TOKYOディープ!「伝統と格式ある街 麹町」 …島崎藤村も通った100年続く理髪店、三島由紀夫が自決前に撮影に訪れた…



出典:『TOKYOディープ!「伝統と格式ある街 麹町」』の番組情報(EPGから引用)


TOKYOディープ!「伝統と格式ある街 麹町」[字]


麹町は日本屈指の地価が高い高級住宅街。そこは島崎藤村も通った100年続く理髪店、三島由紀夫が自決前に撮影に訪れた写真館、カツラ専門店の老舗など伝統と品格が漂う!


詳細情報

番組内容

麹町は日本屈指の地価が高い高級住宅街。なぜ高級になったのか?古地図から原点は江戸時代と知る。江戸中で評判の意外な麹町名物を復活させた洋食レストランがある。明治には文人が多く住み、街の品格をつくる。島崎藤村も通った100年続く理髪店は初代の教えで店を守る。三島由紀夫が自決前に撮影に訪れた写真館、こだわりの技は実物よりきれいに写ると評判。大使館で外国人から見た意外な麹町の魅力を知る。伝統と格式ある街!

出演者

【出演】杉浦太陽,【語り】モト冬樹




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TOKYOディープ!「伝統と格式ある街 麹町」
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(杉浦)私は今
地下鉄 麹町駅の近くに来ております。

杉浦太陽です。まあ 麹町といえば

イメージは
テレビだったりラジオだったり

仕事のイメージが強いですかね。

あとは都会… うん 都会ですね。
何か うん どうした…。

「下を見て」。 下を… お! 何や これ?

下を見たら何か書いてある。 「1㎡」。

これ 1㎡? 何すか? これ。

「この辺りの
1㎡あたりの土地の値段は?」。

そんなん分からんやろ。 え…。

1坪300万の… 100万! 100万!

「答えは裏側!」。
いきなりクイズやな これ。

オープンニングから。
さあ 答えは何でしょうか。 オープン。

バン! ダダン! 約385万円!

びっくりしたよね 太陽君!

皇居も目の前!

どうして そんなに高級なのか…

数々の文豪を虜にした
すっごい魅力のある街だった。

創業から100年続く老舗には
伝統の技が息づく!

更に 江戸時代の麹町名物を復活させた
こだわりのシェフもいる。

作ったものとは?

誇りを持って生きる人々に迫ります!

今回 巡るのは千代田区。

地下鉄 麹町駅の界わい。

皇居を挟んで東京駅の
反対側のエリアです。

住所でいうと麹町。

そして一番町から六番町の範囲です。

まずは太陽君 皇居の半蔵門の前で

ある方と待ち合わせ。

こちらの方ですかね。
どうも お世話になります。

杉浦太陽です。 よろしくお願いします。
徳光さん。

麹町の歴史に詳しい…

不動産鑑定士の資格を持っています。

この通りはホントに皇居が近いですね。
半蔵門。

(徳光)半蔵門というのは服部半蔵っていう
よく忍者かなんかに出てくる…。

あれが門の向こう側の方に
屋敷を構えていたんで…。

そうなんですか! 知らんかった。

歴史って
そういうところが面白いですよね。

そっか! まだ入り口でこれなのに。
今回は どんどん

ディープにいきましょうね!
はいはい はいはい。

まずは麹町のメインストリート
新宿通りを歩きます。

ビルばかりで…

表通りはビルが建ち並ぶオフィス街。

およそ30の一部上場企業があります。

立派なビルが たくさんあるね。

でも 通りから
1本入ると…。

徳光さん この辺りは何かマンションが…。

高級マンション!
ただのマンションじゃない。

2DKで1億超えるんですか?
(徳光)だけど このマンションの中でも

2DKっていうのは一番小さい
最小の単位ですから。

1億5, 000万からなんですね。

どんな人が住んでるのかな?

高級マンション 憧れるね。

続いては あの1㎡
およそ385万円のエリアへ。

すごいな。 これ おいくらするんだろう?

坪 1千万超えですよね。

ちょっと 先生
奥 これ めっちゃ大きいんですね。

(徳光)あの… そうですね。

麹町は どうして
こんなに高級住宅街になったのか?

その理由を知るために
とある会社を訪ねました。

どうもお世話になります。
ようこそいらっしゃいました。

よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

こちら
どういったお店になるんでしょうか?

