ザ・プロファイラー「新選組局長 近藤勇 若きカリスマの光と陰」 岡田准一、宅間孝行、ビビる大木、矢島里佳



出典:『ザ・プロファイラー「新選組局長 近藤勇 若きカリスマの光と陰」』の番組情報(EPGから引用)


ザ・プロファイラー「新選組局長 近藤勇 若きカリスマの光と陰」[字][再]


近藤勇の熱い生き方を、岡田准一が徹底プロファイル!幕末最強と言われる新選組は近代的な戦闘集団だった!しかし、鉄の掟(おきて)で武士らしさを過激に追及した面も?


詳細情報

番組内容

歴史好きで知られる岡田准一がMCとなり、新選組のカリスマリーダー・近藤勇の人生にせまる。幕末最強といわれる新選組は、近代的な集団だった。近藤の主導で、禁門の変では鉄砲や大砲を活用。医療改革により隊士の健康は飛躍的に向上した。反面、「鉄の掟(おきて)」に背いた者は切腹に追い込むなど、負の面も。やがて時代の流れで幕府は滅亡、新選組は存在の意味を失う。その時、近藤が選んだ生き方とは?現代人が学ぶ点とは?

出演者

【司会】岡田准一,【ゲスト】宅間孝行,ビビる大木,矢島里佳





『ザ・プロファイラー「新選組局長 近藤勇 若きカリスマの光と陰」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

ザ・プロファイラー「新選組局長 近藤勇 若きカリスマの光と陰」
  1. 近藤
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幕末最強の剣客は誰か。

坂本龍馬 桂 小五郎
さまざまな人物がいますが

必ず名前を挙げられるのが この人たち。

おなじみの羽織と旗。 そう…

今日 プロファイルするのは
新選組を率いた この男。

近藤といえば 武士の中の武士という
武骨なイメージですが

実は 意外な一面もありました。

幕末 京。

反幕府勢力に立ち向かった
最強の剣客集団…

局長・近藤 勇が掲げる
「誠」の旗のもと 命を懸ける若者たち。

その実態は
さまざまな人間の集団だった。

農民でも商人でも入ることができた
新選組の隊士は…

近藤は そんな隊士たちを
最強組織に育てるため

時代を先取りした改革を次々断行する。

大砲や銃をはじめとする 最新兵器。

戦闘力を最大限 高めるための厳しい掟。

そして 西洋医学を取り入れた医療改革。

だが 近藤には
厳しく 冷酷な一面もあった。

近藤の掲げる高い理想についていけない
隊士たちは

次々と切り捨てられていった。

やがて 時代の激流にのまれ
新選組は内部分裂。

親しい仲間も 近藤のもとを去っていった。

それでも近藤は 己の信念を貫き通した。
一体 なぜだったのか?

今夜は 新選組の頼れるリーダー 近藤 勇。

その知られざる素顔を プロファイル。

♬~

幕末の日本を揺るがす大事件が発生した。

京の町の警備をしていた新選組が
死闘を繰り広げた 「池田屋事件」である。

新選組は 長州藩の過激な浪士たちが
放火テロを計画しているという

情報をつかみ
その拠点である池田屋に急行した。

この時 突入できる者は 僅か4人。

天才剣士だが
結核を患っていた沖田総司。

この池田屋には
大勢の敵が潜んでいるかもしれない。

しかし 近藤は…

一体 なぜだったのか?

