100分de名著 三木清“人生論ノート” 第4回「死を見つめて生きる」 哲学者…岸見一郎、伊集院光、島津有理子…


出典:『100分de名著 三木清“人生論ノート” 第4回「死を見つめて生きる」』の番組情報(EPGから引用)


100分de名著 三木清“人生論ノート”[終] 第4回「死を見つめて生きる」[解][字]


死は経験できないものである以上、我々は死について何も知らない。死が恐れるべきものなのか、そうではないのかすら我々は知ることができないという三木清の死生観に迫る。


詳細情報

番組内容

「人生論ノート」の冒頭で、三木は「近頃死が恐ろしくなくなった」と語る。人間誰もが恐れる「死」がなぜ恐ろしくないのか? 死は経験することができないものである以上、我々は死について何も知らない。つまり、死への恐怖とは、知らないことについての恐怖であり、死が恐れるべきものなのか、そうではないのかすら我々は知ることができないのだ。そうとらえなおしたとき、「死」のもつ全く新しい意味が立ち現れてくる。

出演者

【講師】哲学者…岸見一郎,【司会】伊集院光,島津有理子,【朗読】市川猿之助,【語り】小坂由里子



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100分de名著 三木清“人生論ノート” 第4回「死を見つめて生きる」
  1. 三木
  2. 自分
  3. 人生論
  4. 思うん
  5. 希望
  6. 人間
  7. ノート
  8. 人生論ノート
  9. 考える
  10. 最後


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三木 清の「人生論ノート」。

執筆直前に妻を亡くした三木は

人生論を
「死について」から

書き始めます。

戦争が 拡大の一途をたどり

読者にも 死が
身近なものになっていた時代。

そんな状況にあって
三木が 「人生論ノート」で

一番 最後に取り上げたのは
「希望」でした。

「死について」の考察から始まった
人生論が

なぜ 「希望」で
締めくくられたのか。

最終回は 「死」と「希望」について

三木が伝えたかった事を
読み解きます。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」 司会の…

さあ かなり かみ応えが
ありました 「人生論ノート」。
はい。

とうとう最終回となりました。

1夜目も 2夜目も 3夜目も
毎回

「うわっ これは どう理解したら
いいんだろ」と思うんですけども

でも 何か自分なりには

それが スッと入ってくる
瞬間があって 気持ちいい。

独特のレトリックがあって
その謎が解けると

スッと こう メッセージが入ってくる。
そうなんですよ。

まるで 今日のために書いたような
新しさがありますね。

その謎解きをして下さるのは
今回も哲学者の岸見一郎さんです。

よろしくお願いいたします。

この 「死について」という章が一番
最初に書かれているというのが

驚きですよね。
そうですね はい。

戦争が拡大してきましたし

時代背景的にも 死が身近な問題に
なっていたはずです。

死をもって
国に貢献する事みたいのが

とても すばらしい事だったり

悔いなし みたいな感覚は
あったと思うんですね。

そういう時に
どう書いてるのかみたいなのは

ちょっと興味ありますね。
はい。

さあ それでは「死について」
こちらをご覧下さい。

昭和14年 この文章を書いていた
三木は 当時41歳。

2年前に 妻 喜美子を亡くし

親類や友人など
立て続けに見送った頃でした。

この一節には
「死から目を背けず

死の恐怖に惑わされず
生きたい」という

三木の思いが
込められていました。

その「人生論ノート」の しょっぱなが
こんな感じなんですね。

ちょっと 今まで 先の事から
やってきたんですけど

何となく 論調が違うかなという
気もしますが。

「死は観念である」という言葉が
出てきましたが

それは どういう事ですか?

