新世代が解く!ニッポンのジレンマ「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論~」前田裕二、斎藤幸平、山本浩司…


『新世代が解く!ニッポンのジレンマ「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論~」』の番組情報(EPGから引用)


2018/07/01(日)
新世代が解く!ニッポンのジレンマ「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論~」[字]
今お金とは?「成長」の原動力が見えにくくなった時代に、新世代はどんな選択を?起業家、マルクス経済学者、歴史家による徹底討論。資本主義の限界を越える議論の行方は?
詳細情報
番組内容
「お金もうけ」にはジレンマが?目指すは大企業?起業?外資?何が安定かわからない時代に揺れる若者たちの意識。格差、分断が叫ばれる時代、経済に何が?「共感」こそ商品になるという新たなビジネスモデルを提示する今をときめく起業家、冷戦の時代を皮膚感覚では知らない新世代のマルクス経済学者、さらに産業革命発祥の地で10年以上の長きにわたり研究を続けた歴史家によるクロストーク。「欲望の資本主義」を越えて未来は?
出演者
【出演】実業家…前田裕二,経済学者…斎藤幸平,歴史学者…山本浩司,【司会】古市憲寿,赤木野々花,【語り】悠木碧
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『新世代が解く!ニッポンのジレンマ「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論~」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

新世代が解く!ニッポンのジレンマ「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論~」
  1. 資本主義
  2. 思うん
  3. 自分
  4. 多分
  5. 例えば
  6. 斎藤
  7. 共感
  8. 人たち
  9. 起業
  10. 社会



『新世代が解く!ニッポンのジレンマ「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論~」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


(硬貨が落ちる音)

新春に放送された
異色のドキュメント。

格差 分断が
世界で進む現実に

若い世代からも
多くの反響が寄せられた。

「アメリカファースト」を掲げ
ビジネスマインド全開にも見える

トランプ大統領の登場後
ますます加速 広がる分断。

8人の大金持ちと
世界人口の半分が持つ資産が

ほぼ同じ。

持つ者 持たざる者を引き裂く
欲望の資本主義。

そんな中 アメリカでは 今

社会主義の成立を願う
若者たちの姿も。

揺れる 経済の在り方。

そもそも マルクスは

資本主義経済が高度に発展した
そのあとに

自由で平等な社会主義が
つくられると考えた。

だが 皮肉にも
社会主義が実現したのは

当時まだ貧しかった 北の大地。

早すぎた壮大な実験は
失敗に終わったのだが…。

必ずしも お金もうけじゃない
っていうところは

まさにポストキャピタリズムを
示してるんじゃないかな。

アメリカでマルクス経済学に
目覚めたという斎藤幸平が

今回の「ジレンマ」のゲスト。

今 社会主義に イデオロギーを超えた
可能性を見いだしている

新世代の経済学者だ。

起業家は まず10億円
稼いでからが勝負だって…。

対するのは
ネットビジネスの最前線で

新機軸を仕掛ける実業家
前田裕二。

前田が立ち上げたのは
誰もがライブ配信できるプラットフォーム。

エンタメ業界に
新たなモデルを打ち出し

注目を浴びている。

そもそも資本主義って
どんな事を目的っていうか

機能を果たしてきたんだろうか。

資本主義を発生の歴史から
研究する 山本浩司も参戦。

産業革命発祥の国イギリスに
10年以上 身を置き

ビジネスと社会の関係を
問い続けてきた歴史学者だ。

人生の選択を間近に控えた
学生たちも集まった。

資本主義が好き?
大丈夫ですか?

それが果たして…

日本でも 産業構造は激変。

サラリーマンが安定とは
言えない時代に

企業を目指すか?
はたまた起業か?

若者たちも揺れる。

新たなマルクス経済学の視点も
交えつつ

お金もうけ 経済のこれからを
語り尽くす。

今日いらっしゃる中で
僕 すごい面白いのは

斎藤さんが マルクス経済学者?
マルクス経済学。

端的に言えば
資本家になりたいっていう事を

実現する手段だと思っていて。
学生たちと話していると

やっぱり 日本の今までの働き方
日本型雇用で働くのは

どんどん難しくなってきていると
感じているんですね。

それに対する
ある種のオルタナティブとして

自分は この階級社会で

これだったら チャレンジして 起業して
資本家になりたいっていう

今日 学生も来てるんですけど
そういうのに

すごい びっくりしましたね
むしろ。

マルクス経済学的に言えば
当然 そういう対立をなくして

資本家の人たちも お金もうけを
しなきゃいけないっていう

そのプロセスに追われて
生きているわけですよね。


そういうのからも解放して
あげようじゃないかっていう…。

ちなみに僕も「搾取」って
ふわっと使っちゃうんですけど

もともと「搾取」って
どういう意味なんですか?

もらっている 労働者たちが
自分が支払われてるお金以上に

一日において労働者が
価値を生み出している。

うんうん…。

資本家は労働者に
給与の分より多く働かせ

もうけを確保する。

これを「搾取」と
マルクスは呼んだ。

生産手段を持つ事で
資本家が富を蓄積する事を

批判したのだ。

搾取され続けた労働者たちは
やがて団結して 資本家を打倒。

自ら 自由で平等な
社会主義経済をつくる…。

そうマルクスは主張したのだが。

どうしても
資本主義 回すためには

労働者を搾取するって事が
絶対 必要?

そうですね。 利潤を 資本を
増やしていくっていう事が

資本主義の
根本的なメカニズムだとすれば

そのためには必ず…

そうなると…

そうですね。 お金もうけをしない
っていう状態になった方が

むしろイノベーションとかも
出てくるかもしれない。

お金もうけのためだけに
イノベーションをしていると

それが むしろ
視野が狭くなったり

本来であれば つながるような
チャンスがあるところも

特許とか お金の関係で
遮断されてしまってるところが

取っ払われるわけですから。
それこそ SHOWROOMとかで

共感とか応援を受ける事を
目的としてる人がたくさんいて

あんまり その参加者自体は
お金もうけじゃない…。

違いますね。 ていうか
それもまた逆説的なんですけど

お金目的でやってる子ほど
お金は多分 集まらないんですね。

共感って
そういうものなんですよね。

それこそ何でもいいんですよ。

「武道館で いつか
ライブしてみたい」でもいいし

ずっと… 例えば
「自分は昔 引きこもりで

全然 外に行く事が
できなかったけど

アイドルを見て救われたから
自分は今度 アイドル側に回って

救う側に回っていくんだ」っていう
ストーリーに誰かが共感して

そこにお金が投じられるとか
そういったものなんですよね。

前田による 誰でも動画を
ライブ配信できるプラットフォーム。

応援したい表現者に 見る人は
有料のデジタルギフトをプレゼント。

そこに利潤も生まれる。

「共感」が このビジネスの
カギだというのだが…。

企業体として回るって事は
結果的に 一方で

誰かの何かを搾取してるって面も
多分あるわけだよね。

分かんないけど。 分かんない…
斎藤さん的に言うと。

分かんないけど。
(斎藤)だから 今だと…

参加してる人たちも
自分たちでコンテンツをあげて

その中で楽しくしてる。
同時に そういう

フリーであげられたコンテンツを
もとにして

YouTubeなり SHOWROOMさんなり
利潤を上げているっていうのは

それまでの 工場で労働者たちが
たくさん搾取されている

みたいな状況とは また違う形で

新しい富を生む形態に
なってきているのかなって…。

単純に「搾取」って言えなく
なってるんじゃないですかね。

斎藤さんからすると
その あからさまな搾取と

でも みんなが意外とハッピーな
搾取で回ってる社会って

どっちがいいですか?
だから あからさまな搾取が

難しくなってきてるってところ
あると思うんですよね。

単に モノをたくさんつくって売る
っていうモデル自身も

行き詰まっていますし。
それはそれで別にいいんですか?

