誰だって波瀾爆笑 市川右團次54歳!色黒歌舞伎役者の濃厚&早熟すぎる人生!? 「陸王」のシューフィッターで話題!…


『誰だって波瀾爆笑 市川右團次54歳!色黒歌舞伎役者の濃厚&早熟すぎる人生!?』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/24(日) 
誰だって波瀾爆笑[字]市川右團次54歳!色黒歌舞伎役者の濃厚&早熟すぎる人生!?
「陸王」のシューフィッターで話題!市川右團次が登場…早熟すぎる人生!フカヒレ姿煮食べる10歳!中学で親元離れ赤坂暮らし?眼鏡の上にサングラス!?こだわり私服公開
詳細情報
出演者
【スタジオゲスト】市川右團次
【司会】堀尾正明、溝端淳平、岡田結実
【波瀾履歴ショー進行】平子祐希(アルコ&ピース)
番組内容
「陸王」のシューフィッターで話題!色黒の歌舞伎役者市川右團次の早熟すぎる人生をご紹介!六本木でフカヒレの姿煮食べる10歳!?中学生で親元離れ赤坂暮らし(秘)生活!慶應ボーイの人気雑誌の読モ時代!海老蔵のモノマネ&影響受けた言葉とは?歌舞伎舞台裏に密着!仕事の合間もブログに夢中!?月に500枚写真撮影!34年愛用ロレックス公開!自宅公開!息子も困惑?熱すぎるアイロン愛!ご飯が止まらない最強のお供を紹介!
監督・演出
【総合演出】福田龍【統轄プロデューサー】南波昌人【プロデューサー】大友有一、芦澤英祐
音楽
エンディングテーマ曲「chance」/lol-エルオーエル-
制作
ホリプロ、極東電視台、ザ・ワークス
おしらせ
番組ホームページでは、番組内で紹介した美味しいお店情報を掲載!
http://www.ntv.co.jp/haranbakusho/
番組公式ツイッターも! @haran_bakushou
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誰だって波瀾爆笑 市川右團次54歳!色黒歌舞伎役者の濃厚&早熟すぎる人生!
  1. 右團次
  2. 溝端
  3. スタッフ
  4. 岡田
  5. 平子
  6. 歌舞伎
  7. 笑い
  8. 何か
  9. 当時
  10. 師匠



『誰だって波瀾爆笑 市川右團次54歳!色黒歌舞伎役者の濃厚&早熟すぎる人生!?』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


<本日のゲストは>

<歌舞伎界ナンバーワンの
色黒男…>

(溝端) …わけですもんね
その当時は。

(右團次) ばかにしてないから
ばかには してないから。

<12歳で 大阪から上京>

<アパートのお隣さんは
刺激 強過ぎ 大人な女性>

(平子) 赤坂の隣人は…。

(堀尾) えっ?
しかも…。

(岡田) ドキドキしちゃう。

銀座のママ。

<…に 騒然!>

これが その時の。

(一同) えぇ~!

(岡田) 物持ちが すごい。
(溝端) 結実ちゃん。

<歌舞伎俳優の…>

(スタッフ) ビーチクから上。

今日のゲストは 歌舞伎俳優の方
なんですけれども

あのドラマの
シューフィッターでも有名になった

この方に来ていただきました。

市川右團次さんです
よろしくお願いします。

(拍手)
よろしくお願いします。

(溝端) 「靴を見て」って
言われますか? 普段。

(笑い)

街でね 全然 若い男のコ達。

「うわ シューフィッターだ
シューフィッターだ」。

市川右團次でございます。
(笑い)

<昨年…>

<…になった 歌舞伎俳優として
おなじみですが

最近の…>

<昨年は…>

<…でも 話題に>

<右團次さんですが こんな…>

<歌舞伎の
松本幸四郎さん

狂言の和泉元彌さんを
抑え

ブログアクセス数で
堂々の1位を獲得>

<そう 実は ブログ熱が熱過ぎる
右團次さん>

<暇さえあれば 写真を
投稿しまくっているようで

なんと…>

<我慢できず

大量…>

<人目を気にせず…>

<毎日毎日 歌舞伎の裏側から
食べ物まで

あらゆるブログ投稿をしている
右團次さん>

<なんと…>

<…と ここで
右團次さんのブログ記事を

チェックしていて
気になることが>

<それは>

<右團次さんの
色黒過ぎる肌の色!>

<右團次さん…>

<気にしなくても
大丈夫なんですか?>

でも 歌舞伎俳優の中でも
1・2を争う黒さでしょ。

そんなことない。
そう?

紫外線 浴びないと ちょっと
ダメなタイプの人間なんで。


地肌が黒いと いくら塗っても
透けて見えたりは

しないんですか?
結構 分厚く塗る時は

真っ白になっちゃうんで
あんまり出ないですね。

眉毛も
すごい奇麗じゃないですか。

眉毛 描いてますよ。

(溝端) 奇麗。
もともと 濃いんですけど

大学ぐらいから ずっと
歌舞伎に出るようになったんで…。

(岡田) えぇ~!

さぁ ここからは こちらの
コーナーに まいりましょう。

(拍手)
(平子) お願いします。

<ここからは
アルコ&ピース・平子が

市川右團次の…>

<…を 波瀾履歴ショーボードで
ご紹介>

<慶應高校時代の
クソ真面目過ぎる秘蔵写真に

大爆笑!>

高校生 18歳の時のお写真
こちらです。

(岡田) 真面目!
(溝端) うわ~ 真面目。

さぁ 市川右團次さんといえば
もちろん…。

ですが この肌の黒さからして
皆さん お察しのとおり…。

へぇ~。
(平子) つまり これね…。

まさに かぶき者。
(平子) まさに かぶき者。

変わってないと思うんだけどな。

そうですか ホント?
(平子) さぁ 本日は

市川右團次さんの…。

…を こちらの履歴ショーのほうで
ご紹介して行きましょう。

では 基本情報から見て行きます。

お名前…。

(平子) こちらは もちろん
本名ではございません。

結実ちゃん 見た目から想像する
本名 どんなだと思いますか?

(岡田) う~ん…。

(笑い)

すごいな それ。

すごい文豪みたいだね。
きくおか そうし。

でも 答えの本名
負けてないんですよ。

右團次さんの本名が こちら。

右近が本名だったんですか!

(平子) もう 本名自体が
かぶいてる状態ですよね。

どういう意味で 右近って?

右大臣 左大臣って
意味なんですよね それで…。

へぇ~。
はぁ~。

平仮名で書くじゃないですか
小学校とか幼稚園の頃 名前をね。

そうすると 「うこん」っていうと
「うんこ」みたいな。

子供は好きですからね。
子供は。

子供は もう大好きですからね
そういうネタね。

さぁ そして 右團次さんの
生年月日なんですが…。

同じ1963年生まれの
有名人の方なんですが…。

(平子) やはり…。

(笑い)
確かに。

(平子) スタイルも抜群の
右團次さん。


(溝端)これ お変わりないですか?
今も体重も。

ちょっと縮んでるんじゃないかな
(溝端) 身長ですか?

年 取ると 縮むんですよね。
はい。

俺に言わないでください。
(笑い)

でも トレーニングとかは
されてるんですか?

