先人たちの底力 知恵泉「江戸の女傑 天璋院篤姫 女のプライドは手強い!」 太田光代、ブルゾンちえみ、山本博文…


出典:『先人たちの底力 知恵泉「江戸の女傑 天璋院篤姫 女のプライドは手強い!」』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉「江戸の女傑 天璋院篤姫 女のプライドは手強い!」[解][字]


江戸時代に登場した2人の女傑の人生に迫る。今回は13代将軍の妻、天璋院篤姫。薩摩の姫が、なぜ徳川を代表する存在となり、幕府の終えんを見届けたのか、その真実を探る


詳細情報

番組内容

薩摩藩主・島津斉彬の養女、篤姫は13代将軍・家定の正妻となった。将軍の正妻は公家か宮家から迎えるのが慣例で、武家の外様からというのは異例中の異例。嫁ぐ時、篤姫は斉彬から次期将軍選びに関する密命を帯びる。しかしその使命は果たせぬまま終わり、さらに実家の薩摩が敵となる戦いが始まる!激動の幕末、もはや男たちの都合ではなく自らの意思で、自らの使命を見出し決然と行動した篤姫のプライド、矜持(きょうじ)に迫る

出演者

【出演】太田光代,ブルゾンちえみ,東京大学史料編纂(さん)所教授…山本博文,【司会】新井秀和



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先人たちの底力 知恵泉「江戸の女傑 天璋院篤姫 女のプライドは手強い!」
  1. 篤姫
  2. 自分
  3. 将軍
  4. 大奥
  5. 何か
  6. 家定
  7. 太田
  8. 和宮
  9. 徳川
  10. ブルゾン


『先人たちの底力 知恵泉「江戸の女傑 天璋院篤姫 女のプライドは手強い!」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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今宵は 新たな時代への橋渡しを行った

江戸の女の底力 とくと ご覧あれ!

先生 あの私 今日 こういうチラシをね
まいてみたんですよ。

ああ チラシですか。
なかなか努力してますねえ。

4代目初のレディース・デー。

でも こんなんで 人 来ますかね?
この店に。      えっ? ダメですかねえ。

あ すいません。
あ こんばんは。      どうも こんばんは。

このチラシ ここでいいんですかね?

そうです そうです。
お待ちしておりました。     あ ほんと?

どうぞどうぞ いらっしゃいませ。
こちらに。       ありがとうございます。

え 本当にサービスしてくれるの?
ええ。

もう これと引き換えに
サービスいたしますので。

ありがとうございます。
じゃあ ゆっくり飲んじゃおうかな~。

先生 ほら 効果てきめんじゃないですか。
そうですね。

他にも来ないかな~。
こんばんは。

あっ これは これは!

キャリアウーマンっていうか
ブルゾンちえみさんじゃないですか。

このチラシを見て やって来ました。
おお!

店長さん このチラシ まいて まいて
町じゅうの至る所に まかれてた。

でも それは正しい。 なぜなら花は
自分から ミツバチを探しに行きますか?

探さない。 待つの。
そう。 お客も同じ!

まいてごらん。
自然とお客は やって来るから!

うわ~! ありがとうございます!
いや~ どうぞどうぞ。            はい。

いらっしゃいませ おかけ下さい。

すいません 散らかしちゃって。
いえいえ 後で片づけますので。

やってみるもんですね 先生。
そうですね 来ましたね 2人も。

今日は レディース・デーということで…

お二人に ピッタリですので
楽しんで下さいね。        わ~ 楽しみ。

260年続いた 江戸時代。

政治を動かした男たちにとって
無視することのできない

大きな存在がありました。

それが 江戸城「大奥」にいた「女」たち。

将軍の正室や側室
彼女たちを支える奥女中たち

時に 3, 000人ほどが
そこで暮らしていました。

世継ぎを生み 育てる女たちは 政治にも
大きな影響力を持っていたのです。

中でも 波乱万丈の人生を送ったのが
13代将軍の妻…

外様の薩摩藩から 将軍家に嫁ぐのは
異例の出来事。

しかし篤姫は 見事に女たちをまとめ上げ
大奥を取りしきったのです。

その後 幕府は崩壊。

薩摩・長州藩率いる新政府軍は
江戸城総攻撃を目指します。

篤姫は 実家である薩摩藩を
敵に回すことになりました。

当主の徳川慶喜は 既に
江戸城を退去し 謹慎の身。

しかし 篤姫は 徳川家存続のために
画策を続けるのです。

その 身命を賭した行動が
江戸城無血開城への一助となりました。

篤姫をつき動かした 女の義とは?

