偉人たちの健康診断「毛利元就 戦国スーパー睡眠術」 75歳という当時としては異例の健康長寿を支えたもの…



『偉人たちの健康診断「毛利元就 戦国スーパー睡眠術」』の番組情報(EPGから引用)


2018/07/11(水) 
偉人たちの健康診断「毛利元就 戦国スーパー睡眠術」[字]
中国地方の大大名・毛利元就。75歳という当時としては異例の健康長寿を支えたものを現代科学で探る。浮かび上がってきたのは「睡眠」「おきゅう」そして「女性」!?
詳細情報
番組内容
戦国時代、小さな領主から一代で中国地方10か国の太守に上り詰めた毛利元就。その活躍を支えたのは75歳という当時としては異例の長寿。しかも70歳を越えて子を成し、亡くなる前年まで戦場で指揮をとるほどの健康ぶり。健康長寿の秘密はどこにあったのか?元就の日常を探っていくと「睡眠」と「女性」が鍵を握っていることが明らかに…。さらに元就が大病を患った時に頼った「おきゅう」の効果にも迫る。
出演者
【出演】関根勤,カンニング竹山,東ちづる,東京大学史料編纂所教授…本郷和人,医学ジャーナリスト…植田美津恵,鍼灸師…若林理砂,【司会】渡邊あゆみ
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『偉人たちの健康診断「毛利元就 戦国スーパー睡眠術」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

偉人たちの健康診断「毛利元就 戦国スーパー睡眠術」
  1. 元就
  2. 女性

  3. 手紙
  4. 早起
  5. 若林
  6. ツボ
  7. 息子
  8. 毛利元就
  9. 寝つき



『偉人たちの健康診断「毛利元就 戦国スーパー睡眠術」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


戦国時代 小さな領主から

一代で 中国地方10か国の
太守に上り詰めた 毛利元就。

元就の活躍を支えたものは

75歳という 当時としては
異例の長寿でした。

しかも 70歳を越えて子を成し

亡くなる前の年まで 戦場で
指揮を執るほどの健康ぶり。

一体どこに
あったんでしょうか?

よし 寝よう!

カギを握っていたのは
元就が実践していた…

そして
晩年の元就の健康を支えた…

あ 痛え! 先生 痛い。

戦国きっての大大名…

♬~

健康のヒントは歴史にあり!

「偉人たちの健康診断」。

皆様 こんばんは。
「偉人たちの健康診断」

ご一緒して頂くのは
こちらの方々です。

どうぞよろしくお願いいたします。
(一同)よろしくお願いいたします。

東ちづるさんは 初めて
ご参加という事なんですが

今 気にしてる
健康面といいますと?

ちょっと今 外国から
帰ってきたばかりで

時差で寝つきが悪かったりとか。
あ~!

この番組の間に どうか
目が覚めて…。

大丈夫ですよ。 大丈夫ですよ。

そして 歴史面から
解説して頂くのは

東京大学史料編纂所教授の
本郷和人さん。

また 医学健康面から
解説して頂くのは

医学ジャーナリストの
植田美津恵さんです。

どうぞよろしくお願いいたします。
(2人)よろしくお願いいたします。

さあ皆様 本日健康診断をするのは
こちらの方です。

戦国武将の…

どんなイメージを
持ってらっしゃいます?

やっぱり 三本の矢だから

やっぱり 協力しろよ という事を
ちゃんと教えられる父親。

偉いお父さんね。

私も やっぱり
子どもの頃から広島なので

結束するようにって

学校の先生とかも よく
言ってましたよ それは。

やっぱり地元では?
そうです そうです ほんとに。

1人より3人
3人よりクラスなんだ とかね。

なんか 三本の矢もそうですけど
とにかく毛利家を守るために

何をするべきかっていう
なんかそれがすごく思いますよね。

家を守るっていう
そのイメージが強いですね。

先生 どういう方と思ったら
いいんでしょう?

元就さんは 75まで生きたと。

で それは あの 徳川家康と
実は一緒なんです。 同い年。

で え~っと まあ
人生50年の75歳ですから

人生80年って…
今だったら人生80年

今の年齢に換算すると
120歳なんですよ。

だから相当 長生きしてますね。


それは ますます
健康診断してみたくなりますよね。

それでは まずこちらから
ご覧頂きましょう。

毛利元就といえば 有名なのが
「三本の矢」のエピソード。

ある日 元就は3人の息子を
呼び出します。

ここに矢がある。 見ておれ。

一本ならば 容易に折れる。

しかし 3本ならどうじゃ?

