アナザーストーリーズ ゴッホのひまわりを落札せよ~バブルの遺産 31年目の真実 沢尻エリカ、濱田岳



出典:『アナザーストーリーズ▽ゴッホのひまわりを落札せよ~バブルの遺産 31年目の真実』の番組情報(EPGから引用)


2018/09/04(火)
アナザーストーリーズ▽ゴッホのひまわりを落札せよ~バブルの遺産 31年目の真実[字]
バブル景気に沸いた1987年、日本企業がゴッホの代表作「ひまわり」を驚きの53億円で落札した!物議を醸したオークションの舞台裏を当事者たちが赤裸々に証言!!
詳細情報
番組内容
バブル景気に沸いた1987年、日本企業が53億円で落札したゴッホの代表作「ひまわり」。その記録的な金額は、ジャパンマネーの脅威として物議を醸した。それから31年、あのオークションの舞台裏を当事者たちが証言!!美術をよく知らないまま巨額の買い付けを命じられたサラリーマン、日本企業に売るための戦略をひそかに練っていたオークション責任者、両者に芽生えた不思議な信頼関係とは?手に汗握るアナザーストーリー。
出演者
【司会】沢尻エリカ,【語り】濱田岳 



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アナザーストーリーズ ゴッホのひまわりを落札せよ~バブルの遺産
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  2. ラウンデル
  3. ゴッホ
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  5. オークション
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  7. 万ポンド

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さて この絵…

もっとするかな?

もっとかな?
もっとするなら 億だよ。

えっ!?

えっ!?

でも 絵の好きな人は
やっぱりね

それぐらい価値がある
っちゅう事でしょ。

私ら…

誰もが驚く その値段は

31年前のオークションで
ついた。

出品されていたのは
あの ゴッホの代表作…

(ハンマーの音)

それまでの最高額の
3倍を投じて

「ひまわり」を ものにしたのは…。

バブルに沸く…

私としては非常に…

この落札劇

各方面に物議を醸した。

(ハンマーの音)