当時 京では過激な浪士たちが
「天誅」と称して 要人を暗殺するなど

治安が乱れていた。

京の治安を預かる会津藩は

近藤たち新選組を その配下に置いて
市中の見回りをさせていた。

しかし 新選組に対し
町の人の目は冷ややかなものだった。

なぜなら 新選組は正規の藩士ではなく

臨時に雇われた どこの者とも分からない
新参者だったからだ。

身なりも貧しく 粗暴な姿は

壬生の浪人
壬生浪と

蔑まれていた。

そして 会津藩の藩士でさえも
新選組を不審がり ばかにする者もいた。

しかし近藤は 幕府や日本のために

新選組は 重要な役目を果たせるという
自負を持っていた。

自分たちを認めさせるには
大きな功績をあげるしかない。

屈辱に耐えながら
近藤は チャンスをうかがっていた。

そんな近藤たちのもとに
思わぬ情報が舞い込んでくる。

それは 「長州藩の浪士たちが
御所に火を放ち 混乱に乗じて

天皇を拉致しようとしている」
というものだった。

しかも 2日後には祇園祭が迫り
大勢の人が集まる。

計画が実行されれば 被害は計り知れない。

近藤は すぐさま会津藩に報告し
応援を要請した。

近藤たちは
会津藩の応援を待たずに出発する。

浪士が潜んでいる可能性が高い場所は
鴨川を挟んで 東と西にあった。

そこで近藤は 新選組を二手に分けた。

自分たちは 鴨川の西側

副長・土方歳三には東側の捜索を任せた。

近藤は 浪士が集まっているという旅館
池田屋に到着。

しかし この時 まだ会津藩の応援部隊は
到着していなかった。

相手は大人数。
4人で突入すれば全滅するかもしれない。

だが 応援を待って 相手を取り逃がせば
手柄は立てられない。

千載一遇のチャンスをつかむのか?

身の安全を優先して 待つべきか?

果たして 近藤の決断は…。

御用改めである。

手向かいいたすにおいては
容赦なく 斬り捨てるぞ!

20人以上の浪士が待ち受ける中
近藤は たった4人で斬り込んだ。

♬~

剣の腕では勝っても 数で劣る近藤たちは
次第に追い詰められていく。 そして…。

病をおして参加した沖田が
突如 血を吐いて うずくまる。

更に藤堂も 額に一撃を受けて流血。

近藤 もはや これまでか!?

その時…。

近藤を救ったのは
副長・土方歳三の刃だった。

土方たちの応援で 形勢は逆転。

新選組は 長州などの浪士…

会津藩兵が池田屋に到着したのは
事件がほとんど片づいた後だったという。

近藤たち新選組の活躍は朝廷にも認められ
感謝状が贈られた。

「新選組」の名を天下に知らしめた近藤 勇
この時 29歳だった。

さあ ということで
究極の選択で勝利をもぎ取った 29歳の。

(大木)若いねぇ。 若い!
若いですね~。

大木さん どうですか? 幕末ですよ。
はい 楽しみですよ。

新選組 やっぱり近藤は やっぱりこう
まっすぐなイメージは とってもあるし。

まっすぐ?
まっすぐ!

あと何か新選組っていうと どうしても
特集が土方歳三になることが多くて

その中で 近藤 勇が今日特集というのが
とても うれしい。

(笑い)
(大木)うれしい。

宅間さん どうですか?

僕は 以前にね
近藤 勇を演じる機会があって

やっぱり美化されることが すごい
多いじゃないですか 語られる部分では。

大好きなんですけど
もしかしたら この番組を見てて

嫌いなんじゃないかって思うぐらい
生々しいところをついていきたいなと。

矢島さん 京都中心にベンチャー企業を
経営されてるそうですけれども

どうですか? 近藤 勇。
私からすると 近藤 勇さんって

同世代のベンチャー経営者という
イメージなんですよね。

え~ 経営者のイメージですか?

そうですね 私 今30歳で 近藤 勇さん
今の決断された時 29歳ということで

ベンチャー企業って やはりこう最初

誰も 信用とか信頼って ないところから
始まるんですよね。
確かに。

近藤 勇さんは まさに この事件で
その信頼を得るに至った

その瞬間なのかなというふうに感じながら
今 拝見してました。

まさに じゃあ
そのテーマ いきたいと思います。

なぜ 僅か4人で池田屋に突入したのか?

どうですか 大木さん
気になるリスト ありますか?