今回 そんな篤姫の知恵を読み解くのは…

そもそも 普通の専業主婦を
夢みていたという太田さん。

お笑いコンビ 爆笑問題の
太田 光さんと結婚。

思いがけず
事務所社長に就任するも

優れたマネジメント能力を
発揮。

爆笑問題を大ブレイクに導くのです。

今や 多くのタレントや
文化人を抱え

事務所の
ゴッド・マザー的存在に。

そんな太田さんが 江戸の女傑
天璋院篤姫の知恵を読み解きます。

♬~

ということで 今日はですね 江戸の女傑
天璋院篤姫なんですけれども

ブルゾンさん どうですかね
このイメージといいますか 篤姫の。

やっぱり
大河ドラマのイメージが強いので…

何か 大奥っていうと
勝手なイメージなんですけれどもね

こう 愛憎渦巻くとか
陰謀とかっていうイメージを

持ってしまいがちなんですけれども。

まあ これは ひとつの役所だと考えた方が
いいんですね。            はい。

大奥の女中たちには
それぞれ役目があって…

まあ 家族を増やしていくというかね。

それを その女性だけでやってる
というのが日本の特徴なんですね。

大奥の御年寄とかね
もちろん御台所も そうなんですけど

将軍と直接 接するわけですよね。

だから 将軍に いろいろと
意見も言えるわけですしね。

御三家なんかもね
大奥の御年寄を部屋というか

自分の藩邸に招いてね
で いろいろと嘆願するとか

そういうことも やってるんですね。

まさにね
キャリアウーマンじゃないですかね。

そうですよね。
その時代のキャリアウーマンですよね。

その島津家の篤姫に 白羽の矢が立った
というのは どういうことなんですかね。

最初 家定というのは やはりあの
五摂家からお嫁さんが来てるんですね。

鷹司家から来て
一条家から来てなんですけど

どちらも 若くして亡くなるんですね。

どうしても そのお公家さんの
その娘さんというのは

体が弱い人が多いので…

じゃあ 島津家から呼びましょうって
話になって 篤姫が入るわけですね。

想定外といえば想定外の出来事とも
言えますよね。        まあ そうですね。

太田さん 想定外といいますと

事務所の社長になられるっていうことも
想定外だったのかなと。

あの 想定外以上に…

だって 絶対的に
私は専業主婦に憧れてましたし。

何か年下の ちょっと
よく分からない人と結婚してしまって。

「よく分からない」!
今や もう大ブレイクされてね。

でも じゃあ当時は
せざるをえないっていう?  そうですね。

もう 私が やるしかないということに
なっちゃったんですね。

社長って だから そもそも

何をする人だかも
分かってなかったんですよね。

だけど 意外に…

どんな点が?

本来 自分がマイナスだと
思ってたところが…。

というのは 私 物事をすごくこう

どうでもいいことを
ものすごい考えちゃうことがあって。

それが 自分にとっては
非常に疲れてたんですけど

社長業って 考えすぎて悪いことは
ないんですよ。

こうなった時は
こっちと こっちと こっちの道とか。

でも その中にも
また道が分かれていてとか。

そういうのを先を読めるので そこが…

どこに どんな道が待ってるのかって
これは分からないもんですよね。

ほんとに分かりませんね。

そんな今夜のメニューはですね
こちら ご用意いたしました。

想定外の篤姫の婚礼のためのメニュー。
ドン!

はい。
さつま揚げですよ!

さつま揚げでしょうね!
はい。

鹿児島名物 さつま揚げ。
どうぞどうぞ お召し上がり下さい。

でも何か さつま揚げって なかなか
一人暮らしだと こう食べないので

ちょっと うれしいですね~。
そうですよね。

いただきま~す。

レンコンのアクセントが おいしくて
お酒もすすみますね。

いただきます。
どうぞどうぞ。

いや 今更ですが この「チェスト」って
どういう意味なんですかね?

このチェストですよね。
これも 諸説あるんですけれども

「それいけ!」ですとか
気合いを入れるための掛け声なんだ。

ああ 勢いをつける。
そうなんですよ。

なので私も いつも 店開ける時にはですね
「チェスト」。

言ってます~?
本当に言ってます?

