英雄たちの選択「徹底シミュレーション 江戸城攻略~由井正雪に勝機はあったか~」 千田嘉博、小谷賢、門井慶喜、神田松之丞…



出典:『英雄たちの選択「徹底シミュレーション 江戸城攻略~由井正雪に勝機はあったか~」』の番組情報(EPGから引用)


英雄たちの選択「徹底シミュレーション 江戸城攻略~由井正雪に勝機はあったか~」[字]


三代将軍・家光の死の直後、幕府を倒す陰謀が発覚。軍学者・由井正雪率いる浪人たちが江戸城に侵入して幼い4代目を拉致する計画だった。超人気講談師、神田松之丞も出演。


詳細情報

番組内容

由井正雪の計画は事前に発覚したため実行されなかったが、もし実行されたら江戸城攻略は可能だったのか?江戸城の鉄壁の守りを見る限り容易ではない。しかし出演者の磯田道史、小谷賢、門井慶喜の諸氏は、正雪とは違う方法なら可能だったと主張。不可能とする城郭考古学者の千田嘉博氏とそれぞれの攻略案をめぐって論戦を交わす。結果的に幕府の大名取り潰し政策を変えるに至った由井正雪の乱が、現代日本に残した影響も論じ合う。

出演者

【司会】磯田道史,杉浦友紀,【出演】千田嘉博,小谷賢,門井慶喜,神田松之丞,【語り】松重豊




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英雄たちの選択「徹底シミュレーション 江戸城攻略~由井正雪に勝機はあったか~」
  1. 江戸城
  2. 石垣
  3. 千田
  4. 牢人
  5. 由井正雪
  6. 本丸
  7. 思います
  8. 正雪
  9. 非常
  10. 小谷


『英雄たちの選択「徹底シミュレーション 江戸城攻略~由井正雪に勝機はあったか~」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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時は慶安4年の7月
徳川家康が江戸に幕府を開いて

おおむね50年がたったばかりの
頃合いでございます。

最大にして最強の城 江戸城

ここに激震が走ります。

三代 家光公が亡くなりますと
跡を継ぎましたのが

11歳の竹千代君
後の家綱公でございます。

(張扇)

(神田)ところが
この代替わりの隙をねらって

恐ろしい企みが
ひそかに進んでおったのでございます。

(張扇)

(神田)なんと 牢人たちが
江戸城を襲い

幕府を転覆しようというので
ございます。

首謀者は 軍学者
由井民部之助橘正雪。

江戸に軍学の道場を開き

3, 000人にも及ぶ門弟を
抱えていたといわれる

名の知れた人物でありました。

関ヶ原の合戦以来
徳川の意に沿わない大名家は

お取り潰しの憂き目に遭い

主家をなくし牢人に身をやつした輩が
ちまたにあふれていた ご時世。

この牢人たちの怨念を背負い込み
正雪 ここぞとばかりに策を練る。

(張扇)

(神田)とはいえ 痩せ牢人どもの群れで

果たして
難攻不落の江戸城を落とせるのか。

こよい スタジオに集まった
現代の賢人たちからは

こんな声が集まっております。

ここまでいったら
もう どんどん火矢でも何でも入れると

本丸で大火災を起こすことができる。

できるはずないじゃないですか!
そんなの もう…。

江戸城は鉄壁のお城ですからね。

変化球でちょっと やらないとね
攻めないといけないんじゃないかと…。

(神田)権謀術数 渦巻く天下の大江戸。

さてさて
由井正雪の企みに勝算はあるか否か。

徳川の命運や いかに。

♬~

皆さん こんばんは。
こんばんは。

歴史のターニングポイントで
英雄たちに迫られた選択。

今回は 江戸幕府三代将軍
徳川家光の死の直後に起こった

クーデター未遂事件
「由井正雪の乱」を取り上げます。

由井正雪は なんと江戸城に攻め込み

幕府転覆を企てていた
ということなんですけれど

磯田さん どういうことなんでしょう?
これね 徳川政権の基盤が

ほぼ固まった時代に起きたんですね。
はい。

家光 三代 亡くなる。
そうしたら 次は小さな将軍って。

で このままいけばですよ

徳川政権は
長期政権になりかけてたんですよ。

なりかけていた。
はい。

で 徳川政権を倒したい側からすると

この幼い将軍に代替わりをする
このときが…

このまま放っておいたら
もう 水は氷が固まるように

堅い政権になっちゃうと。
氷に固まる前で割っちゃえっていう

もう 最後のチャンスと認識されていたと。
長期政権になっちゃうと。

とはいっても…

この城内の権力の中枢を
倒せるのかということを

今日は皆さんと一緒に考えてみたいと。

そういう話ですね 今日は。

今日は軍師 磯田のね
力が発揮できそうですね。

嫌ですね 今日はね
でも 相手が江戸城ですからね。

相手が江戸城ですからね はい。
さあ 今日もですね

さまざまなジャンルの専門家の皆さんに
お越しいただいています。

まずは 家康の江戸城築城を
題材にした

作品をお書きになっていて

直木賞作家の門井慶喜さんに
お越しいただいています。

門井さん この由井正雪の乱は

どのように ご覧になっていますか?

僕は 徳川時代における

一番最初の
大規模な刑事事件だと思っています。

つまり この僅か十数年前には
長崎で「島原の乱」がありまして

これは いわば徳川政権最後の
幕末を除けば最後の戦乱なんですね。

これが失敗に終わってしまって
もはや そういう徳川政権に対する

そういう反抗が
できるかどうかっていうときに

十数年後に現れたのが
この由井正雪の乱であると。

今日は その江戸城を
攻略できるのかという観点で

見ていこうと思うんですが
江戸城の攻略法ありますかね?

