SWITCHインタビュー 達人達(たち)「横尾忠則×瀬古利彦」 …ランナーと美術家の意外な共通点が浮かび上がる。


出典:『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「横尾忠則×瀬古利彦」』の番組情報(EPGから引用)


SWITCHインタビュー 達人達(たち)「横尾忠則×瀬古利彦」[字]


革新的な作品で世界に名が響く美術家・横尾忠則。80歳を過ぎた今でも創作活動に励む横尾はマラソンの大ファン。日本を代表する名ランナー瀬古利彦と対面、語り合った。


詳細情報

番組内容

神戸市にある横尾の美術館を訪ねた瀬古。美術には詳しくないという瀬古だが、作品を見ながら率直な疑問を横尾にぶつけた。「絵を描くことはぜいたくな遊び」という横尾は、自らの死生観や創作意欲について語る。一方、かつて瀬古が猛練習を積んだ東京・神宮外苑を訪ねた横尾。マラソンランナーが鍛錬の結果見えてくるという「頭と肉体が一緒になる境地」の話から、ランナーと美術家の意外な共通点が浮かび上がる。

出演者

【出演】美術家…横尾忠則,元マラソン選手…瀬古利彦,【語り】吉田羊,六角精児




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SWITCHインタビュー 達人達(たち)「横尾忠則×瀬古利彦」
  1. 瀬古
  2. マラソン
  3. 横尾
  4. 頑張
  5. 練習
  6. 自分
  7. 何か
  8. 先生
  9. 駄目
  10. 作品


『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「横尾忠則×瀬古利彦」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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東京都内某所。

伝説の男は
林の中に仕事場を構えている。

世界中に熱狂的なファンを持つ…

変貌し続けるスタイル。

鑑賞する者の心をかき乱すような

挑戦的なテーマや構図。

1960年代から他の追随を許さない
唯一無二の表現で

アートシーンを けん引してきた。

この秋
ニューヨークで個展を開催。

82歳となった現在でも
トップランナーとして走り続けている。

そんな横尾が
今まさに制作に没頭しているのは…。

口を大きく開けた女性の姿が強烈な
こちらの作品。

(横尾)それで よだれを流してる。

今回 アート界の巨人が会いたいと
熱望した意外な人物 それは…。

(実況)ゴールまで
いよいよ100メーター。

瀬古は どうか?
瀬古がスパート。 瀬古 スパート。

強い。 瀬古 強い。

マラソン界のレジェンド…

国内外の主なマラソン大会 優勝歴10回。

世界一のランナーと たたえられ
日本男子マラソンの黄金時代を支えた。

美しいフォームで
黙々と突き進む姿から

「走る修行僧」とも呼ばれた。

おはようございます! どうも…。

現在は マラソン強化
戦略プロジェクトリーダーとして

全国を飛び回る瀬古。

現役時代とは全く違う顔を見せている。

おはようございます!

市民ランナーとの距離は ぐっと縮まった。

いってらっしゃい!
イエーイ! よっしゃー!

頑張って!

初対面の2人。
横尾は みずからの展覧会に瀬古を招いた。

瀬古の明るい人柄は
横尾と どんな化学反応を起こすのか?

いや 何か緊張するね~。

優しい人だといいな。

先生。
どうも。

今日は お会いできるのを
楽しみにして来ました 今日。

どうもありがとうございます
はい どうも。 わざわざ。

遠方から…。
本当 はじめましてです。

よろしくお願いします。

うわ~ 一緒だ! 同じだ。

アート界とスポーツ界の頂点を極めた
レジェンド同士のVIPな対談。

…になるはずだった。

あっ そうですよ。
えっ?

絵の具をですね…

誰でも…。
えっ?

もしですよ…

終始 スパートかけっぱなし。

しかし そんな瀬古だからこそ導き出せた
巨人の言葉。

僕は今 82ですけれども…

♬~

展覧会のタイトルは その名も
「横尾忠則 在庫一掃大放出展」。

あえて特定のテーマを設けずに
初期の作品を中心に展示。

今まで 日の目を見なかった作品も含め

美術館を特売セール会場に見立てた

横尾流のユーモアがあふれる展覧会だ。

横尾の故郷に数多くあったというY字路。

2つに分かれた道の先に
何が待ち受けているのか?

想像力をかきたてる。

「スイミング・プール」という名の
アート作品から着想されたもの。

プールの底に見える
洋服を着た人々が

水紋と共に赤い色彩で描かれている。

誰のものでもない
横尾独自のアプローチだ。

見たことある方がいらっしゃる…。
そうですね ええ。

でもね 昔の歴史も 僕も知らないと。
そうですね。

この辺ずっとね かなり古い作品です。

この人はですね
僕の友人なんですけれども。

最初のチャンピオンなんです。

でも まあ 何で この
ちょっと こういう…

つながってないの?
じゃあ分かるわけないですね 俺が。

アハハハハ… つながってないのに
出てくるっていうのが

先生らしいんですね じゃあ。

えっ?
絵の具をですね…

誰でも…。
えっ?

