インタビュー ここから「山本一力」 高知県出身で、江戸時代の町人を描いた小説を多数発表している直木賞作家…


出典:『インタビュー ここから「山本一力」』の番組情報(EPGから引用)


インタビュー ここから「山本一力」[字]


高知県出身で、江戸時代の町人を描いた小説を多数発表している直木賞作家・山本一力。城下町を見て育ったことが作品に影響を与えている。山本一力の原点と仕事観に迫る。


詳細情報

番組内容

ゲストは高知県出身の作家・山本一力。直木賞受賞作品「あかね空」をはじめ、江戸時代の町人を描いた小説を多数発表している。しかし、作家人生は決して順風満帆ではなかった。作家を志してからデビューするまで、5年間の苦悩の日々を過ごした。不遇の時期にインスピレーションを得たのは、故郷・高知の城下町で懸命に働く人々の姿からだった。山本一力の原点と仕事観に迫る。

出演者

【ゲスト】直木賞作家…山本一力,【きき手】長野亮


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とにかく あの~
こんな大きな賞を頂けて

他に言葉がありません。
ごめんなさい。

うれしいだけです。

直木賞作家 山本一力さん
70歳。

受賞から16年を経た今も
17本の連載を抱えています。

舞台の多くは 江戸時代。

包丁の研ぎ師や
町火消し。

小説の主人公の多くは
庶民的な職業に就いています。

何で職人になれるかっていうと
人が認めてくれるからだよね。

あの人に頼んだら間違いない
っていう人が

世の中に いっぱいいたわけよ。

人が自分の技を
究めていくんだっていう

驚きと尊敬ですよね。

作家になるまで30年余り
職を転々としてきた山本さん。

多く依頼されるのが
新聞やテレビでの人生相談です。

職業意識に欠けた相談に対しては
厳しいコメントも。

あなたが なさってる仕事は
人の命を預かってる仕事でしょ。

あなたが やらなきゃいけない事を
あなたは やってない。

職業への こだわりの原点は
ふるさとの高知に。

街路市を中心とした
城下町にあった

さまざまな
プロフェッショナルたちの姿。

作家 山本一力さんの
「ここから」です。

♬~

高知市の中心に位置する
高知城。

その東側に広がる商店街。
多くの人で にぎわいます。

江戸時代から
町の中心として栄えた この辺り。

地元の人は 親しみを込めて
「おまち」と呼んでいます。

いやいやいや それにしても
はりまや橋という事ですね。
はい。

この辺りは もう一力さんが
昔から 子供の時に もう

この近くに住んでたんですよね。
もう こっから 本当にね

何百メートルみたいな所で。

いや~ もうほんとにね 周りは
もう ガラッと変わったけども

場所は動いてないですからね。

どこへ行くにも ここから始まる
っていう感じでしたね。

まさに通学するのも。

遊びに行くっていうと
お城の方に行ったり

それから 日曜市へ遊びに行ったり
いろんな事をする起点でしたね。

幼い頃の思い出が詰まった
「おまち」。

ここから人生を振り返ります。


小さい時は 山本一力少年は
どんな子供だったんですか?

