ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 神野美伽×小島慶子 …ライバルと言われた坂本冬美への思い、略奪婚…


出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 神野美伽×小島慶子』の番組情報(EPGから引用)


2018/09/22(土) 
[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 神野美伽×小島慶子
歌手生活35周年。ライバルと言われた坂本冬美への思い、略奪婚となった作詞家・荒木とよひさとの結婚、そして16年後の離婚。歌手生活から私生活まですべてを語った。
詳細情報
おしらせ
※引き続き、夜7時~「ザ・インタビュー スペシャル~400人傑作選~」をお送りいたします。お見逃しなく!
番組内容
1965年、大阪・貝塚市生まれ。幼い頃から歌が大好きで10歳の時、テレビ番組で都はるみの歌を歌って優勝。多くの芸能会社からスカウトされる。高校卒業と同時に、都はるみの育ての親・市川昭介に入門する。1984年、「カモメお前なら」で歌手デビュー。翌年の「男船」の大ヒットで神野の名は全国区に。順風満帆な歌手生活の幕開けだったがこの時、歌手を辞めようかと苦悩していた。その根源は、事務所の後輩・坂本冬美の存在だった。
番組内容2
歌が好きになれたのは33歳。テレサ・テンのヒット曲「つぐない」などを世に送り出した作詞家・荒木とよひさと結婚。22歳の年の差婚であり神野の略奪婚でもあった。荒木との禁断の出会い、結婚…そして16年の結婚生活を経て、3年前に離婚。その理由とは?全てを赤裸々に語る。2014年「演歌を世界に広めたい」という願いから、初の試みとなるアメリカでのライブを開催し今も継続している。この取り組みが神野を変えた…。
出演者
【ゲスト】神野美伽(歌手)
【インタビュアー】小島慶子(タレント、エッセイスト)
次回放送予定
次回9月29日(土)は、歌手で俳優のピーターに、タレントでエッセイストの小島慶子が迫る!お楽しみに!
番組概要
様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!
番組ホームページ
<番組ホームページはこちら!>
www.bs-asahi.co.jp/interview/
制作
BS朝日、ViViA 


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  2. 先生
  3. 荒木
  4. 演歌
  5. 結婚
  6. 歌手
  7. 言う
  8. 本当
  9. 作詞家
  10. 離婚



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〈演歌歌手にして
少林寺拳法の有段者〉

〈その人は
竹を割ったような性格だった〉

アハハッ。
(小島)はじめまして。

はじめまして。
よろしくお願い致します。

楽しみにしてました。
こちらこそ 楽しみにしてました。

いいですか? そっち行っても。
はい こちらで。

なんか後ろにね 勇ましい…。
ああ そうなんですよ ここね。

武器とかがあったりするのは
少林寺もなさってるし

強いものがお好き
みたいなところがあるんですか?

昔 してたってだけで

今は なんにも。
あっ そうなんですね。

いまだに
武道派っていうわけではない?

いや でも好きですよね。

武道は
やはり とても好きだと思います。

今日は よろしくお願い致します。
こちらこそ。

♬~

〈こぶしの利いた歌声を
『紅白歌合戦』でも響かせている〉

〈ここ数年は
アメリカでのライブに積極的だ〉

♬~「子守…」

♬~「子守唄」

(拍手と歓声)

