先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「失敗の理由はKY?源義経(後編)」 落合博満、日本大学教授…関幸彦、麻木久仁子


『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「失敗の理由はKY?源義経(後編)」』の番組情報(EPGから引用)


2018/07/24(火)
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「失敗の理由はKY?源義経(後編)」[解][字]
源平合戦で、源氏を勝利に導いた立役者・源義経。そのわずか4年後仲間のざん言で一変して“謀反人”となり非業の死を遂げた。義経から「人間関係を失敗しない知恵」を探る
詳細情報
番組内容
源平合戦で、源氏を勝利に導いた立役者・源義経。そのわずか4年後、一変して“謀反人”となり、非業の死を遂げた。その原因のひとつが、仲間による兄頼朝の讒(ざん)言。「一の谷」「屋島」「壇ノ浦」の戦いでの義経の立ち振る舞いが、スタンドプレーに映り、いさかいが起こったという。第2回は「相手の立場や気持ちを想像する力に欠けた義経から「人間関係を失敗しない知恵」を元プロ野球監督落合博満さんが読み解いていく。
出演者
【ゲスト】落合博満,日本大学教授…関幸彦,麻木久仁子,【司会】新井秀和
Capture20180725-063350.jpg 



『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「失敗の理由はKY?源義経(後編)」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「失敗の理由はKY?源義経(後編)」
  1. 義経
  2. 頼朝
  3. 平氏
  4. 監督
  5. 景時

  6. 何か
  7. 選手
  8. 自分
  9. 戦い



『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「失敗の理由はKY?源義経(後編)」』の解析用ソース(番組内容ネタバレ注意!)


今宵は
あの「オレ流」監督が ご来店。

義経の失敗を一刀両断!

貴族の世から 武士の世へ。

時代が大きく移り変わった
平安時代の末。

仇敵・平氏との戦いに
立ち上がった

源氏の棟梁 源頼朝のもとに
一人の男が はせ参じます。

源義経です。

これからは 兄弟力を合わせ
父上の仇を討とうぞ。

はっ!

平氏に討たれた
父の恨みを晴らすため。

手を携えた二人は
次々と平氏を打ち破ります。

しかし 勝利を収める一方で

いつしか 兄弟の間に
綻びが生じていきます。

その訳は 軍勢を率いる義経が
主君・頼朝の思惑に反し

度々 暴走を重ねた事に
ありました。

頼朝が「ゆっくり攻めろ」と
命じても…。

義経は 僅か…

頼朝が 「必ず三種の神器を
取り戻せ!」と命じても…。

海に落とし 回収できず。

兄の深い考えを顧みず
いわばKYで突っ走り

過ちを繰り返した義経。

ついに 頼朝の怒りを買い

謀反人として
非業の死を遂げる事になるのです。

そんな義経の失敗を
読み解くのは…

1978年 ドラフト3位で
ロッテオリオンズに入団すると

みるみる頭角を現し
三冠王を通算3回獲得。

球界屈指の名バッターとして
活躍する一方

自分の流儀を押し通す 「オレ流」の
生き方でも話題を振りまきます。

バイバ~イ。
バイバ~イ。

例えば 入団当初
打撃指導する監督の言葉を

「オレには合わない」と拒否。

我流で
フォームの改造に取り組み

神主打法と呼ばれる
独自のスタイルを編み出します。

現役引退後は…

通算4回のリーグ優勝を
果たすなど

名将と たたえられますが
ここでも「オレ流」は健在。

その前年
落合さんは 手腕を見込まれ

全日本の監督を
依頼されましたが…。

「自分の仕事は 日本ではなく
ドラゴンズを勝たせる事だ」と言い拒否。

同じ勝利を目指しながら
悲運の武将となった義経。

球界の重鎮として
独自の存在感を放つ落合さん。

二人の違いは 一体 何?

いや~ 歴史居酒屋「知恵泉」

毎度 ごひいき頂きまして
ありがとうございます。

また来て頂けると
思いませんでしたけれども。

前回は これですよね。
源義経の。            白ですか。


ええ。 ここ一番に勝つ知恵を
味わって頂いたんですけれども

今回は
ちょっと趣向を変えましてね。

黒ですか?
ええ 黒義経。

まあねえ ここ一番に勝った義経。
その英雄が…

そういう意味なの? 白と黒って。
(麻木)黒歴史の方をやるの?

