ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 椎名桔平×下平さやか 今だからこそ語れるエピソードとは?



『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 椎名桔平×下平さやか』の番組情報(EPGから引用)


2018/06/30(土) 
[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 椎名桔平×下平さやか
数多くのドラマ・映画で活躍した椎名が今だからこそ語れるエピソードとは?学生時代、国体に出場するほどのサッカー選手!サッカートークも披露する。意外な素顔が明らかに
詳細情報
番組内容
子供の頃からサッカーに熱中し、高校時代には国体選手に選ばれるほどに。大学進学後もサッカーを続けていたが、大学2年の春、何気ない自分の行動で、サッカーとすっぱり縁を切ることに。
その後、役者の道へ進むが、経験のない椎名に仕事があるはずもなく、20代の大半を長い下積み生活に費やす。転機となったのが1993年の映画「ヌードの夜」。竹中直人、根津甚八、余貴美子ら大先輩に混ざって大抜擢され、演技も高く評価される。
番組内容2
「ヌードの夜」での高評価は、椎名を一気に人気俳優へと押し上げる。NHKの連続ドラマや月9などトレンディドラマへの出演で、椎名桔平の名は一躍全国区に。その過程で椎名は何を思っていたのか、今だから語れるエピソードとは?
現在、映画を舞台化した作品「レインマン」の稽古に取り組んでいる椎名。本番が迫る中、舞台に臨む役者の心境とは…椎名の本音が漏れる。渋みを増していく俳優・椎名桔平の真の姿に迫る!
出演者
【ゲスト】椎名桔平(俳優)
【インタビュアー】下平さやか(テレビ朝日アナウンサー)
次回放送予定
次回7月7日は、女優の加賀まりこに、テレビ朝日アナウンサーの小松靖が迫る!お楽しみに。
番組概要
様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!
番組ホームページ
<番組ホームページはこちら!>
www.bs-asahi.co.jp/interview/
制作
BS朝日、ViViA
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ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 椎名桔平×下平さやか
  1. 自分
  2. 感じ
  3. 椎名
  4. 思って
  5. サッカー
  6. スタッフ
  7. 映画
  8. 思うん
  9. 当時
  10. 舞台



『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 椎名桔平×下平さやか』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


♬~

〈180センチの長身に
笑みをたたえて

その人は
待ち合わせの場所にやって来た〉

〈カメラの前で
自身を語る姿など

あまり見た記憶はない〉

こんにちは。
(下平)こんにちは。

本日 よろしくお願い致します。
椎名です。 よろしくお願いします。

よろしくお願い致します。

どうぞ おかけになってください。
お忙しいのに

ありがとうございます。
いえいえ とんでもないです。

よろしくお願い致します。
お願いします。

どうぞ どうぞ。
ありがとうございます。

ジェントルマンですね。
ハハハッ。

♬~

〈変幻自在な演技力で

多彩なキャラクターを
ものにしてきた〉

〈1990年代には
トレンディードラマでも活躍〉

〈『いつかまた逢える』

『Age, 35 恋しくて』などで

女性ファンを増やした〉

まあ 俳優ってね 人に非ず
人に優れるって書くんですけど…。

本当に…。

やっぱり
なんらか 人よりも優れる部分と

人じゃない部分というのを
持ち合わせて

生きていかなきゃいけない
っていうか…。

そういう事を…。

そういうふうに生きていく
っていう事が

自分にとっては
面白いんじゃないですか?

飽きないっていうか…。

うん。

〈硬軟両面にわたって
独自の存在感を放つ男〉

〈彼は いかにして
個性を磨き上げたのか〉

〈にこやかに語る紆余曲折は
一聴に値する〉

♬~

♬~

♬~

ハハハッ。
よく行きますね それで。

着いたはいいけど
どうしようかなみたいな。

まず買ったのが 5000円ぐらいで

ニューヨークヤンキースの
ジャンパー…

買ったんですよ。
(2人)ハハハハ…。

「NY」って書いた。
はいはいはい。

ハハッ。
(スタッフの笑い)

地元の人みたいに見えるかな?
って。

そうそうそう。
ハハハッ。

やれば?

(銃声)
キャー!

(うめき声)

役のまんまに生きようと思って。

へえ~。

ご飯を食べに
ちょっと アパートを出るのにも

必ず 台本 持ってって…。

なんか もう


そんな感じに思えていた
時期ですよね。

「君は灰皿を使っている」

「なぜなら… なぜなら それは
そのために そこにあるから」

…っていうね。 実感とともに

まあ 54ですか?