その裏には
知られざる駆け引きが

隠されていた。

♬~

皆さんも きっと見た事がある
この絵。

実物大です。

いかにもゴッホらしい
大胆なタッチ 鮮やかな色使い。

この 歴史的名画

実は数奇な運命の末に
日本に やってきたものなのです。

日本は 空前の好景気に沸いた。

金が余り 株価も土地の値段も

ぐんぐん上がる。

だが あのバブルの時代
日本企業の行動は

世界から
数々のバッシングも浴びた。

ハリウッドの大手映画会社を買収。

「アメリカの魂を金で買った」
と言われた。

更に ニューヨークの象徴

ロックフェラーセンタービルの
買収が 火に油を注いだ。

節操なく世界を買いあさる
ジャパンマネー。

その典型的な一例が
あのオークション。

…と見られがちなのだが

実は この「ひまわり」
バブル崩壊後も

日本で大切に守られてきた。

その原点となった
数奇な えにしを探る。

運命の分岐点は…

ロンドンで行われた
オークションで

日本企業が 「ひまわり」を
競り落とした日です。

第1の視点は

その時
オークション会場に派遣された…

「ひまわり」を必ず ものにしろと
厳命された男の

手に汗握る アナザーストーリー。

「ひまわり」を落札した会社は
ここ 新宿にある。

1枚の写真が残っている。

「ひまわり」が到着した日に
撮られた 記念写真だ。

あの絵を
買おうと思い立ったのは

社長の 後藤。

だが もちろん会社に

美術のプロなど いない。

なじみの部下を担当に指名した。

あっ こんにちは。 阿部です。
よろしくお願いします。

担当した 阿部 肇。

今年 85歳。

その指示は 寝耳に水だった。

まあ 驚きましたよね。

…といいますかね
詳しくはなかったですよ。


私のところに…

大変 驚きましたよ。

そもそも なぜ保険会社が

あの 「ひまわり」を
買おうとしたのか。

話は その10年前に遡る。

1970年代 マイカーブームを受けて
自動車保険に進出し

業績を伸ばしたのが 安田火災だ。

そのころ建てられたのが
新宿の一等地の本社ビル。

そこに美術館も つくったのは
利益を社会に還元するためだ。

だが 客足は伸び悩んだ。

切なる希望が 先々代から
後藤に伝えられたという。

この美術館を…

…という事を再三再四
後藤さんに言ったらしい。

…という事を後藤さんに いろいろ
話の中で出てたんでしょうね。

もうすぐ会社は…

日本中が バブル景気に沸く中
その目は自然

海外の有名絵画に向けられた。

そんな ある日 阿部は
社長の後藤に呼び出された。

…という指示。

心底 驚いた。

入社以来 海外の保険会社との
交渉は行ってきた。

だが美術など ビジネストークの
ネタ程度にしか知らない。

「君は この前の日曜日は
どうしたんだ?」

というような事は
よく聞かれますから

「ルーブルへ行ってきましたよ」と。

「あそこの中で感心したのは
こういう絵の展示がありまして

私は間近に見たのは初めてだから
大変 感動しましたよ」とか

そういうような話をしながら
相手と仲良くなるというか

そういう必要が
あったもんですからね。

…といいますかね
詳しくはなかったですよ。

指名された理由は 恐らく1つ…。

実は この直前

偶然 クリスティーズに
知り合いができていたのだ。

時計の針を4か月前に戻そう。

イギリスの親しい取引先が来日。

彼に弟を紹介された。

聞けば ロンドンの
オークション会社

クリスティーズに
勤めているという。

実は この男こそ

あの「ひまわり」で
史上最高額を演出する事になる。

阿部は何の気なく
彼を 社長の後藤に紹介した。

社長に私が
紹介したような感じだから

変なやつだったら嫌だなと
思ってたから

普通の人間だから よかったなと
思って そのぐらいのもんですよ。

後藤の名画探しが本格化するのは
この紹介が きっかけだ。

その直後のオークション

マネの名画が
出品された。

(ハンマーの音)

だが 価格は予想を
はるかに超え

競り落とせなかった。

この時 あの男の発した ひと言を
阿部は覚えている。

その意味を 阿部たちは
この招待状で知った。

次のオークションの出品作を
じかに見る 下見会。

そこには あの「ひまわり」が
出品されると書かれていた。


言わずと知れた 印象派の巨匠

フィンセント・ファン・ゴッホの
代表作。

しかも!