そうです。 今日は
失敗から知恵を見いだして

味わいたいと思うんですね。

今日ね ご用意したのはですね
これなんですよ。

これ おいしそうじゃないですか。
ねっ。

まともな 酒のさかなにもなる。
麻木さん ちょっと…

落合さんもどうぞ。 ちょっと。

麻木さん どうですか?

難しい これ。 角がないもん。
あっ ひどい。

このイモなんですけれども
これが何かといいますと… ドン。

これ
言い間違ったわけじゃないですよ。

煮っころがしじゃなく
「煮っこころがし」。

心がつかめない
という事なんですよ。

ダジャレも そんなに丁寧に
説明しちゃうと

笑いようもないというか…。

つかめないイモなんてないと
思ってたから。

今週も駄目だなあ。

今日は 心がつかめない話?
そうなんです。

人づきあいにおいて
相手の心を読んだり

つかんだりする事が苦手だった
義経の不器用さを

ちょっと
表現してみたんですけれども。

いきましょう その黒義経を。
…って事は つまり

ものすごい辛口なんでしょうね。
そうなんです。

今日は 失敗から
知恵を味わっていきますよ。

なみなみ やって下さい。
あっ ほんと色が違うわ。

ほんとだ。
いい色してるわ。

義経と頼朝。

2人は 母親は違うものの
共に東国で大きな勢力を誇った

源氏の棟梁・義朝の子どもとして
生まれました。

しかし その義朝は
平氏との権力闘争の末

無残な最期を遂げ 残された2人は
罪人として扱われました。

兄・頼朝は 伊豆に流され

弟・義経は
京の北部 鞍馬寺に入れられ

世俗との関係を断ち切られ
育ちました。

そんな不遇の時代を経て
初めて対面した兄と弟。

ただ その思いを胸に 平氏との
戦いに乗り出していきました。

再会から4年後の 寿永3年。

平氏の拠点 「一ノ谷」に
源氏が攻め込んだ戦い。

この時 義経は
断崖絶壁を馬で駆け下り

敵陣に 攻撃を仕掛けました。

後に 「鵯越の逆落とし」と呼ばれる
この奇襲により

平氏の大軍を見事に打ち破ります。

しかし この華々しい勝利は
義経失脚の序章でもありました。

戦いの数か月後

兄・頼朝は 義経に対し
怒りをあらわにしています。

同じ志を持ち
手を結んだ兄と弟の間に

一体 何があったのでしょうか。

一ノ谷の戦いの2日後
義経は 京に凱旋します。

数々の鮮やかな戦いぶりで

義経人気は 庶民から公家にまで
広がりました。

特に 平氏の存在を
苦々しく思っていた

時の権力者・後白河法皇は
義経を 殊の外 高く評価。

宮中に召し
都の治安を維持する役職

「検非違使」に任命したのです。


義経は
朝廷から官職を授かる事は

源氏にとって名誉な事だと
考えました。

しかし この事が
兄弟の間に軋轢を生じさせたと

鎌倉幕府の正史「吾妻鏡」に
記されています。

「義経の検非違使就任を
しらせ聞いた頼朝は

すこぶる機嫌を
損ねた」。

「無断での任官は
その意思に反していた」。

頼朝は思います。

いくら 弟であっても
主君の自分に…

このあと 二人の間に
更なる暗雲が垂れこめます。

それは 一ノ谷を撤退した平氏が
屋島に新たな拠点を築いた時の事。

頼朝は 平氏追討の総大将
もう一人の兄弟 範頼に

こんな書状を送っています。

ところが 範頼を支える…

これは 頼朝の考えからは
大きく外れる事でした。

実は 平氏を
屋島に追い詰めた時点で…

そこには
中国地方や九州に残っていた…

元木泰雄さんは 平氏の主力を
屋島に くぎづけにする間

西国の土地を奪う
頼朝の戦略を指摘します。

配下の武士たちに
新たな土地を与えるため

頼朝が命じた
「ゆっくり攻めろ」。

義経は そんな兄の心を
理解できなかったのか

早期決戦を
図ってしまったのです。

このあと 義経は更に勢いづき…

再び 平氏に迫ろうという時
頼朝から 新たな指令が届きます。

平氏は 都から安徳天皇と

その権威の象徴・三種の神器を
連れ去っていました。

それらを無事保護しろという事を
頼朝は 義経に課したのです。

合戦で 勝つのは当然だけれども
その時に…

頼朝は そこまで
考えていたんだろうと思います。