〈演歌を世界に広めたいと
力を注いでいる〉

〈世間を驚かせた結婚は
33歳の時〉

〈作詞家 荒木とよひさとは

22離れた
年の差婚であり

略奪婚だった〉

〈だが 3年前
自ら切り出し離婚する〉

〈独り身となり

〈覚悟を持った生き方に

オンナの意地がのぞいていた〉

♬~

私の3年ぐらいあとにね

坂本冬美ちゃんが
デビューしてきて。

怖くてね…。

一生懸命

…って なんか 合言葉でね。

♬~

もっと演歌って
もっとかっこよくて

もっと可能性のある音楽なのに…。

生きてる私の歌が演歌なんだ。

…っていうとこへ
行きたかったの 早く。

もう 私に そんな時間 残ってない
っていう自覚もあるし。

…って。
まあ そういう話をすると

「それは何?
ラブレターじゃないの?」とか

「やり直そうって言ってんじゃ
ないの?」って言う方…。

泣かないで。
アハハ。

言う人はいるんだけど。

でも それ以上に歌手として

だから…。

〈なじみの店のオーナーは

少林寺拳法の後輩に
当たるそうだ〉


〈鹿児島県産
黒毛和牛のタタキをはじめ

どの料理も
素材へのこだわりが強い〉

〈冷製コーンスープも

朝採りのトウモロコシを
使っているほどだ〉

失礼致します。

おっ!
はい 牛肉のタタキでございます。

当店自慢の。 ぜひ。
そうですよね。

あっ よく召し上がるんですか?
はい そうですね。

私 これ必ず 絶対に
100パーセント注文します。

で 誰か
新しいお友達連れてきたら

「まず これ食べて」って。
へえ~。

タタキっていうんだけど
もう ステーキの感じですよね。

おいしいですよ。
あっ まだ…。

私の後輩が作ったコーンスープ。
私の後輩…。

奥野くんの後輩…。
…の地元の。

あっ トウモロコシを作った
って事でしょ?

はい。 それで
スープを作ったんです。

えっ お二人は もう
長いお付き合いなんですか?

アハハッ。 長い…。 いや

もう 長いっちゃ長いですよね
知り合ってから。

彼も 実は… 大阪の出身で
少林寺拳法をやってたの。

だから まあ 一応 後輩です。

二人とも たまに こう
手合わせとかはしないんですか?

いやいや いやいや。 私 もう
本当は 口喧嘩5段ですよ。

アハハハ…。
私は2段で

奥野くん 初段です。 私より下。

あっ そうなんですね。

じゃあ 本当に
先輩だし 上段者だしってね。

うん。 で 年上だし。
あっ。

でも 挨拶する時は お店に来ても

「あっ こんにちは」とか…。
へえ~。

で ちゃんと 最後 上まで
いつも送ってくれるんだけど

最後も 「ありがとうございました」
って言ってくれて…。

これは礼儀です 私たちの。 はい。

ちょっと 頂きます。
おいしいので どうぞ。

(奥野さん)はい。
ありがとうございます。

いただきます。

うん!
おいしいでしょ?

やわらかい!
でしょ!

私が作ったわけじゃないけど

みんなね
そう言ってくださるから

私が嬉しくて 「でしょ!」って
言うんですけど…。

おいしい~。

で これトウモロコシのスープだと
思うんです 多分。

トウモロコシの?
うん。

甘いですね。 おいしい。
う~ん!

う~ん! 濃厚。

なんか お砂糖入ってるみたいな
甘さですね 本当に。

少林寺拳法を 10代の頃
ずっと なさってたっていうのは


声の出し方だとか 体の使い方とか
役に立ってらっしゃいます?

今 歌う事に 全て
役に立っていると思います。

何十年前の話でも

やっぱり 自分の身に着けたもの
っていうのは

何かしら 役に立って

無駄な事は何一つないと思う。

特に 少林寺拳法は

体… まず 立ち方とか
身のこなし方。

こういう事をやってた
っていう事は

体に 身のこなしに
役に立ってるけど…。

いろんな物事の考え方…。
ええ。

もう 靴をそろえる
っていう事が

どんな大事な事か
っていう事をね

耳にタコが出来るぐらい
教わりました。

あら そうですか。
えっ なんでだろう?

靴をそろえると なんかあった時に
すぐ逃げられるから?