息子たちは 3本に束ねた矢を
折ろうとしますが誰もできません。

1本の矢は弱くとも
3本束ねれば 強靭になるものだ。

兄弟3人を3本の矢に例えて
結束を説いたと伝えられています。

このエピソードの元になった
という手紙が

山口県の毛利博物館に
残っています。

元就が3人の息子に送った
「三子教訓状」。

毛利家を守るため
兄弟が協力する事が

いかに大切かを説いた手紙です。

実は この手紙の一節に

毛利家が 戦国屈指の
大大名になる事ができた

「強さ」の秘密が隠されています。

それは 娘の五龍姫について
書かれた部分。

元就は 当時としては珍しく
男女を分け隔てなく扱い

娘も息子と同じように
大切にしました。

家督は 大体男が継ぐ というのが
もちろん一般的な常識ですけど

女性で もし男がいなければ…

そういう事例がいっぱい
毛利家ではあるんですね。

それは 元就の生い立ちにあると
考えられています。

元就は 1497年
現在の広島県北部の

小さな在地領主の次男として
生まれました。

当時の毛利家は 大内家と尼子家

2つの大名に挟まれ

主に 大内家の家来となって
戦いの日々を送っていました。

元就の境遇は 決して恵まれた
ものではありませんでした。

10歳の時には 父が39歳の若さで
亡くなります。

(元就)父上! 父上!

家督を継いだ兄は 大内家の家来
として京都に派遣されてしまい

元就少年は 独りぼっちに
なってしまいます。

そんな中 元就は…

粗末な小屋で貧しい暮らしを送る
元就を

人は 「乞食若殿」と呼びました。

私は どうなってしまうのだろう。

そんな元就に 手を
差し伸べてくれる人がいました。

亡くなった父親の側室だった
杉大方という女性です。

元就を不憫に思った杉大方は
再婚する事なく

独り身を通し 元就を育て上げる
事に身をささげたのです。

後に 元就自身が 杉大方への
感謝の思いを書き残しています。

まだ
お若かったのに

毛利の家にとどまり
育ててくれた。

杉大方と2人で暮らすうち

元就の心には 独特の女性観が
育まれていく事になるのです。

元就の境遇が一変するのが
21歳の時の事。

元就の初陣
有田中井手の戦いです。

家督を継いでいた兄が
病死すると

毛利の領地を狙った…

武田軍5, 000の兵力に対し
毛利軍は 僅か1, 000。

今だ! 弓だ! 弓を射かけよ!

元就は見事 大将の武田元繁を
討ち取り 大勝利。


後に「西国の桶狭間」と呼ばれる
この戦いで

華々しく戦国の世に
デビューしたのです。

(元就)私がここまで来られたのも
大方様のおかげだ。

幼少期の体験から 元就は

女性の力に
敬意を払うようになり

時に それをうまく利用しました。

ある日 元就が重臣の吉見氏の
謀反を疑っている

という
うわさが流れました。

普通なら 吉見氏に手紙を送って

うわさは根も葉もないと
否定するところです。

しかし 元就は違いました。

なぜか 元就は自分の長男の嫁に
手紙を送ります。

しかも 中身はほとんど
弱音のような内容です。

元就が困っている事を知った
長男の嫁は

この事を 早速 吉見氏の当主の
嫁に伝えました。

長男の嫁に言えば 吉見氏に
うまく伝わるだろうと考えた

元就の狙いどおりに
事はうまく収まったのです。

あるいは 母としての立場で
その家々の相手に向かって…

あるいは 内心は
こう思っているんだという

希望などを伝えたりするという…

元就は 女性には…

…力があると
経験で知っていたのです。

最近の研究で 女性は男性よりも

人の気持ちや感情を読み解く事が
得意だという報告があります。

さて 皆さん この女性

喜んでいるのか
悲しんでいるのか

怒っているのか 恐れているのか
分かりますか?

