サワコの朝【今陽子 ピンキーに別候補が!?】 “ピンキーとキラーズ”の結成当時の秘話や、大ブレイクしていたころの…


『サワコの朝【今陽子▽ピンキーに別候補が!?】』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/30(土) 
サワコの朝【今陽子▽ピンキーに別候補が!?】[解][字]
歌手/今陽子▽“ピンキーとキラーズ”で大ブレイクしてから半世紀!結成当時の秘話&驚きのエピソードをサワコと振り返ります!進化し続ける彼女のパワーの源とは!?
詳細情報
番組内容
ゲストは、歌手の今陽子さん。バンドマスターだった父と元歌手の母のもとに誕生。いしだあゆみさんのコンサートに遊びに行ったところをスカウトされ14歳で上京。15歳でソロデビューしたものの、全く売れなかったとか。翌年“ピンキーとキラーズ”を結成し、ファーストシングル『恋の季節』が売上270万枚の爆発的ヒット!オリコンシングルチャート17週1位という大記録を打ち立て、一躍国民的アイドルとなりました。
番組内容2
“ピンキーとキラーズ”の結成当時の秘話や、大ブレイクしていたころの驚きのエピソードをサワコと振り返るとともに、振付を今風にアレンジしたと話『恋の季節』の華麗なステップをスタジオで披露! 現在は、91歳になる母親の介護をしながら歌手としても進化し続ける今さん。年齢を重ねるほどにますますエネルギッシュになる今さんの現在にサワコが迫ります。
出演者
【司会】 阿川佐和子 【ゲスト】 今陽子(歌手)
音楽
【番組テーマ曲】 「Tea for Two(二人でお茶を)」歌:ドリス・デイ
お知らせ
【解説放送あり】
公式ページ
◇番組HP http://www.mbs.jp/sawako/
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン
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『サワコの朝【今陽子▽ピンキーに別候補が!?】』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

サワコの朝【今陽子 ピンキーに別候補が!】
  1. ピン
  2. キラーズ
  3. 自分
  4. 歌手
  5. ピンキー
  6. 一人
  7. アッコ
  8. 雨戸
  9. 季節
  10. バンド



『サワコの朝【今陽子▽ピンキーに別候補が!?】』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。 今日のゲストは

「♬ 忘れられない」ほど
印象的な

もう 今も 大変なご活躍の
歌手のピンキーこと

今陽子さんに
おいでいただいております。

どうも~。
どうも。

いきなり これですか?

たぶん はじめまして?
はじめまして。 ほんとに。

親近感を感じますけど
はじめましてですよね。

なんと ご存じでした?
誕生日 一緒なの。

うそ! ピン ピン ピン?

ピン ピン ピン。
ピン ピン ピン? ほんとに?

そうなの。 ピン ピン ピンな人が…
何 言ってるか分かんないね

11月1日生まれの人が
いかりや長介さんと…。

(今)そうです。 大村崑さん。
大村崑さんも…。

それから 卓球の愛ちゃん。
そうなんですって。

私 佐和子さんは知らなかった。
あっ そうですか。

ピン ピン ピンですか~。
どっか 共通するところが

あるかもしれませんが
よろしくお願いいたします。

(ナレーション)
今日のゲストは

中学生のときに スカウトされ

しかし
全く注目されませんでした。

そして…。

♬ 夜明けのコーヒー

♬ ふたりで飲もうと

16歳のとき 男性四人と組んだ

ピンキーとキラーズの
「恋の季節」は

なんと 270万枚の大ヒット!

シングル売上
通算17週1位という

未だ 破られていない大記録を

打ち立てました。

現在も 歌手活動を続けている
今さんですが

ピンキーとキラーズ結成の裏には
こんな話も…。

今日は 昭和の歌謡界の裏話

そして
最新バージョンの「恋の季節」も

ちょっとだけ 披露してくれます!