(大木)「応援部隊は到着していなかった」。

おっ。 「応援部隊は到着していなかった」。

(大木)そう! 自分が近藤 勇だとして
池田屋の前に立ってね

どうしようって 後ろ向いたら…

全員 剣豪が後ろにいて
自分も剣も強い。

このメンバーなら行けるかもって
ちょっと思っちゃうメンツが

この近藤班に いるのよ。

何か多少の人数なら この4人いればって
俺 思ったんじゃないかって。

自信があったというか。

でも 向こうは
宴会とか 打ち合わせしてるから

防具は つけて
まあ準備はしてないだろうと。

こっちは
装備も しっかりつけてるっていっても

時間 稼げるなっていうぐらいだと
思います 多分。

実は でも
「御用改めである」って 来た時に

中のお店の人が 池田屋の主人は
言っちゃったから 「来た!」って。

確認しようと思ったら 「来ちゃった」って
「新選組 来た!」みたいな… 言われて

うわ~って なってる所に
もう じゃあ行くかって

ガーッて 「行くしかね~!」みたいな
感じで行っちゃったみたいな。

じゃあ 決断っていうよりも
ああ もう行かなきゃっていう。

もうちょっと でも来てないけど
逃げちゃまずいし 俺たち武装してるし。

ノリ ノリ。
ガーッ 行って。 「行けっか」みたいな。

今 勢い的な論が だいぶ今強いんですけど
そうですね 今 勢い論 強いですね。

勢い論なんですけれども やはり組織の
リーダーって もちろんその何かしらで

有名になるためにね もしかしたら
賞杯が必要かもしれないし

人の役にも立たないとね
意味がないじゃないですか。

まあ これ どっちを取るかっていう時に

勝算がないように
見えているんですけれども

近藤は近藤なりに その時の現場を

冷静に 高速で石橋たたいて ある程度
判断をしてたんじゃないかなと。

(宅間)土方が来てくれましたからね
何とか最後には。

(大木)来るという想定も
当然 あったでしょうしね。

宅間さん どうですか?
リストの中で気になるものは。

そうですね 「我々は市中見回りのために
募集されたのではない」。

すごく分かりやすく
「侍になりたい」とかという

思想とか そういう
イデオロギーというよりかは

もうちょっと こうシンプルな。

成り上がりたいというか
若者特有の 上 行きてえぜみたいな。

この辺りが やっぱりこう
駆け出しのお笑い芸人と同じで…

(大木)がむしゃらな時期で。

見回りだけじゃないんだ
俺たちはっていう

何かね そこにあったんじゃないかなと
思うんですけどね。

僕 どっちかというと どの言葉が合うのか
分かんないですけど

ものすごくヤンキー臭がするというか。
(宅間)イケイケな感じにね。

イケイケの もう時代の中心に
絶対 行ってやるという野心とか

侍とは こうあるべきだとか
新しいものは こうだとか

何か 若者のエネルギーは すごく。

何かの きっかけが欲しかった感じの
時期ではありますよね。

そうですね。

1834年 多摩の農家の三男として生まれた
近藤 勇。

28歳の若さで
京の都で 新選組の局長となった。

なぜ 農民だった近藤が 武士の集団
新選組のリーダーになれたのか?

さあ 拙者にかかれ!

腕白だった近藤少年は 近所の子供たちと
チャンバラ遊びをするガキ大将。

しかし 決して
年下の子をいじめることはなかった。

近藤が生まれ育った武州多摩郡は
徳川家を江戸の西側で守る重要な場所。

そのため 「天領」と呼ばれる
江戸幕府の直轄地が多かった。

また 甲州街道が東西に走り

人や物資 情報が行き交い

裕福な農民が多い土地でもあった。

しかし 裕福なことが逆に災いし
強盗が多発。

そのため 刀を持たない農民でも
自衛のために剣術を習う者が多かった。

近藤も 14歳の時に道場に入門。

天然理心流を学び
めきめきと頭角を現した。

そんな近藤の人生を変える事件が起こる。

ある夜更け 兄と勇の2人だけの時に
ごそごそと不審な音がした。

そっと隣の部屋をのぞくと なんと
強盗が家の中を物色しているではないか!

