アナザーストーリーズ 運命の分岐点「日本が揺れた!消費税導入の舞台裏」 …大蔵省や政治家の思惑は?暮らしの変化は?



『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「日本が揺れた!消費税導入の舞台裏」』の番組情報(EPGから引用)


2018/07/17(火) 
NHKBSプレミアム
アナザーストーリーズ 運命の分岐点「日本が揺れた!消費税導入の舞台裏」[字]
私たちに最も身近な税金・消費税。しかし、始まったのは、今からわずか29年前。戦後最大級の税の大改革の裏では様々な騒動が!大蔵省や政治家の思惑は?暮らしの変化は?
詳細情報
番組内容
今でこそ、買い物のときに消費税を払うのは当たり前になっているが、始まったのは平成元年、29年前のことだ。この新しい税金は、当初「天下の悪税」と言われ、評判は最悪だった。国の財政を安定させたいと考える大蔵省、国民に負担を強いる政策にしり込みする政治家、そして、暮らしへの不安から反対運動に加わった人々…。その導入の舞台裏で何が起きていたのか?トップ官僚や国会職員の、今だから語れる生々しい証言の数々!
出演者
【司会】沢尻エリカ,【語り】濱田岳
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アナザーストーリーズ 運命の分岐点「日本が揺れた!消費税導入の舞台裏」
  1. 消費税
  2. 大蔵省
  3. 税金
  4. 野党
  5. 売上税
  6. 反対
  7. 国会
  8. 消費税法案
  9. 前尾
  10. 当時



『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「日本が揺れた!消費税導入の舞台裏」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


日本が バブルの絶頂期にあった
平成元年…

暮らしの一部が
がらりと変わった。

(店員一同)こちらは
税抜き商品でございますので

商品代金プラス
3%の消費税が かかります。

だが 新しい税金が
始まるまでには

各地で大騒動が巻き起こった。

反対運動を指揮したのは
なんと 財界の超大物!