(スタッフの笑い)
でも 遠からず。

そうなんですよ。
次の一歩を踏み出す時に

お靴が あっち向いたり
こっち向いたりして

あらあらして 一日の最初を
踏み出すんじゃなくて

きれいに整ったお靴に足を入れて
一歩を踏み出すって事が

一日の始まりに どんな大事な事か
って 今 思うんですね。

そういう事ですね。
うん。 だから

足元を見られる 見るとか
よく言うけど

そういう 一歩を踏み出す大事さ
っていうのは

今 仕事をしている中で… うん。

こじつけではなく
すごく大事な事だって…。

〈幼い頃から 歌が大好きで

6歳の夏祭りに
人前で歌う喜びを知る〉

〈10歳の時 テレビ番組で

都はるみの曲を披露し 優勝〉

〈翌日から スカウトの電話が
鳴りやまなかったそうだ〉

〈1984年
高校卒業と同時に

都はるみの育ての親
市川昭介の門をたたき

程なく
18歳でレコードデビューした〉

〈男勝りと形容される
堂々とした歌いっぷりで

2年目にして 早くも
『男船』の大ヒットを引き寄せる〉

♬~

〈順風満帆ともいえる
歌手生活の幕開けは

しかし
煩悶の日々の始まりだった〉

〈坂本冬美の存在に
追い詰められていく〉

20代は ずっと迷っていた。


続けようか 辞めようか?
うん。 というか 辞めたかった。

辞めるきっかけを
ずっと探してたっていうのかな…。

なんで辞めたかったんですか?

ものすごく 周りが気になり始めた
っていうのかな…。

20代は もう 苦しかった事しか
印象にないですね。

私の3年ぐらいあとにね

坂本冬美ちゃんが
デビューしてきて。

で 今でこそ 彼女と会っても
いろんな話をして

お互いの家に来たり
一番いい

わかり合える仲間だと
思っているけれど…。

一番 尊敬もしているし

一番わかりあえる仲間だと
思ってますけれど

当時は…。

ライバルというかね
意識してしまう?

だって
どっちか一人でいいんだもん。

怖くてね。

活動の。

で 彼女は彼女で

やはり スタッフが
一生懸命

神野美伽に追いつけ!
追い越せ!

ブッ潰せ! って
なんか 合言葉でね。

私の師匠は市川昭介先生。
はい。

で 冬美ちゃんの師匠は
猪俣公章先生と

それぞれ 大作曲家が 私たちを

命懸けで育ててくれていて…。

「おはようございます」って言って
隣同士で

当時は個室がなかったので
メイクしてても

もう 気になって 疲れちゃって
胃が痛くなるような…。

ああ… そうだったんですね。
そう。

だけど 何を話したっていう
記憶もない お互いにね。

私のほうは もっともっと
認められるべきなのに…。

で もっともっと 番組だって
いっぱい出れるべきなのに…。

例えば そうですね。

国営放送の『紅白』
っていう番組があれば…。

アハハ。
フフフ。

私は 毎年
そこに出たいのに

なんで 私を
選んでくれないんだろう?

っていうようなジレンマ。

で 自分で自分が
壊れそうになっていった。

だから 辞めたいんだけど…。

う~ん…。
悔しい。

人に負ける事が悔しいと思って…。

それから まあ
当時は すごく恥ずかしい事で

口が裂けても
人には言いたくなかったけど

生活しなきゃいけなかった。
ええ。 なんか

デビューされた年に
ご両親が離婚されて それでね…。

ハハッ。 調べは ついてますね。

調べは ついてます。 アハハ…。
なんだ。

妹さんお二人を
デビューしたと同時に

妹二人を 自分が
養わなければならなくなった?

そうですね。 自分の生活。
それから 母がいますよね。

で 母が
独りになっちゃったので…。

お金の事も
大変困っていたし 毎日。

そういう事をわかっていたので…。

だからね 自分が苦しいから
合ってないと思うから

辞めるって
言えなかったんですよね。

妹たちの事は
やっぱり 一番思いました。

〈再び
演歌に情熱をたぎらせるのは

33歳の時だ〉

〈運命的な出会いがあった〉

♬~

〈テレサ・テンの『つぐない』や
『愛人』で知られる

作詞家 荒木とよひさと結婚〉

〈紡がれた歌詞にあるように
その生き方に染められた〉

〈22歳という年の差を埋めるのに

余りある魅力を
秘めていたという〉

〈それが略奪婚だった事を

本人も否定しない〉

大作家でいらっしゃる作詞家のね
荒木さんと

どこから どうやって
恋愛になったのかなって…。

これが…。

早くないですか?
だから 早いんだって!

アハハハ…。 早い。
だって 恋って そんなもんでしょ。

まあ まあ 一目惚れみたいなね。

一目惚れではなかったんだけど…。
あら なかったんですか?