依然として そういう意味では
搾取は続いているので

もっと違う在り方があるんじゃ
ないかなと思っていて。

山本さんは
歴史がご専門ですけど

共感をもとに仕事する
みたいな事って別に

今始まった事でも…
なんか昔からあるんですよね。


例えば 300年ぐらい前の時でも
例えばイングランドだったら

すごく 国内で投資… まあ要は

投資する対象が
どんどん増えていく時期

というのがあって ちょうど
イングランド銀行が始まって

それでベンチャー企業
バーッと出てくるんですよね。

コーヒーハウスに いろんな人たちが
ビラを配っていて

そこで 例えば
「私たちは ここに水を…

新鮮な水を
飲めるようにします」と。

「そしたら すごくいいですよね。
生活の質も上がりますよね」と。

かなり あの手この手で
それこそ

投資をしてくれるかもしれない
その人たちの

関心とか興味とかを買おうって
ずっとやってるんですよね。

今で言う…

極めて近いと思ってます。

ただ 内心それは
お金もうけなんですか?

それとも 本当に
社会的にいい事をしたいって

そういう活動をしたのか どういう
場合が多かったんですかね?

それが すごく面白くて
実際に 今 おっしゃったように

これ本当なんだろうか?
っていうふうに当時の人たちも

やっぱり思ってたわけですね。

これ結局 ただ 私利私欲を追求
してるだけなんじゃないかと

疑問とか批判っていうのは
常にあって。

だから それ自体も新しくない。

前田君の周りの起業家とか
前田君自身も

私欲追求型の起業家って 最近
あんまり… いないっていうか

流行んない気がするんだけど。
少ないです 本当に。

それ 本気で言ってるの?
本気で 私欲じゃなくて

社会のためとか こんな社会
つくりたいって言ってるのか

それとも 私欲が恥ずかしいから
そういうふうにしてるのか。

いや 多分 欲求階層を
上ってるだけだと思ってて。

多分 一定のところまで 自分の
コップは満たされてんですよ。

だから お金が増えても
そんなに幸せじゃないなと。

その次の段階の幸せを
もたらせてくれるものは

何だろうと考えた時に
自分が利他的な行動を起こして

世の中に対して 社会的な価値を
与えた時に返ってくる…

実際 今日 学生さん
いらっしゃいますけど

起業したいなって思ってる方って
いますか?

おっ!
3人。

どうですか? 今の話を聞いて。

大阪市立大学のイノウエです。
(斎藤)うちのゼミ生です。

あら マルクス経済学の先生から
起業したい。

(前田)めっちゃ面白い構造ですね。

矛盾がちょっと…。
最初 言ってたの 彼。

なんか 今
利潤を追い求めたら

あんまりよくないっていうふうな
風潮になってて。

まあ ずっと僕も結構
資本主義が好きだったので…。

資本主義が好き?
大丈夫ですか?

あんまり 主義として好きって
言わないでしょ。

むしろ当たり前になってて…。

(イノウエ)なんか分かりやすくて
楽しいなって思うんですけど。

それで 特に斎藤先生は

社会主義なので
ちょっと聞きたいなっていう。

そんな分かれてんの?
分かりやすく。

(イノウエ)
興味があるっていうか。 その
利潤についての話なんですけど

NPOとかって結局 社会に対して
価値を出そうとしているもので

価値が出なかったら 利潤を
つくれなかったら NPOと言って

価値が出ちゃったら
普通の株式会社っていうふうに

言ってるようにしか
感じないなっていうふうに

今の話を聞いてたら
思ったんですね。

…っていうところの違いって
何なのかな みたいな

という疑問があります。
僕自身は 自分自身

利益を追求してからじゃないと
人の事なんか

自立してない人間が 人にアプローチは
できないんじゃないかなって…。

そうですね。
ざっくりまとめると ですけど。


すごいシンプルな。
(イノウエ)そうです そうです。

(硬貨が落ちる音)

お金もうけがしたい。

更に富を増やしたい。

そんな人間の欲望に
免罪符を与えたのが…

自らの欲望に従い

それぞれが
お金もうけを追求すれば

結果的に分業が達成され
社会は豊かになる。

それを「見えざる手」と呼んだ。

スミスの理論を根拠に
資本主義は膨らみ続けてきた。

だが 実は スミスは
倫理学の書も残している。

利己心だけでなく
他者への共感が社会の要だとも

説いているのだが…。

こういう お金もうけしたいって
学生さんに対して

斎藤さんは 何て言うんですか?
やっぱり 日本自体の経済が

マクロで見て
行き詰まってくる中で

やっぱり起業をしたい
僕は それが

チャンスがあってやったんだ
っていう考え方の背景には

やらなかった人は自己責任
なんだよ というところが

どうしても セットで
くっついてくる事が多くて。

でも パイが
実際 狭くなってきたら

君だって
失敗しちゃうかもしれないし…

そういうところに想像力を
向けたらどうかなって…。

確かに政策的には起業家って
すごい都合よく扱われてて

最近 日本でも「起業をたくさん
増やしましょう」みたいな事

国が言ってますけど 日本経済を
成長させろみたいな感じで

すごい公的なミッションを
背負わされてるのに

でも本人は自己責任で 失敗したら
切り捨てられるっていう

すごい 体制側から見たら都合いい
存在でもあるわけですよね。

だから それには すごい
欺まんを感じるんですけど。

でも思うのは
斎藤さんが言うみたいに

もしも 資本主義って
そういう…

乗り越える事はできるって思って
いろんな研究してるんですか?