何か そんな感じですもんね これね。
そうです そうです。

ちょっと ちょっと 瀬古さん!
打ち解けすぎじゃない?

もちろん。

どこが ちなみに…。
えっとね…

ここ ここ。
これはね わりかし新しい作品です。

分かりました。
これを背景に

撮ってもらったら いかがですか?
はい 分かりました。

横尾さん 小さいころは
どんな お子さんだったんでしょうか?

えっとね
僕は 一人っ子なんですよ。     はい。

だから 友達と遊ぶっていうことが
あんまりなくって。               ええ。

昔のね 「講談社の絵本」っていう
絵本がありまして…

何か 絵を見て その まねしてる?
ええ。

宮本武蔵だとか 新田義貞とか

日本武尊とか そういうね…

はい はい はい。
絵っていうのは

そういうもんだと
思ってたんですよ。        はい。

もともと 絵が好きだったわけですね?
そうですね はい。

兵庫県に生まれた横尾。

呉服商を営む夫婦の養子となり
大きな愛情を受けて育ったという。

小さいころ 大好きだったという
宮本武蔵の絵本。

横尾少年 5歳のとき
写した絵が こちら。

衣装や武具は もちろんのこと

人物の動きまで
見事なまでに再現されている。

小さいときは 何になろうって
思ってらっしゃったんですか?

小さいころはね
小学校の上級生のころは…

それで まあ いろんな漫画 描いて
雑誌に投稿するんだけども

なかなか入選しないんですよね。

で 中学のときに 江戸川乱歩の
挿絵を描いてる

山川惣治っていう人の挿絵を見て…

おお~ はい。

だけど そのころから…

はいはい はいはい。
とりあえず…

えっ? 郵便屋さん?

郵便屋さんになりたかったんですよ。
ずっとよ。

何でですか?

郵便に関することが
すごい好きだったんですよ。

例えば 切手 集めたり

スタンプを押したり
それから文通とか。       はい はい。

アメリカのスターに
ファンレター出すとか。

高校の2年ぐらいかな?

エリザベス・テイラーに
手紙 出したんです。

ファンレター。
そしたら

エリザベス・テイラーから
手紙の返事が来たんですよ。

手紙の返事とブロマイド。

それに僕の名前を書いて
サインをしてくれて。

僕が「切手を集めてる」って書いたので

世界中からファンレターが
来るじゃないですか 彼女の所に。

その封筒を破いて 切手
それを ごっそり送ってくれたりして。

すごい! それ。
それ 今でも持ってらっしゃる?

いや もう 親戚の人が
全部 燃やしちゃったんですよ。

うわ! もったいないな それは。
それ 売れますよ。

いや そりゃ売れるでしょう。
むちゃくちゃ高く売れますね。

なんだ 僕に言ってくれれば
よかったですね。

横尾さんは 何で
画家になろうとしたんですか?

画家はね
なろうとしてなったっていうよりも

あの… あれですね バイト。
うん。

バイトで 町の商工会議所の
ポスター描いたり。

はいはい はいはい。
それが高じて

それで デザインの仕事に入るんです。
最初はね。

生活に迫られて
なったっていう感じですよね。

うん はい。
そんなに あの…

はい はい。 まあ 画家ってね

何か お金 そんなに… その当時だと

お金持ちになれないじゃないですか。
なれません 全然。

すごく心配じゃないですか?
自分が画家になって 奥さんもいるし。

それは心配したことなかったですね。
あっ ないですか?

その前に グラフィック
やってたでしょ?       はい はい。

グラフィックは
描けばお金になるんです。  うん。

クライアントがいるから。
はい。

だから まあ… 稼ぐのはグラフィックで
稼げばいいやっていう気持ちが

どこかに
あったんですかね。  はい はい はい。

だけど 画家に転向してからは

あんまり グラフィックは
もう興味なくなりましたからね。

僕 絵が大嫌いですけども。
全然 描けないんですよ。

描く人は すごいなと思ってて。

あれって やっぱり…

どうなんですか?
いや 僕は…

努力は ほとんどしてないですね。

いかに怠けるかっていう。

ただ 描くのが好きだから
好きが積み重なって

それを努力と言えば
努力って言うのかなと思うけれども…

僕ね 先生の本をね 読んできて

もうね 僕の性格とそっくりなんですよ。
ねっ?

「理屈をこねない」。
はい。

「無頓着で暮らすのが一番」。
えっ?