平氏に代わり 東国に初めての
武家政権樹立を目指す頼朝は

朝廷との交渉を 有利に運ぶため

天皇と三種の神器を保護したいと
考えていたのです。

しかし その期待は
またしても裏切られます。

義経は 壇ノ浦で決戦を挑み

僅か1日にして
平氏を打ち破ってしまいます。

またしても
頼朝の命に反してしまった義経。

混乱のさなか なんと三種の神器を
海に没してしまったのです。

その後の捜索で
鏡と勾玉は見つかりましたが

剣は 発見できませんでした。

しかも 安徳天皇は入水。

戦の才能を いかんなく発揮し
平氏打倒を成し遂げた義経。

しかし その勝利は同時に

兄・頼朝の思惑を ことごとく
踏みにじる結果でもあったのです。

「知恵その一」は
上の心を読めと。

ただ読めてなかったっていう感じ。
忖度。

そりゃ読めませんよ。
読めないですかね。

あ~。
はは~。

何をしたいかというものがね
お互いの頭の中に入ってて

ちゃんと話し合いをして


こういう世の中にしたいんだ
という事を

じかに話してるかどうかですよ。

片方は戦う事に一生懸命でしょう。

なんせ 平家を滅ぼさなきゃ
いけないと思ってるわけ。

ここで戦いで勝ったら
また次へ行く。

そこ勝って また次へ行く。

一回でも負けてれば
立ち止まったんだろうけども

ずっと勝ち続けてるわけだから。
そっか…。

それを 頼朝が
何を考えてるかというふうに

考えろと言ったって
そりゃ無理ですよ。

まあ 確かに勝てば
褒められるかと思ったら

勝ち方に怒られるってなると

ちょっと ピンと
こなかったかもしれないですね。

何が悪いんだって。
3日で片づけたのにみたいな。

じゃあ 負けていいのかっていう
話になりますよね。

本人の中で 負けたら

頼朝のところまで
話は行くっていう事だから。

そうですよね。
先生 いたの?

いやいやいや… いました。
話が盛り上がってる間にね。

実は先生 だいぶ前から もう
いらっしゃってたんですけれども。

そうだったんですね。
そうなんです。

今回も 関先生
どうぞよろしくお願いいたします。

こちらこそ よろしくどうぞ。

あの 先生 今
駆けつけ一杯じゃないですけど

早速 駆けつけ質問
ちょっとしたいんですけれども

今ね やっぱコミュニケーションが
ちゃんと お互いの意思疎通が

図れてなかったんじゃないかって
いう話もあったんですけれども。

まあ意思の疎通については 頼朝の
持っている 戦略的な構想と

それから 義経が考えてる
戦術的な方策と

これは 必ずしも
一致しているわけではなくて。

こう 見据えていたものが
それぞれ違うっていう。

そうそうそう。
だから その意味では…

戦争から 平和になった時の

戦後処理を どういうふうに
転換していくのかという事を

頼朝は 真剣に
政治構想として持っていると。

これ もし二人が
若い 子どもの時から

いろんな不幸があって
別々になっていって

はせ参じたというかたちに
なりましたけど

もし二人が ずっと共に育って
先々まで お兄さんの構想とかも

話し合いながら
気持ちも分かるって

言ってるといいんでしょうけど。
まあ そうだね。

何か 挙兵しました はせ参じた

よし 行ってこい
うわ 勝っちゃったみたいな。

それから やっぱり育った環境も

義経は 16歳までか
鞍馬山にいましたから。

頼朝はさ 13~14歳まで
都にいたわけですよ。

だから 貴族社会における
ノウハウとか 泳ぎ方とか

人間のつきあい方とかっていう
さまざまな事は

少年期であろうが やっぱり
ある種 植え付けられてきたもの。

で まあ義経は 全然
そこは知らないわけですよね。

例えば義経なんかが 頼朝に
無断で官職に就くなよと。

官職は毒まんじゅう
なんだからと。

だんだん
それによって

朝廷内の王朝的な秩序の
中に組み込まれて

だんだん だんだん 毒が
全身に回ってくるよと。

義経は それは
源家の誉れで 名誉だから

官職に就きますよという事ですね。
それ結構 厳しく

勝手にやるなよって 言い渡して
あるんですか。        もちろん。

すごく厳しく言ってるのに
そうなってんの?