ゴッホは 同じ構図の「ひまわり」を
7点描いている。

このうち1点は戦争で消失。

他の6点は 各地の美術館や
コレクターの秘蔵品で

売りに出される事は考えられない。

だが今回
ある所有者が亡くなり

遺産分配のため
奇跡的に売りに出された。

まさに 千載一遇のチャンス。

「ひまわり」の下見会は
東京で開かれた。

阿部は 社長の後藤と共に
出かけた。

今まで私が
見た事がないような

迫力を持った絵だな
という事でね。

ず~っと 最後までね。

数十分 立ち尽くして
見ておられたと思いますよ。

後藤は本格的に
落札すべく

阿部に
担当を命じた。

すぐに あの男
ラウンデルに連絡を取った。

すると落札価格は
およそ 1, 700万ポンド

40億円になるだろうという。

従来の最高価格の 実に3倍近い。

僅か数週間後
更に 驚愕の連絡が…。

ニューヨークの下見会で
見込みが変わり

予想は 2, 000万ポンドに
上がったという。

それは社長に
お伝えしましたけどね。

すぐ 間髪を入れず
お伝えしましたけれども。

安田火災では 社長以下による
緊急会議が開かれた。

そこで下された決断を
阿部は こう記している。

2, 000万ポンドを用意する事が
決まった。

いよいよロンドンに向かう 前夜。

阿部のもとに 再び
あのラウンデルから国際電話が…。

なんと…

すぐ 社長のところに
電話をしたんですけれども

今 土曜日の夜で
それは難しいと。

できないので とにかく…

で ロンドンの方に…
ロンドンの お前に連絡をすると。

そのまま ロンドンに飛んだ阿部。

着いたのは
オークション当日の早朝だった。

間もなく会社から
こんな指示が伝えられた。

その時に ちょっと
ただし書きが ついてましてね。

難しいとこだったですよね。

予算の上限を
2, 100万ポンドにする。

だが…。

あとは 阿部に一任された。


阿部は
クリスティーズへ向かった。

最後に あの男に
確認しておきたかったからだ。

ギリギリ2, 100万ポンドを出せば
絶対に勝てるだろうか。

しかし…。

「それで いけるか?」と言ったら

勝つには…
それではダメかもしれないと。

オーストラリアに
強力なライバルが現れ

その予算では危ないと
ラウンデルは言う。

…というのは
これは本音だろうと。

だから 果たして…

だから それに乗っていいのか
悪いのかというのが

私としては非常に
頭の中 駆け巡ってたわけだよね。

落札価格の1割が
クリスティーズの もうけになる。

あの出会いは
偶然すぎないか。

こんなに予想価格が
上がっていくのは

普通の事なのか。

果たして この男を
信じていいのか?

どうするかなという事で もう
さんざん 悩んだんだけどね。

今ならね 携帯電話があるからね
すぐにでも東京に携帯で…。

当時は そんなもの
なかったからね。

私としても…

阿部は決断した。

自分の責任で
あと200万ポンドを のせる。

そこまで 持たせたらば…

彼は 回答したわけですね。

その時の…
まあ 言ってみればね

目の色とか 表情とか

そんなのを 私 見ていて…

会社からの指示が もう一つ。

あまりの高額になるため
世間を刺激せぬよう

「極秘事項」とする。

阿部は ラウンデルを
代理人に立て

影から合図を送る事にした。

2, 300万ポンドまでは任せる。

腕を解いたら 降りる合図だと。

人生最大の決断をかけ
いざ オークション会場へ。

阿部は 前から2列目に。

ラウンデルは その左側。

電話で誰かと話すふりをしながら
阿部の動きを見守る。

ついに
「ひまわり」が姿を現した。

「ひまわり」の あの絵が全体が
パッと出てくるわけ。

その瞬間に テレビカメラが
いっぱい来てましたから

それが 一斉に
照明あてるから…

みんな どよめきが起きましたね。

私も 「わ~!」と思ったもんね。

いよいよ出てきたなと思ってね。

オークションが始まった。

たちまち
1, 000万ポンドを突破。

2, 000万ポンドを突破。

ライバルは…

この 眼鏡の女性。

彼女が オーストラリア人の
代理人なのか?

会社が許可した
2, 100万ポンド!

ライバルの代理人が 首を振った。

(ハンマーの音)

(ハンマーの音)

阿部が最後に上乗せした金額で
勝負は ついた。

(取材者)
座り直す阿部さんがいて…。

座り直したかもしれないね。

(阿部)これ… ここら辺だな。
ああ これこれ これこれ。

今 座り直してるね。

やれやれっていう感じ
なんじゃない?

こうやってたのをさ
こう 解けたから。

やっぱり こういう時
ここに 力入ってたんだよね。

ただ やっぱり すぐに
要するに指示された…

…という事が すぐ次に
やってきましたからね。

あんまり愉快では
なかったですけどね。

これは 阿部が「ひまわり」と共に
帰国する時の写真だ。

社長からの おとがめは なし。

「よくやった」と
ねぎらわれたという。

まさに 清水の舞台から
飛び降りる覚悟で

「ひまわり」を落札した 阿部。

しかし その裏には

バブル景気に沸く
日本企業に目を付けた

オークション会社の
したたかな戦略がありました。

第2の視点は クリスティーズの…

元の所有者から
「ひまわり」を入手し

史上最高額にまで
引き上げた男です。

同じオークションに
立ち会いながらも

買い手の阿部と
売り手のラウンデルは

違う風景を見ていました。

史上最高額での落札。

その裏側で交錯した
アナザーストーリー。

その男は今

クリスティーズを離れ ロンドンで
美術商として働いている。

今も 「あの『ひまわり』を売った男」
という肩書が

彼の名刺代わりだ。

これを見ると 思い出しますね。

(ハンマーの音)

拍手が すごかった。
みんな驚いていました。

あの顛末 果たしてラウンデルには
どう映っていたのか?