「無頓着」。
「無頓着」 はい はい。

「無頓着で暮らすのが一番」
って書いたんです。

あっ 先生
いい性格だなと思って。

僕と同じだなと思って。
ええ。

最近の子どもって
理屈ばっか こねるんですよ。

そうですよね…

そうですよね…

走れない。 ええ そうなんですよ。
だから似てるなと思って。

僕ね マラソンに興味があって
マラソンが好きなのは

瀬古さんが出場されたやつは
ほぼ100%見てますからね。

だから マラソンは
テレビの番組の中で一番好きなんですよ。

ああ そうなんですか?
ありがとうございます。

いや~ あるんでしょうけれども あの…。

僕の芸術観…
まあ 芸術といったら大げさですけども

芸術観とマラソン観は
かなり違うなと思うんです。

そこまで走り通さなきゃいけない。

そうですね
ゴール 決まってますから はい。

だから ゴールまでいく作品も
ありますけども

ゴールまでいったから 絵が…
いい絵が描けたとは かぎらない。

むしろ 途中でやめた絵のほうが
面白かったり。

そうそう。 何かね…

完璧は駄目なんですよね。

ああ 確かに。
ねえ?

完璧だと 何か
絵が すごく重たくなるんですか?

重たくなるんです。 ええ。

だから どっかに 絵でいうと…

そういうふうなものが あるほうが
次の作品に入りやすいっていうか。

例えば こういうのも
描き残しがあるんですか?

まあ 言ってみれば…

これも そうなんですか?
ええ。

どういうところが描き残しなんですか?
どういうところって…。

もう気分が… 全部 達成感っていうのか

「これで描き尽くした」っていう気分は
ないんですよ。

ああ…。
だから その一歩手前でやめてるので。

ないわけですね。
だから マラソンの場合は

ゴールがあるじゃないですか。
そう 人と競争しなきゃいけないので。

だから 僕の場合はゴールがないから…

絵の場合は。
はい はい はい。

っていうことは 僕は
マラソンランナーには絶対なれないです。

マラソンランナーと全く違う生き方
してるような気がするんですよ。

だけど マラソンが一番好きなんですよ。
はい はい。

何だか分かんないのが先生ですから。
ええ。

だから 自分にないものでしょうね
きっとね。          だと思います はい。

いやあ いいね 先生ね…

ありがとうございます。
もうね こういう人は

あまり好きじゃないんです 僕。
ハハハ…。

いや… こう なれないですよ。
ねえ いいな~ 好き。 そういうの好き。

今でもね しょっちゅう 年に何回か…

僕は 大抵ですね
もしかしたら 下手すると

今日は優勝するかなっていう
ぐらいのところ走ってるんですよ。

ハハハ…! 都合がいいですね。

もうね 2位か3位ぐらいで
もしかしたら

優勝は したことはないけど
夢の中でも 一回も優勝してないのに

今度こそは 今日の夢では
優勝するんじゃないかなって思って。

ところが…

おお…!
そしたら 人に聞いたら

「あのビルディングの中のどっかの一室が
ゴールだ」って言うんですよ。

そのビルディングに飛び込んで
エレベーターに乗るんだけども

何階にゴールがあるのか
分からないんですよ。   うん うん。

それで「あ~!」と思いながら
これは ここで 最後の土壇場に

みんなに
追い越されてしまったっていうので

終わる夢は 結構 多いんですよ。

何か 吉本新喜劇みたいですね それ。
ハハハハ…。

「チャン チャン コテッ」って
ひっくり返ってるみたいな。

すばらしいですね。
だから 僕の絵も

そういう ずっこけ方してると
思うんですよね ええ。

1960年代から半世紀の長きにわたり
刺激的な作品を発表し続ける横尾。

多くの作品に浮かび上がる
2つのモチーフがある。

さまざまなシチュエーションで描かれる
女性の裸体。

お遊びのような構図の隙間に見え隠れする
死へのいざない。

横尾作品は
「エロス」と「死」から逃れられない。

そこには何が込められているのか?

よく女性が出てきますけども…。
そうですね。

どういうふうな気持ちで
描かれてるんですか?

これ また難しいですか?

瀬古さんの そのね
質問が難しいんですよ。  そうか。

答えやすいんですけども…。

素人なもんだからね 何を言っていいか
もう分からないものですからね。

あと 何か
死生観ってあるじゃないですか

何か すごく…。
何が?

それは どんな思いで
描いておられるんですか?