だから そこの部分の
温度差というのは

とても大きかったんじゃないかな
という気がしますね。

そうやって聞いてると
やっぱり 戦術ね

戦闘としては 最高だけど

やっぱ ものすごい政治的には
政治音痴というか。

だから 純粋無垢という部分が
あるんでしょうね。

でも悪気のない 悪気はないけど
手を突っ込みましたって

まあ 一番迷惑…。

それが一番
始末に負えないんだけどね。

なかなか 上の心が
読めなかったところも

あるのかもしれないですけど。

義経みたいな選手とか
いましたか?

そりゃ みんな
義経みたいな選手でしょ。

全く
俺の心も分からずに みたいな。

心 分かんなくていいの。

監督が 何 考えてるなんて
分からなくていいの。

自分の 今の与えられた仕事を
ちゃんと やってさえくれれば

別に文句はないんです。

でも 現場にいたら

読むんじゃなくて
聞かなきゃ駄目だと思う。

推測するんじゃなくて。
うん。

何を考えてるっていうのを
ちゃんと聞いて

やっぱ お互いにそれを話し合って
お互いが理解しないと

勝手な解釈になっちゃうんでね。

読むんじゃなくて
ちゃんと聞くんだと。

だって分からない事を人に聞いて
何が恥ずかしいのと。

知らない事を
そのままにしておくよりは

知らないものを
勇気を出して 聞いて

頭 スッキリさせた方が
いいじゃないですか。

何でも知ってる人なんて
この世の中に いないわけだから。

知ったかぶりが 一番駄目。

だから 恐らく選手と一番話したの
俺かも分かんない。

俺 しゃべらないというふうに
世の中で通ってるから。

勝手なイメージで。

何となくね
俺の顔見て 分かれっていう感じ。

絶対 それはない。
ああ そうですか。

必ず そのゲーム終わったら
ホテルの宿舎の宴会場で

監督が飯を食うっていうのは
みんな知ってるわけだから

外 出ないわけだから

話あるやつは
必ず その宴会場に来てますよ。


「監督 いいですか」って言うから
「いいよ 何があった?」って。

「いや 実は こういう事なんで
これって どうなんですか」。

いろいろ 1時間でも2時間でも
しゃべる事は できるわけだから。

なるほどね。

だから そういう意味では
その監督という立場を考えたら

選手を率いている一方で
ちょっと上を見ると

球団 首脳と
いうんですか

経営陣みたいなのが
やっぱりあって。

例えば ファンの人たちも
そうでしょうけど

まあ よく考えたら間に挟まれてる
存在でもありますよね

場面によっては。

俺 いつも言うのはね 野球の
話して 申し訳ないんだけども

2011年の優勝というのは

最終的に 10ゲームくらい
離されてて

ひっくり返したんだけどね。

どうやって
ひっくり返せたんですか?