すぐさま刀を取って 斬りかかろうとする
兄に 勇は こう言った。

そして 強盗が引きあげようとした瞬間…。

強盗は突然の大声に驚き 盗んだ物を
投げ捨てて いちもくさんに逃げ出した。

すぐに追いかけようとする兄を
再び 勇は引き止めた。

勇は終始 冷静に対処し
無傷で強盗を追い返したという。

近藤の豪胆さは たちまち評判になった。

道場主は いたく感心し
近藤を養子に迎え 後に道場を継がせた。

こうして 近藤は
農民から 一道場の主となったのだ。

このころ近藤は 私生活も充実していた。

25歳の時 ツネという女性と結婚したのだ。

良妻賢母の女性で 道場に来る青年たちの
面倒も よく見たという。

そして 道場には
後の新選組を担う若者が集まっていた。

土方歳三 永倉新八 そして沖田総司だ。

彼らは近藤に惹かれ
住み込みで稽古をした。

天然理心流宗家の宮川清蔵さん。

近藤の末えいにあたる宮川家には
その 人となりが伝えられている。

道場に入門する人間は 農民
脱藩浪士など さまざまだった。

稽古のあとには 近藤を中心に
議論に熱中したという。

幕末 ペリーが黒船で来航し
開国を迫る。

この事件は
国論を二分した。

欧米列強の圧力に屈し 「開国」すべきか

外国勢力を追い払う 「攘夷」を行うべきか。

近藤の理想は 幕府が朝廷と力を合わせ

攘夷を行うことだった。

当時の思いを記した資料が

近藤の地元に近い
町田市の小島資料館に残っている。

近藤が 28歳の時
思いをかなえるチャンスが訪れる。

幕府が 腕の立つ浪士を
募集したのだ。

任務は 京へ向かう将軍・徳川家茂の警護。

将軍が 天皇から「攘夷」の命令を
じかに受けるためだった。

朝廷では 外国を打ち払わない幕府に
不満が高まっていた。

更に 過激な長州などの浪士たちは
京で暗殺や放火を繰り返し

暴力で政治を動かそうとしていた。

将軍のため 京へ行き
将軍を守るという名誉ある任務。

しかも 身分 出身
家柄を問わないという。

近藤たちにとって
またとない機会だった。

近藤は 妻や道場を仲間に任せ

「浪士組」の一員として
土方らと共に京へ向かった。

だが 到着した夜
待っていたのは思わぬ事態だった。

浪士組の取りまとめ役が
近藤たちを集めて こう言った。

幕府ではなく 朝廷のためだけに働くと
言いだしたのだ。

幕府を通じて 朝廷のために働くと
聞いていた近藤たちには

寝耳に水の発言だった。

近藤は選択を迫られた。

本来の志とは違うが
このまま浪士組に留まるか?

何の保証もないが
自分の信念を貫くか?

234人の浪士組から
近藤は 同志と共に脱退。

壬生浪士組を結成した。

たった24人ではあったが

近藤は
あくまで 将軍や幕府のために働く

信念の道を貫いた。

壬生浪士組は
程なく 「新選組」と名を変える。

近藤 勇が局長になったのは
28歳の時だった。

さあ ということで まっすぐな近藤 勇
という感じがするVTRでしたけど。

実はですね 今回特別にですね

近藤の覚悟が示されました
貴重なものをお借りしてきました。

道場時代に…

(矢島)すご~い!
(大木)本人着用?

これ 本物です。
(大木)うわ~!

ドクロ。 これ 妻のツネさんが縫った…。
刺しゅうされたんですね。

刺しゅう ドクロということで。
このデザインセンス すごくないですか。

覚悟を示すためのデザインだった
ということで

「主君のためなら 野に屍をさらす覚悟で
戦う」という意味が。

近藤が このドクロを縫ってくれよって
奥さんに 本人から言ってたとすると

やっぱり 何か覚悟がね
ふだんの稽古から その覚悟。

気を抜く暇はないんだっていう感じの

何か その常に
もう何かを背負っている感じ。

何かね ちょっと怖さすら感じるような。

いつか それを ほんとに実戦で
使うかもしれない技を日々磨いてると。

強盗を追い払うというのは
何か ちょっと印象的な事件ですよね。

(宅間)あれね いいエピソードというか

何か割と 彼がいつも
ニコニコしてたっていうエピソードが

すごく いろんな人が言っていて

ものすごい強いけど 根っこのところは
何か優しいやつだったんじゃないかな。

だから いいじゃないかって言って

全部 置いてったしって
言っちゃうようなところは

何ていうんですかね 懐の深いというか
優しいところもあったんじゃないかな

という気はしてるんですけど。
優しさがある。

無用な命を取るようなことは
されないんだなというのを

すごく このエピソードから感じて
ある種 この近藤が こう背中に

ドクロを背負って
命というものに対しての

また 重みというのも
感じてるからこそ

勢いで斬るとか
強盗が悪いから 斬るとかではなくて

いろんなことを 慮った上での
判断をされたのかなあというふうに

感じました。

将軍のために働きに来たといって
浪士組から独立して

京に残る決断をしますけども
これは いかがですか?