正解は 「恐れ」です。

これは アメリカの
ペンシルベニア大学が行った

「表情読み取りテスト」と呼ばれる
実験です。

恐れなのか 悲しみなのか
一見 判断しにくい表情では

女性の方が早く しかも
正確に当てる事ができます。

更に 表情を読み取っている時の

男女の脳の活動を
調べてみたところ

女性は 脳の1か所を
使っているのに対し

男性は2か所働かせていました。

つまり 男性は脳の2か所を
使っても 外してしまうのに対し

女性は 能力をさほど使わなくても
当てられるという事なのです。

一体 なぜ女性の方が 人の感情を
読み取るのが得意なんでしょうか。

男女の能力を動物行動学の
見地から研究している…

基本 人類 遡れば

まだ 狩猟採集生活というのが
長かったわけですから…

顔色一つで この子は健康なのか
そうじゃないのか。

相手の感情を読み取る力を
発達させた結果

女性は 更にこんな力を
手にしたといいます。

子育てと関係するんですけど
やっぱり…

そうすると…

何かあった時には きちっと
サポートしてもらえるっていう…

そんなふうに考えられてます。

つまり 狩猟採集の時代から
女性は子育てを通じて

男性よりも
コミュニケーション能力が発達し

ネットワークを作る力を持った
と考えられているのです。

男女の違いは 他にもあります。

こちらのテストをご覧下さい。

右側は 果物を上から見た写真。


左側は 横から見た写真です。

左側の写真は
4つの矢印のうち

どの方向から
撮影されたものでしょうか。

正解は 右です。

では こちら。

どの方向から
撮影したものでしょうか。

正解は 左です。

この課題を解くのに必要なのは
空間認知力。

頭の中で物体を回転させる
力の事です。

このテストでは
日本でも欧米でも

男性の方が成績がよくなる
といいます。

千葉大学が男女合わせて
260人にテストした結果です。

青が男性。
赤が女性の成績です。

男女とも 個人個人の成績は
幅広く分布しています。

しかし 最も多かった点数は
男性が35点 女性が30点と

くっきり
2つの山ができています。

この2つの山の差が
いわゆる男女差になります。

一方…

例えば これは 「F」という
頭文字から始まる言葉を

1分間でどれだけ思いつけるか
という

アメリカで行われたテストです。

男性は 平均で11.77。
それに対して 女性は13.25です。

男は空間 女は言葉という
得意分野の違いが

実験で浮かび上がっているのです。

このような男女の差は

新生児の時のホルモンの影響が
関係していると考えられています。

杉大方に 女手一つで
育てられる事によって

元就は 男女の違いを
よく理解していたと思われます。

そして 女性の優れた
コミュニケーション能力を

よく知っていました。

これは 元就が 自分の妻
妙玖について書いた手紙の一節。

家族や一族を束ねるのは
女性の方が適している。

妻の妙玖を大変信頼し
尊重した元就。

そんな女性への思いが 毛利家を
一代で大大名へと押し上げた

「強さ」の秘密だったのかも
しれません。

すごいですね やっぱり。

長男のお嫁さんに頼んで
お嫁さん同士で言ってくれと。

これは すごいですね。
女性の力って大きいんですよ。

プロゴルファーの青木 功さんが
アメリカに行きまして

アメリカのツアーで
戦うんですけども

アメリカのツアーに
やっぱり新人で

東洋人が入ってくるわけですから
やっぱり

そんなに簡単には
歓迎されないんですよ。

ところが 青木さんの奥様が
英語がベラベラなんですよ。

ジャック・ニクラウスさんの
奥さんと仲良くなるんですよ。

そうすると 「あなた 青木さんを
ホームパーティー呼びなさいよ」と言うと

ジャック・ニクラウスは
奥さんの言う事だから

「青木 ちょっとうち来ないか」って
言って

それで 一家団らんで
食事するわけですよ。

そうすると今度 練習場で
「Hi, Aoki. Hi, Isao Aoki.」

「Hey, Jack!」ってわけですよ
青木 功が。

そうすると 他の人が
えっ ジャック?

ジャックって呼んでる?

ちょっと ないがしろに
できないなっていうんで

す~っと入れたんです。
これ 女性の力。

昔はよく内助の功なんて事を
言いましたけれども

もう そういう力を
発揮されている。

でも 元就は その男女の
特性が分かっていたうえで

適材適所っていう事ですね。
すごいですよねえ。

ちゃんと人を使うって事ですね。

男だけで戦ってるんじゃない
っていう。

全部万人を うまく使うというか
利用するというか。

直接的に言うと角が立つ事って
ありますもんね。

そのファミリーとか友達から
周りから伝えていくというのは

大事なんでしょうね。

どうなんでしょう 本郷先生。

元就が ちゃんと女性の事も
遇しているっていう事は

当時の人としては なんか
珍しいかなと思うんですけど。

明治時代に比べると
全然 女性の権利

地位っていうのは高いんですよ。
戦国時代の方が。

で 毛利家っていうのは 確かにね
女の人 強いんですよ みんな。

だから そういうとこ
あるんじゃないですかね。

それは すばらしいですね。

まあね 男女同権とか言わずに
男性に得意な分野ってあるんだ

女性に得意な分野ってあるんだ
って事を心得た方が

世の中うまくいきそうな
気もしますね。

特に 男女の間だったら
そのケンカの元になるのは

大抵 そこら辺を
理解できてないから

なんで こんな事も
分からないんだろうって

お互いに思っちゃうのが
ケンカの発端にもなりますから。

例えば どういう…?