あ~ なるほど。

これは現場の考え方。

でも 見てる人は
それじゃ つまんないんだ。

打って かっこよく
勝ちたいとかね

もうちょっと 華があっても
いいんじゃないかという

周りは みんな そう思うけども。

やっぱり お客さんが来てなんぼ
というところもあるから

ファンサービスをとか
そういう…。

じゃあ それ全部 はね返しちゃう。

というか
最初に 監督になる時に

俺に どういう事を
やってもらいたいんですかって。

なんせ 優勝しろと。
あとは 何もいらないと。

ほんとに
それだけでいいんですねと。

だから それが
最後まで生きたんですよ。

だから 球団の首脳陣
一切介入してきませんでしたよ。

だから義経もあれだよね 頼朝に
俺に何してほしいんですかと。

とにかく勝てと
壇ノ浦だと言って

壇ノ浦でいいんですねと
念を押しておけばよかったですね。

だから 僕はあの
頼朝と義経の関係に関しては

戦うという その行為の中では

特段 頼朝はね 義経に対して
不満はなかっただろうし

こいつは よくやるよなあ

なかなか鋭い戦い
感性を持ってるよな

というぐらいで思っていた
だと思うんですよね。

義経は やはり その意味では
戦術家ではあるけれども

政治のグラウンドデザイン
というものを

描くという部分から言えば
ちょっと やはり そこでは

違いがあるんじゃないかな
という気がしますよね。

結局 頼朝と義経って
年の差は いくつあるんですか。

まあ 12~13の。
一回りは違う。

一回り ちょうど違う。

考え方 一緒になれという方が
無理ですね。

まあ そうですね。
生まれて育った環境も違うしね。

そこのところでは。

上と下の関係だけでも これだけね
いろんなお話が出ましたけれども。

義経は もう一つ
読めなかった心があると。

まだ読めないものが。
…いう事なんですよ。

あいつ しょうがない。
何 読めないんですか。

上と下の次は こっちかなという
感じもするんですけれども。

ある武士が 義経を評した言葉が
残されています。

「猪武者だ」。

言葉の主は 梶原景時。

景時は 実務能力に優れ

頼朝から 最もあつい信頼を受ける
武士の一人でした。

平氏追討では 義経の下

侍大将として
その任にあたります。

侍大将とは 合戦での戦果や
損害を記録したり

軍勢の動きが 全体の戦略に
則しているか監督し

主君に報告する いわば
目付を行う役割です。

義経は この景時と度々衝突し

自らの立場を
更に追い込んでいったのです。

義経と景時。

二人の関係が悪化していく様が
「平家物語」に記されています。

最初の衝突は
平氏の拠点・屋島を攻めるため

義経たちが
軍議を行っている時の事でした。

この度の戦では
船に逆櫓をつけようと思います。

逆櫓?

景時は 船に逆櫓をつける事を
義経に持ちかけました。

逆櫓とは 船首に
つける 櫓の事。

これがあれば
後ろに退却する時も

素早く 船を
動かす事ができます。

頼朝から預かった兵を
無駄にしてはいけない。

退くべき時は退く。
侍大将としては 当然の事でした。

ところが
義経は それを一蹴します。

あざ笑う義経。

こんな言葉が
景時の脳裏に よぎります。

「義経は猪武者だ」。

2人の対立は 壇ノ浦の戦いの
直前にも起こっています。

戦いを目前にした軍議の折

景時は 先陣を務めたいと
申し出ます。

しかし 義経は…。

いや…

それは よくありません。
殿は この軍団の将です。

一番前にいたら 分かりませんよね
どうなってるのか。

合戦の局面が分かりませんから…

そんな事は まず
普通では考えられない事です。

度重なる 義経の仕打ちは

景時にとって
大いに不満が残る事でした。

しかし それ以上に
景時が疑問を持ったのは

仲間をないがしろにする 義経の…

景時の不信感は
もはや 限界を超えていました。

壇ノ浦の戦いのあと 景時は
頼朝への報告書をつづっています。

討ち取った敵武将の名前。

味方が被った損害。

合戦の あらゆる事柄を
詳細にまとめた手紙の最後は

次のように記されていました。

頼朝は 景時の手紙を
危機感を持って 読んでいました。

頼朝が 鎌倉につくろうとしていた
政権は

東国の武士たちの支持があって
初めて成り立つものです。

それなのに 義経は
彼らの心をくもうともせず

仲間と 軋轢ばかり重ねている。


しかも それを知らせた景時は

かつて 頼朝の命を救った事もある
いわば 源氏の恩人。

頼朝は 肉親の情愛を断ち切り
非情な判断を下します。

♬「江ノ島が見えてきた
俺の家も近い」

という事で 鎌倉市
腰越に やって参りました。

ここに 義経と非常にゆかりの深い
寺があるというんですね。

行ってみましょう。

<都にいた義経は 兄の怒りを知り
釈明に向かいます。

しかし 鎌倉に足を踏み入れる事は
許されず

その手前 西に3キロ離れた腰越に
とどめ置かれました>

本当は 鎌倉に
行きたかったわけですよね。

当然でしょうね。
ええ。

それは 悔しいなんていう事を
通り越して…

また頭の中は 混乱してしまったん
じゃないですかね。

<満福寺には 頼朝に向けて
義経が記したと伝わる

手紙の拓本が残されています>

だいぶ長い手紙ですけれども。
そうですね。

くどくどと やっぱり自分の功績

そして
なぜ 自分が手柄を立てたのに

ほめられないのか その悩みを
切々と訴えているわけですね。

「それなのに 兄上のお怒りを
被る事となり…」。

「まだ 兄上のお顔さえ
拝見できておりません。

骨肉の縁は
切れてしまったのでしょうか。

悲しい事です」。

結局 義経は
頼朝への面会を許されず

失意のうちに 都に戻ったと
いわれています。

父のかたき 平氏打倒を目指し
手を取り合いながら

やがて 決裂という末路をたどった
二人。

その後 義経は
頼朝に追っ手を差し向けられ

自刃を遂げる事になります。

壇ノ浦で 平氏を倒し
僅か4年後の事でした。

なるほどね。 いや~ 何かちょっと
義経の話をしたいのは

やまやまですが
まず その前に何ですか?