ええ 迎えたいと思いますね。

フフフフ…。 あんまり

ないっすねえ。

50入ってからね
あんまりないですね。

〈少年時代から サッカーに没頭〉

〈高校時代は
国体に出るほどの力があった〉

まずは 俳優 椎名桔平さんが
生まれる前の時間から

お話を聞きたいなと思ってまして。

サッカーを一生懸命やって…。
サッカー やってましたね。

なかなか それだけ
長く夢中になるっていう事

大変ですよね?
好きなものであれ。

そうですね… 僕の田舎がね
三重県の伊賀市って

今… なってるんですけど
統合して。

それまでは 三重県上野市
だったんですけどもね。

そこがね 昔から
サッカーが盛んな町なんですよ。

なんとなく
サッカーは始めたんですけど…。

そしたら う~ん…
まあ サッカーが盛んな町だから

サッカーの遠征とかですね

そういうのが こう
結構ありまして 楽しくなって…。

で 中学入って

県で優勝して 全国大会行って

「あれ?
なんか行けちゃうんじゃない?」

みたいな感じで…。

その中学校から何人か
また 高校に一緒に入って…。

で まあ
高校も強かったんですよね。

よく なんか
スポーツでもなんでも

全国大会に出たっていう方
いらっしゃるんですけど

全国レベルで活躍するって
どういう気分なんですか?

そうですね 僕は 割合
なんか こう… あんまり

先生の言う事も聞かないような
タイプだったんですけど

まあ 高校でね うーん…。

だんだん
そういうふうになってくると…。

例えば そういう
ヤンチャなんか…

ヤンチャなんかすると
先生がですね…。

…みたいなね。

そういう事
考えた事がなかったんで

ああ そうか そういう
チームに迷惑をかけるとか

まあ なんか
少し 意識が変わりましたよね。

そうですよね。
ええ。

いや 大変なプレッシャーだろうな
と思うんですよね。

そういう
経験がない人間からすると。

ただ まあ
中学校とか 高校の時って


男の子はね
こう なんか 何かあったら

「どっちが強いんだ?」とかね

そういう事に
興味があったりしましたからね。

やっぱ 運動が出来るっていう事と
喧嘩が強いとかっていう事は

同じぐらい かっこいいっていうか
そういう価値観もありますもんね。

そうですね。
まあ… 10代半ばの頃ってね。

相当やられた顔して…。
いやいやいや。

やっぱ バカですからね。
世間 知りませんからね。

サッカー選手で憧れの方とか
いらしたんですか?

そうですね 僕らが やっぱり
高校入るくらいから

そういう
ワールドカップの中継とか

そういうものが
盛んになってきましてね。

で その時に マラドーナは
代表に選ばれていたんだけど

まだ 出してもらえなくって。
へえ~。

僕らが
やっぱり 夢中になったのは

74年大会の… ヨハン・クライフ。

トータルフットボール
っていうのをね 掲げて

準優勝したのかな?

こう 結構ね アウトサイドでね
長いパスを出したりするんですよ。

そういうのが とても素敵でね。
へえ~。

ずっと まねしてましたね。

あっ そうですか。 へえ~。

もう ロシア大会が…
ワールドカップ。 ねえ。

皆さん サッカー好きの方
楽しみなんじゃないですか?