じゃあ気合いを入れなおして 篤姫の
人生と共に知恵を見ていきましょう。

はい チェスト。

安政3年12月18日 13代将軍 家定と
篤姫の婚礼が行われました。

その豪華な嫁入り道具は 江戸城に全てを
運び込むのに 6日もかかったほど。

島津斉彬は
ばく大な費用をかけ

贅を尽くした婚礼道具を
全国から集めました。

この盛大な婚礼のために
奔走したのが

斉彬の腹心の部下
あの西郷隆盛です。

篤姫の婚礼道具は 今でも徳川家で
大切に保管されています。

どうぞ。
あ こちらですか。

うわ~… これですか。
はい。

へえ~!

まず これは?

天璋院様の…

薩摩切子の酒瓶ですか。
はい そうなんです。

へ~ きれいですねえ。
はい。

当時 薩摩藩が開発した薩摩切子は

大名たちの贈答品として
珍重されたといいます。

斉彬が 腕のいい職人に作らせた
取って置きのものだったのでしょう。

繊細な模様が施された薄手のガラスは

現在の技術でも
復元できなかったそうです。

こちらは化粧道具を入れた
「櫛台」と呼ばれるもの。

黒漆の地に 金で家紋が入れられた
高価な婚礼道具です。

もうちょっと
お近づきになりたいというか。

この時 斉彬は
あることを画策していました。

ペリー来航以来
尊皇攘夷の声が激しくなり

幕府の権威は
揺らぎ始めていました。

時の将軍 家定は病弱で この混乱を
仕切ることが難しかったのです。

次は 優秀な将軍を立て
共に幕府を支えたい。

島津斉彬たち 外様大名は

才知優れると評判の
水戸藩出身の 一橋慶喜を推します。

一方 井伊直弼ら
譜代大名たちは

将軍家の血筋に近い
紀州藩の徳川慶福を推します。

まだ11歳の少年でした。

一橋慶喜か 紀州の慶福か
将軍継嗣問題の勃発です。

斉彬は西郷隆盛に 慶喜擁立のための
秘密工作を命じています。

更に 篤姫にも
大きな期待をかけていました。

「篤姫は…」。

その性格の良さを
見込んだのです。

そして 輿入れ直前
篤姫にミッションを与えました。

「一橋慶喜を 次期将軍に指名するよう
夫となる家定を説得すること」。

国を左右する重大な役目。

篤姫は 使命感に燃えて
徳川家 大奥へと乗り込んだのです。

しかし 夫の家定は気難しい人物で

その上 一橋慶喜に
反感を抱いていました。

また 家定の生母 本寿院を
中心とする大奥は

慶喜の父 徳川斉昭と
対立していました。

大奥の経費を削減せよなど

何かにつけて 大奥に口を挟もうとする
斉昭を嫌っていたのです。

慶喜を推す島津家からやって来た篤姫は
大奥で警戒され 孤立しました。

しかし 彼女は
ミッション遂行に動き始めるのです。

斉彬が送ってくれた 500両ものお金が
活動資金。

奥女中たちに金品を贈って
懐柔しようとします。

ところが彼女たちは なびかないどころか
逆に警戒心を高めていったのです。

公務に忙しい家定と
二人で過ごせる時間は ほんの僅か。

その時間すらも 奥女中たちに
見張られるようになります。

それでも 家定と篤姫は
次第に打ち解けていきます。

温和で忍耐強い篤姫の性質が
家定の心を和らげたのでしょう。

そんな篤姫を 姑の本寿院も
認めてくれるようになりました。

今こそ ミッションを遂行する時!