クリスティーズに その驚きの
情報が もたらされたのは

あのオークションの
半年ほど前の事らしい。

かつて ナショナル・ギャラリーに
展示されていた

「ひまわり」の所有者が亡くなった。

遺族の遺産分配のために

絵の売却が検討されている
というのだ。

その情報に 会社が
どれほど色めき立ったか。


それは
あのオークションで

会長自らが ハンマーを
握った事からも

容易に想像できる。

当時 クリスティーズは
近代絵画部門で

宿命のライバル サザビーズに
後れを取っていると言われていた。

それを逆転する 絶好のチャンス。

会長の チャールス・オルソップが
託した切り札が

あの男だった。

35歳の若さだが
版画部門の責任者として

前例に とらわれない手法で
めきめき実績を上げていた。

あのミッションには
身震いしましたね。

版画部門から
印象派部門の部長に抜擢され

しかも…

それを立案し 取りしきる事は
すごいプレッシャーでしたが

またとないチャンスでも
ありました。

ラウンデルの動きは早かった。

これは 彼が遺族に示した
売却の提案書。

周到なプランで
遺族の信用を勝ち取った。

そして これまでの最高記録を
塗り替えるべく

独自の手法で
オークションへの準備を始めた。

その作戦の一つが 実物を見せて
購買意欲を くすぐる 下見会。

今でこそ 一般的だが…。

部下の ジェニングスは こう語る。

あれは 私たちが
最初に始めた事ですよ。

「ワールドツアー」と呼んで
ニューヨーク スイス

そして 日本を回ったんです。

ラウンデルは下見会を
世界3か所で開催している。

最初は東京 次いで…

カギは その最初を東京にした事。

これこそ
ラウンデルの秘策だった。

空前の好景気に沸く東京で
最初の下見会を行い

落札予想価格を
一気に引き上げる。

オークション1か月前
部下のジェニングスが

「ひまわり」を東京に運んだ。

厳重に箱に収めたうえ
絵のために席を確保して

隣には 屈強の警備員が
座りました。

手錠で つなぐまでは
しませんでしたが

いっときも 絵から目を離す事は
ありませんでしたね。

そして ラウンデルは
買い手へのアプローチを開始する。

その 戦略は?

前の年にやった
マネのオークションで 次に…

しかし 今回は特別です。

落札価格が 世界最高記録を
更新する事は

間違いありませんでしたから。

それでも
「ひまわり」を買えるほどの…

つまり 並外れた資金力のある
顧客を見つける必要がありました。

この時 ラウンデルが真っ先に
思い浮かべていたのが…

あの 安田火災だった。

数か月前 マネの絵を
買えなかった時の落胆ぶりを

覚えていたからだ。

(拍手)

安田火災には
高額入札をする準備がある事を

私は 既に知っていました。

マネのオークションでも 日本の
購入予定者リストのトップは

安田火災でしたからね。

後藤さんと阿部さんが 美術館の
目玉になる傑作が欲しいと

おっしゃっていたのを
覚えています。

そしてラウンデルは
もう一つ 手を打った。

このカタログだ。

当時 これほど詳細な
カタログは異例。

ある ねらいが 隠されていた。

「ひまわり」の過去の所有者の中に
日本人の名前が。

これは あまり知られていない
かもしれません。

私たちは 「ひまわり」について
徹底的に調べました。

すると…

…という事実が分かったのです。

ゴッホが描いた
7枚の「ひまわり」のうち

1枚は戦前 神戸に渡っていた。

戦争で失われたが
今回は 「ひまわり」を

日本に取り返すチャンスだと
暗示した。

私たちは 日本人の購買意欲を
かきたてるのに

これは重要な要素だと思いました。

…というストーリーを
つくったのです。

ラウンデルの作戦は
見事に的中する。

東京の下見会で
早くも購入希望が続出。

間違いなく 記録的な値段になる
手応えを得た。

ニューヨーク チューリヒを回り

予想価格は 更に跳ね上がった。

ですが 各地で下見会を重ね

多くの顧客の目に触れる度に…

いよいよ本番。

この時 ラウンデルが抱えていた
最大の不安。

それは 大本命の安田火災が
本当に最後まで

持ちこたえられるか
どうかだった。

ラウンデルは 何に かけたのか?