ああ それはねえ。
どうなるんでしょうね。

いや~ もう それはね…。
ハハハハ…。

いや それは期待しますよ
期待しますけど…。

もちろん 応援しますし
この間の雨の中

横浜へ行ってきましたからね。

えっ? そうですか。
ええ。

今まで
ベスト16が最高位ですけど

ベスト8までね 行けるチャンスは
来るかもしれません。

まあ それは もうね…。

終わってんだから
なんて言えばいいのか…。

終わってんだから もう 皆さん
ご存じなんでしょうけど…。

ねっ。
今の時点では どうなってるのか

好きだからこそ 心配ですよね。

〈東京の大学に進み
やはり サッカーを続けていた〉

〈だが 将来を嘱望されながら
全く別の道を選ぶ事になる〉

ここからは 3年生以下のチームを
作っていくっていうような時期に

僕 6番もらったんですよね
ゼッケン。

それは まあ 中盤の
レギュラー番号なんですけども…。

1年生で?
1年の後半で。

それで まあ 嬉しくてね。

「いけるのかな?
活躍出来るのかな?」みたいなね

そんな気持ちにも
なったんだけど…。

もっと なんか こう
違う… 仕事っていうか…。 うん。

何かないのかな? みたいなものは
常にありましたね。


へえ~。
うん。

そう。 まあ そういう時に
ちょうど 知り合いがいて

サッカーのモデルさん?
コマーシャルの。

素人の人を使ってね
爽やかな男女で

ハワイで撮影します
とかいうような…。

ハワイなんか行った事ないし

「行きてえ」とか思いながら…。
ハハッ。

まあ ちょっと 遊びで
「じゃあ 行きますよ」っつって。

ボール 1個だけあって
じゃあ ここで リフティング

ボールつきですね。
「やってください」っつって。

「あ~ やっぱ 上手だね」っつって

「じゃあ 君でいこう」
みたいになってね。

2年生になった春に
行ったんですよ。

へえ~。
で まあ のちに

撮ってる
そのスタッフの人たちが

某有名飲料メーカーの

コマーシャルもやってる
スタッフで

「ちょっと 来月 また
それをやろうよ」っつって

で まあ やったわけですよ。

そうすると 当時 アマチュア規定
っていうのが厳しい時代で…。

なるほど はい。

僕なんか 別に
名もないサッカー青年ですから

どうせ関係ないって
思ってたんだけど

なんか遅れて お達しが来て…。
はい。

…っていうのが来たんですよね。

それで まあ 監督にもバレて。

練習は来てもいいから…。

…って言われて
で しょげて帰って。

その2日…
3日後に練習に行って

じゃあ 監督っつって
考えましたっつって。

「おっ そうか。 まあ そんなね
バカな事は考えてないと思うけど

まあ お前の将来だから
まあ それは一応ね

確認しておこうと思って」
っつって。

ガクッみたいな。 アハハ…。
(スタッフの笑い)

先生 ガクッですよね。 アハハハ。

いやあ はたかれましたよ
バーンって。

そうですか。
うん。 もうね

「お前には期待していたんだから
残念だ」みたいなね。

まあまあね 予想してない
回答だったんでしょうね。

へえ~。
はい。

でも 椎名さんにとっては

もちろん サッカー 夢中になって
やってるんだけど

でも これだけじゃない何かに
呼ばれてるような感じがある中で

そういうお話が
舞い込んでくるっていうのも

運命的なもの感じますね。

まあ それでね…。

あっ そんな甘くなかった…。
そうでしたか。

素人の人がさ
何かの ちょっと ご縁があって

テレビに出る機会が
あったっていうだけで。

で まあ そこから…

当時 だから
その2回目のコマーシャルで

ご一緒させてもらった一人が
役者さん志望の人で

黒澤さんの映画の話とか

その時の
山努さんの芝居がさ とかね。

もう 何言ってんのかな?
みたいなさ

よくわからないわけですよ。

だけど かっこいいですね。
文化的な なんか

かっこ良さがありますね。
文化的な においっていうか

知的な薫りっていいますかね。

僕は もう
全く そういうのがないし

周りにも そういう人間が…
タイプの人間がいなかったから。

まあ なんか…。

で かわいがってくれて

で そのうち
事務所に連れていってもらって

なんか そこに入ったんですよね。

へえ~。
うん。

〈演技経験のない若者に
仕事など来るはずもなく

そこから
長い下積みの日々が始まった〉

その屋上で ずっと…。

へえ~!

外郎売 飽きたなとか思いながら。
発声練習みたいなね。

歌舞伎の口上ですね あれ。
ああ そうです そうです。

でね 当時は まだね
誰かの付き人をやってた人が…

今 活躍してるみたいなね。

師弟制度みたいな
ちょっと そんな感じの…?