そうですね。
歴史的に資本主義っていうのは

ここ数百年のシステムであって

今 出てきている傾向性を
最大限に推し進める事によって

資本主義を超えた…
僕は最近 社会主義じゃなくて

「ポストキャピタリズム」と
呼んでるんですけど

ポストキャピタリズムにいけるんじゃないか
っていうふうに考えてますね。

それ どんなイメージなんですか?
ポストキャピタリズム。

どんどん オートメーション化が
進んでいく中で

労働時間を減らすチャンスが
出てきている。

2個目は 今言ったみたいな
情報とか知の

どんどんフリーになった 無料な
共有みたいなのが進んでいる。

3つ目は シェアリングエコノミー
みたいな

モノの社会的なシェアである
っていうのが進んでいく。

そうすると やっぱり
資本主義の根本原理である

私的所有とか
価値を追求するとかいう原理が

みんなで
シェアするようになったり

共有するようになってくると
揺らいできちゃうと思うんです。

そこに ある種の突破口が
見えてるんじゃないかなと。

(山本)なんか 僕 そこで
ちょっと伺ってみたいのは

そこで もしも所有みたいなものが
なくなってしまうと

競争って そもそも どうやって
するのかなっていうか

競争そのものが要らないって話に
なるのかどうかっていうのが…。

そもそも シェアリングエコノミーとか
今おっしゃったところの

オートメーションとか いろんなものを
可能にしているものが

どうやって つくり出されたのか
って考えると

やっぱり いろんなところで
例えば シリコンバレーで競争したり…。

そうですよね。
ただ よく言われる例ですけど

例えば オープンソースなんかの
例で言うと

Wikipediaとか
Linuxみたいな感じで

みんなは別に競争しないで
他人と貢献してシェアしたい

っていう気持ちから あれだけ
大きなプログラムとかが

出来たりするわけですし
シリコンバレーの例も挙げられましたが

それであれば
クラウドファンディングみたいな形で

そういう挑戦心のある人を
応援したいっていう人たちも

出てきてる…。
(山本)けど クラウドファンディングって

まさに資本主義じゃないですか?
資本主義を超えるような

今までみたいな
資本をいっぱい持ってないと

大きな企業をつくれない
っていうモデルから

むしろ 誰でもチャンスがあって
水平的で

分散化したようなモデルで

新しい社会的起業を行える
っていうのは

全然違う資本主義の在り方に
なってきてるわけですよね。

けど なんか それって
僕が実際に研究の対象としてる

300年前のイギリスと そんなに…
まあ ちょっと もちろん

語弊があるけれども 似てる部分も
多いような気もしていて

ちょっと ここは いっちょう
共感を求めるようなメッセージで

新しい会社つくってみようかな
ロンドン行って ちょっと

一発勝負してみようかな。
で そうすると

クラウドファンディングが 当時 やっぱり
可能になっていったわけですよね。

面白いのは
そういう新しいビジネスが

イギリスの時よりも
更に どんどん どんどん

グローバルな規模で 人と人を
つなげるようになっていって

物もさえ 知識も物もどんどん
共有するようになっている

というところに 全然 資本主義と
違う原理が出てきちゃう。

そのネットワーク化されてる状態
っていう点は

多分 300年前とは全く違う。
規模が違う。

速度も違うかもしれない。
それを支える技術が

全然 変わってるから
速度が違うし。

それって「ポスト資本主義」とも
言えるし 逆に

資本主義の行き着く先っていうか
資本主義が より徹底された

共感とかさえも商品になってきた
時代とも言えるわけですよね。

それはそれで別にいいんですか?
ある意味 それが

人と人のネットワークが強まってきてる
っていう側面は…。

じゃあ 斎藤さんが描く未来と
前田君がやってる事って

近いっちゃ近いですか?
そう だから そういう

新しく出ている技術
っていうのは

実は
さっきも おっしゃられた話で

必ずしも お金もうけじゃない
っていうところは

まさに ポストキャピタリズムを
示してるんじゃないかなと。

過渡期だから 今 説明しにくい
現象が起きてると思うんですよ。

例えば Uberとかだって
上場しますとかって言ったら

上場して
資本市場でお金を集めたら

資本主義の仕組みの中で
ロジック動くじゃないですか。

Uberは 世界80か国ほどで
展開されている

アプリで車を呼べるサービス。

一般の人が
客にもドライバーにもなる。


シェアリングエコノミーの
実践例として 注目を集めている。

ただ一方で
消費者側に目を向けると

消費者は所有ではなくて
共有っていう。

つまり… 入れ子の構造に
なってんですよね。

消費者は共有でOK。
奪い合いとかじゃない。

でも 運営してる側は
めちゃくちゃ奪い合いです。

タクシーも
倒さなきゃいけないし

他のシェアリングエコノミー
Uber2みたいなの出てきて

Uberのビジネスモデル パクって
誰かがやろうとしても

それは潰さなきゃいけない
じゃないですか。

だから そこが 資本主義が
自分が作り出している可能性を

抑圧しちゃうポイントになってて。
だけど 資本主義にいる限り

Uberは それを
絶対 手放せないから

そこが まだまだ これから
ある種の… 古い言葉を使えば

「階級闘争」っていうのが
必要になってくる。

例えば
SHOWROOMみたいなビジネスで

シェアを広げていきますよね。
はい。

それで
ここまで広がっていったのに

そんなに広がっているのは
不当だと。

独占に近づいてるって言われたら
どのようにお感じになられる?

いや でも なんか…

そのとおりなんですよね
それって。

それ 僕らが抱えてる
ジレンマなんですよ それこそ。

へえ~。
(前田)だから

一強になってしまうと
まさに おっしゃってるとおり

ゆがみが… ゆがみの構造に
なっちゃうんですよね。

だから既存の…
例えば 僕らで言うと

エンタメ業界の
権力の偏りの構造が

ちょっと違うねって思ってるから
それを分散させるために

個人でも それこそ
歌を歌ってとか

踊りを踊ってとか 楽器を弾いて
一定… 例えば

生計を立てられるようになるまで
ファンをつけるっていうのが

僕らのやってる事なんですけど
それが成り立っている裏側で

価値が どんどん
ついてきてしまって

僕らに権力が
寄ってしまうんですよね。

それは 目指す未来とは
ちょっと違うっていう。

そうなんですよ。
その行き着く先は 本当は

僕らに寄った権力を バーッと

分散させていくような事だろうな
って思ってるんですけど。

その分散っていうのは
前田さんみたいな社長さんが

やりたいって思ったら
資本主義のもとでは できない?

できないですね。
やっぱり 知識を独占して

労働者たちから取り上げる
っていう事をやった

そういうのを進めていったのは
まさに資本主義のロジックで

それをもう一回 でも これだけ
ネットワークが進んできたら

知とか情報を
もう一回 自分たちの側に

取り戻せるんじゃないか…。
「自分たち」って誰なんですか?

まあ 資本家じゃない人たち。
ちょっと立場が出ちゃって…。

でも マルクスの時代って
それこそ 工場を持ってないと

資本家になれなかったとか
だと思うんですけど

今って別に ほんと
タブレットとかスマホとかで

ビジネスとかできちゃう時代だから
資本家と労働者って 昔ほど

強固な対立関係でもないのかなと
思えちゃうんですけど…。

僕は やっぱり そういう…

やっぱり 非正規の人とか

非常に生活が 毎日 苦しい中で
日々の生活に追われていたら

そういう事を考える余裕もないし
とにかく彼らが求めているのは

チャレンジしてワンチャンを
当てる事ではなくて むしろ

日々の安定とか 普通に生活したい
って事なんじゃないかなって。

そういう人たちにも目を向けて
考えていく方が重要なのかなって。

非常に 貧困率とかを
見ていくと

苦しい生活している人が
極めて多くなってきているので

かなり追い込まれている人たちも
多いっていうのを考えると

その人たちに 「起業しろ」
「チャンスはあるぞ」って言うのは…。

確かに それは極端だと思ってて

国の いろんな フリーター支援とかの
政策とか いろいろ見てると

フリーターになるか 起業するか
みたいな極端な事を迫ってて。

だから フリーター問題に関する
報告書なのに 最後の結論が

「みんな起業しましょう」みたいな
感じになってて。

さすがに それは
無理だなと思うんですよ。

でも 起業って実際
どのぐらい大変なんですか?

う~ん なかなか
大変なんじゃないですかね。

折れない心があればね。
逆に

やめなければ成功するって
モデルになってると思ってて。

ほんとに資金調達の難易度が
下がってるんで。

ただ 起業して いろんな困難
というか壁が立ちはだかる時に

壁をぶち破れるかどうかっていう
精神力って あると思うんで

誰もが起業すべきだとは思わない。
どういう壁があったんですか?