消費税をめぐり
与野党が激突した…

その生々しい やり取りが
記録された…

「消費税導入」。

その舞台裏で起きていた
もう一つの物語。

♬~

私たちの暮らしに
直接影響する 税金。

誰だって
多く払うのは嫌ですが

税金なしには
国が立ち行きません。

今から29年前 そんな税金に

戦後最大ともいえる
大変革が起きました。

それまでの税金は
収入が多い人ほど

たくさん払うのが普通でしたが

新たに つくられた 「消費税」は

子供だろうと
収入が低かろうと

100円の品物を買う時には

3円分を
払わなければなりません。

その評判はというと…。

ご覧のとおり。

まあ 最悪です。

運命の分岐点は…

日本に 新たな税

「消費税」が導入された日です。

その時 日本中からの恨み節を
一身に浴びた男がいます。

それが 第1の視点…

当時 消費税導入を
進める担当者でした。

新たな税金を つくる舞台裏では
一体 何が起きていたのか。

日本の財布を預かってきた
トップ官僚が語る

アナザーストーリー。

買い物をすると
税金が かかる…。

消費税の導入は
まさに青天の霹靂だった。

100円玉で買えたジュースが
買えなくなったのが衝撃ですよね。

全部 一個ずつ。

東京 下町の この店は

今も土曜日には
消費税分を値下げ。

地元で根強い人気だ。

喜んでくれてるし。

「消費税は 庶民の敵だ」と

当時 人々からの批判や苦情を
一身に受け止めた男がいる。

大蔵省 税制2課の
課長だった…

消費税導入の責任者の一人として
マスコミに名指しされたのだ。

日本の税金の在り方を変えた
消費税。

混乱の渦中にいた男が語る
苦闘の物語。

薄井信明が大蔵省に
入ったのは 1965年。

日本は
高度経済成長の真っただ中。

夢みていた明るい未来が

実現しつつあった。

しかし こんな好景気が
いつまでも続くわけがない。

そう考えていたのが
大蔵省だった。

経済学部出身の薄井は
税を扱う主税局に配属され

外国の新しい税制の勉強を
命じられた。

「ああ すごい税金があるな」と。


大蔵省の不安は
やがて現実となる。

「オイルショック」で
景気が急激に悪化。

税金が思うように
入ってこなくなったのだ。

そこで 当時の三木首相は

財政赤字を補うための
特例措置として

「赤字国債」の発行に踏み切る。

赤字国債は 税収の不足を
借金で穴埋めするもので

薄井たちには
忸怩たる思いがあった。

このグラフを見てほしい。

高度成長期 国の歳出は
税収と ほぼ同じ。

入ってきた税金の範囲内で賄う
健全な時代だった。

しかし オイルショックのあと

税収が減る一方 歳出は
簡単には減らせない。

その埋め合わせのために

赤字国債が
必要だったのだ。

その後 歳出と税収の差は
更に広がり

財政赤字が
拡大していく…。

この危機に 大蔵省が
ついに動き始める。

税制を専門としてる役人たちはね
公務員たちは

このままでは いろんな意味で
おかしいんじゃないかと。

大蔵省が目を付けた 新しい税金。

それが
外国で導入され始めていた…

消費税では
物を買う時に税金をかける。

不況でも 必要なものは買うため

景気に左右されにくい
という特徴がある。

しかし この新しい税金の導入は

薄井たちに 何度も挫折を
味わわせる事になる。

国民に初めて消費税の構想が
示されたのは 1979年。

時の首相は…

大蔵省のOBだった。

だがこの時 消費税の抱える欠点が
浮かび上がった。

それは…

あらゆる人から広く
税金を集めるため

所得が低い人ほど
負担が大きくなるのだ。

「貧しい人を
いじめるのか」と

野党ばかりか 与党からも
反対の声が相次いだ。

結局 法案を国会に
提出する事もできず

「消費税構想」は立ち消えになった。

2度目のチャンスは
8年後の 1987年。

薄井は 税制2課長となっていた。

名前を 「売上税」に変え
今度こそはと意気込んでいた。

万歳! 万歳!

この時は 衆参同日選挙で
自民党が大勝。

国民の不満があっても
法案を通せるだけの安定多数を

確保していたのだ。

売上税!
(一同)粉砕!

しかし 選挙に勝った途端

公約を破り 国民に不利益な政策を
強行しようとすると

不満が爆発する。

売上税への反対の声は
全国に広がった。

さまざまな業界からの
要望が押し寄せ

薄井は 売上税が かからない

「非課税品目」の選定に気を配った。

しかし 簡単ではなかった。

その非課税の取引を
何と何にするのかと。

それは 考えてみれば
森羅万象の経済取引の中から

ごく一定のものをですね
選ばないといけない。


基本は かかるっていうのは
分かってるんですね

一般的な消費課税だから。

しかし かからないものも
あるんでしょと。

それに入れて下さい
っていうふうになるわけです。

よかれと思った こうした対応は
逆に不公平感に つながり

反対運動に
火を付ける結果となった。

壇上で叫んでいたのは…

ニット製品の製造業者で

売上税反対の
声を あげた一人だ。

当時 どんな思いで
反対運動に加わったのか?

樋口を訪ねると
意外な場所で会う事ができた。

♬~(歌声)

ライブハウスで
ノリノリで歌う この男性が

82歳になる 現在の樋口だ。

バンドのメンバーは

一緒に売上税に反対した仲間の
子供たちだという。

当時 樋口たちが反対した理由は
こうだ。

売上税5%が導入されると

10, 000円の製品は
10, 500円になる。

しかし値段を上げると
売れなくなる おそれがあり

ほとんどの業者は 値段を
据え置きにするしかないと

考えていた。

そうなると 売上税の分だけ

業者の もうけが
減る計算になるのだ。

暮らしへの漠然とした不安から

これまで政治とは
無縁だった人まで

次々と反対した。

絶対反対し 徹底的に
闘い抜こうではありませんか!

(拍手)

結局 「売上税法案」は
国会審議もされないまま

廃案に追い込まれた。

新聞には 「庶民の『反乱』
勝った」の文字が躍った。

「やったね!」だよ みんなで。

4月だよ あれ。
廃案になった時ね。

「やったね!」だよ。

2度にわたる 消費税導入の失敗。

大蔵省は
火が消えたようになったという。

一度も審議もされずにね
国会が終わっちゃうわけですよ。

一度も審議もせずにね。
それはショックでしたね。

だが この時
意外な事を言いだす男がいた。

薄井の上司だった…

みんな 部下やなんか集めて…

…って言ったんですよ。
みんな びっくりしちゃってね。

なぜ そんな事を言ったのか?