まあまあ そうそう。
で そういうのが何か まだ こう

残ってるのかなぐらいな
感じはあったんですよ。

で 僕は高校のサッカー部の先輩が
四谷でスナックをやってまして

「何やってるんだ?」って言うから

まあ 俳優の道をね

志したのか
…ざしてる途中なのか

みたいな感じですっつって。

「じゃあ うちでサッカーのチーム
作ってるから そこに参加して

いろんな関係者の人も
入ってるから おいでよ」っつって。

で 行ってるうちにね

寺田農さんと
お知り合いになって…。

あの人も
もう サッカー大好きですから。

それで まあ じゃあ…。

…っていう感じで。

ああ それは ぜひぜひ
みたいなんで…。

それが21歳。
へえ~。

もう でも 2年以上ね

今 付き人をやるっていうのは
そんなに いいわけでもないから。

…って言われて
まあ 2年経って

じゃあ
どうしようかなと思って…。

フフフ…。 ぶっ飛んでますね。

フフフ…。
フフッ。

〈その頃 椎名は

映画 『タクシードライバー』を
偏愛していた〉

〈ニューヨークで 孤独に生きる
タクシードライバーが

次第に狂気に駆られ

己の存在証明に
取りつかれていく物語〉

♬~

〈漠然とした憧れを胸に

椎名は ニューヨークに向かう〉

〈1980年代

街には まだ
物騒な気配が充満していた〉


じゃあ 俺も ああいう なんか
ちょっと危ない街でね

何か グッと こう

自分が出来るものを
見つけようっていうね。

特に 向こうに知り合いがいるとか
そういう…。

いや いないですよ。
へえ~。

ハハハッ。
よく行きますね それで。

着いたはいいけど
どうしようかなみたいな。

最初に行ったのが

セントラル駅にある
野球のグッズを売ってる…。

まあ 洋服。

まず買ったのが 5000円ぐらいで

ニューヨークヤンキースの
ジャンパー…

買ったんですよ。
(2人)ハハハハ…。

「NY」って書いた。
はいはいはい。

そうすると ちょっと こう…。

ハハッ。
(スタッフの笑い)

地元の人みたいに見えるかな?
って。

そうそうそう。
ハハハッ。

(2人)ハハハハ…。

それ 逆に もしかすると

お上りさん的に
見えたかもしれないですね。

そうなんですよね。
ねっ。 今 考えると。

ニューヨーカーに
ちょっと見えるんじゃないか

っていうふうな発想なんですけど。
かわいい。

で 今度は その近くにあるから…
なんでなんだろう

プラザホテルってね 有名な。

で まあまあ…

コーヒーぐらい
飲んでやろうじゃないかみたいな。

(2人)ハハハハ…。

そしたらね 行って

コーヒーも どこで飲んだらいいか
わかんないんだけど

まずは ロビーに行って

なんか 柱を囲んだ こう…
円形のソファがあったわけですよ。

別にね 座ってもいいんだろうなと
思って こう座って。

そしたら なんか
スタッフの人が… ホテルの

ちょっと 君 何? ホテルで…
何か用事? っつって。

いや 別に用事はないです
って言ったら

じゃあ ちょっと ここは
座っててもらうと困るから

ちょっと あっちのほうへね
っつって。

まあ だだこねる勇気はないんで…
ハハハ。

外国ですからね。 ハハハ。
ハハッ。

しかも でも 俺 ちょっと
ニューヨーク愛してる

そういうのを
感じてもらえないの?

みたいな気もあるわけですよね。

だから プラザホテルには もう…。

これ いずれ のちにね
行ったんですよ。

『レイン・フォール』っていうね
映画があったんですけど

ゲイリー・オールドマンさんと…
日本で撮ったんですけど

ラストシーンがね
ニューヨークだったんですよ。

で こう ちゃんとスーツ着てさ
プラザホテル 行ってね

コーヒー飲んで帰ってきた。
うわ~。 やりましたね。

止められなかった。 アハハハ…。
当然です。

へえ~。
そう。

でも それも そうやって
若い時に 当てもないのに

一瞬 むちゃにも見える中
行くから

なんか
そういう経験が糧になって

成功した時に ひとしおですね
喜びが。

そうですね。 まあ だから
そのバックパッカーの時代は

1カ月で終わったんですけどもね。
フフフフ…。

〈帰国した椎名は
やがて 舞台に魅せられた〉

〈東京 下北沢で見た公演に
感銘を受け

劇団 新宿梁山泊の
門をたたく〉

何かをつかんでやろうっていう

衝動みたいなものが
パッと終わらないで

そうやって 行動に移るぐらい
熱いものが

ずーっと こう
たぎってるわけですよね?

ありましたね 20代は。

で 劇団を… 下北の
スズナリ劇場に見に行って

『映像都市 チネチッタ』っていう
タイトルだったんですけど

ああ ここがいいと思って。

で 入れてもらって。

まあ 厳しいんですよ でも。

そこに
2年ぐらい いさせて頂いて

で そのうち まあ…

いい役も回ってくるんじゃないか
と思って

毎日… 大変なね

そういう こき使われ方を
するわけですけれどもね

劇団ですから。

それで まあ
劇団を辞める事を選んで。

で オーディションを
やってるっていう

事務所がありましたんで

そこに応募して 受かりまして。

そこで 今の名前になりまして。

はあ そうでしたか。
はい 付けて頂いて。

まあ そういう 私の20代。
へえ~。

椎名桔平になるまでの 椎名桔平。

あっ!
生まれましたね 椎名桔平さんが。

はい そうなんですね。

キャー!

