アナザーストーリーズ選「激写!スクープ戦争~写真週刊誌・タブーに挑んだ人々~」 狙われたアイドルが…浅香唯


『アナザーストーリーズ選「激写!スクープ戦争~写真週刊誌・タブーに挑んだ人々~」』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/19(火) 
アナザーストーリーズ選「激写!スクープ戦争~写真週刊誌・タブーに挑んだ人々~」[字]
タブーすれすれのスクープを連発した写真週刊誌フォーカスとフライデー。取材方法が物議を醸し、批判も浴びた現場スタッフたちが今明かす、秘めた思いと葛藤とは?
詳細情報
番組内容
1981年10月30日に創刊された写真週刊誌「フォーカス」。政治家のスキャンダルからアイドルの熱愛まで、タブーすれすれのスクープを連発。ライバル誌「フライデー」とのスクープ合戦は“FF戦争”と呼ばれた。違法ギリギリの取材で批判も浴びる中、現場スタッフたちは何を思い、葛藤していたのか? フォーカス、フライデー双方の記者&カメラマン、そして彼らに狙われたアイドルが明かす、アナザーストーリー。
出演者
【司会】沢尻エリカ,【出演】浅香唯,【語り】濱田岳
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アナザーストーリーズ選「激写!スクープ戦争~写真週刊誌・タブーに挑んだ人々~」
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『アナザーストーリーズ選「激写!スクープ戦争~写真週刊誌・タブーに挑んだ人々~」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


(シャッター音)

見たいものは 見たい。

今から30年ほど前
その雑誌が始めた取材方法は

世間を驚かせた。

激しいスクープ合戦は
「FF戦争」と呼ばれた。

買った その場で
開かずにはいられない驚きの写真。

生々しい殺人事件の
現場だろうと…

芸能人の密会だろうと…。

彼らのカメラは 容赦なく切り込んだ。

その現場は まさに戦場だった。

♬~

今回のテーマは
私たち芸能人にとっては

まさに
ひと事ではありません。

写真週刊誌。

彼らが狙い続けたのは

欲望渦巻く人間社会に
起こる事件の真相。

闇に うごめく人々の
不可解な行動。

そして 読者の好奇心を
くすぐる

ちょっと下世話な
スキャンダル。

ピーク時には 200万部を超える
売り上げを記録。

今話題の週刊誌と比べても
その差は歴然です。

なぜ そんなにも売れたのか?

報道陣の最前線に
彼らは いつもいた。

(割れる音)

狙うのは
それまでタブーだった写真の数々。

ひき逃げ現場に
駆けつけ

事故直後の様子を
生々しく撮影。

芸能人の密会
となれば

顔が見える角度を

あらゆる手で狙った。

このカメラマンは
ライバルの撮り方に驚愕した。

好奇心が騒げば

矛先は
政治家にも…。

いいか 断っておくけどな
可愛い子供たちの時代のために

自民党があるっちゅう事を
忘れるな!

政界の暴れん坊と呼ばれた
この男に

入れ墨がないか
確かめたい一心で

正面からストロボを たき
確かに無い事を確認した。

時に 強引な取材姿勢を
批判されながら

彼らは一体 何を思っていたのか?

運命の分岐点は…

写真週刊誌の時代を切り開いた
「フォーカス」が創刊された日です。

第1の視点は
誰も見た事のない写真を

あらゆる手段で狙おうとした
記者や カメラマンたち。

男たちは夜の街に溶け込み

ただひたすら 「スクープ」という名の
獲物を追い続けました。

すれすれの報道の形に挑んだ
男たちの アナザーストーリー。

彼らは果たして この国に
何を もたらしたのでしょうか?

「フォーカス」誕生。

その現場を
つぶさに見てきた男がいる。

(取材者)すいません
暑いところ わざわざ。

皆さん 暑いのに大変ですね。

創刊から関わった
最古参の記者の一人だ。

俺 今 こんなもん
着てきちゃって。 ハハハ。

(取材者)暑かったです?