篤姫は 本寿院の力を借りることを
思いつきます。

「次期将軍には
一橋慶喜をと お伝え下さい」。

嫌がる本寿院を 何とか説き伏せました。

ところが 本寿院が家定に伝えると…。

「自分は 一橋が嫌いだ。
このことは かなえられない!」。

家定は 殊の外 激怒したのです。

家定の 慶喜への反感は根強く

本寿院からは 「二度と
この話はできない」と言われます。

この時 篤姫は 斉彬に手紙で事の詳細を
伝え 苦しい胸の内を訴えています。

こうした中
篤姫に 次々と不幸が襲いかかります。

安政5年 結婚から僅か1年ほどで
夫 家定が亡くなりました。

更に その10日後 今度は薩摩で
島津斉彬が亡くなってしまったのです。

そして 井伊直弼が大老となり
将軍継嗣問題も決着します。

14代将軍となったのは
紀州藩の慶福改め 徳川家茂でした。

髪をおろし 天璋院となった篤姫。

失意のどん底にいた彼女が気付いたこと
それは…。

慶喜を将軍にする計画は失敗。

愛する者も後ろ盾もなくした。

将軍の正室の多くは
夫が亡くなると 表舞台から去り

ひっそり暮らしました。
しかし 篤姫は違いました。

大老の井伊直弼が 安政の大獄を行い
幕府は混乱の最中にありました。

篤姫の前には まだ年若い将軍の姿が。

「敵方ではあったものの この将軍を
立派に育てることが自分の役目」。

篤姫は そう決意します。

幕府を導く 強い将軍が必要なことを
痛感していたのです。

天璋院にしてみればですね 徳川家を
安泰にするということであれば

私が 家茂を教育しなきゃならない
という義務感と使命感にですね

そういうふうに切り替えたんだと
思うんですよ。

若い将軍を導く その姿は
大奥の女たちの心をつかみました。

やがて 篤姫を中心に
大奥が まとまっていきます。

更に 天璋院の覚悟を表す
エピソードがあります。

それは 17歳になった家茂が 皇室から
妻を迎えることになった時のこと。

武家出身の篤姫が
皇女の姑になるのも つらかろう。

薩摩に戻ってもよいと
申し出があったのです。

しかし 篤姫は その申し出を断ります。

「私に落ち度がない限り
断じて 薩摩には帰らない」。

一旦 徳川家に嫁したからは
徳川の土になるというような

覚悟を持つようになったと思うんですね。

最高の武家としての品格

こういった誇りを持ち
矜持を持っていたのが 天璋院ですね。

自分の進むべき道は
自分の意志で選び取ってゆく。

そう覚悟したのではないでしょうか。

篤姫は
更なる激動の時代を歩んでいきます。

ということでね 篤姫の人生
ブルゾンさん どうですか?

ちゃんと自分の意志で
ちゃんと考えて

私の使命は
この若い将軍を育てることだとか

自分で まあ 導き出したというか
私の使命は これだって

かっこいいなとは思いますね。
自立してるというか。 はい。

先生 篤姫は 大奥の女中たちを うまく
まとめたって話がありましたけれども

どういうところが
そうさせたんですかね?

しかも
お姫様育ちというよりは

島津家の一門の
育ちだったんですね。

世間を知ってたっていうことですか?
そうですね。

普通は
そういうトップの立場なんだけど…

篤姫は それを担って
いろいろと指示していったんで

女中たちも まとめることができた
ということだと思いますね。

さあ あの1つ目の知恵がですね

絶望の中に道を見つける
ということだったわけなんですけれども。

何でしょうね…

それだけの覚悟というかね

思い切りがあった人
だったんでしょうかね。

ある意味 こう何ていうか
どん底というか

篤姫にとっては そういう思いも
あったかもしれませんけれども

太田さんは どうですか? ご自身の
人生の中で どん底の経験というか。

どん底の経験は何回か。

まあ ほんとに ジェットコースターに
乗ってるように いろいろやってきて

だんだん慣れてくるんですけど。

太田さんの どん底の経験というのは
例えば どういったものが?

ある時 ネットで事務所のライブをですね
まあ 即完してしまう

即完売してしまうので
自宅で見れるようにしたかったんですね。

で ちょうど
ネットが始まったばっかりだったので…

かなり宣伝して 配信したらですね…

まあ もう すぐ引きあげました。
で 次から ちょっと考え直す。

私 大体 そういうことをするんですけど…

ふと その時に 「あっ サイズが
ちっちゃいんだ」と思ったんです。

ふと浮かんだんです。
あ これはカバーできるなと。

やっぱり同じものでもね この家の
ちっちゃいパソコンの画面で見るのと

やっぱり 大きなスクリーンで
しかもね リアルタイムでってなると。

極めてライブに近く
今回のライブを見なかったら

もう次のライブで また違うものって
なっちゃうんでっていう

会場と同じような条件をつけて

生中継っていうのに こだわってやったら
おかげさまで…

え~!
うわ~!