(矢島)これ 私は…

何のために 自分が その一つの旗を
立ち上げたのかっていうとこだけは

やはり 最後までブレてはいけない
それがブレると それこそ組織も

みんな ブレブレになって

結果 本当に死んでしまう可能性があると
思うんですよね。

これって いや こういう時って
よく思うんですけど

歴史って 結果論じゃないですか。

当時 ひっくり返ると
思ったかどうかみたいな

幕府が倒されると思ったかとか

何か いろんなことの情報が
全然ないと思うんですよね 今より。

そして 当時の近藤たちにすれば
当然 一番すごいの幕府でしょみたいな。

俺たちは そこを守るべきでしょっていう
そこまで計算できてないというか。

まだ そんなにね 確かに。 だから その分
ひょっとして試衛館のメンバーは

そこまで どう判断していいか
分からないっていうのが

あったと思うんで そうすると やっぱり

どこかで「近藤さんの言う方に
行こう」ぐらいの

やっぱり リーダーである近藤さんは
どう考えているんだっていうのを

みんなが 近藤の意見を待つというような。

根っからのリーダー気質という感じは
何か ねえ 感じ取れるというか。

何か リーダーって何なんだろうというと
言葉にすると すごい難しいですよね。

きっと何か 素質とか魅力とか いろんな
要素があるんだと思うんですけど。

周りの思いとか 意思とかを

きっちり受け止めていける器が
あった人なのかなという。

自分が どうありたい
こうありたいっていう感じよりも

何か 「ほう」って
言ってるイメージが 勝手にある。

総合的な やっぱり
「あの人には勝てない」という

リーダー像を生み出していったのかな
というのも 今 感じましたね。

発足当初は 僅か20人余りだった近藤たち。

このころ使用していた屋敷の一部が
今も残されている。

新選組の隊士は
ここで寝食を共にしながら

京の治安を守る活動を始めた。

この家の当主には 近藤たちの
暮らしぶりが語り継がれている。

翌年 近藤たちは
池田屋事件で 一躍 名をあげる。

そのため 入隊志望者が急増。

近藤は そんな集団を どのようにして
最強の組織へと育て上げたのか?

近藤は 新選組を最強の組織にするため

次々と合理的な組織改革を
断行していく。

まず 手をつけたのは
隊士の健康管理だった。

新選組の宿舎は 隊士の急激な増加で
すし詰め状態。

特に夏場は 暑さと不衛生で最悪の環境だ。

このままでは
市中見回りの任務に支障が出る…。

近藤は一計を案じ ある人物を訪ねた。

松本良順。 最先端の西洋医学を
身につけた医者である。

近藤は 江戸にいた松本を新選組の宿舎に
招き 改善の教えを請うた。

それまでなかった浴室を作り
隊士に 清潔を心掛けさせた。

それまでは 健康な者と一緒に寝ていた
病人を集めて

まとめて看病することとしたのだ。

新選組は男所帯だったため
台所には 残飯があふれ返り

極めて不衛生だった。

そこで 残飯は豚や鶏に食べさせて
台所をきれいにした。

更に その豚や鶏が育てば
隊士に食べさせた。

衛生的で 栄養補給もできるという…

おかげで…

こうした改革を行いながら…

1864年に起きた 禁門の変である。

池田屋事件以降
京を追放された長州藩の藩士が

勢力挽回を狙って
武力で御所に突入しようとしたのだ。

御所を守る会津藩と共に
近藤率いる新選組も

日頃 鍛えた剣の腕を生かし
敵に斬り込む!