それは 売上税が
廃案と決まった時に

何人か こう回って会って
話を聞いてたら どうもですね

残念な事をしてしまったなという
雰囲気があるんですよ 皆さんに。

これは ちょっと
意外だったんですよね。

尾崎は
大蔵省の広報誌に

売上税導入失敗の
経緯を まとめた。

自らの過ちを認めた
大蔵省。

薄井には 新しい税に
もう一度 取り組む

決意表明に思えたという。

売上税は 潰してしまったけれど…


それは 解決しないといけないな
っていう事は

国民は分かって下さったように
思うと。

考えてみれば…

3度目の機会は すぐに訪れた。

当時
「ニューリーダー」と呼ばれた

安倍晋太郎 竹下 登

そして 宮澤喜一の中から

中曽根が
後継者として指名したのは

竹下だった。

実は そこに消費税が
深く関係していたという。

竹下は その事を

中曽根から指名を受けた直後
ある人物に打ち明けている。

竹下の 30年来の
知人だった。

清水は 92歳の今も
大手スーパーのCEOを務める

財界の重鎮だ。

「首相として
売上税実現を目指す」。

それを あえて清水に
打ち明けたのには 訳があった。

実は清水 売上税は
小売業に負担が大きいと

業界団体を率いて
反対に まわり

自民党への献金も
ストップしていた。

竹下は その清水に
考え直してもらうよう

説得を試みたのだ。

竹下は首相になると すぐに

新しい税金の導入に動き始める。

まずは 反対の声が強かった
「売上税」から

「消費税」へと名前を変更。

薄井たちも
全国各地に説明に出向いた。

消費税の必要性や意義は
もちろん

今度は欠点も隠さず伝え
理解を求めていった。

一番大事なのは
税っていうのは

1つの税金だけではね
良い面も悪い面もあると。

一つ一つ そういう事を
詰めていけばいいでしょ

という議論になったと。

消費税に反対する声もあったが

売上税の時ほどの
盛り上がりはなかった。

反対派の清水も
落としどころを探し始める。

目を付けたのは

大蔵省が 「5%」と考えていた
消費税の税率だった。

清水は 自民党 税制調査会の
山中貞則会長を訪ね

直談判したという。

もう そうなったら
こっち 頭ね…。

薄井たちに何も知らされないまま
自民党税制調査会は

消費税の税率を
3%にする方針を決めた。

当時の大蔵省は大臣が
宮澤大臣だったと思うけれど…

さまざまな思惑が絡み合う中で

消費税の税率は 3%に固まった。

♬~

紆余曲折の末に
税率3%で動きだした消費税。

ただし 国会で法案が
承認されなければ

実現はしません。

新たな税金
消費税法案を めぐって

国会は大騒ぎとなります。

その駆け引きの舞台裏を
詳細に記録した資料があります。

ある人物が書き留めた日記です。

「小沢副長官から電話。

8時に ホテルキャピタル 207で
大蔵省 主税局長…」。

「野党も 政局がらみで
突っ込みすぎるとケガをする」。

なにやら きな臭い やり取りが
書かれています。

第2の視点は この日記を書いた…

衆議院事務局に勤める
職員として

さまざまな人々の間を走り回り
調整にあたりました。

その裏にあった 秘めた誓いとは。

てんやわんやの国会。

全てを目撃した男の
知られざる アナザーストーリー。

消費税導入までには
もう一つのヤマ場があった。

国会での審議だ。

消費税法案を提出した
与党 自民党に対し

野党は徹底して反対する。

激しい攻防の中

消費税法案が成立するまでの
一部始終を

目撃した男がいた。

衆議院事務局の職員だった。

当時の事を書き記した
膨大な日記を

今も大切に保管している。

「無理な理屈を つくると
野党をダマスことに…」。

「いよいよ総理に

決断してもらわないと
いかんなあ…」。

なんとも
生々しい
やり取りだ。

消費税法案は これまで2度も
廃案に追い込まれていた。

それなのに なぜ この時は
国会を通過できたのか?