日々 重い衣装を着て
舞台で演じますので

もう それが トレーニングかなっていう。
そうでしょうね。

そうですか。
はい。

先ほど 本番直前まで
小さい 何か 扇風機みたいなの

my扇風機みたいなの
当ててらっしゃったから。

音声さんから…。

(笑い)

さぁ そんな
右團次さんなんですが

ちょっと変わった お悩みが
あるそうなんです。

これ 見た目の雰囲気から
想像してほしいんですが

結実ちゃん 何だと思いますか?

もっともっと焼きたいんだけどな
みたいな。

(平子) もっと焼きたいけども
世間が歌舞伎界が許してくれない。

というか 太陽が焼かせてくれない
僕のことみたいな。

(平子) 太陽が焼かせてくれない。
何で?

そんなに黒くないでしょ。

(平子) お悩み こちら。

(岡田:溝端) そろえ癖?

リモコンとか
ゆがんでたりすると。

あっ なるほど。
コースターの上に ちゃんと…。

ど真ん中に コップがのってないと
嫌だとか。

パッと見は すごく そうやって
そろってなくちゃ嫌なんですけど。

身長 体重も そろえたんですか?

(岡田) そろえ癖で。
そんなことないですけどね。

(平子) そこは違うんですね。

爪とかも
 もう
ホントに手入れされてる感じで。

指先まで 隅々まで
ケアされてるって感じ 奇麗。

いえ とんでもない。

(岡田) 何で ちょっと
照れられてるんですか?

女性の指みたいですよ。

恥ずかしい。
(溝端) 何で? 急に照れちゃって。

(平子) それでは
市川右團次さんの生い立ちから

知られざる人生を
見て行きたいと思います。

大阪市でいうと
どの辺なんですか?

ミナミの ど真ん中です。
(溝端) えっ!

都会っ子です。

関西出身ってイメージ
なかったんですけどね 今までね。

(岡田) でも ギャップとか
ありません? 東京 来た時に

関西とは
ちょっと違ったなみたいな。

「めめくそ」って言ったら
通じなかった時 結構 ギャップ とか。

それより 「めばちこ」のほうが
びっくりせぇへん?

(岡田:溝端) あぁ 「めばちこ」。

(平子) お昼の番組なんで
「うんこ」とか 「めめくそ」とか。

(笑い)
(岡田) すいません 「めめくそ」。

さぁ そんな右團次さん
1歳の時のお写真ございます。


果たして
この頃から 歌舞伎顔なのか?

見ていただきましょう。

1歳の時のお写真 こちら!

(岡田) あ~ でも
はっきりされてらっしゃる。

(溝端) 確かに かぶいてる
といえば かぶいてるような。

でも ホントに それぞれは
はっきりしてますし

ちょっと 腕が長くないですか?
何か あの…。

長いなって ちょっと思って。
(溝端) 腕 異常に長いですね。

(岡田) 何か ブオンって。

<大阪の ど真ん中生まれの
右團次さんですが 実は…>

さぁ そして ご両親と撮った
お写真もございます。

実家で 2歳の時のお写真が
こちらです。

(溝端) おぉ~。
(岡田) あっ 実家 すごい。

大阪 雪 降らへんのに
この時は

すごい積もったみたい
なんですよね だから はい。

(平子) これが ご実家
ということなんですが

こちらの看板 寄って
近くで見てみますと

こちらですね 看板に

「花柳雅人舞踊研究所」と
書かれておりますが

実は お父様は
歌舞伎俳優ではないんですよね。

はい 日本舞踊家です。

代々 続く
舞踊家だったんですか?

いえいえ うちの父は
もともと 商家に生まれて

今 話題の 関西学院大学で。

…の 経済学部に
いたんですけれども

商社に勤めても 何か
隠し芸がないといけないな

っていうんで始めたのが
日本舞踊なんです。

<歌舞伎ではなく

日本舞踊の家で育った
右團次さん>

<実は 右團次さんのお父さん

かなりの変わり者だったようで>

右團次さんは
 何歳ぐらいから
踊りをやり始めたんですか?

もう
 ホントに
物心つく前から

音楽かければ
 踊ってるような
子供でしたけれども

ちゃんと
 やりだしたのは
やっぱり 6歳ぐらいですかね。

この時は
 もう やりたい やりたい
っていう気持ちは あった?

芽生えてたんですか?う~ん
 というより ホントに

その当時の
アニメソングとかに合わせて

レコードかけて
 それで 妹と
それに合わせて 踊るっていう。

アニメソングで踊るんですか
遊びとかをしてました。

『オバQ』とか。
『オバQ』の時に。

『パーマン』とか。
へぇ~。

ピッカリ・ビーちゃんとか。
ピッカリ・ビーちゃん 知らないな。

知ってる?
いや 分かんないです。

「ピッカリ・ビーちゃん」っていう。
ピッカリ・ビーちゃんは ちょっと。

ごめん 誰も知らないみたい。
はい すいません。

ホントですか 検索してくださいよ
ピッカリ・ビーちゃん。

さぁ そんな右團次さんの
お父さんなんですが

日本舞踊家なのに
かなり変わった所で

踊っていた
ということなんですが

結実ちゃん
これ どこだと思いますか?

日本舞踊のイメージとは
また ちょっと。

(平子) 見てみましょうか
日本舞踊家なのに

企業パーティーで踊っていた。
(溝端) 企業パーティーか。

(平子) 普通 あんまり
企業パーティーで踊るような

イメージは ないですよね。
そうですね。

その当時は 芸事っていうことで
日本舞踊 あったんですけれども

何とか それを ショービジネス として
できないかということで

日本舞踊団をつくって

それで 企業のパーティーとか
そういう所で

お祝いの踊りを踊ったりとか
アトラクションとしてね。

それ 右團次さんも同行して
一緒に行ったりもしたんですか?

やったことは
小さい時 ありましたね。

妹と一緒に踊らせていただくこと
ありましたけど。

子供だったら 余計 ウケるでしょ。
はい。

だから まぁ
そういう時代だったんですね。

今は 一番 そういうところから
カットして行く お金を。

そういうアトラクション
呼ばないですもんね。

そっか じゃあ 当時としては
非常に先駆的な…。

そうですね。

そういう発想自体が
やっぱり 新し物好きというか。

そうですね うちの父は
そういう意味では

そういう 何か
新し物好きというか

発想が面白かったですよね。
そうですね。

でも そういう場所に行くので
しつけとかは

すごい厳しかったですか?
ご両親。

うん あの~ 芸事については
厳しかったかな。

普段は優しかったですね。

それと
仕事に行っちゃってるんで

学校から 帰りに 妹と一緒に
おじさん家に行ったりとか。

ええ もう 仕事に
行っちゃってますから 両親共に。

いないんですね。
家にいなかったりとか。

さぁ 先ほどから
お話 上がっておりますが

妹さんと撮った
お写真もございます。

こちら 5歳の時 妹さんとの
お写真 ご覧ください。

おそろいだ。

かわいい。
カンガルーじゃ ない。

鹿でしょ これ。
鹿か。

どう見たら カンガルーに?
(溝端) カンガルーかなと。

珍しい!