もう シネマライブは 10年以上。
ほ~。

でも何か 今ちょっと太田さんの

あっ ここが その社長としての
腕の見せどころみたいなところが

ちょっと 何か
見えたような気がしますよね。

社長っていうか 何かね 何かを考えて
アイデアを出すのが好きなんですね。

でもね なかなか そのどん底の状態でね
気持ちを こうパッと切り替えたくても

まあ なかなか
そんなに簡単なことではないですよね。

そうですね。 私は まあ結構 泣く
泣いて切り替えるタイプというか…

楽しむっていったら あれですけど

ザ・暗いバラードを聴いたりして

夜 泣いて
もうロウソク つけたりとかして。

一回 そういうのして しんみりしたら

何か 意外と
すごいスッキリするっていうか。

もう これ以上 下ないな
というぐらいまで悲しんだら

こう 立ち直れていけるっていうか。

もう そこまで落ちたらね あとは もう
上がる一方ですもんね。     そうですね。

何か 心掛けてることとかあります?

心掛けてることっていうのは まあ
結局は ブルゾンさんもそうですけど…

それは思ってますね。
どうですか? こういう女性の。

ほんとに
女性は ポジティブシンキングですね。

男性って いろんなものの
しがらみが多すぎて

なかなか そういうふうに ポジティブに
考えられないのかもしれませんね。

悪い方 悪い方に持っていくのかも。

女性の場合は そういうものから
ポンと飛び出せる人もいるのかな。

お二人の話を聞いてると。
篤姫も そうかもしれませんね。

もう どうしようもないですもんね。
そう どうしようもないんですよ。

さあ 篤姫の話に戻っていきたいと
思うんですけれども

家定亡きあとのですね 天璋院篤姫には
更なる苦難が続くんです。 はい。

文久2年 14代将軍 家茂が
孝明天皇の妹 和宮を正室に迎えます。

攘夷をめぐって 軋轢を増す朝廷と幕府。
双方の思惑が絡んだ政略結婚でした。

姑となった篤姫は 和宮に将軍の
妻としての教育をしようと意気込みます。

しかし 当初 この姑と嫁は
うまくいきませんでした。

原因は 武家と公家の
しきたりの違い。

最初の対面の時 篤姫は上座
敷物の上に座り

和宮は下座
畳に じかに座らせました。

姑を立てる武家のしきたりが分からず
和宮は悔しがったといいます。

しかし 将軍 家茂の存在が
次第に二人を近づけました。

家茂は 慣れない和宮を優しく気遣い

和宮は
そんな家茂を慕うようになったのです。

その 仲むつまじい夫婦の姿を
篤姫は好ましく思いました。

しかし 幸せな時間は つかの間でした。

慶応2年 第2次長州征討のさなか

大坂城で指揮を執っていた将軍 家茂が
病に倒れ 亡くなってしまったのです。

夫を亡くし 更に 兄 孝明天皇が崩御。

嘆き悲しむ和宮に 篤姫は
かつての自分を重ね 寄り添いました。

同じ境遇となった二人は
次第に結束していきます。

15代将軍となったのは 一橋慶喜。

慶喜は慶応3年 大政奉還を行い
朝廷に政権を返上します。

徳川幕府の終えんです。

放て~!
(銃声)