ここは地図の会社で。
地図の会社ですね。

こちらは昭和35年創業の地図の出版社。

江戸時代の地図を用意してくれました。

これは江戸時代につくられた 麹町の地図。

現代の地図に重ねてみると ピッタリ!

江戸時代の地図 よくできてるね。

詳しく見てみると…。

人の名前が たくさん書いてあるけど
どんな人たちなんだろうね?

それですから いざっていう時に

駆けつけることができるように
ということで。

じゃあ これ武家屋敷?

江戸時代
麹町に住んでいた多くは旗本。

江戸城の西側という
重要な場所を守るために

えりすぐりの旗本を
ここに住まわせたのです。

誰でも住めないんです。
あ そうなんですね。

そうです そうです そういうことです。

地図では小さく見えますが

例えば こちらの屋敷は
なんと1, 300坪!

旗本屋敷は500坪から
1, 500坪もあったといいます。

明治になると 旗本の多くは

徳川慶喜が移った静岡に
ついていきました。

そして 空いた屋敷には
華族や高級官僚など

新しい時代の上流階級が
住むようになりました。

だから 高級住宅街になったのか~。

ところで…。

ここの会社は 今どこにあるんですか?

弊社は そうですね この地図だと
この辺りですかね。

御用地の ちょっと…。
(竹内)この辺りが今いる位置ですね。

よく建てましたね ここに。 麹町に本社を。
ね おかげさまで。

実は この向かい側のところに

この地図をつくった尾張屋さんという

切り絵図の会社があったそうです。

今は もうない?
今はないんですけど。

尾張屋は
白黒の地図が当たり前だった時代に

道を黄色くしたり お堀を青くしたり
カラフルな色使いで人気を博しました。

僕たちが ふだん見ている
カラフルな地図が

江戸時代にはあったなんて驚きだな~。

そして 現代の地図をつくる
こちらの会社も

カラフルな色使いに こだわっています。

尾張屋が屋敷に家紋を描いたように

こちらの会社も
桜の名所を絵で示したりと

デザインを工夫しているところも
似ているね~。

何か 無形の形で継承していたのかなと。

その面でも すごく縁を感じてます。

江戸時代の伝統が こんなところでも
受け継がれているんだね~。

武士の街だった麹町。

一方で その生活を支えるため…

そのころの名物があると聞いて
太陽君が向かったのは…。

洋食屋さんだわ。
ちょっと聞いてみようかな~。

この洋食屋さん… あ どうも~。

あ シェフいらっしゃいます。
どうも はじめまして。

あの こちらにですね
江戸時代の麹町の名物っていうのが

あるって聞いたんですけれども…。
はい ございます。

こちらで合ってますか?
はい 合ってます。

洋食を作り続けて40年。

江戸時代の麹町名物を
このレストランで復活させたんです。

一体 何だろうね?

(古屋)失礼します。

牡丹もちなんですね!

ありがとうございます。 この3種類。

あんこと きな粉と黒ごま!

洋食レストランで
なんと和菓子の牡丹もち!

これは江戸時代に
麹町の茶屋で売られていた

「おてつ 牡丹もち」といわれたもの。

江戸の名物を描いた双六にも登場するほど
評判でした。

「おてつ」とは店の看板娘の名前。

おてつの美しさも相まって
武士にも人気の一品でした。

いただきます。

うん! 甘さも控えめで。

こちらのレストランは18年前に
青山から麹町に移転してきました。

その時に徳光さんから

「おてつ 牡丹もち」を
教えてもらったそうです。

なぜ 和菓子を?