平野貞夫が衆議院事務局で
働き始めたのは 1960年。

各党の連絡役や
依頼された資料の作成

会議の日程調整。

国会審議を速やかに進めるための
業務を行ってきた。

その中で
人脈と情報収集力を培い

与野党双方の政治家から
信頼を勝ち取っていく。

そんな平野が
強い印象を受けた政治家がいる。

前尾は 戦後すぐ
大蔵省の主税局長を務め

生涯 日本の税の在り方を
考え続けた。

平野は 衆議院議長秘書として
前尾を支え

いつしか 「人生の師」と
仰ぐようになる。

出会った頃から前尾は
消費税の必要性を

強く訴えていたという。

議長になって
なるべく 時間つくってね

消費税の勉強会 始めたのよ。

自分の仲間とかね
大蔵省の辞めたOBとかね

石油ショックがあって ものすごく
混乱したでしょ 日本も。

その時に前尾さんは
産油国にも行ったんですよ。

前尾の消費税への執念は
半端ではなかった。

大平首相が 一般消費税を
諦めた1979年

前尾は 周りが止めるのも聞かず
ただ一人…

結果は…

残念がる声を よそに

日本の未来のためには必要だと
胸を張った。

その2年後に 前尾は亡くなるが

死の間際 平野に
最後の思いを託していた。

国会で審議するようになったら…

前尾が言う 「良い消費税」とは
どんなものか?