それはね もう 子どものころからね

僕は戦前の人間だから。

小学… 幼稚園ぐらいから
小学1年生…

B29が飛んでくるとか。
はい。

子どものころに受けてるわけでしょ?
影響。

それがね もう ずっと 大人になっても

そこから一歩も出られない
っていうのかな。

赤っていうのは 炎とか…。

うちの町から見るとですね
山の向こうが神戸なんですよ。

神戸とか明石なんですよ。

星までね 赤く見えるぐらい
真っ赤になるんですよね。

それと爆弾の地響きが
もう 何十キロも離れてても

家のガラスを振動させるんです
ガタガタって。

だから そういったものがね
体を通してね 恐怖になってる。

その恐怖は「死」ですよね ええ。

それから 僕は 一人っ子で

うちの両親が
もう 2人とも老人だったんですよ。

だから この老人が
いつ死ぬか分かんないっていう。

親が死ぬ恐怖が
僕の死の恐怖に つながってしまって。

それから 戦争の恐怖も ひっくるめて。

それは もう 僕の…

だから どんな絵を描いても
どことなく それが

自然に出てくるんです。

80歳を超えた今も
創作意欲が衰えない横尾。

インスピレーションの源は
仕事場の周りの自然にあるという。

緑に囲まれた小道が
横尾のお気に入りの散歩道だ。

やっぱり…

だから…

今 横尾が作品を発表する主要拠点は

世界のアート通が集まる
ニューヨークにある。

今年9月 マンハッタンの
チェルシー地区で開催された個展。

鑑賞者の心の奥底を突き刺すような
最新の作品群が集結。

オープニング初日 ギャラリーには
多くの横尾ファンが駆けつけた。

引退 ないですね。
ないですもんね。

スポーツマンは
いくら僕が やりたいと思ってもね

やっぱ 年には勝てないわけですよ。
ええ。

これ やっぱり 年齢関係ないんですか?

僕は今 82ですけれども…

まあ そう考えると引退はないですし。

引退しない?
引退は たぶん しないと思いますね。

すごい。 創作意欲 もう
満々なんですね いつも。

あっ そっか。

描きたいときに描いて?
意欲はないけど まあ言ってみれば…

遊びなんだね。 それはいいですね。

目的がない?

遊びだから 疲れないですよね。

疲れたら やめればね 休めばいいでしょ。

いいな~ 俺 画家になればよかった!

ああ もう あの… ぜひ やってください。

ねえ! 今から遅いですけどね。
いや 遅くないですよ。

いや 画家 いいな~ おい。

だから 性格に向かないことは
なるべくしない。

…っていう方針っていうと あれだけどね。

だから 遊びのところがね
ないといけないっていうことですね。

だから いつも…

今日は嫌いだったから
明日は好きになるみたいな?

その好きが通り越したら
また嫌いになるみたいな

一枚の絵の中で…

先生は ライバルっていうのは
いないんですか?

ライバルっていうのはね 例えば…

おお きましたね!

すごいな~!

…をライバルにしたいですね。

でも…

…とか いろいろな自分がいるわけですよ。

自分の中に ちっさい複数の自分が
いっぱい いるんですよ。

その複数の自分が いろんなことを
ステージに上がって 何かやってる。

それを こう
大局的に上から見てるみたいな

そういうところがありますね。
はい はい。

また下世話な話ですけど
そうすると これ もしですよ…

えっ? とくながさん
これ いくらだっけ?

フフフフ…。
フフフフ…。

今 僕は… これも 全部そうだけど

ニューヨークの画廊で
発表してるんですよ。

そうすると ニューヨークの
画廊の値段って すごい高いんですよ。

世界中 全部 同じ値段でなきゃ
いけないんだけれども

今の僕の主要ギャラリーが
ニューヨークになってるので。

だから そこが決める値段っていうことで
販売… 売買される。        なるほどね。

まあ まだ82で現役ですけど

将来 どういうふうに 先生 また
なっていきたいんでしょうか?

将来のことは…
そんな先の将来 考えられないんですよ。

あんまり先のことは
考えられないんですけども

今まで描いた絵が
あるでしょ?             はい。

この絵を もう一回 フィクションにして
描きかえてみたいって。

要するに もう…

それは ピックアップしながら
描きかえていこうとは

思ってるんですけどね。
はい はい。

遊び心を持ってキャンバスに向かう横尾。

かつて描いた作品を一から描き直すことで
何が見えてくるのか。

「描きかえる」って
よく意味が分からないんですけど。

あのね 普通…
過去に帰れないじゃないですか

人間っていうのは。 だけど…

あそこを
こうすればよかったっていうのが

絵の場合は あるんです。
そうしたら… そこを

ああすればよかったっていう絵を
描いていきたい。

横尾さん 全部 未完成だから それを…

完成っていうのは
何だか分からないから。

未完は あくまでも 未完なんですよ。

だって…

未完でいいじゃないか
っていう考え方が

基本的に どこかにあるんですよ。

また 完成したきゃ また 戻ってきて
また やればいいじゃないかっていう。

だから 完成を目指して
生きていくんだけれども

それは やっぱり…
そういう生き方は しんどいですよね。

完璧ですからね。

俺 完璧 目指して やってきたから

駄目だったんだな オリンピック。

疲れましたもん。
完璧にしようと思ったから。

だから モスクワのオリンピックが
ボイコットされて よかったんですよ。

モスクワオリンピックなかったから
金メダルとれなかったんですよ。

それが よかったんですよ。
そうですか? とりたかったけど…。

金メダルとってたら 今頃
左うちわだったのにな。

そうでしょ?
だから そういうことがなかったことが

その後の 今の人生を

ものすごく
面白くしてらっしゃるんじゃないですか?