数々のスクープを抜いたとは思えない
物腰の柔らかさだが

いつも
静かに闘志を燃やしていた。


野木が追い続けた一人が
田中角栄だった。

当時 ロッキード事件で
疑惑に問われていた田中。

「フォーカス」は 最高権力者が
法廷に立つ姿は報じるべきだと

タブーだった法廷内の様子を
隠し撮り。

裁判所から 厳重注意を受ける。

それでも懲りず 角栄が
脳梗塞で倒れたと聞くや

すぐに 野木たちは
真相を追い始めた。

病気は重いのか
そもそも本当なのか

確かめるため
角栄の車を追跡した。

そうして収めたのが この写真。

日本の頂点に君臨した男の病状を
写真は端的に うつし出していた。

野木たちを駆り立てたものとは
一体 何だったのか?

「フォーカス」を生んだのは
老舗の出版社…

もともと
他社の週刊誌記者だった野木は

「フォーカス」創刊の時
請われて やって来た。

そこには 伝説的な編集者がいた。

編集者として
発掘したり

鍛え上げた作家は
数知れず。

その一方 「週刊新潮」を創刊。

事件の裏にある人間の
色と欲を掘り下げる

独自の週刊誌ジャーナリズムを
確立した革命児。

その齋藤が新たに企画したのが
「フォーカス」だった。

齋藤には 大手マスコミへの
強烈な反発心があった。

例えば 週刊誌の記者たちは

警視庁などの記者クラブには
入れない。

警察の捜査情報も
黙っていては つかめない。

ならばと夜の街を はい回り
独自の人脈で

新聞や テレビが書かない
事件の裏側を あぶり出すのが

齋藤たちの矜持だった。

そんな齋藤が
写真の力に注目し

それをメインに据えた雑誌を
企画したのが 1981年。

ここでも
人間の色と欲を追った齋藤は

タブーすれすれの写真を求め
記者に こう言ったという。

齋藤の言葉どおり
野木たちは実践した。

「フォーカス」の記念すべき
記事 第1号は

沖縄の麻薬取り引きの
摘発現場。

米兵がらみの
その現場を

顔出しで報じた。

そして 野木の最初のネタは…。

(取材者)これが そうですか?

死刑囚 全27人を
顔写真つきで紹介。

更に 死刑とは どのように
行われるかを詳しく報じた。

死刑制度の是非が問われる中
現実を 真正面から突きつけた。

タブーのすれすれを突いてこそ
伝わる現実がある。

そのねらいは この現場でも。

全てのマスコミが
燃え盛る炎に カメラを向ける中

「フォーカス」は
全く別の光景を切り取った。

火災から逃げようと

飛び降りて亡くなった
犠牲者の検視の様子。

思わず目を背けたくなる
その写真は

人が死ぬ現場の過酷さを
ありのままに伝えていた。


写真を撮ったのは この男。

当日 現場に着いた時
既に多くの報道陣がいた。

その中で この事件の意味を
必死で考えたという。

小平が撮ったスクープ写真が
もう一つある。

航空史上
最悪の惨事…

事故の1週間前
別の取材で近くを訪れ

地形を把握していた小平は

事故現場に いち早く到着。

生存者発見の瞬間を 切り取った。

520人が亡くなるという
凄惨な事故現場。

その中で 奇跡的に
生存者を見つけ

助けた消防団員の
リアルな表情を

写真は捉えていた。

掲載写真のインパクトは
毎回話題を さらった。

そして その取材は
時に衝撃の結末を もたらした。

当時 編集部には

ネタの提供や 事件の情報を告げる
電話が殺到していた。

その一本の電話から

ある事件の真相を
探り当てたのが

野木と 後輩記者の…

好奇心が湧けば
どこにでも向かうのが彼ら。

電話で伝えられた告別式に参加し
写真を撮ってみた。

すると…。

警察も本格的に動いていない
段階だったが

夫への小さな違和感から
2人は取材を開始。

すると 妻が心臓の病で急死する
ひとつき前に

夫が 2億円もの保険金を
掛けていた事。

そして 夫が妻に
滋養強壮の薬と言って

あるカプセルを のませ続けていた事を
つかんだ。

2人の取材は そのカプセルの
中身にまで及んでいく。

夫の経歴を調べると
高校時代は山岳部。

記者の土屋が あるものを疑った。

土屋も 山経験が豊富。

山男なら必ず知っているはずの
毒草が 頭に浮かんだのだ。

これは トリカブトを使った
保険金殺人ではないか?