あります。
おっ。

あるんだって。
なるほど まず1個 攻略法はあるという

門井さんは
力強くおっしゃっていただきました。

では 続きまして 小谷 賢さん。

小谷さんは まず 由井正雪の乱
どのようにお考えですか?

はい 今
門井さんもおっしゃったように

刑事事件だということだったんですけど

私も ちょっと
そういう側面があると思います。

その手段としては
もう 何か

暗殺や破壊や誘拐まで
いろいろ計画しましたけど

これは完全にテロだろう
ということでありまして

要は 今風に言えば…

なるほど。 そして
江戸城の攻略はありえそうですか?

ええ 私もあると思います。

江戸城というのは あくまで
これは正面からの軍事攻撃を

想定して作られていますので…

なるほど。 さあ 磯田先生も
やはり 攻め手はあると?

これね あるんです 実は。
(笑い声)

江戸城っていうのは
ある種の攻撃には強いんですけど…

これは ちょっと
最後まで見てくだされば分かります。

それに対抗して お城のスペシャリスト
千田嘉博さんには

徳川方として 今日は

この場に立っていただいております。

徳川方としては
江戸城の攻略はどうでしょう?

できるはずないじゃないですか!
そんなの もう…

もう いかに今日はですね 江戸城が
すごいお城だったかっていうのを

もうね 番組の最後まで
見ていただいたら

やっぱり 江戸城 すごいって みんな
分かっていただけるんじゃないかと

信じています。

これは すばらしいトークバトルが
期待できそうなんですけれど。

さあ まずは そもそも 江戸城の大きさ
ここから見ていきましょう。

こちら。

東京の中心部 千代田区の大半が

かつての江戸城だった
ということなんですが

まあ 広いですよね。
広いですね。

そして内郭
うちぐるわとも呼ばれる

城の中心部が こちらです。

皇居や東御苑
北の丸公園などの

一帯のことをいいます。

ここは 由井正雪が
乱を企てようとした時代には

このような形で城が構えられていました。

(千田)まさに
この大きさですね まずは。

もう 本当に文字どおり
日本最大のお城でありますし

単に外側を 濠や石垣で
守っているだけではなくて

それぞれの場所が複雑な石垣で
さらに迷路のように守っていますから。

外からの攻撃に対しては
大きいというのは

スケールメリットがあってですね
いわゆる…

ただ 1回 中に入られると

今度は獅子身中の虫になっちゃって

少数だと 探すのが広すぎて

大変なんじゃないかというふうに
私は想像します。

ですから 割に…

おお~…。

もうすでにですね
バトルが始まっていますが。

まずは 由井正雪の計画と
その時代背景をご覧いただきましょう。

全国の大名を動員して
建造された

徳川幕府の本城 江戸城。

その中枢を占める内郭は
周囲およそ8キロ。

濠に囲まれた外周の大半を
高い石垣が守り

出入口は堅固な城門が固めている。

江戸城の中心 かつての本丸には

高さ45メートルにも達する天守が
そびえていた。

家康の号令で建設が始まった江戸城。

完成したのは
およそ半世紀後

三代将軍 家光の時代だった。

徳川の武力と権威の象徴
その江戸城が危機に見舞われる。

江戸城を襲い 徳川幕府転覆をもくろむ
クーデター未遂事件が発覚。

幕府の公式記録「徳川実紀」は
事件を大きく記している。

徒党を組んで
謀反を企んだのは

由井正雪なる
軍学者だった。

計画は
江戸城攻撃にとどまらず

京都 大坂でも
同時に事を起こすという

大規模なものだった。

世に言う「慶安事件」である。

この事件の背景には
徳川幕府への不満の高まりがあった。

当時 幕府は政権基盤を固めるため

事あるごとに大名の領地を没収したり
家を断絶させたりと

厳しい大名統制を進めていた。

家康 秀忠 家光の三代の間に

200を超える大名が
処分を受けたといわれている。

その結果 深刻な問題が発生していた。

牢人の増大である。

主君の没落で俸禄を失った失業武士たちが
ちまたにあふれた。

彼らの多くは 別の大名に仕官もできず
身の置き所がない境遇に陥っていた。

これを見かねたのが

楠木正成の流れと称する
軍学者 由井正雪。

3, 000人もの門弟を抱えていたといわれる
大立者でございます。

正雪は牢人たちの窮状を救わんと
仲間を募り

得意の軍学で
幕府転覆の策を練り上げます。

その一 まずは幕府の焔硝蔵

今でいう弾薬庫を爆破して
騒ぎを起こします。

その二
慌てて江戸城大手門に登城してくる

幕府重役を
槍の名手 丸橋忠弥率いる一団が

鉄砲で狙い撃って城内に突入。

その三
混乱に乗じて 将軍をかっさらうという

大胆不敵なものでありました。

(張扇)

すでに焔硝蔵番人も
一味に引き入れました 正雪。

さらには

大手の門に近づくため
徳川家ともゆかりの深い大藩

備前岡山 池田家の紋所入り提灯を
あつらえていたという念の入れようで。

それだけではございません。

江戸城襲撃と時を合わせ
京・大坂に潜伏させた同志たちが

一斉に蜂起し 帝に迫って
将軍追討の宣旨を得るという

大それたものでありました。

一方 正雪自身は
駿府は久能山に残された神君 家康公の

金銀財宝を手中に収め
全国に号令するという手はず。

正雪の呼びかけに 江戸だけでも
5, 800人余りの牢人たちが連判し

諸国の同志たちを糾合いたしますれば
その数 なんと…。

(張扇)
(神田)10万余り。

時まさに 三代将軍 家光公が逝去。

その跡目を継ぐのは
僅か11歳の竹千代君

後の四代将軍 家綱公であります。

(張扇)