そうですか? 横尾さんだけです。
そんなことを言ってくれるのは。

ありがとうございます もう。
何かね…

そういうこと…
そういう問題っていうのか

テーマを持ってる人っていうのは
大事だと思うんですよ。

それを手に入れてしまった
その人の人生って

そんなに魅力的な人生じゃないと
思うんですよね。

よし 頑張るぞ 俺は。

頑張るぞ。 横尾さんに褒められたぞ。

無冠の帝王だ。
ええ。

後半は

舞台をスイッチ。

瀬古が横尾を招いたのは…

神戸での対談から
1週間ぶりの再会となる。

横尾さん。
どうも どうも。

はい 1週間ぶりです。
どうも お久しぶりです。

私のホームグラウンドの神宮外苑に
ようこそ いらっしゃいました。

ありがとうございます。 今日は…

いいじゃないですか! 逆みたいですね。
アハハハハ… 本当にね。

ただ今 月曜日の朝8時。

神宮外苑には
ランニング愛好家たちが集まってくる。

ここは かつて瀬古が
青春のすべてをぶつけた思い出の場所だ。

瀬古さん
ああいうふうに走ってましたよね。

そうなんですよ。
ああやって走ってたんですよ ここを。

マラソンロードでは ないんですけど…

そうですか。
はい 私がいつもいつも走るものですから。

これは… 何周かされるわけですか?

そうですか。
はい。

目が回りますけど
もう命懸けで走りましたから。

≪すみません! 道 空けて!

現役時代
日本中の期待を一身に背負った瀬古。

空けてください 空けてください!

雨の日も風の日も
この道を ひたすら走り続けた。

やがて ここは
「瀬古ロード」と呼ばれるようになった。

もう 小さいころから
走るのが好きだったでしょ?

大好きでしたね。 やっぱり…

先生が「お前は世界一になるぞ」って
言われたときに

その気になっちゃったんですよね?
うん。 あの… そう。

恥ずかしくて 家に取りに帰ってくるって
ズボン… 半ズボンを。

1.5キロあったんですけど
走って こう 行ったら

先生とか 用務員のおばちゃんたちが

「瀬古さん」
「瀬古君 瀬古君!」とか言って

追いかけてくるの。
僕は無視して ずっと走って 1.5キロ…

そういう経験が やっぱり
実績を作るっていうのか

原点になりますよね。

…って そのとき 思いました。
アハハハハ!

それから まあ 運動会でも いつも
断トツで一番でしたね 走るのが。

瀬古は地元 三重県の
四日市工業高校時代

中距離走の
インターハイチャンピオンとして

全国に その名をとどろかせた。

瀬古の才能を見抜き
世界への扉を開いたのは…

早稲田大学入学後 瀬古はマラソンに挑戦。

中村の自宅近くのアパートで 1年365日
衣食住のすべてを管理されながら

練習漬けの日々を送る。

そして その指導は
非常に情熱的かつ過酷なものだった。

「ノー」と言うことは もちろん
意見を言うことさえ許されない。

極限状態の中
瀬古は ひたすら耐え 自分を追い込んだ。

中村さんの性格は
瀬古さんの性格に合ったんですか?

そうですよね。
僕 あんまり そういう細かいこと言う人

あんまり好きじゃなかったんだけど
もう やっぱり 中村監督しかいないと

もう 決めたので。
僕が監督の性格に合わせました。

だから まあ 大変でしたけども。

じゃあ 中村監督が
「餅を3個食え」って言うと

瀬古さんは餅を3個食っちゃうんですか?

全部 言いました。
だから その素直さが

その後のマラソンの いろんな局面で
その素直な気分が出てこないと

また 駄目なんでしょ?
まあ 素直というか…。

ひねくれてても いいんですか?
ああ… ひねくれは駄目ですけど。

まず やっぱり…

ここが ちゃんとしてると
ぶれないですよね 何事も。

マラソンって 一人で走るんですけど
一人では できないんですよ。

苦しいので
そこには やっぱり 監督とか

周りの支えてくれる人がいないとですね
練習ができないんですよ。

瀬古さんの本を読んでたんですけど
読んで気が付いた。

それにしても 練習がすごいですね。
はい。

どうして
あんなに練習をされるんですか?