そこですか。 いや まあ
居酒屋「知恵泉」

やっぱり 新鮮な知恵をね
産地に取りに行くという事で。

魚を探しに行ったんじゃないんだ。

知恵を探しに
行ってきたんですけれども

大変 失礼いたしました。
いいでしょう。 頑張って下さい。

いや しかし何か ここまで来ると
ちょっと何か胸が痛いというかね。

何かね
もう 分かってはいるけれど

何か 悲しいねみたいな
感じでしたね。

ところで さっきの梶原景時も
あれは何か 私 見てると

これは 男の嫉妬だなって
思ったんですけど

どうなんですかね。

友達には
持ちたくないタイプだよね

あの梶原景時というのはね。

本音は言えないね。
本音は絶対言えない。

義経は もちろん
その二つの側面があって

まあ指揮命令権者としての立場と。

ただ一方では 義経自ら
大将というのは

本来は 先頭に立って
戦っちゃいけないけれども

自ら率先して 戦うという行為は
結構 いろんな部分で見えている。

その意味では 義経というのは
結構 本来の大将の枠から言うと

ちょっと違うような
タイプかもしれないですね。

ただやっぱりね 梶原景時は
義経を補佐しつつ

それについて 鎌倉殿の代わりに
助言する立場というのを

梶原景時は与えられてるので。

そういう意味からいうと

景時から見た時の
義経の行動というのが

一兵卒と同じように
戦ったりなんかするのは

ちょっと違うでしょという
話ですよ。

まあ そこに 義経の持っている

義経と景時の
ソリの合わなさというのが

やっぱり 本質的に
性格の問題もあるでしょうしね。

生き方の違いでしょうね。
まあ そうでしょうね。

でもね 逆に言えば そこまで
みんなに恨まれるという事は

最高の仕事をしたんだと思う。
悲しい話だ。

だって そうでしょう。

中途半端だったら みんな
そこまで恨まないと思うよ。

ここまで悪く言われないと。
うん。

まあね まあね。

じゃあ義経が 「ねえねえ 景ちゃん
どうなの」って聞いたからって

「俺さあ…」って
しゃべったかどうか。

それはもう 義経の中では
梶原景時なんか

一段も二段も低いというふうに
見てるしね 当然ながら。

お前ごときが
俺のところと話すような

レベルじゃないだろという事で。

「逆櫓100本つけとけ
お前なんか」っていうのは

あれは やっぱり
言っちゃいけないですよね。

そこで なぜ そういうふうに
言われたかというのを

考えようともしないんでしょ。

だから
お互いに もう敵なんですよ。

そうですね。 もう 分かり合えなく
なっちゃってるね どっちみちね。

なるほどね。

いや だから そういう意味では
今日ね 人の心が読めない

例えば 「梶原景時が すねちゃうな
俺が こんな事 言ったら」って。

ちょっとは その気持ちを
分かってやった方が

よかったのか どうなのか。

例えば 落合さんご自身が
自分が選手の時に

同じ選手仲間の気持ちとか
そういうのって どうでしたか?