「なんで こうしたの?」って
理由を聞いてるのか…。

「なんで?」って言われたら
なんか ねえ…。

よく 場所を説明するのに
男の人には地図を見せて

ここだからって言えば
行けるんですけど

女性はそうじゃなくて「何メートル
歩いた所にポストがあるから

そこを曲がって」って言われないと
ちょっと分かりにくいんですよね。

その差は すごくあると思います。

竹山さん どうですか。 夫婦の間で
うまくやっていこうという…。

そうですね トラブルを
起こさないようにするためには…

(笑い声)

そこで一回 わっと寝て
で 僕も調理したいんで

だから早起きして そ~っと
寝室に聞こえないように

そ~っと閉めて。
好きなラジオとか聴きながら

朝 料理して
自分で楽しんだりとか。

その時 妻の分も作っとくとかね。

で また忙しいふりして
家を出るという。

で 夜また ドロのように
疲れたふりして帰る。

毛利元就も じっと
耐えていたに違いありません。

その元就なんですけれど
晩年に ある病気にかかりました。


1551年 元就 55歳の時
大きな転機が訪れます。

元就が 主と仰いでいた
大内義隆が

陶 晴賢に討たれます。

晴賢は 元就ら
安芸国の領主たちを

直接 支配下に置こうとします。

このままでは 遠からず
攻め滅ぼされてしまう。

元就は 反旗を翻します。

陶 晴賢軍 2万の大軍を
安芸宮島におびき出し…

僅か4, 000の兵力で
壊滅させたのです。

この歴史的大勝利によって
元就は 大内家の勢力を継承。

中国地方の西半分を手中に収めた
元就は 宿敵 尼子家と激突します。

(銃声)

いよいよ 尼子家の本拠地
月山富田城を包囲した その時…。

突如倒れて意識を失います。

病名は「風病」と伝えられています。

当時の資料によれば
「風病」とは…。

これらの症状から 元就の病は
現代で言う「脳卒中」と見られます。

脳卒中は 脳の血管が
トラブルを起こす病気です。

血管が詰まって 脳細胞が
死んでしまう「脳梗塞」や

脳の血管が破れる「脳出血」が
その代表です。

脳の細胞は
なかなか再生しないため

手足のまひや言語障害などの
後遺症が残りやすいのが特徴です。

現代では
脳を保護する薬などの

投薬治療を行ったあと

手足の運動機能や
言語機能の回復を目指した

リハビリテーションを
行います。

回復には時間がかかるのが
一般的です。

毛利元就が生きた戦国時代
脳卒中になってしまえば

そのまま 寝たきりになるのが
普通でした。

わしも これまでか…。

ところが そんな元就の病気を

この時代に
治してしまった人がいます。

殿! 道三殿が参られました。

曲直瀬道三。

織田信長や徳川家康からも
厚い信頼を受けた

戦国のスーパードクターです。

当代一の名医に わらにも
すがる思いで頼ったのです。

道三の治療が始まって数か月後
奇跡が起きます。

ああ… 何やら
軽うなったようじゃ。

なんと 元就が回復。

道三が残した医学書…

この中に
風病の治療法が記されています。

そこに書かれていたのは お灸。

お灸は 6世紀に
中国から伝えられた医療法で…

現代の医学で見ると
お灸の熱で皮膚を刺激すると

体内に ヒストトキシンという
有害物質が発生。

これを退治しようと
白血球などの免疫成分が増え

体の回復機能が
活発になると考えられています。

風病の治療として
挙げられているのは

百会 風池
足三里など

7つのツボ。

元就が治療を施されたと思われる
これらのツボには

どんな効果があるのか?