オーストラリアに見えました?
オーストラリアに見えました。

鹿と同じ表情されてるというか。

何か 何か考えられてる。

割と だから
関西弁でいうとこの…。

(溝端) あぁ~。

(平子) 淳平君。

ボケを 一応 用意してたんだけど
上回れちゃったから。

(笑い)

<右近さんの1コ下の…>

<実は…>

妹さんは
今 何してらっしゃるんですか?

妹は うちを継いでおります
日本舞踊家です。

そうなんですね うわ~ すてき。

(溝端) お仕事されたこととかは?
今まで。

一緒にやったことはあります。

僕らのスーパー歌舞伎の
振り付けをやったりとか。


(溝端)
…も やってくれたり すごい!

(平子) さぁ そして…。

小学校時代の右團次さんの
お写真もございます。

こちら 10歳の時のお写真ですね
ご覧ください。

はい これは
どういう状況なんでしょうか。

歌舞伎の劇場の楽屋ですね。

楽屋で 部屋着といって

まず 楽屋に入ったら 洋服から
楽屋着に着替えるわけですけど。

<そんな右團次さんが
日本舞踊をしていた8歳の時

ある舞台を見たことで
人生が激変します>

<それが>

<と呼ばれる派手な舞台は
右近少年には まさに…>

僕にとっては これは もう
何か ディズニーの世界。

はぁ~。
ファンタジーだったんですね。

歌舞伎のファンタジックな
一面に引かれて

子ギツネの役を務めてらっしゃる
師匠に憧れて

歌舞伎を目指したんです。

<…するようになった
右團次さん>

<すると…>

ちょうど その時 師匠が モニターで
僕の声を聞いててくださって。

一緒の場面には
出てなかったんですけれども

「この子役 いい声だから」。

また 要するに
関西に 歌舞伎で来た時には

この子役 使いましょう
と思ってたらしいんですよ。

その当時の写真です。
(溝端) すごいな~。

(平子) さぁ その頃の
お話でございますが

右團次さん10歳の頃ですね。

休み時間に ちょっと
嫌みな口癖を覚えます。

嫌みな口癖?
えぇ~ 小学生で覚える?

(平子) 何だと思いますか?

いや そんな… それは もう
平子さんが そう思うだけでしょ。

(平子) いやいや…。
(溝端) 何だろうな?

(笑い)
(平子) あぁ まぁまぁね。

「学校の勉強って浅いね」とか。

(平子) あぁ~。

「もっと ドラマみたいな
ストーリー 作ろうよ」みたいな。

これ 「右團次さんが言ってそうな
言葉」ですからね。

皆さん 言ってるのがね。
(笑い)

(溝端) 失礼 失礼に当たる。
言ってませんよ!

見てみましょうか 休み時間に…
小学生ですからね。

あの だから
よく 早退してたんですよ。

「今日 遊ぼうよ」っつっても
「俺 仕事だから」。

「俺 これから仕事だから」。

ふ~ん。
どんな言い方だったんですか?

そう 言い方にもよるかなって。

(溝端) 「今日 遊ぼうよ
学校 終わったら」。

「俺 これから 仕事やから
劇場 行かなアカンから」。

何か… 何か やっぱ ヤダね。
何か ちょっと!

仕方ないって分かってるけども
何か こう。

4年生から5年生に
かけてなんかは

年間7か月ぐらい 出てましたね。
(溝端) えぇ~。

学校 通いながら?
小学校 行きながら。

行きながらですか。
しかも 東京の公演も

名古屋の公演もありまして。

仕事っていう意識があった
お金 稼いでるんだっていう。

確かに 確かに。
お金のにおいのする言葉ですね。

確かに 金のにおいがする
小学生だったってことで。

<年間7か月も
舞台に出演していた…>

<10歳の時…>

勉強は ちゃんと 真面目には
やってたんですか?

やってましたね
だから 東京の公演に

1か月
行かなきゃいけない時には

漢字ドリルとか
算数ドリルとか

あるじゃないですか
そういうのを持ってって

旅先でやって

それで それを また 大阪 送って
添削していただいたりとか。

送って 添削ですか。
名古屋の時なんて

泊めてくれないんですね
「通ってください」って言われて。

大阪から往復で
6時間ぐらい かかる。

うわ~。
だから 電車の中でやったりとか。

(平子) そんな 芸能デビューも
早かった 右團次さんなんですが

なんと10歳の時に 六本木で

あることを
初体験したそうなんですが

結実ちゃん これ 一体
何を初体験したでしょうか?

夜遊び。
(平子) 夜遊び。

(溝端) 大問題だよ 10歳だよ。
(岡田) そっか そっか そっか!

(平子) ちなみに ヒントだと
僕が この初体験したのは

33歳ぐらいですかね。
(溝端) そんな遅いんですか?

(平子) リムジンに乗った年齢が。
(溝端) そうか。

何で そんな マフィアみたいな。

えぇ~
いやいや そんなつもりは。

格好も そんな感じだから…
勘弁してくださいよ。

(平子) 六本木で初体験 こちら。

(平子) これは 生意気でしょ
10歳ですよ。

何で。

<右團次さん
わずか10歳にして

六本木の名店 中国飯店で

フカヒレの姿煮デビューを
したそうですが>

僕も それまでは
フカヒレっていうのは

バラバラになってるもんだと
思ってました。

あれの 丸ごと 出て来た時には
びっくりしました。

うちの師匠に
連れてってもらったんですよ。

そう!
お食事に誘っていただいて。

私と それから うちの父と

うちの師匠と それから
師匠の事務所の社長さんと

4者で ごはんをいただいた時に
フカヒレの姿煮が出て来て

「弟子にならないか」って
言っていただいたんです。

その時に 10歳で。

はい フカヒレで釣られて。
釣られて?

<憧れの猿之助さんに誘われ…>


<入ることを決意した
右團次さん>

<名前も…>

お父様は その時 どんな反応…?
うちの父は

ゆくゆくは 日本舞踊を
やって行くにしても

歌舞伎で修行するってことは
いいことだからと思って。

で 名前は 右近っていう名前が
いいから そのまま使って

市川右近っていう形で
入門したんです。

へぇ~。

でも やっぱ ちょっと
フカヒレの姿煮 食べる時

ちょっと 思い出したりとか
しませんか? 誘われた。

フラッシュバックじゃ
ないですけど。

その原点をね。

忘れちゃってますね 原点を。
(笑い)

あれれ?

いい質問だったのになぁ。

ごめんなさい ごめんなさい
いやいや もう これからは

ホントに フカヒレ見たら…。

(笑い)
(岡田) いやいや…。

原点を 初心に帰って。

さぁ 小学生にして
多忙な日々を過ごしていた

右團次さんなんですが
小学校6年生の12歳の時

人生の転機が訪れます。

師匠の ひと言が きっかけで…。

(溝端) あぁ 受験。

まだ 弟子入りした時には
大阪に住んでたんですよね。

で 中学から
東京へ出て来ないか

という
お誘いを頂いたんです。

というのは
やっぱり 劇場の数が

関西と 東京とでは
全然 違うので。

やっぱり 東京のほうが
歌舞伎の場が多いし

出演することも
多くなるだろうし

ということで 東京へ
出て来ないかと言われて。

「僕が慶應だから 慶應
受けてみたら?」っていう。

言われたのが
6年生の秋ですよ。

えぇ~!