例えば 急に… まだ社員が
10人 15人しかいないのに

10人ぐらい
辞めるって言いだすとか。

さっきも 起業したいって
学生の方もいましたけど

すすめますか?
起業したい人に対しては。

モチベーション超高ければ
ほんとに僕は すすめますね。

例えば 今から話す…

起業すると起こる嫌な事
全部話すけど これが起きても

全然ハッピーに働けます
っていう

打ち返せますって思うんだったら
やった方がいいと思うんですけど。

逆に それができないんだったら
安定した何かを求めた方がいい。

結局 理想の社会 選択肢が
広がっていけばいいと思うんです。

それを広げていくために
じゃあ それが広くなったんで

これまでのように
安定した生活をしたい人たちは

前よりも苦しくなるかもしれない
けれども それは

選択が広がったのにも
かかわらず…

だから そうならないように
もう一個

違う対案っていうのを出していく
必要があると思っていて

社会的に 今までの日本型雇用も
難しくなっている。

かといって起業を みんなに
求めるのは酷だってなった時に

イギリスなんかだと
新しい案が出てきていて

ピケティの話をよく この番組でも
してると思うんですけど…。

資本主義が生む格差を分析した
「21世紀の資本」が

世界中でベストセラーとなった
トマ・ピケティ。

ピケティが提示し
有名になった不等式。

過去数百年の膨大なデータから
資本の収益率は

労働による賃金の伸びより
大きいと実証した。

富める者が より富むのが
資本主義の定めなのか?

rがgより大きい 資本の収益率が
経済成長率よりも大きいから

資本を持ってる人は
どんどん お金持ちになって

格差が広がっていくって議論が
流行ったじゃないですか。

ピケティは その時に
課税をして再分配していこう

rを抑えようって話を
とるんですけど

今 イギリスで出てきてるのは
コービンたちが言ってる話で

rを だったら労働者たちが
自分たちで取ってしまえばいい。


協同組合みたいなものをつくって
自分たちでrを管理すれば

この問題を解決できるんだ
というのが出てきてるんですよね。

一部の資本家に
利潤が集まりにくい構造を

つくるって事ですか。
(斎藤)そうですね。 だから

企業が 後継ぎいないから
どっか売るってなった時に

労働者たちに
先買い権みたいなのを与えて

このビジネス買いますか?
というオファーを出すんですね。

労働者たちが買うって言ったら
その企業が ある種の協同組合で

労働者たちが自分たちで
生産を管理するような

一つの企業になって…。

一方で ただ
実際 会社やる時って

特に初期って ピラミッド形の
構造とかにしないと

なかなか難しい時もないですか?
命令系統も しっかりして

ちょっと兵隊っぽい人がいないと
回らない時期とかっていうのは。

絶対あると思います。
(山本)それを今言ったような

水平的なメカニズムで

実際に どのくらい
できるんだろうかっていう…。

素朴には疑問に思いますね。
そこの中で

人間の能力の差っていうものを
どう考えます?

完全に平等かっていうと
そうある必要はないと思っていて。

責任ある社長みたいな
代表の人がいて いろんな…

その人の年収が高かったりしても
もちろん いいと思うんですけど

その時に そもそも
経営とか いろんな事に

関わりもできなかった
立場にいた時と そうやって

自分たちで協同組合的に
運営していく時では

全然 その労働の中身みたいなのが
変わってくるんじゃないかなって。

その労働の内容も
協同組合的に水平的に

決めていけるようになったら
少しは まともな労働環境が

実現できてくるんじゃ
ないかなって。   うんうん。

赤木さんは しぶしぶ働いてます?
うっ…。

私は どっちかというと
性格的に

そんな決定できるような自信も
ないですし

あの… 平でいい
っていう方なんですけども。

今の話って 労働者に
当事者意識を持たせた方が

社会全体の生産性が上がるという
社会の論理っていうか…。

労働者一人一人に聞いてみると
確かに 今 赤木さんみたいに

「いや 当事者意識とか
言われましても…」って

正直 思う人はいるかもしれないと
思います。 確かに。

奪われてる状態で聞いても
絶対それは

「そんな事言われたって…」って
なっちゃうと思いますね。

そもそも 当事者じゃなくなってる
ような状態にされてるから。

実際に与えてみたら
そういう経験を通じて

自分たちで会社を
どう運営するのかっていう

民主主義的な経験が
どんどん広まって…。

(山本)そこで「民主主義」っていう
言葉が出てきたの

すごい大事なのかなと
思うんですけど

結局 みんなが
大統領とか政治家みたいな

たくさんの決定権とかが
必要だっていう事じゃ

多分 ないんですよね。
そうじゃなくて 恐らく

なんらかの形で町内会に
関わるのと同じような感じで

例えば 仕事も
そこで働いてる会社にも

町内会的な感じとか
PTA的な感じとか 自治ですよね。

いきなり みんなに「決定権
欲しかったら起業しろ」と言うと

すごいハードル高いと思うんですよ。
だけど もしかして…

でも 会社を変えるにしても
社会を変えるにしても

フリーライダーが一番お得なわけじゃ
ないですか。 個人的に考えたらね。

自分じゃなくて
誰かがやってくれるのを待って

誰かが変えてくれるのを見てる
っていうのが一番お得だけど

そうじゃなくて
みんなを参加させる仕組みって

どうやって つくれるんですかね?
だから やっぱり まず…

みんなが ちゃんと参加できる
ような規模にはしていく。

さっき最初に言ったような 知とか
情報とか テクノロジーが

どんどん共有されるように
なってくると 小さい企業も

大きな企業と同じような商品を
つくれるようになっていく。

そうしたら 経営にも
どんどん参加できるから

民主主義的な経験が
できるんじゃないか。

ポイントは「はね返り」だと思うんです。
はね返りを感じないっていうか

自分の影響力を感じない規模感
というのが よくないと思ってて。

何でもそうなんですけど
テレビと LINE

どっちが楽しいかっていうと
LINEだと思うんですよ。

はね返ってくるから。
インタラクションがあるから。

そういう意味では はね返りのいい
メディアをおつくりになったと…。

そうそう。 僕は はね返りが
一番大事だと思ってるんで。

他の分野でも 少しずつ そういう
はね返りを感じ取れるような

そういう経験が
少しずつ積み上げていければ

エンパワーメントじゃないけど
こういうふうに できるんだって

例えば 政治においても
自治においても…。

だってエンターテインメントでも
それできる技術がある事が

証明されてるわけですから。
違う分野でも。

(硬貨が落ちる音)

富を生む仕組みは
時代とともに更新されていく。

その時
市場を動かす欲望も変わる。

心の底に眠る
欲望の形を見つめて…。

ただ やっぱり
人間の欲望ってもの自体は

もっと根源的っていうか。
やっぱり昔から

体をすごいきれいに飾りたいとか
いろんなものを所有したい

海外の すごい美しい宝石が欲しい
っていうもの自体は

資本主義どころか もっと何千年の
歴史があるわけじゃないですか。

だから もっと
根源的に考えた方がよくて…

山本さんは
資本主義の始まった時代とかに

すごい詳しいわけですけど
資本主義って どうなんですか?

終わりそうな感じ あるんですか?
実際には

簡単に終わらないんじゃないかな
っていうふうに考えてます。

やっぱり 人々が何かを欲しいとか
欲望を

すごく巧みに駆動させる
そういうシステムとして

出来上がってきた
経緯っていうのが

少なくとも この500年ぐらいでは
あるように感じていて。

いきなり なくなるっていう事は

それは ちょっと
ないんじゃないかななんて。

もう一個 考えなきゃいけない
要因としては

エコロジーだと思うんですよね。
結局 欲望を突き進めていって

大量生産 大量消費の社会ができて
それに基づいて

資本主義って
成長してきたわけですけど…

温暖化とか
最近だと「第6の絶滅期」とか

言われてますけど そういう側面も
結局は考慮に入れていかないと

生きていくっていう事自体も
危ぶまれた時には

そんな欲望とか言ってられない
っていうふうに思う世代が

出てきても
おかしくないのかなって…。


でも 資本主義体制下に生きる人も
そんなバカじゃないから

やっぱり今も 二酸化炭素の
排出量を減らしましょうとか

折り合いつけて
うまくやってきてるようには

見えるんですけど
それで まだ足りないんですか?