更に 別の角度で撮った写真から
驚きの事実が分かった。

告別式の花輪。

調べると 送り主の会社は
全て存在しなかった。

そして 殺人の疑惑は

ある人物への取材で
決定的となる。

亡くなった妻の遺体解剖を
担当していた研究者を突き止め

じか当たり。

ついに 重要情報を聞き出した。

その取材力には
警察も舌を巻いたという。

「フォーカス」は 警察が事件として
発表していない段階から

その疑惑を特集。

その記事が きっかけで

警察も
本格的な捜査に乗りだし

5年後 夫は
逮捕される事になる。

1枚の写真で
時代を切り開いた「フォーカス」。

最盛期には 200万部を突破。

「フォーカス現象」とまで言われた。

そして 新たなライバルが登場。

スクープ合戦は
一気に過熱する事になる。

数々のスクープ写真で
センセーションを巻き起こした男たち。

そんな彼らに対抗しようと

更に際どい手法で挑んだ
ライバルがいます。

「フォーカス」の3年後に創刊された
「フライデー」です。


第2の視点は…

その初代編集長。

「フォーカス」とのスクープ合戦は
「FF戦争」と呼ばれました。

おかげで いろんな人の人生が
狂わされましたけど…。

東京・千代田区の オフィス街。

ここに 「フライデー」を
つくり上げた男がいる。

その男は今でも 社会派の雑誌で
編集主幹として

辣腕を振るっている。

こういうのを コピーして
編集者に渡してるんです。

伊藤寿男。

「フライデー」の初代編集長だった男。

「フライデー」は 「フォーカス」の3年後
講談社で創刊された。

創刊にあたり 伊藤は

「フォーカス」に追いつけ追い越せ
という至上命令を与えられていた。

デザインは 一目瞭然
「フォーカス」に そっくり。

しかも 値段も発売日も 一緒。

真っ向からの宣戦布告だった。

だが そのスクープ合戦の先には
落とし穴が待っていた。

ここに 伊藤が作成した
一枚の内部資料がある。

ライバル「フォーカス」の長所を
分析したものだ。

表紙のかっこよさに
値段の手ごろさ ページ構成。

いいものは積極的に
取り入れようとした。

そして伊藤は
「フォーカス」最大の魅力が

批判を恐れない
取材姿勢にある事を

はっきり見抜いていた。

これに勝つには どうするか。

伊藤は
一風変わった メンバー集めを行った。

営業部や広告部などから

週刊誌作りに携わった事のない
生きのいい若手を集めたのだ。

伊藤は 100人近いスタッフを編成。

戦略的に スクープを狙う体制を
整えた。

情報が入ったら直ちに記者と
カメラマンを セットで出せるよう

70人もの人数を割いた。

そして最大のポイントは
ネタを いかに仕入れるか。

主な情報源は

企業や団体関係者
出入り業者

学生にまで
手を広げた。

更に ここに注目。

「見張りマン」は

新聞や
雑誌の誌面を くまなくチェックし

企業のパーティーや
イベントの情報を集める 専門スタッフ。

「探しマン」は
街に繰り出し

ちまたに あふれる
いろんなネタを探し出した。

とにかく人手が欲しいとあって

やる気がある若手を
どんどん起用した。

その一人だった宮嶋茂樹は
当時 まだ大学生。

研修がわりに とんでもない経験を
させられたという。

「イモを引く」とは
「逃げる」という意味。

ここで培った度胸で 以後 宮嶋は
さまざまな現場を走り回る。

そして 編集長の伊藤は
いきなり勝負を懸けた。

ライバル「フォーカス」に宣戦布告するには
創刊号は インパクトが必要。

そこで 誰もが タブーだと敬遠した
写真を載せると決めた。

ある人物によって
持ち込まれた

作家 三島由紀夫の
自決直後の写真だ。

創刊号は いきなり大反響。

写真の掲載に
猛烈な批判もあったが

確かに売れた。

そして「フライデー」は 「フォーカス」を
凌駕する際どいスクープ写真を

全力で追い求める。

「フライデー」の関西担当だった…

命懸けの取材に
果敢に飛び込んだ。

そのころ
大阪を騒がせていた

史上最大の
暴力団抗争の現場だ。

眞弓は 抗争真っただ中の

暴力団事務所の内部を激写。

いつ刺客が襲ってくるかも
分からない中

悠然と構える男たちの姿。

しかし そこで
とんでもない話を聞く。

しのぎを削る両誌。

現場で鉢合わせする度
火花を散らしていたという。

(悲鳴)