初めて阿部さんに会った時

私は 一目で
人間として好きになりました。

彼と話し 東京の下見会で
後藤さんに絵を見て頂き

「ひまわりを絶対に落札したい」
という強い信念を感じました。

「ひまわり」を
美術館の中心的存在にしたい。

その役割が果たせるのは

「ひまわり」以外にない
という思いも。

ですから 私は…

ラウンデルは 信頼したからこそ
阿部に伝え続けた。

勝つためには
その予算では足りないと。

♬~

本当に そういう感情が

信頼感というものにまで
高まったのは

極端にいえば 当日ですよね。

当日の午前中の
打ち合わせの場ですね。

運命のオークション。

午後7時25分 開始。

会場の脇で 社員が それぞれ
顧客の代理人を務める。

ラウンデルの部下…

この時は スタッフ全員が

ディナージャケットや
ちょうネクタイを

着用しなくては
いけませんでした。

とても特別な場だったからです。

興奮が高まってきていました。

皆 大変重要な出来事を目撃する
事になると 予感していました。


いよいよ ラウンデルが
約束を果たす時。

阿部と約束した
2, 300万ポンド以下で

絶対に競り落とす。

(ラウンデル)
数か月に及んだ準備の事。

オークション史上
最高の落札額への期待。

クリスティーズの歴史と
私の人生において

とても重要な瞬間で

偉大な成功を
収める事ができるかが

かかっていましたから。

2, 000万ポンドを超えたところで
ライバルのコールが遅くなった。

電話で こう 手を覆ってるから

何を話したかは定かでは
ないんだけれども。

「うわあ 大丈夫かな…」。

で 向こうは また すごく
これは弱ってるなという感覚は

持ってましたよね。

それでも…。

ラウンデルは
一呼吸置いて ビット。

これが 決め手だった。

(ハンマーの音)

(歓声と拍手)