やっぱり不十分ですね。

(崩れる音)

一方で 僕 結構 欲望って…
僕らの欲望が進化する

すっごい大事な時期に
生きてると思ってるんですよ。

なぜかっていうと 繰り返し
こればかり言ってるんですけど

インターネットが登場した事によって
僕らの利他的な行動が

瞬時に可視化される状態に
なってるじゃないですか。

これ すごい… 僕 歴史を見ても
大事な事だと思ってて。

今って 例えば 僕ら
この収録が終わったあとに

外で車にひかれそうな少年を
「危ない!」って救ったら

誰かが動画撮ってて
「古市マジヒーロー」って

Twitterで拡散して
その利他的な行動は

多分 古市さんの社会的価値を
上げますよね。

それこそ マーク・ザッカーバーグが宝石を
買ったりしないじゃないですか。

基本 全資産をバン!って

寄付するじゃないですか。
いいために使ってる。

それは やっぱ インターネットが
可視化している利他的な行動か

すごい大事だと思ってて。
更に その行動は

加速していくはずだと
思ってるんですよね。

今って そうだと思うんで。

あとは多分…

例えば 町で交通事故救うとか
誰から見ても分かりやすい

利他的な行動は
評価されるだろうけど

評価されにくい
利他的な行動とか…。 だから

いかにも貧困者じゃない貧困者を
助けるとかって事は

多分 なかなか称賛されにくい…
って事を考えると そこでまた

どうしても救われない人が
出てきちゃうというか

そこは どうするんだろうって
問題が それは残りますよね。

そうすると 結局それは
ビジネスとしての

ある種の共感ビジネスというか…
なってしまっていないのかって

そこに光と影で 影の部分が
あるんじゃないかっていう事に…。

共感とかって 時代によって
どんどん変わっていく

ちょっと不安定なものでも
あるんじゃないかなとは

思ったりして。
そうなんですかね。

共感って すごい曖昧なものを
ベースに社会つくってくと

確かに 怖さみたいな不安定さは
多分ね ありますよね。

確かに定義しにくいですからね。

共感って 「共感」って言葉の中に
好きとか 感情移入とか

その事ばっか考えちゃうとか
マインドシェアを奪われるとか

そういった細かいものが全部
バーッと入って まとめて

「共感」って言ってるんで そもそも
定義が不安定なんですけど。

最近は それを数値化しようとして
「いいね!」の数にしようとか

それこそリツイートの数にしよう
とか なってくると

最近で よく言われるのが
アテンション・エコノミーみたいな感じで

要するに炎上させて
数さえ稼げば それでいいんだ。

それが企業のもうけとか 知名度の
向上につながっていくんだと。

それは反感を集める事によっても
共感を集める事によっても

同じくビジネスが回る
かもしれないといった時に

どういうふうに それを…。
(斎藤)だから そこは やっぱり

フェイクとかの次元を
どう扱っていくかって重要で…。

フェイクでも注目さえ集めれば
アテンション・エコノミーの中では

それで
成り立っちゃうわけですよね。

そうなってくると もう
何でも注目さえされれば

それでいいっていう話に
なってしまうと 信頼とか

真理とは何かとか そういうのも
どんどん揺らいできちゃって。

そしたら さっき僕が言ってた
民主主義的なものっていうのも

多分 どんどん
揺らいでいっちゃうので。

新春の 「欲望の資本主義2018」。

とりわけ大きな反響を呼んだのは
気鋭の哲学者の言葉だった。

やっぱり今は 資本主義が
絶えず新しいものを

見つけ続けなきゃいけない
っていう点に関して言うと

すごい困難に直面していて

もう 技術革新の猶予もないような
状態まで来てる。

そうなってくると…

そういう中で やっぱり
共感みたいなものまで どんどん

商品化されちゃうっていうか
これは なんか いいんですかね?

(斎藤)だから 共感を
ビジネスにするっていう事で

一時的な先のばしにはなってると
思うんですけど

やっぱり 車とか
iPhoneみたいなものに比べたら

雇用する人数も全然違うし
そこで動くお金という意味でも

資本蓄積の観点からいっても
全然小さいと思うので

やっぱり行き詰まるのは もう
早晩くるかなっていう気はします。

ただ同時に ちょっと
歴史的に振り返ってみて

そもそも資本主義って
どんな事を目的っていうか

機能を果たしてきたんだろうか
っていうふうに考えると

それぞれ その時その時に
やはり解決できない

政府だけとかでは解決できない
ような問題というのがあって

もしくは 例えば自治してる人たち
だけでは解決できないような

資本を集める必要があるような
問題があって

それを その時その時に
解決してきたっていうように

見る事もできると思うんですね。
だとしたら 今そういった

じゃあ 自然環境を考えないと
危機的な状況になってると。

それを解決する時に じゃあ
どういうふうにビジネスが

それをチャンスにできるのかって
考える事も できると思うんです。

ビジネスは そういう意味では
資本主義のもとで

いろんなイノベーション起こしてきたのは
事実だと思うんですけど

それが ある程度までいくと

更なるイノベーション
更なる協力関係とかを

つくり出すためには
足かせになってしまう。

多分 特許とかが もう
すごくなっちゃってるわけで。

じゃあ 例えば
そうすると 自然環境を

例えば オゾン層にしても
温暖化にしても

ビジネスチャンスにして
生かしていきたいと思っても

競争してる会社で

足 引っ張っちゃったりとか
特許競争になっちゃって

足の引きずり合いになっちゃって
…って事ですか?

そう。 だから
それが資本主義のジレンマで

もし ほんとに発展させたかったら
もっとオープンソースとかで

フリーに シェアできるように
してったらいいんだけど

でも そうしたら 出来る製品も
すごい安くなっちゃうし

利潤 上げられなく
なっちゃうわけですよね。

山本さんから見てシェアリングエコノミーとか
今 出てきたような事例は

資本主義では
反りが合わないものなのか

それとも 資本主義の枠内で
考えられるものなのか。

僕は それは枠内のもの
なんじゃないのかな

というふうには感じますけど…。

全く新しいものというよりも
むしろ 昔からあるものの

ちょっと変形系にすぎない…。
そうですね。

今までだったら
新聞買ったり 本買ったり

CD買ったりしなきゃ
いけなかったのが

どんどんコピーされて 一瞬で
全く同じクオリティーのものが

どんどんタダで 場合によっては
拡散していくってなったら

実際 CD会社にしても ジャーナリズム
にしても脅かされてるわけで

既存のモデルって どんどん
壊れていくと思うんですよ。

でも それでも音楽業界は
「CD売れなくなりました」。

でも 「じゃあ ライブ増やしましょう。
ライブの物販で売りましょう」って

結局 お金もうけの仕組みとしては
回ってるわけで

結局 形態が変わってるだけ
なんじゃないかなっていう

気もするんですけど。

(硬貨が落ちる音)