消費税は 反対する人間も
その意義は理解し

ある程度は納得せざるをえない
ものにすべし。


1988年 竹下政権も
そのスタンスで

消費税法案の成立を目指していた。

当時の国会は 自民党が

衆参両院で
過半数を占めていた。

数の上では
自民党の単独採決でも

消費税法案を
可決する事はできた。

しかし 消費税は
国民の暮らしに直結する。

単独採決ではなく きちんと
議論をして成立させるべき

という考えが根強かった。

だが 野党の反対は強硬だった。

審議拒否の可能性も
ちらつかせて

与党を 牽制した。

状況を動かす
きっかけとなったのは

3月10日に行われた

竹下の答弁だった。

(竹下)逆進的な税体系となり…。

竹下が語ったのは

「格差が広がる」
「不公平感」

「低所得層への負担増」
など

消費税の
6つの懸念だった。

その上で問題を一つ一つ
解決していこうと

野党に呼びかけたのだ。

これらの懸念というものは
問答を重ねていくごとに

あるいは
税体系全体を考えていく中に

国民の理解と協力が 得られるもの
ではないかというふうに

私は 問題意識を
整理しております。

この日の日記に
平野は こう書いている。

消費税に反対する野党に
歩み寄りつつ

国民に説明を尽くしていく…。

こうした姿勢が
事態を進めていく事になる。

この機会を捉え
動いたのが平野だった。

前尾が願った
「立場を超えた議論」のため

その人脈をフルに活用し

与野党それぞれの本音を
探っていった。

焦点は 7月から始まる

消費税法案の是非を問う
国会審議に

野党が参加するかどうか。

やり取りを重ねる中で 平野は

公明党 民社党は

条件しだいで国会審議に参加する
という感触を得る。

その条件とは 両党が主張する

消費税を導入する前に まず
所得税減税を実現する事だった。

しかし 野党の言う
「まず所得税減税」は

簡単ではなかった。

仮に 次の国会で
この減税法案が通過すると

翌年には
減税した分の税収が減る。

だが その
穴埋めとなるべき消費税は

まだ通る保証もなく

たとえ実現しても

次の年にならないと
税収が入ってこない。

つまり 1年間
赤字が増える事になる。

大蔵省にとっては

受け入れ難い提案だったのだ。

しかし
自民党単独採決を避けるには

野党の審議への参加が欠かせない。

そこで
政府は大蔵省の説得に動く。

都内のホテルの一室で

官房副長官が
大蔵省の幹部と会う事になった。

そこに平野も同席した。

「8時 ホテルキャピタル 207号で
大蔵省 水野主税局長らと会う。

野党は 議員立法で
減税を処理してからでないと

臨時国会に入れないとの事」。

官房副長官 小沢一郎は
先に減税をやるように

大蔵省の主税局長に迫った。

「野党を説得しやすいので
考えてくれないか」。

しかし当時 主税局長を
務めていた水野は

難色を示した。

「すでに閣議で
決めていますから

困ります」。

議論が 膠着する中
平野が口を開く。

それは 国会職員という
立場を超えた発言だった。

僕が言ったのは
ここにあるように

「あんたら 竹下政権
信用できないのか」と

言ったわけだよね。

実際 大蔵省は

所得税減税の先行という
異例の措置に向け

動く事になる。

話し合いから2日後の日記。

「今 居場所を使いの者に
持たせるので 手続きしてくれ」と。

「書類に書き込んでいたら
目が覚めた」と。

そういう夢なのよ。
不思議な夢だよ。

消費税法案を含む
税制関連6法案を審議する

臨時国会が始まった。

いわゆる 「消費税国会」だ。

始まって間もなく

公明 民社 両党が求めていた

先行して所得税減税を行う
別の法案が可決。

すると それまで そろって
審議拒否の姿勢を示していた

野党の足並みに
乱れが生じる。

社会党と共産党は
審議拒否を続けた。

しかし 公明 民社は
消費税反対の立場で

国会審議に参加したのだ。

11月16日
4か月にわたる審議を経て

衆議院で 消費税法案が
自民党の賛成多数で可決。

そして 12月24日の
クリスマスイブ。

参議院本会議で
最後の採決を迎える。

これより6案を
一括して採決を致します。

6案に賛成の諸君の
起立を求めます。

(議員たちの声)