この野郎!

ああ~!

〈20代の終わり

1本の映画から
快進撃が始まった〉

〈無名だった俳優 椎名桔平は

20代の終わりに

一躍 脚光を浴びる〉

〈彼の個性を光らせたのは

のちに 椎名と組んで
多くの異色作を生む

映画監督 石井隆〉

〈1993年公開の『ヌードの夜』〉

〈脇役ながら
強烈な印象を残した〉

石井隆さんという監督さんがね。
はい。

当時 『死んでもいい』っていう
映画がヒットしまして

そのあとになる作品
なんですけども。


だから
注目されているわけで

で 竹中直人さんと
根津甚八さんと

余貴美子さんと…。

…がいないかっていうのを

カメラマンの人に
聞いたんですって。

佐々木原さんっていう
名カメラマンなんですけどもね。

その方がね…
その前に 僕 Vシネマで

ちょっと なんか
ヤンチャな役やったんですね。

それを覚えててくださって

あっ 監督の言う
そういうイメージの若い奴

ちょっと 僕 知ってますよ
みたいな。

じゃあ お会いします?
っていう感じで

新宿の滝沢っていう喫茶店が
ありますよね。

はい 談話室…。
談話室 滝沢。

もうね 大好きなお店に
なりましたけど。 そこでね…。

で 面接ですから

そこで決まるとは
思ってないわけで

行ったら 監督一人なんですよ。

なんか 物語の事を
話すわけでもなく

まあ 普通に こう
問いかけがあったんですけど。

とにかく その…
今 この本を渡すので

読んでおいてください
とか言うから

えっ? 追試じゃないけど
これ読んで 試験っていうかね

演技をしなきゃいけないのかな
次の日にみたいな。

そしたら そうじゃなくて。

僕は いいと思うんですよね。

でも 桔平くんのほうが

興味なかったら
困りますから 一応…。

…とか なんか言ってくれて。

ああ そうですかっつって。

それで 談話室 滝沢を出て

「やったー!」っつってね。
そんな感じでしたね。

だけど 問題は
これでチャンスをつかまないと

もう なんとしても

この映画をね…。

これで俳優として…。

それは すごかったですよ
自分のモチベーションは。

〈共演は ベテランばかり〉

嘘だよ。 そいつは
女には まるで興味がない。

〈その中で エキセントリックな
ゲイを演じている〉

すいません あの…。

兄ぃ どこなの?

はい?
お前 兄ぃの名前 騙ったろ!?

名前って?

うわっ!

〈ただならぬテンションには
鬼気迫るリアリティーがあった〉

う~ん… ああ~!

やれば?

てめえの手も 一緒にぶっ飛ぶぜ。

(銃声)
キャー!

(うめき声)

(うめき声)

指…!

本当に 第一線で
活躍されている方が…。

いや 当時 竹中さんは
監督もされていまして。

あっ そうでしたね。
ええ。

非常に 影響力っていうか…
ありましたね。

それ なんか 気後れするとか
そういう事はなかったですか?

いや~ やっぱ 最初はね。

…わけですから。
まあ そういう意味ではね。

有名人っていう言い方も
変ですけどね。

いや でもね やっぱり…。
(スタッフの笑い)