「うわっ 荒木とよひさ先生だ」と
思って…。

で 挨拶 みんな行くんです。
はい。

で 私も新人ですけど

挨拶に行った時に
全くスルーされちゃって…。

「お~ 売れてる先生っていうのは

鼻にもかけないのか
新人の歌手なんて」と思って…。

ちょっと腹立った感じですか?
うん。 私の師匠は違うから。

高速道路を当時
お金 何百円渡す時でも

「お世話さまです」って
窓開ける先生だから。

アハハッ。
丁寧な方なんですね。

そう。 偉い作詞家 作曲家の
先生っていうのは

そういう人格者だ
って思ってたら

「挨拶も ろくに出来ない先生
いるんだ」と思ったの。

まあ 「感じ悪っ!」っと
思いますよね。

「感じ悪っ!」っと思って…。
だけど 私と この先生は

あまり
お仕事の接点もなさそうだから

「まあ いいか」
って感じで思ってた…。

また何年後かに アルバム全部を
プロデュースをお願いして

全部お任せしようって話に
なった時に

さすがに 私も

「あっ あの先生は 私 やっぱり
違うと思う」っていう事を

ちゃんと言ったんです。
ああ そうですか。

うん。 だけど
当時のディレクターが

すごく 熱意のある人で…。

…って。 作品作る事に
もう行き詰まっていたので。

そういう事で
そのお仕事をする事になって…。

で 全部終わった時に
じゃあ みんなに お疲れさまで

ディレクターとマネジャーと私
ご飯をごちそうするよ

って言ってくださって…。

で その日に
約束の時間になった時に

ディレクターが
どうしても急用で

急遽 ロスへたたなきゃ
いけなくなったの。

で マネジャーさんも一緒に
2人で行く予定が

どうしても 翌日の仕事の
トラブルが起こって

解決してから行くから

美伽 一人で行って
って言われて 参っちゃって

「あの先生と2人で?」と
思っちゃって。


で 忘れもしない あの…

青山一丁目のサンドリアンか
なんかいう喫茶店があってね

そこの待ち合わせに
ノコノコ行ったら

先生が お一人で

「じゃあ しょうがない。
まず 2人でご飯 行くか」

って言って話し始めた時に

こんな事まで自分でしゃべってる
って思うような

自分の今までを 全部 吐露してた。

で とよひさ先生も ご自分の事
いろんな事 話してくれて。

で 私 心の中で あっ マネジャー
来なきゃいいなと思ったんですね。

今 思うと その時に
もう 恋しちゃってたのね。

とよひさ先生も

「じゃあ もう1軒行こう
もう1軒行こう」って。

朝の3時くらいまで。
離れ難くなっちゃって。

で その日は 世田谷の
私の家まで送ってくださって

お互いの電話番号
携帯もない時代だから

電話番号を その時に渡して。

で 次の日に 家の留守番電話が

ピコピコって なってないかなって
思ったのね。

あら。
だから もう恋してるんですよ。

そしたら ピコピコってしてて

とよひさ先生から もう すでに
お電話があったの。

ええっ!? 早い。
うん。

その時 荒木さんには

まだ ご家族が
いらっしゃったわけですよね?

うん そうです。
そういう事ですね。

そうなんだよね。
でも そういう事も

非常に やっぱり
究極のわがままですよね。

自己中というか お互いに。

お互いが必要だって
思っちゃったんですね。

じゃあ マネジャーさんとかへも
全然言えずって事ですか?

誰にも言えず?
誰にも。 お互いに。

そういう時間を過ごして。

7年経った時に

ある日 区役所へ行こう
って言われて 結婚した。

じゃあ その間に手続きを
してらっしゃったんですね。

そうですね。

…って思ったんですね。

と 同時に 女なので
この人と私の

合体した子供が欲しい
って思い始めた。

で 結婚したと同時に

私を子供の頃から見つけてくれて
育ててくれた

私の芸能の… お父さんですよね。
ところに行って

つきましては…。

あっ え~。
「なんでだ?」って。

私は お母さんになりたい
って言ったら

「よかったな」
って言ってくださって。

すごく こっぴどく
怒られると思ったのに

すごい肩すかしっていうか。

「よかった」って。
「幸せか?」って言ってくれて。

「はい」って言って。

そしたら 私 もう…。

それは どれぐらい経ってですか?

あっ 割とすぐでしたね。
なんでも早いね。

早っ。 ハハハ…。
(スタッフの笑い)

10カ月 経ったら もう…
お家の中 ずっといるの無理と?