と思いきや…

近藤が主力としたのは
鉄砲だった。

実は このころから近藤は
軍備面でも改革を行っていた。

新選組は 大砲や小銃など
西洋式の軍備を取り入れ

日々 訓練に励んでいたという。

京都の壬生寺に
その訓練の様子が伝えられている。

新選組を強くするためなら
たとえ 西洋の武器や知識であろうと

貪欲 かつスピーディーに
取り込んでいった近藤。

その一方で こんなデータがある。

新選組結成から およそ5年間で
死亡した隊士は 46人。

その中で 敵に殺されたか
病死した隊士の数は 僅か6人。

残りの40人は なんと新選組内部での
粛清や切腹で命を落としていたのだった。

これは 近藤が隊士たちに
厳しい規律を守らせた結果だった。

それが 新選組「鉄の掟」として知られる
「局中法度」である。

副長の土方歳三と作り上げたと言われる
この法度。

この4か条に違反した者は
例外なく 全て切腹。

従わない場合は
粛清された。

更に近藤は 市中見回りの際にも

隊士が 死を恐れず戦うように
規則を作った。

その名も 「死番」。

文字どおり 「死の当番」を意味する。

4人1組で市中を見回り
敵と遭遇した場合

最も危険な先頭を
日替わりで公平に担当する制度だ。

死番にあたった隊士は 見回りの間中
ずっと 死ぬ覚悟を持たざるをえない。

更に 新選組内で
隊士の切腹が行われる際には

その介錯を あえて新人隊士にやらせた。

当時の会津藩の手紙に
こうした近藤の評価が残っている。

最強の組織を作り上げようとした
近藤ですが

まあ ここまで
本当に厳しくする必要はあったのかと。

でも やっぱり近藤が
ずっと地元から持っている

「武士より武士らしく」あるには

やはり そういう 武士よりも厳しく
俺たちの態度を示していないと

認めてもらえないっていうのは
あったんじゃないかと思うんですけどね。

上の人は やっぱ 一つの理想を
説かなきゃいけないと思うんですけど

その理想を説けば説くほど
やらざるをえないというか

何か それって ちょっと赤軍派が
内ゲバで どんどん仲間たちを

理想を掲げてね
何か違うところに行くはずが

内に内に どんどん
力が働いてったところじゃないですけど。

何か そういうのと ちょっと近いような
集団心理というか やっぱり 一つこう

カリスマが カリスマでいるために

そうしていかざるを
えなくなっちゃってた部分も

もしかしたら
あったのかなとは思いますけど。

まあ 理想が人間を無視しだすと
崩壊していくのが

歴史が証明してるんだと思いますけど。

やはり この新選組というのは
生半可な部隊じゃないんだよと

まあ ある種 こう一つの会社としての
イメージですよね 非常に厳しいと。

その上で入るのかということを
何かこう 事前に問うてる感じもして。

生き残れる強さを どう初期 初速を
持っていくかというと

やはり 思いを最初から持ってる人に
来て頂くというのは

すごく大切なことなのかなと思います。

ひょっとしたら「ルール作ったものの 俺も
こんなんなると思わなかったけどね」

みたいなね 本心が ひょっとしたら
あったかも分かんないけど。

どんどん どんどん厳しくなっていった
ということですか。               そう。

もう やらざるをえないよな
ルール 発表しちゃったしっていう

本当に 自分で自分を
追い込んでっちゃうっていう部分で

やっぱり こう 新選組上層部の土方と
話し合っただろうし。

まあ 本物でありたかったんだろうな
という感じが

すごく この時期は
何か 結束とか規律とかが

時代の変革期なんて 全部 揺らいでる時間
時代じゃないですか

何もかも 何が本当なのかとか
言ってたこと 違うじゃないかとか

いろんな人が もう本当に行動で
武力で 行動に出てる時代だから

何か 自分たちが本当に本物で

その中でも
もう 最強でなきゃいけないという…

真面目な人間だから
いろいろ迷っただろうなとも思うしね。

どうしようっていう迷いは。
止められない感じもありますよね。

ねえ。 そう。

西洋の新しいものを
どんどんと導入するんですけども

こちらを見て頂きたいですね。
こちらです。 これも本物です。

本物ですか? すご~い。
はい。

近藤がですね…

今回 特別に
本物をご用意させて頂きました。

(大木)すごいなあ 残ってんだなあ。

しかも 贈ったのは
試衛館の道場時代ということなので

かなり早い段階から 近藤は最新の銃
という武器を手に入れていたという。

(大木)これで やった方が一撃だなって
分かってるけど

やっぱ 剣術の稽古なんだよねえ
やっぱり。

この辺りが 何か こうね
やっぱり武士なんだっていうね。

そう。 あるんですよね。

まあ 近藤ですけども
不安や迷いもあったようです。