<なんと…>

<超難関…>

<受験勉強は
かなり追い込んだそうで>

間に合わないでしょ。
普通 だって 慶應

中等部だったら 受験勉強
もう 4年生ぐらいから。

4年生ぐらいから
やりますよね。

そうなんです それで
学校の先生に相談したら

「お前 何 アホなこと…
受かるわけないやないか」。

学校も来てない時期
多かったし。

ずっと 学校の勉強をばかにして
来たわけですもんね その当時は。

ばかにしてないから
ばかには してないから。

ちゃんと 両立して来たから。
ちゃんと 両立してたんですね。

だから
いわゆる 何ていうんですか

受験研究社ってとこから出ている
参考書みたいな

あるじゃないですか
あれをガ~っ 読んで勉強して。

冬季講習会みたいなのぐらいしか
行ってないですね。

うわ~。

<抜群の集中力で猛勉強した結果
難関…>

<右團次さん 親元を離れ…>

見事 慶應義塾中等部に合格した
右團次さんなんですが

中学校入学を きっかけに
地元 大阪から上京いたします。

中学生の頃のお写真ございます。

上京した 13歳の頃のお写真です
こちらです。

(平子) カンガルーですね。
(笑い)

カンガルー?
(平子) カンガルー 大好きでね。

カンガルーではない。
これは あの

母と一緒に 上野動物園か。
(溝端) あぁ~。

いかがでしたか? でも 東京に
出て来られた時の印象は。

自分で行くって決めて
東京 出て来たのに

やっぱり まだまだ
中学1年生って 子供ですから。

寂しかったですね。

その当時 何か こう
寂しさとか 全部 抜く

息抜きのものとかって
あったんですか?

酒! 酒はない。
んなわけない。

<そんな右團次さんが
当時 住んでいたアパートは…>

さぁ 大阪から上京して来た
右團次さんなんですが

師匠の赤坂のアパートで
暮らし始めます。

右團次さんは6号室に
住んでいたそうなんですが

その隣に住んでいた人も かなり
個性的な方だったということで。

赤坂の隣人は…。

えっ?

ミカドって ご存じでしょ?
有名ですよね。

大型ナイトクラブといいますか。

<そこで働く…>

<中学生には
かなり刺激的だったようで>

しかも ミカドのナンバーワン。

(岡田) ドキドキしちゃう!
ナンバーワンが僕の隣だったの。

ドキドキしちゃう。
中学生の男子の隣が。

当時 いくつぐらいのお姉さん?
ナンバーワン 20歳代?

いや 20歳代じゃないでしょうね
30歳代でしょうね。

奇麗な人だった?
(岡田) 交流は?

目が こんな小っちゃくて
こんな。

こんな お姉さんだった。
目 小っちゃいんですか。

それで 遅い 昼ごはんみたいなの
一緒に食べて。

で 夕方になると
こんな目の人が

パ~っと アイライン引いて
髪の毛 バッと結って

着物 着て 「行って来るよ!」。

ふ~ん!
カッコええのよ。

朝 僕が 学校 行こうとすると

ちょうど 角の所で
会うんですけど

こんななって帰って来るんですよ。
朝帰り。

そのお姉さんが。
うわ~ すごい。

で 1号室には 師匠の おじい様の
未亡人がお住まいで

3号室にも どっか 新橋辺りの
大きな中華料理屋さんの

ご隠居様みたいな
おばあ様がお住まいで。

で 隣は
ミカドのナンバーワンだし

2階には
銀座のママさんがいたりとか。

銀座のママ。
そういうアパートだったんで

何か 中学生の間っていうのは
何か こう

花柳界で育っちゃったみたいな。
そうだよね~。

そんな右團次さんですが

高校時代は 歌舞伎だけではなく
勉強にも

非常に真面目に励んでいたと
分かるお写真 発見いたしました。

高校生 18歳の時のお写真
こちらです。

(岡田) 真面目!

<慶應高校時代の右團次さんに
結実ちゃんも びっくり!>


<右團次さん>

<爆笑です>

(平子) そんな右團次さんですが

高校時代は 歌舞伎だけではなく
勉強にも

非常に真面目に励んでいたと
分かるお写真 発見いたしました。


高校生 18歳の時のお写真
こちらです。

(岡田) 真面目!
(溝端) あぁ 真面目。

想像を超えて来た 真面目!

カメラ目線。

(平子) こんな真正面の
カメラ目線あります?

(岡田) 待って 待って 待って。
(溝端) すごい真面目な。

(岡田) 待って 結構
ツボかもしれない すいません。

これね たぶん
卒業アルバムか何かなんで

これは 真面目なんじゃなくて
真面目ぶってる。

でも この りりしさ
出せないですよ 18歳では。

同い年に このクラスのコが
いるんだと思ったら

私 笑っちゃうかもしれない
すいません。

(平子) このプリント張ってる
予備校 行きたいもんね。

<慶應高校時代 見た目は かなり
真面目な右團次さんですが

学校の成績は
今イチだったようで>

小学校で
ば~って 中学受験して

勉強って 中・高と
ついて行けたもんなんですか?

だから 大変だったんです。

何しろ かつかつで入ってるから。
そうですよね。

だって 試験 受けた時も
周りの みんなは

塾 行ってる
バリバリの子達だから。

ホントに 大学まで
ず~っと低空飛行。

さぁ さらに この頃から
そろえ癖が

芽生えたんじゃないのかという
お写真もございました。

18歳の頃の
きちょうめんなお写真です。

(溝端) あぁ~。
(岡田) 爽やか。

(平子) これは アイロンを
かけてるんですね。

これは 楽屋?

いや でも
学ラン 着てますもんね 下に。

(平子) 中に 学ラン 着て
ジャンパーを羽織って。

(溝端) 何の時ですかね? これ。
全然 思い出せないんですけど。

でも アイロンがけとか
好きでしたね。

そうなんですね。
きちょうめんですね。

1人暮らしが長かったんで。

(岡田) …は 外さないですね
変わらず ずっと。

ほとんど カメラ目線。

<この頃から きちょうめんな
性格だった右團次さん>

<慶應大学に進学すると

歌舞伎以外に
意外な副業を始めます>

さぁ そして
右團次さん 18歳の時ですね。

大学は そのまま
エスカレーター式で…。

(溝端) すごいな。

育ちのよさが分かる
まさに慶應ボーイといった

18歳の頃のお写真ございます
ご覧いただきましょう こちら。

(溝端)あぁ~。
(岡田)うわ また変わる 雰囲気が。

王子だ 王子 王子っぽい。
ハハハ いやいや。

(平子)散々 きちょうめん言ってる
割に ネクタイ グニャ~…。

非常に爽やかですけれども
実は この頃から 右團次さん

歌舞伎以外の副業を
始めることになるんですね。

当時の 副業をしていた頃の
お写真もございます。

ジャン!
(岡田) うん?