死を経験した時には 人はいない。

もう 死んでしまってるから
という事ですね。

だから 我々が
死について考える時には

観念として考えるほかはない
という意味です。

でも 実際に どうかと言うと
難しい問題で

人生の中に 死は入り込んでいると
言ってもいいと思います。

生の直下に 死はあると
言ってもいいかと思うんで。

想像でしかないんだから
死ぬ前に あれこれ考えても

しょうがないみたいな事を
僕は思ってるんですけど

最後に それも違うという。

死について考える事が
途中まで 分かるよ 分かるよで

割と来たんですけれども…。
「無意味である」。

ないんですね。

これでも 考える事は
放棄しちゃいけないんですね。

三木は 「死の恐怖が薄らいだ」
というふうに言っていましたよね。

親しい友人
妻を亡くした三木にとって

どうすれば 妻や友人と
再会できるかという事を

考えたはずなんですよね。

明らかに 生きている限り
再会する事はできない。

だったら死ぬしかないではないか。

まあ だから これは
宗教的なものというよりは

確率の問題だと言っていいかと
思います。

生きていて 死んだ人に会った
事例は ないのだから

これは ゼロだろうと。
そうです。

でも 死ねば ひょっとしたら
会えるかもしれないし

その確率の方が はるかに高い。

この文章は 冷静なのか
そう思いたいのか

どっちなんですかね。
両方なんですよね。

だから 人間というのは ロジックで
割り切れる存在ではないので

一方で その哲学者としては

彼は 論理的に考え抜いた
人なんですけども

哲学者であるより まず
人間だったんですね。

だから そうあってほしいという
いわば 要請として

このような考え方に到達したん
じゃないかなと思ってます。

闘ってる感じが
ちょっと しますね。

その人間部分と これは哲学として
書き残したいという事が

少し揺れてる感じがしますね。
そのとおりですね。

同時に あとに残す者たちについて
こんな事を言っているんですね。

こちらをご覧下さい。

また一つの文書の中で
真逆の事を言っていますよね。

普通だったらね 「死んでも
死にきれない」という言い方。

それは よく分かります。
よく言いますよね。

ここでは 逆に「執着するものが
あるから死ねる」というふうに

言っています。

僕も 死にかけた経験があるんで
よく分かるんですけど

人間は そんなに立派に
死ななくてもいいんだって

思うんですよね。

静かに 穏やかに死ななくても

何か こう執着するものがあって
死んでもいいんだという事を

三木が ここで断言してる
という事は

我々に 大きな勇気を与える
というふうに僕は読みたいですね。

死んで悔いなし みたいな事とは
ちょっと違いますよね。

むしろ そう みんな言ってたけど
最後の最後 悔いだらけで

怖くて怖くてという
人たちにとって

ちょっと救いな言葉。

実際 そんなふうに感じて
亡くなっていかれた方

多いと思います。

潔く死ぬのが 美しいって
言われてた時代に

いや 悔いだらけでもいいんだよ。
怖くてもいいんだよって。

ここがね ちょっと
回りくどくなるのは

そっちの理由かなというふうに
ちょっと想像できますね。

オブラートで包んで これを…。
はい。

「執着するもの」というふうに
書いてますけども

これは具体的には 三木は
何を想定してるんでしょう?