いや 見てた人と仕事するって

やっぱり ドキドキしますよね。
いや もう そうですよ。

で 片や 根津さんは もう
憧れの先輩ですから。

もちろん お二人とも
尊敬していますから

そういうふうには

自分で あまり
思いすぎちゃいけないと。

もう そりゃあ…。

だから
役のまんまに生きようと思って。

当時は その…。

へえ~。

で まあ なるべく
役のまんま いようと思って。

役者が こう
役のまんま いるなんていう事

ずっと続けていけば
もう死んじゃうと思うんですよ。

でも その時は それしか…

対峙する方法がなかったんで。

だから 撮影ない日も
そういう状態でいるわけですよね

なるべく人と会わないで。

アパートで ずっといながらね

あの… 何日後かに来る

次のシーンの撮影を
頭の中でグルグル考えながら

なんか ご飯を食べに
ちょっと アパートを出るのにも

必ず 台本 持ってって…。

なんか もう…。

この台本が 自分の未来を…
なんか こう

自分の中で
象徴してるみたいなね

そんな感じに思えていた
時期ですよね。

でも それがまた 一つの経験に

今度は
なっていくわけじゃないですか。

まあ
そういう一個一個の経験がね

やっぱ 大事なわけで。

本当 貴重な経験を
やらせて頂いたし

逆に言うと その作品でね

まあ ちょっと こう
映画関係の人に知ってもらって

依頼が来るようになりましたね。

〈『ヌードの夜』を契機に

仕事が 次々舞い込んだ〉

〈映画のみならず
テレビからも声がかかる〉

〈折から トレンディードラマの
全盛期だった〉

〈椎名は 瞬く間に
人気俳優の仲間入りを果たす〉

〈1999年には

高杉良の経済小説を原作にした

『金融腐列島 呪縛』に出演〉

〈腐敗した大銀行を内部から
再生しようとする男たち〉

〈その一人を演じて やはり
確かな手触りを感じさせた〉

でも 椎名さん

そういう 影のある役柄も
やってらっしゃいますけれども

私なんか
やっぱり 鮮烈だったのは

公開の時 見に行きましたけど

『金融腐列島 呪縛』
エリート銀行マンの役ですよね。

ドロドロした部分も
知ってるみたいな

そういうところも もちろん
持ってるとは思うんですけれども

表面に見えるところは
軽やかな部分もあったりして

そういう役も
当然なさってるわけですよね。

そういう意味では
本当に 幅が広く…。

『ヌードの夜』が公開されて
それを見てた

NHKのプロデューサーさんが
朝ドラに呼んでくれて

えっ どういう事?
とか思いながら。


それまで ずっと 朝ドラなんか
受けてたと思うんですけど

もう 全然 書類で通らなくって

初めて そうやって
なんか こう…

もう その時は もう
呼んでもらってるわけですよ。

で ヒロインの相手役なんかをね
務めさせてもらって。

それを見てた 今度

フジテレビの
トレンディードラマを

当時 作ってた大多亮さん
っていうプロデューサーが

いらっしゃるんですけど。

ちょっと この同級生の中で
1人探してるんだけど

あっ NHKに出てるこの子
いいじゃんみたいな。

で 呼ばれて。

当時 「月9」ってね
結構 こう 話題になってる…

すごく話題になってる
時代だったんですけど。

それからじゃないですか

一般的に 顔を知ってる
っていうような事になったのは。

で そのぐらいの時に
キャスティングされて

『金融腐列島』っていう映画に
出してもらって。

原田眞人監督だったんですけど。

まあ その 株主総会が
クライマックスなんだけど

そのリハーサルなんかを
随分やらされましたけど

まあ 本当に
綿密に作っていく監督さんで

みんな 必死になってね
銀行マンをやるわけですよね。

作品的にも
大人な作品だったので

また そこにね 参加して

それで また それが やっぱり

一つの大きな転機に
なりましたよね。

役者さん同士が
本当にしゃべってるみたいな…

こう 肩肘張って 演技ですよ
っていう感じじゃなく

しゃべってるみたいなシーンが
結構あったように思って。

そうですね。 いくつかのシーンを
アドリブから構築してる。

キーワードだけ 監督が
こういう事を言ってくれ

ああいう言葉を使ってくれ
っていうのだけを言って

4人で 何回かアドリブをして
じゃあ その

今 アドリブで出てきた それは
取り入れましょう。

なんか そうやって
一つの完成された会話に

していくシーンを
やってたんですよね。

いくつかですよ。

そういう… なんでしょう…

ところから リアリズムを
起こしていくっていうか

そういう 全体的なバランス
っていうものを考えて

監督は
構成したんじゃないですかね。

役所さんとは
結構 ご一緒のシーンも

多かったと思うんですけど…。
そうですね。

どんなお話されたんですか?
当時。

役所さんとは…

その時が 初めて
共演させてもらったんですけど