♬~

あの~
この話から伺うのも なんですが

最近 白内障の手術を
なさったっていう。

白内障で しかも 私
すごい 近眼だったんですよ。

もう 必ず
コンタクトか 眼鏡がないと

生活できなかったんですけど
白内障の手術とともに

今 裸眼で
もう 1.2ぐらいまで見れるし

もう 今 譜面も
スマホも パソコンも…。

遠くも 近くも 見えるように…。
全部。

それで もう…。
もう 今は ばっちり裸眼で

もう 何もかも見えるんで
世界が変わりました。

見え過ぎるっていうことは
ないですか?

見たくないものまで
見えちゃうときありますね。


裸眼で 鏡に映る自分の顔。

今まで見えなかったから。 ねっ。

最近 朝 起きて
パッと 鏡の顔を見て

ちょっと 恐怖ですね。
あははっ!

はい。
では 2曲 選んでいただいている

1曲目 ご紹介いただきましょう。

もう 私 あの~
昔から ちっちゃいときから

ザ・ピーナッツ 大好きで。
大好きで。

ふるさとが
愛知県で ご一緒だし。

ザ・ピーナッツさんの歌を聴いて

私も 歌手になりたいとか
思ったんですか?

(今)そうですね。
最初に 素敵だなと思った歌手は

やっぱり
ザ・ピーナッツですね。 はい。

なんて曲なんですか?
「私と私」。 つまり

双子なんで…。
はあ~。 あなたも私。

そうそう。
私と私 私と私っていう。

映画にもなってるし。
映画になったんですね。 ええ。

ご覧になったんですか?
映画館に お弁当を持って

行きました。
あははっ! 小学生ぐらい?

そうですね 小学生ぐらいですね。
それと 私 なんか

双子に すごい憧れてまして。
ふふふっ。

双子だったらよかったのになって。
なんで?

もし 歌手になっても
双子だったら

ほんとに なんか
ザ・ピーナッツさんみたいに

ああいうふうにできたら
いいな~みたいに。

♬~

♬~

♬~

♬~

うわぁ~。
知らなかった。

知らないでしょ?
隠れたね 名曲で

あの映画 何回も見たし。
歌ったり?

もう 歌もね これも歌ったし。

でも もともと
今さんのご家族は

お父様が
バンマス… バンドマスターで。

まあ あの~
ギターと ハーモニカが好きで

で まあ 自分のバンド…
素人バンドを組んでて

その専属歌手が 母なんですよ。

お母様が 専属歌手。
専属歌手なんですよ。

で お母様は
歌が うまかったんですか?

(今)あの~ そのころの
いわゆる ほんとに

全国の
のど自慢コンクールとか

もう 必ず
出れば優勝みたいな。

へえ~!
はい。 母は母で

そういう ちゃんと スカウトも
あったみたいなんですけど

母の両親…
まあ 祖父母ですよね

大反対で。
うん。

素人がね
楽しく歌ってるのはいいけど

プロになるのは やめなさいと。
やめなさいと。

そんな甘い世界じゃないからって。

だから もう 私が ほんとに
結果ね こういうことになって

まあ いちばんのファンであり

喜んでるのは 母ですよね。
ふ~ん。

(真矢)若者は つつましくてもいい。

でも 大人は ちょっぴり
ぜいたくなものを選んでもいい。


こだわって 本当に美味しいものを選ぶ。

あたりまえの日用品に
美しく すてきなものを選ぶ。

自分の時間のために
家事をラクにする道具を選ぶ。

ちょっぴり自分を甘やかそう。

それは 人生の ちょっとしたご褒美だから。

(ナレーター)おかえりなさい。 ニッポンの家電へ。

パナソニック 「Jコンセプト」

ただいま!

歌手として デビューするきっかけは
なんだったんですか?