まだ イノベーションと
呼べるほどの市場規模には

全然ならないっていうのが
あるかもしれないですね。

ライブエンターテインメントって
そんなに大きくないんで。

だってね 東京ドームとか
日本におけるライブの箱って

数に限りがあって ライブできる
回数にも限りがあって

そんなに スケール
しませんよねっていう。

だから お金で見ると
それぐらいのスケールなんだけど

なんか 違う何かが
確実にあるって事ですよね。

だから それは多分 僕は最近
よく言ってるんですけど

「可処分精神」って話なんですよね。

人の… 要は

企業とか サービスって
何かの奪い合いをして

進化を遂げてきたと
思ってるんですね。

多分 50年前ぐらいから起こった
奪い合いの歴史というのは…

もっと前ですね
多分 今の話でいうと。

テレビをメーカーが作って… Panasonicも
SONYも テレビを作って

どのテレビを買うか 消費者の
選択の時に選んでもらうという

可処分所得の奪い合いですよね。
その次に多分 20年前ぐらいから

Googleが出てきて
インターネットが出てきて

Googleと Yahoo!
どっちに時間を使うかという

その「可処分時間の奪い合い」に
移っていったと思ってますと。

それがもう 今日まで続いてると
思うんですよ。 僕らの時間が…。

多分 お金って増やせるけど
時間って増やせないから

時間の方が価値が
大きいじゃないですかと。

結局Facebookも 今 世界中で見て
時価総額上位にいる人たちって

可処分時間を奪いまくってる
人たちなんですよね。

その次が何かって考えると

僕は やっぱ マインドシェアだと
思ってるんですよ。

可処分精神って 僕らの精神って

割ける… 何かに振り向けるのには
限界があるから

その100%の可処分精神を
ちゃんと振り向けられる…

ちゃんと たくさん奪える主体が
勝ってくと思ってる中では

多分 さっきのエンターテインメントの話は
ライブとか映画って

すっごい 人の可処分精神
奪ってるんですけど…。

(硬貨が落ちる音)

ただ なんか
時間を持ってる会社が

時価総額が高いっていうのは
何となく分かるんですけど

でも マインドがお金になるって
どういう状況なんですかね?

あんまり想像ができないというか
そもそも 時間にしても

最近 「タイムバンク」とか
個人の時間を

どんどん切り売りするみたいな
会社とかが多いじゃないですか。

時間までが商品になる
っていう資本主義は

果たして持続可能かっていうと
どうなんですかね?

いやあ どう考えても
持続可能じゃないと思いますね。

利子なんかが そもそもね
「信用」とかって時間を

買ってるっていう意味では
古典的な商品だと思うんですけど。

やっぱり こういうモデル自体が
かなり…

前田君は そこの… まだまだ
業界は成長するとは思ってる?

それとも無理があるのか?

さっきの可処分精神を
正しく奪っている

企業体やサービスや
モノや人が

永続的に繁栄し続ける
っていうのは すごい思ってます。

多分 その究極の形が
宗教なんですよね。
うんうん。

それこそ どんどん
商品 生産的なものから

離れちゃってるような
気がしますよね。

その方がいいっていうふうに
考えるって事ですか?

だから そういう全く異質なもの…
今まで私たちがイメージしてる

資本主義の その売り買い
みたいなモデルが

結構 もう全然違うところに
行き着いて

今は何とか それを お金もうけの
手段に取り組んできてるけど

それが この僅か10年20年のスパンで
ここまで変わってきちゃったら

50年とかのスパンで考えたら
全然違う社会が。

そもそも…

幸せになったり コミュニケーションは
どんどん とれるかもしれないが

GDPって旧来の指標においては
測られないようなものが…。

「幸せ」って 数値化されて見えて
こないんですよね 経済の中で。

それが ある種 再生数とか
PVとかに転換されて

そこに広告がついて
その広告市場ってところで

GDPで見えてるって
言うかもしれないんですけど

多分まだ ちゃんと数値的には
可視化しきれてない部分って

多いと思ってて。
(斎藤)可視化しきれない次元が

一人一人の人生とか
日々の日常において

すごい大きな意味を
持つようになってきてる。

でもそれ すごいファシズムっぽく
なっちゃいません?

宗教と資本主義が合体して

国家社会主義的なファシズムっていうか
すごい気持ち悪い社会に

なっちゃうんじゃないかなと
思うんですけど

それでいいのかな?
なんか… 分かんないですけど。

(山本)けど それは 要は…

いろんな…。 多神教なんですよ。
1個じゃない。

危険性としては
そういうプラットフォームが

Facebookだけとか
Googleだけになっちゃったら

危ういところはあるけど それが
もし もっと分散されていけば

っていうのは ありますね。
(前田)でも そうなんですよね

トップページがないなって
最近 思うんですよ。

YouTubeって
トップページなくないですか?

確かにね。 自分によって違うしね。
人によって多分違うし。

開いた瞬間 多分 猫の動画とか
たくさん出てくる…。

多分 その人のカスタマイズされた
好きなものが並んでて。

すごい分散的で
多神教なんですよね。

だから ファシズム的になるかというと
ちょっと違うと思ってて

猫 好きで好きで しょうがないん
だよねっていう人たちの

濃いコミュニティーみたいなものが
もう無数に存在していて

その中で経済が回るっていう
状況だと思いますけどね。

猫好きは猫の中で
ずっと暮らしてくっていう…。

(前田)
嫌になったら犬に移ればいいし。

でも 犬好きとは
基本的に関わらないで

生きてくわけですよね。
それでもいいのかな?

すごい内向きな感じに
なっちゃいませんか?

あっ でも別に 猫好きであり
時には 猫じゃない何か…

アニメ好きでありとか。 だから
いろんなコミュニティーに

同時に属するような感じに
なるんじゃないかなと思います。

抜けたり入ったりするのも
自由だし。

(猫の鳴き声)

(猫の鳴き声)

今 話していたような

新しいように見える
そういった資本主義の中の

何ていうか 光と影と
両方あると思うんですけど

その影の部分って何なんだろう
っていうのは すごく気になる。

僕も分からないから話してみたい
っていう事だと思うんですけど

例えば 一つ考えられるのは
可処分時間を奪い合うと。

その中で どんどん
「マインドエコノミー」というふうな

キーワード出されてましたけども
そういった 人々の気持ちも

要は 奪い合う対象にしたい
っていうふうになってった時に

じゃあ これまでだったらば

7時間寝れたとか
6時間寝れたっていうのは

どんどん どんどん
そういった時間を奪い合って

これもしたい あれもしたい
この人と こんな事もしてみたい

っていうふうに やっていくうちに
どんどん どんどんと

睡眠時間が
減っていくかもしれしない。

睡眠時間は減りそう。
うん。

(山本)それに関しては

減っていく事に関して
睡眠時間を守る事を

ビジネスにするって事は
ありえるんですかね?

やっぱり
資本主義の力っていうか

常に どんなものが出てきても
ガブリエルの言葉で言えば

異なるものを また内に取り込んで
商品化していくっていう力がある。

だから 全部が
売り物になっちゃって

その なんかグロテスクさは
すごいありますよね。

さっきの
睡眠時間が削られるのも

別に労働時間を 誰かに指示されて
労働時間が増えて

嫌々労働した結果 睡眠時間が
なくなってるわけじゃなくて

見たくて見たくて
しょうがないわけで

例えば 猫の動画 見たいとか
AKBの動画 見てたいとか

それで削られてるから…。

それは 見たくて
しょうがないんですかね?