というか 自分は
練習 すごいとは思ってないですけど。

とにかく 私のライバルだった

宗兄弟っていうのが
ものすごい練習する人だったんですよ。

やっぱり 宗さん
当時は もう世界で 本当に

1番 2番っていう人だったので。
その人を抜くためには

宗さんよりも練習しなきゃいけないと
思うじゃないですか。

…というのが
やっぱり 常識だと思っていたので。

俺って これぐらいやってるから
そのオーラを全部ね

ライバルのオーラを こう
バーンと はね返してやろう。

で 走ってるんです いつも。

だから 練習を
これだけやったっていう自信が

その実績に つながってるわけだから
「絶対 俺は これだけ練習したんだ。

負けるはずがない」っていうのも
信念として…。

絶対あります。 それがないと…。
それがないと駄目ですよね。

絶対駄目です。 だから ここのね…

そうですか。
はい。

私のね…

宗さんが練習してらっしゃる
そのメニューとか何かは

情報として全部入るんですか?
はい。

中村監督から 逐一 宗さんが
何やってるかっていう練習を聞いて。

でも 一緒に練習されるっていうことは
ないですけどね。

ないです。

まあ ライバルですから。
ああ そうなんですか。

どっちかといえば 仲は良くないですね。
いや それは

勝負の世界って そうですよね。
もう そうです。

妙な同情心が出てきたりね。
そうなんですよ。

なので 相手に…

…って思わせないと 相手に ちょっと
なめられてしまうというか

軽く見られてしまうんですよ。
そうですね。

横尾さんも…。

ライバルいたんですか?
一人もいないです。

お友達いない? 一緒ですね。
僕も友達 一人もいなかったんです。

だから 美術の世界は…
それなりに いますよね。

知ってるし どっかで会うと
「ああ…」っていう程度で

一切 話は ほとんどしないです。
しない? 似てますね。

やっぱり 相手 意識するんですか?
そうじゃなくて?

いや 別に何か… どういうのかな。

話をしたりすることによって
こちらのことも

知られてしまうじゃないですか。
はい はい。

知られたくないわけです。
同じだ。

そう 私も宗さんに知られちゃうから…

まあ そうよね。

ストイックな瀬古の姿を見て
人は こう呼んだ。

終盤まで スパートをぐっとこらえ
耐え忍び

最後 一気にスピードを爆発させる。

(実況)さあ マラソンゲートにやって来た。
観衆が旗を振ります。

ここでスパート。 2人がスパート。
入ってきた。

瀬古は ついています。
イカンガー 瀬古。

ゴールまで いよいよ100メーター。

(実況)強い! 瀬古 強い!
5メーターから6メーター 瀬古 強い!

(実況)不死身の瀬古。

まあ デッドヒートがあるんだけれども

その手前でですね
道路を走ってるときに

切磋琢磨して
出たり入ったりが始まりますよね。

あの駆け引きは 3人の駆け引きと
もう少しグループを組織して

10人ぐらいのグループと
一緒に走りますよね。

その中の みんなの呼吸とか
走り方とか 表情とか

それを察知するんですか? やっぱり。

とにかく 宗兄弟だけじゃないので。
当然 外国選手もいるじゃないですか。

以前 一緒に走ってる選手も
中にいますよね? 当然。

大体 選手たちの…
この選手が どういう性格だとか

どういう戦法でいくっていうのは
我々 もう 頭に入ってるので。

後ろで走ってる人も いますよね。
はい いますね。

後ろが誰が走ってるかも
分かるんですか?

う~ん…
大体 見たりして 確認しますね。

足音だとか呼吸なんかで
誰かって もう分かってます。

「あいつ ここまで きたな」とか?
分かります。

ああ そうですか。

大体 いつも走ってる人たちっていうのが
多いので。

瀬古さん その…
トップで走るっていうことは

先導者よりも ちょっと いつも…

そうなんですよ。
それは 風の抵抗を受けないように?

それもありますし 僕の一番…

ラストスパートですよね。
はい。

それは すごい 見せ場として
我々が見てて…

それで 瀬古さんに
自信があるのか ないのか

我々は分からないわけですよ。
はい そうですね。

だから 自信…

最後の… トラックだと
最後の1周だとか

200メーターで いつも バーンと

トラックレースの
そういうレースをしてたんですよ。

それをマラソンに生かそうと思って。

周りから…

「セコい」とか言われて。
「セコい」?

「はい 私が セコです」って?
そうなんです はい。

それは影響するんですか?
しないんですか?

影響するんですか?
やっぱね「頑張れ」って言われるのと

し~んとしてるのじゃ やっぱり…

ああ そうですか。
特に 名前を言われると うれしいです。

「瀬古!」とか言われると。
それで元気になってくる?

なりますね。
やっぱり「キャー!」って言われたり

「瀬古さん!」って言われちゃうと

やっぱり おおっ 頑張ろう!
っていう気持ちになりますよね。

ああ そうですか。
うん。

でも 先生なんかはね…。
僕なんか 誰も…

一人で描いてますから
そんなの言ってくれる人いないですよ。

誰も「キャー!」なんてね
言ってくれる人いないですもんね。

逆に「うるさい!」って言う。

ここで横尾が切り込む。

マラソンとアートの共通点は何か?

僕は絵を描きながら
ある意味で遊んでるんですよね。

だから その…

「遊び」か… う~ん 難しいですね これね。

いや なければないで いいんですけども。

そんなはずないと思うんですよ。

でも 途中…

ずっと2時間 集中できないので。

ランニングハイみたいな状態ですか?
ああ そうですね。

ランニングハイもそうですし。
何か 時間がなくなるとき あるんですよ。

そういうときは…

ああ~。
いつも 力入れて走っていられないから。

初マラソンのときは もう本当に 何か…

あのときは 自分が病気になったかな
と思われないんですか?

病気っていうんじゃなくて…。
…という発想はないわけですか?