(平子) なんと
こちら 読モです。

読者モデルを
されていたんですね。

(溝端) カッコいい。
すごい 意外というか。

「読者モデル」なんて言葉は
なかった時代ですよ。

どんな雑誌のモデルをやった…?
『POPEYE』ですね。

<慶應大学時代
歌舞伎俳優の傍ら…>

<…も始めた 右團次さん>

この きっかけは何ですか?
僕の先輩に

『POPEYE』のエディターを
やってた人がいて。

それで 出てみないか?
っていうことで。

これは でも
女性が ほっとかないでしょ。

あんな爽やかで
カッコよかったら。

いやいや。
(溝端) 当時はモテたでしょうね。

バリバリ…
バリバリいわせてました。

(平子) 「ブイブイいわせる」は
聞いたことあるんですけど

さらに その上の 「バリバリ
いわせる」 相当でございます。

読モは お金にはなるんですか?
お金は頂いたんですか?

ちょっと アルバイト料みたいなの
もらいましたね。

お師匠とかは
それは知らないわけですか?

地方公演とかに
いらっしゃってる間に 何か…。

あぁ 知らないんだ。
(平子) 鬼の居ぬ間に読者モデル。

<師匠に内緒で 読モをしていた
右團次さん>

<二十歳の時
夜遊びが きっかけで

ハワイに招待されたそうで>

右團次さん 二十歳の時 早くも
ハワイデビューをするんですが

あることをきっかけで
招待されたそうなんです。

これ 何だと思いますか?

バリバリいわせてた頃です
ちなみに バリバリいわせてた時。

(溝端)
そういうことじゃないですか?

(岡田) えっ どういうことだ?

(平子) あぁ あっ うん
竹の子… 竹の子族。

…みたいな あの
流行りを持って行く人達。

日本の若者のカルチャーを紹介…
もうもう 近いですね。

かなり近い。
(平子) はい 見てみましょうか。

ハワイには

ディスコ大会で ご招待。
(溝端) えぇ~!

ちょっと 横道 それ過ぎじゃ
ないですか これ 歌舞伎から。

歌舞伎からディスコって。
しかも 二十歳ですよね。

ディスコ 好きだったんですよ。
よく行ってたんですか?

よく行ってましたね
週5ぐらいで。

(岡田:堀尾) えぇ!

<当時 ちょっと恥ずかしい
こんな異名も>

モテたでしょ?
何? 何?

笑顔が物語ってますよね
その時の ちやほや感の。

(溝端) 音楽に合わせて踊ることが
もともと すごくお好き…?

ディスコ大会で
ディスコキングになった。

えぇ? ディスコキングに?
すごい。

イタリアントマトっていうね
あるじゃないですか イタリアントマト。

…のスポーツハウス
っていうとこがあったんです。

そこで
ディスコ大会もあったし

あとは テニストーナメントとかも
あって

そのシングルの優勝者と
ダブルスの優勝者と

それから ディスコキングと。

ディスコキング!
テニスと一緒に行くんだ。

あと ディスコクイーンと。
ディスコクイーンと。

みんなで招待していただいて
ハワイに行ったんですけど。

もう 両親からしてみれば

えっ 何で あんたがハワイなんか
行けんの?みたいな。

だって 日本舞踊から
相当 遠い踊りですよね。

だけど いや これ 言えないから。
言えなかった? 家には内緒。

「いや あの
商店街の福引で当たった」。

…って言ったんですか?
すごい立派な。

どういった踊りだったんですか?
当時 右團次さんが やってた…。

いろいろですね まぁ。

こんな…。
こういう へぇ~。

(笑い)

何か これから たぶん
右團次さん 見たら…。

(岡田)
そのへんの印象が ちょっと。

さぁ 当時
ダンスを踊っていた時の

お写真も発見いたしました
ご覧いただきましょう。

ノリノリなパリピでございます
ご覧ください こちらです。

(溝端) これ…。
これは 歌ってんじゃないですか?

これは 歌ってんですよ。

どこですか?
これはね たぶんね

師匠の後援会の旅行会で。

この両側にいらっしゃるのが
お客様とかで 師匠の後援会の。

ファンの方ですね 師匠の。

たぶん 香港じゃないかな。
へぇ~。

慶應の真面目な学生にしか
見えないんですけど。

やっぱ 師匠とか そういう場だと
控えめな格好なんですか?

さっきの『POPEYE』の
洋服とは また 全然 違う。

それは 誰だって
そういうことするでしょ。

あぁ そうですか。

俺 普段から これ 着て
歩いてないからね。

そうなんですね。
そうなんですね。

<大学時代は ディスコ生活で
バリバリ だった右團次さんですが

二十歳の時 フランス パリで
驚きデビューしたものが>

さぁ そんな やりたい放題の
右團次さんだったんですが

二十歳の時 パリのほうで
こちらも また

初体験をいたします これ
何だと思いますか? 結実ちゃん。

カード使い。
(平子) カードを 初めて買い物。

まだ持ってなかったな。
何だろう?

(溝端) フォアグラ。
(平子) あぁ いいですね。

フカヒレに対する フォアグラ。
料理つながり。

僕は これ 今 もうちょっとで
40歳ですけども

ここ2~3年後ぐらいには
実現したいなって

思ってるようなことを
すでに 二十歳で。

えぇ? 何だろうな。

(平子) 僕は 別に しないです。
(笑い)

何で 3年以内にやろうと
俺が思ってんの?

パリで初体験 二十歳の時に…。

(溝端) なるほど。
(岡田) あぁ かのロレックス。

(一同) えぇ~!
(岡田) すごい! 物持ちがいい!

ちょっと いいですか?
「物持ちがいい」。

<34年物 パリで買った
右團次 ファーストロレックスに衝撃!>

<慶應大学時代は 週5で
ディスコ通い生活だった

右團次さん>

<二十歳の頃 パリで購入した…>

今日だって
 ロレックスですよね。
これが その時の。

(一同) えぇ~!
(岡田) すごい!

ちょっと いいですか?
「物持ちがいい」。

(岡田) 物持ちが すごい。
結実ちゃん ロレックスだから。

<こちらが 右團次さんが
二十歳の頃に買った…>

<もう…>

もう だから…。

(溝端) 逆に 価値が
上がってるんじゃないですか。

全然 上がってます。
ホント 金ピカピン。

当時 おいくらぐらいだった…?
当時

15万円ぐらいだったかな。

フランスで 15万円ぐらい。
パリで。

よく その頃
海外公演とかがあって

それで 食費とかを
頂いたりなんかするんですよ。

…が 支給されたりなんか
するんですよ。

そういうのを
何ていうんですか ためて

何か あの公演で行った時に
買ったっていうようなものに

したかったんですね。
なるほどね。

これは お店 入って
ひと目で買ったんですか?

それとも ゆっくり悩んで?
いやいや もう…。

サブマリーナーという時計なんですけど
これって決めてましたね。

(溝端) そうなんですね。
(岡田) あらかじめ。

緊張しました?
やっぱり さすがに。

パリの 何か そういう所って

ビ~って鳴らさないと
入れないじゃないですか。

子供みたいなのが入って来たなと
思ったでしょうね きっとね。

日本人って 若く見られるから
余計に 子供に見えるでしょ。

ビ~って鳴らして 入って
「これ 下さい」っつって。

現金で キャッシュで?
もちろん キャッシュです。

やっぱり 大人というか
達観してるというか

二十歳で ロレックス
自分へ買おうって…。

あんまり発想しないよね。
だから そうですね

『POPEYE』の先輩のおかげで
そういう ファッションだったりとか

そういうのが好きだったんです
その人の影響ですね 全て。

<さらに 二十歳の時
ロレックス以外に…>

時計以外にも 何か
お金を使ったことあります?