家の中いるの無理じゃなくて

自分の可能性を捨てるのが無理と
思った。

私 多分 まだ絞りきってない
苦しいと思っても

雑巾 絞るだけ絞って
ガリガリになってたのに

まだ絞れるって。
うんうん。

まだ出るよ 私って
思い始めちゃったの。

じゃあ そうやって
復帰されてからは 前みたいに

それこそ
坂本冬美さんが気になるとか

自分の評価が気になるとか

そういう事は
なくなったんですか?

だんだん なくなりました。
ああ そうですか。

不思議ですね。 なんでだろう?

結婚を経たからですかね?
お休みを経たからですかね?

まず自分が 本当
歌 好きなんだって事が

自分で わかったって事が一番。

あとは…。

こう たくさん歌手がいる中の
自分のポジションっていうのかな。

すっきり見えてきた。
へえ~。 えっ その時には

どういうふうに
ご自分で思われたわけですか?

…であるっていう。

そういう やっぱり
自信を持ったんだと思いますね。

はい。

とよひさ先生が
私を選んでくれたんだっていう

女としての自信。
はい。

で 歌手としての自信
っていうものを

ピューッて
注入してくれたんだと思う。

うん。 それで なんかもう
疲れ切っちゃって

ヘニョヘニョになってたのに
元気になったんですね。

だから 結婚してよかった事は…。

…っていう事ですかね。

〈歌手と作詞家…〉

〈同じ時間を共有した先に

やがて 別れが待っていた〉

〈何があったのか

神野が 包み隠さず話してくれた〉

〈1999年 神野美伽は

22歳上の作詞家
荒木とよひさと結ばれた〉

〈公私で
パートナーになった2人は

次々とヒット曲を
生み出していく〉

〈その中の1曲 『浮雲ふたり』〉

〈2003年に 『紅白』で歌った
名曲だ〉

♬~

(観客の拍手と歓声)

まあ
ずっと お家にいた10カ月から

お仕事に戻った生活になって

荒木さんの態度が変わったとか

荒木さんが
なんか おっしゃったって事は

ありましたか?
ない。

結婚している時にセーブしてた事
っていうのは 一切ないです。

それは 本当
とよひさ先生だったから

そうさせてくれたんだと
思いますよ。

まあ もちろん お家の中の事

主婦としてやるべき事は
私なりに 精いっぱいやった。

寝る時間を削ってでも
やったつもりだし

1カ月の公演… 1カ月
家を空ける事もしていましたし。

そうなると…。

へえ~。
で ほぼ… ほぼほぼ 毎日…

劇場は 毎日 見て 楽しんでた。

誰よりも 手拍子して。
で 誰よりも 最初から最後まで


ずーっと笑って
こうやって見ているっていう。

それが…。

え~!
今年も… ずっとそうです。

周りの人 いい迷惑ですよね
って言いながら。

だけど 「いいじゃないか
君が嫌じゃなくて

俺が… 嫌じゃなくて
そうしたいんだから

いいじゃないか」っていう…
これ また 究極のわがまま。

荒木さんと結婚されてる
っていう事は

荒木さんが
他の人に詞を書くのも

もちろん 妻として
見るわけじゃないですか。

そうすると なんで
そんないい詞をあの人に書くの?

私に書いてくれれば
いいのにとか…。

あっ それは ない。
それは ないですね。

やきもちみたいなもんですよね?
はい。

全くないです。
ないですか。

へえ~。 私 それ歌いたかったとか
っていう事もないですか?

いや 歌うもん!
アハハ。 歌う?

うわっ すっごい いい歌だな。

これ 私 歌いたいなと思ったら…。

アハハハハ…。
(スタッフの笑い)

あっ カバーしちゃうんですね。
うん カバーする。

それで
リリースに至ったものもあるし。

へえ~。

〈コンサートで盛り上がる
『あんたの大阪』は

韓国人歌手 キム・ランヒに
書かれたものだった〉

どうもありがとう。
いくぞ!

皆さんが見えないよ!

〈それが 2015年…〉

〈夫婦でのタッグは
結婚生活とともに解消される〉

〈女一人

50歳で
新たな一歩を踏み出した〉

私に つらい目に遭わせてとか
なんか こう…。

それは 届けを出した時には もう
きちっとリセット出来ている。

へえ~ そういうもんですか?