(神田)この機を逃さず
正雪は駿府へ出立。

丸橋忠弥一党の江戸城襲撃を待つばかりと
相成ります。

とはいうものの
「悪事千里を走る」の理どおり

謀は事を起こす前に幕府に漏れ
江戸の丸橋忠弥一党は 一網打尽に。

由井正雪本人も
駿府の宿にて捕り手に囲まれ

自害したのでありました。

(張扇)

ご覧いただきましたように 由井正雪が
江戸城を襲撃しようとした背景には

幕府大名への厳しい政策があった
ということなんですが

小谷さん なぜそこまで厳しくしなくては
いけなかったんでしょうかね。

まあ 恐らく まだ その幕府の権力が
日本全国に行き渡っていないと。

まだ西国大名もおりますしですね
そうなると 一刻も早く…

勢力を広げるということをやる必要が
あったんだと思います。

(千田)まあ この時代ですね
幕府は西国の諸大名に命じて

徳川のお城 江戸城なども
次々と工事をさせていました。

それで 工事に駆り出させる…

駆り出されたですね 諸大名たち…

やっぱり その工事を分担して

いかに江戸城が
すごいお城かということを

自分たちで それを作るわけですから

実感をするということになりますので。

もう それこそ…

それを みんなに見せて
お金を自分で払わされて

貧乏になってというのを 大名たち

特に外様大名たちは やってたわけですね。

いや これ 江戸城を攻めるというのは
これは とてもできないという

そういうことも みんなが分かるという。

だから それは その点は…

牢人が江戸に集まったという話
VTRにありましたけど

あの… あれなんですね
私も知らなかったですが

「ロウニン」という字の「ロウ」は…。

はい はい 「牢籠」の「牢」。

牢屋に籠もるという字を書いて

にっちもさっちもいかなくなった
困ってる状態。

困ってる人が
そのまま困ってると あれだから

やがて さすらい歩いて
浪々と波のように漂う。

そうすると 後には「浪」の字が
使われることが多いと

されてるんですけどね。
はい はい。

だけど この時代の牢人って
おとなしくないですよ。

なぜかっていうと…

乱暴ですよ。

乱暴なんですか?
はい。

早いところ 戦乱でも起きて
手柄を立てて

新しい大名に仕官したい
就職したいという人たちの集まりで。

この人たちは いっちょう
何か乱でも起きないかなと思って

暮らしてるんですね。

今 磯田さんがおっしゃったように
戦の時代から

平和な時代に切り替わるときって 必ず…

彼らは結構プライドとかもありますからね
知識とか。

あと 一応 戦うスキルも持っていますから
そうなると

みんな 仕官の口を求めて
常に いろんなところを

ぶらぶらしてるという
流れになってくるのかなと思います。

牢人というのは 禄を失う。

しかも 今日明日に食べるものも
困っている人が

たくさん たくさん その江戸の市中を
うろついているわけですね。

これは非常に殺伐としていた
雰囲気だったろうと。

ましてや その… 江戸城普請ですね。

そのちょっと前に 一段落しているわけで
いわば その町人の側でも

何といいますか こう…
ちょっと仕事があぶれているというか

昔ほど 江戸に来ても仕事がないよね。

そうすると この牢人たちについていく。
牢人たちに心情的に理解しちゃう

そういう町人も増えてくるんじゃないか。

そうすると…

そんなふうに思いますね。

それに じゃあ 由井正雪は
危機感を感じていたと

捉えればいいんでしょうかね 磯田さん。
うん そうでしょう。

もう その力を利用して
ひとつ 政権を倒してやれと。

江戸城を ひとつ燃やして
それで自分も大名とか…

皆さんにとって 江戸城を 本当に
では 襲撃できるのかという点で

勝機ありと
お三方は考えていらっしゃいますが

本当にできるのか 千田先生がね まず…
フフ… 千田さんが まず…。

いいVTRですよ これが。
千田さん 城愛 すごいからね。

(千田)城愛ですからね。
皆さん 割り引いて考えてくださいよ。

そうですね 江戸城ってね
本当にすごいお城なんですよ。

大きいだけじゃなくて…。
とにかく いきましょう。

えっ もういくの?

城愛の人 千田さんが向かったのは
とあるビルの屋上。

おお~ いや~。

これは すごいですね。

もう 江戸城一望ですね これは。

はあ~!