こちらをご覧下さい。

これ 手紙なんですけども

これは 近藤が多摩の同志に送った
直筆の手紙ということで。

この一節なんですけども。

(大木)自分は
そういう教育を受けて

育ってきてはいない
という

コンプレックスも感じる手紙ですね。

孤独のような面もあって。

相談するって
時に大切だとは思うんですけれども

誰が一番 新選組のことを考えているか。

365日 24時間
やっぱり 近藤だと思うんですよね。

ある種 このことに関しては
もう 自分が考えて考えて考えきって

これだと思ったら 相談せずに
決断として その組織に出すことも

時には 必要になってくることもあると
思うんですよね。

岡田さん 近藤がね どういう思いで
組織作りしていたのかっていう。

ここら辺で
ちょっと もう余裕がない感じが

ちょっと見えてくるじゃないですか。

何か ほんとに
つきあってる人たちも変わって

上の方で ちょっと背伸びしだして

その人たちに認められるものというものは
その隊の 本当の強さとか

一目置かれるものって
そこになってくるから

本来 近藤が そういう
その厳しさを求める人かっていうと…。

何か ちょっと違和感は感じるんですよね。
そうなんだよね。

なので 上り詰めるためというか
自分が そこで認められていくために

その厳しさを受け入れているという。

その何か ちょっと悩みみたいなのも
ちょっと見えだしてくる感じが。

カリスマ・近藤の
トップダウンによる改革で

最強の組織になった新選組。

しかし 近藤は
次第に傲慢な態度をとるようになり

やがて 内部分裂を引き起こしてゆく。

発端は 参謀役を担っていた
伊東甲子太郎との確執。

伊東は
幕府の権威が失墜していくのを見て

幕府の代わりに 天皇中心の
政治体制にすべきとの考えを強めた。

幕府を第一に考える近藤とは
一緒には行動できない。

そう考えた伊東は
新選組を脱退。

近藤についていけないと感じていた隊士も
次々と脱退を申し出た。

しかし 近藤は逆らう事を許さなかった。

近藤は 伊東を暗殺。

他の隊士も
切腹などの方法で殺した。

そんな頃 幕府から
新選組の隊士全員が…

多摩の農家に生まれた近藤にとって
幕府の直参になることは 身に余る光栄。

ついに 誰もが認める
立派な武士になった。

この時 32歳。

しかし 近藤の志とは反対に
時代は激しく動いてゆく。

1867年10月 徳川慶喜は
朝廷に将軍職を返上し

徳川幕府は終わりを告げた。

幕臣となってから 僅か4か月。

近藤が命をささげて 懸命に尽くしてきた
幕府は もはや なくなった。

新選組は 旧幕府軍の一員として

薩長中心の新政府軍と戦うも
負けを重ねる。

更に新政府軍に 官軍であることを示す
「錦の御旗」が揚がり

新選組は 「朝敵」の汚名を
着せられてしまった。

徳川慶喜は江戸へ帰還し
新政府に恭順の態度を示した。

しかし 近藤は徹底抗戦を唱え 出陣する。

目指すは 甲府城。

西から 甲州街道を東に進んでくる
新政府軍を

そこで食い止めようとしたのだ。

近藤は 隊士の前で こう言った。

近藤は およそ170人の部隊を率いて
甲府城へと突き進んだ。

しかし途中で 「新政府軍が一足先に
甲府に入った」という報告が。

その数 7倍の1, 200人。

圧倒的な兵力差に
弱音を吐いて不安がる 隊士たち。

それに対し 近藤は…。

援軍が来るという話は
実は 苦し紛れの嘘。

隊士たちの士気を
高めるためのものだった。

嘘までついて戦った近藤だが
新政府軍を前に大敗。

江戸方面に敗走した。

多摩の道場時代からの同志である
永倉新八らは

新選組は 会津藩と合流し
戦局を立て直すのが最善策だと

近藤に進言した。

しかし近藤は 新選組の方針を
無断で決めた事に腹を立て

こう言った。

同志だと思って
近藤と共にやってきた 永倉たちは

家臣として扱われたことに
激怒。

近藤は 副長・土方歳三と再起をかける。

江戸に戻って 200人近くの兵を再び集め
流山に布陣した。

だが ちょうど隊士たちが
訓練で出払っていた時

近藤たちは 新政府軍に包囲されてしまう。

もはや最期か?
武士らしく切腹しようとする近藤。

しかし 土方は言った。

土方の強い説得で
近藤は 大久保大和という名で投降。

正体を隠して
この場を切り抜けようとしたのだ。

しかし すぐに見破られてしまった。

そして ついには味方であったはずの
旧幕府からも こう言われた。

近藤 勇 斬首。

最期は 武士として切腹することも
許されなかった。

33年の生涯だった。

近藤の辞世の詩が
残されている。

さあ ということで
「誠」という文字を掲げた

近藤の人生を見てきましたけども

まあ近藤は なぜ最後まで戦い続けた?