きれい事に
聞こえるかもしれないけど

だってさ そのほうがいいに
決まってません?

そのほうがいいと思いますけど
そんな なんか…。

離婚してる?
離婚 まだしてない。

「まだ」じゃないよ。
(スタッフの笑い)

まだしてない?
してないです 今のところは。

ああ そっか。 そりゃ
しないに越した事ないけど

一緒にいないほうが…
う~ん…。

いい。 だから 当然ですけど

ものすごく傷つきましたし…。

荒木さんが 新しい恋を
してしまったわけですよね?

すっごいストレートに
言いますよね。 ハハハハッ。

ねえ もう 本当に。
まあ よくある話ですよ。

で 私 思うんですけど…。

この人 何言ってんの? って
思われちゃうかもしれないけど。

結婚… これってルールですよね?
人間が作った。

うん そうですね。

で 結婚したら

違う異性に好意を持つ

恋をする 好きになる

これはダメな事です

っていうルールですよね?
はい。

それしちゃったら
不倫とか言われるんですよね。

だけど 人間って それ
無理じゃない? って思いません?

まあ でも そもそも
荒木さんとの出会いも

荒木さんが結婚されてるのに…。

いや
そこを弁護するわけじゃなくて。

いやいやいや…
まあ でも それ 事実として…。

それは いけない事ですって
言われたら

そうですよねって
言うしかないんだけど…。

でも そういう事が起きて…。
でも 人間ってさ…。

だからね とよひさ先生が
私というものが… 妻がいながら

いっぱい恋をしましたよ。

で 恋以上の事も
当然 彼はしましたよ。

だけど その時は 傷ついて
ブッ殺してやろうかって…。

本気になってしまった
って事ですか?

もちろん そうです。
う~ん。

これは 夫婦っていうものを
解消したほうが

お互いに いいんじゃないかしら
って思って

私から切り出しました。

ご自身の中では 自分は

荒木さんの妻である
っていう気持ちと

自分は 歌手 神野美伽である
っていう気持ちと

どっちが強かったですか?

うわ~ 痛い質問だな。

多分 後者かもしれない。
ああ。

うん。 時として 妻をやるんです。
はい。

だけど 私は 私でしかなかった。

それを楽しんでくれていた
はずなんですけれど…。

うん… どっかで 寂しく…

面白くなくなったんでしょうね
男として。

かもしれない…。

〈離婚から 3年経った今年

かつてのパートナーに

神野は
作詞を依頼している〉

〈届いたのが『千年の恋歌』だ〉

必ず ルールとして
レコード会社のディレクターが

作詞家には発注をする
っていうのが

私たちのルールなんですね。
はい。

今回は とよひさ先生に電話して

今の神野美伽に あなたが
歌わせたいと思うものを

全て任せるから

詞を書いて頂けますか?
って言ったら

「もちろん書くよ」って

「嬉しいな」って言ってくれて。
ああ そうですか。

「いいよ」って電話で言ってくれた
2日後ぐらいに

「出来たよ」って電話があって。

早っ! って思って。
ハハハハ…。 早い。

で 私 仕事してたから

ああ そう ありがとう
って言ったら

「ちょ… ちょっと 切らないで
聞いて 聞いて」って言って。

で 歌詞を読むんですよ 向こうで。
ああ。

「いいだろう?」って言うから
私 涙出そうになって。

なんて素晴らしい歌詞だろうって

本当に素晴らしい…

改めて 素晴らしい作詞家ですね
って思った。

それで 続きは? って言ったら

「もう これでいいんだ」って。

「あとは 言葉がついてくるけど
君は これだけを歌って」

って言って。
まあ そういう話をすると

「それは何?
ラブレターじゃないの?」とか

「やり直そうって言ってんじゃ
ないの?」って言う方…。

泣かないで。
アハハ。

言う人はいるんだけど。

もしかしたら そうかもしれない。

でも それ以上に歌手として

「これを歌いたい」と思った。

だから やっぱり歌手なんですよ。

2回目の女としてね

2回目のラブレターもらった
っていうより

これを歌いたいって
思うんだよね。

そういう性というか…。
はい。

♬~

私は とよひさ先生とは
離婚したけれども…。

神野美伽の歌を書いてくださる…

多分 一番理解してくださる
作詞家だと思っているし。

こんなふうに
聞こえるかもしれないけど

歌詞って短いじゃない?
はい。

だから 言葉にしていない部分が
いっぱいあるでしょ?