恐らく 一人娘の洋子さんだった
だろうと思うんですよね。

妻を亡くし
娘の成長を見届けなければ

死ねないという気持ちを
三木は持っていたはずなんです。

思いを残した人がいる
という事は…

だから 私が亡くなった時に
折に触れて 自分の事を

思い出してくれれば その時
私は永生を約束されてるんだ。

死んでも この子が 私の事を
覚えててくれている間は

その心の中で
生き続ける事ができるっていう。

そうすると この文章が
両方 正しいんだっていう。

いや これ でも猛烈に美しいのは
その 哲学だという事を超えて

猛烈に ここ美しいのってね
この根拠になってる事って

自分を愛してくれた
奥さんの事を

自分が これだけ忘れていない
という事が 恐らく根拠ですよね。

そのとおりですね。
そうですね。

多分 自分が生きてる限り
彼女が愛してくれた事に関して

こたえ続けるという事だから
そうすると俺が この娘を

愛し続ければ この娘も必然的に
そうなるんだっていう。

そのとおりです。
そうか その実体験があるから。

ゾッとするぐらい美しい話だと
思いますね。

それも 感情的な事と

哲学者として
自分が見つけた真実を書く事が

ここは 一致してる。
一致しているという事ですね。

完全に一致してる文章ですね。
そのとおりですね。

奥様の事を ほんと
好きだったんですね これ。 はい。

そうでなかったら
書けないですよね。

だから 生前のように
目で見る事もできないし

触れる事もできないし
声を聞く事もできない。

でも 死んだ人を思い出した時に

本当に ここに その人がいる
という実感を

三木は 妻に対して
持っていたと思うんですよね。

だったら 今 伊集院さん
言われたように

私が死んだ時も
きっと同じだと思ったはずです。

「人生論ノート」の連載が
始まったのは

喜美子夫人の死から
1年後の事でした。

その一周忌に 三木は
追悼文集を編さんし

「幼き者の為に」と題した
自身の文章もおさめました。

「人生論ノート」が刊行された翌年
三木は徴用され

フィリピンで従軍します。

そこでの戦争体験は 彼の哲学を

大きく変貌させるもので
あったはずでした。

しかし帰国すると 既に三木に
言論発表の場はなく

娘と二人 埼玉に疎開します。

そして 昭和20年3月

逃亡犯だった友人をかくまった
という嫌疑で逮捕されるのです。

8月15日の敗戦後も
釈放される事なく

9月 独房のベッドから落ちたまま
獄死しました。

前半 ちょっと僕の中では

僕の感じた事は
間違ってなかったって確信に

ちょっとなるぐらい
美しい文章なんですよね。

彼女は 自分をすごく愛してくれて
自分が 何か立派なものを

いつか書くんだろうと思いながら
亡くなってた事を自分が思って

思っている限り
彼女は死んでいないので

これを書き上げれば 間に合う
という言い方は変だけれども

まあ 遂げられるわけですよね。
はい。

でも そのあと
運命 あまりに苛酷ですよね。

三木は 逃亡犯をかくまった罪で
逮捕されるわけですね。

友人が共産党員ですからね
かくまったら

自らの身に危険が及ぶという事は
もう明らかだったんです。

でも 人間としての三木は

友達が助けを求めてきた時に
断るはずはなかったと思いますね。

理屈で考えたら
この人をかくまったら

身の危険が迫るという事は
分かっていても 友達だから

まさに その故に 友達を救った
という三木の考え方は

僕は よく分かる。

でも そのまま 戦争
終わったにもかかわらず

釈放されないままなんですね。
されなかったんですよね。

彼は 本当に体の
丈夫な人だったんですけども

毛布についていた疥癬に感染する。

腎臓までやられて 苦しみの中で

誰一人 みとられる事もなく
亡くなったんですよね。

多くの言論人が
投獄されたわけですけども

三木は その意味では…

…と言われてるのは
まさに そのとおりだと思います。

戦争が終わって
すぐに解放されていればと

本当に
思わずにいられませんけれども。

三木は 戦争に行った
数少ない哲学者の一人なんですね。

その体験をもとにした人生論や
哲学の著作を

書けたはずだと思うんですよね。

ほんとに惜しいですよね。
そのとおりですね。

本当に残念だな。

三木は 人間の「生命」と

歴史における「過去」を
重ね合わせ

その意味について
こう述べています。

これまた 迫力のある文章ですね。

その「死者の生命」という言葉の
なんという響きか。  そうですね。

こちらにあるように…。

そして 三木は

死 イコール 過去・歴史である
というふうにも

考えていたわけですよね。

人間の死と 過去 つまり歴史を
同じものだと考える歴史観を

三木は持っていました。

歴史って
そういう事なんだと思うと

また奥が深いですね これね。

過去を
自分の都合のいいように解釈し

利用するという事があります。

あるいは 現代の視点で

都合のいい見方をする
という事があります。

そのような危険性を 三木は

この言葉で指摘している
というふうに考えています。

そういう事なんですね。

確かに 自分に都合のいいように
過去の歴史を変えるというのは

ずっと行われてきた 時の権力者が
行ってきた事ですよね。

そういう事は しちゃ
いけないんだよという事を

言っているわけですか。
そうですね。

ですから