(山本)ですよね。

また 欲望ってとこに
戻りたいと思うんですけど

今日 歩いてきた時に 雑貨屋さん
ちょっと入ったんですけど

すごく すてきな小物とかも
置いてあって

あっ いいなって。
今 パッと買えないけど

こういうの買いたいなとか
っていうふうな気持ちを

巧みに駆動する形で みんなが
じゃあ もっと働こうとか

いい仕事に就きたいとか
お給料 もっと欲しいとか

っていう事が繰り返されてきたと
思うんですよ。

その時には
何が起こってるかっていうと

消費の欲求もそうだし
あと 人と比べてるんですよね。

(斎藤)
でも そういう欲求だけじゃなくて
資本主義の歴史の中にも

みんなに安定した生活を
実現したいとか

みんなに教育を
受けられるようにしたいとか

みんなが安定して医療とかも
受けられるようにしたいという

そういう なんか 連帯とか

単なる「自分の自分の」っていうん
じゃないような欲望もあって

それが 現実に福祉国家とかを
つくってきてる歴史があるので

必ずしも 資本主義が欲望をつくる
っていう側面だけに

着目しなくても もっと いろんな
側面が人間にはあるんだろうなと。

いろんなサービス… 図書館であるとか
学校教育であるとか

労働組合にしたって
そういうのって やっぱ

人々の つながり合いから
出来てきた制度であって

それは別に 資本主義の商品交換が
つくり出す制度じゃないけれど

今の僕らが生活する中で

極めて本質的なパートに
なってきてるわけですね。

極めて本質的だからこそ
商品化されてないって

言ってもいいかもしれない。
でも 資本主義が生まれる前は

福祉国家もなかったわけですよね。
もちろん そうです。

それは資本主義で 社会がリッチに
なったからって事なんですか?

逆で それより前は

もっと共同体的に
人々の生活を保障してた面が

どんどんバラバラに
解体されていったのを

自覚的に もう一回
アソシエーションという形で…。

それ ほんとですか?

でも 暴力とか 昔の方が
多かったはずですよね。

資本主義が貧困をつくり出した
わけじゃなくて

多分 人間にとってのデフォルトが
貧困であって

平均寿命も昔って すごい
短かったわけじゃないですか。

だから 貧困が当たり前だった
暴力が当たり前だったのが

資本主義によって人々が ある種
豊かになって 暴力は減った。

貧困の人も 当然
残ってはいるけれども

割合としては すごい
今 減ってるわけですよね。

だから その面は認めたうえで

じゃあ次 どうするかって話だと
思うんですけど。

(山本)それが多分 アダム・スミスがとる
ような立場だと思うんですよね。

結局 格差は なくならないかも
しれないけれども

全体として パイが増え続けてれば
それだったらば

やはり そうやって分業が進んで

社会全体の富が
増えていったような

そういったような状況を
つくった方が

格差があってでも 恐らく幸せな
状況なんだろうなっていうのは

アダム・スミスが主張したような
マーケットの望ましい在り方。

それが常に実際に実現していた
って議論は 彼はしてないですが。

ただ… ねえ マルクスだったらば
全く違う審判を下すというか。

だから今の… 例えば左派とか
リベラルの論争っていうのも

経済政策をやって…

まず経済成長しないと
パイが広がらないから

再分配もできないでしょって話か
「脱成長」かっていうので

結構 分断されちゃってると
思うんですけど

前者の意見って結局
トリクルダウンみたいな話と

ほとんど変わらないわけですよね。
成長しないと再分配もできない。

だから そうじゃなくて
もっと 「第三の道」として

さっき言ったみたいに
いろんな情報とか知とか

モノのシェアみたいなのが
進んでるんであれば

そもそも全然違った形での
もっと持続可能な

ポストキャピタリズム的な成長
みたいなものを

単に資本主義的な経済成長だけに
とどまらないような

成長モデルを志向するべき
なんじゃないかなって。

じゃあ マルクス主義とか
そのポスト…

要は 今の資本主義を
批判というか

乗り越えようと思っている
っていう その立場と

成長っていうのは
両立するんですね?

だから 成長も
もっとできるんですよ ほんとは。

でも その成長っていうのが
今 思ってるような経済成長

つまり 資本の価値増殖っていう
運動を成長させる

GDPを増やすみたいな話で表れない
ようなものも成長させていく。

(山本)
それは何が成長するんですか?

その成長の度合いを
何で測るかっていうのが

すごく曖昧ではありますよね。
(斎藤)今のところは曖昧ですけど。

この20年で
すごく いろんなものが

無料になったりとか
安くなったじゃないですか。

情報は ほぼ無料みたいになった。
洋服とかも すごい安くなった。

逆に でも何が最後まで

人々が お金を払う対象として
残るんですかね?

このサイクルが駆動し続けると
何が残るんだろうなっていう。

その時には もう企業は売り上げを
上げられないわけですから

資本主義じゃなくなってるね
気が付いたら。
そうかなあ。

だけど もちろん
そこまで受動的に待ってたら

多分 環境問題
特に地球温暖化が

極めて深刻な事に
なってしまうので

早く移行する 意識的に移行する
っていう意味で

理論が必要だと思うんだけれど
そういう意味では

かなり難しい段階にきていると
思いますね 資本主義は。

(硬貨が落ちる音)

あらゆるものを商品化していく
資本主義…。

私たちに今 本当に必要なものは?

差異を求めるゲームの果てに
待っている光景は…?

「情報は共有される」っていうのが
大前提だったと思うんですけど

ふだん生活している中で 情報は
共有されるっていうよりは

一つの 自分がいたい集団の中の
情報のみが共有される

という意識が
あると思うんですけど

知識の共有が全世界的に
進んでいくかって事に対して

すごい疑問があるんですけど

そこに対しては
どうなのでしょうか?

Wikipediaみたいなものと
考えたらいいと思いますね。

Wikipediaも 調べようと思った
ものしか調べないじゃないですか。

それが果たして 知識の共有と
言えるのかっていう。

どこでも出先でも タダで
ああいったものがアクセスできる。

しかも それを単に上から
与えられたんじゃなくて

自分たちで つくりながら
消費している

「プロシューマー」っていう
言葉がありますけど

そういう意味で 新しいものって
言えるんじゃないかな。

でも それって結構 現実問題
プロシューマーと消費者って

本当に同じコミュニティーに
いるので

コミュニティー的には
ほんとに共有されてるかどうか

すごい怪しいと
思ってるんですけど。

実際 一部のエリートは 多分いろんな
情報にアクセスできるけれども

そもそも検索ワードを
知らない人とか

調べようと思わない人との格差が
結局 情報の格差が

広がっていくんじゃないかという
懸念はあると思うんですけど…。

でも それは例えば Wikipedia
とかの構造的な問題ではなくて

そもそも そういう教育とか
経済的な格差があるっていう

社会システム上の問題だと
思うので

だから それを直していかなきゃ
いけないんだっていう。

情報のプラットホームっていうのは

前田さんも
さっき おっしゃってたように

だんだん
独占的な傾向を強めて…。

それは 個人情報を
全部保有していたり

それは結局 どういった方法で
解決すればいいのかっていうか

結構 独占される事による弊害は

無視できないものになっていくと
思うんですけど。

僕 パッと思うのは やっぱり
それはマーケットに任せておけば

うまくいくっていう事では
多分 ないと思うんですね。

常に市場と
例えば市民とか消費者とか

そこで働いてる人たちとか
いろんな団体とかっていうのは

常に複雑な関係を
つくってきたので

やっぱり そういった人たちの
交渉の過程によって

問題が解決されるのが すごい理想
なんじゃないかなと僕は思うので。

イノベーションは 僕は 資本主義の方が
確実に起こりやすいと思ってて

社会主義だとか
ポストキャピタリズムになった時に

Wikipediaみたいに協力して

イノベーションが起きていくっていう
意見もあると思うんですけど

やっぱり資本家っていうのは
そこの ブルーオーシャンというか

今の世の中の人たちが
見えてない部分を

どんどん開拓していこうとする
っていうところが

資本家たちは持ってると
思うんですよね。

なんで僕は イノベーションは
やっぱり資本主義の方が

進んでいくんじゃないかなと
思うんですけど

その点は どうなんかな
っていうところを。

(山本)これ どうなんですかね。

結局 競争原理を経由しないで

協力とか 団結とか
っていう事で

本当に
イノベーションっていうか

ある種の これまでと違う事を
しようっていう発想が…。

(斎藤)逆に聞くと
なんで競争とかじゃないと

イノベーションって起きないと
思われるんですか?