考えた事もない。
そうなんですか。

選手は 敵だもん。
はいはい はいはい。

その人に いい事やったって
その人にレギュラー取られたら

今度 倍の力を使って

自分で レギュラ-を取りに
行かなきゃいけないんだもん。

選手同士で戦いしてるんですよ。
なるほどね。

命懸かった戦いをしてる義経に

隣の 何か すねてるやつの気持ち
考えろっていうのも

酷な話なのかもしれないですね。
それどころじゃないよ みたいな。


さっきの「腰越状」だってね

あんな話は もっとず~っと手前で
もし 直接やってたら

違ったわけでしょう。

ただね 結局 「腰越状」に関しては
あの状況にならなければ

やっぱり 義経は
書こうとしなかっただろうし。

だから あの段階まで…

頼朝は多分ね これは もう
あくまでも推測ですけれども

あの段階では もう義経の手紙を
読んだかもしれませんけれども

中に入れて 話し合うという事は
恐らく 情が移ってしまうし

自分自身の決心が鈍る
という意味もあるから

あの段階では 恐らくもう
頼朝は 義経の切断を恐らく。

もう決まってたという事ですね。

考えていたというふうに
思っていた。

じゃあ
読んだかもしれないけれども。

あえて 頼朝は
義経に関しては…

例えば 監督というお立場でも

いろんな人から いろんな情報
入ると思うんですよ。

どう その耳に入るものを
処理するか 解釈するか。

それが すごく重要になってくると
思うんですけど

それは どうしてましたか?

ず~っと観察しとけば
行動パターンによって

全然 その時の精神状態が
変わるんでね

見とくというのは面白いよ。

いや でも落合さんのね。
怖いな。

監督として。
でも 選手からするとね

監督に見られてるって
ちょっと怖いかもしれないけど。

だって
今日は どういう精神状態で

グラウンド来てるのか
というのは

歩き方でも 顔色でも しぐさでも
日によって 全然違うもん。

監督は 監督の下で働く人間が 今
どういう状況なのかというのは

常に 把握しておかなきゃ
いけないじゃない。
そうか。

私なんか
全然 分かんないんですけど。

見てないからだと思う。

ある目的を持って
見てないって事か。

その 何て言うんですか 意識的に
選手たちを もり立てるというか。

盛り上げるようにしてた事とか
ってあるんですか。

いや~ 勝手に盛り上がって
いきますよ 選手って。

優勝戦線に絡んでくると

にわかファンって増えるでしょ
球場。 あれと一緒でね。

もしかして俺ら 優勝できるんじゃ
ないのかと思えば

勝手に選手が動き始める。
逆に負けてる時に

それを 何とか打開しなきゃ
いけないってなったら。

例えば ちょっと プライド
くすぐるような事を言って

乗せたりとか そういうのは?
そういう時はね いくら監督でも

お前には言われたくない
というやつは いっぱいいる。

めんどくさいですね 選手って。
まあ めんどくさい。

人間同士が 一番めんどくさい。

ちょっと 落合さんに
最後に伺いたいのが

人づきあいの極意って何ですか。
だから 人づきあい悪いって。

いや~ じゃあ
別に悪くてもいいんだと。

うん。
悪くても ゼロではないんですよ。

そのかわり それが溶け合って
ちゃんとね 分かり合えば

ず~っと 何十年って
続いてるわけですから。

そういう人たちが いればいいと。

あのね 結局お二人のお話伺ってて
義経はね

どうすべきだったのかっていうと
どうしようもなかったっていう。

だけど だから
これだけ 名を残した。

じゃあ 振り返って
私みたいな普通の人間は

思いっきり 忖度しまくって

ちょっとでも
自分に危険が及びそうだったら

パッと気を付けて 生きていく。

何か 生きている世界が違うなと
思った。

それも能力ですよ。
そういうセンサーが働くという事。

嗅覚ってあるでしょ。

嗅覚でも それを
自分の頭の中にでも

こうやって ポンと入ってきて
対応できるというのは

これ ものすごい能力だよ。

私 できますかね。
できると思う。

落合さん 何か結構 人をその気に
させるの うまいじゃないですか。

何か私 今 ちょっと
その気になっちゃって

落合さんに褒められた。
そうなりますよね。

今 ちょっと何か
木に登っちゃってますよ。

義経も そうやって動かせれば
よかったのかもしれませんよね。

そういうのが
もうちょっとあったら よかった。

やっぱり 分かり合わなきゃ
いけないですよ。

という事でね 今日 私たち
ちょっと 歌でも歌って

親睦を深めましょうか。
え~ やだ。 何 言ってんの!

どうぞ。
何を歌うのよ。

♬~

これは?

「サムライ街道」。
うわ~ 若い。

うわ~ 若い! 二枚目。

32~33歳の時ですね これ。

もう 声出ないよ
見えないもん これ。

これ 当時を懐かしんで
聴いてる方がいいでしょ。

その方が 酒がうまい。
今日は聴きながらという事で

ご来店ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。

楽しい ひととき
ありがとうございました。

♬~


関連記事