この幾重にもですね

濠と石垣を重ねて守りを固めている

この姿っていうのは 本当 すごいですね。

特に奥に見えている本丸を巡っている
あの高い石垣ですね。

まあ 高石垣っていうふうに
よく言いますけれども

これだけの高い石垣を 本丸の周りに
すべて巡らせているというのは

やはり 日本各地にある…

実際には この要所要所に櫓が立ち

あるいは多聞櫓っていう

長細く城壁上に守りを固めていた
建物が建っていて

さらに守りを固めていたわけですから
まさに鉄壁の要塞っていうですね

そういう様子を
今 思い浮かべることができます。

もし ここの江戸城が
戦うということになれば

例えば 豊臣恩顧の西国の諸大名が
大挙してやって来る。

それを迎え撃って 撃退する
っていうですね

まさに何万人 対 何万人というような…

っていうのが 江戸城だったというふうに
言っていいと思います。

究極の城 江戸城。

千田さんは 門の構造からも
防御の堅さがうかがえるという。

へえ~ これ見ていただきますと

後ろの城壁よりも 門の所が

外に張り出して作られているというのが
まず お分かりいただけると思います。

濠に出っ張ってきてますよね。

そして そこに 城外から行く所には
木の橋を架けていて

濠を渡っていくということになります。

で 濠を渡っていきますと

橋を渡って進んでいく方向と
門の建ってる向きが平行になっている。

つまり 90度曲がらないと

門の正面を見ることができないという

そういう作りになっているっていうのが
お分かりいただけると思います。

ですから 敵は 橋を渡って
たとえ攻めてきたとしても

門を破ろうとすると
90度曲がって 門の正面に立ったときに

初めて 門 壊そうっていうことが
できるわけですから

非常に… 何ていうのか
壊しにくいわけですよね。

門の前まで進んでいくっていうことは
実は 濠を隔てた内側の城壁から

その部分っていうのは
完全に見通されていますので

迫ってくる者は 正面から
ものすごい… 何ていうのか

鉄砲や弓矢を浴びて

それでも進んでいく
ということになりますから

恐らく 門の所までたどり着くのも
極めて困難。

もし それは 百歩譲って
あの最初の門を突破できたとしても

今度は 桝形っていうふうに呼んでいる
周りを塀と石垣で囲われて

内側には 今度は 強力な櫓門を備えた
袋小路なんですね 袋のねずみ。

ですから 今度は あの櫓門を

破らないといけないっていうことに
なるんですが

櫓門っていうぐらいですから
門の上の所が 全部 櫓になっていて

あそこから もう 圧倒的な形で
鉄砲を撃ってくるわけですよね。

ですから あの中に入ったから
よかったって思えることが

何かあるかと思うと
何一つ いいことがないっていう。

本当に 何か…

その恐ろしい桝形に入ろうと

千田さんは
あの有名な門に向かった。

ものすごい大きさであります。

全国の江戸時代のお城に
こういう桝形っていうのは

たくさん残っていますけども

これほどの巨大な桝形門っていうのは
ほかには なかなかありません。

いや~ すごいですね。

いや~ 奥のですね
櫓門でありますけども

ものすごい大きさであります。

櫓門 各地に残っていますけれども

これほどの規模の櫓門っていうのは
やっぱり なかなかありません。

これは すごいものであります。

ここに 大きな広場になっていますが

ここは 櫓門から
完全に見下ろされる位置でありますから

あの2階の大きな格子の窓が
見えていますけども

あそこから撃たれちゃうわけですね。
そして それだけではなくて

この奥の所 圧倒的に高いですね
石垣があります 見にいきましょう。

圧倒的に高い石垣ですよ。

これ すごいですね。

この石垣ですけども
間に濠を隔てて

まさに当時の火縄銃ですね。

鉄砲でいえば 射程の中に

この広場が
わざわざ作られていますので…

ですから 攻めてきた敵が
反撃しようと思っても

間に この水濠がありますから
向こう側に行くこともできない。

そして こちらの所は
櫓門の門扉が閉じられていますから

こちらに進むことも
できないということで…

こういう空間に閉じ込められてしまって
桝形の空間ですが

この先に攻め込むっていうことが
非常に難しいという。

江戸城の守りが いかに強かったのか
その中で こういう桝形っていうものが

いかに要の役割を果たしていたか
独立した一つの要塞のような形で

江戸城の要所要所を
守っていたっていうですね

そういう姿が桜田門に来ますと
本当に よく分かります。

桝形だけではない。

天守のすぐ北側には さらに
精巧な仕掛けを施された門があった。

その名のとおり 深い濠に渡された橋が

門に向かって
跳ね上がる仕掛けになっていた。

現在も 門の上部には

橋を上げるのに使った金具が
残されている。

(千田)天守のすぐそばに
直結するという門でありまして

非常に そういった意味では

本丸に行くには
便利な門ではあるんですが

そこを攻められると
一気に本丸に突入されてしまうという

弱点でもありましたので
橋自身を跳ね上げてしまって

何人も 物理的に通行できない
っていうですね

そういうふうにすることができるっていう
特別な仕掛けをしていたわけです。

これは
ものすごい高難易度の工事ですよね。

これほどの守りの工夫をすべき。

でないと ここは安心できない
っていうですね

そういう要の場所でもあったっていう。

それをやり遂げるっていうところに
やっぱり 江戸城 すごいっていう

そういう感じであります。

広大な江戸城の要所に配置された

要塞のような城門。

それをつなぐように
高い石垣が組まれている。

しかし 城の北部
北の丸方面から

西側へ回り込む
地域では

城壁の様子が
大きく変化する。

非常に ここが面白いのはですね

今度は右側を見てみますと

先ほどの所までは
石垣の圧倒的な城壁だったのですが

この清水門を越えた所から
こういう土造りのですね

土塁作り
土手の作りになっているっていう

江戸城の もう一つの姿っていうのが
見えているっていうのが

とっても興味深いところです。

高さは
非常に やはり高い土手でありますし

裾の所には石垣 あるいは 一番上の所には
石垣を僅かに守っていて

腰巻石垣とか 鉢巻石垣っていうふうに
申しますけれども

大部分は こういう自然の斜面ですね

土手を使った形で

一体となった城壁を作っているっていう

一見すると 中世のお城のような
そういう姿ですね。

石垣の鉢巻きとは?