鍼灸師の若林さんに聞きました。

(若林)ここの
頭のてっぺんの百会に関しては…

経絡は 東洋医学で言う

生命エネルギーの源と
考えられる 「気」と

人の血液を表す
「血」の通り道です。

この流れが滞ると
体のバランスが崩れ

病気になると考えられています。

この経絡が集まるという
「百会」は

体をリラックスさせるツボです。

で 他の…
こことかっていうのは

脳血管疾患の患者さんの
後遺症ですと

こういう拘縮が起こるんです。

この時に こわばる所を
全部とってますね。

首から腕に施したお灸は
温熱刺激を与える事で…

(若林)消化器系というのは

気血を生み出す大本になる
って考えられていたんです。

だから ここに据えるんです。
こいつを据える事によって

命の根本を治そうっていう
考え方です。

元気の源を生み出すのが
この「足三里」というツボ。

体の冷えを改善し 胃腸障害や
体のしびれを取ってくれます。

道三が施したお灸は

筋肉をほぐしながら
体のまひを緩和し

体全体を元気にするという
効果をねらった治療でした。

現代でも 脳卒中の
リハビリテーションとして

入念にマッサージを行い
筋肉をほぐす事は大切な要素です。

元就は 治療の面以外でも

道三から
大きな影響を受けていきます。

(道三)元就殿 「寛宥慈憐」という
言葉をご存じか?

寛宥慈憐?

寛宥慈憐とは…

人を許す…。

元就は 戦国の世を生き抜く中で

常々 ある思いを
感じていました。

戦国の世の習いとはいえ
多くの人々を殺めてきた事に

重い罪の意識と 一種の諦めを
感じていたのです。

そんな元就の心に 道三の言葉は
どう響いたのでしょうか。

1566年 病から立ち直った元就は

月山富田城に籠城する尼子勢を
兵糧攻めにしました。

兵糧が尽きた尼子軍は
ついに降伏。

この時
元就は意外な行動に出ます。

尼子一族は全員 命を助ける。

当時 負けた敵の一族は
殺されるのが常でした。

しかし元就は 重臣や息子たちの
反対を押し切り…

道三と出会い
病を乗り越えた元就は

大きく変わっていました。

こうして 元就は

人々から尊敬される
大大名になっていったのです。

助けるって 先生 珍しいですよね。
そういう大名

いないですよね あんまり。
(本郷)いません。

どっかに流したんですか?
しばらく監禁してたんですけど


やがて 毛利の家来として
取り立てるっていう事を

したんですよ。
だって かつての殿様ですよね?

尼子のために毛利家はやってた…。
(本郷)そうです そうです。

だから 逆転したんです。
へえ~! 面白いですね。

大体 そういうところの子孫が
復讐をしますけども。

そうやって温情を与えると
逆に しないんですかね 復讐。

したやつも いるんですけどね。
(関根)そうですか やっぱりね。

それにしても お灸っていうのがね
ちょっと意外でしたかね。

いいんですね お灸ってね。

それを推奨したというか
処方したのが

曲直瀬道三という事なんですけど。

この曲直瀬道三という
名医に出会って助かった

という事もありますか?
そうでしょうね。

当時の戦国時代っていうのは

まさに お医者様っていうのが
独立した存在になった

そういう なんか 医学の中では
大きな変革期なんですよ。

それまでは やっぱり
お医者さんというのは

大体 そうですね
お坊さんが兼ねてるとか

副業でやってたんですよ。
曲直瀬道三っていうのは

この時代を代表する
まあ 言ってみれば

専門医 第一号みたいな
そういう人なんですね。

それから 曲直瀬道三は
違うかもしれないんだけど

いわゆる外科医
やっぱり いろんなとこ

斬られたりするからかな。
戦争で。

戦争で。 外科医も
この時代に登場するわけです。

先生 脳卒中の後遺症がね
お灸で改善されたっていうか

治りましたというような
感じでしたけれど

いかがなもんでしょう?
早めに 的確なツボを押さえて

リハビリとして
根気よく お灸を使ったので

回復したんだと思います。
今でも リハビリの中に

鍼灸 鍼とかお灸をね
使ったりしますから

組み合わせて。
それの先駆けですよね。

当時の最先端医療だった お灸。

今回は 家庭で誰でもできる

お手軽なお灸を
教えてもらいましょう。

ペットボトル片手に
お見えになったんですが。

家庭で このペットボトルと
あと お湯だけがあればできる

お灸のペットボトル温灸
という方法をご紹介しに

やってまいりました。
(関根)うれしいな。

用意するのは
フタがオレンジ色の

ホットドリンク用の
ペットボトル。

このペットボトルに
沸騰直前の…

今日教えてくれるのは
肩こりのツボ。

この3つのツボを

肩から遠い順に
温めていきます。

まずは 手のツボ 「合谷」です。

ちょっと手をお借りします。
こちらの手ですね。

合谷。
合谷というのはですね

親指と人さし指の合わさった所の
人さし指に近い方です。

(関根)ここ 気持ちいい。
(若林)ここのとこですね。

これは結構 押すと痛いんですよ。
うわ~ 痛え!

痛えな。 痛え…。

それは どこが痛いんですか?