で とよひさ先生が書いた詞の
書いてない部分。

何を感じたのか
何を言いたいのか

どのぐらい泣きたいのか
とかいう事を

誰よりも表現出来る歌手だ
っていう

やはり
自分の思いを持っているから…。

だから でも… 離婚したから

仕事しないっていうのは
もったいない。

ひと事として聞いてると…
ねっ ひと事として聞いてると

なんか えっ?
でも 書いてる本人が浮気して

散々 ひどい目にね
悲しい目に遭わせて

お前が言うなみたいに
突っ込みたくなりますけど…。

でも やっぱり
涙が出るって事は

なんか 私も刺さってるんだろうな
って気がします。

だから それが とよひさ先生の
すごいとこなんですよ。

そういうとこで
生きてる人だから。

そこが 神野さんも
大好きなんですよね そこがね。

嫌いだな。

アハハハハ…。
アハハハハ…。

〈2014年

神野美伽は
アメリカでのライブに

初めて挑んだ〉

〈日本人歌手の矜持を携え

海を渡った取り組みは
今も続いている〉

ちょうど
その離婚をされる時期に

アメリカでの活動を
始められたのは

これ もう ただ偶然ですか?

偶然です。

演歌って 私が
ずっと歌ってきたジャンルの

なんていうのかな…。

先細り感とか 危機感。

単純に わかりやすく言うと

コンサートを開いて

オーディエンスの
年齢層ですよね。

う~ん。

これって 全て何かやり方を
間違えてるよねって

ずっと思っていたので。

例えば 作品の作り方しかり

一つ一つ 具体的に
こうじゃなく変えていかなきゃ。

私は変わっていかなきゃっていう
すごい強い意志の中で

もっと演歌って
もっとかっこよくて

もっと可能性のある音楽なのに

なんでね ずっと思ってたのは

日本人に向けてしか
歌わないの? って。

今 作ってる制作者たちが

どうして ある一定以上の
年齢の人に向けてしか

作らないの?

まあ どっちが正しいか
わからないですよ。

でも 私の考えとは違うと。
うんうんうん。

もっと人間の…

もっと人間の歌であるべきだし。

私が歌うものが演歌なんだって…。
ああ~。

…っていうとこへ
行きたかったの 早く。

もう 私に そんな時間 残ってない
っていう自覚もあるし。

で 48の時に…
試してみようと。

私の考えてる事が
間違ってないかどうか。

で どこへ行ったって
よかったんだけど

ニューヨークへ行こうって
決めたのは

いろんな国に行く時間がないから

ニューヨークって いろんな国から
逆に人が集まってる。

そうですね はい。
うん。

だから そこで歌って
演歌っていうものは

「ワオ! 何? これ」って
誰かが興味持ってくれる。

願わくは
音楽関係者の耳に留まって

誰かが面白がってくれて。
う~ん。

…っていうような
本当に夢を持って行ったの。

〈出演する事自体
難しいライブで披露したのは

笠置シズ子の名曲〉

(英語で挨拶)

『ラッパと娘』。 レッツ ゴー!

1 2 3 4!

♬~

お客さんの反応は どうですか?

なんだか わかんないもん。
だって 知らないんだもん。

アハハハ。
元々を知らないし

演歌の歌手のコンサート
っていうの見た事がないから

『無法松の一生』という歌の
これは コンサートで

ずーっと
歌い続けてきたものなんだけど。

サビからアカペラ。

私 とにかく 自分の声を… 節を
試してみたかったから 演歌の。

♬~「空にひびいた」

…って言うと。

ワ~オ。
ウフフフ。

って言ったんです。
で その ワ~オって言ったあとに

つ~っとなって。

こっちから見てたら
こっちが 逆に興奮するぐらい

涙 ポローッて流してくれる。

流して聴いて…
日本語わかんないのに。

で だんだん
何? この面白い音楽。

これが 私の演歌なんだ。

自分が よくわかるようになった。
あ~。

私は もしかして もしかして
前世というものがあったら

戦ってた人かもしれないなとか。

へえ~。
なんで そう思われたんですか?