その様子がよく分かる場所に向かった。

これ 見事ですね。

先ほども お話ししてました
いわゆる鉢巻石垣っていうもので

石垣は これだけしかないように
見えますが

実は その下に
この自然を使った土手ですよね。

土の部分があって…

実際 こういうふうに現場に来て
上から見てみますと

かなりの急斜面ということになります。

そして 今でこそ 大きな木が
何本も生えていますけれども

当時は もちろん…

登ってくるときに
手がかりになるような木は

もちろんないわけですよね。

で その上に
この石垣の城壁がありますから

この城壁に近づいてこようっていう者を
非常に…

そういう守りの仕組みでありました。

土の土手だけでは克服できない
そういう弱点の部分ですね

それを石垣で
完全に克服できるというですね

そういった意味では
こういうふうに土手と石垣を

ハイブリッドで組み合わせたことで
非常に強い城壁が出来たっていう

そんなふうに見ることができます。

ああ~。

いや~ やっぱり 濠が広いですね。

圧倒的な濠の幅ですし
落差が これ すごいですね。

しかも 見ていただきますと こちら側が
城外側ということになりますけれども

江戸城側ですよね 城内の側が

もう 圧倒的に
高い位置になっているっていう

そういう様子が分かります。
恐らく もともとの地形というのは

それほど この向こう側とこちら側で

高低差
あった所ではないと思うんですが

この大きな濠を掘ったですね
土が発生しますので

その土を内側に盛り上げてですね
一段高いっていう

そういう形になっていると思います。

当然 槍を持ってたり 刀を持ってたり

弓を持ってたりっていう
そういう武器を持ってますから

両手が
空いているわけではありませんので

なんとか頑張って登ろうとすると
上の… 鉢巻石垣の上から

鉄砲で狙い撃ちされてしまう
っていうことで

これは なかなか…

城作りの英知を結集して構築された
巨大要塞 江戸城。

恐るべし。

いやあ~ もう まさに万全の備え
鉄壁の城という感じでしたね 千田さん。

ねえ! 江戸城 すごいでしょ。

やっぱり 地形をうまく使っていて
高低差のある所は

自然の土の斜面の城壁なんかも
うまく使いながら

しかし 一番上は石垣で
ちゃんと固めているっていう。

このVTRの中でも 千田先生が

一体 何回 「圧倒的」という言葉を
お使いになったかと。

それが気になってしまったんですが。

確かに 僕ら ふだん 地図で見るときに
分かりづらいのは高低差なんですね。

このね VTR見て
すごく はっきり分かるのは その高低差。

内側が高くて
外側が低いんだっていうのが

もう これに徹底的にこだわりがある。

我々は今でも…

まさに この上り下りっていうのは

ただ単に 精神的なものを
権威に対して言っているんじゃなくて

非常に物理的な意味で
上り下りしているんだなっていうことが

はっきり分かりましたですね。

あと 濠が やっぱり
何重にも張り巡らされていた。

これは 本当に日本の城の特徴です。

外国でも
確かに水濠はあるんですけれども

一重で巡らすことが多くて
あんなに何重にも巡らさないんですよ。

だから それは やっぱ その当時の…

さあ その鉄壁な江戸城を
攻撃するために

まず 由井正雪はどう考えたのか。

由井正雪の考えた計画

大手門を突破する
というものだったんですね。

大手門からだったら

ふだん 大名たちが通る道筋で
行くしかないですよね。

今回は そのルートを
まずはVTRで実際にたどってみました。

江戸城の正面玄関 大手門です。

(千田)桝形ですよね。
はい。 巨大桝形構造です。

(門井)広いですね。
(小谷)大きいですよね。

で この奥にある石垣は…

ここでは
常に監視がされていたんですよね。

攻め込んだりしないようにね。

何か不審な動きをしたら すぐ
この奥に伝えに行っちゃうんですね。

あっ そうなんですか。

それで ここから入る。
これが最大の難関ですね。

これが くせ者なんですよ。

ここにはなんと 伊賀 甲賀 根来
もう 鉄砲に詳しい狙撃の忍者部隊 元。

これが毎日練習していたのが
100人も 24時間体制で。

はあ~… 24時間体制ですか。
はい。

百人番所の前の巨大な石組み。

かつては ここに 中之門が
そびえていました。

ここにも 大体50人以上の兵がいて。

当時は 上にも
こうして櫓が立っていたんですね。

中之門の奥には3つ目の番所 大番所。

そこから 中之門より内側は
たとえ御三家であっても

4人とか それ以下の人数しか
入っちゃいけないので。

大名に扮して 大名行列の格好をして

1個目の門ぐらいは
通れるかもしれませんけど

そこから先 どうなるかな
これでいくとしたら。

くねくね くねくねですもんね。
そうですよね。

かなりハードル高そうですよね。
そう。

さらに 坂の途中には

本丸への最後の門…

(千田)これも巨大な櫓門ですよね。
ねえ。

門に 番所に
たくさん通過しなきゃいけないんですね。

で やっと
本丸に到着ということになります。

いやあ この正雪が企てていた
大手門からのルート。

もう 門だけではなくて
ご覧いただいたように

たくさんの番所があって
しかも 番所には それぞれ

ものすごい数の人が
詰めてるんですよね。     はい。

もう 何重ものゲートがあるわけですね。

大名行列の格好をして

仮に 最初の大手門が
通れたとしても

大手三の門で
忍者たちに疑われると

もう 撃ちすくめられてしまうと。

もう バンバン撃たれると。

大手門から突破するという策…

門井さん いかがですか?
これ ご覧になって。

だんだん 何か ちょっと
腹が立ってきましたですね。

だって もう こんなのを全国の大名とかに
作らせたわけですよね 徳川家は。

いや まあ すごいなと思う反面
ちょっと 僕も牢人と一緒に

敵がい心が湧いてきました
ここまでされると。

さあ そこで 皆さんの江戸城攻略法を
聞いていきたいと思います。

まずは 磯田さん どう攻めますか?