翌1月 鳥羽・伏見の戦いが勃発。

薩長率いる新政府軍と旧幕府軍との
戦いです。

この戦いに敗れた幕府軍は
「朝敵」と見なされました。

篤姫も和宮も なんと
実家を敵に回すことになったのです。

慌てて 江戸に逃げ帰った慶喜は
篤姫を頼ります。

「朝敵」返上のために 和宮の力を
借りたいと 口添えを頼んだのです。

慶喜は頼りにならない。

徳川の女として 私が朝敵の汚名を晴らす。

当初 皇女である和宮は

朝敵となった慶喜に味方することを
はばかったといいますが 篤姫の説得に…。

「自分は 徳川と朝廷を結ぶために
嫁いだのだ。

はしごを外された 今だからこそ
本来の義を貫こう」。

和宮は 徳川家の存続を願う手紙を
したため 朝廷に届けます。

しかし
江戸城総攻撃は 3月15日と決まり

新政府軍が
着々と江戸に向かって進軍してきます。

このころ慶喜は 既に江戸城を退去。

城に残った二人は 徳川を守るべく
あらゆる可能性を探ります。

そこには 男たちの都合ではなく

自ら決断し 行動する
女の矜持がありました。

この時 篤姫が書いた一通の手紙が
残されています。

それは 江戸城総攻撃の責任者
西郷隆盛に宛てたもの。

およそ2メートル
1, 500字にも及ぶ長文です。

そこに記されたのは…。

この手紙は
西郷に大きな影響を与えたといいます。

(原口)
自分に仕えていた西郷隆盛の考え方を
よく知ってるわけですね。

島津斉彬に対して 忠誠を尽くしながら
ここまで 江戸城総攻撃に やって来たと。

徳川家存続は 私が島津斉彬公から
命じられて 嫁いできたのだから

それは 私の一命に代えても守る
ということを宣言してますから

これが 西郷の心に
響かないわけがないですね。

徳川と共に日本を守ることが 私たちの
亡き藩主 斉彬の願いだったはず。

そんな篤姫の思いが届いたのでしょうか。

新政府軍 西郷隆盛と
旧幕府代表 勝海舟の会談が行われました。

その結果 江戸城総攻撃は
中止されることが決まります。

江戸の町も
戦火を免れることができました。

二人の女の強い意志が
新たな日本の一歩に貢献したのです。

そして 徳川の家名も
存続を許されることが決まりました。

ひとつき後 江戸城引き渡し。

それは 250年ほど続いた
大奥の終わりでもありました。

篤姫は 最後に奥女中たちの就職や
嫁ぎ先などを決めて

送り出したといいます。

いわば 徳川のトップとして
果たすべき責任を成し遂げたのです。

その後 明治という
新たな時代が始まっても

篤姫が
薩摩に帰ることはありませんでした。

徳川家16代を継いだ家達の養育を任され
東京で暮らしたのです。

東京の町を散歩したり
舶来の こうもり傘を試したり

日本で初めて ミシンを使ったのも
篤姫だといいます。

薩摩藩から 生活の援助の申し出も
ありましたが 断りました。

明治16年 篤姫は 49歳で亡くなります。

その時 手元には3円

現在のお金で 6万円ほどしか
残っていなかったそうです。

天璋院篤姫は
夫 家定の隣で眠っています。

将軍家の夫婦の墓が並ぶのは珍しく

幕末の功績が
評価されたからだといいます。

徳川を最後まで守った女性
その ぶれない生きざま

まさに 女の底力です。

見事にね 時代の橋渡しをしたという
感じですけれども

どうですか? ブルゾンさん
ご覧になって。

やっぱり 女同士がタッグを組むと
やっぱ強いっていうか

まあ もともと ちょっと
敵対までは いかないですけど

ちょっと 仲たがいしてた人たちが
後で組むと最強になるというか

その 何か いい例だなという感じが
しましたね。 はい。

やっぱ太田さん 女性同士って

そういうところが
あったりするんですかね?

似てたりすると 最初は
ちょっと難しいのかもしれませんね。

でも 似てるから
今度 そうやって組み合わさると

意見が一致するんじゃないですかね。
そうか そうか そうか。

そして あの西郷への手紙がね
出てきましたけれども

先生 あれが
非常に効果的だったんですかね?

そうですね まあ篤姫は もともと
西郷のね 主君筋の人ですからね

それが 自分の父親の話を出したりして
西郷の同情を引いてね

しかも 自分の命は
もう どうなってもいいから

とにかく 徳川家の名前を
残してほしいというお願いですからね

まあ 西郷も
感動しないわけはないですよね。

大体 ああいう手紙ね…

ああ そうなんですね~。

そういう意味ではね 西郷も
あっ! という感じだったと思いますね。

実際 その手紙で
結局 それが中止になるわけですもんね。

ちゃんと結果が出るっていうか。
いや もう すごいです。

女性が あのころに できたっていうことが
また すごいですよね。

男の人が かなり翻弄してる時に

その 手紙一通でっていうのは
まあ 見事だなとは思いますけどね。

もちろん その手紙だけじゃなくて…

まあ ちょっと 躊躇するところも
あったところに

そういうものが来るので まあ結局

二人で 江戸城総攻撃は中止っていう
話にしたんだとは思うんですけどね。

そして あの晩年はですね

薩摩藩からの援助の申し入れを断った
というところもありましたけれども

この点 太田さん
どう ご覧になりますか?