(議長)過半数と認めます。

よって… 6案は可決されました。

自民党の賛成多数で可決。

消費税法案は こうして成立した。

この結果を見届けた平野。

一人 前尾の家へと向かった。

(平野)
「前尾邸に久しぶりに行き

税制改革
消費税導入について報告。

仏壇の前で 思わず涙が出た」
って書いてある。

前尾が亡くなって
既に7年の月日が流れていた。

この制度を どうやってね
健全に育てていくかというのが

これからの問題ですという
そういう趣旨の事を。

多くの人の苦闘の末に生まれた
新たな税。


それを静かに見届けた男が
もう一人。

それは胸が詰まるような
思いでしたね。

「ああ 通ったんだな」
っていう気持ちは

その時 しましたですね。

ちょうど ちょっとあとに
7時のニュース

NHKのニュースになって そこで

その可決した場面を もう一度
見たというのを覚えています。

実際に消費税が導入されるのは

新年度 次の年の4月からと
決まった。

長い道のりの末に ようやく
実施される事になった消費税。

ですが 実際に導入するとなると

初めての事ばかりで
大変な準備が必要でした。

まず 必要になったのは これです。

それまで使う機会が少なかった
1円玉は

急遽 前の年の倍
25億枚も発行されました。

それに加えて 日本中の
キャッシュレジスターも

そのままでは
消費税に対応できません。

あらゆるレジが大混乱に陥る
可能性もありました。

第3の視点は
レジスターメーカーの営業マン…

レジスターの心臓部を 片っ端から
取り替える作業に奔走しました。

消費税スタートまで 僅か98日。

社員総出で挑んだ
アナザーストーリー。

今 買い物をすれば レシートには
当たり前のように

消費税分が記載される。

だが30年前 全国およそ
1, 000万台のレジスターは

全く消費税に対応していなかった。

東京・大田区にある

キャッシュレジスターの
メーカー…

消費税導入が決まると
全国の顧客から

悲鳴のような問い合わせが
殺到した。

営業マンの…

今も忘れられない
大混乱の日々だったという。

実際に我々が
どこまで対応できるのか。

機械を販売するに至って じゃあ…

残された時間は 僅か98日。

会社の存亡を懸けた闘いが
始まった。

寺岡精工は もともと
はかりのメーカー。

肉などの重さを量り
値段を計算するレジスターを

得意としている。

(川越)これ 消費税導入当時に
実際に使われてた機械です。

消費税に対応はしてません。

消費税導入前のレジスター。

このままだと もちろん
消費税分を計算してくれない。

しかし プログラムを書き換えれば
消費税対応が可能だった。

それには
この P-ROMの交換が必要になる。

交換すれば…。

しっかり
3%の消費税が記載される。

全ての顧客に合わせた
プログラムを組むのは

想像以上に大変だったという。

ポイント券 発行される仕組みを
やってたり

コンビニエンスストアさん
だったら ためた金額自体を

今日 何ポイント使うかって事を
やられてると思うんですが

そのプログラムに対しても
消費税対応のプログラムを

入れていかなきゃいけないって
ところがあったんですよ。


大野は 顧客の都合に合わせて

プログラムを
一つ一つ組んでいった。

時間は 全く足りなかった。

会社の方で基本的に
布団 準備されて

会社の方で寝泊まりしたっていう。

精神的には
つらい状態はありました。

消費税に対応できなければ
顧客を失い

会社存続の危機にもなりかねない。

必死の追い込みで
プログラムの修正は

どうにか めどがついた。

しかし 時間は
待ってくれない。

すぐに その新しいプログラムが
入ったP-ROMを

全顧客分 製造した。

そして社員総出で 全国のレジの
P-ROMを交換していったのだ。

昼間 外回りの仕事をしていた…

毎晩 会社に戻ってから
P-ROM作りを手伝った。

夜な夜な 仕事終わった頃
集まってきて

みんなで徹夜しながら
焼いたりですね… 当時は。

嵐のような 98日間は
あっという間に過ぎていった。

そして迎えた 4月1日。

全国のレジは
消費税に対応できたのか。

意外な人物が
その瞬間を見届けていた。

消費税法案を つくった
大蔵省の尾崎と薄井だ。

2人は深夜 六本木のコンビニに
足を伸ばし

4月1日になって間もなく
歯ブラシを買った。

レジには 当たり前のように
消費税3%が表示された。

12時になるのを待って
で 通ったと。

その時には 「へえ こんなに
レジで うまく処理されて

サッと処理できるのかな」
と思うぐらい

スッと いきましたね。

なんか 感無量だったですよ。

で 聞いたんですよ
それをやってた お兄ちゃんに。

「いやぁ」なんて… こうやって
ポンとキャッシャーを開けて

それで 「これ」って言って
つまみ出して…

日本に新たな税が生まれた日。

全社を挙げて混乱を乗り越えた
この会社は

今も 時代に即した新製品の開発に
力を入れている。

対応したレジが あったからこそ
消費税も導入できたわけですし

それがなかったら 実際に現実では
無理だったわけですから。

非常に うれしい事ですよね。

努力が報われた感じはします。

消費税導入直後の6月に
竹下首相は退陣。

7月には 参議院選挙が行われた。

消費税は お断りです!

この選挙の大きな争点が
消費税だった。

「マドンナ旋風」が吹き荒れ

土井たか子率いる社会党が躍進。

一方 大敗した自民党は
過半数割れとなった。

もはや 当初の違和感は消え

日々の買い物で 消費税を払うのは
当たり前の感覚になっています。

しかし あれから29年

国の借金が
依然として減っていないのは

ご存じのとおりです。

一体どうすれば 日本という国の
お財布を守る事ができるのか。

その答えが見つからないまま

消費税の税率は
来年 10%に上げられる予定です。

2018年1月。

施政方針演説で語られた事がある。

来年10月に引き上げる予定の
消費税財源を活用し

お年寄りも若者も安心できる
全世代型の社会保障制度へと

大きく転換してまいります。

同時に 財政健全化も
確実に実現します。

(拍手)

現在 8%の消費税。

もともとは 2015年に10%に
引き上げられる予定だったが

2度にわたって延期されている。

消費税導入に関わった
元大蔵省の薄井は

今 何を思うのか。

最初から 神様でないんでね

こうやれば国民は
分かってくれるというのは

ない場合が多いと思うんですよね
これからも。

国会の職員として 消費税導入の
舞台裏を見つめた平野は…。

消費税が 10%になると

税収は 年5兆円程度
増える事が見込まれている。

だが 2018年6月現在

累積した日本の財政赤字は

1, 072兆円に上っている。


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