車かな。
(溝端) 車。

凝りそうだな また。

初めて買ったのは
いくつの時ですか? 車。

二十歳…。
(溝端) じゃあ 同じ時期だ。

車種は 何…?
BMWの2002っていう。

えぇ~! 二十歳でBMですか。

ええ
中古車ですけどね もちろんね。

今だとね 車 乗らない人も
多いですけど

やっぱ どうなんですか?
当時の二十歳ぐらいの人は

車 持ってなきゃ…。
みんな 車 持ってますよね。

ただ 大体 国産車ですよ
国産車で 手いっぱいですよ。

最初から外車っていう若者は
あんまり いなかったですよね。

堀尾さん
初めて買った車 何ですか?

僕はね プレリュードって
ホンダの。

あぁ 懐かしい
プレリュードね。

スポーツカータイプ
中古で買ったんですよ。

今のリムジンになるまでは…
乗ってないよ!

あっ 乗ってないですか
そうですか すいません。

でも ずっと外車でしょ? じゃあ。
僕 ずっと外車です。

ずっと外車ですけど 1回 三菱の
ジープにも乗ったことあります。

あぁ いいですね ジープ。
こだわってんだなぁ。

今まで何台ぐらい 車を
お持ちになられたんですか?

近頃は あんまり
買い替えなくなったけれども

もう若い頃は ホントに
買い替え 買い替えで

25台とか。

25台!?
…ぐらいは乗ってんじゃないかな。

25台って すごいですね。

何を言ってるんだ。

<市川右近 改め…>

<当時6歳の息子さんと…>

<実は 名跡 市川右團次…>

(平子) 2017年 53歳の時

長男のタケルくんと
親子襲名をいたします。

実は
その きっかけになったのは

市川海老蔵さんだったんですね。

どういうことですか?

海老蔵さんと 2008年に

歌舞伎座で
ご一緒している時に

ふら~っと 楽屋へ

入っていらっしゃるんですよ
よくね。

「何してんすか」とか言いながら
ふら~っと入って。

また ふら~っと
入ってらっしゃったんで

「何してんすか」かと思ったら

「右近さん 右團次っていう名前が
うちには あるんですけど

右團次 どうですか?」
って言って。

右團次っていう お名前が
市川宗家にあるから

どうですかっていうふうに
言ってくださったんですね。

で 海老蔵さんが 何に着目して
僕を右團次にっていうふうに

おっしゃってくださったか
というと

右團次っていうのが まず

関西の名跡なんですね 上方の。

僕が大阪生まれだということ。

それと 市川右近という
名前だったんで

「右」つながりで。
「右」が入ってますもんね。

(溝端) なるべくして なった。
でも 2008年からですから

随分 時間が
かかったわけですけども。

2014年だったかな 歌舞伎座で
また ご一緒してた時に

また ふら~っと
入ってらっしゃったんですよ。

で たまたま 2010年に
私 長男が誕生しまして。

4歳の子供が
そこに いたんですね 男の子が。

…って言われて フフフフ。

あの~ 3歳ぐらいの時に
「やりたい」と言ってたんで

「そのつもりです」
という話をしたら

「じゃあ…」。

(笑い)

全然 似てないでしょ。
(溝端) いやいや。

だんだん 誰だったか
分かんなくなっちゃって。

すいません 海老蔵さんね。
そうです。

海老蔵さんね 分かりました。

全然 似てないんです
全然 似てないんだけど

海老蔵さんの話 すると 必ず
もう こうなっちゃうんですよ。

そのぐらい 海老蔵さんという人が
強烈な人なんです。

で 海老蔵さん その時に
せがれを見て 何を感じたか。

だから 海老蔵さんのビジョン
というのは

僕らのビジョンじゃなくって

その時期に
海老蔵さんは すでに

勸玄くんという坊ちゃんが
お生まれになっていた。

だから 勸玄の時代に

右團次がいるか いないか
ってことを考えて。

あぁ 次の世代のこと
考えてるんですね。

右團次がいてほしいと。

だから そこで
息子に会わなかったら

ひょっとすると また
この話っていうのは

もっと
長引いたのかもしれないですね。

すごい 歌舞伎界の先を見ての。

そうです 海老蔵さんという人は
やっぱり 市川宗家として

歌舞伎の未来を
考えてらっしゃる。

ってことは
今 息子さんが 右近さん。

そうです はい。

自分の本名が 自分の息子の名前に
なってるわけですね。

そうです。

(笑い)
確かに。

<きちょうめん男…>

<豪華過ぎる 歌舞伎俳優の
楽屋生活に驚きです>

<ということで
やって来たのは…>

<この日は…>

(スタッフ) おはようございます
今日は よろしくお願いします。

こちらこそ
よろしくお願いします。

<…という
ダブルメガネスタイル で会場入り>

<いつも…>

<…するそうですが

歌舞伎の舞台では 劇場に入ると
必ず行うという決まり事が>

≪おはようございます≫
おはようございます。

これはね…。

いわゆる…。

(スタッフ) タイムカード。
はい。

着きましたという
今 入りましたって。

<まずは 着到板と呼ばれる板に
書かれた 自分の名前に

赤いピンを挿すことから
始まります>

<さらに>

<塩を振り掛けて お清めし

神棚に 一礼するのも 習わし>

お願いします。

<決まり事の多い
歌舞伎の世界ですが

実は 楽屋も 普通とは
かなり違っているようで>

(スタッフ) 楽屋なんですけれども
何か こう…。

あぁ もう…。

(スタッフ) あぁ。

<そう 鏡台も 加湿器も
劇場のものではなく

右團次さんが わざわざ…>

<が多く…>

<楽屋に 自分で必要なものを
持ち込みます>

<中には こんなものまで>

(スタッフ) あっ! へぇ~。

<色目が気に入って
購入したという この…>

<そんな右團次さん
今年で55歳とは思えないほど

かなり…>

<ということで 早速…>

僕…。

(スタッフ) どこの?

(スタッフ) あっ へぇ~。
はい。

<右團次さんのお気に入りは
セレクトショップ…>

<この日は パンツにジャケット
さらに 靴まで…>

<そんな LOVELESS大好き
右團次さんですが…。

…っていう時計ですけど はい。

<この日は 二十歳の時に買った
サブマリーナーではなく

黒の
ロレックス デイトナを着用>

っていうか 僕…。

あんまり言うと 税務署 来るんで。
(笑い)

<服だけでなく 腕時計にも
こだわりを見せる 右團次さん>

<デイトナや
サブマリーナー以外の…>

<まずは…>

<すると>

≪おはようございます≫

おはようございます。
≪おはようございます≫

<共演者の楽屋へ
次々と挨拶回りへ>

<喉の調子を整えていると>

おはようございます。

<先ほど挨拶をした共演者から
なぜか また挨拶が>

<実は これも
歌舞伎界ならではの習わし>

歌舞伎は だから…。

<挨拶が済んでいても さらに
楽屋に行き 挨拶するのが

礼儀を重んじる
歌舞伎の世界なんです>

なんだけど 挨拶に
来てもらったりなんかすると

あっ そうだ これ あのコに

言ってあげなきゃな
っていうことを思い出して。

だから 4回 回るんだよね。
(スタッフ) へぇ~。

<右團次さん 楽屋でも

きちょうめんが
出てしまうようで

ここでも そろえ癖が>

ええ。

(笑い)

(スタッフ) すごいですね やっぱり。

(スタッフ) こういうことですね。
そうです。

<右團次さんの そろえ癖は
机の上にも はっきり>

<さらに 卓上カレンダーには>

(スタッフ) おぉ うわ。

ハハハハハ。
(スタッフ)すごいですね これも また。

(スタッフ)
へぇ~ これは 何のために?