とにかく ご自分の役柄を
一生懸命考えて

一生懸命 やっぱり
演じられるんですよね。

そういう姿を見ているだけで

やっぱり
あっ ここで なんか 自分が

格好つけてる場合じゃないよな
とかね。

そういう事は やっぱり

すごく あの現場で
教えてもらいましたね。

〈6月半ば 椎名桔平は

公演が間近に迫る
舞台の稽古にかかっていた〉

〈『レインマン』〉

〈ダスティン・ホフマンと
トム・クルーズによる

1988年の映画をもとにした
作品だ〉

〈父親の死によって 兄弟が再会〉

〈兄の特殊な能力に触れ

変化していく2人の関係を
描いている〉

「父さんは 僕にゆっくりと
私道を走らせてくれたけど

月曜日じゃない…
ああ 絶対に月曜日じゃない」

(藤原)「君の父親は誰だ?」
「チャールズ・バビット」

「チャールズ・バビット?」
「チャールズ・サンフォード・バビット」

「オハイオ州 シンシナティ
ビーチクレスト通り 10961番地」

「それは 家の住所だ」

〈椎名は
自閉症でサヴァン症候群の兄〉

〈遺産に執着する弟を
藤原竜也が演じる〉

「ああ それで… それで
君は灰皿を使っている」

「なぜなら… なぜなら それは
そのために そこにあるから」

「それは そのために そこにある」

「チャーリー… チャーリー
ウォールブルックに…」

「もういいだろ。
こんなの もうやめてくれ!」

「これ以上
レイを問い詰めないでくれ!」

「レイ もういいから」
「チャーリー・バビットと一緒に暮らす」

「もう大丈夫だよ レイ」

〈椎名には この舞台に寄せる
特別な思いがあるそうだ〉

今度 また新たに『レインマン』。
はい。

舞台 なさるという事で…。
そうですね。

前にも
演じてらっしゃるんですよね?

12年前に初演がありまして

橋爪功さんと ご一緒で。

その時は 兄弟の話なんですけど

僕が弟の役で
橋爪さんが兄の役で。

で 自閉症の兄役を
橋爪さんがやってたんですけど

今度 僕がそっちの役で

こっちのチャーリーっていう
弟役を藤原竜也くんが演じます。

同じ舞台を
違う役柄で またという…。

そうなんですよね。
ねえ~。

これはね… 誰もやってないんじゃ
ないかなと思いますね。

自分で こう ずっと毎日

相手役をやってるわけですからね
以前ね。

弟役を
やってるわけですから

まあ なんとなく
覚えてるんですよ。

「難しいな」と今 思ってますね。

橋爪さんはね 軽やかに
やってたなとか思うんだけど…。

どうやって あそこの境地まで
行ったのかなっていうのが…。

う~ん…
正直 まだ今 わかんないですね。

へえ~。
ええ。

今 こんな感じで…。
ああ ポスター。 そうですね。

どうですか?
そのヘアスタイルは。

どうですか…。
ハハハ。

普段の椎名さんと
全然違うからですね。

びっくりしますよね。

やった事ないですけどね…
うん やってみようかな。

でも 違う役で
同じ芝居をやるという

景色がまた違うという経験も
楽しみですね。

いやあ 楽しみですよ。

で 今回 戯曲も違うんですよ。
あっ そうなんですか。

以前のは 鈴木勝秀さんという
演出家が書き起こした戯曲で

映画をもとに
書き起こしてるんですよね。

その戯曲が
世界初舞台上演だったわけですよ。

舞台版では。

で そのあとに
ロンドンで上演されてるんですよ。

舞台が公演されてまして
その時に

英国の方が 多分 戯曲を起こして
脚本にしてるんですね。

それを今度は翻訳して

ロンドンバージョンの
翻訳したものを

僕らは やるんですね。

だから 僕は 前回の舞台も
もちろん やっているんだけど

これからやるやつっていうのは
また やっぱ違うんですよね。

そういう意味でも新鮮だし…。

う~ん… 何か やった事あるから
っていう気分には

全くならないっていうか…。
へえ~。

だからね もうちょっと こう…

自信持てる気持ちでいても
いいんだけど…。

ちょっと再演をやる
みたいな感じでね。

全然ないですね。

へえ~。
ハハハハ…。

作品が生まれる前って そういう
やっぱり こう 不安とか…。

うん。 やっぱり 稽古入る前が
なんか そわそわしますよね。

あとは 本番始まる前ですよね。

なんか 2日ぐらい前に
一瞬 ギュギュッと来ません?

あっ 考えたら
「もう 何? 明日 劇場入って

段取りやって…。
何? もう当日?」みたいな…。

「え~ 大丈夫かな?」って。

ハハハハ…。 ねえ。

途中でね
やめる事が出来ないっていう…。

そういうものですからね
舞台っていうのは。

映像というのはね 失敗して

じゃあ もう1回やらせてください
っていう事は出来ますけど…。

まあ やっぱり
舞台って怖いですよ。 うん。

そうなんですね。
ええ。

そういう不安になるのも含めて

役者さんやってると 大変な事も
いっぱいあると思うんですけど

やっぱり
このお仕事 お好きですか?