(今)まあ 父がね
地元では 名古屋近辺では

あの~ 司会もやってまして

当時の もう 大スター
石原裕次郎さんとか

岡田眞澄さんとか
島倉千代子さんとか

いっぱい
司会してるんです 名古屋で。

十分 プロじゃないですか。
まあ でも プロではないです。

「お待たせいたしました」
とかいうのをやってたの。

もう すごいんですよ。
で いしだあゆみさんがね

17歳ぐらいのときかな

名古屋に なんか
イベントで来たんですよ。

で あの~
まあ 父が司会だったんで

で 私 当時ね あゆみちゃんの
大ファンだったんで

ちょっと 裏から
パッと入れてもらって

そしたら また
あゆみちゃんがね

ものすごい かわいがってくれて
なんか 「お化粧品

こんなのどう?」とか言って。
まだ 中学生ですけど。

話してたら
当時の いしだあゆみさんの

マネージャーさんが
「ねえ 君さ

芸能界とか興味ない?」
って言われたんで あの~

「はい 芸能界いきたいです」…。
いきたかったんですか?

はい いきたかったんですよ。
芸能界っていうものに。

なんか… なんか そういう方に
いってみたいなっていうのはあって。

チャンスじゃないですか。
で ちょうど あゆみさんが

そのころ いずみたくさんの
お弟子さんだったんです。

で もうそろそろ 独立すると。

出るというときで
後釜を ちょうど探してたの。

次のお弟子さんを探してた。
そうそう そうそう。

だから
すごい タイミングがよかった。

で いずみたくさんのところに
まあ いわば

修業に出たみたいなもんですか?
じゃ 東京に来たわけですか?

(今)そうです そうです。 両親も

もちろん
最初は 反対しましたけど…。

反対されたの?
うん。 だって 東京に

親戚も 何もないし
そんな 一人でね

14歳の中学生の女の子を
東京に出すなんて。

でも 私は もう とにかく
夢見る夢子ちゃんで。

いしだあゆみさんみたいに
なりたいみたいな。

ザ・ピーナッツみたいになれる!
みたいな。

もう
勝手に思い込んでるんですよね。

で もう
とにかく 東京に行きました。

行きました。
親の反対を押し切って。

で 最初は ソロで出るつもり…。


もちろん。
ソロで 歌手として

デビューするつもりだったんですか?
もう もちろん ソロで。 はい。

どこから ピンキーとキラーズに
なったんですか?

あの~ だから 一人で
15歳で 一応 ビクターから

「甘ったれたいの」
っていう曲で出たんです。

♬ 一緒にいてね
手をつないだままね

売れるわけないですよ。
あははっ!

どうして?
当時 山本リンダさんの

「♬ こまっちゃうナ」が
はやってて。

似てる。
これが 売れてたんで

何を間違ったか
うちの いずみたく先生が

この路線で
私を いかせようと。

今陽子も そちらでいけと。
ええ。 豪華ですよ

いずみたく
岩谷時子コンビですから。

豪華じゃない。
豪華ですよ。

岩谷時子先生なんか
もう 私のことを

「デカベビー」って
ニックネーム付けて…。

デカベビー。
なんで デカベビー?

大きくて あどけないのに
歌を歌うと

すごい大人っぽいから。
デカベビーって もうね。

こんな豪華な歌なのに
リンダさんは売れたけど

私 散々なもんですよ。
売れなかったの?

当たり前ですよ。
聴いた覚えないしなぁ…。

(今)でしょ?
それで 結局 まあ 駄目でした。

駄目でした。
駄目でした。 で そのころ

佐良直美さんとか
続々 あとから入ってきて…。

♬ あなたと二人
先に 新人賞を

持ってかれちゃいましたよ。
持ってかれちゃったんですか。

「世界は二人のために」
売れちゃって

新人賞ですよ。
もう しょげて

田舎に 一旦 帰ったんですよ。
帰ったんですか?