いわゆる 「歴史修正主義」を

三木は 厳しく
批判していたんだと思います。

現代でも 南京虐殺や
ホロコーストはなかったとか

そういう 歴史的な事実に対する
解釈が多々あるわけですけども…

…という事を
三木は考えていますし

それが
三木の独自な歴史観でもあり

同時に死生観であるというふうに
考える事ができます。

歴史を尊重しないという事は
その時代を生きて

亡くなっていった その死を
尊重しないという事なんだと

思うと
すごく こう 重みを感じますね。

そうすると 生を尊重しないという
事でも 恐らくありますもんね。

だから それだけ
自分の命として書いている

しかも 自分の命として
書いてるものが

愛した奥様の思いが遂げられる事
というのも しょってるし

これを… 愛した奥さんの事を
考えながら これを書く事を

自分の娘に伝えていく
という事で言うと

この 一人分の命ですらない。
そういう事ですよね。

つながってますよね
そういう意味では

すごく つながってる。
一貫性があるというか。

さあ それでは「死について」から
始まった「人生論ノート」が

どのように締めくくられたのか
ご覧下さい。

昭和16年11月
雑誌「文學界」における

最後の連載は
「希望について」でした。

戦時下にあっても

「希望」について 熱く語った
哲学者 三木 清。

最後まで 絶望する事なく

彼は 自らの「人生論」を
書き終えたのです。

とても こう美しいというか

そういう生き方をしたいと
思いますね。

「人生は虚栄だ」
そういう文章で書いてきた人が

こう締めるっていうのは

何か こう 押さえきれない
優しさみたいなものを感じますね。

三木は 人間を信じてた
という事なんでしょうかね。

ここに出しましたが…。

ここに どういうメッセージを込めたと
岸見さんは思われますか?

三木は 個人 あるいは個性が
失われつつあった時代に

それでも 「自分とは何か?」
あるいは 「人間とは何か?」を

問い続けた 哲学者です。

その中で 最後まで
人間の可能性と希望を

信じていた人だと思うんですね。

あらゆるものが決まっていたら

希望すら
ありえないわけですよね。

その意味で 三木は

「希望こそが 生命の形成力である」
という言い方をしてます。

そこに戻るのか。
はい。

絶望する事は 簡単なんです。

でも それを あえて絶望しない
人生を選ぶというのが

三木の生き方だと思います。

若い時に 三木は…

「希望を失うことができなかった」
って すごく面白いでしょ?

その表現が。
すばらしい。

失えない。 失う事ができないです。

国家全体が
戦争に向かっていって

それは まあ 言論弾圧も すごい
世の中でも 考えるのをやめない。

黙らないという事と
自分たちの身近な事でも

まあまあ そうは言っても

しょうがないじゃん みたいな事に
陥りがちな自分と比べると

まさに
精神のオートマティズムなんですよね。

言っても しょうがないじゃない
なんていう事で

今日のところは 寝るしかないって
なっちゃうのは。

一度 考える事を
やめてしまったら

もう 体制に
流されていってしまいますね。

さあ 伊集院さん
4回にわたって

三木 清の「人生論ノート」
読み解いてきましたけれども。

いや 衝撃的な事が
たくさん ありましたね。

僕は 一番 響いてるのは

自分一人だと
自分が何者なのか分からない。

2人いる事で 初めて
「自分の体は大きい」

「自分は たくさん御飯を
食べる」とか分かるんだけれども

それが こう多くなりすぎる事
情報

それも ちゃんと
目で確認もしてないような事が

たくさんあるという波に
のまれると

また 自分が何なのか
どこにいるのか

再び 分からなくなる
というのは 今

まさに そうだと思うんですよね。
そのとおりですよね。

ほんと 現代の虚無感なんてね

あ それだったのかというような
ところ ありますよね。

満たされてるはずの中で
起こる 虚無感。

でも そういう時代に
生きてるからといって

絶望する必要もありませんし

生きている意味が ないわけでは
ないんだという事を

強く ここで訴えたいと思う。

三木 清という人は

終生 理想主義者だった
というふうに 僕は思うんですね。

三木は この著作を通じて
我々に

語ってるんではないだろうか
という事を思いました。

ただ 先生の手助けがなかったら

今でも 何割 理解できたか
分かりませんけども

まあ 3ページ目ぐらいで…。
本当に そうです。

言葉の難解さじゃなくって
いわば 三木が

何を考えていたのか どういう事を
訴えようとしていたかという

いわば 指先じゃなくて
この指が指し示してる

かなたにあるものを見ていく
努力をしていく

必要があるだろうと。

そこが分かれば
ああ こういう事を

言おうとしてるんだという事が
人生の折々に ふと分かる日が

来るのではないかな
というふうに思います。

そうだ テレビの前の皆さんが
これで 心に刻んで頂けると

また 長い生命という事に
なりますもんね。

そういう事ですよね。
そういう事ですね。

三木が亡くなった後も
三木の哲学は 永遠の命を…。

岸見さん 本当に
どうもありがとうございました。

ありがとうございました。

♬~


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