では 麹町に「お邪魔します」っていう
意味で作ったんですね。

(古屋)そうですね はい。
メンバーになるということで。

ここで縁があって
あっという間に18年過ぎて。

そうですよね!
ここに来たからこそ生まれた 麹町の味。

麹町の名物が 牡丹もちじゃなかったら
できてないですしね。

(古屋)そうなんですよね。

こだわりの料理人 古屋さんのおかげで
麹町の伝統が復活したんだね。

明治になると 麹町には

ある職業の人々が
多く暮らすようになりました。

それは 文人たち。

名だたる小説家や芸術家などが

この街に住み

文化を発信していたのです。

例えば…

父が明治政府の官僚だったため

1, 000坪を超える
旗本屋敷の跡に住んでいました。

有島武郎邸と同じ通り沿いにあるのは

あの与謝野晶子と
鉄幹夫婦の住居跡。

2人は明治44年から
4年間

ここで
暮らしていました。

文人たちが住み 文化を生み出した麹町。

何だか 品格を感じるよね。

麹町には そんな文人の
身だしなみを整える技が

受け継がれています。

懐かしい。 くるくるが。
これ 理容店ですよね。

こんにちは~。
(根岸)どうも こんにちは どうも。

こちらは創業 明治35年の理容店。

3年前に建て直しました。

だから お店が きれいなんですね。

明治35年の空気がないなと思って。
どんだけ きれいなんだよって。

祖父 浪三郎さんが

外国人の多い横浜で修業し

最先端のオシャレを持ち込んだ

この店を守り続けています。

(根岸)うちの初代がやってた お客様で
もう亡くなったからあれですけど

島崎藤村って ご存じですか?
もちろん! はい。

島崎藤村さんが よく来てて
うちの初代が刈ってたんです。

え! そうなんですか!
島崎藤村ヘアは ここでできていたと。

は~ 何か歴史に触れ合った瞬間みたいな。

藤村の他にも著名な美術家などの
身だしなみを整えていたんです。

3代目の根岸さんが
祖父の代から受け継いだ教えは

著名人であっても 一般の人であっても

誰にでも礼を尽くすこと。

ご近所なんですか?
今はね ちょっと日本橋に

引っ越しちゃってんですけど。
日本橋から ここまで通いに…。

ここじゃないと駄目?
駄目ですね。

これで一応 フィニッシュなんです。

礼の心があるから
100年以上 続いているんだね。

すてきな関係性でいいな~。

麹町には 女性のオシャレを支えてきた
老舗もあります。

こちらは
明治後期から続くカツラの専門店。

常時400点ほどのカツラが並んでいます。

初代から続く
カツラの製造・販売を行っています。

祖父や父が手がけていたのは…。

日本髪のカツラっつって
「島田」とか「桃割れ」とか

そういう種類の
カツラを作っておりました。

麹町の近くには赤坂や神楽坂などの

花柳界がありました。

こちらのお店は
芸者さんたちの御用達でもあったんです。

高橋さんの代になると

ウイッグや医療用カツラも
手がけるようになりましたが

変わらないものがあるといいます。

(高橋)親からね 伝えられて 伝承して
この技術は

ほとんど100年前と
あんまり変わっておりません。

基本に忠実であること。

それを守ってきたから時代に合わせた
カツラを作り続けることができる。

それが高橋さんの誇りです。

太陽君は再び皇居のそばへ。

理容店の根岸さんから

実物よりもキレイに撮ってくれる
写真館があると聞いて訪ねました。

あら 「フォトスタジオ」って書いてるね。

あ こっちが開いた。 逆が開いた。

お~! どうもお世話になります。
こんにちは ようこそお越し下さいました。

杉浦太陽です よろしくお願いします。
深尾と申します。

すてきなお召し物で。
ありがとうございます。

こちらの写真は?

(深尾)天皇陛下が ご夫妻で歯を見せて
笑ってらっしゃる写真っていうのは

大変 珍しいです。
これは すごい写真だ。

撮影したのは東條卯作。

明治45年に
こちらの写真館を開きました。

スタジオには
卯作が愛用していたフィルムカメラが。

80年たった今も現役です。

これ よく黒のかぶって
パシャッて押すやつですよね。

あ 被写体!
見て下さい 後ろで。

はい。 ドキドキじゃないですか。

これ かぶるんですね。
あ! 反対に写るんですね。

(小薬)そうです。 ここに あの…
これを動かしてみて下さい。

いいですか?
はい。 動くかな?

(小薬)ピントが合ったり
合わなかったりするの分かりますか?

ホントだ!

でも これ合わせんの難しい…。
難しい。

ここら辺ですか? ピント。
(小薬)はいはい。

昔は一発必中っていって
なるだけ そういう

何ていうんでしょう
フィルムを無駄に使わないで

精神込めて写せということでね
うちの卯作先生が

そういうふうに我々は教えられて。

東條卯作は歴史に名を刻む人々を
フィルムに収めてきました。

(ざわめき)

お前ら聞け! 聞け!