<きちょうめん右團次さんの…>

<中から 意外なもの 続々>

(スタッフ) クロムハーツ。

<豪快 右團次さんの…>

(スタッフ) ビーチクから上… ちょっと
待ってください 難しいな。

<こだわりが詰まった
右團次さんの楽屋を徹底調査>

<自分で持ち込むという鏡台も

当然 右團次さんの
こだわりが詰まっていて>

化粧前というんです。
(スタッフ) はい。

それで やっぱり…。

僕らにとって だから…。

それで…。

(スタッフ) あぁ そうなんですか。
そう。

<鏡台は 右團次さんが
デザインした特注品>

<至る所に 繊細な こだわりも>

例えば ここに…。

(スタッフ) 手鏡専用の引き出し。
そうなんです。

普通 ここ 空洞になってて

シュって入れるだけっていう
化粧前が多いんですけど…。

これは ですから…。

<特注鏡台の上も
やはり 右團次さんらしく

ぴしっと整理されていますが

私物バッグの中身は どうなのか
チェックさせていただきました>

(スタッフ) クロムハーツ。

<私物バッグは…>

<最近の
お気に入りだそうですが

バッグの中には
右團次さんならではのものが>

(笑い)

汚いけど。

端から端までは見ないけどさ。

<ホテルから新聞を持ち込み
目を通すのが日課>

<さらに>

(スタッフ) 台本とかも
読んだりもされますか?

持ってる 表 向けないけど。

(スタッフ) あっ なるほど。

生酵素。
(スタッフ) えっ?

生酵素。
(スタッフ) 生酵素。

湿布。
(スタッフ) 湿布。

これは 吸入器。

(スタッフ) こういうのも
持参されてるんですね。

そうです そうです。

ケースを。
(スタッフ) 自分で作ったんですね。

Udanji Ichikawaですから…
いや 頂いたんですけどね。

<舞台では
体や喉を酷使するため

湿布や吸入器は 常に携帯>

<さらに 右團次さんにとって…>

<スマホのモバイルバッテリーは
欠かせない右團次さん>

<充電は とにかく
切らしたくないそうで>

(スタッフ) ブログ。
うん。

(スタッフ) へぇ~。

(スタッフ) 3更新!
うん。

そうなのよ。

(スタッフ) 大変ですね。
うん。

<ブログは 一日3更新>

<多い時では 月に500枚も

ブログに写真を上げる
右團次さん>

<すぐに スマホのバッテリーが
なくなってしまうため…>

<確かに…>

(笑い)

<この日も 取材中の様子を
ブログに上げたり

移動のタクシーの中でも
自撮り写真をアップするなど

すでに 1更新済み>

<さすがは ナンバーワン
ブログ歌舞伎俳優>

<本番1時間半前

自分で持って来た鏡台で
自ら メークをし始めますが>

(スタッフ) ビーチクから上。

(スタッフ) こうか。

(スタッフ)
トリミング トリミングですか。

<歌舞伎の化粧は
マニュアルがなく

先輩に教えてもらいながら覚え

自分専用の道具で行います>

<今年で 芸歴46年>

<さすがに慣れた手つきで
羽二重を着けたり

おしろいを塗る
右團次さんですが>

僕は 大体 そうだな…。

う~ん…。

(スタッフ) へぇ~。

<幼い頃から 自ら 化粧も
覚えて行かなければならない

歌舞伎の世界>

<この日は…>

<白ひげ歌舞伎メークをする
右團次さん>

<眉毛を おしろいで
白髪風にアレンジし

口の周りに赤を入れ
口角を下げる>

<細かなタッチは 墨筆を使用>

<…こともある 歌舞伎の舞台>

<多い時は…>

<…することもあるんです>

<わずか20分弱で
白ひげ歌舞伎メークに早変わり>

<メークを終え 衣装に着替える
右團次さんですが

スタッフが気になったのは>

(スタッフ) えぇ!

(スタッフ) えぇ~。

<汗っかきな
右團次さんにとって

衣装の下には 保冷剤がマスト>

(スタッフ) そうですか。

<さらに…>

どのぐらい
あるんだろうなと思って…。

(スタッフ) はい。
そしたら…。

(スタッフ) それでも重いほうですか?

<なんと…>

<超メガトン級の重い衣装>

(スタッフ) え~!

<重量25kg衣装でも
軽やかな立ち回り>

<本番中 舞台後方の花道からの
登場に備え

ロビーを抜け
劇場を移動する右團次さん>

<すると>

<熱演の合間

当然 お水を要求するサインかと
思いきや>

<なんと…>

<…要求のサイン>

<右團次さんが…>

<舞台中の短い時間でも>

(スタッフ) いいですね。

<舞台中でも
ちょっと時間があれば

写真を 自ら 色調整して
ブログに すぐアップ>

<心配ですが>

はい。

<さすが右團次さん
舞台上では圧巻の演技で

お客さんも大満足>

(拍手)

<右團次さんの…>

(スタッフ)
お札でカードを挟むタイプ?

そう。

<やっぱり…>

<市川右團次さんの…>

(スタッフ) あっ えっ?

(スタッフ) ちょっと もう1回。

こういう感じ こういう感じ。

(スタッフ) ちなみに…。

ちなみに どちらかというと…。

(スタッフ) アハハ 移動させて。

<お札の使い方も独特で>

(スタッフ) え~ 危ない。

(スタッフ) ポイントカードも?
何のポイントカードですか?

(スタッフ) TSUTAYA?

財布。

<お札で 直接 ポイントカードや
クレジットカードを

挟んでしまう
お札マネークリップ>

いや カバンに入れたら…。

<右團次さん 舞台…>

<自宅でも やはり
相当 きちょうめんなのか?>

<右團次さんの自宅での様子が
こちら>

<昨年
お父さんの名前を引き継ぎ…>

アイロンがけって
できると気持ちいいですよね。

<きちょうめん右團次さん

宿題をしている息子の横でも
お構いなしにアイロンがけ>


<奥さんが誕生日に
プレゼントしてくれたもの>

最新ですよね これ。

<シワも のびたところで…>

<タケルくんも指摘する
きちょうめんっぷり>

<家族で…>

<おしぼりや お皿が…>

<さらに>

<右團次さんですが>

(店員) お待たせしました。
あ~ 来た~。

(店員) ステーキです。


<お肉だけでなく…>

<やっぱり…>

<そんな右團次さん

なぜ 一日3回も きちょうめんに
ブログを更新するのか?>

<ブログに力を入れまくる
驚きの理由とは?>

なぜ あそこまで ブログを更新
されるんですか? お忙しい中で。

あのね ホントに
やる気なかったんです。

最初は 公演情報とか

そういうのだけを
出していたんですけど

ちょっと やってみたほうが
いいのかなっていうふうに

家内からも勧められまして

で 不慣れですが始めます
っていったのが

去年の7月の
歌舞伎座の千秋楽かな?