はい。 もう ショックで。
それは いずみたく先生には

なんて?
いや もう 何も言わないで

もう ショックで
帰っちゃったんですよ。

そしたら もう
すぐね 先生がね

あんなの
すぐ戻ってくるからって

何も
心配してなかったみたいですけど。

そのとおりで 親にね あんた
あんなにね 自分がやりたくて

出ていって そんな
一回ぐらい 挫折したぐらいで

まだね そんな 14や15で
何やってんの? みたいな。

母親に言われて
もう 早く帰んなさいっつって。

もう 明くる日 すぐ帰りました。
そして

じゃあ この子を どうやって
売ったらいいんだろうか。

どっちの路線がいいんだろう。
そう。 やっぱり この子は

ちゃんとね 大人っぽいナンバーで
売った方がいいと。

だけど このでかい女の子を

かわいく見せるには
もう 男 はべらすしかないかと。

ピンだと ちょっと…。
うん。 ちょっと 一人で

あの… だって
168センチありましたからね。

そのころ
そういう 大きいアイドルって

いなかったんですか?
だって 私の方が先輩で

そのあと アッコさんですから。
和田アッコさんより

先輩なんですね。
一応 歌手としては 私

アッコさんの
先輩なんでございます。

アッコさん 聞いてますか?
大丈夫ですよ。 アッコさん

私の前では 歌の話は
あんた 先輩だからって

ちゃんと認めてくれてます。
ちゃんと 仁義は切ってくださるの。

そう。
仁義なき戦いは ないですよ。

アッコさんと ケンカしたり
したことはないんですか?

昔は ありましたけど
今は ほんとに仲よしです。

っていうか
そういう音楽の話とか

あの~
やっぱり 50年もやってる人が

少なくなっちゃったんで
ほんとに さみしきかな。

アッコさんも やっぱり
その バラエティーとか

弟分とか 妹分は
いっぱいいるけど

ほんとに 年が近くて
キャリアが 一緒ぐらいで

ほんとに 歌や音楽を語れる人は
いないんですって。

だから
何かっていうと

長~い留守電が
入ってるんですよ。

長い留守電。
長い留守電が。

一人で しゃべってるんですよ。
で ちょっとさ 近々さ

ちょっと 飲みながら
話 聞いてよみたいな。

ほう~。
で コンサートなんか見に行って

私が 楽屋に行かないと
もう すぐ 電話が入ってて

なんで来ないのよって
怒られるんですよ。

別の意味で。
なんか いろんなことを やっぱり

言いたいらしいんですね。 うん。

♬~

(野村さん)私たち 松下幸之助商学院
48期生 17人は

今日 無事に
修業の日を迎えました。

《僕が電器屋を 育てる学校に入ったのは

ひとり店を守り続けてきた
父に憧れたからだ》

《電球一個の交換でも 使い方の相談でも

電話ひとつで 駆けつける》

《誰よりも丁寧な仕事で
街の皆さんから必要とされる》

(2人)ありがとう!

《僕も この仕事に人生をかけたい》

《そんな気持ちで この一年 学んできた》

これから 私が
やらなければならない事は

父が 今まで残してくださった店を

これまで以上に 繁栄させる事であり

これこそが 親孝行だと思っています。

修業者代表 野村昭太。

ただいま。


ピンキーとキラーズ
あれだけ売れて 女性一人で

女性ったって まだ
今さんが 15~16歳で…。

(今)16です。
ピンキラのとき 16ですけど。

ほかの男どもさんたちは…。

(今)ルイスさんは
5つしか違わないですね。

私が16のときに
21でしたから。

で ええ~っと リーダーの
ジョージ浜野さんは

もう 今 80ですから。

私と ひと回り以上違うので。
だから

そのときが 28か30か
なんか そんな感じですね。

ちょっと 久しぶりに
お聴きいただきましょうね。

えっ? ほんと?
はい。

♬~(バンドの演奏「恋の季節」)

♬~

(今)♬ 忘れられないの

(今)♬ あの人が好きよ

(今)♬ 青いシャツ着てさ

(今)♬ 海を見てたわ

♬ 私ははだしで

♬ 小さな貝の舟

♬ 浮かべて泣いたの

(今)♬ わけもないのに

♬ 恋は 私の恋は

♬ 空を染めて 燃えたよ

♬ 夜明けのコーヒー

♬ ふたりで飲もうと

♬ あの人が云った

♬ 恋の季節よ

初々しいけど
これは レコード大賞で

大賞を お取りになった…。
大賞じゃなくてね

新人賞ですね。
新人賞。 格好もね

スタイルっていうの?
後ろの男どもを従えて。

何ハットっていうんですか?
あれ。

あれは ダービーハット。
ダービー。 ダービーハットを

かぶって それで チョッキ着て

パンタロン こう はいて。
あれは 誰の発想なんですか?