まあ もう ほんとに
徳川の人となったんでしょうね。

だから 「腐っても徳川です」と。

お金は受け取るわけにはいきませんという
固い意識 あったんじゃないですか。

だから やっぱり
守り抜くっていうことになってくると

やっぱり
お金もらわない方がいいですよね。

そうですよね 何か余計な
しがらみのようなね そういったものが

生まれてしまったりすると
あれですもんね。

そしてね 2つ目の知恵は どんな状況でも
貫く義を持てということですけれども

ブルゾンさん どうですか?
こう 譲れないものというか。

いや 例えば芸人さんと
やっぱり 一緒に過ごすことが多いと

メークとか いじられたりしたんですよ。

その テレビ出る前とかも
「なんだよ そのメーク」っていって。

私 いっこも
笑かそうとしてないんですけど。

もう分かってます
男ウケしないのは分かってます。

でも 分かってくれる人は
分かってくれるもんっていう

何か この変な
けなされれば けなされるほど

負けないわよ! じゃないですけど。

意地でも このメークで
いってやるっていう

何か そういう変なプライドみたいな
貫くのはありましたね。

だってね 最近 こう若い女性がね

ブルゾンさんのメークを
まねしてる方とかも いますよね?

ほら見なさいよっていう。

何かじゃないですけど
そういう時 何か気持ちいいですよね。

私 初めて
ブルゾンさんをお見かけした時に

なんて セクシーな方なんだろうと
思いましたよ。

マリリン・モンローみたいだなと
思ったんです。

だから あの方も
そんなに痩せてはいないじゃないですか。

だから そういうイメージなのかなって
思ってたんですよ。

そういうことです!

ほら やっぱり分かってくれる方はね
分かって下さるということで。 はい。

太田さんのお墨付きも付いて。
あはははは! ほんとに。

太田さんもね
25年以上 会社をやってこられて

その中で貫いているものとかって
ありますか?

もともとは 夫婦と
あと相方で 3人で始めてますのでね。

これ やっぱり夫婦だと…

こちらで止めといて下さいっていう。

それを言っちゃうんじゃないかなっていう
感じが すごく伝わってきてたんですよ。

だから そこはもう
これは もう絶対 信用して下さいと。

なので 知りえることはできるだけ
皆さんと共有したいというふうに言って

積極的に こう いろいろ聞いて

それは本当に伝わらないんだな
というのを信用してもらうっていう感じ。

そこは もう しっかり線を引くという
感じなんですね。    そうです はい。

そうしてきました。 はい。

先生 明治に入ってからですよね まあ
天璋院となっての生活ですけれども

どういう暮らしぶりだったんですかね?

割と明治… それまでは江戸城の中で
ずっと いるわけじゃないですか。

それが もう
そういう幕府も何もなくなって

普通に まあ東京に住むわけですからね
なかなか楽しかったみたいですよ。

勝海舟が 時々来たりとかしたりで
いろいろなとこ 見物に行ったり

まあ 和宮も一旦は京都に帰りますけど
また やって来て

天璋院とね 仲良くなってね 何か随分

やっぱり いろんなしきたりに縛られた
江戸時代より

明治になって
いろんなものを失ったけど

まあ 人間としては
楽しくなったんじゃないかなという

印象はありますね。 ええ。
はあ~…。

何か 「えっ そんなとこ 私 行けないわ」
みたいな感じじゃなくて

「え 行く行く!」ってなっちゃう
タイプなんですよね きっとね。

そんな 天璋院篤姫の生きざまからですね
まあ 私たち どんなことを

こう 学んでいったらいいのかなぁと
思うんですけれども。

まあ 難しいテーマですけれども。
あははは!

今 すごく情報 楽しいことも
たっくさんあって…

自分が どれをするべきなのか
もう 選びたい放題すぎて

逆に迷うと思うんですよね。

だから まあ
そういう時だからこそ ほんとに…

だから まあ 挑戦するっていうことが
これから

すごく重要なことになってくるんじゃ
ないかなと思うんですよ。

大きな声をね 出すのも
できないんですって 今の子。

よくね 講演会とか行くと 相談されます。

大体そういうことです。 どうやって
人とつきあったらいいのか分からない。

みんな こう
縮こまってるような気がします。

そっか!

このお店を成功させるには
篤姫のような女子力ですかね。

私も 女子力 磨いてみようかな。

お嫁さん もらったらいいと思いますよ。
あはははは!

そこからですか? あ 分かりました。

もし いい方 いらっしゃったら
是非 こちらまでお願いします。

今日は
ご来店 ありがとうございました。

(一同)ありがとうございました。


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