ないです。 意識は あるんですけど。

走っててね フラフラになって
倒れるかも分からない。

ここで死ぬかも分からないという
そういう恐怖感は ないんですか?

それはないですね。 足が言うことを
聞かないんですよ とにかく。

自分に腹立つんですよ 自分に。

でも 先生みたいに 途中で「やめた!」って
言うわけにいかないから。

完走しなきゃいけないので。

それ 僕なんかもね…

この年になると 時々 離れるんですよ。
ええ ええ。

頭は先行するんですよ。
20代 30代のことを考えるんですよ。

でも 体は80代ですよ。
ああ… そりゃそうですね。

そうすると ついていかない。 そこでね

ギャップで駄目になっちゃうことも
あるんですけどね。

一緒だ マラソンと。
マラソン?

そうです。 でも マラソンは 若くても

頭と足… まあ 肉体ですね
離れちゃうんですよ。       離れちゃう。

ここが悔しいんですよ はい。

それを 今度 乗り越えようと思って
みんな また練習をするんです。

そうすると だんだん
それが縮まってきて… はい。

そうすると 疲れもないし
自分が何をやってるかでさえ

そういう意識がなくなりますよね?
なくなりますね。

そういうときは
すごく気持ちいいんじゃないですか?

本当に もう ずっと

ランニングハイっていうのは
5分とか10分ぐらいしかないんですけど。

本当に いいときは
ずっと ランニングハイです。    ああ~。

もう 何も考えてなくても。
ああ~。

頭で考えても できませんもん。 そう。

そうですよね。
ええ。

♬~

(実況)さあ スタートしました。

第23回 ロサンゼルスオリンピックの
締めくくり。

マラソン人生の集大成。

瀬古は金メダルを期待されて
本番に臨んだ。

ところが…。

(実況)この集団の後ろ
瀬古がついていますが

瀬古が ちょっと遅れましたか?
(解説)ちょっと遅れましたね。

(実況)瀬古が遅れ始めました。
どうした? 瀬古利彦。

苦しそうな表情をしました。
意外な展開になりました。

レース後半 ずるずると順位を下げ
まさかの14位。

日本人にとって 信じ難い光景だった。

ロサンゼルスとかソウルのときは
優勝できなかったけれども

練習は しっかり
やってこられたわけですよね?

そうです そうです そうです。

だから オリンピックっていうね
イリュージョンっていうのか

重圧がね 大きかっただけの話で。

でも その重圧に負けてる私が
情けないですけどね ええ。

我々 こう 練習してるじゃないですか。
で 神宮外苑で走るじゃないですか。

全員が「瀬古 頑張れ! 頑張れ!」。

回っていく間 10人 20人に
「瀬古さん 頑張って! 頑張って!」って

言われるんですよ。 これがつらかった。
俺 頑張ってるのに…。

横尾さん 言われたら…。
絵 描いてるときに

「頑張れ! 頑張れ!」
って いつも言われたら…。

「頑張りたくない」って言いますよ。
言いますよね。 ハハハ…。

それがつらい。
そうですね。

だから…

頑張ればいいじゃないか みたいな。
ですよね。

20代だと なかなか
それが分からないんですよ。

そうですよね。
50になってくると

あっ だんだん やっぱり あんまり
頑張っても駄目なんだなっていうのが

分かってくるけど。
やっぱり若いときはそれが分からなくて。

「頑張れ」って言われると
もっと頑張らなきゃいけないなと

自分で錯覚しちゃうんですよ。

俺って 練習が足らないのかなと
思ったりして。

現在 実業団で
ランニングクラブの総監督を務める瀬古。

日本陸上競技連盟でも
マラソン強化を目指す要職で

後進の育成に努めている。

瀬古さん
今はね 現在は 指導者的立場とか

いろいろ オリンピックを控えて
お忙しい…

仕事が山積してると思うんですけども。

おやめになってから 今後の人生のほうが
まだ長いわけですよ。

ですね。 まあ あの… 32歳で引退して。

早いですよね。
はい。 もう やっぱりね

スポーツマンは ある程度の年取るとね
もう やれませんので。

おやめになるときに

まだ普通はいけると思いますよね 我々は。

でも 瀬古さんの中には
ある限界を感じてらしたわけですね?

そうです。

えっ?
「勝つ」。 優勝するということ。

長くね ダラダラやれば できました。

ソウルが最後だったんですか?

ソウルオリンピックが最後ですね。
はい。 88年ですね。

だけど これは 自分は もう勝てないなと
思った瞬間にやめようと。

ソウルのとき もし優勝してらっしゃると
まだ続いたかも分からない?

あっ それはそうですね。
限界じゃないわけですからね。

だけど
あのソウルのとき 9位だったんですか?

そうです そうです。
今日は たまたま9位だけれども

次 走るときは
また優勝するかもしれないっていう

するぞっていう自信はなかったんですか?