幕府直轄の天領の地に生まれ育って
会津藩預かりじゃないから もう

直参の新選組局長となった時の
やはり そこのプライド。

もう やるしかないっていう部分と
今 ゆっくり聞いてても

その尊皇と幕府中心で
幕府は そもそも尊皇だから。

「どういうこと? 結局 俺たち」ぐらいの

何か もうそのスピードについていけない
感じも 多分あったと思うのね。

そこからくる怖さもあったと思うし…

いろんな感情が ごちゃごちゃになって

何か ただ目の前にあることを
とりあえず もうやるしかないみたいな。

近藤って最後 少し心が弱かったのかなと
この今のVTRを見て 感じたのが

よく ベンチャーの経営の方で
最初の思いと

最後 やはり そういった名声だったりとか
お金で 残念ながら

人が変わってしまう方というのも
いらっしゃるじゃないですか。

近藤は その優しさだったりとか
人のことを考えるというところは

初めの方のVでは
あったと思うんですよね。

そういった部分が 全部 窮屈に
何か最後 崖っぷちに来た時に

そこよりも 自分の最後
名をはせるというところが

勝ってしまったのかなというのは 何だか
すごい感じているとこなんですけれども。

こっちが正しい こっちが
正しくないとかっていう論理よりかは

今 ついてる親分が旗色が悪くなってきて
ただ 今 もう俺ら今更

こんだけ 長州のやつ
バカバカ斬ってきて 薩長やってきて

そっち行きますっていうのは言えるほど
そんなに こうね

小ずる賢くは 生きられなかったんじゃ
ないかなというか

まあ そこは やっぱり当時の
男としての生きざまというか

もう ここまで行っちゃったら
行くしかねえだろっていう

戦うしかねえだろっていうところは

何か その時代に翻弄された悲しさは
すごくあるかなと思いました。

やっぱり ずっとリーダーでいなきゃ
いけなかったっていうのを

ずっと思ってた人だし。

やっぱり昔ね たまたま…

郷さんが言ってたのは やっぱり…

深いですねえ。

だから 僕たちが「郷さん変わんないですね
昔から」って言ったら

「いや そのために
変わり続けてきたから」って言ってて。

はあ~って。 だから それを何か今日ね
近藤は みんなに「近藤さん

本当に 真面目で
頑固でやってきましたね」

「いや でも そのためには
俺も いろいろ考えながら

やってきたからね」っていうのが
やっぱ あるのかなって この人は。

やっぱり本当にどっかで変わり続けてきて
うまくいかないとこもあったし

うまくいったとこもあったしっていう
部分が いっぱいあって。

このエネルギー感って
今の やっぱり日本社会に

少し足りてない部分でもあるのかなとも
すごい今回 感じましたね。

このエネルギーの向かい方が
いい悪いというよりは 何かこう…

この感じって もうちょっと
何か今 必要なのかなって。

この時代の
きっと真ん中の方には いないけど

時代に風を飛ばせるエネルギーを持つ
集団が

その時期に その場所に集まって
何か 一生懸命 真ん中に行こうとした

突風のような熱い風を
すごい巻き起こせたエネルギーが

あった人なんだろうなって すごく思うし。

何か だから
今 僕たちも こうやって話したりとか。

人を斬ったりはしてるけど ちょっと
青春のような時間だよねえ。

そう 何か 青春のにおいがする。
ねえ。

仲間と過ごした 何か若さとか ちょっと
青春のにおいが すごい するんですよね。

しますね。 この集団的な感じも含めてね。
男子の部活のようなね。

しますねえ。
そこが何か 哀愁がある感じですよね。

岡田くんはさぁ…

(矢島)お願いします。
ありがとうございました。


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