(今)やっぱり
いずみたく先生と

いずみたく先生の
その当時の奥様が

はい 考案してくださいました。

でも これとかは
全部 自分の考案です。

元は ステップを
付けてもらったんですけど

なんか やっぱり こう
自分のものにしたかったので

いろいろ 工夫して
だんだん だんだん…。

今なんか もう 51年たって
もっと進化してますから。

あっ 違うんですか?
あの~ 三代目J Soulとか

EXILEとか あっち系のダンスが
好きなので

あのノリで
ちょっと 「恋の季節」の

「♬ タンタタ」っていうのを
あのノリで ちょっと こう 今…。

ちょっとやる?
今… 今っぽく。

いいですか? ここで。
昔は だから

あの~
「♬ タンタタ タタタ
タンタタ タタタ」

「♬ タンタタ タタタ」
こうで。

今は ちょっと
「♬ タッタツカ カタタ ンッ」…。

♬ タッタツカ カタタ ンッ
ツッツッタッツカ カタタ ンッ…

♬ ツッツッタッツカ カッ…
イエイ!

(今)こういう感じ。 ほんとに
こう リズムの取り方を

もう 今のビートで。
あっ それで 「恋の季節」を

歌うんですね。
やるんです。 まさか ここで

ステップ披露とは。
さすが!

でも ピンキーとキラーズ
あれだけ売れて

それこそ オリコンチャートで
記録を破れないほどの

長いロングヒット。 1900…。

だから 1968年… ですね
たぶん はい。

ヒットして。
はい。 なんか ほんとは

そのころは あの~
篠ひろ子さんも

いずみたく事務所に
いたんですよ。

きれいでしょ?
ひろ子さん。 で…

もしかしたら
ひろ子さんが ピンキーに

なるかもしれないという
案もあったんですよ。

ええ~! ほんと?
(今)今でも言うんですけど

キラーズは 「ああ~ お前より

篠ひろ子だったらなぁ。
きれいでいいよなぁ」って。

「じゃあ お言葉を返しますけど
私だって

あの~
キラーズのおっさん四人よりも

ジャニーズ系の
若いイケメンが来た方が

うれしかったな~」っつって。
もう お互いにね

お互いにね
言いたいことを言ってね。

でも ほんとに
16 17の頃は 私 ほんとに

とっても生意気だったんで。
おにいちゃんたちを

叱り飛ばしてたの?
おにいちゃんたちをね

やっぱり… おにいちゃんたちは
寝る暇あるんですけど

私は ちょっと 休憩ができても
すぐ そのころ

やっぱり
「明星」とか「平凡」とか その

私班が
ピンキー班がいるんですよ。

で 居眠りしてても 何しても
取材されちゃうし。

ほんとにね
あの~ もう 寝る暇もなくて

もう 一日の睡眠時間が
1時間か2時間。


よく もちましたね。
もたないです。 だから もう

毎日 あの~ あれです
主治医と 看護師さん

必ず2人付いて 移動の間に

点滴しながら 移動するんです。
むちゃくちゃ。

ほんとに。
ひどい!

全くないんですよ 時間が。

で そのころ だって
高校1年生ですし

ほんとは
学校も行かなきゃいけないし

宿題も
やんなきゃいけないんですけど

寝る暇もないですから。
でも キラーズは

私が 一人で
取材したりとかしてる間

寝られるんですよ。
ゴロンとしてらっしゃるのね。

だから 「あんたたちさ
私がいなかったらさ

お仕事なんないんだからさ」なんて
生意気なことを言ってね。

それで?
で キラーズも 私の機嫌を損ねると

仕事になんないから…。
姫 怖い~。

もう 姫。 もう そのころね…。
なんて呼ばれてました?