痛気持ちいい… 痛気持ちいいの
ちょっと痛いが強め。

痛い痛い。
ああ… ここだ。

この側面辺りを当てると
ちょうどよく当たりますので。

1 2 3。
(竹山)ああ 気持ちいい。

(若林)1 2 3。
ああ 気持ちいいな。

これは 3秒から5秒
っていうんですけれども

熱くなったら外すっていうのが
一番効きます。

無理して当ててないって事ですね。
そんなタイミングじゃないと

熱いですよね。
(若林)両方ありますので

両方 こってらっしゃる場合は
両方 使った方がいいですね。

右手と左手の感じ方が違います。
(若林)そうすると

片方の方が鈍ければ
そっちの方がこってる。

ああ 鈍い方がこってる。
そうです。

次は ひじの近くにある…

(若林)手三里なんですけれども
先ほど ここに合谷とりました。

で ここに ひじを曲げると
肘窩黄紋っていうんですけど

ラインが出ます。 ここと
これを結んだ所の線上で

ここの 一番
筋肉の膨らんでる辺りですね。

指三本 下った所。

ここですね。
痛い痛い痛い…。

痛い! 先生 痛い。 入ってる
完全にツボ入ってる 先生。

あっ 痛え 先生!

大きな幅で…。
大体 この辺を。

(若林)そうです。
こんな感じで当ててあげる。

(関根)気持ちいい。
(竹山)気持ちいいですね これ。

あ~ あったかい。
ずっと置くと熱くなる。

ず~っと当てると ジュワッて
熱くなってきてしまうので…。

今 左の手三里だから
左肩っていう事ですね。

(若林)今 こっちに効いてますね。
(東)めちゃくちゃ気持ちいい。

最後は 肩にある
「肩井」というツボです。

首 少し倒して頂くと
ここに骨が出てきますよね。

この骨と ちょうど この
肩の一番とがってる骨の所を

結んだラインの中央部分
肩の稜線のとこ。 ここですね。

うわ~!

(若林)こってますね。
すごい こってます。

ここのとこに… 本来でしたらば
これ 皮膚直接ですね。

で ここに こう。
ご自分でやる時は

肩で担ぐみたいな感じにすると
いいですね。

こうやれば いいんだ。
自分でやる時も やっぱり

素肌の方がいいって事ですね。
(若林)そうですね。

熱が伝わりにくくなりますので
素肌に直接

こう 1 2 3ぐらいの感じで
やっていきます。

(関根)これは いいの聞いたな。
これ でも いいですね。

こういう形で
やっていきます。

ペットボトルの場合

体に触れる面積が大きいので

ツボは 大体で大丈夫。

こっちが軽くなってるような感じ
少し。 こっちよりも。


効いたんですね。
若林理砂さんでした。

ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。

お世話になりました。
ありがとうございます。

人生50年と言われる
戦国時代にあって

75歳という
異例の長寿を全うした 毛利元就。

手がかりは
元就が息子たちに送った

手紙の中に残されています。

その一つは…

孫の輝元が
酒好きだという事を知ると

その母親に
こんな手紙を送っています。

元就の…

私は 生涯
酒を飲まず長生きしよう。

父や兄の二の舞にならないよう
自らは酒を飲まず…

そして 元就がもう一つ
息子たちに勧めたものがあります。

それは 「早起き」。

元就は 息子たちに
早起きを強く勧めるとともに

自らも 生涯 早起きして
朝日を拝んでいました。

(元就)南無阿弥陀仏。

早起きは 本当に
健康に いいんでしょうか?

実は 最近の研究で
「早起き」には

心筋梗塞や
脳卒中などの

発症リスクが伴う
という指摘がされています。

…という報告もあります。

一体 どういう事なのでしょうか。

それは 体温に関係があると
考えられています。

朝4時前後は 人間の体温が
一番低い時間帯で

体のさまざまな機能が
低下しています。

この時間に起きて
急に活動すると…

それだけではありません。
元就は…

元就は とにかく
体調 健康には

かなり気を遣っていたようでは
あるんですが

やはり かなり…

元就という人は 特に
手紙を非常にたくさん書きます。

しかも 息子たちの返事や
家臣たちの報告に対して

すぐ返事を書くんですね。

その尋常でないスピードなどを
考えると やはり かなり…

近年 睡眠不足が健康に与える
ダメージが注目されています。

例えば 血圧が下がらないとか

体の代謝が高いままで
負担がかかるとか その他に

例えば ストレスホルモンが
非常によく出る。

他にも 例えば食欲がすごく出る
ホルモンが出て…

そういうふうな 一般的に言う…

睡眠不足によって
血糖値の上昇

動脈硬化 発がんの
リスクなどが

高くなると
考えられているのです。

では 早起きで 睡眠不足の
可能性もあった元就が

長生きできたのは
なぜなんでしょうか?

