや
自分が感染させる側にいたり

見殺しにする側にいる可能性の
方を どかんって突きつけられる。

一夜ごとに すげえ すげえと
思うんですけど

更に また その上を。

ちょっと ドキドキしながら
待ちたいと思います。

来週は ついに最終回になります。

リウーが なぜ
あそこまで行動できるのか

それを支えるものは何かを

ゲストに
内田 樹さんをお招きして

みんなで
考えていきたいと思います。

中条さん
ありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。


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