ぽっちゃりしてたから
「豚姫」って呼ばれてた。

(スタッフ)あははっ!
まあ 16で結成して

ピンキーとキラーズを。
二十歳で解散したんですけど。

やっと自由だ!
自由にはなったんですけど

やっぱり いなくなって初めて

ああ… すごく大事に
サポートしてくれてたんだな

っていうのを 実感しますよね。
何が違ったの?

(今)例えば 音合わせ
リハーサルとか みんな

キラーズのおにいちゃんたちが
やってくれてて

私は 本番だけ
パッと行けばよかったのが

全部 自分で 譜面持って
それこそ

地方なんかだったら
譜面 配って

「すみません
テンポこのぐらいで」って。

でも 地方のね バンドさんで
やっぱり 決して

望んでるような音が
出ないこともあるわけですよ。

そういうときなんか もう
キラーズがいるときだったら

ねっ こう いろいろ
うまくやってくれるんだけど。

勝気でしょ?
「そんな音じゃないんですけど」

とかって言っちゃって
バンドの人と

ケンカしちゃったりするんで
相手さんに ほんと

失礼な思いをさせたことも
多々あったんですけど。

いい意味で
私の壁になってくれてた。

ねっ 守ってくれてた人たちが
いなくなったっていうのは

やっぱり すごい大きいですよね。

それで 最近 ライブっていうか
そういうのは

はい。 結構 今 頻繁にやってます。

頻繁に あの~
ギターとデュオとか

ピアノとデュオとか。
で もちろん

バンドでやるときもあるし。
(阿川・スタジオ)どんどん

進化してるんですね。
(今・スタジオ)はい。
だから もう 今 私

ほんとにね
もう 今 申し訳ないぐらい

楽しいですね。
もう ライブ最高ですね。

(阿川・スタジオ)ああ そう~。
(今・スタジオ)はい
ライブいっぱいやれてるし。

ただ 歌手として
ほんとに 幸せな時期では

いらっしゃるけれども
私の母と同い年の

お母様の 今 介護も
お一人でなさってるって。

そうですね。
ここまで来れたのは

母のおかげだから。 89までは

ほんとに 料理もしてたし

私の経理も
やってくれてたんですけど。

陽子さんは…。
もう 私 パプ~ パプ~

なんにも知らない。
まあ 14歳で

デビューしてちゃね。
はい。 ほんとにね

包丁よりマイクって
言ってたぐらいの人なの。

(2人)包丁よりマイク。
(スタッフ)あははっ!

なんですけど…。
えっ あんな しっかりした人が

こんなになっちゃうんだって。
すぐ忘れちゃうじゃないですか。

忘れちゃう状況になって…。
もう もう もう

今 そうなんですよ。 だから
全部 こう ちゃんと書いて

貼ってあげて。
貼ってあげても

書いてあげても
忘れちゃうんですよ。

あっ もう うち大変よ。
ほんとに?

うちの母を
私のマンションに預かることが

時々あるんだけども 自分の家は
雨戸を閉めるっていう

戸締まりについてだけは
しっかり こう

必要 必要 必要っていう頭が…
長年の習慣的にあって。

で 私のマンションに来ると
雨戸なんか ないもんだから

夕方になると
「雨戸 閉めなきゃ」って

こう 動きだす。
「あのね 母さん 雨戸はないの

ここ マンションだから」って。
「雨戸ないの!」って言って

座るんだけど
また 「雨戸 閉めなきゃ」

「だから ないの」。
よ~く分かります。

もう 時々 やっぱり もうね
ケンカになるんですよね。

「何回
おんなじこと言うの!」とかね。


それ言ったあと
ものすごい 一人でトイレ入って

後悔 後悔… いかんって。

あんまり あの~
根詰めないでくださいね。

あの~
それはね もう 周りのみんなが

言ってくれますけど。
だから もう ほんとに やっぱり

プロの力を お借りして
ええ~ デイサービスとか

ショートステイとか。
そういう手だては いくつか

持ってらっしゃるのね。
いろいろ とにかく ABC

松竹梅 いろいろ持ってないと
やっぱり 一人では限界が来るし。

幸い 私 酒 好きなんで。
あっ お酒で。

ええ。 もう 母寝て 夜中に

一人で ロックで
もう ちびちびやりながら

「あぁ… 怒っちゃいけない」。
ふふふっ!