実は その秘密は 元就の
「睡眠の質」にあったようなんです。

ヒトは睡眠中 脳下垂体から
「成長ホルモン」が分泌されます。

成長ホルモンは 細胞の成長や
新陳代謝の促進

アンチエイジングの役割を果たし

元気な体を維持するには

欠かせないホルモンです。

この成長ホルモンを
十分に分泌させる事が

睡眠の質を高める事になるのです。

そのカギとなるのが
眠った最初の90分間。

この時間帯に…

そのため 寝入りばなの 最初の
90分を深く眠る事ができれば

少々 睡眠時間が短くなっても

元気でいられると
考えられています。

ただし…

最初の90分を深く寝るためには

すぐ眠れる事 つまり…

元就の行動を詳しく見ていくと…

寝つきを良くするためには
起きている間に

脳を活発に活動させる事が
大切です。

脳は ブドウ糖をエネルギー源に
活動します。

そして ブドウ糖を消費したあとに
残ったものの一部が

アデノシンなどの
眠気を誘う睡眠物質となって

たまっていきます。

睡眠物質がたまると
脳を休ませようと

眠気を引き起こします。

つまり 脳を使えば使うほど

この睡眠物質がたまり
寝つきが良くなるのです。

元就が大切にしていた言葉が
あります。

元就は 戦国武将の中でも

とりわけ
策略で戦に勝つ知将でした。

元就の場合は
もう それこそ…。

毎日のように 知恵を絞り
あの手この手を考えていた元就。

脳を活発に使い 睡眠物質を
たっぷり ためていた事で

寝つきが良かったと考えられます。

寝る前に
刺激のない本を読んだり

音楽を聴いて
リラックスする事も効果的です。

人間には 日中 起きている時に
活発な「交感神経」と

休息時に活発になる
「副交感神経」があります。

リラックスして
体や頭の緊張をほぐしたり

ストレスを軽減したりする事で

日中 活発な交感神経から
副交感神経へのスイッチが入り

眠気をもよおすのです。

元就の場合 毎晩
たくさんの手紙を書いていました。

夜 一人静かに
手紙をしたためる事で

元就はリラックスして

副交感神経への切り替えスイッチを
入れていた事になります。

しかも 手紙の内容は…

これは…

「何事も我慢が大切だ」
という事を

こんなに長い手紙で
延々と説教しています。

冒頭の部分だけで

「かんにん」
「こらへ」など

我慢を意味する言葉が
3回も繰り返されます。

また 「以前から
言っているように」

と書いてある事から
似たような手紙を

何度も送った事が
推測されます。

これでは まるで
自分の鬱憤を晴らすために

手紙を書いているかのようです。

思うにまかせて手紙を書く事は

元就にとって
リラックスできるだけでなく

いいストレスの発散にも
なっていた事でしょう。

人間には
体の表面温度 「皮膚温度」と

体の内部の温度
「深部体温」の2つがあります。

この深部体温が
下がっていく時に

脳も一緒に冷やされて
眠気が起きるのです。

お風呂に入ると 体の芯から温まり
この深部体温が上がります。

その後
深部体温が下がっていく時に

人は眠気を感じるのです。

元就も風呂好きだったと
考えられます。

島根県にある…

この銀山の近くに
元就が開発したとされる

温泉が残っています。

温泉の密集地帯でもない
この辺りに

わざわざ温泉をつくる事からも
元就の風呂好きがしのばれます。

元就は
こんな言葉を残しています。

元就は 何事につけても

最初が肝心と考えていました。

よし 寝よう!

まさに
睡眠も最初の寝つきが肝心。

(いびき)