去年の7月から まだ 1年も
たってないじゃないですか。

そうです それで
2日に一度ぐらいの更新で

やってたんですけど

たまたま 8月の後半に
ハワイに行きましたら

ちょうど 海老蔵さん親子も
いらしてて

それで その時に

あちらのお子さんと 一緒に
プールで遊んでたんですよ。

それで とあるホテルの
お子様用のプールの所に

噴水がね 出る所があって
いくつか穴があって

どこから出るか分からない
シュって出る。

モグラたたきみたいなね。
そう モグラたたきみたい。

そこへ行って 僕が ケツで
噴水を受けるというゲームを。

え~?
(溝端) 何をやってるんですか。

子供がやるんじゃなくてね?
右團次さんがやるのね?

子供達を
楽しませようと思って。

お2人を 勸玄くんと麗禾ちゃんを
楽しませようと思って

あと うちの子供もいますので
楽しませようと思って

こっちか? こっちか?
みたいな やってたんですよ。

で そしたら

すごい 他の国の子達も
喜んじゃって。

世界共通で。
もう 集まって来ちゃって。

すっかり 国際派になって。
いい気持ちになったわけですね?

それを 海老蔵さんが
リブログしてくださったんですよ。

その様子を 僕がアップしたら。

そしたら 300万人ぐらいの人達が
見てくれて。

すごいな 世界の人達がね。

さすが もう 海老蔵さんは
殿堂入りの方ですから。

そうなんですよ だから それから
これ ちょっと

生半可な気分でやっちゃ
いけないなってなって

一日1回ずつ やるようになり
今は大体 一日3回ぐらい。

(溝端) すごいな。
(岡田) 一日3回。

お尻への噴水がウケて それ…。

<そんな右團次さんが ご飯が
何杯でも食べられるという…>

本日は 右團次さんの出身地
大阪府産のお米をご用意しました。

こちらです ジャジャン!

こちらは
河内っ子ひのひかりです。

<ふんわりとした お米本来の
風味が楽しめるのが特徴>

<この白飯に合う 右團次さん…>

やっぱり…。

卵ですよね。

<この後 右團次さんの…>

う~ん うまい!

何ですか この おいしいの!

<右團次さんが ご飯が何杯でも
食べられるという…>

右團次さんが教えてくださる
白飯 最強のお供。

やっぱり…。

卵ですよね。
(溝端) わぁ!

(岡田) こちら 卵?

(溝端)
卵かけご飯ってことですね。

<右團次さんが 何杯でも白飯が
食べられる 最強のお供は…>

<こだわり強めな右團次さん

やはり ただの
卵かけご飯ではないようで>

(溝端)
きちょうめんな右團次さんだから
こだわりもありそうですけどね。

ない ない ない ない。
(岡田) 盛り方に。

(溝端)
盛り方とか 均等に盛らないと。

いやいや ご飯は だって 普通に
家内が盛ってくれますからね。

卵を でもね
どこまで切るかっていう。

もう この
別のお皿には入れない?

直接? 直接 入れるか。

(岡田) 普段どおりで 全然。

これがですね こう ちょっと。

(溝端) 奇麗に割れましたね。
(岡田) すごい ホントに奇麗に。

それで あっ 白身だけを? まず。

まず入れるんですか
黄身を残すわけ?

黄身を残すんですよ。
へぇ~。

最初 これで。
白身だけで?

(溝端) 混ぜるんですか。
ご飯の温かさで

白身を絡めて。
(溝端) へぇ~。

<温かいご飯に 白身だけを
混ぜると ふわふわになり…>

こうしておいてからの
この黄身を

こう行くと。
ここに のせる。

(岡田)
見栄え的にも また違いますね。

<味付けは しょうゆをひと回し>

ちょっと こう
おいしそうじゃないですか?

(溝端) 食欲をそそりますね。
そしてですね…。

(岡田:溝端) えっ?
何? あるんじゃないですか。

(岡田:溝端) あるじゃないですか。

(岡田) びっくりするほど
ナチュラルに出すじゃないですか。

しかも。
ちりめん。

<卵かけご飯には 京都…>

<…と キムチをトッピング>

<これを加えると
いつもと 全然 違う

ちょっとリッチな
卵かけご飯になるそうです>

ちりめんじゃこじゃないですか。
(溝端) また これ いいやつ。

(岡田) おいしそう!
あ~ ごめん ごめん あ~ もう。

(溝端) あ~ いやいや 大丈夫
やっときます。

許せないんですよ。
(溝端) いやいや。

きちょうめんだな~。
許せない 許せない。

この後 僕ら作るの 緊張しますね。
するね。

(溝端) そして。
キムチを。

(岡田) うわ でも おいしそう
いい香りしかしない。

それで 最終的にはですね

混ぜちゃうんですね。
(笑い)

あんまり 白身で混ぜるの
意味なかったんじゃないですか?

いや それが違うんです。
違うの?

うわ おいしそう!
(溝端) うまそう!

(岡田) 何か ありそうで なかった
発想ですね。

あんまり混ぜ過ぎず
このぐらいの感じで行くと。

(岡田) ざっくり感が。
(溝端) そこがポイントだ。

いただきます。
(岡田) はい。

(溝端) うまいだろうな。
うまい。

(岡田) う~わ~!
(溝端) おいしそう!

召し上がってください。

(岡田) ありがとうございます。
(溝端) いいですか いただきます。

う~ん うまい!

あっ 後から やっぱ
黄身 入れたほうが。

どうですか?
(溝端)黄身の濃厚さが際立ちます。

なるほど そうですね。
(溝端) うまい!

白身が全体に行きわたってる
って いいですね。

そうなんですよ 白身で ご飯が
ふわふわになるんですよ。

だけど 時間かかるから。

おいしい。
卵かけご飯と合いますね。

僕の中身っていうのは
全て 師匠ですから。

なので 僕から発信するもの
っていうのは たぶん…。

<昨年 市川右團次を襲名した後

師匠 猿翁さんに対する思いは

より深くなったそうで>

師匠は この襲名については
何て おっしゃってました?

喜んではくださいました
とても。

僕自身が
澤瀉屋っていう屋号で

市川右近の名前で来たわけで
41年か42年かな。

ですけど 嶋屋という
屋号に変わり

市川右團次っていう名前に
変わっても…。

なので 僕から発信するもの
っていうのは

たぶん
澤瀉屋のものなんですよね。

だから…。

…は
三代目 市川猿之助という人です。

さて 右團次さん この7月は?
はい。

海老蔵さんと一緒に。
はい 歌舞伎座に。

昼の部は 太閤記ものなんです
夜の部は 『源氏物語』。

海老蔵さん 昼夜にわたって
宙乗りもされますし。

そうですか
また ブログが いろいろと

更新されるんでしょうね。
楽しいお芝居になると思います。


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