「我慢! 我慢!」っつって。
これ 私は

いいガソリンになってるんですね。
ガソリンですか。

ほんと ガソリンですね。
ほう~。

あと あの~
聞くところによると

西城秀樹さんと
お親しかったんでしょ?

あの~ 親しかったというかね
「同窓会コンサート」というのを

ええ~ 全国で
もう なんだかんだ 足かけ

5~6年かな?
ずっとやってまして。

全国ツアーを。
(今)全国 もう いろんなとこ

津々浦々 行きまして。
ええ。 随分

元気になられてたんですよね。
うん でもね

楽屋なんかにいるときは
ほんとに つらそうなところを

何回も見てますね。
はい お客様の目のないとこは。

はい。
お客様には 見せないようにして。

絶対 見せないですね。
セットの後ろで

まあ 秀樹さん座って
私たちが こう スタンバってて

そんときは ほんとに
こんなことしたり

はい してるんですけど。
立つのも

ちょっと 大変なんですね。
で こう 立って

あんまり こうやって
サポートしちゃうと

痛々しいでしょ。 だから もうね

なるべく 格好よくと思って
「宝塚」の男役みたいに

ふわっと こう出して
で ここに 秀樹さんが

パッと手を添えて。
で 調子いいときは

すごい軽いんですけど
調子悪いと

ぐぅ~って すごい くるんですよ。

そうすると
もう 一歩 ステージに出たら

もう ガラッと ちゃんと
スター 西城秀樹になって

もう ほんとに その
偉いですよね。 すばらしいですね。

まあ ほんとに
ご冥福を お祈りします。

ほんとに もう あの~
天国に行っちゃった仲間たちも

いっぱいいるんで 逆に…。
そうですね。

うん 逆に だから ほんとに
桑名正博君とか

もう 尾崎紀世彦さんとか
すばらしい男性シンガー

みんな逝っちゃったんで…。
今さんは

もう どこも悪いとこなく
お元気?

なんか すみません もう
ほんとに あの~

なんか 元気です。 ふふっ
なんか 元気ですっていうか

健康おたくで
ちゃんと やっぱり

血液検査とか やっぱり この
健康チェックは

もう びちっとやってます。
へえ~。

じゃあ 2曲目。
はい。

「今、 心に響く曲」を。
ええ~っと

ベット・ミドラーなんです。
いい女優だし

いい歌手だし。
「ビーチズ」という映画の

主題歌で
「WIND BENEATH MY WINGS」。

いい曲なんです。
はい 大好きな映画です 私も。

あっ ほんとに? よかった。
ご自分で歌って

好きだったんですか?
(今)あっ 歌も歌ってます。

だいぶ昔から
ステージで歌ってます。

あっ そうなんですか。
じゃあ お聴きいただきましょう。

♬~

♬~

♬~

♬~

いい歌ですよね~。
いい声で いい歌ですね。

これは もう ほんと
レパートリーで 今も

しょっちゅう歌ってるんですけど。
ああ そうですか。

その喉だったら
90か100ぐらいまで

歌える感じ?
ええ~ 一応 ドクターたちは

まあ 100いけるかもしれないし…。
ほんとに!

うん。 90ぐらいまでは
絶対いけるよって その喉はって。

やってください。
ええ だから

夢なんですけどね。
あの~ ニューヨークには

いっぱいいますから。
そうなんですか!

ほんと あの~ 88とか90で

ブロードウェーで
もう 舞台に立って

タップ踏んだりしてる方
いますから。

あと35年後にも
また いらしてください。

(今)あははっ!
年下だから 大丈夫ですね。

まあ 抜くことはないですけども
先に 失礼させていただくとは…。

いやいや 大丈夫です。
佐和子さんは 大丈夫です。

あははっ!
(スタッフ)あははっ!

今後も…。

多彩なゲストが 続々登場!
お楽しみに!


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