三島由紀夫は
陸上自衛隊 市ヶ谷駐屯地で

自衛隊員に決起を呼びかけ その後 自決。

その前に自分の最後の姿を
東條卯作に撮らせたのです。

他にも卯作は歴史に名を残す人物たちの
写真を撮影してきました。

平面なのに立体感があるっていう。

何か やわらかそうというか 肌質がね…。
生きてらっしゃるように。

そうなんですよ!
ここにいるような感じがする…。

祖父とか もちろん
弟子の人たちもそうですけれど

その瞬間に この方は…

歴史上の人物を撮影してきた
フィルムカメラで太陽君も記念撮影。

いや~ 着替えましたよ。 何か 緊張する。

何か結婚式… 結婚する前みたいな。

さあ 今から自分の37歳を
歴史に置いていきたいと思います。

どうも 着替えてまいりました。
とてもよく お似合いですよ。

ありがとうございます。

ふだん こういうの着る機会ないんでね。
とてもよく お似合いになりますし。

モーニング。
やっぱり「モーニング息子。」で。

「モーニング」 そうですよ。

モーニング ちょっとご縁が深いのでね
親近感もあって。

太陽君が座ったのは
ライシャワー駐日大使も座った椅子。

(小薬)ちょっと一回
肘伸ばして頂けますか。

されるがままなんだ。 全く動けない。

今も写真師は卯作の教えを守り

最高の瞬間を撮影するために
妥協する事はありません。

はい。 お願いします。

(安藤)お楽にして下さい。

貴重な体験 ありがとうございました。
お疲れさまでございます。

長い間 大変でしたね。

僕 大丈夫でした?
ええ とても すてきです。

ホントですか?
はい。 さすがだと思いました。

いや~ 何か
写真の出来が楽しみなんですけど。

撮影から 全て仕上げるまでには
なんと6週間もかけるんだって。

初代から受け継いできて
大事にされているものって何ですか?

おお 真摯な気持ち。

撮影させて頂いて スタッフの者が
もう必死になって

お客様に対して その方の幸せを願って

お仕事をさせて頂いているというのが
誇りですよね。

あ~ それが伝わってきました。
真摯な気持ち こちらもなりました 逆に。

ありがとうございます。

今日は どうもありがとうございます。
ありがとうございました。

♬~

麹町は 世界各国の大使館が9つもある
「大使館の町」という顔もあります。

麹町で暮らす外国の人たちは
街を どう見ているんだろう?

それを知るため
太陽君が訪ねたのは

ベルギー王国大使館。

コール。
(インターホン)

何語やろ?

どうも 杉浦太陽です。

めっちゃ日本語やった。

ベルギー大使館へようこそ。 どうぞ。
どうも 杉浦です。 お願いします。

日本人だと思ったら
ベルギーの方だったんだね。

大使館にお邪魔できるなんて
ワクワクするね。

(ミア)こちらから お入り下さい。
大使公邸です。

ここに大使がいらっしゃると。 へ~。

すてきなお写真。
あ! どうも はじめまして。

はじめまして ようこそ。
杉浦太陽です。

ベルギー大使館に ようこそ。
Thank you very much for coming.

ギュンテル・スレーワーゲン大使。

赴任したのは3年前。 大の親日家です。

こちらは大使が重要なお客さんを招いて
パーティーなどを行う部屋。

オシャレなインテリアは
大使夫人のアレンジなんだとか。

今日は どうもありがとうございます。
乾杯!

あ~ 親交が深まる。

かつては 永田町にあった
ベルギー王国大使館。

しかし その付近は議事堂などの
建設予定地となったため

昭和3年 麹町に移転してきました。

大使は麹町って
どんな街だと感じますか?

大使が好きだという場所へ
案内してくれました。

わ~お!
This is KOJIMACHI.

イエーイ 麹町! イエーイ!

あ~ すごっ!

麹町って本当に気品ある街だね~。

太陽君 麹町は どうだった?

今まで やっぱりビジネスのイメージが
すごく強かったんですけども

歩いて で 地図と見比べて

歴史があるから 今
この麹町ができたんだなっていうのを

すごく体感しましたね。

また こう ちょっとね
麹町 来たら歩いてみて

じかに触れてね

優しさと情熱を
触れ合いたいと思います。


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