う~ん もう足が達者で
どこへでも歩いていきましたね。

歩いて。
うん。 お金がないから

自分の足にのって
どこへでも行ったっていうのは。

でも あのころの子供は
みんな そうでしたね。

もう ほんとに。

初めに訪れたのは 「おまち」の
外れにある 老舗の料亭です。

山本一力さんは 子供の頃
この店のすぐ裏に住んでいました。

時代の流れとともに
周辺の景色は変わりましたが

ここは 今もそのころの面影を
残していると言います。

俺が覚えてる頃は 戦後復興で

杉が本当に
大量にとれてた頃だから

その材木商が…。

ほんとにお金持ちが。
そう。

今も料亭ですけどね。
うん すごいね これはね。

特別という
独特の風格だったから。

すごいところだよ。 高知の料亭の
中でも別格だよっていうのを

親からいわれてるから。

もう 「どんなとこだろうな」って
いうのは本当に知らなかったよね。

ただ すごいところだという
イメージだけがあった。
へ~。

何かこう 大人たちの
華やかさみたいな?
うん それ。

で 私のおふくろが勤めてた
検番だから。

芸者さんを送り出す
周旋所だから。

山本さんの母 秀子さんは

検番という 料亭へ芸者を派遣する
仕事をしていました。

山本さんは 昼間は身近にいる
おねえさんたちが

なまめかしく
夜の世界に入っていく様子を

今も はっきり覚えていると
言います。

何より きれいだったよね。
本当に きれいだと思った。

化粧をして
こう 白塗りをして

その上に
全部出来上がったあとで

こう 髪結いさんが
頭をつけると

人が変わっちゃうんだよね もう。

…ともう おねえさんに
話しかけられないのよね。

もう 別人格になってるから。

その不思議さというのも
自分の中で いっぱいあって。

それがね あとで本当にもう
大人になって

時代小説を書く時に

ああいうふうに
人が こうやって

変わっていくんだ
っていうのをね


こう すごい経験を
目の当たりにしてましたね。

少し何かこう
アングラなイメージっていうのも

どうしても 今の価値観で見ると
思ってしまうんですけれども。

子供として思ったのは やっぱり
素の顔のおねえさんが

あんなにきれいになって 出て
行くんだっていう事に対しての

驚きと尊敬ですよね。

やはり 本当のプロなわけだから。

その人たちが 自分の芸を
お客様に楽しんで頂く

というような事がある世界
っていうのは

きっと こういう事でしょうね。

着飾って料亭へ入っていく
女性たちに感じた 近寄りがたさ。

それこそが
プロの矜持の表れでした。

次に向かったのは 「おまち」を
東西に貫く大通りで

江戸時代から 毎週日曜日に
開かれる催しです。

もうねえ 非日常なわけだよね。
この日曜日の

この午前中というのが。
この環境が。

それが うれしくて。

でね 雨模様の日曜市というのも
年中あるわけよ。

まあ高知 雨多いですからね。
うん というとこなんだね。

だからね もう雨の時には
傘なんか差さないよね。

あ~ 子供の時は?
そう。

結構ひどい雨ですけど これだけ
日曜市 お店出てるんですね。

これは 土佐人として
自慢なんだよな。

どういう事かっていうと
やってても

「雨だろうが何だろうが
日曜市というのは

日の出から日没までは
天気関係なしに店を出す」

という事を 俺たちは子供の時分
いわれてたの。

だから それを例えにして

「お前らも日曜市のように働けよ」
って言うのね。

「天気が ちょっと降ったから
どうの 寒いからどうの」

みたいな事を 言ってんじゃないよ
っていうのは

もう日曜市をベースにして 子供が
教わったようなもんだったね。

ちょっと じゃあ どんな物が
あるのか 見たいと思いますけど。

1キロ以上も続く 街路市。

食料品や雑貨を売る店が
立ち並び

地元の人だけでなく
多くの観光客も訪れます。

300年以上の歴史を誇る「日曜市」。

生活の一部として
高知で暮らす人たちに

常に寄り添ってきました。

おしんこ 並んでますよ。
うん。 これは もうね…。


これだ。 このにおいだ。
うん どれもすごいやね。

あっ しゃくし菜もある。
うん。

昔から ここに
お漬物屋さんがあってっていう。

それも 非常に年代物の
何年物みたいな たくあんでね

並んでて これが
またうまいんだよ ほんとに。

この雨でも お店出すっていうのは
もう絶対ですか?

まあ…

やっぱり出さないと 日曜は。

ほんとに あのおやじさんが
言ってるように

お客さんが来てくれるから
休んでらんないっていうのは

昔の商人って
みんな そうだよね。

いやぁ でも これはうれしいね。
ああいう言葉を聞けるのは。

客としても なんかこう
身が引き締まるというか

「じゃあ行かなきゃ」という気に
させられますよね。
そうなる。

(店員)あげます。

えっ!?

(店員)いやいや 構わんよ
構わんよ。

いや~ すいません じゃあ。

気前のよさを ありがたく
どうも ありがとうございます。

日曜市で感じる
客と店との信頼関係は

作品の中でも
表現されています。

飲み水を売る売り子が
どんな思いで水を運んできたのか。

客が推し量る場面です。

日曜市を 西に向かって歩き切ると
たどりつくのが高知城。

少年時代の山本さんにとっては
格好の遊び場でした。

どの石も 私が子供の時分と
変わってないよね。

変わるわけがない。
子供の時に この石垣は

思い出深いんですか?
うん いや もう ここをね

子供は肝試しで
のぼるっていう事をやるわけ。

これをですか!?
そう。 ここを。

へえ~。
で 最初の方は

それほど怖くなしに
のぼれるわけよ。

途中まで行くとね 上が逆の
テーパーになってるのよね。

こう 反り返ってますよね。
もう忍者返しのような形で。

あれが近くなると
もう身動きできなくなるわけ。
ハハハハ。

のぼるもできない 下りるのも
怖いって言って泣いてると

ここの おじさんたちが出てきて

「アホ! お前ら何しゆうら!」って
いわれて もうさんざん怒られた。

14歳の時に 東京に移り住んだ
山本さん。

以来 30年余り
職を転々とするばかりでした。

一力さんが 小説というものに
行き着くまでっていうのは

やっぱり 紆余曲折あったという
ふうに聞いてるんですけれども。

いや~ まさに紆余も曲折も
あるんだけども

どれもね 突き当たりの成功に
行き着けない事の

繰り返しでしたね。

だから やっぱり
何かが決定的に

足りてなかったんだろうと
思いますね 今思うと。

いろんな職業をされたという
ふうに伺いましたけれども

転職というのは 大体何回?

う~ん 数えた事はないけども
二桁であるのは間違いないですね。

中学時代の新聞配達に始まり
旅行代理店や機械メーカー

ひいては 事業をおこしましたが
どれも成功には至らず

抱えた借金は なんと2億円!

2億も抱えてですね
なぜ小説だったんでしょうか?