だが このころ
既に写真週刊誌の撮影方法は

すれすれのところまで来ていた。

あの 「フォーカス」は…。

これは 当時問題になっていた
消費者金融のトップが住む

豪邸を撮った写真。

消費者金融は
高い金利や強引な取り立てで

自殺者を出す一方

莫大な利益を上げていた。

その経営者の暮らしぶりを
暴こうと 無茶な撮影を試みた。

担当したのは 記者の土屋だ。

高い塀に囲まれていたため

高所作業車に乗って
撮影したという。

収めた豪邸の写真には
こう書き添えた。

一方 「フライデー」側は
スクープを取るため

こんな機械まで つくっていた。

人が通ると
自動で シャッターが切れる機械。

実際の成功例もあるという。

そして間もなく カメラは ある対象に
集中的に向くようになっていく。

芸能人のプライバシー。

撮影は
通常の追跡や
張り込みを

はるかに
超えたものに
なっていた。

(歓声)

♬~

当時トップアイドルだった 浅香 唯も
狙われた一人。

つきあっていた彼との密会を
撮った写真には

浅香の驚いた様子が
うつし出されていた。

(浅香)ふ~ん…。
(取材者)見ちゃいますよね。

見ちゃうね。 ごめんなさいね。
面白い。

写真を撮られたのは 夜中に車で
出かけようとしたやさきの事。

こんな方法だった。

その後 浅香は警戒し

彼氏に こんな対策を
お願いしたという。

写真週刊誌に対し
怒りはなかったのか?

う~ん… そうですね…

こうした極秘情報を 記者たちは
どのように入手していたのか。

ここ 奥入ると
ディスコがあったんですね。

今は芸能レポーターとして
活躍している…

芸能人取材では
金に糸目を つけるなと

言われていたという。

そして ホステスから拾い集めたネタが
詰まったのが このノート。

芸能人から口説かれた時の様子や
一夜の様子までが

赤裸々に記されている。

ネタの斬新さと奇抜な取材が
功を奏し

「フライデー」の売り上げは急増。

創刊から2年 ついに

発行部数で
「フォーカス」に追いついた。

そして そのデッドヒートの中

写真週刊誌の在り方を
根本から揺るがす

あの事件が起きる事になる。

タレント ビートたけしが 弟子11人と共に
「フライデー」編集部を襲撃。


傷害罪で逮捕された。

原因は たけしの知人女性に

「フライデー」記者が強引な取材を行い
ケガを負わせた事。

後日開かれた謝罪会見。

たけしは こう語った。

暴力を使った事は
反省するが

取材なら何でも許される
というのは おかしい。

この事件では 元警察官僚で

「カミソリ」の異名をとった
後藤田官房長官までが言及した。

この事件は 世間の写真週刊誌への
見方を大きく変えた。

これを境に
写真週刊誌の売り上げは

急激に下降線を たどり始める。

長年 メディアの批評をしてきた
雑誌の編集長は

写真週刊誌に対する
世間の意識を こう分析する。

あの事件を 「フライデー」の
初代編集長だった伊藤は

どう思っているのか?