興奮しましたね。

落札直後の記者会見。

ポーカーフェースを通してきた
ラウンデルの 満面の笑顔がある。

(ラウンデル)あの時 自分の人生が
大きく変わりました。

私は 「『ひまわり』を売った男」
として知られ

これは ものすごい経歴となり
評判にもなりました。

30年以上たった今も

「ひまわり」のオークションを
人々は話題にします。

私のキャリアの中で
最も桁外れな出来事です。

♬~

「ひまわり」落札の影響を受けて
バブル期の日本企業は…

次々に名画を買いあさりました。

ルノワールの 「ムーラン・ド・
ラ・ギャレットの舞踏会」は

「ひまわり」を大きく超える…

ゴッホの 「医師ガシェの肖像」は
更に上回り…

しかし 間もなく…

バブルは 跡形もなく
はじけ散ります。

その結果…

せっかく手に入れた名画は

はるかに安い値段で
売り払われていきました。

「ひまわり」は
日本に残りましたが

そこにヨーロッパから
ある風評が。

「日本に買われた
『ひまわり』は偽物だ」。

…という 贋作疑惑です。

第3の視点は この論争から
「ひまわり」を救った男。

オランダ・ゴッホ美術館の
学芸員…

彼は どのようにして
本物と偽物を見分けたのか。

ゴッホ研究の第一人者が語る

ミステリーのような
アナザーストーリー。

「ひまわり」の落札劇は
その あまりの金額から

バッシングの対象となった。

「そんな金があるなら
保険料を下げろ」という声。

大蔵省からも 無用に
海外の感情を刺激するなと

異例の発表。

それに対して 社長の後藤は
こう説明している。

結局 一般公開されるや
批判など どこ吹く風。

空前のゴッホブームが起きた。

♬~

「ひまわり」落札を取材した
勅使河原 純は

その様子を鮮烈に覚えている。

ゴッホの 「ひまわり」を
獲得した瞬間から

年間の入場者数が 20万人ぐらい
上がっていくわけですからね。

実際ね ゴッホが
落札されてからね…

それで 近くのお店がね

みんな お客さんで
いっぱいになったんで…

こんな話は 今日まで
聞いた事がありませんね。

それから 10年。

ゴッホ人気は
とどまるところを知らず

海外の美術館は もとより

フランスにある
ゴッホの墓までが

日本人で あふれた。

そんなころだ イギリスで

こんなドキュメンタリーが
放映されたのは。

日本のブームを揶揄する
ナレーション。

更に…

日本が買った 「ひまわり」は
偽物だと主張した。

贋作疑惑は やっかいだ。

明確な証拠が見つからないと
反論が難しいのだ。

この時 にわかに動きだしたのは
日本でもイギリスでもなく

ゴッホの生まれ故郷
オランダの人物だった。

ゴッホ研究の
世界的権威とされる男…

覚悟をもって この仕事に臨んだ。

それが 最初の直感でした。

しかし すぐには
立証できませんでした。

なぜなら あの作品は…

長年 ナショナル・ギャラリーで
展示されてきた

あまりにも有名な作品のため

本格的な鑑定は
行われてこなかった。

偽物だという風評は
世界中に飛び火。

その中で ティルボルフの調査は
スタートする。

日本の 「ひまわり」の
偽物疑惑が出ると

すぐに我々の意見を聞かれました。

私たちは 絵が偽物だとは
思っていませんでしたが

この際…

ティルボルフは
安田火災の協力を得て

「ひまわり」の徹底調査を開始した。

美術館のスタッフが 額縁を外し

絵の具が塗られたカンバスまで
しっかりと見せてくれました。

おかげで
多くのデータが得られました。

それから 日本の「ひまわり」と
他の「ひまわり」を

徹底的に比較し 分析しました。

そういった事を
つぶさに調べたのです。

折れた茎への言いがかりは
瞬く間に払拭された。

日本の「ひまわり」と
「ひまわり」以外のゴッホ作品を

比較すると
すぐに答えが出ました。

ご覧のように 折れた茎の表現が
随所に登場します。

そしてティルボルフは
4年を かけて

ついに決定的な証拠を つかむ。

「ひまわり」のカンバスの
X線画像分析だ。

縦糸と横糸の密度を調べた結果

驚くべき事実が分かったのだ。

なんと
「ひまわり」のカンバスの布が

ある大物画家が描いた絵の
カンバスと 一致した。

ゴッホと並ぶ
印象派の巨匠…

ゴッホとは 一時期
南フランスで同じ家に住み

共同作業を行っていた事が
知られている。

絵の布が同じという事は
2人が布を分け合った証拠。

これこそ ゴッホの真作の証しだと
ティルボルフは断じた。

これは 本物である事の
決定的証拠です。

そして これまでは
知られていなかった

ゴッホとゴーギャンの親密な
関係が明らかになったのです。

ティルボルフが
一組の絵を見せてくれた。

これは ゴーギャンが描いた
ひまわりを描くゴッホ。

ティルボルフは 「ひまわり」が
日本の企業に落札された事を

好意的に受け止めている。

あの「ひまわり」は
ゴッホの全盛期の傑作ですが…

(ティルボルフ)ゴッホが
日本人のように描きたくて

試行錯誤した中で

最も良く描けた
作品でしょう。

(ティルボルフ)人々の努力の結果
「ひまわり」が日本に来たのは

日本人にとっても
幸せな事でした。

日本企業に買い取られ
今も日本で見る事ができる

ゴッホの 「ひまわり」。

落札に投じられた お金 53億円。

これは果たして 高すぎたのか?

それとも 値段に見合う
価値ある買い物だったのか?

どんな名画も その値打ちは
見る人しだいだと言いますが

さて あなたにとっては
いかがですか?

「ひまわり」以降 名画の落札価格は
上がり続けている。

そして去年
史上最高額が出た。

53億円の 「ひまわり」が

今では
安く感じられるほどになった。

でも その絵が日本にある事は
意外に知られていない。

(取材者)どこの国が
持ってるかって…。

いや 分かんないっすね。

フランス? 違うかな。
イタリア。

今ですか?
ルーブルとかじゃないんですか?

全然知らないです。 どこの
美術館とか そういう事ですよね。

(取材者)
一応 新宿にあるんですよ。

すぐ そこの美術館
らしいんですけど。

ああ 損保の。

死ぬまでには一回… やっぱり
ゴッホっていえば有名なので

一度は見てみたい気はしますね。

「ひまわり」は
今も日本で咲いている。

♬~


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