それが だんだん 練習の過程で…

これは もう絶対無理だなと。

今までは こうね
無理しなくても走れたのに

無理しないと 頑張らないと
走れなくなっちゃったんですよ。

レースの評価よりも練習の評価で

大体 決められることが多いんですか?
はい。 もう大体…

ああ~。
はい はい。

もう 練習で「あっ これはもう無理だ」と。

今 DeNAで
指導してらっしゃいますよね。

その指導は 瀬古さんが今まで
コーチに指導されたやり方と

また 当然 違いますよね?
まあ あの…。

べったりくっついた指導では
ないでしょ?

もう やっぱり 全然違います。
全然違う?

30年 40年で
指導のしかたが全然変わりました。

ああ そうですか へえ~!

やっぱり こう…
お互い納得し合いながら

今の子は やらないと 動かないです。
ああ そう…。

「やれ!」って こうやっても駄目です。
ああ 駄目なんですか。

やっぱり 納得する。 相手が。

そこまで話し合って こう…
やっていかないと

なかなかできないですね。
うん。

納得できる許容力を
若い人が持ってればいいけども

その許容力もない若者もいるわけでしょ?

当然います はい。
それもコーチの能力なんですよ。

ないやつを いかに こう…
分からせてという。

僕らも練習してるときは
本当は楽しいですもん。

人を こうやって教えて
その選手が自己記録 出したり

勝つと すごく 俺って…
教えてあげてよかったなとか

俺って監督として
やっぱり能力あるんだなとかね。

自分で自分に褒めたいとき あります。

そのときが一番うれしいときですね
監督になったときに。

選手が いい結果出るっていう はい。

僕も一回…

先生… 横尾さんやっちゃうと

途中で やめなきゃいけないことに
なっちゃうかもしれない。

「もう やめていいよ」って。
「はい やめて やめて」。

「はい 駄目!」
「お前 駄目!」とか言って。

それはそれで面白かったりして。
いやいや 違う…

すごいマラソンランナーが
出てくるかもしれない 天才的な。

今までにない… うん。

エンターテインメント。

「嫌になったら途中でやめてもいいよ」
みたいなマラソン選手。

みんな 僕の所へ来るでしょうね。
いや すごいですね 何か…

好き勝手できそうですね。

「走らなくてもいい」って言ってくれる
コーチがいるんだって…。

ねえ 本当ですね。 いや すばらしいな。

でも たぶん オリンピック選手
出来ないでしょうね それではね。

おはようございます! どうも。

2020年の東京オリンピックに向けて
重責を担う瀬古。

一方で その目は広く
全国のマラソンランナーたちにも

向けられている。

おはようございます!

今日はですね…

すばらしい…

そして体に けがれがある人 運のない人

今日は…

すべて洗い流してください!

≪3 2 1…。
(号砲)

≪スタート!

マラソンを しっかり根づかせることが

日本マラソンの
レベルアップにつながると考えている。

頑張って!

そのため 積極的に全国を回り
マラソンの魅力を伝え続けている。

でも 瀬古さんがおやめになって
引退されてから

日本の男子マラソンは
ちょっと低調を続けてますね。

あの… まあ 谷口 森下っていうのが
いたんですけどね。

森下が1992年のバルセロナで
銀メダルとってから

もうずっと 今までとってないんですよ
男子は。

谷口さんは 「こけちゃいました」からが

駄目になったんですか?
「こけちゃいました」っていうときから

男子マラソンが こけちゃいました。

こけちゃいました?
ええ そう。

だから この間のリオデジャネイロまで
男子はメダル ゼロなんですよ。

ああ そうですか。
森下がとってから 92年から。

だから やっぱり
それは 僕は 何とかしたいと。

今度ね…

そこは やはりメダルをとらないとですね
駄目だと思ってます。

それが これからの日本マラソンの
やっぱり 僕は 岐路だと思っています。

やっぱり僕は 1964年のオリンピックで

円谷さんがね 3番になられました。

もう 日本中に円谷さんの走りを見て
勇気と元気とやる気と

日本人に感動を与えた。
そうですね。

それを もう一回 僕は再現したい。

もう これ あの… 見えてきました。
これが 今…。

これがオリンピック競技場です 開会式の。
ああ 初めて見た。

すごいでしょ? 立派で。
もう出来てますね。

もう ここでね 開会式やって…

間に合うんですかね?
ええ。 来年の11月に出来ます はい。

これは 何とかね…

それは 瀬古さんが走ると
一番感動するんだけれども

それは もう できないから…。
そうです。

それに代わった
マラソンランナーを出すわけですよね。

そうです そうです。
先生の絵を見習って

もう 奇想天外な選手が出るように。

「えっ! こんな選手が
日本人にもいたんだ!」っていう

そういう やっぱり
発表の場でもあるので オリンピックは。

楽しみになりました だんだん だんだん。
どうも ありがとうございました。

この赤に負けないぐらい 俺も…
日本の日の丸よりも赤いもん これ。

ハハハハ…! 日の丸ですよ これ。

真っ赤っかです。
情熱の赤。

♬~

♬~


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