人間が底力を出せるからじゃ
ないですか? 敵がいた方が。

切迫感みたいな。
切迫感って僕は
ピンとくるんですけど

やっぱり
自分が研究員として

まだ職が全く安定してない時期が
7年間ぐらい続いて

それで イギリスで研究員を
やってたんですけども

その時って
大体1年契約とか

もっというと 9か月契約とか
6か月契約とかなんですよ。

そうすると
せっぱ詰まるじゃないですか。

そこで初めて僕自身も これまで
考えなかったような しかたで

自分のアイデアを先鋭化したり
これまでだったら恥ずかしくて

「お願いします 自分の研究計画
読んで下さい」って

頼めなかったような所にまで
頼みに行って

一緒に その人たちと議論をしたり
とかって事をやったんですよね。

それが 全く逆だと…。

だって 最近よく言われてるのは
有期雇用の人たちが増えて

目先の すぐ業績が出るような
論文とかばっかりが増えていて

今の社会で
もうちょっと広げていえば

もっと この活動をしたい
もっと音楽を突き詰めたいとか

いろんな夢があると
思うんですけど

それが結局 就活しなきゃ
っていうので諦めて

みんなが同じような事を
するようになっていっちゃってる。

画一性を 実は
資本主義のマーケットの力で

押しつけられてるんだ
っていう事を もうちょっと

自分たちで意識してもいいと
思いますけどね。

ギリギリの人が
モノを生み出せるのか

それとも余裕ある人の方が
モノを生み出せるのか

すごい難しいとこでは…。
(斎藤)だから逆に あらかじめ

イノベーションは競争じゃないと
出ないって言って

選択肢を狭めてしまう必要は
ないんじゃないかなと。

多分 二者択一だっていう事自体が
誤ってるのかなって気がしていて。

(斎藤)いい意味で言えば 別に
マルクス的な社会になったからって

競争がなくなるかっていうと

最初の
協同組合みたいな例で言えば

その中で よりいいものを
他の人たちより つくりたいとか

そういう欲求っていうのは
別に なくせとは言ってないし

むしろ そういうのは自然に
出てくるんじゃないかなっていう。

でも だから それで
少しへまをしたらクビになって

一気に職を失って生活保護になる
みたいなものが なくなる。

安心して もっと
取り組めるんじゃないかなと。

(前田)勝ちはあるけど
負けはないって事ですかね。

最低限の保障があるっていう。

マーケットは
人を向上させるのか。

それとも 画一性を
押しつけるのか。

考え方の違いを際立たせつつ
時は金なり…。

議論終了の時が。

もともと僕 資本主義の先は
価値主義というか価値経済

さっきの…
共感を得た人に何らか

資本主義経済における
資本的なもの

現在だと「お金」が集まる時代だと
思ってたんですけど

今日 斎藤さんのお話を聞いて

そこに 社会主義のエッセンスを
入れるっていう発想が

なかったんですよね。 だから

すごい そこが 自分の中で考える
一つの糧になったなと思ってて

それを ブレンドしたような社会に
なるかもしれないし

あるいは 社会主義的なコミュニティーも
その選択肢の一つの余地として

増えるのかもしれないなと
思って

僕が想像してたものよりも
もっと多様で

さっきも多神教って
言ったんですけど

選択肢の幅が広がった未来を
想像できました。 今日の議論で。

斎藤さん そう言われて
いかがでした?

やっぱり そういう意味でいうと
社会主義的なものさえも

商品化して お金もうけの手段に
するような力が

もしかしたら
資本主義の中にはあって

歴史において そういう意味で
社会主義 共産主義っていうのは

いわば 負け続けてる周辺の歴史
だとは思うんですけれど

その中で ただ エコロジーとか
っていう問題に直面する中で

今までの在り方に縛られない
ような世代が出てくれば

少しは状況も変わってくるのかな
っていうふうに

ちょっと オプティミスティックに
考えたいなと思ってますね。

やっぱり お話を伺っていて
思ったのは

いつの間にか
豊かさだと思っていたものが

気が付いたら睡眠時間が
減ってしまったりとか

利他的だと思ったものが
実は いつの間にか

搾取と区別がつかないような
状態になっていたりっていう

そういった難しさは これからも
残るのかもしれないなと。

そういう時に やっぱり
歴史から学んだり

何ていうか 常に こう
監視の目を光らせるというか

そういった余裕とか
それを見分けられるような目は

必要なのかなっていう事を
今日は すごく

今後の課題というか 直面してる
問題としても感じました。

僕は なんか今日
前田さんと斎藤さんが

こんだけ共感してる部分が多くて。
つながってますよね。

思ったのは 一回 ちっちゃくても
いいから 斎藤さんが…

その実験がしたいって思いました。
(笑い声)

確かに いろんな歴史上の実験は
今んとこ失敗ばっかりだから

そうじゃない何かが
もしも本当にあるんだったら。

つい なんか僕も
コミュニティーつくる時に

資本主義的なつくり方を
しちゃうんですよね。

まず敵をつくり出してとか
やっちゃうんで。

ポストキャピタリズムが
やってきますね。       (笑い声)

そういう結論ではないかも
しれないんですが

今日は 新しい経済の形
というものを考えてきました。

皆さん ありがとうございました。
どうもありがとうございました。

(拍手)

新しく出てきた 少しの
シェアリングエコノミーって層じゃなくて

もっと大きな市場を
持ってるような

ふだん 多くの人が
働いてるような層で

すごい利潤を上げるのが
難しくなってきてるので

長時間労働だったり 低賃金
だったりとか出てきてるとか。

その中に入って
どうやって自分たちで

自治をするみたいなところを
つくっていったらいいのかなって。

どうにも にっちもさっちも
いかなくなってくるのかな

っていう思いもあるという
不安とともに

そういったところの人たちの話を
もう少し聞きたかった。

私自身 競争が好きなので

競争があってこその
協調だと思ってて

自己利益があってこその 他己利益
だって思ってたんですけど

必ずしも そういうのじゃない
っていうのは

前田さんも おっしゃってて

皆さん おっしゃってたので
そうなんだなって。

斎藤さんと
SHOWROOMの社長さんが

結構 話が近くて
共感してた部分が

結構 目指す未来って
同じなんだなって。

僕としては それこそ
絶望の国の若者たちなので

そんなに 僕
欲望は強いわけじゃなくて

まあ のんびり
生きれたらいいかなって。

その一方で 面白い事やりたいな
って思う自分もいて

まさにジレンマなんですけど。

あらゆるものを商品に変え
走り続ける資本主義。

モノからコトへ
コトからココロへ。

次は 何が商品になるのだろう。

欲しいから 商品になる?

商品になるから 欲しくなる?

目的と手段が逆転する
パラドックスを

私たちは 超えていけるのか。

資本主義のジレンマを超えて…。

対話は終らない。


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