まずですね
この半蔵濠に注目するんですね。

ここが実はですね 弱点なんです。

千田先生がおっしゃってたように
ここは鉢巻きの石垣で

土塁の上に
ちょこんと石垣が載ってるだけで

攻めて登りやすいんですよね。

しかも この濠は ダム構造になっていて

ここを工兵隊 黒鍬者を使って
ここを削ったり いろいろすると

濠の水を抜きやすいんです。
「濠の水を抜く」。

ここを壊すと
もうダムのようになっていて

水が抜けて
それで通れるようになりやすい。

なので 主攻勢を こっち側から渡る。

で 渡っていくと もう すぐさま
江戸城のほうにですね

こう 本丸に近くなるので
ここまで行ったら

もう どんどん火矢でも何でも入れると…

というので 簡単に破れるわけですね。

で これを支援するために
たぶん こっちの北の丸方向とか

こちら側からもですね
いろいろ攻勢をかけてですね

相手に
フェイントをかけたりしながらですね

こういう感じで
圧力を加えていくわけですね。

こうすると
もう 兵がこっちへ入っちゃうから

この吹上地区に兵が入ってしまうので

江戸城は詰んだ形になるだろうと。

なるほど。
かなり奇策だなって私は思ったんですが。

いやいや やっぱり 磯田先生
痛いところを突いてきますよね。

実は この場所っていうのは
水位が違っていて

これは堤防になっていましたから
これを本当に崩されてしまうとですね

水が一気に こちら側に
流れ出していくっていうことになって

これは まあ 水濠としての役割は
もう果たせなくなると。

それは確かに 非常に

「痛っ…!」っていうところでは
あるんですけれども。

もちろん そこの…
この土橋の所なんですけど

堤防の役割をしていますが。

すごい巨大な土橋でありますから…

(千田)そうすると こういう所から…。

撃ってくると。
(千田)ちょっと撃たせていただいて。

磯田先生 すっと ここを越えて

もう 本丸の横まで 僕ら行くから
って話でしたけども

こういう攻撃にも ちゃんと
守りの体制は整っておりますので。
あるんだ!

磯田さんが攻めようという
本丸の西側。

そこには 高さ
およそ20メートルの石垣と

その上に築かれた
富士見多聞があるんですよね 千田さん。

(千田)ねえ。 これね だから
石垣だけでも

こんな高い石垣を登るというのは
難しいですし

外から鉄砲で この城壁を壊すというのも
実は難しいんですよ これ。

監視と外敵を攻撃する重要な施設として
建てられているんですよね。

こうしてね 見渡せますもんね。

やっぱり 弱いことを
自覚しているんですよ ここが。

いやあ こう見ると
かなり そういう部分も想定した

防御策が練られてるように思いますね。
(千田)そうです。

例えば この当時は ここに

御三家の巨大な大名屋敷が
ありますから

やっぱり ちょっと まあ

御三家 黙ってないっていうところが
ありますからね。

これね ここまで行けたとしても
後ろからも来ますし

なかなかですね 思うようには
そうは簡単には

一応 攻めていただけない
っていうことにはなっております。

たぶん 西郷隆盛が
江戸城総攻撃をやってたら

この作戦をとったんじゃないかと。

明治であれば 確かに
大砲も外から炸裂弾を撃ちまくれば

それで決着がつきそうですけれども。

問題は あの大筒を どう中へ入れるのか。

あれは ちょっと難しいですよね
いくら 空濠とはいえど。

(千田)目立つものですしね。
(笑い声)

磯田策 結構 厳しいかなっていう
気がするんですが。

続いて 小谷さんの江戸城攻略法です。
小谷さん お願いします。

はい。 私は まず 城内の…

まず 江戸市中に火をかける。
半蔵門辺りですね。

えげつないな。
旗本屋敷とかありますから

この辺に火事を起こす。

そうすると 城内の目がこっちに向く

もしくは 兵が
こっちに動いてくるわけです。

多少 陽動の兵も10名程度
ここから突入させる。

まあ たぶん 全滅ですけれども
しかたがない。

かわいそうだな。

(笑い声)