だから そういう
ちょっと こう不安とか

やばいなとか 怖いなとか
まあ さっき言ってますけど…。

そう思った次の日には
ものすごく楽しかったり

「ほら見ろ」みたいなね
自分の中で。

「出来てるじゃないか」とかさ…。

一気に そういうところまで
行ったりするじゃないですか。

ジェットコースターみたいに。

そういう不安とか…
おっかなさのない仕事だと

逆も… そんなに上がんないんじゃ
ないかなって気はしますね。

そういう意味では 合ってるんじゃ
ないかなっていうか…。

まあ これしか知りませんから…。
うん。

椎名さん 7月で
54歳になられるんですか。

はあ~!

(スタッフの笑い)
ねえ~!

その年齢ごとに
また違う表現が出来るっていう…。

役者さんって
その楽しみがあるじゃないですか。

あ~ いい事おっしゃる。
いや これから やりたい事

たくさんあるんじゃないかなと
思って 本当にうらやましいです。

まさにね その『レインマン』
なんかは そうなんですよ。

若いほうの役をやってる時に
成長して

いつか このレイモンド
っていうのをやってみたいなって

思ってたんですよ。

だけど まあ まだまだ
時間があるな

っていうふうに思ってたんだけど

思ったよりも
早く来ちゃったもんだから…。

だけど じゃあ 今 やらなくって

次 来るかっていうと
わからないし…。

じゃあ 受けるしかないなって
思って 受けちゃったんだけど…。

でも そういう意味では
これも その…

じゃあ 本番やって 楽しくなって

いや なんか やってよかったとか
思うんだと思うんですよ。

そういう事っていうのは
やっぱり その…

自分が若ければ
絶対に回ってこない役なので…。

50代なら50代の役の楽しみとか

そういったものが
まあ あるんだなっていうね。

実感とともに… まあ 54ですか?

ええ 迎えたいと思いますね。

フフフフ…。 あんまり
54の実感がない感じですか?

ないっすねえ。

50入ってからね
あんまりないですね。

うん!
多分…。

なんか わかります その感じ。
わかります?

はい。 もう誤差の範囲っていうか
なんか そんな感じになって

自分の年齢が…。
そうそう。

2~3コ 違っても
どうって事ないのかな

っていう感じになってきますよね。

うん。 キャスティングなんかでも
そうなんじゃないですかね。

若い時は 5コぐらい違ったら
もう 全然違うんだけど

50代っていうと じゃあ 53と58で

どのぐらい その役の振られ方が
違うかっていったら

そんなでもないですよね。

いや でも きっと ますます

いろんな 椎名さんの表情を
これから 私たち

見る事 出来るんだなと思って
楽しみに…。

そうですね。
はい。 してますので…。

本当に 健康に気を付けて
活躍されてください 長く。

ありがとうございます。
はい。

どうもありがとうございました。
ありがとうございました。

もちろん プライベートをお話しになる
ならないとかっていうのは

ご自分のイメージとか いろんな
お考えがあると思うんですけど…。

じゃあ 心を開いて

人と接しないって事ですか
っていうと 全く違いますよね。

いろんな面を見せてくれて
本当に爆笑させられる事とか…。

その 人間の深みみたいなものは

必ず 向き合った方に ちゃんと
自分をさらけ出すっていう…。

役柄の魅力 プラス 素顔の魅力
っていうのをね

間近で感じられましたね 今日ね。

〈俳優 椎名桔平が
今 大切にしている言葉〉

はい。
(スタッフ)見せて頂いていいですか?

え~?
(スタッフの笑い)

はい。

「足る事を知る人は富める」と。

そんな意味ですけど。

振り返ると 足りないものをね
自分で求めている事ばかりが

自分で なんか こう
思ってまして。

でも 足りない事って
切りがないっていうか…。

結局 自分が持ってる
親から頂いた…

それは いいか悪いか
わからないけど

感性とかね
自分オリジナルの。

まあ 頂いた こういう なんか
体のね 特徴とか

そういったものを
自分で もっともっと知ってね

それを生かすというか…。

そういう事があるという事を
知って そこに まず感謝して…。

自分をもっと知って
自分を大事にして

周りに感謝する事によって

また違う見方が出来る
っていうかね。

それが 結局 自分の
また栄養になるっていうか…。

まあ そういうふうに
僕は解釈しておりますが。

〈自分を肯定すれば

その先に きっと
何か いい事がある〉


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