よく言われるのは
怖くないですか? とか

一人で まず ニューヨーク滞在してる事
怖くないですか? とか。

冬美ちゃんとか 私に
よく そういう事 言うの。

私 全く理解出来ないんですね。

なんで この年して

ニューヨークに行く事
怖いのと思うの? っていう事が。

で あなたは辞めちゃうの?
だから 行かないの? っつったら

そうだって言うの。
それは彼女の考え方だし

わからないから行くんじゃん
っていうのが 私の考え方。

おお… そうですか。

それが自分との こう… 戦い。

そこに行くまで 目いっぱい
やっぱり 自分なりに

準備しなきゃいけないし
勉強しなきゃいけないし。

で そういうふうに自分と戦う事が
すごい好きなんだなって。

ニューヨークとかフェスで
盛り上がってる時に

これを 荒木さんが見たら
どう思うかなと思わないですか?

アハハッ。

ちゃんと
ビデオとか撮ってきたら…。

うん…。

見せてあげてる。
あっ そうですか。

見せてあげてる 子供っぽい
言い方ですね。 見て頂いている。

へえ~。
なんとおっしゃってます?

…って。
へえ~。 エヘヘヘ。

あきれてるけど 喜んでくれる。

やっぱり…。

わかってほしいというより
認めてほしい。

今度 ニューヨークのライブに
聴きに来たら? って。

そうだねって。
へえ~。

だから 元気にいてねっていう事と
長生きしてねって いつも言う。

う~ん。
長く生きてほしい。 うん。

♬~

私の周りの50代の知人とか
ものすごい盛り上がっていて…。

なんに盛り上がってんの?
ものすごい盛り上がって みんな

あっ 子育て終わったら
次の人 見つけるんだとか。

すでに離婚されてる方は
なんか 人生100年だから

次 2人目のパートナーよね
とかって

ものすごく 50代の女性が
盛り上がってて元気でですね。

もう 結婚はこりごりとは
思わないですか?

多分 私みたいなタイプは
難しいでしょうね。

っていう気はするけど。

でも それでも また この人と…

まあ 結婚っていうルールは
いかがなものかと思うけれど…

したいと思うかもしれない。

まあ 思うままに…。

フフッ。
生きる。

今 笑ったでしょ?
はい。

ハハハハ…。
行き当たりばったりで。

行き当たりばったりよ
うん 本当に。

昔 ピーッていってさ

お祭りの時 スマートボール
みたいなのあるけど

私 そんな感じだなと思ってる。
ああ…。

こっち行ってみようと思ったら
やっぱり すぐにやる。

今 温めていて
まだ実現してないけど

こんな事やってみたいなって
なんですか?

一番最終的なのは

80歳になった時 今の一番の夢は

1年に何度 ライブが出来るか
わかんないけど

こぢんまりとした場所でもいい

一緒に その時間を 歌を…

一緒に過ごしたいって
言ってくれる人たちが…

同世代だったり
もっと若い人たちだったり

私のところに 人が集まってくれる
っていうのかな

歌を真ん中にして…
私を真ん中にして

そういうふうであれば

別に
ピアノに寄っかかってても…。

でも この人… おばあさんの歌
なんか素敵

一緒に泣きたくなるとか
なんか 一緒に過ごしたいなって

思うような人になってたい
っていうのが

最終的な目標。

しみじみ考えましたよ
なんか その… 本当に。

夫婦とは なんぞやとかね。

う~ん… 当人同士にしか
わからないものとかね。

演歌っていうのは まあ
ずっと そういうね

一番切ない… 一番 こうね

人に言えないところに
寄り添ってきた歌だとも思うので

そういう見方を
今まで 演歌に対して

してなかったなって事を
発見しました。

〈神野美伽が
今 大切にしている言葉〉

ハハッ。
座右の銘でもなんでもないね。

「だから 私は歌う」。

人が
そう させてくれてんだなって。

今 今日 ふと…
今日 1個 勉強になったのね。

自分だけじゃないんですよね
結局はね。

小島さんのおかげで
気が付きました。 ハハハハッ。

よかったです 今日も会えて。

〈「だから」の
三文字に

人生の
悲喜こもごもが

見えてくる〉


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