で あと 二の丸に焔硝蔵

つまり 火薬庫 弾薬庫があったと
いわれておりますので

ここに内通者を作っておいてですね
ここに火をつけると。

大爆発ですよ この辺一帯が火の海になる。
そうですね。

(小谷)で もう城内は大混乱。

警備の兵は どこに行っていいやら
てんやわんやですよ。

この隙にですね 最短の…
最短距離をとってですね

一気に
本丸に攻め込むということでありまして。

平川門。

ここからですね 突入部隊が突入。

最短ルート。

なんとか 本丸までですね
行くということで

そこで 竹千代をさらって逃げると。

ちなみに計画は この平川門が
開いたときか 閉まる直前ですね。

つまり 早朝か夕刻をねらってですね。

まあ 開いていますから そのとき
勝手口ですから。

その隙にバーッと… 十数名で バーッと
入っていくというのが私の計画です。

では その平川門から本丸へのルートを
見てみましょう。

江戸城の北東に位置するのが
平川門です。

これ 確かに 本丸に近い位置に
あるんですけれど…。

こうして
まず 大きなカーブがあるんですよね。

(千田)非常に複雑な経路というのか
道筋になっていて

ここは濠が複雑に何重にもありますから。

(千田)そうなんです。
だから すごく道が屈曲していますから

先を見通していくというのは
できないですよね。

桝形を抜けると これ ご覧ください。

急勾配の坂が
待ち受けているんですよね。

(小谷)意地が悪い。
フフフ…。

相当きつそうだなという気がしますが…。

ビル4階分の高さですよ。
これはきついですね ちょっと。

(千田)江戸城の本丸の高さのある所へ

一気に崖面を上っていくっていう
坂ですから。

(小谷)これは
ちょっと 槍とか鉄砲を持って

駆け抜けるのは
厳しいかもしれないですね。

こういうふうに事前に
城内とか城外で 爆発事件とかですね

かなり悪質なテロ事件の事案
という気はしますけども。

まさにですね 江戸城を最短で攻める
っていうことであれば

この平川門からというのは
最適な攻め方だというふうに思います。

こういう大規模な火災が
あるいは爆発が起きて

多くの人々が こちらの表のほうに逃げる
っていうのは難しかったと思いますので

裏の このルートからですね

避難するっていう混乱が
もし起きていると

もはや もう収拾がつかない
ということになって

確かに スルスルって
行けちゃうっていうのは

あったかもしれません。

ただし この部分っていうのは

江戸城の本丸の
いわゆる大奥の側ですよね。

奥の空間に つながっていく
ルートでありますから…

やっぱり 早い段階で「ちょっと…」って

「どういうことですか?」っていう
ご質問はあると思います。

ああ そうですか。
ええ。

そうですね 女装で…。
女装の感じで はい。

女装して その女装した姿で

あの坂を駆け上がるということですね。
(小谷)そういうことです。

これね 奥女中が使う
ご勝手口的な門なんですね。

どうも 江戸時代の
この防護思想としてはですね

これ やっぱり
もし これが もたもたするとですね

木橋になっているんですね。
(千田)そうですよね。 木橋になってます。

だから 焼き落としたり
壊したりできる物が 結構あると。

こういう木の橋は落として
兵力を集中すると。

確かに攻め込むことが かなりできても

ちょっと今度 退却するっていうときに
橋を落とされてしまうと

ちょっと もう出られない
っていうことには

なる可能性がありますね。
いつの間にか 僕は

江戸城を弁護していた。
そうですよ。

援軍が現れました。
攻略側じゃないじゃないですか。

さあ ここまで 小谷さん 磯田さんの
作戦を見てきましたけど

続いて 門井さんが どんな攻略法を
考えたのか 見ていきましょう。

僕の攻略方法はですね…

頼るならば もう遠回りはしないで

まっすぐ 北桔橋門から行ってしまおうと。

天守閣への最短距離は
ここなので

この外側から
石火矢を撃ちかければ

天守閣は燃えます。
燃える。

僕の場合は これ 2段階でして
これは まだ1段階なんです。

もう1段階は 全部 燃えなくても
いいんです 極端に言ったら。

一部だけ燃えたら いいんです。
で 燃やしたら もう逃げちゃうんです。

逃げて どこに行くかというと
京都に行くんです。

京都!?
京都なんです そうなんです。

京都に行って 天皇ですね

禁裏 内裏に行って…

つまり ここで もう成功したんだと
我々は。

江戸城のシンボルたる天守閣を
燃やすことができた。

これは大成功だから
全国の牢人に号令をして

今こそ 我々と共に
江戸城を総攻撃しようぞという

綸旨を使って 人を集める。

しかも これは京都には まだ…

譲位のあとで
上皇になっていますけれども。

この人は天皇の時代に さんざん
徳川家光にも 煮え湯を飲まされた。

ですから これは きっと
「よし 綸旨を出そう」と

上皇ですから 院宣ですね。

院宣を出そうということになって
人集めには成功する。

改めて集まったところで
東海道を行って

今度こそ 大軍で 正攻法でも何でも

いこうじゃないかというのが…

これが僕の案です。

でも 天守を燃やすことができたよ
っていう証拠は

どうやって提示するんですか?

北桔橋門の辺りの何かを
焼け石か 何か1個持っていって…。

別に 新聞もテレビも
インターネットもない時代ですから。

これは 京都の人々は
信じるのではないかと。

それに牢人たちが期待しているというのは
これは重要な視点ですよね。

そもそも 近づけるんでしょうか?
北桔橋は。

(門井)そうですよね。
(千田)すごいことを…。

それ 忘れておりました。
これはですね その前に

どれかの門を
突破しなければいけないんですが

これも やっぱり 普通の方法では
突破できませんので

これは どうするかといいますと
牢人の姿ではなくて 変装をしようかと。

どこの門でもいいんですが
家光時代に作った日光。

(門井)変装するんですね。 というのは
当時は 将軍が亡くなったばっかりで

非常に説得力があるであろう
というふうに思うんですね。

大体 すごいじゃないですか。
どうやって落とすかということで

いつの間にか 落とさなくていいことに
なっているという。

(門井)正攻法では
どうやっても無理であると。

落とせないなら…

作戦としては なるほど
というふうに思います。

ただ
物理的に江戸城を落とすっていうのは

なかなか やっぱり
これは難しいかなという気はいたします。

そこから火矢を撃っても
何発かは 最初 撃てるでしょうけど

何発か撃ったところで
たぶん制圧されますよね。

だから 逃げられないですよね
たぶん撃ったあと。

そうですね 逃げられないです。
そっか…。

この一帯っていうのは
弱点であるからこそ

いろんな守りを施していまして。

例えば この北桔橋門の所も

橋自身が跳ね上げられるようになっている
っていうことだけではなくて

ここでも出ているんですけれども

石垣が橋の横に キュッと屈曲して
外へ出っ張る形になっていまして。

つまり 無理やり 橋を渡ろうとしても
正面からも守れるし

側面からも守ることができるんですね。

横矢といってね
横から射撃しようとするんですね。

(千田)で それから この奥にですね

圧倒的に高い大天守が建っていますから

天守から 桔橋門の場は
見下ろしていますので

全部の階から
撃ち放題の状態になっていますから

ここを進んでくるっていうのは

この天守を何とかしないといけない
ということになるので

ほぼ絶望的ですよね。

さあ なかなか
江戸城の攻略は難しそうなんですが

由井正雪は どんな気持ちで
この難しいことに挑戦しようとしたのか?