これはね 小説家というものの
難しさを知らなかったんですよ。

ベストセラーになれば
いっぱい本が売れて

そこで お金が稼げるっていう
ような 甘い事を考えてて。

だから 自分も読んでもらえる
ベストセラーを書く努力はするから

それで 借金返そうっていうふうに
思い込んで

で 債権者の方々に
その事をお話しして

もう 向こうは
唖然としてましたけども。

広告業や雑誌の編集の
仕事もした経験から

文章力には自信があった
山本さん。

ところが 小説を書いての収入が
ゼロという時期が続き

ギリギリの生活を強いられます。

最も苦しい時期だったと
振り返ります。

その時に 自分で一番思ったのは

原稿を書いてて 応募しても
通らないわけですよ。

そうすると やっぱりね
自信を持って応募したやつが

駄目って落っこっちゃうと
がっくりきて


もうほんとに
絶望しそうになりますよね。

でも 何度応募しても
落ちて

なかなか作家デビューにも
つながらず…

まあ もちろん
デビューしたあとも

かなり ご苦労
されたんでしょうけれども

その間っていうのは 諦めそうには
ならなかったですか?

やっぱり 朝起きた時

…から
夜中に原稿を書いてる時

果たして これでいいかな
というような事は

何度も思いましたけどね。

かなり もがき苦しんだ時代って
いうような。

いやぁもう それはね
思い出したくもないですけどね。

何を書くか悩んでいた時
脳裏に浮かんだのは

ふるさとの風景でした。

幼い頃に通った 日曜市で
懸命に働く人たちの姿です。

その時に 私が
何を考えてたかっていうと

頭の片隅で いつもこう ピカッ
ピカッて サインをくれてたのは

あの日曜市なんですよ。

子供って 理屈じゃなしに
単純に見えてるもので

理解できちゃうんですよね。

夏の真っ盛りの時は スイカを丸ごと
山積みにして売ってましたよね。

でね スイカを買いに来る人がいると
そこで売ってた おやじさんは

あの重たいスイカを こう手に
抱えて トントンと叩いて

「あっ この音なら売れる」って
言って

「この音は うまいよ」って言って
売ってたの。

で 不思議でしょうがないわけ
子供は。

…とね 物事の本当の根っこにある
ヒントみたいなものは

ものすごく単純な事だと
思いますよ。

難しい理屈なんか
絶対 そこにない。

一つ 事を繰り返して
やっていく中で 磨かれた技が

あのスイカ屋のおじちゃんは
手で叩いただけで 音を聞いて

「これは うまい」って
断言できるんだよね。

だから そんなプロが
いっぱいいましたもん。

だから 私が今
職人の物語を書いていくとね

新しい連載を始める時には

まず その主人公に何の仕事を
やらせようっていう事から

私は始めるんですよ。

「おまち」で見た プロの仕事ぶりに
目を向けた山本さんは

江戸時代の さまざまな職業を
描くようになります。

包丁の研ぎ師

町火消し

飛脚

そして 夜の女性たち。

いろんな職業の人が出てきて

で いろんな立場の人が
出てくるんですけれども

まあどこか 何かこう
日曜市で見てきたような

ああいう職人さんというか
町場のプロの人たちですよね。

…という人たちが
多い気がするんですが

それは何か そういう こうした
背景が 一力さんの中にあって

描いているっていうものは
感じるんですけれども。

私は だから 武将ものとか
歴史の著名な人たちを

描いていこうという気は
ないんですよ。

それは もう そういう事を
やっている人達がいるわけだし

もう
決まってるわけじゃないですか。

でも 職人が生きていくために
働く事っていうのは

可能性しかないわけだから
そこに。

もちろん 職人がしくじる事も
いっぱいありますよ。

でも それは 実生活の中で
人は しくじって

そのしくじりを乗り越えて
次へ向かっていこうとするのが

人生ですから。

職人がやる事というのは

人が生きていく道
そのものですからね。

直木賞受賞の代表作
「あかね空」の主人公は 豆腐屋。

うまい豆腐のためには
材料選びから妥協しない姿に

プロの矜持が表れています。

なんかこう 一力さん自身が
職人さんのような

あの物語の中に出てくる
しっかりした 例えば刃物を研ぐ。

その事に
命をかけてる人がいて

その職人さんのように
見えてきました。

いや もう 全くですよ。

私は職人だと
自分で思ってるし

職人だと言ってもらえれば
ものすごい うれしいですよね。

私は物書きの職人だから

ひたすら いい小説を
読んでもらって

面白いと思ってもらえる小説を
つくり続ける職人ですから。

これはもう 棺桶に入るまで
職人でい続けると決めてます。

人気作家として書き続け
およそ20年。

今も描くのは
懸命に働く庶民です。

本当に ここが
一番高い建物なんですね。
すごいね。

ここの下のね あの地べたに
両足をふんばって

上を見上げながら
仕事をしている人たちが

本当は世の中を
支えているんだっていうのをね

逆に この天守閣にのぼった事で
実感できますね。

♬~

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