「フライデー」襲撃事件が
物議を醸す頃

写真週刊誌は数々の
出版社が参入し

5誌に増えていました。

しかし 1人の男は

写真週刊誌に注がれる
世間の冷たい目を感じていました。

その男が 第3の視点。

「フォーカス」最後の編集長です。

行き過ぎた取材方法に対する
批判を浴び

徐々に売り上げが落ちていく中
覚悟を持って載せた

ある掟破りの写真が
社会に激震を走らせます。

写真週刊誌の意義が問われた
アナザーストーリー。

誰よりも写真週刊誌の
存在意義について

悩み抜いた男がいる。

あっ どうも。 すいません。

「フォーカス」の最後を
見届ける事になった男だ。

一世を風靡した「フォーカス」は
2001年 休刊に追い込まれる。

その終わりは
いかにして訪れたのか。

山本が
取材現場を指揮する デスクとして

「フォーカス」に やって来たのは
「フライデー」襲撃事件の翌年。

既に売り上げは 全盛期の
半分にまで激減していた。

「フォーカス」だけではない。

文藝春秋の「エンマ」
小学館の「タッチ」が相次いで廃刊。

売り上げの立て直しが使命だった
山本が その時 考えたのは

写真週刊誌の原点に
立ち戻る事だった。

発案者 齋藤が
唱えた理念。

写真の力で
事件の裏を切り取る。

そして追い始めたのは
得体のしれない ある団体だった。

後に 「地下鉄サリン事件」を
引き起こす事になる…

その周辺で起きる
不可解な出来事に注目。

命の危険も顧みず
取材を続けた。

ある映像が 残されている。

内容は私が言う。
「フォーカス」さんは

「サンデー毎日」の記事を
ただ単に書かれて

でっちあげ でたらめの事を
実際に書かれてらっしゃると。

全てが でっちあげじゃないか!

退席してもらえ。 いいから。

そして 間もなく
衝撃の写真が撮られる事になる。

オウム真理教の最高幹部が

刃物を持った暴漢に刺される
瞬間を捉えた写真。

撮ったのは
山本と共に オウムを追っていた…

察知したのは カメラマンの直感だった。

それは 決定的瞬間を捉えた
という意味で

紛れもないスクープ。

だが 鷲尾には
複雑な思いが今も残っている。

鷲尾が 葛藤を抱えて撮った写真。

それは発売後

「フォーカス」に もう一つの葛藤を
もたらす事になる。

うん。

渾身のスクープが売れない。

創刊から14年 時代は
変わり始めていたのかもしれない。

そして2年後 日本中を震撼させる
事件が起きた。

2人の幼い命が
残虐な方法で奪われた。

「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った犯人の
正体が明かされた時

日本中が 息をのんだ。

「被疑者は 神戸市須磨区居住の
中学3年生 A少年」。

犯人は…

山本たちは その顔写真を入手。

他の雑誌は掲載を見送る中
山本は 掲載すべきと主張した。

社内は 大激論。

少年法では 人権保護の観点から

未成年の被疑者を特定できる
報道は禁止されている。

もちろん山本も それは百も承知。

だが この事件が従来の少年犯罪の
範疇を超えている以上

報道も従来どおりでは
いられないのではないか。

それが 山本の考えだった。

確かに過去 事件の重大性から

未成年者の犯罪であっても
実名や写真を公開したケースはある。

「フォーカス」は批判を覚悟で
顔写真入りでの発売を決めた。

だが…。

発売当日 店頭から
「フォーカス」が消えていた。

販売を自粛する書店が
続出したのだ。

そして法務省は
報道機関では初めて

雑誌の自主回収を要請した。

人権擁護上 到底
見過ごす事ができないと。

今週中を めどとして
適切な処理を行いたいと。

山本たちのもとには
非難が殺到した。

しかし 山本は…。

現状では…

それが結論というふうに
考えて下さっても結構です。

回収要請を 拒絶した。

山本たちは
その後4年 戦い続けた。

タブーに挑み スクープを出し続けたが

もはや
部数が回復する事はなかった。

やっぱり それは あれですよね…

それは確かに
一つの時代の終わりだった。

今 写真で タブーに挑み続けた
あの戦いを

当事者たちは
どう思っているのか?

そして
最後の編集長になった山本は…。

「知りたい」という
人間の欲望のまま

スクープを追い続けた 写真週刊誌。

時に 社会のルールを飛び越えた
その取材方法は

多くの批判を浴びてきました。

しかし それまでのやり方では
迫れなかった闇が暴かれたのも

また一つの事実です。

今は ネットで簡単に
プライベートが暴かれる時代。

その恐ろしさや不気味さを
知りつつも

やっぱり本当の事を
のぞいてみたい。

そう思ってしまうのが
私たち人間なんでしょうか。

写真週刊誌の全盛期は
確かに過ぎた。

だが今も 刺激的な写真を争う
スクープ戦争は

形を変えて続いている。

その争いを どう思っているのか。

街の人に聞いてみた。

ともあれ やっぱり知りたいのが
人間なんです。


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