そして 未遂に終わったあと
どうなったのかを見ていきます。

正雪の乱は 未遂に終わった。

正雪は 乱の失敗を悟って
自害するにあたり

遺書ともいえる書き置きを残した。

その写しには
乱を企てた動機が記されている。

「天下の制度が人の道に外れているため

上下皆の者が困窮しているのは

心ある者なら
誰もが悲しく思うところでございます。

困窮の原因となっている

酒井讃岐守を失脚させようと謀をなし

天下御長久の政策を
申し上げた後は

いかような処分も
受けようと考えておりました」。

正雪は 企てが命を懸けた

幕政改革への訴えだったことを
書き残した。

この年の暮れ

江戸城内に集まった幕府首脳たちは

正雪の乱について議論した。

討論の末
牢人対策が急務と考えた幕府は

従来の政策を改める。

これまで 幕府は
大名が家を存続させるために

当主が 死の間際に
急遽 養子を取ることを禁じていた。

このため 跡継ぎがいない大名家や
当主が急死した場合は

お家取り潰しとなり

主家を失った武士は
牢人になることを余儀なくされてきた。

幕府は この禁令を緩和し

50歳以下の者に
末期養子を許すことを決定する。

武力を背景にした強権政治
「武断政治」を見直し

「文治政治」へ転換する始まりだった。

正雪の乱の後
徳川幕府は 200年余りにわたって

安泰を保つこととなる。

かくして 未遂に終わった由井正雪の企て。

しかし 虎は死して皮をとどめ

正雪死して 徳川の治世を正す伝説となる。

講談 歌舞伎のヒーローとして
庶民に愛され

人々に
語り継がれていくのでございました。

(張扇)

「英雄たちの選択 由井正雪の一代記」。

これにて 読み終わりでございます。

正雪は自害の前に 思いをしたためた
書き置きを残しました。

そして 幕府は正雪の企てをきっかけに

従来の方針を転換していった
ということなんですよね。

小谷さん どうでしょうかね?
はい。

私は これ もう…

これ いろんな大名にしてみれば

次は うちが取り潰されるんじゃないか
という危機感を みんな 共有していた。

でも 誰も言い出せない。
たぶん 言い出した人が

今度は狙われるというふうに
思うわけですね。

ですから みんな 何とか 武断政治から
文治政治に変えたいけれども

そのきっかけがつかめないという
状況だったんじゃないかと思います。

考えてみたら
あんなに鉄壁のお城を作ると

歴史構造にも影響を与えるのかとも
思いますよね。

実際 由井正雪の乱も 未然に防いだ。

そのおかげで 我々は
非常に安定した平和の徳川を手に入れた。

だけど 副作用として

かえって 社会の流動性は
落ちちゃったんじゃないかと…。

それは何かっていうと

もう大名家が ずっと
取り潰されることがないわけです。

大名家は大名家で ずっと いくと。

そうすると
これまで武士になっている人たちは

ずっと 武士の地位は
保障されるんですけど…

一方 もうすでに 椅子に
座っちゃった人たち 武士の椅子に。

何かをなすっていうことじゃなくて
成功するということじゃなくて…

これは新しい日本ですよ。

安定志向の日本人っていう社会に
ここから なっていくと。

だから 「慶安事件」っていうのは
実は日本の社会の在り方にとって

極めて 重要なきっかけに
なったんじゃないかなと思いますね。

ですから
今の磯田さんの話を聞いていると

現代の正社員とパートタイムの話にも
聞こえてきますよね。

もう正社員に採用された人は
それで安泰だと… 安定志向だと。

逆に 若い人が
正社員として雇われないということが

今 問題になっていますけれども。

あとね 僕ね
由井正雪の乱が たたき潰されて

牢人たちが もう牢人として
生きていかなきゃならなくなったとき

実は やった お仕事があるんですよ。

それは 寺子屋で
みんなに文字を教えることであったり

農民… 農村の中に入って
やっぱり 同じように教師になる。

寺子屋の教師っていうのは 神主さんとか
牢人とか お坊さんなんです。

牢人っていうのは
結構 なかなかの先生たちなんです。

これが起きたことは 実は もう…

ひょっとしたら
日本の都市部の識字率を上げることに

結構な数で 牢人人口が維持されたことで
貢献していた可能性がある。

事実 慶安事件の後ぐらい
17世紀の後半にかけて

日本の識字率が 急カーブを上げて
上がった形跡がある。

そればかりとは言えないけれど
牢人の教育的貢献っていうのは

ちょっと 歴史学が
まだ指摘していない点だけど

これも考えたほうがいいと思うんですね。

何か あくまで
未遂に終わった事件なのに

随分のきっかけ…
転換点になっているんですね。

やっぱり お城というのが
家光の代ぐらいまでは

すごく いろんな改修というのが行われ…。

江戸城なんていうのは
どんどん工事を続けるということが

これで一応完成だと。
その後も 火災などを契機に

江戸城の修理っていうのは
行われていきますけど

本当に それは直していくというだけで

新たな築城っていうのは
原則 なくなってしまいます。

やっぱり こういう築城というのは
税金を

そういう工事に使ってということで

あんまり今まで
よく言われてこなかったんですけども

実は やっぱり 江戸時代って
必ずしも集めた税金を

どういうふうに地域に還元していくか
っていう仕組みが

あんまり ちゃんと出来てませんので。

ですから そういうものが
なくなっていく社会というのが

やっぱり いろいろ
行き詰まっていくっていうのが

築城の時代が終わってっていうのと

たぶん すごい
リンクしていっているように思います。

そして 今日は 千田さんの完勝
ということで いいですかね?

そうですね。
なかなか 江戸城 強かったね。

やはり強かったですね。

攻めるものじゃないよ 江戸城は はい。

やっぱり 守りの城ですね。 さすがですね。

(門井)参りました。
参りました。

皆さん
ありがとうございました。


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