そして 朝起きたら

念仏を唱える事で
ゆっくり体温を上げ

規則正しい生活を
維持していたのです。

1571年 毛利元就は
75歳の人生を終えました。

死因は 消化器のがんだったと
考えられています。

死の前年まで 戦場で指揮を執った
元就は まさに生涯現役。

21歳の初陣から
実に 54年もの間

ひたすら戦い続けた
人生でした。

寝るの大事ですよ。

やっぱり 原点ですよね
食べる 寝る。

寝るの大事ですが

あまり早起きは体温が低くて
っていうのは びっくりしました。

僕も早起きですよね。
だから 早起き

ダメなんかいって思いましたね。
あっ そうだ 早起きされるって。

今朝が4時半ですね。
えっ!? 朝じゃない。

もう 起きちゃうんですよね。
起きて そっから寝るの

もったいないから
もう動いちゃうんですよね。

4時半って
今なら明るいですけれどね。
もうだいぶ明るいですね。

早起きっていうと やっぱり
織田信長。 この人も早起きです。

だけど 信長と
それから この元就さんは

あんまり早寝をしてる感覚は
ないんですね。

だから 夜遅くまで起きてる。
となると睡眠時間は短い。

という事になると
やっぱり 質がいい眠りを

とってたという事になるしか
ないんじゃないですかね。

元就の場合は 寝つきが
良かったのではないかという…。

寝つきがいいっていうのは
いい事ですね。

眠いのに寝れないっていうのが
とってもつらいですから。

寝つきがいい時に 成長ホルモンの
分泌も濃厚なので

そこは多分あったんじゃないかと
思いますけどね。

ここで皆さんに
寝つきが良くなる

「リラックス体操」を
ご紹介しましょう。

このリラックス体操は
眠れない方のために

寝る直前にやって頂けると

非常に眠りに効果があると
言われてる方法になります。

体の末端部分から 6つの体操で
リラックスしていきましょう。

まずは 手。

5秒間 ギュッと握り
力を抜いて 20秒。

腕も同じようにします。

上半身。
腕と肩に力を入れて 抜きます。

背中。
腕を後ろに引き

胸とおなかを前に出し
力を抜きます。

おなかは 手をへその下に当て
鼻から息を吸います。

腹筋に力を入れながら
手で おなかを押します。

そして 力を抜きます。

最後は全身。
肩を上げながら腕を曲げ

足を伸ばします。

力を入れたら
ストンと抜きます。

これを寝る前に1~2回。

激しい運動にならないよう
ゆっくり行って下さい。

毛利元就の健康診断を
してまいりました。

いかがでしたでしょう?
いやぁ 毛利さんね

やっぱり
頭いい人だったですね。

女性の特性を生かした
戦術っていうんですか

勉強になりました。
うちも女系なんですよ。

娘 孫も全部…
全部 女なんですよ。

だから うま~く
丸め込んでいきたいと思います。

(笑い声)
丸め込まれて。

丸め込まれて。

全体的にね
人を大切にした人なんだなぁと。

息子さんのパートナーですとか
家臣とか 敵の命ですとか。

結局 人を大切にするから

自分も大切にされてたんじゃ
ないのかなと思うんですよね

ご自身も。 それが長生きの
秘けつだったような気もします。

多分ですけど
お父さんとお兄さんが

相当 酒癖
悪かったと思うんですよね。

それを こう 見ちゃってるから

ダメダメ お酒って
って思ったのかなと。

幼心にね。
戦とか まともに…
いい加減になっちゃうから

そういうのもダメよっていうか
風紀も ちゃんと

きちっとしようと考えたのかな
と思ったんですよね。

毛利元就が
本当の意味で大きくなったのは

厳島の戦い 55歳なんですよ。

だから 今の55歳だって
もう相当 遅咲きですよね。

それもすごいんだけど ほんとに
人生50年の55歳ですから。

もう そこから 要するに
50歳過ぎたところ

第二の人生というところで
毛利元就は最後まで戦場にいて

中国地方を
全部 制覇したわけですね。

という事は
今で言えば そうですね

70 80から
そこから大きな仕事をできる

そういう人もいるんですから
っていう事ですね。

♬~

毛利元就が身を興した
広島県の吉田郡山城。

その一角に 石碑が立っています。

刻まれた文字は 「百万一心」。

城の拡張工事をする際
人柱の代わりに

元就が
この文字を
石に彫らせ

埋めさせたと
伝わります。

人の命を粗末にせず みんなが
心を一つに力を合わせれば

何事も成し遂げられる。

そう 元就は説いたのです。

この思いを
今に引き継ぐ人がいます。

元就 71歳の時に生まれた…

現在は 総合格闘家として
活躍するかたわら

ジムのトレーナーとして
活動しています。

毛利さんが 今も
生きる指針としているのが

この「百万一心」。

百の力を一つにする。

読み方を変えれば
「一日一力一心」とも読むんですよ。

…という言葉なんですけど

やっぱり その気持ちは忘れないし
みんなにも伝えていきたいし。

みんなと伝えていって やっぱり

自分たちを大きくしていきたい
というのはあります。

西国一の大名となり 後の長州藩の
礎を築いた元就の思いは

今も 脈々と
受け継がれているのです。


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